彼女は無茶を通した。
無理を承知で常識を打ち破った。
火炎を裂く技術はなくとも強引に切ることを意志の力で可能としてみせた。
それは人の力だろう。
目に見えないものを信じるが故に人は強く、また目に見えるものに固執するからこそ人はどこまでも粘りを見せる。
諦めないという心。
負けられないという信念。
自分こそが強いという絶対の主張。
意思は固く、想いは大きく、勝利への執着は十二分。
――――それでも、届かない時があるらしい。
「――――ッ、…………!!」
「なァどうする? どうしようかねェマーガレット。衣装はどこで拵えるのが良い? どういうのが好みだ? 式はどこで挙げる? 考えるだけで胸が躍るなァ。そうだろう俺の愛しき花嫁よォ」
「誰――ッ、が、……!!」
「いい気概だが、そろそろ認めちまえ。そんなカラダでなにができる? 折角の結婚相手なんだ。俺もできれば深手を負わせたくはねェ」
暗にいまの彼女は深手ではない、と言っているかのようだった。
そんなハズはない。
少女の右腕は引き千切られている。
全身は火傷と裂傷で見るも無惨な状態だ。
両足の甲には剣を突き刺したような穴と、ひときわ強い火傷の痕。
あれでは立てまい。
ろくに力を入れることすら不可能。
そうして動きを封じられた少女に為す術はなかった。
いくら心が折れずとも身体がついていかなければ意味がない。
いくら強くなろうとも傷が増えていけばいずれガタがくる。
単純な力であればすでに少女は男を上回っていた。
けど勝てない。
剣が持てない、足が動かない。
人の持つ自然治癒力では到底傷を癒やせない。
「――――――ぐ、げほッ、ごぼっ」
あるいは。
彼女はその才を以て圧倒した。
その技術を以て彼我の実力差を鮮明に押しつけた。
経験など無意味。
同じ道を歩んでいる者として、決して辿り着けない境地を見せつけられる残酷さ。
それまで一度も剣を握ったこともなかった少女は、たったの数日で並の努力を追い抜いた。
なにも知らなかったはずの少女は、たった一度母親の人間離れした業を視て、その身に受けただけで扱いを覚えた。
苦戦するなど以ての外。
彼と彼女の間にあるのは広がるだけの現実だ。
決して後れを取ったつもりはない。
油断や隙を曝したというワケでもない。
――――ただ、相手には相手のやり方があったというだけ。
「げぼッ、ごぼッ、――――ぅ、あッ、おぉッ――」
「最早それまでだ。私の聖剣はおまえの人体を完膚なきまで切り裂いていく。理解が追い付かないだろう。正体を掴めぬだろう。だがそれでいい。知られれば対応される危険がある。――そのままなにも知らず、私の鎌にかかれ。ヴァルトーレ」
「――――ッ、げ、ごほッ、えほッ、おぇええッ――――」
吐き出す血が止まらない。
苦悶に表情を歪めながら体内に意識を向ける。
いつの間に受けたのか。
中身は外と同様かそれ以上の裂傷だらけだ。
血管がそこかしこで断線している。
胃にも肺にも太い針でくり抜いたような穴がボコボコと空いていた。
――それはもちろん、心臓にだって。
本来なら致命傷。
むしろ意識があるだけ、息をしているだけ、そこで動いているだけおかしい異常事態。
……彼女が剣気を使えなければ。
肉体の掌握なんて真似ができなければ文字通り即死だった。
噴き出す血液以上の血を生成して、それを漏れながらも普段の何倍何十倍という勢いで全身に送って巡らせて、弱る心肺機能と身体を必死に己の意思で操作してやっとこの瞬間を保っていられる。
「いま一度くり返そう。感謝を。クリスティアナ・ヴァルトーレ。貴様のような剣士と刃を交えられたことを、私は誇りに思う」
剣が振られる。
断頭台の刃が迫る。
逃げられない、避けられない、防げない。
手に持つ剣を動かす力すら身体には余っていなかった。
生きるので必死だ。
命を繋ぐので精一杯だ。
それなのに。
それなのに――――あんなデタラメな、なにがどうなっているか分からない攻撃を捌くなんて。
到底、いまの彼女に、できるハズがない――――
「――――――――ッ」
「――――――――、」
……離れに離れた闘技場と校舎で。
ふたりの少女が血を散らす。
どちらも勝ちにはほど遠く、どちらも身体は傷だらけ。
満身創痍の肉体が結果を物語っているようだった。
すなわち、この場における勝者は――――
◇◆◇
――――ほう、とひとつため息をつく。
あからさまな気配と敵意。
隠す気もない殺気をあてられて、ライセスは呆れるように足を止めた。
校舎の廊下。
クリスティアナが戦闘をしている場所よりやや離れた位置。
本来なら誰も居ないはずのそこに――けれど、ふたつの影がある。
ひとつは彼の前方から。
もうひとつは挟むように後方から。
どちらも神官服を着崩して、腰にぶら下げた剣を手にライセスを睨んだ。
「ライセス・ベルリオンだな。悪いがテメエ、ここでぶちのめすぜ」
「その聖剣はオレたちがいただく。悪く思うなよ、これも我らが神、魔導神クロウ様からの有り難いお告げってことだ」
「……これはまた。随分と物騒だね。学園はいつから町の路地裏になったんだ」
「言われてるぜチンピラ。掃き溜めのゴロツキだとよ」
「誰がチンピラだ、コラ。お前のことだろぉがよぉお前のぉ?」
やいのやいのと自分を挟んで会話するふたりを眺めながら、いま一度ため息をこぼす。
立ち居振る舞い、手足の動き、些細な動作や視線の移動。
それらをくまなく観察して探ってみたところ、明らかに彼らは剣士ではない。
剣気の起こり、刃を握る際の手の慣れ、微かな筋肉の動作がまったく違う。
おそらく普通に戦えば勝負にすらならないだろう。
「……君たちはあれかな。漫才でもしているのかい?」
「違ぇ。おいバロード。テメエのせいで見くびられてるじゃねえか。どうすんだ」
「あァ? オレのせいかよぉ? そりゃあないぜ、ヴァンス」
「どうすんだって訊いてんだ。テメエ耳ついてんのか。それともその顔の横についてるモンは飾りか。このままだと俺らは王子様の前に現れた
「んなワケねえだろッ! おまえなぁ、こいつはコレでも一時は一国の次期主だったんだぞ。神官服に
「さあ、どうだろう?」
ニコニコと笑いながら返すライセス。
その表情には一切の害意――敵意とか殺意とか――が含まれていないのが見てとれる。
当然それは彼らにとっても同じだった。
「……なぁヴァンス。オレたちもしかして嘗められてんのか? 挑発されてんのか?」
「だから言ったじゃねえか。見くびられてるんだよ。もう一度質問をしてやろうか?」
「いいや、良い。ああ良いさ。良いとも。そうかそうか。温室育ちのお坊ちゃん、帝国の第一王子がオレたちのことを芸人と……」
「いやそこまでは言ってないよ?」
「オレたちのコトを売れない一発屋のッ、しみったれた路地裏で生きるような大道芸人とッ! そう馬鹿にしてんだなぁてめえッ!!」
「いやだからそこまでは言ってないだろう??」
本当にそこまでは言っていない。
路地裏云々とは呟いたがそれはあくまでものの例え。
直接彼らをからかって路地裏の大道芸人と貶したワケではないのだ。
そもそも誰の目からどう見ても事実芸人と呼べるような服装ではないのだし。
「そりゃあ許せねえッ! 許せねえよなァ!? ヴァンス!」
「勝手にしな。テメエひとりで怒ってやがれ。俺は俺らしくやるだけだ」
「ヴァンスッ!!」
「ふふっ。なんだい、本当に芸人みたいじゃないか。君たち」
「おいおい冗談きついぜぇ!? ――――その余裕、いつまで続くかよぉ」
「!」
駆けるのは同時だった。
前後からの挟撃。
引き抜いた聖剣が構えられる。
距離にして十メートルほど。
疾走の速さはそこそこだ。
ライセスのもとへ到達するまでそう時間はかからない。
……が、それはあくまで普通の人間を基準にすればの話。
「――――おっと」
とん、と蹴り抜いてライセスは身体を跳ね上げる。
その場で行ったにもかかわらず五メートル近い跳躍。
交錯は一瞬。
接近は速攻。
だがそこに合わせられない彼ではない。
――クリスティアナにぶつけた剣気は、嘘でもハッタリでもないということ。
「にゃんだとう!?」
「……チッ。ふざけてんのかテメエ、バロード」
「ふざけてるワケあるかぁっ! こちとらそれなりにガチだぞガチ! もう一本、新しい聖剣を手に入れる機会だ! おまえこそ分かってんのかよ!?」
「分かってるから
「オレのせいか!? それ本当にオレのせいか、なぁ! ヴァンス!?」
がきん、と空ぶった剣を交えながらコメディアンが騒ぐ。
不意の回避にも慌てずお互いを傷付けない立ち回りをしたのはライセスにとっても意外だった。
それこそ彼自身が知らない部分でふたりを見くびっていたのだろう。
へぇ、と感心しながら少し離れた場所へ着地する。
「ちぃっ、ヴァンス! 絶好の位置関係だったのに逃がしたぜ! あーあ折角のところをよぉ!」
「自業自得だ。テメエでケツを拭くんだな。せいぜい苦しめ、バロード」
「冗談言うなよ。わりと此処、真面目だぜオレぁよ。――分かってんだろ?」
「わざわざ格好付けてんじゃねえ。当然のことを訊くのは野暮だってな」
「はいはい。そんじゃあまあ、ひとつマトモにきっちり往くぜ、馬鹿王子」
「……なんだろうな。君たちにそう言われるのは心外だ。ヴァルトーレ公爵令嬢に言われるならまだしもね」
ぐっと拳を握り締める。
怒りではなく、偏に己の心を
余計なコトを考えてはいけない。
それこそいまこの場にいない誰かへ意識を向けるほど愚かな真似もなかった。
――――ひとつ、切り替えるような吐息。
腕輪のはまった右手を水平に掲げながら、ライセスは密かにその銘を呼ぶ。
「クインドレス」
装飾品が変形する。
握りしめるは黄金の柄。
鍔にはめられた宝石は澄んだ碧色。
刀身に走る光の紋様と、煤けたように散らばる空の向こうの夜の霞。
極めつけは得意すぎるその形だ。
持ち手を中心にして上下両方に伸びる刃は一般的な剣とは言い難い。
「なんだよちゃっかり持ってるじゃねえか。ほら、そいつをさっさと寄越しな。
「じゃあ、嫌だって言ったら?」
「当然力尽くだなぁ。そうだろヴァンス?」
「言うまでもねえだろうに。……そしてテメエ、ひとつ親切心から忠告してやるが」
「……ふぅん。なんだい?」
「テメエは俺たちのことを甘く見過ぎている。それは間違いない事実だ、タコ」
――直後。
遠く離れていたヴァンスの姿は消えて、ライセスは背後から気配を感じ取った。
瞬きもしていない。
意識を逸らしたのでもない。
本当に次の瞬間、言葉が途切れたと思ったとき。
――――振り向けば。
すでに放たれた斬撃が、彼の首を刈ろうとして――――
》ヒロインちゃん
ボロボロ。満身創痍。身体動かない。どうやって勝とうかなって思いながら地面の上を這いずり回ってる。イチモツ噛み千切る系女子。
》悪役令嬢
ほぼ死にかけ。南無三。魔剣も持ってないのに聖剣相手にそうそう勝てるワケがないのです。現実は非情。
》王太子
上記二人をぼこした仲間たちと遭遇。二対一。ふたりに勝てるワケがないだろ!(聖剣)の挨拶をくらう。うーんこの。