悪役令嬢、怒りのあまり剣に狂う。   作:4kibou

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25/気付いちゃった?

 

 

 

 

「――――、――――」

 

 穏やかな顔で眠る男を背に、クリスティアナは剣を支えに立ち上がった。

 

 内側の傷はまだ完治していない。

 口元からはとめどない血がこぼれている。

 

 ……それだけではない。

 

 彼女の人体を破壊した魔剣の代償は傷以上だ。

 

 腕が肩の辺りから千切れて繊維が見え、骨が外気に触れている。

 足は殆どくっついているだけだ。

 歩くのも立っているのも、この場にある聖剣製の回復薬と剣気を纏えていなければ出来てない。

 

 文字通り命を擲った一刀。

 

 本来ならば人生に於いて一度きり。

 自身の焼却を糧に放つ極限の業は彼女を破壊し尽くした。

 

 いま辛うじて立っていられるのは、幸運以外にないだろう。

 

 たまたま周囲に薄青色の回復薬が溢れていて、たまたま事切れる寸前にその効果が回っただけ。

 

 ……だが十分だ。

 

 重苦しい聖剣を引き摺りながら講堂を後にする。

 一戦終えたからといって満足している暇はない。

 問題はまだ解決さえしていないのだ。

 

 アッシュバルトと戦う直前。

 

 遠くから伝わった震えの位置がどこか、見当はすでについている。

 

 闘技場。

 

 ちょうど聖剣祭の開会式を催していたところだったろう。

 狙うならばそこしかない。

 

「あうっ」

 

 ばたん、と倒れるか弱い公爵令嬢。

 

 先ほどまでの威厳も実力もどこへやら。

 

 ……聖剣との相性がよっぽど悪いからか、それとも特殊な要因での負傷だからか。

 

 妙に怪我の治りが遅い。

 

 アッシュバルトの聖剣につけられた内傷は塞がっている。

 問題は魔剣の反動でボロボロになった己の身体だ。

 

 いまの彼女は羽をもがれた鳥に等しい。

 

 飛ぶための翼を折られた憐れな生き物。

 まともに動く(とぶ)ための手段がないので、仕方なくズルズルと床を這う。

 

 ちょっと慣れたからだろうか、意外と進みは早かった。

 

 この分だと闘技場までいけなくもない。

 

(ち、ちくしょうですわ……! わたくしが、こんな、惨めな真似を、するだなんてッ)

 

 ずるずる、ずるずる。

 

 制服が汚れるのも構わず手を動かす。

 床には自然と血の跡が広がっていく。

 

 それでも行かなければなるまい。

 

 なぜだか嫌な予感がする。

 胸騒ぎというものだ。

 ここで楽に気を失って倒れてもいいが、そうなると酷く不味い状態になると。

 

(それに、なにより――――)

 

 傷の治りを見て思い返す。

 

 別に、とくに気にしていたワケでもなかったが。

 

 どこかの誰かさんは彼女よりずっと治癒の効果が早かった。

 同じタイミング、同じ要領で回復薬を浴びたというのにだ。

 

 ――ならばこそ、その答えはとっくの昔から出ていたというコトだろう。

 

 クリスティアナは聖剣を扱えない。

 その証拠に治癒の力が遅く拙い。

 

「――――あの女のために動くのは癪ですがッ、会場にはお父様も、お母様も、いらっしゃっておりますので……ッ! 仕方、ありませんわ、ねぇッ!!」

 

 ずるずる、ずるずると。

 

 クリスティアナは校舎を這いずって行く。

 

 目的地はわずかに遠い。

 それでも進むのをやめるのは認められなかった。

 

 ……まあ、なんというか。

 

 口は悪いし性格もアレだし言動は以ての外の彼女だが――

 

 

 ――こう見えて、きちんと正しい部分はあったりなかったりするのだ。

 

 

「あとでぶっ殺しますわッ、ちくしょう、ちくしょうッ!」

 

 …………そう、たぶん。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

「う、げほっ、ごぼッ――――……ッ」

「……意外と頑強(タフ)だね。聖剣はヒラヒラしてたのに」

「――――……うる、せえっ…………」

 

 くすくすと笑うライセスをバロードが睨みつける。

 彼を挟んで向こう十メートルには二つに千切れたヴァンスの死体が見えた。

 

 ……その近くには聖剣が転がっている。

 

 自分の握っていたアプロガノンは目の前の男に砕かれて粉々だ。

 ボロボロと零れて辺りに散らかって跡形もない。

 

 つまるところいま、得物が手にない。

 

「――――、――――けほッ」

「その根性は認めよう。それなりに人らしかったみたいだ、君も」

「…………ハ。人でなしには、言われたく、ねぇわ、なぁ――――」

「お互い様だ」

「ごッ――――!?」

 

 腹を蹴り抜かれる。

 

 人の力とは思えなかった。

 宙を舞う身体は異様に速い。

 

 あまりの速度に自然と腰が曲がる。

 

 

 ――――背骨の砕ける感覚。

 

 遅れて響く衝突の痛み。

 

 視界が白んだ。

 

 音が消えていく。

 

 

 ぱちぱちと、瞬きをしながら意識を取り戻す。

 

 

 …………まだ、生きてはいたらしい。

 

「――――ッ、ゲホッ、えほっ、おェ――――」

「悪いけど大人しくしていてほしい。帝国としては襲撃者の情報源が必要だろうから、生きているものは大事だ。待遇は良くないだろうけどね」

「ッ…………て、めえ…………!」

 

 再度睨みつけるも、ライセスは笑顔を崩さない。

 

 聖剣とは古代につくられた神秘の塊。

 現代では再現できない失われた技術の結晶だ。

 

 その刃は鋭く、硬く、一切の刃毀れを許さず、また相応しきものでなければ容易に扱えないほどの重量を誇る。

 

 それは絶対の不文律だ。

 証明されたワケではないが、誰もがそうだと信じて疑わない。

 

 事実、聖剣が折られた、削られた、傷付けられたなんて話はひとつもなかった。

 

 ……なのに。

 

 それなのに、この男は。

 

 たかだか握りしめたぐらいで、超越的な硬度を誇る剣を砕き潰したのだ。

 

「手加減は苦手なんだ。誤って殺してしまうかもしれない。それは避けたい。君だって俺に殺されるのは嫌なんじゃないかな」

「…………ふざ、けるな。嘗める、なよ……お坊ちゃん……!」

「うーん……どうしたものかな。いや、本当に。これ以上となると、どうも策がない」

 

 ズキズキと痛む身体を押さえながらバロードは考える。

 

 殺さないことに拘っているせいだろう、動くことはまだできる。

 

 その上でつけ込むのならなにかをする手前。

 

 油断、慢心。

 

 ライセスには警戒心というものがない。

 自らが彼らより圧倒的に格上だという自覚があるからだろう。

 

 

 ――――そこが唯一、出し抜ける部分だ。

 

 

(そうやって、隙を晒しているから――――)

 

 振り絞った根気で足に力を込める。

 

 戦う術はない。

 聖剣は壊れた。

 

 ――――だったら手に入れる。

 

 駆け出すのは一瞬。

 

 人生でもっとも神経を尖らせた、一世一代の大博打。

 

「――――ほう?」

 

 見逃される。

 

 賭けには勝った。

 

 故にこそ。

 

 その選択を、その判断を。

 

 

 ――――この瞬間を、待っていた。

 

 

 

「聖銘――我が意よ止まれェッ!!」

 

 

 

 落ちていた残り一本の聖剣。

 

 聖銘による能力の行使は彼らにだけ許された特権だ。

 本人の素質、技能を無視して強引に神秘を励起させる魔法の合言葉(キーワード)。

 

 

 

 

「クロスレイズッ!!」

 

 

 

 

 

 

針が固まる。

 

 

空気は凍る。

 

 

世界は回転をやめ、宇宙(ソラ)は静かに黙りこんだ。

 

 

時間を止める権能。

 

聖剣クロスレイズ。

 

 

それは直接的な攻撃力にならずとも、絶対的なまでのチカラだ。

 

 

誰だろうと何だろうと、この世界に生きているのなら時の流れに逆らえない。

 

 

――――だから、知らない。

 

 

止まった時の中を認識できるのは真実使い手ひとりのみだった。

 

いくら仲間と言えどその結果を目に見るコトは不可能。

 

 

――――だから、推測した。

 

 

ヴァンスは優秀な男だが多少キ(・)レ(・)やすいところがある。

 

安い挑発に乗ったか、それこそ自らの能力を過信でもしたのだろう。

 

 

バロードにとってあの男はせいぜいが多少気の合って連んでいた相手。

 

その実力を心底から信じ切っていたワケではない。

 

 

――――だから、そう。

 

 

そんな絶対的な能力が、破られるハズもない。

 

「は、ははッ――いくらおまえが化け物だとしてもだ! コイツには――」

 

 

自然の摂理には適わない、と。

 

「なにもできねえッ! そうだろお坊ちゃんッ!!」

 

 

ぱしん、と彼の手から剣を奪う。

 

 

一太刀入れるかは迷ったが――欲張りはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 時は動きはじめる。

 

 距離を取った真正面。

 

 進み出した時間のなかで、ライセスはニコリと笑いながら両手に聖剣を構えるバロードを見た。

 

「…………おや」

「はッ、はははッ! はははははッ!! 見えたかッ!? 分かったか!? 分かんねえよなあ見切れねえよなぁ!? はははッ!! はははははッ!!」

「ふふっ。ああ、そうだね。うん。そういうことにしておこう」

「ああ? 余裕ぶってんじゃねえぜお坊ちゃん! これが見えねえのかよッ!!」

 

 がぎぃ、と二振りの聖剣が重ねられる。

 

 これも彼らだけが受けた特権。

 

 本来の適合者ならば扱える聖剣は一本だけ。

 

 その道理を破った強さがどれ程かなど言うまでもない。

 

「クロスレイズとクインドレスッ!! 聖剣二刀流だッ!! さらにおまえは得物ナシ! どうやって勝つ!? どうやって相手をするよぉ!!」

「さあ、どうしようかな」

「加えてだッ!! おまえ、さっきアプロガノンの刃を触ったよなぁ!? だったらそ(・)ろ(・)そ(・)ろ(・)だぜ!!」

「? そろそろって、なにが――――」

 

 つぅ、と。

 

 なにもしてない筈のライセスの口から、血が垂れる。

 

「な――――――」

「ははははッ! 効いたな! いくらおまえが規格外と言っても所詮は生き物! 人間の範疇よぉ! アプロガノンの刃には毒がある! 触れば身体に回って壊死させる猛毒だ! 解毒なんてできやしねえ! そんな薬はねえ! ここまで言えば分かるかぁ!?」

「――――――――」

「お坊ちゃんッ!! おまえはもう詰んでるんだよッ!!」

 

 二刀の刃が振り上げられる。

 

 ライセスには対抗する武器がない。

 

 視界がぐらついた。

 心臓が焼けるように痛くて膝をつく。

 

 ……思わず、そのまま胸を掴んで蹲る。

 

 

「大人しく死にやがれッ!! ライセス・ベルリオン――――!!」

 

 

 放たれた刃を防ぐ手段はなかった。

 

 無手の状態。

 

 いくら彼に剣才があるとはいえ素手で刃物と渡り合うのは常識的にありえない。

 

 どちらが優位かなんて明白だ。

 

 

念には念を入れて時が止まる。

 

そのまま、真っ直ぐと振り下ろされた剣は首を断って――――

 

 

 

 

 

「――――まぁ、問題ではないんだけど」

 

 

 

 

 

 皮膚が破れる。

 

 腕が小さな車輪の隙間に巻き込まれたみたいに裂かれていく。

 

 指は落ちた。

 

 手首の腱が切れてぷらんと垂れ下がる。

 

 ふたつの聖剣。

 

 そのどちらも握ってはいられない。

 

 

 筋力がどうとかではなく、両腕がズタズタに裂かれてどうしようもない。

 

 

「あ――――あぁああああッ!? うぉおぉおあああああ――――ッ!?」

 

「言っただろう? 俺には常に剣気が付きまとう。生きている限りずっとだ。抑えるのは困難で、触れるにはもっと控えなきゃいけないほど苦労してる。……少し解放すればこんなものだよ」

 

「な――――なッ――――お、まえ……ッ、あぁああッ――……!」

 

「今はまだ最大で半径一万キロメートル。俺が何の躊躇いもせずに剣気を振りまいた場合だ。――その範囲はあらゆるモノを切り裂く空間に変わる。そこに居るだけで刀傷が走る斬殺空間。俺の剣気が濃すぎる弊害(せい)だ。……本当に厄介だね。好きな子と気を休めて接吻(キス)もできない」

 

 返してもらうよ、と言いながらライセスが黄金の柄を握る。

 

 無惨にも二の腕あたりまで醜く切り裂かれたバロードは痛みに震えて動けない。

 

 冷静さも、抵抗する意思もなにも無くしたように。

 

「それに毒殺なんて古臭い真似は効かないよ。まさか直に握っておいてクインドレスの効果が分からなかったワケではないだろう?」

 

 どすん、と自らの胸にその刃が沈んでいく。

 

 血は噴き出ない。

 

 聖剣は怪しい光を纏ったまま彼の身を裂き、そして引き抜かれた。

 

 

「概念斬撃。万物の切断。斬り殺すという現象を押しつける聖剣。そもそも剣気のおかげで毒は殆ど回らないけど、コレで斬ってしまえばなにも問題ない」

 

 

 くすくすと笑う声。

 

 油断、慢心、緩んだ気配、警戒心のなさ。

 

 

 ――――当然だ。

 

 

 なにせこの生き物には警戒というモノが必要ない。

 

 危機に立つという状況がなさすぎる。

 どうやっても人の手で殺せるはずなどなかった。

 

 例え斬首台に乗せたとして。

 絞首台に立たせたとして、この男は死なない。

 

 落下速度で首を断つ道具などが眼前の怪物に適用できるワケがない。

 

 縄で首を縛った程度で埒外の生命体であるコレが息を引き取るハズがない。

 

 故に唯一、この男を害せるものが居るとするのなら――

 

「が――――……ッ!」

「――――ロクでもないコトを言えば、君たちの生死なんてどうでもいいんだ。というかそもそもな話、他人も組織も国家も世界も皆悉くどうでもいい。俺がそういうのに縛られている意味なんてひとつもない。突き詰めれば他のなにがなくとも俺は単体で生きている。食事も娯楽も必要ないから。……でもね」

 

 ああ、居るとするのなら。

 

「俺はただ、あくまで彼(・)女(・)が人だからそうしているんだ。同じ世界、同じ立場、同じ場所に居るから仕方なくその規則(ルール)に従ってる。だからそれらしく。最低限正しく、彼女の思う俺のように、ひとりの愚かな王子として動くとしよう」

「――――――――、…………ッ」

「大人しく黙ってここで静かにしていてくれ。名前の知らない君」

 

「――――――あ、ぁあああッ――――」

 

 ばっ、と男が地面を掻くように走りだす。

 

 ライセスは呆れるように息を吐いた。

 

 ……まったく。

 追い詰められた人間は、なにをするか分かったものじゃ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、動くなァッ!! おまえぇえ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に。

 

 

 嫌な予感がした。

 

 もしくは、もっと見逃しそうだった感覚。

 

 微かな気配は本気で彼も読み取れていなかったのだろう。

 

 油断のしすぎか、誰かを下に見たその罰が当たったのか。

 

 

 くるりと、男の逃げた方に視線を向ける。

 

 

 

 ――――そこに、

 

 

 

「な……ん、です……のよ……ッ」

「そッ、そこで、黙ってッ!! じっとしてろ、よぉ……ッ、この、バケモン、がぁ」

 

「――――――――」

 

 

 誰(・)か(・)の首に聖剣が当てられる。

 

 

 ――金色の髪。

 

 

 バロードは無様に距離を取りながらも、それで喉を引き裂くだけの力が残っているようだった。

 

 

 ――碧色の瞳。

 

 

 人質のつもりだろう。

 

 全身から血を噴き出して、ぐったりとした彼女にいつものような溌剌さはない。

 

 

 ――陶器のような白い肌。

 

 

 それは、紛れもなく。

 

 

 

「――――なにを、している?」

「動くなと言ったッ!! 動けばこの女を殺すぞッ!! 良いのか、あァ!? 正しく生きてるんだろォ!? 帝国の第一王子が! 女を見捨ててッ、良いのかァ!?」

「なにをしていると、俺は訊いたんだが」

「黙れぇえええぇえええええッ!!!!」

 

「ぁぐ――――ッ!!」

 

 彼女の太股に剣が突き刺さる。

 

 完全に地面と足を縫い止める深さ。

 目に見える怪我だって治りきっていない。

 

 その上であの傷は致命的だ。

 

「ぅ、わ、わたくし、を――あなた、一体、誰、だと…………!!」

「うるせえッ!! 黙ってな醜女(ブス)がよぉ!! 誰の許可を得て喋ってるッ!!」

「ぃ――――ッ!?」

「このア(・)マ(・)ッ! 理解しろッ! おまえの命はオレが握ってんだよ!! 頭の悪い小娘がよぉ!! 大人しくしてろやボケッ!!」

 

「――――――――――――」

 

 

 温度が下がる。

 

 気のせいではない。

 その異変を興奮した男以外が察していた。

 

 うっすらと瞼を開けた彼女の瞳と。

 

 目と目が、合う。

 

「――――――ッ、ライ、セス――……?」

「んだよ知り合いかぁ!? だったらちょうど良いッ! おら立ちなァッ!!」

「ぁうっ! ちょ、ちょっとッ……わたくしまだ、万全ではッ」

「人質の分際でなに言いやがるよぉ! ホンット頭悪いなあ! 醜女で気配りもできねえんならせめて言うコトぐらい聞きなッ!!」

「いッ――――この、クソボケ……! 勝手にィ! 髪を、引っ張る、なァッ!!」

 

「             」

 

 

 彼の瞳から色が落ちていく。

 

 笑っていた顔はそのままに表情筋の動きがない。

 

 不気味な姿に、けれど男はまだ気付かない。

 

 

 その前に、彼女の握っていた剣に意識が向いた。

 

 

「――――あぁ? おまえ、女、そいつはッ、それはよぉ!!」

「ッ、なん、ですのよ……! ほんと、一体……ッ、人をブスとか、アマとか……ッ」

「は――――はははッ! あはははははッ!! おいおいおい!! 冗談だろぉ!! 嗚呼だが事実だ現実だ!! 幸いしたなあおまえ凄えよ!!」

「なッ…………に、を…………!」

 

「聖銘ッ!! 我が意に癒せェ!! リベオライトォ!!」

 

 

 何度も浴びた殴打の痕。

 

 引き裂かれてところどころ骨がむき出しになっていた両腕。

 

 

 それが男の一言で。

 

 

 聖剣を操る権能の詠唱で、瞬く間に治っていく。

 

「――――ひ、ひひッ、うひひひひひッ! ひはははははははは!! あぁ最高だ最上だ最良だァ! オレは恵まれてるッ! 運命に愛されているッ!! こんな奇跡ッ、こんな偶然があるなんてッ!! ……あぁ、よく見たらなんだ、おまえも美人じゃあないかあ。オレに幸運を運んでくれた女神の君。肉付きも――オォ、ちょうど良いッ!」

 

「ッ――――!? ちょっ、まッ、なッ、ど、どこ触ってますのよ変態ッ!?」

 

「ちち! しり!! ふとももォ!!!! 良いねえ良いねえ!! 滾るカラダしてんじゃあないのォ!! こりゃああ(・)の(・)化け物倒したら宴だなぁ! 怪物殺しの後は綺麗な姫と一夜の楽しみと相場が決まってるもんなァ!!」

 

「お、おやめッ、おやめなさいボケカスッ!! ええいちくしょうですわ! こんな塵屑ッ、わたくしがマトモに動けるなら一瞬で――――」

 

 

 すっと、背後からおさえられた彼女の手を男が取る。

 

 ちょうど剣を握っていた手を、離れた位置に立つ彼へ向けるように。

 

「んッんー……万全には万全を期す、よなぁ。そう思うだろお嬢ちゃん。なぁに簡単なお仕事だ。その剣で奴を斬れ。大丈夫、手は添えてやる。なんならオレが操ってやる。ほうれ、ほれ。スパッと、な?」

 

「この……! たしかにわたくしライセスは嫌いですがッ、あなたみたいな不埒な男性の言いなりになってやるほど憎くてはありませんわよッ! そもそもわたくしの意思でないのなら傷付ける意味がないですわッ!!」

 

「おまえは動くなよお坊ちゃんッ!! 動いたらこの女がどうなるか分かるよなぁ? まさかだよな、おい。自分の言葉を忘れんなよぉ? 最低限、正しく、王子として振る舞うんだろぉ? なあ」

 

「……? え、なん……ですの、それ。ライセス。どういう――」

 

 

「           」

 

 

「ヒエッ」

 

 

 ――――なんだ、あれ。

 

 彼女はそのとき始めて彼を視認した。

 視界におさめた、その目で捉えた。

 

 ――――なんなんだ、あれは。

 

 あれが、本当に。

 

 自分に対して数々の無礼を働いてきた馬鹿と、同一人物だというのか――――?

 

 

「ひひッ。安心しなぁ。大丈夫。力が入んねえことは分かってるよ、お嬢ちゃん」

「っ……」

「付き添っ(エスコートし)てあげよう。一緒に歩こう。剣を持つ手はオレが動かしてあげるさ。だからしっかり握っててくれ。ああそれでいい。それだけでいい」

「――――クソ男ぉ……!」

「うぅん、気の強いところも素敵だねえ! 正しく勝利の女神に相応しいッ!!」

 

 一歩、男が近付く。

 

「……ッ、ライ、セス……?」

 

 

「――――――――」

 

 

 彼は緩やかに、剣を下ろした。

 

「ら、ライセス……? なん、で」

「ひひひッ! 賢い賢い。ああ、それでいい。それでいいんだぜぇ」

 

 一歩、また男が近付く。

 

 彼は腰に提げるように剣を持つ。

 素手で握る刃から、血が滴り落ちた。

 

 ――――そう、血が。

 

「ライセスッ! 貴方、なにをしているの!?」

 

「――――――――」

 

「わたくしのコト嫌いでしょうッ!? 婚約破棄までしたでしょう!? 世間体なんて構いませんわ!! 斬りなさい!! こればかりは恨みもいたしませんッ!!」

 

「――――――――――――」

 

「ライセス!! わたくしは貴方の足手まといになど死んでもなりたくありませんのッ!! 分かるでしょう!? だから斬ってッ!! 斬りなさい!! ライセス!! ライセスッ!!!!」

「ひひはははははははははッ!!」

 

 

 男が笑う。

 

 彼女は叫ぶ。

 

 彼は黙ってその場に佇む。

 

 顔は隠れていた。

 俯くように下へ向いたせいで表情が見えない。

 

 でも、さっき。

 

 彼女の記憶が間違っていなければ。

 

 

「ほうら、もう届くぜッ!」

「ライセスッ!!」

「てめえの国の民が振る刃だッ! 大人しく受けて、今度こそおっ死ねェ――――!!」

 

 

「――――――――――――」

 

 

 

 紅輝。

 

 眼光。

 

 影を越す。

 

 身は光に迫る。

 

 音は追えず。

 

 

 それは刹那の百分の一。

 

 一瞬にも満たない一片の時間。

 

 

 

 

 ――――振るわれた剣が、重なった。

 

 

 

 

 

〝え?〟

 

 

 

 どくん、と。

 

 

 彼女の持った刃に。

 

 彼が抜いた一刀が。

 

 〝――――愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛――――〟

〝――――――――え??〟

 

 

 はじくように彼女の剣を滑って、走る。

 

 反応など出来る筈がなかった。

 

 

 首が飛ぶ。

 

 噴水のように血が溢れる。

 

 気付けばすべてが片付いていた。

 

 

 あっという間。

 瞬きをした次の場面。

 

 

 ――思考が追い付かない。

 

 

 いま、なにを。

 

 違う、いや、それどころじゃなくて。

 

 いま、彼の、剣を、

 

 受けて、

 

 それで、

 

 

 

「――――――――――らい、せす…………?」

 

「――――――、」

 

 

 

 男の死体がどちゃりと沈む。

 

 ライセスはそれを黙ったまま見ていた。

 明らかに様子がいつもと違う。

 

 それが心配になる。

 

 

 ――――なぜ?

 

 

 いや、待て、違う、そうじゃない。

 

 彼女は己の胸中を襲うなにやらムカつく女と同じ色をしたモノを殴りつける。

 

 

 ――――違う、違う、違う……!

 

 

 でも、なにが、違う?

 

 あれは、なんだ?

 

 

「――――……平気、とは訊けないな」

「え……ぁ、わ――……た、くしは」

「ごめん。俺がうっかりしていた。もっと早く、きちんと仕留めておくべきだったな。――――本当ごめん。我ながら、凄い、落ち込む。……嫌悪感で、死にそうだ」

「ぇ………………」

 

 

 なん、だろう。

 

 分からない。

 

 分からない、分からない、分からない。

 

 彼の背中は酷く寂しい。

 

 動けなくて良かった。

 

 きっと傷さえなかったら、無意識のうちに立ち上がってなにか馬鹿な真似をしたかもしれないから。

 

 

 本当、良かった。

 

 

「――――って、いまはそんなコトしてる場合じゃありませんわよね……!」

「……?」

「ッ、ら、らい――ライセスッ!!」

「…………うん。なんだい、ヴァルトーレ公爵令嬢」

 

 ずきっ、と。

 

 どうしてか胸が痛んだ。

 

 

 ……知らない、知らない! 知らない!!

 

 

 こんなのただのアレだ、ちょっとした体調不良だ。

 

 そうだ怪我をしているしきっとそのせいだ。

 

 別に変なことじゃない。

 

 

 ……彼の名前を呼ぶだけで口が震えるとか、ワケが分からないし、ありえない。

 

 

「――――ッ、わ、わたくしを抱えて闘技場に行ってくださいッ!! いま!! すぐに!!」

 

「…………え?」

 

 

 だから、こんなことを頼み込むのも。

 

 決して。

 

 そう決して――――

 

 

 

 …………変なコトなんかじゃ、ない。

 

 

 

 








》王子様
なんかブチギレてるヤツ。居るだけで周囲が斬撃だらけの空間に変貌していくやべー剣気量の持ち主。毒殺対策も聖剣でばっちり! どうやって殺すんですか(純粋な目)


》異教徒
めちゃくちゃ頑張った子。偉い。凄い。けど王子様の地雷をぶち抜きまくったので残当に負ける。公爵令嬢のおっぱいもみもみ。おしりふにふに。ふとももすりすり。うーん死刑!(首切り)


》悪役令嬢ちゃん
ナンカ ワタクシ オカシイ(困惑)
デモ アイツモ オカシイ(大困惑)


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