くるりと振り回される刀身。
手足と連動して閃く刃。
軌道はすでに知っていた。
クリスティアナの眼前、腰を低くして
それを袈裟斬りの要領で返しながら、彼女はすぐさま水平に剣を構え直し、
〝え〟
喉元へと突き付けられた切っ先に戦慄した。
予想外に過ぎる一撃。
意識の外から放たれた死神の鎌。
刺突はたしかに狙いを定めている。
このままでは命はない――――なんて考えが回る寸前。
恐怖よりも深く激しい怒りが全身を包み込んだ。
「――――てめえなにしやがりますのよォ!!!!」
弾く銀閃、飛び散る火花。
肉体制御を総動員して振り抜いた剣をそのままマーガレットへ叩きつける。
当然の如く防いだ少女の顔は――満面の笑みだった。
「首がガラ空きだったので、つい!」
「つい(にこぉ)! ッじゃあねェんですのよドグサレ娘ぇッ!! これは勝負じゃなくってよ!? 剣舞ですわ剣舞!!
「すいません! でも私のほうが強いからいいかなって!!」
「こぉのボケナスゥウウゥウウウウウゥウウゥッッ!!!!」
「わわわっ」
振り上げ、振り下ろし、水平斬り。
とてつもない精度と速度で放たれるクリスティアナの刃を、しかしマーガレットは軽々と避けた。
初戦では一切見切れなかった斬撃も今となっては朝飯前。
明らかに強くなっている少女を前にクリスティアナの苛々がちょっと限界点越えそうだった。
やっぱムカつく、殺してえこの女。
「――そこまでにしておけ、ヴァルトーレ」
「生徒会長!! しかしこのクソアマが!!」
「やり直しだ。位置につけ。はじめから通すぞ。……パラネロス。おまえ何度言ったら強さが免罪符じゃないと理解できる? 阿呆なのか? 阿呆なんだな??」
「でも会長、クリスティアナ様が隙をつくるなんて、誘ってるようなものだと思います」
「ぶっ飛ばしますわよッ!!」
「とにかくもう一度はじめからだ。…………どうしてコレが上手くできん……」
はあ、と頭を抱えるイザヤを尻目にふたりが剣を構えて膝をつく。
場所は彼女たちにとっても縁深い闘技場。
石畳の舞台を貸し切って行われているのは目前に迫った聖剣祭の目玉、聖女ステラに捧げる剣舞の奉納――その練習だ。
本来は生徒会から人を出すこの行事を問題児二名に任せるというのはある意味で正解だった。
なぜなら真剣を使う関係上、ある程度は剣の扱いに慣れていないと話にならない。
その点はふたりとも合格だ。
型をなぞるのに一切の淀みはなく、三十分以上の一連の流れでも息ひとつ切らさなかった。
一時はイザヤもこれは良くやったと自分を褒め称えたぐらいである。
が、いくら動きが良くても問題児は問題児。
「――――オラァ死にくされですわァアアァアアアアアッ!!!!」
「――――ッ、あははッ! クリスティアナ様っ! そんな角度から足を狙うなんてっ、どこまで素敵なんですか!?」
「うっせえ黙れですのよォオォオォオッ!! やっぱりィ! てめえはァ! ぶっ潰すッ!! それがわたくしの決定事項ですわァアアァアッ!!!!」
「速いッ! 重いッ! 強いッ!! ――――でもッ! だからこそ越える甲斐があるってものですよねぇ!?」
結果、このように八割方の確立でただの殺し合いになるのが現状だった。
相互作用とも言える両者の相性の悪さ……むしろ良すぎるが故のものかもしれないが。
剣に狂った公爵令嬢、クリスティアナ・ヴァルトーレ。
強さに魅入られた伯爵令嬢、マーガレット・パラネロス。
決して相容れぬ少女たちが剣を取ればこうなるのは自明の理。
「――やめんか貴様らァ!! ヴァルトーレェ!! パラネロスゥ!! 位置につけ最初に戻れさっさとしろ神聖な剣舞の奉納で血なんか見せてみろ未来永劫呪われても知らんぞバカどもがァッ!!!!」
「「生徒会長は黙っていてくださいッ!!」」
「おーおーバーカーどーもーがァァアアァアァアアァッ!!!!」
「ッ、ちぃッ!!」
「っ、はぁっ……」
不満たらたらな様子で打ち合いをやめるクリスティアナとマーガレット。
剣気をぶつけて止められるのが唯一の救いだった。
そのためにイザヤがこの場を離れられないという欠点はあるが、勝手に命を懸けた殺し合いをはじめられるよりかは全然いい。十分マシである。
……まあイザヤの胃には穴が空きそうな勢いなのだが、そこはそれ。
「もう一回、最初からだ。教えた通りにやればできるだろう。どうしてしない。馬鹿なのか? 馬鹿なんだな? もうそれならそれでいいからちゃんとしろ」
「ふんッ、貴方に指図される謂われがありまして?」
「決闘の罰則だろうがァ!」
「会長。でもやっぱり決められた通りなんてつまらないですよ。面白くないです」
「そういうものだと言っているゥ!」
――その後、三十回以上通して無事に成功したのはたったの五回だった。
動きは悪くない。
流れだって完璧に覚えている。
重要なのは彼女たちの素質、才能ではなく心の問題。
もっと言えば自制心だ。
どちらかが箍を外した瞬間にただの斬り合いになる。
そこにさえ目を瞑れば――――まぁ、文句のつけようもない、学園内でもそうそうないであろう息ピッタリな
◇◆◇
(あれだけぎゃあぎゃあ吼えられますと流石に耳が痛いですわねぇ)
剣舞の練習からの帰り道。
決闘場から正門まで向かいながら、クリスティアナはぐっと大きく伸びをした。
時刻はすでに授業も終わった夕暮れ時。
大半の生徒はもう寮へ戻ったか帰宅したのか、人の気配はまばらだ。
時折すれ違う知り合いに挨拶を交わしながら歩を進める。
――と。
「げっ」
「ん?」
運の悪いことに意識して存在をなかったコトにしていた相手と遭遇した。
……そういえば今日でちょうど二週間だったな、なんて思い返しつつ。
見ればあちらもどうやら帰る途中だったらしい。
鞄を持っているあたりどこかでのんびりとしていたのだろう。
あまり積極的に情報をかき集めたわけではないが、さも当たり前のように過ごしすぎていて逆に不気味とか噂されていた王子様だ。
そこに思うところがないワケではないが――――というかクリスティアナの心情はいつもいつもこの男に思うところがないワケではないであって。
「――ごきげんよう、ライセス様」
「ああ。久しぶりだ、ヴァルトーレ公爵令嬢」
ぴく、とわずかにクリスティアナのこめかみが引きつる。
(……もうクリスとは呼びませんのね。まァ当然ですが。……弁えているようでなにより)
「今度の聖剣祭、パラネロス伯爵令嬢と剣舞に出るみたいだね」
「あら、ご存じでしたの。王宮に篭もっていらしてもわたくしの活躍が届いたのかしら」
「級友たちに聞いたんだ。ああ、別にだからといってなにをするでもないから心配しないでくれ。それじゃあ俺はこの辺で失礼するよ。遅いと母上が心配する」
「――――――お待ちなさい」
ちょうど彼が背を向けた直後だった。
さりげなく会話を切って去ろうとした足が止まる。
振り向こうとはしない。
目を合わせるつもりはないらしい。
……思えば。
ソレと話すときはいつもいつも目を見ていたなんて、どうでもいいコトがクリスティアナの頭に浮かんだ。
「最初からこうなるつもりでしたの」
「なんのことだい?」
「とぼけても無駄ですわ。マーガレットから聞きましたの。彼女を利用してわたくしを怒らせて、婚約破棄して継承権を手放して、おまけに名声も落として。……貴方、なにが目的?」
鋭い質問。
わずかな間があったのをクリスティアナは見逃さなかった。
後ろを剥けたままである彼のほうへ一歩踏み込む。
婚約関係だったことへの未練も、心に残った好意もない。
彼に対して好きだなんて思ったコトは正真正銘一度もなかった。
当然だ、恋も愛もない政略結婚の相手。
それになにを期待するのかてんでさっぱり。
「大袈裟だね。なにもないよ、俺は俺の心に従ってしか動いてない。成るように成っただけだ」
「一体何年付き合ってきたと思っていますの?」
「そのうち何度顔を合わせたかな? 理解者ぶるのはお互い愚かなコトだと思う」
「少なくとも貴方がなにも考えずにこんな行動に出るような人間じゃないってことぐらい知っていましてよ」
「本当にそう言い切れる?」
そこでようやくライセスは振り向いた。
顔に浮かべた微笑は貼り付けたように色がない。
何度か直接の交流を重ねたことのあったクリスティアナからすればお粗末そのもの。
嘘だなんて一目で分かった。
……そう、そのぐらい。
そのぐらいは、彼女も彼の理解者であるというのに。
「よく言うね、ヴァルトーレ公爵令嬢。試しに言ってごらん、俺について知ってること」
「王位継承権を捨てた馬鹿王子かしら」
「捨てたんじゃない。その資格がないから外された。父上の判断は正しいよ」
「とち狂っておりますの? 気でも触れました? 変なクスリでもやっているのなら出頭するのをおすすめしましてよ」
「全然俺は正常だ。今もそうだ。君と婚約破棄したのは正解だったね、やっぱり。俺たちはこんなに馬が合わないから、きっと誰も幸せにならなかった」
そういって彼はくすくすと声を洩らして笑った。
あれだけのことをしておいて、あれだけの処罰をくらっておいて。
婚約破棄を叩きつけた本人の目の前で、笑いながら正解だった等と。
――――堪忍袋の緒が切れるのは、クリスティアナ自身でも理解できた。
「馬鹿にしてんじゃねぇですのよッ!! そもそも貴方が
「うん。先に言っておくけど謝罪はしない。その方が俺にとっても令嬢にとっても良さそうだ。だからほら、好きに言いなよ」
「だったら貴方ッ、いまここでわたくしにぶん殴られても文句言えませんわねえッ!?」
「やってみる? 俺は構わない。青い果実はあまり好きじゃないけど、時と場合によってはアリだ」
「クソ王子ィイイィイイイィイイッ!!!!」
胸ぐらを掴んで拳を振り上げるクリスティアナ。
感情は怒り一色だった。
懐かしい感覚は彼がまだマーガレットと一緒に居た頃と変わらない。
気にくわない、気にくわない、気にくわない。
いま分かった、誤解をしていた。
本当に、本気でムカついていたのは――――そうだ、この男だ。
「貴方がッ!! 貴方さえいなければッ!! わたくしはこんな思いなどせずに済みましたのよ!? あんな感情を知らずに済みましたのよ!? それをッ、それを貴方が――――ッ!!」
「意外だ」
「なにが!!」
「いや、手より先に口が回るのかと。それで、言うだけ満足かい? 俺に恨み辛みをぶつけて罵詈雑言を浴びせれば君の気は晴れるのか? 君の胸にたまった鬱憤は解消できるのか?」
「なにが言いたいライセス・ベルリオンッ!!」
「そんな生温い決着がしたかったのかと言ったんだ、公爵令嬢」
――――瞬間。
クリスティアナの肌を這う空気が明確に変化した。
ありえないほどの濃い暗緑色。
イザヤの気合いはもちろん、母親のそれよりもっと濃密な刃の気配。
目の前の少年から放たれる剣気に当然の如く息が詰まる。
彼女はすでに剣気を制御できるようになったというのにだ。
「――――――ッ、ライ、セスゥ……!!」
「その程度かい? まだまだだね。青い果実も嫌いじゃないんだけど、これじゃあ時期が早すぎる」
「……ああ、そういうコトッ、最初っからそう言えば良かったんですのよ、てめえッ」
「……気付いたのか? 冗談だろう? 俺がなんだって?」
「わたくしにぶっ殺されたいならッ、はじめからそう言いなさいこのクソボケェ!!」
「――――はははっ、なるほどそうか。
薄っぺらい笑みを浮かべてライセスは剣気をおさめる。
だが神経を逆撫でされたクリスティアナの怒りは一切おさまらない。
――ムカつく、ムカつく。ムカつく! ムカつく!!
腹が立つ、心が叫ぶ。
なにをどうしてこの男は――――
「ざけんじゃねえですわよライセスゥ!! 余程わたくしのことが気に入らないのねェ!? ええわたくしも嫌いですわよッ! 大っ嫌いですわ貴方のことなんかァ!!」
「分かっているよ、そのぐらい。……ああ、そうだ。意趣返しだ。ひとつ、君について俺も理解者ぶっておくとしよう」
「あァ!?」
「剣を振るのは楽しいだろう? 君にはその素質があったし、そうなるような心があった。……俺はそれを見抜いていたよ。ずっと前からね」
「――――地獄に落ちろボケナスゥウウゥウウゥウウウウウゥウウゥウゥウ!!!!」
渾身の叫びを背に第一王子は去っていく。
……クリスティアナは決意した。
絶対に、なにがなんでも、どうなっても。
あの塵屑王子だけは――――この手で裁く。
むしろ捌く。三枚とかに。
》生徒会長
胃「もうやめてくれメンス」心「叫びたがってるんだッ」
》ヒロインちゃん
つよい! えらい! すごい! 隙ありィ!(そういうものではありません)
》悪役令嬢
こいついっつも怒鳴ってんな(致し方なし)
》王子
最低男。素はどっちかっていうと弟と話してたとき。なんでご令嬢の前だとこんなに物言いが悪くなるんだろうね……(諦観)