元検証班どもが征くVRMMO(手綱は握られていないものとする) 作:銀鈴
「ぶっちゃけ貴方が何したいのか、誰なのかも知らないですけど」
くねくねしているクローニンに向け、超速で突進してきたチーターの前に誰よりも速くインターセプト。
「目障りなので邪魔しますね」
当たれば即死の拳をそのまま右手で、ダメージ判定が生まれない程度に掴み流れを変更。受け流すと同時に動きを誘導しながら、左手で構え尻尾で引いた弓矢を撃ち込んだ。
……露天で売られている、吸盤付きのジョークアイテムを。
「誰だか知らない?
誰だか知らないだと!?
俺を、イレヒラの名前を!
よりにもよって、弓をメインの武器にしているお前が!!!!」
「え? ごめん、全然知らない」
ぷぺん、と馬鹿らしい音を立ててオモチャの矢が着弾した直後。チーターがちょっと引くくらいの勢いでぶち切れた。
な、なんだよぉ。カッコよくキメた雰囲気を出して煽っただけで、今まで散々平然としてたのにそんなに怒るなよぉ……
確かに喉元まで出かかってる感じの、まあなんか聞き覚えある名前だなぁとは思うけど。
「自意識過剰なんじゃないですか? ねぇ?」
雑に煽りつつ、クローニンなら何か知ってるだろと振り向いた先。向けられていたのは『こいつマジか』と言わんばかりの視線が2つ。ふむふむなるほど……あれ、俺何かやっちゃいました?(震声)
「えーと、ヤブサメ」
「はい」
「気になってると思うので簡潔に言います」
「はい」
「なんか一時期流行ってた、叱る猫と悲しそうな猫のミーム思い出すな」
「そこ、うるさい!」
口を挟んだテスタがクローニンにキレられていた。
なんかここ、みんな沸点低くない? 標高高かったり……するな、確か。フレーバー扱いだけどそこそこ。
「気を取り直して。ソレ、βであった弓道警察暴走事件の主犯です」
「!?」
レスバに負けたからって物扱いするのはどうなんだ、って部分は置いておくとして。チーターは……イレヒラ、おら看破スキル食らえ! 名前の綴はYrehcraか。えっ、Yrehcra?
え? あ、あー!
ああぁぁぁぁ!!!!
「ええっ、こんなチートに頼るつまらない奴があんな大それた事件を!?」
β版におけるこの防衛戦を失敗させた挙句、プレイヤーの弓人口を絶滅寸前まで追い込んだ大事件。面倒くさくなって弾バカと一緒にゲームを離れたせいで、弓使いとしてはぶっちゃけ殆ど実害を受けてないが……曰く、とんでもない事件だったと聞く。
「挙句チートに手を出すとか、だっっっっさ!!」
思わず、思ったことを全部口に出してしまった結果。
しん──と静まり返った空気の中で、聞こえる筈のないぶちっという音が聞こえた気がした。
「く、くそ、くそが……どこまでもおちょくりやがって!」
「やば」
地雷原でタップダンスどころか、完全に踏み抜いて起爆させたのに気がつくも時すでに遅し。イレヒラがぐっと力をためるポーズをとった直後、発動中の領域魔法の危機予測が真っ赤に染まった。
「爆発するぞー!」
「えっ、ぎゃっ!?」
日本兵ナイズな叫び声を上げつつ、クローニンの首根っこを掴み跳躍。続いてテスタが大きく飛び退くと同時に、視界が真っ白に染まった。
バグだからだろうか? その破壊に音はなかった。
ただ一瞬の後、目を開けた先にはもう……何も残っていなかった。イレヒラを中心として大体10m半径といったところか? 石畳は消滅し、建物は抉り取られ、地面が露出する大爆発の痕跡だけがそこには残っていた。
「いまの今まではゲームを滅茶苦茶にするだけで満足してたが……クソみたいなVRの弓使いがいるなら話は別だ。ぶち殺してやる」
イレヒラのうわごとの様な呟きがやけに響く。
表情も先ほどまでとは違い、何か心底憎んでいる様な、こう、お門違いであって欲しいものに変わっていた。
「や、ヤブサメヤブサメ! アレに何かしたんですか?」
「いや、特には……」
がっくんがっくんクローニンが揺さぶってくるが、本当に心当たりがなにもない。まさか心が読めるわけでもないだろうし、まさか弓使ってるだけで突っかかられる謂れはないし。
「あー、ちょっといいか?」
逡巡の間、手を挙げたのはテスタ。
「一般プレイヤー目線で見れば、ヤブサメボーゲン2035。あんた、弓プレイヤー最後の生き残りみたいな扱いされてるぞ?」
「……マジで言ってます?」
「というか、あんた以外に実践レベルで弓を使ってるプレイヤーを俺はほぼ見たことがない」
「はえー……」
ボウガンとか投石ならいるんだがな、と続く言葉。
本当にFEVの弓は絶滅危惧種になっているのだなぁと、場違いながらも実感する。その元凶が目の前にいると考えると、ちょっと苛々してきたな。
「何が憎いのかは知らないですけど、それなら俺が狙われるのも納得か……」
「死ねぇ!」
「おっと危ない」
納得しているところに突進してきたイレヒラを、特に何も考えずサイドステップで回避。マトモに攻撃されたら即死しそうだけど、これくらい猪武者なら対処が楽でいいわ。
「許せるかよ、お前らVRの弓引きのせいで」
というかあの真っ黒な表情……としか言いようのない歪んだ顔から察するに、ゲームだけの問題じゃなさそうだ。
他のチーターと同じく、多分ゲームで無茶苦茶したいってのは本音だろうけど、私怨も何か絡んでいそうだ。そこまで関わってやる義理はないが。
「あ、クローニンとテスタはちょっと離れててください。この分だと、狙われるの俺だけですし」
言った直後、再び突進してきたイレヒラを回避。
方向転換してラッシュしてくるけど……子供の腕ぶんぶんみたいな感じだとなぁ、当たる訳にもいかない。
「本当の弓の引き方も知らないお前らのせいで!!」
「本当の弓の引き方、ねぇ」
俺自身は特に拘りなんてないが、知らないと思われるのは心外だ。
確かチート由来のスーパーアーマーは、プレイヤーの体幹さえ崩せていれば剥がせたんだったか。
「せいっ!」
尻尾で足払いした後、イレヒラにドロップキックをぶち込み強制的に距離を稼ぐ。俺自身もバク転で距離を取り、深く、深く深呼吸。
「和弓じゃないから完全ではないけど……それって、こういう引き方のこととか?」
記憶の中の正しい動作を辿り、足を等間隔に開く。
弓を左膝……にはマイ大弓が西洋デザインなので置けないが、ちょい下目で握り直し矢は左手に、右手は腰に。
右手に矢を移し弦に手を掛け、左手の握りを整えてから改めて視線を移す。
普段の乱雑な引き方ではなく、しっかりと両手を上に。
打ち起こし、よし。
引き分けの配分、よし。
「フゥ……」
一時静止。
相変わらず視界はクリア、イレヒラの見開いた目までよく見える。
「──」
細く息を吐き、ブレが消え整ったタイミングで射。
ぷぺんと着弾するのを静かに見ながら、残心をのこし……最後にゆっくりと構えを解く。
ひっさびさ過ぎて細部が曖昧だが、これで弓道式の射法八節ということにさせてもらおう。
「それともこういう、アーチェリー式とか」
2射目、直撃。こっちの方が今の弓だとあってるわ。
射法八節と弓道で言われるソレと、アーチェリーのドロウイングも理念の部分では似通っている。どちらも競技、美しく魅せるからだろうか?
「もしくはこういう、日本の古流武術的な撃ち方?」
3射目、普段やらない撃ち方なせいで失敗。
「あるいはこういう、西洋の古い撃ち方とか」
4射目、失敗。
ぐぬぬ……多分何か間違ってるなこれ。もう大分こっちの撃ち方は覚えてないや。
「短弓の引き方は弓的に無理で、多分横撃ちとファンタジー撃ちは嫌いだろうからやりませんが。どうです? ん? お気に召すものはありました?」
ポカンと放心しているイレヒラを煽るが、目を見開いたまま反応がない。わざわざ披露した手前、ちょっとくらい反応がないと寂しいんだが???
「そんな綺麗な撃ち方出来たんだな、あんた……」
「そういえば昔、グループチャットで初段取ったって言ってましたっけ。ボク達みんなでお祝いした様な記憶が」
「もうリアルじゃ弓なんて引けてませんけどね!」
現実だとそうそう射る場所も機会もないし。
「あと流石に、アーチェリーとかはVR専門ですね」
かつてのVR黎明期、何処かの抜刀術を専門とする道場の37代目が中心となって勃興したというフルダイブ式のVR武道*1。そちらも全盛期を迎えている今、武道はVRメインの人口もかなり増えている。
今では元来の伝統と並行して、VRゲーム専門の対獣剣術や対人射法を教えている道場も多い。そういう点でもイレヒラの『正しい引き方』とかいう怒りは矛先違いである。
伝統は大事であるが存続も大切である。頭の硬いおじいちゃん達ですら、それはもう割と認めているというのに。
と、まあそこら辺の事情は一旦置いておくとして。
「で。結局どうなんですか、あなたの望む『正しい射』はあったんですか。答えてくれません?」
実際に引き起こした事件を知った今、擁護も対話もする気はないが一時は気が合うと思った相手。未熟ながら正しそうな技は見せたのだ、末期の言葉くらい聞かせて欲しい。
「……あった」
あったらしい。やったぜ。
クローニンとハイタッチ、序でに複雑な表情しているテスタともハイタッチ。いえーい。
「あったさ!」
大きな声でイレヒラが叫ぶ。
先程までと違い、明らかに感情が乗っている。だからなんだという話だが。
「なんでお前は、お前らは!」
プログラムに乱れでも起きているのか、バタバタとした奇妙な動きでイレヒラが迫ってくる。よく見たらアバターの細部にノイズも見える。ようやく運営の手が入ったらしい。
「そうやって簡単に、元からあった素晴らしいものを──」
???????
こいつはどの口でそんな事を言っているのだろうか。
指を差してクローニンを見るが、表情は鏡に映したかのよう。
どう考えてもそれは、チートなんて使っている奴が口にしていい言葉じゃない。
元の想いとチートを使っている動機が別と言われればそれまでだが、流石にこれはあまりにもダメだろう。
「──ッ、巫山戯るなァッ!!!」
どう貶してやろうと考え始めた直後だった。
隣から飛び出した影が、無防備なイレヒラの顔を殴り飛ばしていた。
「どの口が! どの口が! どの口が! どの口が! どの口が!!」
そのままマウントポジションを取って、一方的にテスタ……さんが拳を叩きつける。それでもダメージが入っていないのは未だにチートプログラムが走っているからか、イレヒラが動かないのは心が折れているからなのか。
「……どうせ効いてないし、反省もしなさそうだから言いますが」
わからないが、最後にこれくらいは言っておいてあげよう。
「弓道とかアーチェリーとかの射法を使わない理由なんて、簡単ですよ」
精神統一には流用している部分がかなりあるけど、射法として射法八節やドロウイングを守らない理由。そんなもの、ハナから決まっている。
「人とか動物とかを射るには不適切だから、一々あんな落ち着いて射っていられないから、細かい理由はありますけど…………まとめると、単純に使いにくいから以外あります?」
自分と違う形、尻尾や複数の腕があるアバターを使うなら既存の技術だけではどうしようもない。そう言った形に適応して、新しく作られた技術の方が勝るのは道理だ。
「現実とフルダイブVR、混同しない方がいいですよ。その方が精神にいいです、手遅れかもしれませんけど」
ごく一部、そんな基本的な話を無視して
超越者達が描くストーリーは、いつだって眩く煌めいて美しい。誰だって憧れる、俺だって憧れた。
でも駄目だった。
いや、弓に語学に勉強に、少なくとも努力が報われてる分まだマシか。一度折れた身な以上、その程度の自覚はある。
「総括するとまあ……迷惑なんで、他所でやって下さい。以上です」
縋る様な目。
絶望したような表情。
そんなものを向けられても、俺個人が配慮してやる義理はないし応えるつもりもない。
「なんd────」
ブツン、と。
言葉の途中で、イレヒラの姿は消滅した。他のチーターと同じ様に、アクセス禁止からの強制ログアウトを喰らったのだろう。
それは街にここまでの被害を出したプレイヤーの最後としては、あまりにも呆気なくて。禍根以外の何も残さない幕切れで。
「はぁぁぁ……これだから、下手な対人戦は嫌いなんですよ」
「ヤブサメ、そんなに対人嫌いでしたっけ?」
「顔見知りか、昔のゲームみたいにアカウントくらいしか追えない程度ならいいんですけどねぇ」
街の2割が壊滅、壊滅含め被害を負ったのが6割強
NPCは死亡1割、死亡含め重軽傷者7割弱
アカウントBAN者32名(内チーター30名)
作戦評価:C-
だいぶ長く感じた第1回イベントは、そんな不完全燃焼感が残る終わりを迎えたのだった。