ジムリーダー失格   作:聖成 家康

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菫色の流星 その3

 

 シュートシティのような都会は、肌に合わない。

 立ち並ぶいくつもの高層ビルが、まるでこちらを見下してくるような感覚がして、気分が悪くなってくる。

 

 都市内のホテル、ロンド・ロゼ。

 窓から見える景色は、普通の人間が見れば心安らぐ要素で満ち溢れているだろう。

 

 ヒイロ主催の大会のため、シュートシティに滞在することとなった。ホテル代は主催側のものなので、せっかくなら豪華なホテルに泊まろうとした結果、結局ここに行き着いた。

 

 このキラキラした豪華な内装と、気品のある匂いや雰囲気は田舎者の自分にはとても合わなかった。

 唯一良かったのは、ベッドが大きくてふかふかな点である。

 ベッドだけは、どんな時であろうと常にふかふかで、人が二人寝転がられるくらいの余裕がある物が好みだった。それが守られているだけで、このホテルに泊まる価値はあった。

 

 オンバーンも喜んでいたが、はしゃぎすぎて部屋を荒らすのだけはやめろ、と口酸っぱく言い聞かせたため随分おとなしい。彼は本来、こういう性格のはずだったが。

 

「……やっ……オンバーン、いきなり舐めないでよ」

 

 彼がいきなり頬を舐めてくる。ザラザラした感触が頬を走り、くすぐったいを通り越して不快感すら覚えてしまった。

 

「なぁに、お腹空いた?」

「クゥン……」

 

 頭を撫でてやると、オンバーンは犬ポケモンみたいな鳴き声を漏らす。

 ここ最近の彼の様子は、どうもおかしい。やけに甘えん坊だし、クールじゃないし、何よりこんな鳴き声滅多に聞かない。

 

 ポケットから出したポケモン用のマカロンを開封し、彼の鼻先に当てる。

 

「あーん」

 

 言われた通り口を開けたため、そこにマカロンを落とす。

 入ったのを確認すると、すぐに咀嚼を始め、数回も噛まないうちに飲み込んだ。

 

「……もう無いよ。一個だけ」

 

 オンバーンは何とも残念そうな目つきでこちらを見つめてくる。

 一階に売店があったが、ついつい食べ過ぎてしまう癖があるため、迂闊に買いには行けない。

 

「今度買ってあげるから。ね?」

 

 また、悲しそうに鳴くオンバーン。

 

 何故だろうか。自分は今、犯罪にも等しい行為をしてしまったように思えた。

 

 

 

 

 

 

 シュートスタジアム。月に数回は熱い戦いとやらが繰り広げられる、ガラルで最も騒がしい場所。

 その控室で、スミレは服装を整え、髪の手入れに勤しんでいた。

 

「アニキ、あたしと当たっても手加減せんといてや」

「マリィ、俺を何だと思ってるんだ……」

 

 可憐な少女と奇抜な男、スパイク兄妹が会話をしている。マリィの方はともかく、ジムリーダーを降りたネズまで呼ばれるのは意外だった。

 

「こうしてバトルするのなんて、久しぶりだな」

「僕も久々だ」

「私は結構やってるもの。この勝負、私の勝ちね」

 

 ヤロー、カブ、ルリナの御三家ジムリーダーの姿も見える。

 

 誰とも話さず、淡々と身支度をする彼女に、一人の男が近づいてくる。

 

「スミレちゃん。久しぶりだね」

 

 許可も取らず、隣に座った男。優しげな雰囲気を醸し出す朱色の髪に、同じ色の瞳。赤いコートを纏った黄緑を基調としたコーディネートで、高めの身長に見合った華奢な風貌。

 

 彼こそがヒイロ・スカーレ。むしタイプの使い手だ。

 

「元気が無いじゃないか。せっかくの大会なんだなら、楽しんでおくれよ」

 

 スミレは唇を尖らせ、水筒の水を一口流し込む。

 

「君はなんというか……大人っぽくなったね」

 

 ヒイロはそう言い残し、控室を出ていった。

 

 しばらくしてから、モニターに映し出されるスタジアム中央の様子。

 髪をオールバックにしたヒイロがそこへ立ち、大声で挨拶を始めた。

 

「会場の熱き闘いを求める者達よ!! 楽しんでくれているかな?!」

 

 おおっ、と会場がざわめいた。彼はジムリーダー屈指の人気者。女性ファンの甲高い声が耳に響く。

 

「今日は待ちに待った大会の日……この大会を開いた意味、それは、ガラルに勇気を与えるためだ!」

「仕事、学業、今はとっても忙しい時期だと思う。新生活が始まり、ガラルのみんなは疲弊する頃だろう」

「ガラルの皆に元気になってほしい!! 大会に込められた意味はそれだけだ!! みんな、全力で楽しんでくれよ!!」

 

 拍手喝采が巻き起こり、大会の火蓋が今切って落とされた。

 

「最初はヒイロとスミレか。早速熱いね」

「スミレさん、頑張ってや!」

 

 周りの声も真面目に聞き入れず、スタジアムへと出ていくスミレ。揺れるポニーテールを持ち上げて、被った真っ黒なキャップの隙間を潜らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ただいまより、第一ラウンドが始まります。選手の皆様は、各自準備をお願いします』

 

 スタジアムに出ると、甘い歓声が彼女を出迎える。

 

「スミレさーん!! 結婚してくれぇぇ!!」

「応援してるぜ!! スミレさーん!!」

「頑張ってー!!」

 

 キャップの鍔で目元を隠しながら、ヒイロの待つ中央へと歩いていく。

 

 バトルコートに立つと、一気に気が引き締まった。ボールを持ってここに立つ時だけ、自分はポケモントレーナーだと、ジムリーダーだと実感してしまう。

 

 向かい合うようにして立っている、雰囲気が一変したヒイロ。彼はいつも、バトルフィールドに立つと、気取ったように髪を後ろに全て流すのだ。そして口調も、それに応じてチャラっぽくなる。

 

「スミレちゃん、ファンサービス」

 

 小声でそう言い掛けてくる。蔑むような目で見てやるのも、ファンにとってはサービスになると勝手に思っている。

 

 互いにバトルコートに立ち、各々のボールを握りしめる。

 

 会場が先程の騒々しさが嘘のように静寂に包まれた。

 

 バトル開始五秒前を伝える電子音が、スタジアムに鳴り響く。一秒一秒が、とてつもなく長く感じられた。

 

 

 ビーッ!! っと、一際大きな音がスタジアムを駆け巡った。

 

 

 ヒイロが白い歯を見せて笑うと、二つのボールが曲線を描きつつ宙を舞い、ポケモンを解き放った。

 

 ――そう、此度のバトルはダブルバトル。二対二で戦う、スリルあるポケモンバトル。

 

 スミレの前へ着地するのは、毒々しい色のペンドラーに、目が痺れる色をしたデンチュラ。

 どちらも、アタッカーには向いていない。サポート気質のポケモン。

 

「ペンドラー! デンチュラ! 舞台を整えてくれよ!」

 

 彼の声に呼応するよう、二体は触覚や脚を上げ鳴いた。

 

 スミレもポケモンを放つ。

 本気で勝ちに行くため、容赦は必要ない。

 

 大会用に育ててやった、ヌメルゴンとオノノクス。面構えが、ジムチャレンジャーの前に立つ彼らとは違った。

 

「デンチュラ、ねばねばネット!!」

「オノノクス、りゅうのまい。ヌメルゴンはかえんほうしゃ よ」

 

 小さな黄色い腹から放たれる、大量の網。

 それはオノノクスの身体に付着し、彼の自由を奪った。

 

 火炎で焼き払われたかと思われたペンドラーは、しっかり守りを固め無傷。初手から攻めるプランは悉く阻止された。

 

「オノノクス、アイアンテール」

「逃がすな、かみなり!」

 

 立ち込める黒雲から雷撃が迸るも、鋼鉄化した尻尾にそれを流して受け流す。

 

 さらに尾をぶん、と振るいねばねばネットを振り払った。

 

 勢いを失わず、身体を空中で捻らせ恐ろしく舞い踊る。

 そして上空からデンチュラに襲いかかり、最大火力の げきりん を叩き込む。

 

 おおっ、と会場が沸き立った。

 

 デンチュラは一撃で沈んだが、オノノクスは止まらない。隣で舞い、力を蓄えるペンドラーに猛攻を仕掛ける。

 

 地面に叩きつけ、その首筋に歯を突き立てる。

 

 ペンドラーは身体を捻らせ脱出を図るも叶わず、戦闘不能まで追い込まれた。

 

 敵がボールに戻されても暴走を続け、味方であるヌメルゴンを爪で切り裂き、しまいには自身を攻撃して撃沈してしまう。

 二体とも倒れるのは予想外だった。げきりん はやはり恐ろしい技である。

 

「くっ……シュバルゴ、アギルダー。取り返そう!」

「行くよ、フライゴン、キングドラ」

 

 スカーフ靡くアギルダーに、二対の槍持つシュバルゴ。

 赤き複眼のフライゴン、鋭利な嘴のキングドラ。

 

 四体のポケモンが、互いに睨み合い、緊張が走っている。

 

「シュバルゴ、アイアンヘッド! アギルダーはむしのさざめき!」

「じしん で追撃して、フライゴン。キングドラはハイドロポンプ で攻撃よ」

 

 俊敏な小さい身体から、放たれた羽虫に似た波動を回避し、フライゴンは高く飛び上がり、両脚で地面を揺らす。

 

 亀裂が迸り、飛び出た鋭岩がアギルダーを貫く。

 

 砂埃を掻い潜り、圧縮された水の波動が負傷直後のアギルダーを捉え、的確に撃ち抜いた。

 

 敵を仕留め、満足気なキングドラに迫る騎士の影。

 鋼より強固な額を突き出し、物凄い速さで突進。キングドラの腹部に激突し、二対の槍で甲殻を破る。

 

 キングドラ、アギルダーはボールに戻り、一対一の戦いとなる。

 

 

 フライゴンの握られた拳に、火焔が纏われる。

 

「ほのおのパンチ!」

 

 二対の槍は黄緑に光り輝き、凄まじいエネルギーを纏う。

 

「シザークロス!」

 

 二体はバッ、と空中に舞い上がる。

 

 激しい空中戦に突入し、会場が今まで以上に熱狂した。

 

 赤と黄緑の曲線が、狂ったようにびゅんびゅんと宙を彩る。

 空を飛ぶ二体のポケモンが繰り広げるは、互いの攻撃で攻撃を相殺する、本気の殴り合い。

 

 焔が爆ぜ、羽虫が舞い、観客の目では彼らの動きを捉えることはできなかった。

 

 フライゴンの爪が、シュバルゴの装甲を砕き、火焔が弾ける。

 しかし同時に、槍が首筋を穿ち、羽虫が辺りを舞い狂う。

 

 重力に逆らう術を無くした二体は、真っ逆さまに落下。共倒れという形で戦闘不能に追い込まれた。

 

 

 互いの手持ちは、残り二体。

 

 

 トレーナーの間に、緊迫が走る。

 

「行っておいで――オンバーン。ジャラランガ」

 

「仕上げと行こうか――ハッサム!! バタフリー!!」

 

 解き放たれた四体のポケモン達。

 

 着地し、靡かせる鱗を震わせたジャラランガ。ふわりと舞い、観客を魅了するバタフリー。

 

 菫色の翼を広げたオンバーン、緋色の(はさみ)で金属音を掻き鳴らすハッサム。

 

 各々のポケモンが、互いに威嚇し合う。

 

 スミレはオンバーンを、ヒイロがハッサムをボールに戻すと、観客がざわめく。

 

 紅い粒子が二つのボールを巨大化させ、それが軌道を描いて放たれる。

 

 空が深紅に染まり、二体のダイマックスポケモンが会場全体を大きく揺るがした。

 

 オンバーンは耳を震わせ、都市にまで届く、凄まじい咆哮を轟かせる。しかし、相手も生半可なポケモンではない。

 

 ダイマックス前よりも、より鋭利に、より巨大化した鋏。虫らしかった羽も、飛行機の翼のように変形。頭部には鋼の兜が纏われていた。

 

 

「ジャラランガ、インファイト!」

「ねむりごな だ、バタフリー!」

 

 地上にいるポケモン達が攻撃態勢に入る。

 

 凄まじい連打を叩き込むジャラランガ。

 ひらり、と羽を翻し回避したバタフリーは、粉塵を散布し彼の眠気を誘う。

 

 倒れ込んで動かなくなったジャラランガに、魔の手が迫る。

 

「ハッサム!! キョダイシザース!!」

 

 巨大な鋏から放たれる、蝶のビジョン群。

 

 眠った彼を覆い尽くし、遥か上空で鋏の形となって襲い来る。

 あっ、という間も無く、ジャラランガは再起不能に追い込まれた。

 

「っ……オンバーン!! キョダイハウリング!!」

 

 龍のエネルギーを凝縮した波動が、スタジアム中に轟き、ハッサムを標的に捉える。

 

 一点に集中した波動。何度も何度も波紋を描きながら、紅き装甲を震動させた。

 巻き込まれたバタフリーは、一瞬のうちに戦闘不能に。

 

「ダイジェット!」

「ダイスチル!」

 

 豪風と轟鉄が、フィールドの中央で激突し、観客を圧巻させるせめぎ合いに発展。

 互いの攻撃は打ち消される。

 

「ダイドラグーン!」

「ダイウォールだ、ハッサム!」

 

 オンバーンの悍ましい攻撃は、ハッサムの作り出したバリアにより全て無力化される。

 

 ダイウォール、どんな攻撃だろうと防ぐ、万能技だが、貴重なダイマックスの時間をこの為にわざわざ費やすとは――

 

 二体は元の姿へと戻り、バトルは決着の時が訪れる。

 

 両者、中央へ滑空。

 

 オンバーンは激突寸前で停止し、天空に向かって咆哮する。

 上空から降り注ぐ無数の龍星群が、ハッサムへ降り注ぐ。

 

 しかし、紅き刃は次々に降る流星を斬り砕き、全てを無力化した。

 

 飛翔した紅い勇者が、両鋏の刃を大きく振り翳し、菫の龍を斬り裂いた。

 

 キョダイハウリングを諸に喰らい、あそこまで攻撃する気力があり、加えてあの威力――

 

 自ずと、スミレは彼の実力と戦略を実感させられた。

 

 

 彼は苦しそうに鳴き声を上げ、宙に投げ出されてスミレの足元に転がる。

 

 

「……オンバーン……」

 

 

 荒く息をする彼をボールに戻せば、ヒイロの勝利を知らせるファンファーレが会場中に響き渡った。

 

 観客は彼を称賛する声援で溢れ返る。舞い散る紙吹雪には全く興味が沸かなかった。

 

「みんな!! 最高のショーを楽しんでくれたかな?!」

 

 おおっ、と会場が沸き立つ。

 

 そんな中、彼女は既にフィールドから姿を消していた。

 

 

 

 




キョダイハウリング

『キョダイマックスした オンバーンがくりだす わざ。
あいてを こんらん させることが ある』
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