「…さん。ホラ、あの子…」
「ほんとうですわね。…何であの子が…。」
廊下の端に集まる生徒達から、わざと聞こえる程度の音量で発せられる陰口が聞こえているのかいないのか、淀みのない早歩きで少女は紅茶の園を進んでいた。
「…あ、ローズヒップさん。…おはようございます。」
「オレンジペコさん、おはようございますですわ!」
早歩きが小走りに変わろうとした頃、突然物陰からひょっこりと出てきた少女と目が合い、立ち止まる。そして、何か閃いたように手を叩き、一息に捲し立てた。
「そうだ!オレンジペコさん、今空いてますか?実はちょっとやりたい事があるんですけど一人じゃ難しくて!」
「え、えぇ?」
困惑した表情をした少女は、しばし迷った後問いに頷いた。
「ま、まあ少しなら…」
「よかった!じゃあついてきてくださいまし!」
少女の手を掴むと、目的の場所に向けて走り出す。手を掴まれた少女は転びそうになりながらも、なんとかついていく。
「うわわわ!ろ、廊下は走らない方が…」
「すぐ着くので大丈夫ですわ!」
…確かに、すぐに着いた。だが…
「格納庫…?」
「ええ。少々クルセイダーに気になる所がありまして。」
「…隊長から許可は貰ったんですか?」
「勿論ですわ!鍵も、ほら…あ、あらぁ?」
ペシペシと制服のポケットをまさぐるが、何かが入っている感触はしない。
「…やべーですわ…」
「…探すの手伝います。」
「ありがとうございます、ですわ。」
何往復目かもわからない格納庫への道を歩くが、未だ鍵は見つからず、二人は目に見えて焦っていた。
「やべーですわ…」
先程から同じ言葉しか喋らなくなった相方に目をやると、まるでムンクの叫びのような顔で虚空を見つめていた。
「あ、諦めないでください…多分もうすぐ見つかりますよ。…多分。」
「うう…申し訳ないですわ…」
形だけの慰めをかけながら何度目かの格納庫前の角を曲がった時、ある人に声を掛けられた。
「ローズヒップ。」
「ヒェー!」
その声は紛れもなく。聖グロリアーナにおける戦車道部隊総隊長である、ダージリンのものであった。彼女に鍵を借りていた少女は悲鳴を上げ、もう一人の少女の後ろで縮こまる。背中に小動物のように震える存在を抱えてしまったもう一人の少女は、隊長に真正面から対わなければならなかった。
「ダダ、ダージリン様!?どうしてここに…」
「いえ、鍵の件で…ローズヒップ、どうしたの?」
質問に応えようとした少女は鍵、という単語に震えを大きくした少女に懐疑的な視線を向ける。
「い、いえ、その…」
「…?…まあいいわ。ローズヒップ。貴女、そろそろ落ち着きを覚えたらどうかしら。鍵、また忘れてるわよ。」
「え?」
「あら?」
おずおずと背中から出てきた少女に信じられない、というような目をして見つめる。一体、どうしたんだと説明を求める隊長に、二人はゆっくりと説明を始めた。
「ぷ、ふふふ…まさか、本当?ふふ…」
「もう、そんなに笑わないでください!大変だったんですよ。」
「いえ、ごめんなさいね。ただ、面白くて。…まあ、取り敢えず鍵は渡しておきますわ。それとオレンジペコ。後で会議があるのだけれど、来れるかしら?」
「あ、はい。わかりました。間に合うように行きますね。」
二人で話を進めていると、会話に取り残されてしまった少女が大きく手を挙げて質問する。
「ダージリン様!わたくしは?」
「貴女が上手に紅茶を入れられるのなら、呼ぶのだけれどね。」
「うっ…」
その条件に、自分は当てはまらないことを理解して、小さく唸る。そして、反論をする暇もなく少女は去ってしまった。
「ではローズヒップさん、行きましょう?確か、クルセイダーを見たいんでしたよね。」
「…ええ。クランベリー車の調子が悪いようで。恐らくエンジンに問題があると思うのですけど…」
二人の少女が話し合いながら格納庫を横断し、数両のクルセイダーが置かれている区画に着く。ローズヒップが何処からか工具箱を取り出してきて、すぐにトラブルの確認を開始した。
「ふむ…」
「どうでしょう?」
「むう、多分冷却系の問題ですわね。チェーンを入れ替えれば問題ないと思いますわ。」
「ではスペアを持ってきましょう。確かクルセイダーの部品はB倉庫でしたよね。」
「アレ重いですわよ?わたしも行きますわ。」
格納庫に併設されている倉庫に着き、ランタンを持って暗い倉庫内を歩き出す。履帯や装甲材などが積まれているエリアを抜け、目的の物があるエリアに到着すると、早速部品を探し始める。
「ええと…ああ、この列ですわね。」
「幾つか種類ありますね…どの型でしょう?」
「あー…多分これですわ!形が似てますし!」
「…もうちょっと精査しましょうよ…ホラ、こちらの型も似てますし。」
スペアが積まれているケースを発見した二人はしゃがみこんで、じゃらじゃらと部品の山を崩していく。しかし、やはりそれらしいものはなかなか見つからず、あるものの存在を思い出した少女は、部品を丁寧にふたつずつ拾って難しそうな顔をして見比べる、もう一人の少女を一瞥すると、ノートをペラペラめくりはじめる。
「むう。これも違いますわねぇ…あら?オレンジペコさん、何見てますの?」
すると、すぐにもう一人の少女が何やら違うことをし始めたことに気づいた少女が、動かしていた手を止めて質問する。
「ああ、これ。少し前にアッサムさんから、『自校の戦車のことくらいは知りなさい』って渡されたんです。」
質問を受けた少女はすぐに顔を上げ、ノートの内容が少女にも見えるようにして答える。ノートには解剖図のような絵が描かれていて、各部から伸びた線の先にはクルセイダーの部品一つ一つに至るまで詳細なメモがびっしりと書かれていた。
「おおう…流石アッサム様ですわね…」
ノートの一ページにしては多すぎる情報量に、今ここにいない先輩に若干引きかけるが、今一番頼れるものだと思考を切り替えてページを捲る手を早めさせる。
「部品の発注先…違いますわね。これは…ああ、数年前の型ですわ。」
「今年の、今年の…あ、ありました。K18775モデル…去年出た新作ですね。小さく刻印が彫られているはずですが…」
ランタンを寄せて薄い刻印に目を凝らす。二人してランタンに身を寄せて縮こまる姿は側から見れば怪しく映るが、当人達は気づくよしもないだろう。
「18775…1、877…5。これですの?」
「んー?…あ、これですね。一つで大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですわ。」
「では出しちゃった部品はしっかり元に戻して…クルセイダーのところに帰りましょうか。」
その言葉を合図にテキパキと部品を戻していく。散らかってはいたが、二人もいれば片付けるのにそう時間は掛からなかった。
「これで最後ですわね。」
カランと音を立てて部品を置き、ふうと一度息を吐く。
「後は戻すだけですね。」
「あ、それかなり重いですわよ。」
手伝いますわ、と言おうとすると、少女がひょいっ、という効果音が鳴りそうな程軽々しく金属の塊が詰まったケースを持ち上げ、棚に置き直す。顔色一つ変えずにそれをこなした少女に、ただ目を見開くだけのローズヒップであった。
「…よし、これなら…もう一度エンジンをかけてくださいませ!」
「了解です。」
「…うん、大丈夫そうですわね。オレンジペコさん、本当にありがとうございましたわ!」
慣れた動きでクルセイダーから降り、身だしなみを確かめながら感謝に応える。
「いえ…直ってよかったです。」
「そういえば、オレンジペコさんはこれから会議ですわよね。」
「ええ。…しかし、少々汚れちゃいましたね。」
そう言って広げた手にはオイルや煤がべっとりとついてしまっていた。
「あら…本当ですわね…まあ、いいですわ。湯沸かし器の水を出しましょう。…よいしょっと。」
少女は車内に潜ると、すぐに四角い箱と一緒に出てきた。
「手を出してくださいませ!」
「熱くないんですか…?」
「電源は切ってましたわ!多分大丈夫かと!」
カシャンと置かれた湯沸かし器に恐る恐る手を出すと、果たして、ぬるくなった水が出てきた。
「きゃ、あつ…くない。」
「…びっっくりしましたわ…」
「ごめんなさい…一瞬熱く感じたので…」
お互い胸を撫で下ろすと、もう一度手をかざし、しっかりと汚れを洗い流す。入れ替わり、互いの手を綺麗にすると、湯沸かし器を元の位置に戻し、一人は会議室へ、もう一人はチームメンバーの元へと、急ぐのだった。