悪役令嬢、怒りのあまり剣に狂う。   作:4kibou

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2/アドレーラ聖神閃学園

 

 

 

 

 アドレーラ聖神閃学園。

 

 ベルリオン帝国の中央都市に建てられた学園は伝統と格式高い名門校だ。

 生徒数は総勢七百名以上。

 国内はもちろん、国外からの留学生も多く、一部平民から王族まで多種多様な生徒がこの学び舎で六年間を過ごす。

 

 とはいえ誰も彼もがこの学園に通えるワケではない。

 ある程度の授業料を払える者、それを免除できるだけの能力を持つ者、帝国に認められた爵位を持つ家の者、もっといえば難関と言われる試験を突破できた人材が門を潜るコトができるのだ。

 

 すなわち、アドレーラ聖神閃学園に入学できるのは並外れた素質か地位を持つ者だけ。

 その制服を着ているだけで一目置かれるという超々エリートの証である。

 

 クリスティアナ・ヴァルトーレは当然そんな生徒のひとりだった。

 

「お、お嬢様っ。大丈夫ですか? いえ、大丈夫じゃないですよね! ねえ!?」

「うるさいですわよアジー。このぐらいなんてことありませんわ。一日でも学園を休んでみなさい。あの小娘が殿下になんてことをするか……! 考えただけでもッ、あぁ! あぁあ憎たらしいッ!! 腸が煮えくり返ってひっくり返って超腸捻転ですわ!!

「落ち着いてくださいお嬢様! 回復薬を塗ったとはいえお怪我はまだ完治しておりませんので!! お気を付けくださいね!?」

「あの木剣をあの小娘に叩きつけたら少しは気が晴れるかしら……!」

「いけませんお嬢様! 伯爵家のご令嬢相手ですよ! 立場が上でもやって良い事と悪い事があると思います!」

「分かっていますわ。ええ、分かっていますとも……!」

 

(どうしよう絶対分かっていないわお嬢様。目が真剣(マジ)だもの)

 

 若干足を引き摺りながら歩く主を横目にアジーはため息をついた。

 

 あの後部屋に連れて行って絶対安静にさせたは良いが、治療しても怪我は怪我だ。

 痛みは当然残っているハズだし、本来なら無理して登校させるべきではない。

 

 ないのだが……、

 

「あの、やっぱり帰りましょう。公爵様も心配しておられましたし、公爵夫人様も……」

「お父様もお母様も心配性なんですのよッ! これぐらいの怪我でッ!!」

「いやお嬢様いますっごい顔色悪いですからね。土気色通り越してもう色がないですよ!」

「ふざけたコトを言わないでくださいましッ!! 見なさいアジー!! わたくしのこの美貌を!! 百年に一度の絶世の美女と言われたこのご尊顔をッ!! どぉおこからどぉお見ても美人! 綺麗! 美しさの化身であるわたくしでしょう!?」

「お嬢様……! ついに頭までおかしく……!!」

「おかしいのは貴女の目ですわ。腐ってるのではなくて?」

「すぐにお医者様を!!」

「待ちなさいアジー! おーまーちーなーさーいー!! わたくしは正常ッ、健常ッ、快調ですわっ! だからこそ行くのです! 学園にィッ!!」

 

 ずるずると腕を掴んでひっつくアジーごと引き摺って歩くクリスティアナ。

 右足を挫いているのにどこからそんな力が出るのか、というのは本人さえ分かっていないコトである。

 

 悲しいかな、この現状に起きている異常を判断できる者は誰一人としていない。

 優秀とはいえただの公爵令嬢である齢十六の少女が可能とする奇跡を、誰も認知するコトなどない。

 

 なにせ絵面が漫才なので。

 

 

「――相変わらず騒がしいな、おまえは」

 

「おや、生徒会長」

 

 

 と、そうこうしているうちに校門前まで来ていたらしい。

 すっと顔をあげたクリスティアナの瞳と、つり上がった鋭い紫瞳がぶつかる。

 

 凍てつくような視線、ピンと芯の通ったように伸びた背筋。

 光の加減で薄くアメジストのように輝く頭髪と、キツい印象をさらに悪化させる細眼鏡。

 

 黒を基調として黄金色のラインが入ったアドレーラの制服は周りの誰もと同じだ。

 けれど、その胸につけられた白銀の薔薇を象る徽章(バッジ)が他の生徒にはない威圧感すら感じさせた。

 

 アドレーラ聖神閃学園、第五十九代生徒会会長にしてスフィアベル男爵家の長男。

 

 それがこの男、イザヤ・スフィアベルである。

 

()()()()()もお疲れさまです。ヴァルトーレの相手は疲れるでしょう」

「はいッ!!」

「ちょおっとアジー? 貴女なに? わたくしのコト嫌いですの? 処されたいんですの? というかぶん殴りますわよホント」

 

 なお色々と身体がボロボロな所為で殴っても痛みを背負うのは十中八九クリスティアナのほうだった。

 

「口を慎めヴァルトーレ。おまえはそれでも公爵令嬢か、本当に」

「その言葉ァ!! そっっっっくりそのままお返しいたしますわ!! 貴方ごとき階級の人間がわたくしに向かって偉そうに!! 恥を知りなさい!! イザヤ・スフィアベルッ!!」

「学園では女神ステラのもとに皆平等だ。階級など関係ない。それが我が校の基本方針だ」

「馬鹿ですわねぇ! わたくしまだ門を潜っておりませんの!! つまりここは学園の外ですわ!! これは立派な侮辱罪として成り立ちますわ!!」

「アズリル嬢。ここから先はオレに任せてください。この馬鹿の面倒はまあ最低限人の迷惑にならない範囲まで見てやります」

「無視しないでくださりますぅ!?」

「え、いやでも」

「来いヴァルトーレ。ここまで来たその意思は認めるに値する」

「はいぃ!? さっきから貴方なにを――――」

 

 と、思わず食い気味に口を開いた瞬間だった。

 

 ひょい、っと。

 

 驚く暇もなく、抵抗する余裕もなく。

 クリスティアナの身体はあっという間に抱え上げられた。

 

 イザヤの肩に。

 

 つまるところ俗に言うお米様抱っこである。

 

 

 

 

 ――淑女としてのプライド()(クスッ)が硝子みたいに爆ぜた。

 

 

 

 

「なぁああぁぁあにぃをしてくれやがりますのォ!? さっさと下ろしなさい! わたくしが誰だか知らないワケではないでしょう!?」

「クリスティアナ・ヴァルトーレ。ヴァルトーレ公爵の娘、およびライセス殿下の婚約者だろう」

「そうと分かってこんな仕打ちをするなんて肝が据わってますわね!! 貴方狂ってますの!? 狂ってますのね!?」

「そしてこの通り学園きっての問題児でもあるな。おまえというのは本当にアレだ。騒がしく喧しくそして勢い任せだ。オマケに口も悪い」

「たかだか男爵家の跡取り息子が調子に乗ってんじゃねえですわ!! はやく下ろしなさい! ほらはやく! はーやーくーゥ!!」

「うるさい。すこし黙っていてくれ。耳に響く」

「はァ!!!???」

 

 はち切れそうな堪忍袋の音が聞こえてきそうだった。

 

 なんだこのムカつく男は偉そうにマジで処刑するか? とクリスティアナの頭の中は物騒な思考がぐるぐるぐーるぐる。

 おまけに公衆の面前で特にコレといった関係もない男に抱きかかえられているという恥ずかしさで怒りもぐつぐつぐっつぐつである。

 

 イザヤ・スフィアベル。

 

 彼女のいつか仕返ししてやるリストにその名前が載ったのは言うまでもない。

 

「講堂に行く。それまで我慢しろ」

「学園内を通っちゃうじゃありませんのォ!! 貴方この姿を生徒全員に見せびらかすおつもりですか!? 正気じゃありませんわねえ!!」

「だったらどうする。明らかに無理をしている生徒を放っておけとでも言うのか、おまえは。それがヴァルトーレの意見だというのなら良いが、オレは嫌だ。認めない。少なくとも見過ごせない」

「…………気付いてたんですの、目敏いですわね」

「明らかにと言った。注視していなくてもおまえの怪我は分かる範囲だ。まあ、多少の怪我を押してでも学園に通うというおまえの根性は素晴らしく尊重したいが」

「生徒会長。もしかしなくてもわたくしのコト好きですわよね? 困りますわぁ」

「ついでに頭も治してもらえ。頭痛の種が減ってオレも幸いだ」

「ぶん殴りますわよ」

 

 べしべしとせめてもの抵抗でイザヤの背中を叩くが、彼はバランスを崩すどころか足取りすら微塵も乱れさせない。

 

 質実剛健、文武両道、絵に描いたような優等生。

 雰囲気の鋭さと視線の強さ、容赦のない口調はとくに人を選ぶが、現生徒の過半数から票をもぎ取った過去は正真正銘本物だ。

 

 例えばこんな風に、色々と最近噂の渦中にある公爵令嬢を担いでも目を瞑ってもらえるところとか。

 

「ねえ、あれ……」

「生徒会長と……うん? 公爵家の……?」

「あらまあ、クリスティアナ様ったら。なんとも滑稽なお姿で」

「というかなにしてるんでしょうアレ。またなにかやらかしたんです?」

「イザヤすげーな。男爵家とは思えない胆力。この前殿下にもお説教くらわしたって話だし、なんつうか怖いもの知らず過ぎないか? 流石に」

「イザヤくんのたまに出てくる正論(パンチ)ほど怖いものはないからね。仕方ないね」

「ああ見ると小動物みたいで可愛いよな、クリスティアナ嬢」

「喋らなければ美人だからね。あと関わらなければ静かだし。傍から見れば美少女だし」

 

 

 

「全員顔覚えましたわ。今度いつかの機会にぶっ飛ばしますわ」

「程々にしておけ、ヴァルトーレ。これ以上面倒事を持ってこられるのは困る」

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 学園の講堂には一本の剣が飾られている。

 

 薄ぼんやりとした水槽に入れられた一振りの奇蹟。

 

 その昔――かつて大陸の支配を目論んだという魔導士の企みを打ち破り、世界に平和をもたらしたと言われる剣の女神。

 

 聖女ステラ。

 

 ベルリオン帝国の国教、聖神閃教の信仰対象でもある彼女は帝国民なら知らない者は赤子ぐらいなものと言われるほど有名な存在だ。

 

 彼女の伝説には多くの話があるが、その中でも特に広く伝わっているのは三つ。

 

 その髪は空が映るほど昏く長い漆黒で、その瞳は血よりも紅い色をしていたこと。

 彼女の剣技は見る者を魅了し、他の追随を許さないほど冴え渡っていたこと。

 そして彼女は傷付いた者を瞬く間に癒し、多くの命を救ったということ。

 

 その秘密の答えが()()だ。

 

「ほら、取れたての回復薬だ。傷口に塗って一時間も経てば痛みも引くだろう」

「身体の痛みは消えても心に負った傷の痛みは取れませんのよ、スフィアベル男爵」

「生徒会長と呼べ。しかしたまには良いコトを言うんだな、ヴァルトーレ」

「一言余計ですわッ! ――ああいいえッ! 全部余計ですわッ!!

「うむ。酷く喧しい。おまえらしいのは何よりだが、一令嬢として相応しい態度をだな」

「貴方に言われたくはありませんわよッ!!」

 

 と、その言葉には彼も認める部分があったのか。

 たしかに、なんて馬鹿正直にうなずきながらイザヤはこくこくと首を振る。

 

「ああ、それもそうだな。――オレも仕事がある。付き合えるのはここまでだ。ちゃんと治してから授業に出るように。一応教師のほうには言っておく。分かったなヴァルトーレ」

「分かってますわよ鬱陶しいッ!! なんなんですの貴方ッ!! わたくしの器が大きくなかったらマジぶっ殺でしたわよッ!!」

「そういうところだ、問題児(ヴァルトーレ)

「最悪なルビを振られた気がしますの! 殴りてえですわ!!」

 

 コツコツと靴音を鳴らして去っていく不躾な生徒会長。

 

 その背中が完全に消えたのを確認して、クリスティアナは渡された回復薬の瓶を開けた。

 

 中に詰まっているのはわずかに発光する薄青色の液体だ。

 

 治癒の神秘を刃に宿した聖女ステラの得物――聖剣リベオライト。

 その刀身を浸した水こそがこの回復薬。

 

 伝説上にある蘇生まがいの治癒には遠く及ばないが、致命傷から一命を取り留めるぐらいはやってのける万能の薬である。

 

 飲んでヨシ(めちゃくちゃ苦い)、塗ってヨシ(めちゃくちゃ痛い)、混ぜてヨシ(他の味が全部負ける)という優れモノだ。

 

「朝から最悪ですわ……いえ昨日から最悪ですけれども……というかやっぱりクソ痛ぇですわねコレ。治ってる感半端ない代わりにクソ痛ぇですわ。屋敷に常備してある回復薬がどれだけ薄められたものなのか分かりますわねぇ……」

 

 ぬりぬりと傷口に回復薬を伸ばしながら彼女は独りごちる。

 

 とにもかくにも貰ったものはしょうがない。

 この手に渡ったのならすでに自分のモノだ。

 

 遠慮なく使わせていただこう、と。

 

「それでもアレはないですわよね、アレは。わたくしを何だと思っているのかしら。これでも容姿は帝国で一番の自負があるのですが、はて。もしや生徒会長は同性がお好きで……?

 

 ちなみに誤解であるコトを彼の名誉のために記しておく。

 ただ真面目で堅物な生徒会長はそういったコトに疎いだけなのだ。

 

 

 





》聖剣
不思議なぱわーを宿した剣。適合者が使うと本領発揮する。それ以外の人が握ってもタダのクソ硬いクソ折れないクソ重剣。国王陛下曰く「おもちゃ」
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