「クソボケェエエェエエェエエェエェエエエッ!!!!」
振り抜いた剣が丸太を裂く。
握りしめた柄が砕け散る。
公爵邸、夜の演習場。
叫びながら残骸となった木片を投げ捨てて、クリスティアナは強く歯ぎしりした。
「――――あのッ、ゴミカス、王子ィ! なんですのよォ! なんなんですのよ一体ッ! わたくしのッ、なにがッ! そんなにィッ!!」
胸中で渦巻く悪感情をすべて吐き出していく。
いまはそれしか考えられなかった。
あの時と同じ。
腹立たしい。
心が酷く荒れている。
要はそんなコト、たったそれだけのコト。
けれども彼女にとっては我慢しがたい屈辱的なモノだった。
「――――――ッ、――――――」
熱くなった心と、正反対に冷め行く思考。
静かな理性が自分の状態をマトモに判断する。
人は慣れる生き物だ。
生活水準にしろなんにしろ、一度与えられた味をそうそう忘れることはない。
以前はただ剣を振るだけで満足できた。
その素質と肉体を動かす実感だけで多少の悩みは吹き飛んだ。
……いまは違う。
足りない。
その程度ではぜんぜん、この
……どうしてかは、クリスティアナ自身も分かっていた。
「…………、…………――――」
マーガレットとの決闘。
そこで得たものは決して人間的な関係だけじゃない。
誰かと斬り合うということ。
すなわち他人と正真正銘、本気で命を懸けて殺し合うこと。
刃にすべてを乗せてただ偏に己を貫いて生きるということ。
その感覚を知ってしまった。
味を知ってしまった。
だったらもう、進むべき方向など決まっている。
「………………はぁ」
馬鹿らしい。
否定したくなる感情は、けれどどこまでも冷静な自分が肯定していた。
いくら動かぬ丸太を切ったところで快楽など非ず。
いくら空を裂いて剣を振ったところで悦楽になど浸れず。
――もう一度。
叶うならばあの場所、あの舞台の上で。
容赦も加減もなく、生と死の狭間を往復するような刹那の中で。
凍てつく刃金の輝きに包まれていたい。
それを熱する火花を散らして生きていたい。
「……ええ、そうですわよ。楽しいですわよ。それがなに? 見抜いていたからなんだというんですの? わたくしの心が読めたところで、貴方になにがッ」
爪が食い込むほど拳を握り締める。
思い浮かぶのは学園からの帰り際、人を散々煽ってくれた第一王子だ。
言葉だけでは飽き足らず剣気までぶちまけられては流石に温厚で優しく度量があって素敵で無敵でぷりてぃーなクリスティアナであっても我慢ならない。
というかどいつもこいつも剣気どばぁしすぎである。
もうちょっとこう、熟練の達人云々というコトを思いだしてほしい。
どうしてそんな奴等がごろごろその辺に転がっているんだ――という彼女の愚痴はまあハッキリ言って
「――――…………、剣気、使えたんですのね。彼」
知らなかった。
知る由もなかった。
すこし囓ったクリスティアナより、
凄まじい重圧だったイザヤの気合いより、
もっと重く鋭くとてつもない濃度だった――――ライセスの剣気。
剣気の質はその人の才能、素質、実力に比例する。
まとう剣気の質が高くなればなるほど剣士としての実力があるということだ。
ならば、彼の力量はその一動作だけで推し量れてしまえた。
少なくともクリスティアナより強く、イザヤよりも剣才があるのだと。
〝本当にそう言い切れる?〟
……知ったつもりになっていたのはどっちだろう。
今さらながら冷めた心が落ち着いて言葉をくり返す。
いい気になっていたのは彼女だってそう。
顔を合わせる機会は少なかったとはいえ、彼はクリスティアナの婚約者だった。
その隣は間違いなく彼女自身に与えられたモノだった。
だから、奪われそうになってあれほど腹が立ったのだ。
ムカついたのだ、苛ついたのだ。
それで――――剣を手に取った。
「…………剣」
ふと顔を上げて演習場を見渡す。
久々に足を運んだ夜の景色。
地面に転がるのは割れた木片と、断ち切られた丸太の残骸。
そのどちらも彼女の八つ当たりによって成されたものだ。
はじめからそうだったワケではない。
木剣だって等しく。
きちんと並べられて箱に押しこまれ、丁寧に仕舞われていた。
ここ最近で習慣化したとは思えないぐらい当たり前に。
「――――――――嗚呼」
そういうことか、と。
再点火する怒りを抑えつつ、
意味もなく叫び出しそうな気持ちを堪えつつ、
彼女は息を吐くようにそうこぼした。
「……本当ですわね。理解者ぶるなんて愚かなことでしたわ。――貴方のコトなんて、わたくしはなにも知らなかった。知っていたのは、そっちですのね」
重いため息が続いて洩れる。
ここ最近演習場に足を運ばなかったのは仕方なくだ。
決闘の罰があって、学園では剣舞の練習をしていて無理に赴く必要がなかったのもあるが――きっと心は素直だった。
どこかで感付いていたか、もしくは真実に気付くのが怖かったのか。
手引きしていた誰かさんの真意と、慣れてしまって戻れなくなった己の心。
自覚すれば後には引けない。
いいや――――もうすでに。
「……ええ、知らなかったんですの。わたくし」
夜空を見上げる。
瞳に映ったのは玻璃のような白い月。
冴え冴えとした色が身体を貫くよう月光を撒き散らしていた。
なんとも良い日。
こういう夜こそ、刃は酷く冴え渡る――
「とっくの昔から、剣に呑まれてたんですのね――――」
……嗚呼、本当に。
今夜はすごく、月が綺麗だ。
◇◆◇
――それはそれとして。
「……なんの真似だい、ヴァルトーレ公爵令嬢?」
「いえ、昨日は結局殴ることができなかったので、今日こそはと思いまして」
にこり、と満面の笑みをつくるクリスティアナ。
翌日の学園。
門を潜って
大人げなく剣気
そのせいか若干驚いた様子のライセスだが、それも一瞬のことで直ぐさま何事もなかったように微笑んだ。
「歯ァ食いしばりなさい
「うん。それは良いんだが落ち着いてくれ。公衆の面前だ。君、朝から凄い大胆だな」
「貴方がわたくしをこっぴどくフッたのも公衆の面前でしたわね!」
「あはは。参った、俺の負けだ。でもちょっとこの体勢はどうかと思うな??」
「??」
こてんと首をかしげるクリスティアナ。
色んな意味で真っ直ぐ純粋純情な彼女は気付かない。
なにせ思考は殴るオブ殴るオブ殴るの一色である。
わたくしの拳が真っ赤に燃える状態。
まさか王子相手にマウントを取ったせいでめちゃくちゃ密着しているコトとか、距離が近すぎるコトとか、淑女的にはしたない体勢であるとか、なんならモロ
悪役令嬢、まだまだ清く美しい穢れを知らない乙女だった。
「まあどうでもいいですわ。なにも言わず一発殴られてくださいな、ライセス」
「いいよ。男に二言はない。甘んじて受けよう」
「いよッしゃおらぁああああぁああああぁあああああッ!!!!」
「ごッ」
躊躇なんてなかった。
流星のように放たれる右の拳。
炸裂する極大の衝撃波。
ばごんッ! という音をたててライセスの顔面が床にめり込む。
それを起点にしてこれまた盛大な亀裂が建物全体へと広がっていく。
――かくして怒りはわずかながら精算された。
飛び散る血潮、跳ねる肢体。
粉々に砕ける窓硝子、外れる教室の扉、傾く黒板、
「人を殴ってもあまり気持ちよくありませんのね。やっぱりわたくし剣で斬り合うほうが断然好みですわ」
「そうかい? その割にはずいぶん満足した様子だね、暴力令嬢」
「……思いっきりぶん殴ってさしあげましたのに平気ですのね。おバカさんなのですか? ちょっとは気絶するなりなんなりしてくださいませ」
「この程度の刺激で気を失うなら俺は一年中起きてもいられないよ」
「ふんッ!!」
「ぶッ」
炸裂する二度目の衝撃。
今度は間違いなく建物全体が揺れた。
真正面から顔を殴り抜いた拳は剣気をまとった特別製。
本来なら鼻がへし折れて一発で気絶するぐらいの威力なのだが、それでもライセスはなんともない様子でニコニコ微笑んでいた。
とめどなく溢れる熱い血潮(鼻血)に関しては突っ込んではいけない。
「一発って言ったじゃないか。酷い令嬢だ」
「酷い顔、酷い性格、酷いコトをしておいてなにを今さら。ですが感謝いたしましょう。お陰様ですこしですが気が晴れましたわ。ほんのちょっぴり、ごくわずかにですが」
「へえ。ちっちゃいね。この程度で良いのかい? なんだ、期待外れだなあ」
「ご安心を。――――然るべき時になればその鼻っ柱ボッコボコのベッキベキにへし折って踏み砕いて殴り潰して二度とわたくしの前に立てないようにしてさしあげますわ。正々堂々、貴方の望み通りわたくしの刃で」
「――――――そうか。そうかい、ああそうかい。良い答えだヴァルトーレ公爵令嬢」
くすりと笑うライセス。
それがなんだかムカついたのでクリスティアナはもう一発その顔にブチ込んでおいた。
どうせ気絶はしない、大した怪我でもない。
鼻血は出ているがせいぜい中の血管が切れただけだろう。
致命傷にはなりえない。
……そこがちょっとムカつくポイント+百億点だったが、いまはここでやめておく。
真の楽しみは後にこそ取っておくべきだと。
「ふんッ。わざわざ挑発するような言い方をせずともぶっ倒してさしあげますわよ。その整った顔面を趣味の悪い粘土細工みたいにしてやりますわ」
「是非とも頑張ってくれ。今のままじゃ俺とマトモに斬り合えもしないだろう?」
「分かってますのよ一言余計ですわねッ! すぐにそうも言ってられなくなりますので覚悟しておいてくださいなッ!?」
「もうできてる」
「どっこいしょーーーーーーーーーーーッ!!!!」
「がッ」
四度目の衝撃は、どこか遠くで真面目に職務をこなしていた生徒会長の眼鏡のレンズをも叩き割った。
》悪役令嬢
剣を握ると冷静になるデフォ機能の便利さに助けられる。死合いの味を知ってしまったのでもう元の生活に戻れないねえ(悪鬼羅刹顔)あれだけヒデーこと言われた直後に直接会いに行ってぶん殴るあたり胆力ヤバヤバ娘ぷりてぃだーびぃ。ドーキドキドキドキドキドキドキドキ君の刃がッ
》おうじさま
これがッ、この光がァッ、わたくしとおまえの(主に怒りを向けた事実による)輝きだァーーーッ!! された第一王子。軽傷。唾つけとけば治る。四発もの拳を黙って受け止めた男。鼻血を出してもカッコイイ。
》生徒会長
本人なにも関係ないのに眼鏡が割れた。解せぬ(パリーン)