シュートシティのような都会は、肌に合わない。
立ち並ぶいくつもの高層ビルが、まるでこちらを見下してくるような感覚がして、気分が悪くなってくる。
都市内のホテル、ロンド・ロゼ。
窓から見える景色は、普通の人間が見れば心安らぐ要素で満ち溢れているだろう。
ヒイロ主催の大会のため、シュートシティに滞在することとなった。ホテル代は主催側のものなので、せっかくなら豪華なホテルに泊まろうとした結果、結局ここに行き着いた。
このキラキラした豪華な内装と、気品のある匂いや雰囲気は田舎者の自分にはとても合わなかった。
唯一良かったのは、ベッドが大きくてふかふかな点である。
ベッドだけは、どんな時であろうと常にふかふかで、人が二人寝転がられるくらいの余裕がある物が好みだった。それが守られているだけで、このホテルに泊まる価値はあった。
オンバーンも喜んでいたが、はしゃぎすぎて部屋を荒らすのだけはやめろ、と口酸っぱく言い聞かせたため随分おとなしい。彼は本来、こういう性格のはずだったが。
「……やっ……オンバーン、いきなり舐めないでよ」
彼がいきなり頬を舐めてくる。ザラザラした感触が頬を走り、くすぐったいを通り越して不快感すら覚えてしまった。
「なぁに、お腹空いた?」
「クゥン……」
頭を撫でてやると、オンバーンは犬ポケモンみたいな鳴き声を漏らす。
ここ最近の彼の様子は、どうもおかしい。やけに甘えん坊だし、クールじゃないし、何よりこんな鳴き声滅多に聞かない。
ポケットから出したポケモン用のマカロンを開封し、彼の鼻先に当てる。
「あーん」
言われた通り口を開けたため、そこにマカロンを落とす。
入ったのを確認すると、すぐに咀嚼を始め、数回も噛まないうちに飲み込んだ。
「……もう無いよ。一個だけ」
オンバーンは何とも残念そうな目つきでこちらを見つめてくる。
一階に売店があったが、ついつい食べ過ぎてしまう癖があるため、迂闊に買いには行けない。
「今度買ってあげるから。ね?」
また、悲しそうに鳴くオンバーン。
何故だろうか。自分は今、犯罪にも等しい行為をしてしまったように思えた。
◇
シュートスタジアム。月に数回は熱い戦いとやらが繰り広げられる、ガラルで最も騒がしい場所。
その控室で、スミレは服装を整え、髪の手入れに勤しんでいた。
「アニキ、あたしと当たっても手加減せんといてや」
「マリィ、俺を何だと思ってるんだ……」
可憐な少女と奇抜な男、スパイク兄妹が会話をしている。マリィの方はともかく、ジムリーダーを降りたネズまで呼ばれるのは意外だった。
「こうしてバトルするのなんて、久しぶりだな」
「僕も久々だ」
「私は結構やってるもの。この勝負、私の勝ちね」
ヤロー、カブ、ルリナの御三家ジムリーダーの姿も見える。
誰とも話さず、淡々と身支度をする彼女に、一人の男が近づいてくる。
「スミレちゃん。久しぶりだね」
許可も取らず、隣に座った男。優しげな雰囲気を醸し出す朱色の髪に、同じ色の瞳。赤いコートを纏った黄緑を基調としたコーディネートで、高めの身長に見合った華奢な風貌。
彼こそがヒイロ・スカーレ。むしタイプの使い手だ。
「元気が無いじゃないか。せっかくの大会なんだなら、楽しんでおくれよ」
スミレは唇を尖らせ、水筒の水を一口流し込む。
「君はなんというか……大人っぽくなったね」
ヒイロはそう言い残し、控室を出ていった。
しばらくしてから、モニターに映し出されるスタジアム中央の様子。
髪をオールバックにしたヒイロがそこへ立ち、大声で挨拶を始めた。
「会場の熱き闘いを求める者達よ!! 楽しんでくれているかな?!」
おおっ、と会場がざわめいた。彼はジムリーダー屈指の人気者。女性ファンの甲高い声が耳に響く。
「今日は待ちに待った大会の日……この大会を開いた意味、それは、ガラルに勇気を与えるためだ!」
「仕事、学業、今はとっても忙しい時期だと思う。新生活が始まり、ガラルのみんなは疲弊する頃だろう」
「ガラルの皆に元気になってほしい!! 大会に込められた意味はそれだけだ!! みんな、全力で楽しんでくれよ!!」
拍手喝采が巻き起こり、大会の火蓋が今切って落とされた。
「最初はヒイロとスミレか。早速熱いね」
「スミレさん、頑張ってや!」
周りの声も真面目に聞き入れず、スタジアムへと出ていくスミレ。揺れるポニーテールを持ち上げて、被った真っ黒なキャップの隙間を潜らせた。
◇
『ただいまより、第一ラウンドが始まります。選手の皆様は、各自準備をお願いします』
スタジアムに出ると、甘い歓声が彼女を出迎える。
「スミレさーん!! 結婚してくれぇぇ!!」
「応援してるぜ!! スミレさーん!!」
「頑張ってー!!」
キャップの鍔で目元を隠しながら、ヒイロの待つ中央へと歩いていく。
バトルコートに立つと、一気に気が引き締まった。ボールを持ってここに立つ時だけ、自分はポケモントレーナーだと、ジムリーダーだと実感してしまう。
向かい合うようにして立っている、雰囲気が一変したヒイロ。彼はいつも、バトルフィールドに立つと、気取ったように髪を後ろに全て流すのだ。そして口調も、それに応じてチャラっぽくなる。
「スミレちゃん、ファンサービス」
小声でそう言い掛けてくる。蔑むような目で見てやるのも、ファンにとってはサービスになると勝手に思っている。
互いにバトルコートに立ち、各々のボールを握りしめる。
会場が先程の騒々しさが嘘のように静寂に包まれた。
バトル開始五秒前を伝える電子音が、スタジアムに鳴り響く。一秒一秒が、とてつもなく長く感じられた。
ビーッ!! っと、一際大きな音がスタジアムを駆け巡った。
ヒイロが白い歯を見せて笑うと、二つのボールが曲線を描きつつ宙を舞い、ポケモンを解き放った。
――そう、此度のバトルはダブルバトル。二対二で戦う、スリルあるポケモンバトル。
スミレの前へ着地するのは、毒々しい色のペンドラーに、目が痺れる色をしたデンチュラ。
どちらも、アタッカーには向いていない。サポート気質のポケモン。
「ペンドラー! デンチュラ! 舞台を整えてくれよ!」
彼の声に呼応するよう、二体は触覚や脚を上げ鳴いた。
スミレもポケモンを放つ。
本気で勝ちに行くため、容赦は必要ない。
大会用に育ててやった、ヌメルゴンとオノノクス。面構えが、ジムチャレンジャーの前に立つ彼らとは違った。
「デンチュラ、ねばねばネット!!」
「オノノクス、りゅうのまい。ヌメルゴンはかえんほうしゃ よ」
小さな黄色い腹から放たれる、大量の網。
それはオノノクスの身体に付着し、彼の自由を奪った。
火炎で焼き払われたかと思われたペンドラーは、しっかり守りを固め無傷。初手から攻めるプランは悉く阻止された。
「オノノクス、アイアンテール」
「逃がすな、かみなり!」
立ち込める黒雲から雷撃が迸るも、鋼鉄化した尻尾にそれを流して受け流す。
さらに尾をぶん、と振るいねばねばネットを振り払った。
勢いを失わず、身体を空中で捻らせ恐ろしく舞い踊る。
そして上空からデンチュラに襲いかかり、最大火力の げきりん を叩き込む。
おおっ、と会場が沸き立った。
デンチュラは一撃で沈んだが、オノノクスは止まらない。隣で舞い、力を蓄えるペンドラーに猛攻を仕掛ける。
地面に叩きつけ、その首筋に歯を突き立てる。
ペンドラーは身体を捻らせ脱出を図るも叶わず、戦闘不能まで追い込まれた。
敵がボールに戻されても暴走を続け、味方であるヌメルゴンを爪で切り裂き、しまいには自身を攻撃して撃沈してしまう。
二体とも倒れるのは予想外だった。げきりん はやはり恐ろしい技である。
「くっ……シュバルゴ、アギルダー。取り返そう!」
「行くよ、フライゴン、キングドラ」
スカーフ靡くアギルダーに、二対の槍持つシュバルゴ。
赤き複眼のフライゴン、鋭利な嘴のキングドラ。
四体のポケモンが、互いに睨み合い、緊張が走っている。
「シュバルゴ、アイアンヘッド! アギルダーはむしのさざめき!」
「じしん で追撃して、フライゴン。キングドラはハイドロポンプ で攻撃よ」
俊敏な小さい身体から、放たれた羽虫に似た波動を回避し、フライゴンは高く飛び上がり、両脚で地面を揺らす。
亀裂が迸り、飛び出た鋭岩がアギルダーを貫く。
砂埃を掻い潜り、圧縮された水の波動が負傷直後のアギルダーを捉え、的確に撃ち抜いた。
敵を仕留め、満足気なキングドラに迫る騎士の影。
鋼より強固な額を突き出し、物凄い速さで突進。キングドラの腹部に激突し、二対の槍で甲殻を破る。
キングドラ、アギルダーはボールに戻り、一対一の戦いとなる。
フライゴンの握られた拳に、火焔が纏われる。
「ほのおのパンチ!」
二対の槍は黄緑に光り輝き、凄まじいエネルギーを纏う。
「シザークロス!」
二体はバッ、と空中に舞い上がる。
激しい空中戦に突入し、会場が今まで以上に熱狂した。
赤と黄緑の曲線が、狂ったようにびゅんびゅんと宙を彩る。
空を飛ぶ二体のポケモンが繰り広げるは、互いの攻撃で攻撃を相殺する、本気の殴り合い。
焔が爆ぜ、羽虫が舞い、観客の目では彼らの動きを捉えることはできなかった。
フライゴンの爪が、シュバルゴの装甲を砕き、火焔が弾ける。
しかし同時に、槍が首筋を穿ち、羽虫が辺りを舞い狂う。
重力に逆らう術を無くした二体は、真っ逆さまに落下。共倒れという形で戦闘不能に追い込まれた。
互いの手持ちは、残り二体。
トレーナーの間に、緊迫が走る。
「行っておいで――オンバーン。ジャラランガ」
「仕上げと行こうか――ハッサム!! バタフリー!!」
解き放たれた四体のポケモン達。
着地し、靡かせる鱗を震わせたジャラランガ。ふわりと舞い、観客を魅了するバタフリー。
菫色の翼を広げたオンバーン、緋色の
各々のポケモンが、互いに威嚇し合う。
スミレはオンバーンを、ヒイロがハッサムをボールに戻すと、観客がざわめく。
紅い粒子が二つのボールを巨大化させ、それが軌道を描いて放たれる。
空が深紅に染まり、二体のダイマックスポケモンが会場全体を大きく揺るがした。
オンバーンは耳を震わせ、都市にまで届く、凄まじい咆哮を轟かせる。しかし、相手も生半可なポケモンではない。
ダイマックス前よりも、より鋭利に、より巨大化した鋏。虫らしかった羽も、飛行機の翼のように変形。頭部には鋼の兜が纏われていた。
「ジャラランガ、インファイト!」
「ねむりごな だ、バタフリー!」
地上にいるポケモン達が攻撃態勢に入る。
凄まじい連打を叩き込むジャラランガ。
ひらり、と羽を翻し回避したバタフリーは、粉塵を散布し彼の眠気を誘う。
倒れ込んで動かなくなったジャラランガに、魔の手が迫る。
「ハッサム!! キョダイシザース!!」
巨大な鋏から放たれる、蝶のビジョン群。
眠った彼を覆い尽くし、遥か上空で鋏の形となって襲い来る。
あっ、という間も無く、ジャラランガは再起不能に追い込まれた。
「っ……オンバーン!! キョダイハウリング!!」
龍のエネルギーを凝縮した波動が、スタジアム中に轟き、ハッサムを標的に捉える。
一点に集中した波動。何度も何度も波紋を描きながら、紅き装甲を震動させた。
巻き込まれたバタフリーは、一瞬のうちに戦闘不能に。
「ダイジェット!」
「ダイスチル!」
豪風と轟鉄が、フィールドの中央で激突し、観客を圧巻させるせめぎ合いに発展。
互いの攻撃は打ち消される。
「ダイドラグーン!」
「ダイウォールだ、ハッサム!」
オンバーンの悍ましい攻撃は、ハッサムの作り出したバリアにより全て無力化される。
ダイウォール、どんな攻撃だろうと防ぐ、万能技だが、貴重なダイマックスの時間をこの為にわざわざ費やすとは――
二体は元の姿へと戻り、バトルは決着の時が訪れる。
両者、中央へ滑空。
オンバーンは激突寸前で停止し、天空に向かって咆哮する。
上空から降り注ぐ無数の龍星群が、ハッサムへ降り注ぐ。
しかし、紅き刃は次々に降る流星を斬り砕き、全てを無力化した。
飛翔した紅い勇者が、両鋏の刃を大きく振り翳し、菫の龍を斬り裂いた。
キョダイハウリングを諸に喰らい、あそこまで攻撃する気力があり、加えてあの威力――
自ずと、スミレは彼の実力と戦略を実感させられた。
彼は苦しそうに鳴き声を上げ、宙に投げ出されてスミレの足元に転がる。
「……オンバーン……」
荒く息をする彼をボールに戻せば、ヒイロの勝利を知らせるファンファーレが会場中に響き渡った。
観客は彼を称賛する声援で溢れ返る。舞い散る紙吹雪には全く興味が沸かなかった。
「みんな!! 最高のショーを楽しんでくれたかな?!」
おおっ、と会場が沸き立つ。
そんな中、彼女は既にフィールドから姿を消していた。
キョダイハウリング
『キョダイマックスした オンバーンがくりだす わざ。
あいてを こんらん させることが ある』