元検証班どもが征くVRMMO(手綱は握られていないものとする) 作:銀鈴
ゴーン、ゴーン、と空から鳴り響いた鐘の音。
未だそれが運営からのアナウンスであると知る者が殆どいないそれは、あまりにも早くゲームの世界に鳴り渡った。
何気まだ、サービス開始から現実世界換算で2時間も経っていない。ゲーム内ではその3倍の速度で時間が流れているが、それでもその程度だ。
《Fines Explorator Viaeをプレイされている、全ユーザー様にお知らせ致します》
だからこそ、そんなアナウンスが聞こえた時にも気に留める者は殆どいなかった。古きソシャゲプレイヤーがすわ緊急メンテかと身構えた程度で、警戒もあくまでそこまで。
「いい時間だし、サービス開始とかの案内かな」
「だろうね。いや待て緊急メンテとかの可能性も」
「バグ出てないのが奇跡的な広さだしなぁ」
そんな、緩み切った空気の中。告げられた内容は、驚愕と衝撃を持ってゲーム内を駆け巡った。
《チュートリアルボス【Guardian of Auster“Goblin Lord”】の撃破が現時刻を以って確認されました。
討伐者はPN[クローニン][Fluorite][†
またチューリアルボスの討伐により、ワールドクエスト〈1章:いつか再び空の果てへ〉が開始されます》
「ふぁっ!?」
「まだ攻略組が死に戻ってきたばっかだぞ!」
そう、ゴブリンロードの討伐適正レベルは25。それもあくまで役割分担が出来ている6人PTが、という注釈が付く。
レベル18程度までしか出現しない街北のマップでは、例えマップに籠り続けたとて時間が足りる筈がない。運営側の予測としても、早くて現実時間で今日の夜か明日中。遅くても3日以内が突破にかかる時間の筈だった。
何せゴブリンロードは誇張抜きに強い。
自分より巨大な人語を解する相手が、巨大な戦斧を持って殺しにくるという単純な恐怖。街の東フィールドで学ぶ、原始的な恐ろしさ。
パーティーで挑んだ場合、最初から出現する取り巻きとHP50%トリガーで現れる増援。街の西フィールドで学ぶ、連携の大切さ。
炎という原始的な恐怖を呼び起こす遠距離攻撃魔法による、後衛に対しても届く攻撃。街の南フィールドで学ぶ、魔法の厄介さ。
生半可な攻撃では刃が通らず威力が100%通らない、防具による守りと防御技術。街の北フィールドで学ぶ、人型モンスターの狡賢さ。
そこにボスとしてのHPゲージを
「しかも5人って」
「フルじゃないPTで突破出来んのか。マジか」
適正レベルのパーティであれば多少の苦戦で済むが、そもそも運営の想定が-2〜3レベルまで。
それを-7〜8レベルで突破していることは、誰がどう見ても異常な結果だった。
◇
「さっきのボス戦の動画、編集して投稿したいんですけど。それで困る人っています?」
「私は別に。弾幕の同志を増やす為、何ら断る理由はありませんとも!」
「俺も別に。弓撃ってるだけですし」
「ん、ご飯奢って下さい」
「グポン」
《ちょっと恥ずかしいけどいいよ、とマスターは仰っています》
「……いや待ちましょう。私たちも、Fluoriteと同じように何か対価を要求すべきでは?」
「──グポン?」
《メス堕ちムーブ? と、マスターは仰っています》
「拙速すぎます。魔法少女ムーブとかどうでしょう? 事実上俺達の手を晒すんです、一緒に投稿してもらうってことで」
「……いいですね、ご飯に加えてそれを要求します」
「さっきと言ってること真逆じゃないかなぁ!!」
◇
凄まじい結果の、筈なのだ。本当に。
なぜか全力で仲間の一人をメス堕ちさせようと、外堀から埋めることに腐心している馬鹿どもの所業は。
「……あ、思い出した。俺ヤブサメボーゲンって奴は知ってるわ。街の北で変態軌道してた弓兵だ」
そしてここまで大々的に発表された以上、プレイヤー名の特定が始まるのは当然の話だった。
「あの読めない名前のやつ、バッチバチって読むのか……北で弾幕ごっこしてたアレ」
「†
「ここが商機! みなさ〜ん! あのボスを討伐したFluoriteさんの防具はこのお店の製品で〜す!!!」
加えて殆ど全員のが大なり小なり爪痕を残していた為、凄まじい速度で特定は進み名が広がり認知されていく。……たった1人を除いて。
「それにしても、そんな濃い連中を纏めてるクローニンってどんな奴なんだ?」
「さあな。だがあんな連中を纏めてるリーダーなんだ、すげぇ奴だよきっと」
「案外名前の通り苦労人なんじゃねぇの?」
「「ないない」」
関わっていた連中が、情報の大切さを重々に理解している検証班ばかりだったのが災いした。
噂が噂を呼び尾ひれはひれが付き、しまいには足が生えて一人でに歩き出す。謎のリーダークローニン(渋声イケオジ)が爆誕した瞬間だった。──投稿された動画によって、その全てが破壊されるまであと数時間。
◇
「ボ、ボクは
「食欲がそそられません、3点」
「恥じらってる、マイナス3点」
「ダメです。魔法少女というなら、もうちょっときゃぴっとして下さい。4点点」
「グポン」
《きゃぴっは死語だと思う、とマスターは仰っています》
「加点形式なの!? 減点形式なの!? 点々!?」
「そういえば、死語が既に死語と化したと聞きました。言葉もゲームも興廃が激しいものですね」
「弾幕ゲー、VRになってから死にかけですもんねぇ」
「グポン」
《死語が死語って死語がゲシュタルト崩壊しそう、とマスターは仰っています》
「語ー死ー(業界用語風)」
「会話!!! お願い! 会話を!! して!!!」
◇
そして当然、盛り上がりはそれだけに留まらない。
全プレイヤーへアナウンスと共に通知されたメールは2通。そのうち片方はアナウンスと同じクリア通知。
ならばもう片方は何なのか?
言うまでもなく、それはメインストーリーの開始通知に他ならない。
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From:運営
ワールドクエスト〈1章:いつか再び空の果てへ〉について
星々の彼方より降り立った“渡り人”は、遂に番人を打ち破るに至った。未だ個々の力は小さくとも、人類にとってそれは大きな一歩に違いないだろう。
“渡り人”よ、旗艦を目指せ。
“渡り人”よ、危機に備えよ。
空を目指すには、未だ世界は脆く弱い。
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「やりやがった! マジかよあいつらッ!? ヤりやがった!!」
「変態どもすげぇ!」
メインストーリーという、考察してもし足りない多規模コンテンツの開幕。そんな極上の餌を前にして、彼らが動き出さない理由がない。
現状はまだギルドでなく、人数も少なく、情報共有の下地すら整っていない小規模集団。よく言って互助会程度でしかないが、だからこそ情報の収集にはどこまでも貪欲だった。
「あいつらは全員、β版での検証班だ! どうにか連絡を取ってこっちに引き込むぞ!」
「情報の対価は!?」
「取り敢えず資金をかき集めるんだ! 昔と変わっていなければ、それで取引は成立する!」
ギルド長(予定)の男の声に、数少ない人員がアウステルの街へ散っていく。何せ彼らは知っている。
弓を引いている奴は馬鹿みたいな範囲と精度のマップの情報を。
いつもご飯を食べている奴は街中の精密なガイドマップ情報を。
盾を持っている奴は大体のモンスターの詳細な能力値情報を。
弾幕を張っている奴はフレームレート等のシステム面の情報を。
そして彼らを纏め窓口でもあったリーダーは、フレーバーテキストの凄まじい情報を持っているのだと。
だがそんな情報の塊のような連中だというのに、何か機会があるかギルドハウスで張り込むでもしない限り、遭遇すらままならないのだと。
ギルド長(予定)はよく知っていた。
「アイツら俺たちの手柄横取りしやがってクソが!」
無論、光もあれば影もあり。
スゲェと驚く一般人がいれば逆張りするオタクがいるように、名声は同時に妬みを呼ぶ。
今回であれば特に、最速攻略を目指しながらも全滅した攻略班──ではなく、勝手に彼らの戦果に期待をしていた連中。そこからの独りよがりな恨みは、瞬く間に膨れ上がっていった。
「どうせチートだよチート。萎えるわ」
「かー、つまんな」
「どうせまともな連中じゃねえんだろ」
「βテスターなんじゃね、知らんけど」
攻略班を自称していた彼らが失敗を顧み対策を練っている間に、悪態を吐き管を巻くしか出来ない連中。そういった数だけは多い存在によって、少しずつ少しずつプレイヤーが分断されていく。
元βテスターという、情報や狩場を独占しようとする悪のプレイヤー。異形種はそういったやつが多い。
俺たち善良なプレイヤー。元βテスターのせいで割を食っている可哀想な人たち。人間種はそういったやつが多い。
例の5人がまともじゃないという一点を除き、根も葉もないどころか枯れ尾花じみた噂話。けれど出来ない自分を仕方がないと諦めやすくする、耳障りのいい身勝手なゲーム感覚の責任転嫁。
早すぎる攻略が齎した問題に、プレイヤー間がギスる嫌な雰囲気が漂い始める。
その結末はNPCを大切に扱うか否かの差で、身勝手な責任転嫁をする側が敗れることになるが……それはまだ先の話。
◇
「シテ……コロシテ……」
「ヨシ! 弾幕での演出含め完璧ですね!」
「とっても美味しそうですよ」
「魔法少女スタイルをマスター、流石です」
「グポーン」
《すごく可愛かった、とマスターは仰っています》
一方その頃、全ての中心にいる馬鹿達は。
移動中の†絶対の楯戦車†の上で行っていた、魔法少女スタイルのクローニン撮影を完了させていた。
「ログアウトしたら、全員でVR Office使って速攻で編集終わらせましょうよ」
「エフェクトはまかせろーバリバリ」
「ふむ。では私は字幕でも付けますか」
「グポン」
《いつも通り喋らなくてもいいなら、とマスターは仰っています》
生気を失い羞恥心で屍のようになったクローニンを尻目に、埋めきった外堀から遂に馬鹿どもは本丸へ襲来する。無駄に洗練された無駄のない連携により、個人的にクローニンが運営していたチャンネルがVtuberじみた何かへ変容する未来がここに確定した。
「──ん、話してる間に見えてきましたよ」
アウステルでの動きなど知らんとばかりに、ワイワイ騒ぎながら進むこと数十分。Fluoriteが指を差した先に、漸く目的地が見えてきた。
[中央旗艦都市ケントルム]
その街の外観は、言っては悪いがアウステルと何ら変わりはない。高い石壁、4方にある出入り口、警備の兵。街の規模が巨大化したのに合わせ、それぞれのスケールが巨大化しているだけの街だ。
──ある1点を除いて。
「いやぁ、見事にブッ刺さってますね」
「3D弾幕シューティングの敵、ああいう戦艦が多かったんですよね」
「グポン」
《さっさと装甲板回収して防具更新したい、とマスターは仰っています》
石壁とは明らかに材質が違う、鋼の黒い輝きを誇示する超巨大構造物。その先端は上空の雲に隠れており、桁違いのサイズ感をこれでもかと示している。
それが元は大地に沈んだ巨大な宇宙船の艦橋であったなどと、どれ程の人がそれに納得できるだろう。そんな馬鹿げたサイズの構造物が、変わっていなければ街の中心に鎮座している。
ファンタジーな世界に存在するSFの異物にして遺物。ヤブサメのようなタイプにとって、大好物がそこにあった。
「まだ街の中は見えないですけど、こういうのが良いんですよこういうのが」
「しみじみしてますねぇ。内部ダンジョンは弾幕もあって楽しいですが」
「食べられないので興味ないです」
「グポン」
《Fluoriteは街中のご飯の方が興味あるもんね、とマスターは仰っています》
そうして、苦労人と愉快な仲間たちはケントルムに足を踏み入れる。ワールドクエストが始まる地にして、活動拠点となる最栄の都市に。