悪役令嬢、怒りのあまり剣に狂う。   作:4kibou

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21/窮地の連続

 

 

 

 

「どうだ。メアリ」

「駄目ね。私の魔剣(アレ)でもどうにもならないわ、こればっかりは」

「マズいことになりました。ジョットは大丈夫でしょうか」

「あの人なら大丈夫よ、きっと。なにせ私の夫だもの」

 

「――――ところでなぜミスティア……皇后陛下がこちらに?」

 

「なんだか嫌な予感がして、お忍び?」

「いつも通りのことでしょう。ミスティアの奇行なんて学生時代から変わらないわ」

 

 場所は移って闘技場。

 中心の舞台をぐるりと囲んだ観客席。

 

 大きく五つに別けられた障壁のうち一角で、公爵――アルバートはひとつ大きなため息をついた。

 

 周囲を取り囲むのは自分の嫁(メアリ)と、友人(あくま)の嫁と、馬鹿の嫁(ばか)だ。

 昔からなにかと交流があった彼女たちとこの場で出くわしたのはまったくの偶然である。

 

 アリス・パラネロスは仕事で来られないゼルアの代わりに娘の晴れ舞台を見に。

 

 ミスティア・ベルリオンは前述の通りワケの分からない理由でジョットにあの場の件をすべて任せてお忍びでここに来ていたらしい。

 

「でもほら、わたしの勘、当たったわ。あの場で一番危険なのはジョットね」

「どうして嬉しそうなんですかミスティア。え、これ私がおかしいんです?」

「大丈夫よアリス。これでも心配しているわ。多分」

「あの人を心配してどうするのよ、もうっ。ジョットなら大丈夫よ! 強いもん!」

「ゼルア。君は性格に難ありすぎる男だったが、異性の趣味だけはとてつもなく良かったんだな……」

「え、いまウチの旦那のこと褒めました? 褒めましたね?? もう一回私にも聞かせてくださいアルバート!」

「前言撤回しよう。私たちの世代は極めてなんというか、アレだ」

 

 諦めるようにいま一度ため息をつくアルバート。

 

 女三人寄れば姦しいとは言うが、三人揃ってちょっと物騒になるのはどうか。

 

 が、いまはそんなコトも然したる解決の糸口にはならない。

 戦力としては国内でこれ以上ないほどの人材が揃っているが、相手は聖剣の担い手。

 

 おまけに色々と厄介なコトで有名な障壁の聖剣――スィレストーレだ。

 

「無防備も良いところだな。私たちから手を出せない。が、外側にいる奴等からの攻撃は通るというコトだろう。最近の諸国宝物庫襲撃事件の犯人は奴等か」

「それより見て、アルバート。あの子凄いわ。どこのご令嬢かしら」

「うわ、片腕が千切れても戦ってますよ。偉いですね。怪我を省みないところとかあの人にそっくりです。ほら、アレ。…………えッ、マーガレットッ!?」

「なにを今さら気付いているんだアリス……」

「あの子のお陰でジョットが守られているのね。惜しいわぁ」

「そして君はなにを狙っているんだミスティア……」

「格好良いジョットが久々に見たいなぁって」

「そっかぁ……」

 

 アルバートはどこか遠い目で舞台を眺めた。

 

 もう嫌だ、誰か助けてくれ。

 この三人を自分ひとりで捌くのは無理だ。

 

 せめてゼルアが居てくれるだけでもアリスはどうにかなるというのに、こういうときに限って商談の話が舞い込んできたと聖剣祭をドタキャンしやがっている。

 

 キャパオーバーだ。

 彼は疲れきっていた。

 

「あと、これが私としてもかなり重要なのだけれど、アルバート」

「……なんだ、メアリ」

「クリスの姿がどこにも見当たらないわ」

「…………なに?」

「そういえばライセスも居ないわ。レイはそこにシルヴァーナちゃんと一緒に居るのに」

「……………………なんだとう」

「ちょっとッ、うちの娘の腕を焼くとか正気ですかっ! 私は許しませんよ! 絶対にその身で償ってもら――はいッ!? 結婚!? なに言ってるんですかあの男! マーガレットをあなたみたいな粗野で横暴な男なんかに渡しませんからっ!!」

 

 問題は山積みだ。

 どころか時が過ぎるほどに増えていく。

 

 彼らが現れて何分経っただろうか。

 

 必死に奮戦している少女の動きが初めと比べて鈍い。

 度重なる怪我と損傷を引き摺っているのだろう。

 

 徐々にその命脈が絶たれていくようだ。

 

「……なのに倒れないのか」

「もちろんですよっ! マーガレットは強い子ですから! 私たちの誇りです!」

「そうか。……そうなんだろうな、本当に」

 

 母親と同じような桃色の髪といい、父親と似た青色の瞳といい。

 

 養子でありながら本当にそっくりだと。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

「どうしたどうしたもう限界かァ? へばってきたなァマーガレットォ」

 

「――――、――――ッ」

 

 震える指先で剣を握る。

 

 肩で息をしながら荒い呼吸をくり返す。

 

 戦闘開始から十分足らず。

 マーガレットの身体はすでにボロボロだった。

 

 利き手である右腕の欠損。

 度重なる衝突による至るところの骨折。

 内臓にも損傷がある。

 

 口からこぼれる血はなによりの証拠だ。

 

 裂傷と火傷はすでにないところを探すほうが難しい。

 

 

「はははっ――――」

 

 

 思わず笑う。

 

 死にそうだ。

 

 力が入らない。

 

 意識がぐらつく。

 

 気を抜けばそのまま倒れてしまう。

 

 そんな瀕死の身体を無理やり叩き起こして繋ぎ止めて、どうにか立っている。

 

 

「一応訊くぜェ。まだやるかァ?」

 

「うんッ」

 

「即答ォ! ハハハハハハッ!! 良いじゃねえかァ惚れ直したぜマーガレットッ!!」

 

「そんな気持ちッ、要らない!!」

 

 

 きっぱりと断りながら向けられた劫火を断ち切っていく。

 

 気持ちは折れていない。

 

 心はいつだって万全だ。

 

 そもそも、マーガレットは窮地を前に怯むような性格をしていない。

 

 だから問題なのは肉体――器のほうということになる。

 

 いくら気を振り絞って耐えたとしても、いくら泥臭い執念でしがみついたとしても、人である己の身体には常に限界が存在する。

 その限界をた(・)ま(・)た(・)ま(・)越えられたとしても、生命には限りがあるのだ。

 

 すなわちこれ以上は彼女の器が保たない。

 

 すでにひび割れ欠けた状態。

 無理を重ねた身体はその分の〝強さ〟と引き換えに生命力を削っていた。

 

 ――故にこそ、届かない未来が見え隠れする。

 

 

「その意気だッ! さァ踏ん張れよォ見せてみろよォ! 俺をもっと楽しませてくれッ! そうすりゃあ万が一、この場に居る誰も傷つかなくて済むかもなァ!?」

 

「ぐ――――――……」

 

「そんなもんかあッ!! その程度かァ!? こんなモンかよてめえはよォ!?」

 

「――――まだ、ですッ!!」

 

「ッハハハハハハハハハ!! そうだそうともそう来なくっちゃなァ!!」

 

 

 気勢をあげる意識が出力をあげていく。

 

 ビキビキと骨が割れるような音。

 血管は内側で何度も裂けて千切れていた。

 

 口からこぼれる血はおさまらない。

 

 目に耳に鼻にと、穴という穴から赤い液体を垂れ流している。

 

 

 ――それでも負けられない。

 

 

 諦めない、倒れるワケにはいかない。

 

 総ては強さを示すため。

 誰よりなにより強く在るために。

 

 勝つのは私で笑うのは私で生きるのは私で強いのは私だと、満身創痍の最強(ジブン)を引き摺り上げてマーガレットは前を向いた。

 

 

「だがよォマーガレット! 俺たちも遊びに此処へ来てるワケじゃねえんだぜェ? つまるところそろそろ急ぐ必要がありそうってこったなァ! そうだろカ(・)イ(・)!」

 

「――うるさい、黙ってくれよ。集中してるんだから。……これだけの数の障壁を維持するのにどれだけこっちが無理してると思ってる。あと二時間だ。それ以上は保たない」

 

「そういうこったなァ! 加減はいらねえようだから遠慮なくいくぜェ! 本気で行くから本気で受け止めなァッ!!」

 

「上等! 望むところ!! 私はいつだって本気だからッ!」

 

 

 柄が砕けんばかりに握りしめる。

 

 くり返される身体の不調。

 

 ひび割れる骨の音。

 貧血にぐらつく視界。

 痛みに麻痺する思考回路。

 

 

 ――――それらすべてを邪魔(まだ)だと振り払って剣を構えた。

 

 

 傷だらけでボロボロの肉体でも彼女は〝強い〟。

 その意志はただ相手を越えようとするために存在規模で彼女を強くする。

 

 まだ誰も辿り着いていない力の真実。

 

 魔剣の先、願いの源たる秘想の流出。

 

 そこから洩れ出したものが彼女の素質なのだと誰も気付かない。

 

 もちろん、マーガレット自身ですらも。

 

 

「――――――――ッ!!」

 

「ハハハハハハハハァ!!」

 

 

 刃を走らせる。

 火炎を切り裂く。

 

 太刀筋に淀みはない。

 

 幕のように貼られた劫火のカーテンは溶けるように消えていく。

 

 

 ――――マーガレットは躊躇わなかった。

 

 

 痛みを押して地を駆ける。

 

 大地を一歩。

 

 踏みしめるたび全身に走る激痛を〝こんなもの〟と噛み砕く。

 

 いま足を止める必要はない。

 いま震えを手足に伝わらせる必要はない。

 

 気合いを込めろ。

 

 力を尽くせ。

 

 根性を見せろ。

 

 まだ戦える。

 まだ強くなれる。

 

 

 ――――まだこの身に、限界は訪れない。

 

 

 

「きやがったなオラァッ!!」

 

 

 至近距離に踏み込んだマーガレットへ男が聖剣を振り下ろす。

 

 遅い。

 

 あまりにもとろくさく感じる一撃。

 

 だってそう、すでに彼女の実力はそれを凌駕している。

 

 

「――――ふ、ははっ」

 

 

 笑みが漏れた。

 

 剣を振り抜く。

 

 何倍も速く、何倍も重く、何倍も無様でありながら何倍も激しい斬撃を。

 

 

「あはははははははッ!!」

 

 

 

 届かせた。

 

 

 

 

 

 その瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――あ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぱきん、と。

 

 

 

 まるで鏡が割れるように。

 

 

 熱い夜の夢から覚めるように。

 

 彼女の握っていた剣は、彼女自身の操る威力と速度に耐えられず自壊した。

 

 ……ああ、そうとも。

 

 身体はまだまだ万全だ。

 文字通り彼女は限界を越えてみせた。

 

 壊れるはずだった器はこの通りたしかな形を保っている。

 

 ならばこそ真の意味での限界など、最初から彼女には存在しなかった。

 

 あるとするならば、それは――――

 

 

「――残念だったなァ、マーガレットォ」

 

「――――――――」

 

 

 その手に握った、得物だけだ。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 刀傷は一方的に増えていく。

 

 五体どころか五臓六腑、骨肉神経すべてを掌握したクリスティアナは剣士として最上と言っても過言ではない境地に立っている。

 

 マーガレットとの決闘ではこうもならなかった。

 当然だ。

 彼女との死合いにおいて、クリスティアナの心が酷く落ち着いたままであるワケがない。

 

 怒りに身を任せればその実力がどれほど高いモノであれ隙を生じさせる。

 

 故にこそ少女の本質は冷静にして沈着な男との死合いに真価を発揮した。

 

 その心を明鏡止水のごとく落ち着かせる人間であればあるほど。

 彼女との縁が離れていればいるほど。

 

 なんの思い入れもなければないほどに、クリスティアナは優位に立つ。

 

 剣士としての才能というよりは人斬りの才能と言って良い。

 もっと言うならば辻斬りの素質だ。

 

 ひとつの出会いにひとつの命を奪う。

 

 もしも彼女がそれを淡々とこなせる女傑であったなら、希代の悪党にすら成れていたろう。

 

 ――――だが。

 

 嗚呼だがしかし。

 

 その刃に込められた想いを知る術を持った彼女は正しく道を踏み外した。

 

 すなわちそれは人斬りというには特化しすぎていて、辻斬りというにはあまりにも正々堂々としたヒトの性質。

 どういう想いがあろうとなんの縁があろうと、その心を制御して冷たく凍てつく刃を振るえる人間への絶対性。

 

 ――――剣士殺し。

 

 それこそが、クリスティアナの本質にもっとも近い。

 

 

「――――――ッ」

 

 

 その点で言えばアッシュバルトは酷く相性が悪かった。

 

 彼は剣気を纏えるほどの境地に達さなかったと言えど、直情的な心を抑制して、痛みによる思考の阻害を意図的に断ち切れるほどの熟練者だった。

 

 故にこそ刃はいつだって冷静で、動きはどこまでも正確になる。

 この勝負がはじまった瞬間から、一度もクリスティアナの神経を逆撫でする真似などしていない。

 

 できるハズがない。

 

 なぜなら彼はただ真摯に、その剣を打ち合わせることだけをするのだから。

 

 

「――――――――」

 

 

 剣気をまとって獣が駆ける。

 

 金色の毛髪はまるで鬣のように広がり、碧色の瞳が尾を引いて光と揺らぐ。

 

 さながら血に飢えた獅子のようだ。

 

 違うのはその動きが徹頭徹尾ニンゲンの形を利用したコトと、

 人間でなければ成し得ない駆動を実現させているコト。

 

 ――訂正しよう。

 

 それは、正しく修羅道に生きる剣狂い。

 

 

 〝――どう出る。少女と言えど技術は私よりも上だ。侮れない。先の一撃、胸を裂いた動作は間違いなく一度の踏み込みで二度剣を振るっていた。不完全な技だったようだがそれでも脅威――――〟

 

 

 だが、だからこそ二度目はない。

 

 タネの割れた手品などそう怖くもない。

 ましてや自身の足首を砕くほどの練度不足な技。

 

 無理をしてでもくり返すようならそれこそ狙いどころだ。

 

 

「――――――ッ」

 

「――――――――、」

 

 

 ひと呼吸。

 

 金色が地を駆ける。

 

 

大きく一歩。

 

わずかに一歩。

 

右へ逸れて一歩。

 

緩く一歩。

 

跳ねるように一歩。

 

左へ速く曲がるように一歩。

 

 

一歩、一歩、一歩、一歩――――

 

 

 〝――――その程度で、目を狂わせようなどと〟

 

 

 呆れ果てる。

 

 見くびられたものだ、と彼は静かに剣を握り直した。

 

 実力の証明だ。

 完全に見切ってやろう。

 

 できないことはない。

 

 なぜなら彼はこの程度の技術を、過去に飽きるほど見ていて――――

 

 

 〝――――いや、待て。思考を止めるな。それは正しい判断ではない。奴ならば、ただ歩幅を乱した疾走でどうにかするか――――〟

 

 

 胸中の判断が否とさせる。

 

 理屈、理論ではない。

 現実にその予兆は見られない。

 

 いわゆるここぞという場面での経験からくる勘が冴えた。

 

 

 ――少女が跳ねる。

 

 

 片手で振りかぶった剣はそのまま打ち下ろすだけで良い。

 

 ちょうど身体の後ろが日差しの位置と重なった。

 

 剣が来る。

 

 剣が来る、

 

 剣が、

 

 

 

 

 

 ……さて。

 

 

 では、そこの、一体どこに剣がある?

 

 

「!!」

 

 

 持ち上げた右手にはなにもない。

 

 握る指は形だけだ。

 肝心な得物がすっぽり抜け落ちたように跡形もなくなっている。

 

 

 〝――――成る程。だが巧い〟

 

 

 あのまま迎え撃とうとすれば斬られていた。

 

 そのことに冷たいモノを感じながら柄を握る。

 

 わざわざ放つ一撃を片手で握っていたのはどうしてか。

 

 簡単だ。

 

 ――――反対の手に、背後から回された剣がある。

 

 

「――――へぇ、気付きましたのッ!? 鋭くってよ!」

 

「偶然だ。すんでのところだった。付け焼き刃にしてはよくやる」

 

 

 

 実は密かに練習していた。

 

 あの日、はじめて魔剣を受けた母との打ち合い。

 

 アレは細剣だからこそ出来た部分もあったろうが、剣気を活用して強引に模倣するのは幾分か楽なコトだった。

 

 

「ふふっ――――」

 

「――――――、」

 

 

 刀傷はアッシュバルトのほう、彼にだけ一方的に増えていく。

 

 彼我の実力差は明白だ。

 

 クリスティアナは剣を握ってひと月すら経っていない。

 経験だけでいうなら断然彼のほうに軍配が上がる。

 

 問題は、その経験では埋められないほどのデタラメがこの少女に宿っていたこと。

 

 

「――――――ッ」

 

 

 太刀筋は鮮やかだ。

 

 ときに鋼の重さを利用して叩き、

 ときに刃の鋭さを利用して裂き、

 ときに剣の長さを利用して突いてくる。

 

 適わないと、そう判断するのに時間は要らなかった。

 

 わずか十六の少女に押されている現実はなんとも惨たらしい。

 認めたくない事実は容易く人の心を熱させ、思考の冷たさを奪う。

 

 それはアッシュバルトも例外ではなかった。

 

 思わず否と唱えはじめた心。

 あがりはじめた体温を感知して、すぐさま彼はハッとした。

 

 

「――他人のことを思うでもなかったか」

「…………、」

「私も青い。取り繕っても変わらぬ。恥ずべきことだな」

「……そうでしょうか?」

「そうだとも。故にこれは、我が失態への罰だ」

 

 

 どすん、と。

 

 言いながら彼は自分の腕を突き刺した。

 襤褸切れじみた神官服に赤い染みが広がっていく。

 

 ……もっともそれは今さらだが。

 

 なにせ先ほどまでの斬り合いで彼の服は裂かれ破け血に塗れている。

 辛うじて無事だった白色が無惨にもあっという間に減っただけだ。

 

「あなた……」

「礼を言う。ヴァルトーレ。貴様との戦いは糧とするものが多かった。心より感謝しよう」

「固い言葉は嫌いですわ。言うならもっと素直に言いなさい」

「――あぁ。であるのなら、私は最早矜持や誇りなど背負う真似はできまい」

「………………?」

 

 空気が変わる。

 まとっていた雰囲気が一気に濁った。

 

 彼は遠く、二十メートルは先でゆったりと刃を構える。

 

 ……なんだろう。

 

 なにか、見落としてはいけないコトを忘れているような。

 

 

 

 

「――――聖銘。我が意に散れ、レイシレクト」

 

 

 

 

 空を切るように刃が払われる。

 

 その言葉、動作、刃から発する光でクリスティアナは思い出した。

 

 それは。

 そう、彼が握るその剣は。

 

 

「聖け――――」

 

 

 言葉が途切れた。

 

 最後まで言えない。

 

 肌が切れる。

 肉が裂ける。

 血が噴き出る。

 

 

 ――――なぜ?

 

 

「ッ――――――、ぃ、ぁッ……!?」

「謝罪しよう、ヴァルトーレ。これより私は剣士ではない。これより私は敵ではない。――――貴様を処理する、ただの愚かな人間だ」

 

 いま一度、遠く離れたアッシュバルトが剣を振るう。

 

 刃は届かない。

 射程は足りていない。

 

 およそ二十メートル。

 

 母親のような魔剣(バグ)を使ったのならともかく、彼にその素質はなかった。

 故になにがどうあれ普通の剣で彼女に傷を与えられるハズはないだろう。

 

 ――――普通の剣なら、だが。

 

 

「ぐッ――――――――!?」

 

 

 裂傷が走る。

 

 熱となった痛みが起こる。

 

 見えない攻撃。

 遠距離からの被弾。

 

 それは剣筋をなぞるようにではなく、彼女の身体全体を狙うようだった。

 

 少なくとも斬撃をそのまま飛ばしているような代物ではない。

 

 だが予備動作はその剣を振るうこと。

 そこは聖剣故に起動の引き金となっているのかもしれないが――――

 

 

〝――――当たるというコトは、そこに在るというコト〟

 

 

 三度目の刃が振り上げられる。

 

 何度も何度も黙って喰らっているワケにはいかない。

 

 痛む身体を押して起き上がり、彼女はそのまま近くの壁を拳でぶち抜いた。

 

 

「――――――、」

 

 

 剣気をまとった一撃。

 

 壁は瞬く間に粉砕され瓦礫へと変わり果てる。

 

 不可視の斬撃は正体こそ分からずとも絞ることは可能だ。

 

 なればこそ、この状況が彼女の出した咄嗟の策。

 

 

 ――――砂塵が舞っている。

 

 

 そこを、

 

 

 〝――――来た〟

 

 

 突き抜けるようにしてかきわけてくる、無数の小さなカタチ。

 

 

 〝風の刃かしら? 分散して放たれている? それなら――〟

 

 

 防御は容易い。

 

 

「――――この通りッ」

 

 

 手中で剣を回して悉くをは(・)じ(・)き(・)落(・)と(・)す(・)。

 

 円を描いた刀身は砂塵ごと見えない刃を吹き飛ばした。

 

 握り直してひとつ微笑。

 

 この程度ならばなんてこともない、とクリスティアナは笑って。

 

 

 

「否。それは真実ではなく、付加価値に過ぎない」

 

 

 

 ごぼっ、と。

 これまで以上の、とめどない、大量の血を吐き出した。

 

 

「――――、――――? ――――――――!?」

「……答えは秘そう。息の根を止めるまで油断はしない。ヴァルトーレ。それが剣士としての味を私に魅せてくれた、貴様への礼儀だ」

 

 

 予想はまるっきり外れた。

 

 風なんてものではない。

 

 この男の聖剣は――――もっと別種の、搦め手に寄ったモノだ。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

「……なんだかな。俺はそういう気分で闘技場を抜け出したんじゃないんだけど」

 

「心配いらねえよ。テメエは俺たちが潰す。それだけの話だ」

 

「スカした坊ちゃんだなあ。分かってんのかよ、状況。それとも噂通りの馬鹿なのか?」

 

 

 

 

「――だから、そういう気分じゃないっていうのに」

 

 

 







》異教徒おじさん
諦めない折れない挫けない。最高だなこの女!(彼はちょっと女性の趣味がおかしかった)


》ヒロインちゃん
強くなりすぎて先に武器が駄目になりました。剣「そんなに振り回したらわたしこわるる~^」アッ(絶命)


》悪役令嬢
こいつこんな変態機動しておきながら足首イッてんだぜ(なお痛みを押し殺して無理やり肉体掌握操作してなんでもないかのように戦闘続行)魔剣の話はまだできない。


》冷徹紳士
聖剣。スナァ…
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