「どうやら、今日もいらっしゃったようですね」
アジアで情報収集をしていて、同業者にあった。
とはいえ、酷く拙いものだ。情報収集の仕方から中国語から写真の撮り方まで、酷く拙い。
だが、彼は逃げるのがとても上手かった。
それを見たのは本当に偶然。ふっと宙に消えたのを見て、我を疑った。
……何者だろう。オルタ3の残滓だろうか?
超能力。テレポーテーション。そんな馬鹿な。
調べれば調べるほどわかる不思議な現象。
宙に物をしまった。
空中で消えた。
BETAの首を素手で落とした。
両目を隠しているのに目が見えているかのよう。
なまじ強いだけに、他の諜報員も、手を出しあぐねているようだった。
興味が湧いた私は、彼の本拠地を調べる事とした。
簡単に見つかった指示書は日本語。
BETAのデータと戦術機のデータ、大体の情勢を集めよというもの。
用意されたレポートはそれはまあ酷いもの。
どこかの組織のものなのだろうが、どこかの組織ではあり得ない。
そもそも、一般人でも知ってるような事がわかってないのも伺えた。
写真なんて焦点があってないものもいくつか。しかも、撮った場所は戦場のど真ん中。
資料を添削して、機密に反しない範囲で用意してみる。
聡い彼は、私の気配にすぐに気づいていた。戦闘力だけはずば抜けている。
オルタの残滓が新たな組織を立ち上げたとかであろうか?
それならば妙な世間知らずも納得できる。
彼は人懐こかった。
素直に礼を言って資料を抱きしめる。
大柄な男だが、そうしてみるとどこか小動物じみていた。
「初めまして、さとりさん。迷子のようでしたら、お家まで送って差し上げましょうか? お家はどちらに?」
「呪術界。ちゃんと帰れるから大丈夫。俺、最強だから」
ジュジュツカイ。
魔法の国からやってきた女の子、などという女児向けの童話のフレーズが頭に浮かぶ。
困った様子の彼に、和かに話しかける。
「どうぞ、不可視の鞄に入れてください。私の目は気にせずともいいですよ」
当人は無理に隠すつもりはないらしく、素直に何かにしまうのを見せてくれた。
追うような真似をしなくて良かった。
友好的に接してみれば、彼は全く素直だった。
「呪術界と言いましたが、貴方は呪術師だったりするのですか?」
魔法使いみたいに。
「そー。仕事手伝ってくれたから、一回だけ手伝ってやるよ。お前の望む奴を呪ってやる」
それはなんとも。大体、大体のファンタジーはBETAに否定されている。
夢も希望も奇跡も、全てBETAは粉砕した。
「私が憎いのはBETAなのですが、呪いはBETAに効きますか?」
「あいつら硬いからなぁ。でもいいよ。然るべき時に、呪ってやる。ここでの調査も終わったし、最後に盛大に呪ってから帰るつもり」
呪う。
随分と物騒で、なおかつ無意味な言葉だと思う。
だが、不可思議なことを実際に行っていた男の言葉だ。
他の者に「盛大に呪う」を任せる事として、私はこの近くから出る船の予定を確認する事とした。
おそらく、本拠地が日本だというのなら、これから密航をすると予測して。
いくつかマークして、合わせて帰国する。
案の定、男を見つけ、同じホテルに泊まる事が出来た。
私は船に乗る直前に渡されたデータを見てため息を吐く。
そこには、まるで人外の如く、地球のように美しい眼をして宙に浮かび、光線を防ぎ、BETAを消しとばす冗談のような姿が写っていたのだから。
呪術界がどうのという話を聞いていなければ、天使だと思っていただろう。
接触しようとしたものは、須く逃げられているらしい。
私とだけ話してくれたのは、一度も追おうとしなかったからと、手伝ったからだろう。
ソ連なんかの刺客はそれはもう必死になっているらしいが。
オルタ3の残滓というには、少し違う気がした。
呪ってやるとは、またインパクトのある言葉である。
呪うことで生き物が殺せるならば、人類はBETAを100回は全滅させられる。
呪なんてない。そのはずなのだが。
「んーっ 疲れたぁ。ハイヴの単独攻略は無理そうだな。はぁ。あと1日休んでから合流しよ」
まだ疲れが取れない様子で、愚痴りながら合成食糧を食べ、悲しい顔をする男。
にこやかに笑いながら、向かいに座った。
「おや、偶然ですね。本拠地はやはり日本で?」
「うっわ。まあそうなんだけどさ」
多少は驚いた様子だったが、危機感などは感じられない。これぐらいは予測の上か。
「呪術とは素晴らしいものなのですね」
「まあ、俺、最強だし。六眼だし」
「呪術とは、私にも扱う事ができるのですか?」
「血筋と才能の世界だから、無理かなぁ。俺の呪霊だって、見えないだろ? 肩に今もいるんだけど」
肩を見る。言われてみれば、不自然な皺を見つける事ができたが、それだけだ。
血筋。血筋。ならばコミュニティがあるはずだ。
日本の裏にそんな異能を持った者達が連綿と息づいていた? そんな馬鹿な。
「それは残念。コミュニティには、何人いらっしゃるのですか?」
「それは流石に言っちゃダメだと思うんだ」
「私の望む相手を呪ってくれるとのことですが。ハイヴでもよろしいか」
頼む時は大きく頼むのは基本である。それに、本人がハイヴの単独攻略について話していたではないか。
さとりはうんざりした顔で、釘を刺してくる。
「出来立て、ならすげー頑張って助けも借りればどうにかなるかも……? 無理でも文句言うなよ」
すごい自信だ。それは、連合軍に単騎で勝ると豪語するに等しい。しかし、その自信を納得できるだけの力はある。流石にハイヴ単独攻略には足りないと思うが。
「ありがとうございます。しかし、貴方の様な方が今まで潜伏していたなど、信じ難いですね」
「あー。地球には割と最近来たんだよ」
そこで電話が来た為、会話を中断して電話に出る。
地球には最近きた。これはまた、新しい情報だ。
私と同じく、煙に撒こうとしているのかと思ったが、そもそもその発想がないと思う。
とにかく、私はお呼ばれする事になった。
戦闘は考えない。敵対はいつでもできるし、少なくともさとりの有用性は担保できているのだから、懐柔に必要な物を考える。
欲しがっていた資料に、いくらあっても困ることはない現金。
それと中国でのお土産。
そして、彼に連れられて山を登る。
何もない所で手を引かれて、何かの幕を通った感触に顔を上げると宇宙船があった。
なるほど。ファンタジーである。
第一のエイリアンは意思疎通もできずに暴れ回る怪物。
第二のエイリアンは宇宙から来ているのにファンタジーな生き物。
そして私は、宇宙船に一歩入って、彼らが宇宙人であることを腹の底から理解した。
「ただいまー」
「おかえりー」
「やあ、おかえり。今日はパスタだよ」
「やった」
宇宙船で出迎えてくれたのは2人。
人間にしか見えない黒髪の体格のいい美丈夫。
浮かぶ脳みそ。
浮かぶ脳みそ。
喋る脳みそのご馳走するパスタとは。
さとりはインパクト抜群な脳みそをスルーし、黒髪の男を観察する。
「顔色悪いな。無理させててごめんな。俺、話とかいくらでも聞くし」
「こら。疲れているのはどう考えたって君だし、今はお客人の前だろう?」
気遣い、穏やかな返答にホッとした様子。違うそうじゃない。
「メロンパンも、お疲れ様。お土産は後で渡すな。この人は左近さん。日本のスパイさん」
違うそうじゃない。そう思いつつも、メロンパンとは言い得て妙だなと思う。
なるほど、彼らは馴染んでるらしい。
名前が偽名である事を確信する。むしろ、真の姿は全員喋る脳みそなのかも?
「お初お目にかかります。貿易商の左近です。こちら、お土産の中国大陸のキョンシーに使うと言われるお札です」
情報量に混乱しつつも、訓練は裏切らない。口は勝手に動き、頭は回り、私はお土産を差し出す。
さとりは目隠しをずり下げてチラッと見る。人間にあり得ない美しい青の瞳。西洋人の青い目とは全く違う輝きを宿した瞳。
「ただの紙」
「こら。本当のことを言ってはいけないよ。この人は非術師なんだから、呪物とおもちゃの違いなんてわからないさ」
「2人とも、ただのお土産にそんな呪具が贈られるわけがないだろ」
「いえ、ご希望の物があればお持ちしますよ。本物の呪物は無理でしょうが」
そして用意されたパスタを食べる。大丈夫。この辺で売っているものだ。むしろ天然素材すら使っている上質なもの。だから黙って食え。腹を括れ。
「いただきますっ んー。おいしー」
「ようやくこの宇宙船の農場が軌道に乗ってね」
「すげー。さすが夏油!」
「それで皆さん、どうしてこの星へ?」
もはや疑ってはいない。浮かぶ脳みそなんて地球人は存在しない。
「実は、軽い気持ちで依頼を受けたら私たち3人だけでこの宇宙船に放り出される事になってしまってね。難儀していたんだよ。3人だけで地球を手助けしろなんて、無茶だと思わないかい? 私は頭脳労働に確かに覚えがあるが、機械系は得意ではないし、後の2人も戦闘一辺倒だし。ひとまず潜伏して情報収集していたんだけど、最近限界を感じてね。資金も手もないし、手を引いてもいいんじゃないかと」
言い出した要求は簡単なもの。要するに、資金と伝手を寄越せというもの。
それはいい。地球が救われるならなんだってくれてやる。
でも、何故そうなるかがわからない。エイリアンが、何故地球の為に?
「資金と手があれば、この地球を救えるということですか?」
「私達にできるのは手助けだけさ。君らの星は君らで守らないと」
「我らの星の中での事なら、我らがなんとかしましょう。しかし、あれは、BETAは我らの星のものではありませんが」
「私達とも無関係だよ。依頼主から事情をほんの少し聞いている程度さ。ああ、依頼主もBETAとは無関係だ。彼は純粋にこの星を心配して私達をよこしたようだ。ただまあ、君らはすこぶる不運だった」
歯切れ悪くいう。BETAの情報ならどんな物でも欲しい。地球侵略の意図とは。
「事情というのをぜひお聞きしたいものですな」
「超新星爆発で高性能資源掘削機がエラーを起こしたらしいんだ。全くひどい話しだと思うよ。君らは宇宙船技術を磨いて、賠償を求めにいくべきだと思うね! 難民をたくさん見たよ。辛そうだった」
プリプリと怒って夏油と紹介された男はいう。思考が止まった。え、らー?
「夏油。それ、言っちゃいけないやつでは?」
「重ね重ねいうが、私達は無関係だからね。彼らの創造主が私達ならば、そもそも緊急停止コードなりボタンなり持っているし。あっ移住に適した星が移住可能圏内にあるし、この星はすでに汚染が酷いから、宇宙船技術はどう転んでも磨いておいた方がいいよ」
「はあああああああああああああ!!???」
簡単に!!!! 簡単に言ってくれる!! 宇宙船技術を磨いて、賠償を求めにいくべきだ!? 難民を見て辛そうだった!? 汚染がひどいから移住の準備をしろ!?
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!!!
「ぶ、ぶん殴るならBETAの作り主にしろよ。俺ら関係ないし……むしろ俺らも巻き込まれた側だし」
「落ち着き給え。我が家の最強様が怯えているではないか」
「怯えてねーし!」
もしも、彼らが創造主関連だったとしたら。いや、それはない。落ち着け。
八つ当たりをして、せっかくの助けの手を振り払ってはならない。
落ち着くんだ。
「手助けというなら、訴訟の手伝いをしていただく事はできないのですか?」
「それで済むなら俺ら呼ばれてねーし」
「ルール的にも可能不可能的にもアウトっぽいよね」
「私達を送るのすら本当ならアウトなんじゃないかな」
彼らは困った様子で顔を見合わせる。どこまでも他人事で、そこに罪悪感はない。
なるほど、彼らは巻き込まれただけらしい。
「今日はもうこの辺にしようか。俺疲れたし、左近さんも疲れたろ。麓まで送るよ。資金と人手のこと、考えといて」
「寝る前にBETAを寄越してくれないかな。詳しい調査と実験をしないと」
「BETAだけど、生きているのも欲しいな。私も実験したい。左近に合わせたってことは、私を温存するのはなしにしたんだろう?」
「そうだね。成人男性が隠れているのは無理があるし、そもそも人手がなさすぎるから。条件が折り合えば、3人でアジアの方に遠征に行こう」
ほら、私が冷静さを失ったがために、せっかくの会談が終わろうとしている。
いや、絶対に次に繋げなくては。信頼を損ってはいけない。
「いや、精神修養がなっていなくてすみません。資金ですが、ひとまずこれぐらいで」
資金と資料を渡すと、彼らは喜んでくれた。
ついでに記念写真を頼むと、それも快諾。
「これは中国での尽力の対価です。何卒今後も地球にお力添えいただきたい。いや。有意義な会談でした。それでは遠慮なく送ってもらいましょう」
宇宙船から出て、振り返って。
改めて、中と外の大きさが全く違う事にも気づく。
全くファンタジーなエイリアンが来たものである。
そして、さとりは言葉通り一瞬で私を麓まで送ってくれた。罰のわるそうな顔をしていう。
「今日のこと。ごめんな。俺だったら、やっぱりふざけんなって思うよ。もっと手助けしてやりたいけど、科学力はあんたたちの方がずっと上だし、こういう時役立つのはやっぱ科学だし」
「いえ、こちらこそ大きな声を出してしまってすみません。しかし、有意義な時間が過ごせました。また招いて下さいますか?」
「左近さん1人ならな」
「良かった。しかし、依頼主どのはどうして地球に肩入れを? 監視員か何かですか? 依頼主どのかそちらの宇宙船で、先方まで飛べない物でしょうか」
「絶対無理。確実に遠すぎる場所だし、そもそもお前達の宇宙船の方がすごいと思うよ?」
「あれはあれで技術の結晶かと思いますが。そうですか、呪力ですか。ああ、こちらの連絡先にいつでも連絡ください。あなたの連絡先を貰っても?」
「ん。そうだ。肩入れの理由だけど、多分……祈った、からじゃないかな。祈りは、ちゃんと届いたんだよ」
連絡先を交換し、さとりは消えた。
最後の言葉について考える。地球に降りた監視員が、地球のどこかで偶像化されていた?
大量の情報に、眩暈がする。
さて、これからが大変になる。
彼らに八つ当たりが向かわないように、上手く調節しなくてはならない。
しかし、資源掘削機……エラー……超新星爆発……。
ぐぬぬと怒りが腹の底から込み上げてくる。冷静であると自負している私ですらこうなのだから、彼らを八つ当たりか守るのは趙高難易度ミッションだ。
しかし、やり遂げなばならない。
彼らが稼ぐ時間が、地球を救うだろう。逆に言えば、多分、彼らは情報と時間を少し稼ぐぐらいしかできないだろう。技術系統があまりに違いすぎる。結局、自分の身は自分たちで守らなくてはならない。神は自らを助る者を助るということだろう。
オルタ3とオルタ5が躍進するだろうから、日本の立ち回りについても相談しなくては。あれもこれも同時に進められる余力はないのだ。
しばらく休暇はなくなりそうだ。
次も他者視点かも。
マシュマロ、感想、ありがとうございます! 励みになります!!