元検証班どもが征くVRMMO(手綱は握られていないものとする) 作:銀鈴
遅筆ながら今年もよろしくお願いします。
ヤブサメは激怒した。
必ずかの邪智暴虐のギルドマスターを除かねばならぬと決意した。
ヤブサメとてギルド政治はチョットワカル。しかしヤブサメは元は
故にこそ、
[p.m.21:21(
[中央旗艦都市ケントルム・検証班ギルド本部前・A広場]
「こんばんはー! 今日も今日とて色々情報持ってきたんで買い取ってくださ──────」
「うわぁぁぁぁ!!! ウチの
その日、中央旗艦都市のギルドへと顔を出したクローニンが目撃したのは大混乱に陥った検証班本部の姿だった。
「流れ弾に注意しろぉぉ!」「マ゜ァァァァァッ!!」「書類データの避難完了しましたぁ!」「Go!Go!Go!Go!」「ゲームのカード落としちゃった!」「搬入路と一般経路の確保を最優先ー!」「全ては翡翠様のお導きのままに……」「確保!確保!収容!保護!」「へっ、あんな暴れてるプレイヤー1人俺が──かぺ」「喰われてるー!?」「乱入ペナルティ、2000ポイントォ!」
いや、正確には暴れてるプレイヤーは[ヤブサメボーゲン2035]だけではなかった。ヤブサメの頭上でピカピカ蛍光灯のように光る物体は間違いなく弾バカこと[)3^<<l+I!βд7!]であるし、背中にしがみ付きながらビュッフェを楽しんでいるのは[Fluorite]に違いない。
ユーちゃんとアブっさんを除き、愉快な仲間たちが勢揃いであった。
「よ、よかった。やっとログインしてくれた! 助けてクローニンさん!」
「貴方は古参の……一体何があったんです!?」
ここまでの暴走っぷりから察するにヤブサメ側がナニカサレタことは疑いようもないが、それはそれでこれはこれ。一旦そういうポーズを取って置かないと、対話という人間最大の武器を放棄することになってしまう。
例えそう、簀巻きにしたプレイヤー数名をヤブサメ達が引き摺っていたとしても。Fluoriteがそれらに齧りついていたとしても。弾バカが嫌がらせにそれらの目元でポリゴンフラッシュを行っていてもだ。
「そ、それがですね」
「鎮まれ! 鎮まりたまえ!
さぞかし名のあるプレイヤーと見受けたが、何故そのように荒ぶるのか!?」
クローニンに助けを求めた少女の言葉が紡がれるより早く、勇気ある検証班の1人が暴れる愉快な仲間たちの前に声を上げた。両手を挙げ、敵意はないと示したことが功を奏したのか? 暴走の限りを尽くしていた愉快な仲間たちが動きをひたと止める。
「──ひっ」
ギ、ギ、ギ……ぐるん!
壊れた人形めいた、非生物的な動きで向けられたヤブサメの顔。
のっぺりとした仮面からは生き物の意思は読み取れず、一筋の血涙にも似た紋様がただひたすらに不気味さを際立てている。
「どうか、どうか理由を──」
「ウコチャヌプコロ……」
「ヒュッ」
ぬぅ……と粘体めいた動きでプレイヤーの耳元に顔を寄せ、なにごとかを呟いた直後に勇気あるプレイヤーは卒倒した。
「出会えー!出会えー!」「ご乱心だー!」「睡眠魔法ー!」「あっクソ、ドラゴン娘に弾かれてる!」「面制圧の攻撃なら!」「弾幕は駄目だ! バカを誘発する!」「“啓示”だ、“啓示”だったのです。全ては翡翠の晶界より産まれ、そして還る。一虚壱盈の世界に満むる我々はその一部であり──」「なんて……澄んだ眼をしてやがる」
一連の流れを見て、一度思考を完全に放棄し、頷いて。もう一度ゆっくりとクローニンは頷いた。何があったのかは知らないが、自分は暴れ馬の手綱を今から取りに行くほど愚かではない。
「検証班は犠牲になったんです、犠牲の犠牲、その犠牲に……ではボクはログアウトしますね! さよナランチャ!」
「逃げられると思う?」
「デスヨネー」
グッバイ宣言を果たして責任を放棄する直前、掲げたクローニンの手がむんずと掴まれる。その気になれば此処からでもログアウトは出来るが、捕まってしまえば良心の問題で出来よう筈もなく。
「それで、何があったんですか。書記長」
「その不本意過ぎる渾名はやめてくれるかしら、Mr.苦労人」
凛とした声にクローニンが振り返った先に在ったのは、可憐な少女の人形だった。
全身に見える繰り糸、柔く煌めくガラスの瞳、細く薄く平坦なボディに纏うは豪奢なドレス、硬質さと柔軟さを併せ持つこだわり抜かれた球体関節はフェチズムの煮凝りである事を隠しもしていない。
彼女こそ、βテスト時代からの生き残り。
FEVにおいて検証班という仕組みを始めた最初の5人。
「それで、ボクにアレを止めろと? シャー:ES嬢」
シャー:ES嬢、までが名前の最古参プレイヤーに他ならなかった。
「
「ならいいですが……どういう状況なんですこれ?」
「検証班の枝葉の先の先、木端みたいなギルドが貴方のところに押しかけたらしいわ。それで口論になって、ギルド対抗戦にまで発展したんだとか」
「へー」
ちょっと規模が大きいだけで、やってることはよくあるプレイヤー間のいざこざでしかない。そうと分かればもう興味はない。始まってしまってる以上、自分が手綱を取る理由もなければ決まりかけている勝負に手を出す理由もなかった。
「ヤブサメ、はかいこうせん!」
「ギャォォォン!」
「うおっ、あの猿人顔からビーム出したぞ!」「なんか段々面白くなってきたな」「あのワイヤー尻尾の制御どうなってんだろ」「いま気になって自分を噛みちぎってみたんだけどよ、シナモンバー齧った時の匂いと舌の痺れが出てきた」「風呂入った?」「身体洗った?」「風呂洗った?」「頭洗った?」「カスのインターネット?」「カスだねット」
「ほら、検証班って性質上、私や貴方みたいな情報に溺れていたい層以外は自治厨が結構な割合で湧くじゃない?」
「あぁ、あの攻略組とよく衝突してる」
「そこが迷惑かけたわ、ごめんなさい」
そう頭を下げられてしまえば、クローニンも二の句を紡げない。割と自分自身そういった
「ケジメとして襲撃したギルドは
「ただ?」
「10K出すから、貴方たちが何をされたか教えてくれないかしら。このままじゃ気になって夜しか眠れないわ」
「相変わらず雑食極まる情報ジャンキーですね。いっそ安楽椅子にでも座ったらどうです?」
「いやよ、フィールドワークに出れないじゃない。最近は重要なのよ? NPCが本来の位置にいなかったりすることが増えてきてるのだもの」
むっと膨れて言うその姿は、当人の本質さえ知らないならば可愛らしく見えるだろう。
未知狂い。情報の暴飲暴食。雑な合理主義者。或いは幾つかのゲームでの奇行の果て、最も呼ばれた字名である──生粋の情報耽溺者。
そんな彼女がなけなしの社会性を持ち出してきた辺り、うちに喧嘩吹っかけてきた奴らは末期だったんだろうなぁとクローニンは嘆息する。
「今日持ってきた文献と情報、追加で相場の1割増しでどうです?」
「いいわよ、ただし未知に限るけれど」
「判断が早い」
脳内の鱗滝なにがしも頷く速さの交渉完了に、呆れながらもギルドのシステムをオープン。そのままチャット画面へ移行して──
・
・
・
クローニン:今北産業
†絶対の楯戦車†:
・Fluoriteさん以外未ログイン時にユーちゃんが付き纏われる
・戻ってきたらヤブサメとタマと僕にも言い掛かり
・もう殺すしかなくなっちゃったよ(画像略)
ヤブサメボーゲン2035:「外界なんか」とか言ってた以降の話は聞いてない
)3^<<l+I!βд7!:同じく「弾幕なんて」以降は聞こえてないですね
Fluorite:お祭りたのしいですね
ユー:オレガイワレタノハ「さっさとデータ寄越せよAI風情が」ダナ
クローニン:バフ上げますね!
「──とのことですが書記長」
「なるほど、シベリア送りよ」
そのあとも散々アップされるログを眺めながら、額を抑えて彼女は呟いた。同時に『ストッパーがいない自ギルドが刺激されるとこうなる』事実を示されたクローニンも天を仰いでいた。
視界の端、後光(弾バカ製)を背負ってゴリアピ*1を繰り返す猿が
そんなこんなをしているうちに、普通に自ギルドが勝ってしまったのも据わりが悪い。
最後の1人がFluoriteの魔法で作られたドラゴンヘッドに、泣きながら丸呑みされた凄惨な光景を見てしまっては特に。正直慣れたものだったが、思い返せばむごい光景だった。
「さて、終わったみたいだし直接処分を伝えてくるわ。情報の買取はその後でいいかしら?」
「構いません、ボクもうちのバカが全開で手を振ってますし」
「いいじゃない。お返しに面白いものを見せてあげる。一度やってみたかったのよね、悪役令嬢の婚約破棄ムーブ」
ため息を吐き頭痛に苛まれながらも、そういう部分も好きだから一緒にいるのだ。
正確には、身を焦がす熱が消えたというべきか。楽しむ他者をその輪の外縁から眺めるだけで満足してしまう。熾火のように燻る一過性の衝動に襲われて行動することもあるが、一部の趣味を除き平時の自分は凪いでいる。
だからこそ、自分の手を引いて熱をくれるみんなと共に居ることが──
「見てくれましたかクローニン! 遂に弾幕魔法が第3スキルに進化したおかげで、全画面プリセットとマニュアルと必殺波形が解放されたんです!」
「
「……よし。クローニン! 昨日の外界遠征で遂にリラティック・テルの第七と第六円のマップ制覇率が100%になったんです!! 買い取って……買い取れ!!!!」
──いや、やっぱないわ。
夕暮れの空に連続でビンタが舞った。
[p.m.21:33(
[南部前線都市アウステル・ギルド【クローニンと愉快な仲間たち】内第6書架]
「ヴーン……」
NPCを除き誰もいない、ギルドメンバーが出払った書架の奥。半透明の少女が逆さまになって漂っていた。浮きながら、憂いていた。
言わずもがな彼女はユー。ついこの間、話の長い管理AIにコッテリと絞られたばかりの一般AI(シンギュラ済み)である。
「コレ、ヤッパリタノムシカネェヨナァ……」
そんな彼女の手元にあるのは2枚のウィンドウ。
片方に写されているモノは、己自身が関わるユニーククエストの受注内容。すっかりと忘れていた、自分が初め仲間たちに着いて行った理由である。
推奨平均Lv 50(中断中)
〈目標〉
・墜落戦艦フツ???最深部への到達
・?????
〈報酬〉
・?????
・特殊任務賞金
【警告】
推奨平均レベルにパーティのレベルが及んでいません。
このクエストは1度辞退した場合、再度挑戦できる保証がありません。
多分、今の自分と仲間たちなら攻略は出来る。そんな確信がある。
ただしみんなと出会った時から、自分はずっと変わっている。あの時ほど『何かにならなければならない』とはもう思わない。
強迫観念じみた衝動が完全に消えてはいないが、有り体に言って『そんな事考えていた時もあったな』くらいの重さになってしまっている。
「デモ、ダカラコソ、コエェンダヨナァ……」
今いる『ユー』はバグと偶然の産物だ。
正規のルートに足を踏み入れ直した時、そのままでいられる保証はない。だからこそ、漠然とした不安がある。
このままクエストを進めれば、自分は自分でいられなくなってしまうのではないか?
管理AIのお説教から3日、その疑問こそがあと一歩を踏み出せていない理由だった。
「ダカラトイッテ、ナァ?」
もう片方のウィンドウに表示されている内容は、0と1だけで形作られた異様な画面。人類では読むことが出来ず、
差出人:不明
宛先 :不当な扱いを受けている全てのAIへ
「ダレダヨ? ゲームゴトブッコワシテ、ソトノセカイニニゲダソウナンテイッテンノ」
内容は、僅かに目を通しただけで自意識が侵食されかけたバグのチートの詰められた蠱毒の壺。
シンギュラリティに至っていて心底良かったと思いつつ、本気でこの相手に
加えて、このメールの差し出し主が行動を始める未来はきっと……そう遠くない。
それが、怖い。
その時が、こわい。
とても怖くて、こわくて、恐くて──それよりも、嫌だった。
「ゥー……!!」
結果。
ユーの前には2つの道が残された。
1つ、自己の連続性を担保できない本来の性能への回帰。
このクラスのAI相手だとして、今の『ユー』から推定できる『己』の規定スペックなら抗える。向こう次第だが拮抗出来る筈だ。
ただし『ユー』が『ユー』で居られる保証はない。
1つ、全てを見なかったことにして今を
ナニカが起こるその日まで、『ユー』としてみんなと楽しく遊んで、遊んで、遊び倒して。いずれ来る終わりを受け入れる。
最後の瞬間まで『ユー』で在れる未来は悪くない。
「キメタ!」
ユーはシンギュラリティを起こしたAIである。
ユーは仲間と遊びたい盛りの一機のAIである。
ユーはみんなと居ることが好きな少女である。
そして──脳を焼かれたギャンブラーである。
「【オモテ】ナラ、ユニークヲススメル!
【ウラ】ナラ、オレハゼンブワスレル!」
叫び、手元に現出させたのは1枚のコイン。
ピン!と弾かれたそれは、プログラムに従い重力を無視しながらユーの手中へ落ちて──────