――すなわち。
聖剣とはただの人が神域へ手をかける資格であり、
魔剣とは人の域を逸脱した異常者が持つ証明だ。
道具と技術。
異能と現象。
対極に位置するそれらは、しかしどちらも選ばれた者だけに与えられる。
先ずは前者。
これは単純な担い手の問題だ。
適合者でなければ聖剣の本質は発揮できない。
例えどんなに強力な
生まれ持った素質がある者にのみその資格は手に入る。
次に後者。
これには聖剣を扱う以上の素質と時間を要した。
人並み外れた才覚を持ちながら、それに胡座をかくことなく精進する。
言うは易い。
だが実際に行うのは想像以上に難しい。
微かに剣気をまとえるだけでも相当だ。
その上で魔剣を会得するまで鍛えるとなれば時間は十年単位で消費する。
剣気と魔剣。
これらが世間一般に知れ渡っていないのはその特異性と、なにより会得したものが俗世との関係を断ち切っている場合が多いからだろう。
人ひとり。
己の人生総てをかけて我が剣を最上とするのなら人の世になど居られない。
もっと言うなら、人としてマトモな生き方など出来るはずがない。
故にこそ、その業は人智を超越する。
故にこそ、それらは本来交わるようなモノではなかった。
なにせ辿る道が違う。
適合者であれば聖剣を掴んだ瞬間に力が宿る。
そのときにはすでに全てが完成している。
だが魔剣とは生涯をかけて会得するべき先のコトだ。
剣気を宿して修練に励み、妄執とも呼ぶべき繰り返しのはてにそれを成す。
手に入れた道の後と、手に入れるまでの道の途中。
どうあっても、なにがあっても、それらが決して交わることはない。
――――もっとも、これは全部その担い手が〝普通なら〟という注釈がつく。
……すなわち。
聖剣とはただの人が神域へ手をかける資格であり、
魔剣とは人の域を逸脱した異常者が持つ証明だ。
――――だが例外は存在する。
「…………なに?」
斬撃を阻まれる。
背後からの強襲。
意識の隙間をぬうように放たれた刃をライセスは受け止めることができない。
彼の首は無惨に飛び、相手の実力を浅く見積もったコトを後悔する間もなく死ぬ。
そのハズだった。
――であれば。
「――――ははっ」
目の前で剣を合わせ、くすりと笑うこの男はなんだ?
「テメエ……」
「たしかに甘く見過ぎてた。忠告どうも、ありがとう。恩に着るよ」
「――――バロードッ!!」
「分かってらァ!!」
咄嗟に蹴りを放って距離を取る。
剣で防がれたがそれはどうでもいい。
いまは目の前の人間をどう処理するかが問題だ。
ライセスは変わらずくすくすと笑っている。
手に握られた聖剣にはまだ神秘の気配がない。
おそらくは能力も発動していないだろう。
「いくぜ聖銘ッ! 我が意に揺れろぉ! アプロガノンッ!!」
「!」
しゅるり、と
光に照らされて妖しく輝く切っ先が形を忘れたように宙を這う。
しなる刃は
紐か、帯か。
比べるとしても針金のほうがまだ固い。
「これは――不思議だね。随分とかわいらしい聖剣だ」
「へっへぇ。だろぉ? カワイイだろぉ? オレもそー思うのよ! 世の中のむさ苦しい野郎どもはこのカワイさってモンが分かってねぇんだよなぁ!」
「バロード! テメエ、要らねえことばかりべらべらと喋ってるんじゃねえ!!」
「ばっか! なにが要らねえことだって? オレの
「やっぱり面白いな、君たち」
「ほんとかよぉ!?」
ギッと、バロードが聖剣の柄を握りしめる。
伸びた刃は流れるように漂っていた。
ライセスもヴァンスも触れはしない。
なにせ見るからに異様な鋼鉄の輝きを持つ紐のような刀身。
そこに一粒の警戒心を抱くのは彼としても当然で、
「だが、お陰様で好き勝手できたようだな。気付いてねえのかお坊ちゃん」
「……うん? なにが――――」
「おまえすでに、刃の結界の中にいるぜ」
ぶわりと浮き上がる張り巡らされた刃糸。
柄を握ったバロードが勢いよく、まるで魚でも釣るかのようにその剣を引き寄せる。
さながら結んだ紐を、解けないようかたく絞めるみたいに。
「三百六十度全方位からの斬撃だ! 大人しくバラバラになれやッ!!」
聖剣アプロガノン。
その刀身はしなやかに空へ舞い、枝葉のように風にさらわれ、刃と思えぬほど柔らかい。
だが切れ味は不変だ。
たとえ蜘蛛の巣みたいに広がっていたとしても、たとえ紐のように揺れていたとしても、そこには刃として持っていて当然の殺傷能力が宿る。
それこそが本質。
聖剣として保たれた鋭さはどんな状況、どんな状態からでも同じ。
「――――そうか、成る程」
だからどうした、とでも言わんばかりに。
「…………は?」
ほう、と小さく息が洩らされる。
ギリギリと締めつける刃。
流石といったところか、聖剣は学園の制服を裂いていた。
あれでは傷は免れない。
肉に食い込んで繊維を断って、きっと大量の血が出ているはずだ。
無事なワケがないだろう。
なんでもないコトはないだろう。
――――なのに。
それなのに。
当たり前のように刃を掴んで、呆れたように刀身を受けるアレは、なんだ?
「でも、わりと当たってる。やっぱり君らは俺の脅威じゃない」
「オイオイオイ……! ボケた事ぬかしてんじゃねぇぞ! どんな手品だそりゃあッ!」
「証明でもして――――」
――――瞬間、ライセスの肩に衝撃が走った。
微妙な違和感。
おかしな感触。
そこに向けて放たれたというより、すでに在ったという感じの一撃。
似たような状況は二度目だった。
ついさっきと同じく。
くるりと彼が振り向けば、振り下ろした刃をそのままにしたヴァンスが目を見開いている。
「――――テメエ」
「……みせよう、と思ったんだけど。もう十分みたいだ」
「なんの真似……いや、なんだ。そいつは」
「なんでもないよ。ただ俺はそうで在るだけ」
不意をついた一撃。
身体に巻き付く聖剣の刃。
驚くべきはそれらを防御したコト――ではなく。
それらを受けて掠り傷すらついていない、彼自身。
「苦手というか、大変なんだよ。油断するのって」
「……言ってる意味が分からねえ」
「俺は常に剣気がまとわりつくから。抑えるのが大変なんだ。完璧に内側に引っこませなくちゃロクに傷もつくれない。本当辛いところだよ。だからいつもは皮膚にとどめてる。そこなら負担がまだマシなほうだから 」
「だから、意味が分からねえと言ったが」
「わざとじゃなきゃ傷は負わない。そう言えば満足かい?」
己を縛り付ける紐を掴む。
本来ならズタズタに手が裂かれ指が切れ落ちてもおかしくない蛮行。
それを可能とするのは偏に彼が彼であるため。
――――生まれたときからそうだった。
幼少よりもっと前。
母親の胎内に居るとき、彼にはすでに剣気が宿っていた。
人間としても生き物としても異例の事態。
本来なら母体にすら悪影響を及ぼしていたはずの状況は、けれど現皇后のミスティアが剣気を扱えるというコトが幸いして無事だった。
……問題が発生したとすれば。
彼の才能はそんな段階で終わることなく、年を重ね力をつけるに連れ肥大化していったコトだろう。
「瞬間移動とはまた違うようだ。残っただけの空気の流れがある。……ああ、そうか。君、時間を止める聖剣かな?」
「――――――」
「当たりだね。君たち特有の聖銘が聞こえないようにしていたのもわざとかな、それじゃ」
「……タネが分かったらどうする? どうにかできるのかよ、テメエが」
「できるさ、もちろん。俺を誰だと思っている?」
「――――あぁそうかよッ!!」
イザヤは彼を化け物と呼んだ。
それはあながち間違いではない。
ライセス自身もそれを半ば自覚している。
本当に、純粋に、心から不思議で不思議でたまらない。
理由を思えば当然なのだが、一体どうして――自分はこんな風に生きられているのだろう、と。
「聖銘、我が意よ止まれ――クロスレイズ」
停止した時間に/
――――世界が晴れる。
時は動き出した。
硝子みたいに砕けた空間は切り落とされたみたいにさっぱりとない。
「
「――――なんだ、テメエ?」
「ベルリオン帝国第一王子。ライセス・ベルリオンだ。覚えてくれなくてもいい」
「そういう意味じゃあ――――ねえッ!!」
いま一度ヴァンスの聖剣が振りかぶられる。
彼我の距離は目と鼻の先。
避けるには近すぎる。
防ぐには剣が回しきれない。
なにより、
「聖銘――我が意よ止まれッ!」
「――――いいよ、そのぐらいなら」
「クロスレイズッ!!」
得体の知れない、見えないナニカが割れる音。
――――直後、胴体に走った衝撃にヴァンスは悟った。
痛みよりも先にすっきりとした鮮明さを覚える感覚。
視界の端にはブラブラと千切れて舞う己の臓物。
空を飛びながら離れていく下半身。
苦しくはなかった。
恐ろしくもなかった。
ただそこには無情なだけの、淡々とした死の末路がある。
悲しみの涙も、嗚咽も、叫びも起こることはなく。
男は腰を基点に二つへ別れて息絶えた。
「――――あ……? なんだ……――ヴァンス?」
「さてと」
くるりと〝ソレ〟は振り向く。
傷はない。
血は出ていない。
怪我なんてひとつもしていない。
斬り合いが始まる前となにひとつ変わらない。
貼り付けたような笑顔のまま、ライセスは一歩踏み出した。
「次は君だ」
「なんだよ……おまえ、待てよ。おい、オイオイオイ……! なにがッ」
「待たない。先に仕掛けてきたのは君たちだ。それにこう見えて用事がある」
「――なんなんだおまえッ!!」
聖剣が振るわれる。
紐のようにしなる刃が身体に巻き付く。
それだけで常人なら細切れ。
鍛錬を詰んだ剣士ですら致命傷だ。
優れた腕を持っていても、相応の強さがあろうとも聖剣には適わない。
どこかのふたりがそうだったように、剣気が使えても根気があっても簡単には届かない。
ならばそれは、どこに位置する高みなのか。
「残念だけど俺を傷付けて良いのはこの世界でただひとりだけだ。それ以外には許可しない」
「――――――――この、化け物がよ」
「否定はしない。でも、こんな俺を人間扱いしてくれる人もいてね」
例えばそう、間違ったときに叱るように。
容赦なく同じ生き物として殴り込んでくるように。
どれだけ規格としての差があろうとも関係ない、と言わんばかりに。
「それなら一応、俺は人間なワケだ。だからこうして人らしく振る舞ってる」
握りしめた刃糸が砕ける。
折れない、毀れない、壊れない。
それは聖剣が他と一線を画す性質だ。
同様である聖剣との打ち合いでは揺らいでしまうが、他の刀剣ならば圧倒的なまでの優位性を保つ。
それを、この生き物は。
「忠言ありがとう。少し手加減しよう。先ほどみたいに殺しては、誰かに怒られそうだ」
……それは誰も知らない彼の正体。
人間というにはあまりにも逸脱した、生まれながらの命の頂点。
――ライセス・ベルリオンは、この星に於いてすべての生命体を相手にしても問題ないほどの規格外だ。
》タイトル
直近二つが誰に向けてのものかという話。相手が悪すぎた。
》王子様
ネタバレ。要するに究極の一的なアレ。濃密な剣気で皮膚が固い(この星に存在するすべての物質で傷付かない)内側は剣気が凝縮されてもっと固い(外を越えても無理)シンプルに強い(トップクラス)おまけに聖剣持ちの魔剣アリ。なんでこれが一国の王子もとい人間やってるんですか(震え声)
》襲撃者
南無三。こんなんどうしろと