ポリポリと魚の干物を食べながら砂浜を歩く。
塩辛さと天日干しが不十分な事による若干の生臭さに鼻を顰めつつも胃袋に収めていくが全く足りない。
今食べている干物は備蓄していた物の中からチビこっそりとちょろまかし隠し持っていた代物である。
チビはなんと即身仏が使っていた自分の影に物を収納するのと似たような能力を隠し持っていた。
能力そのものはそこまで大したものではなく収納できる量も多くは無い、隠していた食料も半日に満たない量である。
それでも四次元ポケットの様な能力は羨ましい。
使い方は残念ではあるし多分、もしかしたら食意地が張っていたから出来るようになったのかもしれない。
しかしチビの隠し持っていた食料のお陰で空腹よりかはましな状態で動く事は出来た。
次からはチビに食料を保管させるべきだろう、食料含めた何もかもが島と共に吹き飛んで味わった苦い思いは二度としたくはない。
それにしてもこの砂浜はかなり遠くまで続いていそうである。
歩けども長い砂浜が続き偶に折れ曲がるように続いているから全貌が全くつかめない、もしかしたら島ではなく大陸の可能性もあるが現状では確証が持てず何とも言えない。
これはどちらに進むべきか棒倒しで決めたが間違っていたのかもしれない、それでも情報がない中で長々と悩んでも無駄ではあるしどうすればよかったのだろうか。
……最後の手段としては勘の鋭いチビの気の赴くままに歩き回るのもアリかもしれない。
それ以前に今後の身の振り方をどうするか決めなければいけないがそれが一番の問題だった。
住処に関しては地形操作でどうにも出来る。
食料は海が傍にあるからガッチン漁で獲れる。
冬の寒さも毛皮と力で何とかなる、よって冬支度に急いで取り組む必要がない。
正直に言えば急いで何かをする必要性がない。
敵意マシマシの島の獣の様な奴らが大挙して押し寄せてこない限り行き当たりばったりでもどうにかなりそうなのだ。
ならば当面の目標は住みやすそうな場所を探すことにするべきだろうか……、あー、考えるのめんどくさい。
即身仏との一連の戦いで疲労した脳と体は完全には回復しきっていないし、空腹によって碌に頭が回らない今の状況が一番の問題じゃないか?
「くるッ!」
そんな事を考えながらふらふら歩いているとチビが何かを見付けたのか元気な声を張り上げた。
チビの視線の先には砂浜を覆い隠すように灰色の何かがいた。
立ち止まって観察してみると灰色の何かはアシカのような、どちらかと言えばテレビで見たトドに似たような生物だ。
大きさもチビ以上、自分以下のそこそこ大きさで身体はでっぷりとしていて見事に肥えている。
それが軽く見回したところ五十頭以上集まり群れを作って砂浜にたむろしている様だった。
はてさてどうするべきか。
砂浜を塞ぐようにして群れが広がって休んでいるがそれを避けて進むか、無理矢理横断するか。
手持ちで残った武装は薄刃が三振り、大剣の柄の部分だけが一振り、礫に至っては残弾ゼロである。
見た限りではそれほど強くは見えず、そうでなくとも戦って死ぬことは無いと思う。
しかし相手の能力が分からない以上戦う必要はなく、余裕のない今は群れを避けて移動したほうがいいだろう。
チビに一声かけて群れを大きく迂回する方向に歩き出す、群れを刺激しないようにゆっくりと穏便に避けるように動く。
しかし群れの中の一頭が此方に視線を向ける、するとまだ距離があるのにも関わらず鳴き始めた。
「オウッオウッ」という鳴き声に加え「オウーン」という怪獣みたいな鳴き声を一匹が発する、すると群れ全体に鳴き声が波及していき五十以上からなる鳴き声尾の大合唱が始まった。
どうやら群れ全体が警戒態勢に入った様で群れ全体から多くの視線を向けられているのを感じる。
そして大音声の合唱が弱まるに連れ群れからの能力の発動に伴う独特な気配を感じ始める。
気配の発生源、其処ではトドの頭上で大きな氷柱が作られていた。
流石に危険を感じたので引き返そうとするが、動き出すよりも早く氷柱が撃ち出される。
氷柱自体の速度は大したものではなく狙いも甘い、軽く横に動くだけで避ける事は出来た。
その景色を群れでも確認したのか、最初の一発を皮切りに何頭ものトドが氷柱を撃ち出してきた。
弾幕を張るように撃ちだされる氷柱は外敵に対する威嚇の一種なのか、それとも此方を仕留めて食べる為のものなのかは分からない。
空気を震わせる程の大音声を出す群の戦意は高く氷柱は今も尽きる気配を感じさせることなく撃ち続けられる。
飛来する氷柱をチビと共に氷柱を躱すがともに余裕はまだまだある、それにどうやら外敵に対する威嚇射撃みたいな感じがするが実際の所どうなのだろうか。
暫く氷柱除けに勤しんで群れを観察するがイマイチな働きの頭では分からなかった。
それでも逃げ出さずに観察を続けたお陰で相手の力量を大体図る事は出来た。
武装を展開し薄刃を二振り放つ。
試しに一回戦ってみて、出来れば今晩の夕食に何匹が仕留めたい。
切実な願いの元放たれた薄刃をトドは認識できていないのか防ごうとする動きは見られない。
それならそれでいいと進路はそのまま、そして多少の抵抗を感じるも難なく薄刃は太い首を斬り裂いた。
切り口から大量の血を噴き出してトドは悲痛な悲鳴を挙げるが体格が大きいだけあって一撃で仕留めることは出来なかった。
それでも返す刀で薄刃を切り口に再度斬り付け胴体と一体化した首の半分近くを斬り裂く。
そうして一線を超えた致命傷を負ったトドは声を上げる事もなく音を立てて崩れ落ちる。
一匹目で感じた手ごたえを元にして二匹、三匹目に刃を振る舞い仕留める。
瞬く間に三匹もの仲間を仕留められたことが衝撃的なのか群れから聞こえる鳴き声は小さく萎み、氷柱も打ち込まれる数も減った。
それでも群の戦意はまだ残っている、それを崩すために大剣の柄を一際大きな個体に向け撃ち込む。
礫の要領で撃ち出した柄は眼球を貫き、その奥にある脳を射抜いた。
そして叫び声も上げずに突然倒れた個体を見るなり群が騒めきは静かになっていき一部が海に向けて逃げ出した。
逃げ出したとトドに釣られ群れの中から一匹また一匹と海へと向かっていく、そうして僅かな間で砂浜に広がっていた群れは生きている物は一匹残らず消えてしまった。
それを見届けると仕留めた獲物に近付く。
最期に仕留めたのは群れのボスであったのか、大きさだけでなく牙も立派なものだった。
ボス以外のトドも大きく、これで夕食に十分な量の肉を獲る事が出来た、
「くる?(どうする?)」
期待に目を輝かせたチビは今か今かと料理が始まるのを待っている。
その食い意地に呆れながらも薄刃でトドの解体を始める。
日はまだ暮れていないが初めての獲物である、解体に慣れていない事と量を考えて早めに取り掛かったほうがいいだろう。
あと自分も魚の干物では到底満足出来ず、速く食べたいと思っていた所だった。
トドの肉を切り分け焼いて食べる、二匹の魔物が食事をする奇妙な風景を風下から伺うものがいる事に二匹は気付くことが無かった。
◇
寝床に降り注ぐ朝日と共に目を覚ます。
即席で作った寝床は夜風はしっかりと防ぎ寝る事は出来た。
それでも寝ている傍からじんわりと身体に伝わってくる冷たさは堪えた。
自前の毛皮で一応耐えられるが限度の一歩手前だったから次からは枯草を下に敷き詰めることを決意する。
背中の毛皮の上で寝ていたチビはまだ眠そうであったが無視して起こす。
寝ぼけ眼のチビが背伸びをしている横で同じように背伸びをする。
その最中に自分の影に向かって脚を伸ばす。
脚は影に触れ、脚裏には冷たい地面の感触があるだけだった。
どうもイマイチ感覚が掴めない。
昨日知ったチビの物を収納する能力、本人(本獣?)が使えるようになったのは問い詰めた処偶然だったようだ。
チビは自分とコンビを組む前は独りで森を生き抜き、食料を他の獣達に見つからないように色々な場所に隠す習慣があった。
それはコンビを組んで狩の獲物にありつける様になっても変わらずに慣習として隠していたようだが、気付けば影に隠していた?ようだったらしい。
言葉で意思疎通出来ず、鳴き声の強弱によるコミュニケーションの為詳細は分からず言っている内容が違うかもしれない。
それでも何とか理解に努め、試しでチビに倣って同じ様な事をしてみるも何も起きなかった。
流石に一発で出来るとは思わないが、せめて取っ掛かり位は掴みたかったがそれもなかった。
残念ではあるが、収納の能力を習得するのは当分諦めてチビには倉庫として頑張ってもらおう。
空間事態は小さいらしいが食いしん坊なチビの事だから食べ物で限定でかなりの量を保管できるかもしれない。
幸いにも食べきれなかったトドの肉が大量に残っている、拡張訓練として押し込んでみよう。
「くるッ!?」
一足先に寝床から出たチビから叫び声が聞こえてきた。
声の調子から何かに驚いているようで危機感は含まれていない。
もしかしたら燻製に失敗したのだろうか、かなりの量が残っていたから試しに作ってみたのだがうろ覚えの方法が間違っていたのか。
それともチビが燻製を勝手に味見して火傷でもしたのか、身体を十分に伸ばしてから寝床を出て燻製を作っていた場所に向かう。
それにしても昨日仕留めたトドは中々食べ応えがあった。
分厚く斬ってステーキにして食べれば湧き出る肉汁と油が疲弊した身体に染み渡ってとても美味しかった。
肉だけでなく内臓もぶつ切りにしたホルモンは美味しく、流石にレバーは栄養素を考えて生食してみるが塩かごま油が欲しくなる様な味だった。
総じて戦いで消費した身体と力を十分に回復させられるものだった。
だが仕留めた数が多く昨日食べきれなかった分は血抜きをして外に干す事にした。
それを朝ご飯として食べよう──そう考えていたが、肉を干していた場所には何もなかった。
一足先に付いていたチビも信じられないのか何度も周りを歩いて肉が落ちていないか探している。
だが何も残っていなかった。
燻製も毛皮も干していたトド肉も、昨日仕留めたトドの何もかもが無くなっていた。
砂浜から内陸に向かう隠蔽を施された足跡を残して。