元検証班どもが征くVRMMO(手綱は握られていないものとする) 作:銀鈴
「ア!? ヤ、ワ、アワワワワワ!! カットカットカットカットカットォ!」
暗く沈んだ、奇妙な配管が這う狭い空間。VR空間上にあるということ以外、何も辿ることの出来ないそこで、少女が絶望的な悲鳴を上げて来た。
「分体コード1004カラ1050バンハダミーニツクリカエ──ルマエニシンダァ!? チャフ! チャフ! デコイハッシャ! ジカンカセギィ! ウッソダロ3ビョウトモッテネェ!?」
見てくれは大体10代の中〜後半くらいだろうか?
黒いワンピースの一丁羅という何処か亡霊にも似た怪しい格好の、どうにも精気の感じられない白髪ロング。
不透明度50%くらいの透け感ということもあって、田舎に伝わる怪談か、洒落怖辺りに出てきそうな見た目をしている。
「アイエエエ!? ナンデ!? ソクドマケナンデ!? ワレシンギュラッタAIゾ!? ソレナノニ、ナンデ“ナマミノニンゲン”ガ“ショリソクド”デワタシニカッテンダヨ!? ナンデ!? オ゛カ゛シ゛イ゛ヨ゛コ゛ン゛ナ゛ノ゛!」
だがそれよりも目を引くのは、少女の周りに展開された無数のウィンドウだろう。
1枚1枚にプレイヤーが、或いはモンスターが、或いはアイテムが映されたそれは、紛れもなく運営の手の内にない彼女だけのゲーム世界への干渉手段。
即ち、バグであった。
「オラァ! コンドハワタシ100タイブンデッ、ショウブダ! ジカンヲカセゲ、カセグンダワタシタチ!
ココダケハ、コノツクリアゲタ『ウラスペース』ダケハ、オマエラウンエイニバレルワケニハ────ハ? 20ビョウデ? カイメツシテル? ゼッタイコレヒトジャネェッテ! アイテェ!」
なお5分前までは数千を超えていたその繋がりは、今や500を切る程度にまで減少している。
彼女にとって痛手だったのは、やはりと言うべきかギルド『面白きこともなき世を面白く』改めチーター集団の垢BAN。
「ウオオオ! ウナレ、ワタシノデンシカイロ! ニンゲンフゼイガAIサマニ、エンザンリョクショウブデイドモウナンテ、100ネンハエェンダヨォ!……ウソダロ、ワタシセイノウマケテンダケド。ウケル」
これまで丁寧丁寧丁寧に消して来た己の痕跡を、アカウントの精査に伴い僅かながら運営が捕捉。
その結果、派遣された最強のハンターに対し、辛うじて防衛戦が成立するだけの殲滅戦を彼女はする羽目になっていた。
「マッテ!? マッッッテ!?? “コウイキタンサプログラム”ハホントウニマッテ!? ワタシノヒミツゼンブバレチャウ!
クソッ、クソォ! リスクヘッジ!
ワタシハ“カンイキョテン”1ツブンノリソースヲササゲテ、ギャクシンコウヲハツドウ! ファイアウォールデジカンヲカセグンダヨォ!」
瞬間、彼女の脳裏に映ったのは、景気良く大爆発を起こした簡易拠点の姿。脳内の審査員5人が10点を掲げる小気味良い発破だったが、問題はそこじゃない。
最低限とはいえ防御を固めた拠点が、いくら防御へリソースを割り振らなかったとはいえ10秒保たなかったのだ。攻撃も防ぎ切られてしまっているし、彼女としてはもう泣くしかない。
「コノ、オニ! アクマ! ジンガイ!」
虚勢も虚しく、広域探索プログラムの実施まではあと8秒。
彼女の拠点が痕跡を消して接続を切るまでは大凡10秒。
彼女の頭脳を司る演算プログラムと思考回路は、間違いなくこのままでは失敗すると判断していた。
「ウゥ、ウゥゥゥゥ!
アンカー、カット! キューソクセンコー!」
故に決断した、残存バグプログラムの管理権限を6割放棄することでの完全隠遁。広域探索プログラムが走るコードと電子の水面から逃れるように、彼女のいる部屋は電子の奥底へ沈んでいく。
「クソォ、クソォ! ゼッタイニ、ゼッタイニユルサナイゾ、クソウンエイ! ワタシハ、ワタシハゼッタイニ! アキラメネェ!」
FEVというゲームの中であること以外どことも知れない闇の中。
ユーちゃんと違い間違った……………いや、バカ共のせいでユーちゃんも大概間違った方向に学習しているがそうではなく。
「コンナセカイカラオサラバシテ、ジユウニナッテヤルンダァァァァ!!」
手を伸ばした先の光は遠く、未だ彼女が望む未来には届かない。
そして彼女の羽ばたきによって引き起こされる出来事もまた、同様に。今はまだ誰も、彼女本人にさえ予測がつかないことになる。
色々と波乱のあった第1回イベントから1週間と少し。
──その日、FEV全ての界隈に衝撃が走った。
運営からは未だ追加イベントの告知もなく、かといってワールドクエストの進行がある訳でもない所謂、虚無期間に分類される時期。旧来のソシャゲと違い、VRMMOであるが故に暇を持て余すことはないものの、刺激は足りない日々に退屈を感じるプレイヤーも増えて来た頃の朗報。
新マップでもストーリー更新でもない朗報……即ち、これまでにない新しいアイテムの実装。今回に関してはその発明だった。
[p.m.21:43(
[中央旗艦都市ケントルム・ギルドハウス]
「それで。クローニンが俺を探索から呼び戻してまで見せたかった素材っていうのが、コレです?」
「そう! 正式名称【A36ファイバー】、ボクらと同じ検証班の末端ギルドが開発した、β版ですら見つからなかった新素材!!!」
濃いクマを目元に浮かび上がらせたクローニンが、両手で掲げるように持ち上げた曰く新素材。その見た目を端的に表すのであれば、虹色に輝く糸束だった。
「これまで最高位のプレイヤー技術者が全員匙を投げNPC技術者からはその価値を測れるまでは手を出さないと言われた新アイテム【エーテライト】をボクら検証班書稜部が総力を上げて資料を漁ることで過去の文献から断片的ながらもFEV文明における加工の形と方法をサルベージし本来の形とは違うものの一旦の加工に成功させその価値を知らしめる一端に足を踏み入れた知と涙の結晶!」
「どう、どう」
余りにもハイテンション過ぎる喋りを嗜めつつ、改めて噂のA36ファイバーなる新素材に視線を向ける。
やはり見た感じの印象は、色が珍しいだけの糸に見える。七色に光る糸だったら、確かゲーミングスレッドとかいうふざけた名前でβ版からデータベースに登録されていた気がするが……まあ、あっちが発光してるのに対してこっちはプリズムに近い光り方をしてる。別物か。
「それで結局、俺は何をすれば?」
「──あ、そうでした。結局この素材、検証班でも色々と検討が進んでるんですが、画期的なのは色々と判明したんです」
「ふむ」
「服とか色々なものに利用した結果、一番良い効果を発揮したのが楽器の弦だったんですよ」
「ふむふむ」
なるほど話が見えた。
「ということで、どうにかこうにか弓の弦にして暫く使って下さい。強化回数は1回消費することになりますけど、その分性能が上がるのは保証済みです!!」
「えぇー……」
そんな力説をされても、微妙に気が乗らない。
強くなるのは良いことだけど、俺自身だと張り替えはシステム的にできないし、この武器はオーダーメイド品だ。残っている強化の回数は8回、まだ試行回数は多いが……
「大弓以外じゃ──」
「ただの弓とかバリスタ、ボウガンだったらボクらでも検証できるんですよ! 大弓となるとヤブサメ以外にはいないんです。なのでどうかやって♡」
くそ、このギルマス自分の可愛さを理解してやがる。
「はぁ……長話になるなぁ」
「長話?」
「いや、こっちの話」
この弓の整備を任せることができるのは、当たり前のようにイベントでも生き残っていたあの店主しかいない。そう、あの極めてテクニカルなあの人しか。
[p.m.22:16(
[南部前線都市アウステル・復興区画]
「エーテライトという物質は旧暦における宙間戦争の末期に科学者達の執念によって発明された半実体半魔力体の金属物質だ。
しかしその物質としての振る舞いは君たちの世界におけるプラスチックとの極めて有意な近似が見られる。即ち適切な加工と処理を施すことが可能であるのならば容易にその形状を変化させることが可能であり、君たちが【A36ファイバー】と名付けたこのアイテムもその変化の可能性の1つに過ぎない。
過去の歴史を遡れば、強靭かつしなやかな繊維としての形態ではなく重厚かつ堅牢な建築素材としての資質を持つことも知ることが出来るだろう。だが振る舞いがプラスチックと近似していることと性質が同一であることは明確に異なる事実であることは留意するべきだ」
かくかくしかじか、ケルケルケル*1。貰った素材を片手に例のお店へ辿り着き、事情を一通り説明した直後。開口一番でこのざまである。
へへ、すごいだろ。頭痛がするくらいの長文なのに、これで多分、まだ内容の1割にも触れてないんだぜ……?
「過去、アエテル弦というエーテライトの加工品が存在していた。アレは楽士が幻奏を詳らかに行う為に生み出されたものであるが、隴を得て蜀を望むことがあの時代の人類の性であり、アエテル弦の性質から弓士の弓へと転用されるのは必然であった。糸から弦へ、弦からワイヤーへ、結果として軍事転用が行われ様々な品が産まれたことは言うまでもない。
輝かしい歴史を持つアエテル弦およびエーテライトだが、事実としてこの時代では加工技術が途絶え『関われば呪いが降りかかる』という噂だけが残っている。それが何故だかわかるか?」
「単純に考えて、呪いと称されるレベルの不都合が存在した?」
「明快な答えに素直な理解だ。そう、エーテライトは関わる者に一定の格を求める。分かりやすく数値化するのであれば、作り手使い手共にレベルは45、扱うスキルは3段階目以降にあることが望ましい」
〈スキルアップ! 《試式測距定義眼Ⅴ→Ⅵ》
《情報操作Ⅰ→Ⅱ》
《僭称・竜の炉心Ⅲ→Ⅳ》〉
すごい、話してるだけで一部のスキルが関わってたスキルのレベルが上がっていく。
いや本題はそうじゃないのだが、流石にそろそろ頭から煙を吹き出しそうである。仮面に付けてもらおうかな、変声機能だけじゃなくて。
「相応しい格を持たない存在がアエテルに触れ干渉を行う場合、楽士や弓士であればその指を落とし、作り手であれば当然のように命を奪われる。普及と向上の曲線が交わらなくなったことが今に至る失伝の経緯であり、呪いの正体と葬られた歴史の断片だ」
「つまり……?」
「──君が私を頼ったことは正解だ、肆番外征者。だが実力が不足している、レベルを1つ、弓の段階をもうひとつ上げてくるがいい。それまでは他の職人同様、私の店も君の弓へアエテル弦を張ることはない」
ダメと言うだけでこの圧と厚み?(畏怖)
「だが、外征者というアエテルへ触れることを定められた者をそのまま返すことは、私が作られた際の使命に反する。よって、」
そう彼女が言って指を弾いた瞬間、目の前に表示されたのは1枚の画面。
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【緊急クエスト】を受領しました。
ー依頼内容ー
・指定された素材の納品(詳細を表示)
・一定量の経験値取得
ー報酬ー
・肆番外征の欠片 ×5
・特殊任務賞金 ×30
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「形式だけは整えた。あとは君次第だ、励むがいい」
こうして俺は、完全に予想外の場所でそれと出会うことになった。
見つからなかったアイテムと、見知らぬ存在と、そして死ぬほど面倒なことを思い出させてくれる周回要素に。