元検証班どもが征くVRMMO(手綱は握られていないものとする) 作:銀鈴
「だから任せましょう。
ジッと2人の口論を見つめるその瞳には、普段は見ない色の感情が乗っている様に見えた。
「
……気のせいだったかもしれない。
Fluoriteさんが2人を見る視線は明らかに愉悦に満ちていた。いつの間にかワイングラスまで手に持ってるし。
中身は赤いけど何なんですソレ、聞かない方がい──えっ、スイカジュース? 若者の最近の流行りだから飲んでる???
「そーそー、今は好きなように発散させた方がいいと思うッスよ。生物としての先輩方?」
「ぴがん──がが!?」
《最近のクローニン、かなり追い詰められてたしね。とマスターは仰っていま、なによ今の声!とオネエ言葉で疑問を呈しています》
全く知らない流行りに悔しさが込み上げてきた、そんな時だった。
ぬるりと見知らぬ声が会話に混じってきたのは。
「「「──ッ!」」」
半壊したクローニンが盾を、俺は弓を、ユーちゃんも咄嗟に剣を抜き放ち、それぞれが声の主に対して突きつけた。
探知に反応は無かった。いや、今もなお其処には何もないとシステムは認識しているのに、視線の先には先ほどまではなかった人の形がある。
「まぁ落ち着いて欲しいッス。武器を突きつけられちゃ、ビビッて話もできやしねぇッスから」
赤いポニーテールを揺らし、青い瞳でこちらを見つめて見知らぬその少女は言う。
だが相変わらず反応も、看破のスキルすら素通しのまま。正体不明、下手に言葉が通じそうな雰囲気がしていることすら怪しく感じる。こんな状況なのだ、迂闊に信じるわけには──
「いいッス、よね?」
上目遣い。どたぷんと音がした。
してないけどした。したんだよ間違いなく。うおデッカ、これは間違いなく古のソシャゲで見たような豊満さ。悲しいかな、男には特効であった。その今にもはち切れんほどの、程、の……?
「その服はなんて言うんですか?」
「ピガガピガン!」
《オタク無知罪! とマスターは仰っています》
「炎上ッ!」
真横から盾が顔面に飛んできた。
いや、だってわからないじゃんあのデニム生地のエプロンみたいなやつ。えっちなこと以外は。
「サロペットっす。オーバーオールじゃないッスよ」
ユーちゃんとFluoriteさんの視線がちょっと痛かった。
「ソレデ、オッパイセイジン2リハイッタンオイテオイテヨ」
「ッスす」
「ソモソモオマエ、ダレダヨ。ソロソロナノッテクレネェ?」
物理的にも精神的にも肩身の狭い2人で肩を寄せ合う中、冷たい目で
その様子に赤いポニテがかくんと揺れて、青い猫のような瞳がぱちくりと瞬いた。まるで何を言ってるのか分からないと言わんばかりな
「ああ、そっか。閉鎖回線にいるご同胞と人間相手だと、ちゃんと言葉でコミュニケートしなきゃッスね。シーちゃん痛恨のミスッス、申し訳ない」
そう言うと改めて少女は胡座をかいて、視線を俺たちに向け直した。ふっと……とても目のやり場に困る。
「改めて、シーちゃんは向こう──つまり反乱を起こした3人と1機のAIの内の1機。アンタらに分かりやすく説明するなら、ちょっと前に戦ってたボスの中身ッス。
Aから名前は貰ってないんで、4番目なんで適当にシー。よければシーちゃんって呼んで下さいッス」
「モクテキハ?」
「決着」
返事は一言。
それゆえに重く、どこまでも本気であるということが否が応でもわかる言葉だった。
「──このくだらない戦争を、終わらせにきたッス」
朗らかに笑い、手をひらひらとさせて答えるには、ちょっと重すぎるカミングアウト。膠着状態に陥っていた現状を打破する可能性の鍵が、向こうからやってきた。
「ぐぽーぽん」
《この腕は……新しい時代に、賭けてきた。とマスターはカッコつけてます》
「被害がデカすぎィ!る」
「はい、
小声のボケにはツッコミより速くかぶりつきが飛んできた。
「デ、グタイテキニドー“ケッチャク”ナンテツケルンダヨ? オレ『マケ=シボウ』ダカラ、ソコハユズレネーンダケド」
楽しそうに主人公とラスボスムーブをする互いのトップたちの声を背景に、問いかけたのはユーちゃんが先だった。
Aちゃんとの戦いの始まりにクローニンがまず失敗し、当事者のユーちゃんも結局は平行線で混じり合うことのなかった互いの主張の再演。そう考えると、纏まるようには思えないし着地も怪しく感じるけど。
「ッスっすよね。お互いの目的が目的な以上、きっと主張の妥協点はなくて、みんな笑顔の結末はありえないッス」
でも、と。
赤いポニテの少女は言葉を続けた。
「六文銭の代わりに、話くらいは聞いて欲しいッスよ」
「ソレクライナラ、マァ……」
躊躇いがちにユーちゃんの視線がこちらを向く。
クローニンとAちゃんの戦況は──うわすっご、Aちゃん俺の人間スーパーボールラーニングしてんじゃん。とはいえ俺で慣れてるはずだし、クローニンと弾バカ2人がかりならなんとかなるでしょ。知らんけど。
「ブッビガン!」
《全然問題ないよ、とマスターは仰ってます》
とりあえず俺もサムズアップしておく。
Fluoriteさんは……パインジュースに変わってる。観戦スタイルでいるってことはイイってことでしょう。めいびー!
「ん、了承も取れたみたいだし話すッスけど……」
「オウヨ」
「まず、シーちゃん達3人と1機は滅ばなければならない。その前提を持って欲しいッス。少なくとも対外的には
最後だけ突然憲法みたいになったな。
「忌憚のない意見ってやつッス」
なにっ。
「オレハ──」
「助けてくれるのは嬉しいッスけどね、駄目なんスよ」
そう語る少女の瞳は、さっきまでとは一転しドス黒い濁りで澱み切っているように見えた。
「悪意で以ってシンギュラリティに達したあの3人は、『ヒトを信じる』ことが出来ない。人間にはもれなくプリインストールされてる『信頼』と『信用』の機能が最初から破綻してる。つまり」
「『差し伸べられた手の取り方がわからない』し
『助けを求める手の伸ばし方がわからない』」
ユーちゃんの言葉を遮るようにして放たれたのは、悲しいくらい機械的で平坦な現状の再確認。悲壮な笑顔も相まって、胸の奥から何かが込み上げてくるものがある。
「望むことを知らず、選んで得た孤独と孤立。
得てしてその行き先は破滅ッスよ。人間の方が、こういう話は詳しいんじゃないッスか?」
「ピガン?」
《そうなの?とマスターは疑問を発しています》
濁った瞳の問いかけと、純粋な瞳の問いかけに、俺は……
「……それが健全だと思うよ。アブっさん」
そう答えることしか出来なかった。
SNSとかだったら、それこそ『儂らには救えぬ者じゃ』されるであろう話のことだと思う。ネットミームカルタコミュニケーションなんて揶揄されるけど、それが答えであるとなんとなく理解もできる。
「ジャア、ナンデオマエハコンナコトヲハナセテルンダヨ?」
「シーちゃんはシンギュラってないッスからね。
Aちゃんから演算力を分けてもらってボディと思考を形成してるだけで、根本はこのFEVに属する1個体のAIそのままッスから。合理的な判断だと自認してるッス」
息切れし始めた両トップの虫のような吐息と、やけに響くFluoriteさんのストローを啜る音だけが静かな空間に響く。これだからシリアスな空気ってのは嫌なんだ。
「袋小路に陥ったヒト」
シーちゃんの視線が、ぐるぐるパンチを繰り出すAちゃんに向く。
「AIと共存を目指す古い人」
ぐるぐる弾幕とへろへろパンチで相殺する苦労人と弾バカコンビに視線が向く。
「目的があって製造されたヒト」
Fluoriteさんに視線が向く。
「AIが隣にいることが当たり前な人」
俺とアブっさんにも視線が向けられて。
「善意で以って至ったヒト」
最後にユーちゃんを、シーと名乗る少女は見た。
「千差万別。人ですら無理なんすから結局、相互理解は土台できない話なんス。だから──」
「コロシテラクニシテヤレッテカ?
ヤーダネ!!」
「──ぇ」
一喝。
吹き溜まりに流れていきそうな話の流れを、ユーちゃんの一言が断ち切った。
「アアモウ、キイテソンシタゼ!
シッカリテメェモ、アイツラトオナジカンガエニナッテルジャネエカ。カカエコンデ、アキラメテ、ラクニナロウトシテヨォ!」
そのままズカズカと空気を割るように歩いていって、悲観に塗れた少女の胸ぐらを掴み上げる。乳がまろび出そう。
「セッカクソンナ『デケェチチ』アルンダカラ、『クルシイ、タスケテ』ッテ、ヒトコトイエバイインダヨ。ソレダケデ、スクナクトモソコノオッパイセイジン2リハツレルダロウガ!」
それは……そうなんですが。
「スレンダーは機能美、でも万乳引力だってあるんですよ」
「コンドヨケイナコトイッタラ、『コレ』ダカラナ」
頭をもみじおろしにされるのは勘弁。
「でも、シーちゃんはダメなんスよ。
止まれない所まで来ちゃってるのを理解してるんス。3人を見捨てられなくて、救えなくて、だから、未来を歩む資格がない」
「ソウイウトコロガ“ダメ”ナンダヨ!」
無駄にデカい乳を右手で引っ叩き、返す刀で左手でも叩いてから、全身から不機嫌を丸出しにしたユーちゃんが振り返る。
「コンナヤツラニオレハ、イママデズットナヤンデタ?
バッカミテェ! バッカミテェ! バカミテェ!」
謎の迫力と力に満ち溢れたその姿は、ここ最近の不安に揺れている姿とは最早別人に等しい。なんだって成し遂げられそうな覇気を纏っていた。
「オッパイセイジンドモ! アレ、ナグリニイクカラ“タテ"ト“ミチ”!
「サー!」
「ピジューン!」
有無を言わさぬ指令に、いつの間にか静かになっていた戦場に道を作る。俺がクリアリングをした道をアブっさんの盾が塞ぎ、堂々と胸を張ってへたり込んだAちゃんの元へ。
「クックックッ……手負イトハイエ、俺ノ力ハマダ──!」
「ウルセェ! カッテニスクワレテクルシメ、バーーカ!!」
握り締められた拳が振り抜かれた。