人獣伝   作:abc2148

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異物であるが故に

雪が降っている。

 

曇天の空からは白い雪が降り続き、森を白く塗り替えてしまった。

生い茂った草木も多くは枯れ果て、その身を雪の白さが死に化粧の様に彩る。

それでも森の営みには変化は無く、雪で作った白面に唯一の彩として紅い血が添えられていく。

強者が弱者を殺し喰らい、寒気に耐えられないモノは容赦なく死んでいき雪の白さに埋もれていく。

 

そんな森の奥底には一軒の家屋があった。

塀を備え、敷地面積も広い家屋はどちらかと言えば小さいながらも屋敷と呼べる規模である。

しかし長年手入れをされていないのか塀は崩れ、屋敷も廃墟と化してしまっている。

無論そのような場所に住む人はおらず、廃墟に居るのは虫と人ならざる者だけだ。

 

人ならざる者、巷では魔物と呼ばれるモノ。

その姿形は千差万別であり獣の姿をしたモノ、蟲の形をしたモノ、実に多彩であり、そのどれもがその身の内に秘めた力、妖力を用いて様々な現象を引き起こす。

炎であり、風であり、水であり、姿形と同じく持つ力も様々なモノがった。

 

そして廃墟に住み着くモノも魔物であった。

だがソレは普通の魔物ではなかった。

廃墟の奥深くにある一室、光も差さな暗闇にソレはいた。

 

人の死体、生前に羽織っていた着物は朽ちかけ、其処から除く手足は痩せこけ身体は土気色に変色している。

眼球は腐り落ち、虚ろな眼窩は空っぽである。

だが一見して即身仏のような死体は未だに動いていた。

暗闇が支配する一室で祈り続け言霊、呪言を幾年月を経ても繰り返し吐き続けている。

 

ソレは人が魔物に堕ちた成れの果て。

 

その朽ちた身体を動かすのは年月を経ても消える事の無い憎しみ、憎悪を原動力として動き続けている。

だが長い、気の遠くなるほどの長い年月を経て憎しみ以外のものは壊れて消えた。

今やソレに思考する知性は僅かしか残っていない、昔の魔物に堕ちる前の思考を繰り返すだけの残骸でしかなかった。

 

だが魔物に堕ちてより辞めることが無かった祈りを中断せざる得ない事態が起こった。

森に張り巡らせた呪い、それに自我を完全に圧し潰された魔物を即身仏は支配し操り、その視界を共有する事が出来る。

 

その支配した魔物の視線の先には二匹の魔物がいる。

大きいモノと小さいモノ、そのどれもがその身に強大な妖力を宿していた。

中でも大きい魔物は質も量も上質であった。

それだけであれば何も問題視する事もなく上質な贄が生まれた事に喜び支配しようとしただろう。

 

だがそれは出来なかった。

呪言と共に二匹の精神を縛り付けようとするも弾かれてしまう、それは異常な出来事であった。

 

森を支配下に置いてから幾年月、互いに喰らい合うように理を捻じ曲げ蟲毒として機能するように森を作り変えて来た。

即身仏にとって森は餌場、自らの懐で育てている特別な魔物の為の餌でしかない。

そして生き残った強い妖力を持つ魔物を支配下に置いては贄にし続けて来た。

 

だが魔物は未だに完全体には程遠い。

身体は不完全であり、身に秘める妖力もまだ不十分、悲願を叶えるには力不足である。

 

だがそれも残すところ十年、今迄通り贄を与え続ければ完全体になるのは間違いない。

そうして漸く悲願を達成する事が出来るだろう

 

だからこそ計画に支障をもたらすであろう異物を放っておく事は出来ない。

件の二匹の魔物の強さは今や上位に位置する、森に生きる凡百の魔物では喰われ糧なるしかない。

 

ならばどうする、生まれたばかりの小さく弱小な存在の時に消していればよかったのか。

それは出来なかっただろう、何よりこの二匹の特異な点は妖力なのではなく自我そのものにある。

島を覆う呪言による狂化も受け付けず、理性を持って生きる魔物は島では二匹だけ。

そしてこれ以上妖力が高まれば島を支配することも可能になるだろう。

それだけは何としても阻止しなければならない。

 

即身仏は僅かに残る知性を動員して策を練る。

時間はそれ程掛からなかった、堕ちる前に猛威を振るった悪辣な思考が従い導き出した策は二匹の間に確かに感じられる繋がりを利用するもの。

だが二匹の魔物が内包する妖力は高まり島の魔物の上位に比肩しうるまでに育ってしまった。

そうなると仕留めるには島の魔物を嗾ける必要がある。

 

手痛い出費ではあるが時間は即身仏の味方、時間を置けば贄を喰らう事は出来る。

何より二匹の魔物の妖力は上質なもの、喰らう事が出来れば損失を上回る力を得られるのは間違いない。

そして狂っていない理性を宿した魔物、厄介ではあるソレらが齎すあろう苦痛に泣き叫ぶ声と悲鳴は長らく感じていなかった仄暗い喜びを即身仏にもたらすであろう。

 

そのような結末を想像できた即身仏は崩れ朽ちかけた顔を歪ませて嗤う。

無論それだけでは満足には程遠く、満たされるものではないが余興としては十分に楽しめる物にはなるだろう。

 

そうして即身仏は島での祈りを再開する。

全ては堕ちる前より願っている悲願、復讐の為。

己を認めず、恐れ、否定し、拒絶し、遠ざけだ者どもへ復讐する為に。

 

 

 

 

久しぶりの森はやはり居心地が悪かった。

足を踏み入れた時から再び囁き声が聞こえ始め薄らと身体に何かが纏いつく様な感じに襲われた。

身体に纏わりつくのは薄らと見える黒い靄、まるで納豆の様な粘り気で纏わりついてくるのがなんとも不快だ。

 

今まで見ることがないし叶わなかった靄、それは海辺で暮らし始める事で漸く自覚できたものだった。

そして自覚が出来て尚且つ不快であれば対策をしたい、そう考えて生み出したものがあった。

 

喉に力を溜め吐き出す、出てくるのは赤々と燃える火ではなく白色の火。

それは黒い靄に触れると燃え移り火勢を保ったまま靄を燃や尽くし消し去った。

この火は普通のものでは無く、熱も無ければ枯れ木などの可燃物に燃え移る事もない不思議な火だ。

実態としては靄を分解して霧散させる機能を持つ吐息、服の汚れを落とす石鹸の様なものをイメージして生み出した。

それが何で白い火の様に見えるのかは自分でもよく分からない。

それでも便利なので森にいる間は何度も使っている。

 

「くる〜」

 

チビも纏わりつく黒い靄は我慢するが耐え切れなくなったら白い火を要求する様になった。

白い火に包まれたチビは一見して丸焼けになった様に見えるが火傷などは負っていない。

そんな姿も何回も見るうちに慣れてしまい、今では逆に目立って見つけやすくなったと考える様になった。

 

何はともあれ森は不快なので海に早く帰りたい。

では何故森に入ったのかといえば拠点に溜め込んでいた食糧と木の実や植物で作ったスパイスを回収するためだ。

 

島にも雪が降り始め、本格的な冬が来たと思い至ると溜めてある食糧に不安を覚えるようになったからだ。

この冬が何時迄続くのか分からず日々減っていく食糧を見るたびに不安が募っていく。

そんな中で森の拠点に残していた食糧を思い出し回収に向かい出した。

 

だか久しぶりに帰ってきた森は何かが違っていた。

元々静かな森で冬であったがその事を加味しても静かすぎた。

森の拠点に向けて一歩踏み出す度に何とも言えない違和感が少しずつ積み重なっていく。

 

そして森の拠点まであと少しと言うところで異変がおこった。

森にしては珍しく開けた場所、そこの中心に差し掛かったところで周りを囲む様に獣達が現れた。

その数は十を超え、警戒している間にも増え続けた。

その目は濁っており、口から際限なく唾液を垂れ流す様は正気を保っているとは言えない。

端的に言って狂っていると言えるだろう。

そして獣達は徒党を組んで襲い掛かってきた。

確かな連携があったわけではない、まとまりも何にもなくただ闇雲の襲い掛かってくるだけだ。

 

「くるっ?!」

 

それでも物量は明確な脅威であった。

加えて獣達には連携がなくとも戦術はあった。

戦いの最中にチビと分断され包囲する様に動いてきた。

合流しようにも何頭もの獣が間に立ち塞がり、突破しようとすれば背後から襲いかかってくる。

嫌らしい戦術であり連携も取れていたら不覚を取ったかもしれない、だか実際には連携も何も無く闇雲に襲ってくるだけ。

 

そうであれば対処の仕様が既にあった。

突出してきた獣、その眼窩に礫を撃ち込み速殺する。

死体に足を取られ勢いが削がれた獣を一匹ずつ、片っ端から殺す。

脚で踏み潰し、礫で脳を射抜き、念力で頸骨を圧し折った。

時間を掛けずに素早く丁寧に殺し尽くす、その後には凄惨な現場だけが残っていた。

 

だか其処にチビはいなかった。

夥しい血が流れ出る屠殺場にあって嗅ぎ慣れたチビの匂いは森の奥深くに、たこれ見よがしにチビの血痕も続いていた。

そして何時も聞えて来た囁き声が今回は違っていた。

 

──片割れは奥に

 

意味深に囁く声は不快であった、だか言わんとする事は理解できた、

 

その声は海辺の拠点に帰る間も聞こえ続けた。

だか其れらを無視して森から出て、拠点に帰った。

そして冬に備えて保管していた乾燥したキノコ、干物、水といった食料を可能な限り口に詰め込んで減った力の回復に充てる。

そうして食べ終われば拠点の奥深く進む。

そこには森での食糧回収に邪魔になると判断して持って行かずにいた武装が幾つもある。

 

──其れら全てを身に纏う。

 

全ての準備が終われば拠点から出て走り出す。

 

これは喧嘩か、弱肉強食の生存闘争か、どれも違う。

これは戦争だ、明確な殺意の元、必ず殺し尽くす様に考えられたものだ。

 

その上で考える、自分は何をすべきか。

答えは単純明快、チビを救出するだけ。

ついでに森の奥にいるであろう下手人をぶっ殺す。

一方的に仕掛けられ大切な相棒を攫われた、これ以上の理由は必要ない。

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