それから。
クリスティアナが目を覚ましたのは、三週間後のコトだった。
◇◆◇
――沈んでいた意識が浮上する。
重い瞼が光を遮るよう閉じている。
やけに身体が重い。
どこか違和感。
でも、寝起きの頭はそれを考えるでもなく放置する。
「――――――」
浅い呼吸。
記憶が曖昧だ。
ここはどこだろう。
とてつもなく怠い。
彼女はゆっくりと、生き方を思い出すように考える。
最後に残っている光景は、ボロボロの腕を掲げて見上げた青空だった。
(――――そう……ですわ。わた、くし……は――――)
聖剣祭に合わせて起こった聖剣使いたちによる襲撃。
そのうちのひとりであるアッシュバルトを倒した彼女は、負傷を押して闘技場に居るマーガレットの下ヘ行き――神秘の輝きに魅了されて一騎打ちをした。
結果は勝利。
憎き元平民の伯爵令嬢は、あのとき間違いなく彼女の足元に崩れ落ちたのだ。
(――――ふふっ、ふふふふっ……)
目を覚ましたからだろう。
ようやくその実感が湧いてきた。
勝った、勝った、勝った。
マーガレットに勝った。
なんて素敵なことだろう。
こんなにも良い気分になれるだなんて、本当に
「――――――……、」
立て付けの悪い瞼を持ち上げる。
薄ぼんやりとした景色。
どうにも視界に入ってくる情報が曖昧だ。
おまけに妙な配色で気分的にもよろしくない。
なんだろう、これは。
世界がぜんぶ滲んだようで気色悪い。
色もぐちゃぐちゃ、途中でガラッと変わったりしていて変だ。
(これは――――)
「――――お嬢、様?」
耳朶をうつ聞き慣れた声。
まだ寝転がったままの状態で、くるり、と首だけその方を向く。
……おかしい。
やっぱり、よく見えない。
「…………アジー? 貴女、どこに――――」
「お嬢様ッ!!」
がしゃーん! と盛大になにかを落とす。
急ぐような足音、忙しなく風を切る気配。
そこまで来てうっすらと、人影らしいものを捉えるコトができた。
どうやら失明したワケではないらしい。
「お嬢様っ! お嬢様っ!! ああッ、ああぁああッ!!」
「……どうしたんですのよアジー。そんな、みっともなく泣いてしまって」
「だっでっ、だっでぇ!! う、うぇええ!! うぇえええぇあぁあぁああ――――」
「……困った侍女ですわね。まったく」
駆け寄ってきたアジーは縋るようにベッドの傍で泣きだす。
それを仕方がない、とでも言わんばかりに彼女は腕を動かした。
「?」
……少し戸惑って、わざわざ遠いほうの右腕で頭を撫でる。
本当は逆のほうが姿勢も楽で近くて良かったのだが――なんだかちょっと鈍い。
試しにアジーを宥めながら左手の指に力を込めてみたが、驚くほど反応がなかった。
ということは。
(……ああ、成る程)
つまり、そういうことなのだろう。
「お嬢様ぁっ、お嬢様ぁああぁあっ! うわあぁあぁああぁああ――――!!」
「よしよし。わたくしはここに居ますわよ、アジー。だからちゃんとしてちょうだい。ほら、貴女の役割は侍女でしょう? 先ずはなにをするべきかしら」
「う、ひぐっ、うえぇえ! びぇえぇええぇえ!! お医者様ァ――――!!」
「…………大丈夫かしら、あの子。あれで」
泣きわめきながら部屋を飛び出した彼女の影を見送って、ほう、とひとつ息を吐く。
……可能性を考えていなかったと言えば嘘になる。
多少なりとも――というより今回は限界を超えてそれ以上、とんでもない無茶をした。
反動は一時的なモノにおさまらない。
酷ければ何か残ってしまうものだってあるだろう。
そんな予感はどこかにあった。
「…………眼鏡、つくらないといけませんわねぇ」
はあ、とこぼすようなため息。
呆れるような仕草だが、声音にはどこか満足感があった。
だってそうだ。
なにはともあれ決戦のあと。
なくしたものに拘るよりは、勝ち取ったものに価値を見出すべきである。
であればそう、こんなのは――――名誉の負傷、それまでだ。
◇◆◇
「――ここはどうですか?」
「ダメですわね」
腕をおさえる医者にきっぱりと答えると、その表情がわずかに曇った。
アジーの顔からも血の気が引いている。
両親なんて診察がはじまってから仏頂面を崩さない。
マーガレットの決戦後、意識を失って目覚めないまま三週間。
一時は最悪の可能性まであったところをなんとか人間的な原形を留めて生き延びたのは文字通り奇跡だ。
実際、クリスティアナが目を覚ましたのを見た医者はとんでもない形相で公爵夫妻を呼んでいた。
「……どうなんですか、娘は」
「……視力が急激に落ちています。右目については色を認識する機能もなくなっているようで……左腕も、肩から下は完全に麻痺してしまっています」
「一応訊いておきますが。治りますか、それは」
「……回復薬の投与は毎日行っておりました。パラネロス伯爵令嬢直々に、聖剣を使って治癒の力をいただいたことも一度ではありません。それで尚コレでしたら……見込みは」
「治らないのか」
「…………残念ですが」
しん、と静まり返る室内。
誰もが沈痛な面持ちだった。
アジーに至ってはいまにも泣きだしそう――というか実際ぽろぽろ涙がこぼれている。
事態の深刻さはわざわざ言葉に出さなくても分かるぐらい。
……ぎゅっと、クリスティアナは動く右手で布団の端を強く掴んだ。
(…………どういたしましょう)
ポタポタと、その上に大粒の雫が落ちる。
(――――実は剣気でどうにかなるだなんてクッッッッソ言いづらい空気ですわ)
涙ではなく冷や汗だった。
「……あ、あの。お父様、お母様、それとアジー。わたくしは――」
「いいッ。……いいんだ、クリスティアナ……」
「そうよクリス。苦労することは多くなるでしょうけど、決して生きるのを諦めないで」
「お嬢様ぁッ、わ、私っ、私がッ、お嬢様の左手になりますぅうぅうぅう」
「うーんわたくしの話を聞いて??」
剣気とはすなわち変数である。
求めるべき結果を現実に顕すための嘘の欠片。
なおかつクリスティアナにはそれを応用した完全な肉体掌握が可能だった。
そうなるどどうなるか。
一時的とはいえ彼女の失われたモノは戻ってくる。
厳密に言えばそこに在るとして世界を欺いて使うことができるワケだ。
「……いえ、言うよりも実践したほうが早いですわね、コレ」
「……? クリスティアナ。それはどういう……」
「ふんッ」
「「「「!?」」」」
ゴウッ! と吹き荒れる暗緑色の
本人的にはちょっと蛇口をひねったつもり。
少しだけ緩くして身体全体に行き渡らせようとしたのだが、これはそれ以上だ。
周囲にちょっと被害まで及んでいる。
フラフラと倒れ駆けているお医者様とか、
過呼吸になって白目を剥くアジーとか、
もちろん両親はただ急な行動に驚くだけでとくにコレといった影響もない。
「ほら、この通り。剣気をまとえば目もきちんと見えますし左手も動きますわ!」
「――――お、おぉ! そうか! そうかクリスティアナっ! たしかに目の色が――――」
「クリス。とりあえず今すぐ剣気をおさめなさい。ふたりが死にかけているわ」
「あっ、ごめんなさいですの」
しゅん、とすこし縮こまりながら剣気の流れを解く。
それで医者とアジーの様子は元通り。
ついでにクリスティアナの持ち上げた左腕はぱたんと落ちて、片目もぼやけた色彩になった。
「――――げほっ、えほっ。し、死ぬかと……!」
「お、お嬢様っ、私、おぇえっ…………げほぉっ」
ちらり、と被害者の顔色を確認したメアリがクリスティアナへ向き直る。
「……クリス」
「はい、なんでしょうお母様」
「貴女、魔剣の境地に辿り着いていたわね」
「はい! お陰様で!」
ニコニコと笑うクリスティアナ。
それにひとつ、小さく息をこぼしてメアリは続けた。
「会場で見せたあれがそうなのでしょう? 大体見当がつくわ」
「ええ! ええ!! どうですかお母様!? わたくし凄いですか!?」
「――――クリス」
「はい!」
「二度とアレ、使わないでくれないかしら」
「――――――――えッ!?」
当然の一言だった。
◇◆◇
「そんなワケでもう一週間は安静に療養ですわ」
「当然だろうが。三週間も眠ったままだなんてとんだ重病人だぞ」
「生徒会長様はうちに来てまで小うるさいんですのね」
「学外だからイザヤでいい。大体その考えは俺も賛同できる」
どさり、と制服姿のまま室内のソファーにイザヤが腰掛ける。
クリスティアナが目を覚ましてはや三日。
すでに学園にも連絡が入り、復帰は体調を見ながらという事となった。
なにせ動いていなかった期間が微妙に長い。
立てなくなるほど――とまではいかないが、身体を動かすのに慣れていないのは事実。
おまけに後遺症で色々準備する
「パラネロス伯爵令嬢と戦ったあとのお前を運んだのは俺だ」
「あら、ありがとうございます」
「……そのときの光景を見せてやりたいよ。一体どうすれば抱きかかえた人間の形が分からないなんてコトになる?」
「めちゃくちゃヤバいですわねそれ」
「めちゃくちゃヤバいに決まってるだろう。そうやって生きていられるだけ奇跡だ」
知らぬは当人だけ。
もうこれで終わってもいい――なんて覚悟で振った剣でマジに終わりそうだったとは。
まあそれはそれで彼女的に満足しないこともない最期ではあるのだが。
「ですがあれは魔剣の二度打ちが原因でしょうに。せいぜい一日に一度ぐらいなら回復薬でどうにかなる程度の反動しかありませんわ」
「学園の回復薬に頼る時点でヤバいと気付け。市販のものだともっと効能が薄い。おまえの魔剣は危うすぎるというコトだ」
「いやでもキツいですわよ」
「なにがだ」
「魔剣使うなとか。わたくし絶対自制できる気がしませんわ」
「――――――それはおまえが馬鹿だからだ」
「失敬なッ!」
実際問題、ちょっと難しい。
なにせ自滅技とはいえ苦労して辿り着いた極致。
三度の使用で完璧にモノにした自身の必殺剣である。
刃を交えて本気で戦うとなればこれを使わない手はない。
もっと言えば練度を上げるためにも積極的にガンガン使っていきたい。
この令嬢、すでに剣に関する意識が普通と歪みかけていた。
「……ともあれ、安静ならそうしておけ。退屈しないように土産も持って来た」
「? 貴方が? 珍しいですわね。一体なんですの?」
「おまえが休んでいた分とこれから先十日間程度の授業範囲、その課題だ。復学楽しみに待っている」
「おほほ。――――
うずたかく積み上げられた紙束にクリスティアナは叫んだ。
この男、もしかしなくても態々これを渡すためだけにここに来やがったなと。
「……ああ、そういえば」
「ん? まだなにかあるのか」
「マーガレットはどうしましたの。あの娘も軽くはない傷を負ったと思いますが……」
「パラネロス伯爵令嬢ならあの後三時間程度で目を覚ましている。目立った傷跡も後遺症も一切ない。数百年間現れなかったリベオライトの正式な担い手というのは伊達じゃないようだ」
「そうですのね。なんか腹立ちますわ」
近い未来、また煽り散らかされるような気がするクリスティアナだった。
◇◆◇
「お嬢様、食欲は如何ですか?」
「ん、大丈夫ですわよ」
「分かりました。それじゃあ料理、運んできますね!」
その後、分かったことだったが。
「――どうぞっ、料理長もお嬢様の復帰祝いだとかで、腕によりをかけてつくったと言ってました!」
「大袈裟ですわねえ。これでもわたくし、身体が強い方だと自負しているのですが」
「強いのにずっと眠ったまま目を覚まさないからみんな心配したんですよ??」
「目が怖いわ、アジー。貴女この前からずっとその調子ではなくて?」
正真正銘、限界を超えた魔剣の重ねがけ。
これがもたらした反動は決して少なくなかった。
視力、色覚、左腕の麻痺、そして――――
「――――――む」
「? どうされましたお嬢様」
「なんですのこの肉。味つけが薄いですわよ。革靴でも食べてるみたいですわ」
「え、いや、そんなはず……ちょっと失礼いたします」
「…………、」
「…………、」
「………………、」
「………………、」
「……アジー?」
「お医者様ァアアァアァアアアッ!!!!」
「ちょッ、アジー!? お待ちなさい!? えッ、嘘でしょう!? わたくしのんびりと食を楽しむコトさえできなくなってます!?」
味覚の喪失である。
剣気を流せば解決するとはいえそれも楽ではない。
四六時中ずっと纏っていれば労力だって相当なものだ。
日常生活は致し方なし。
ないものはないと割り切って生きるしか方法はなかった。
》悪役令嬢
剣気を使えばまだ万全で戦えるけど日常生活はムリ☆されちゃったお嬢様。視力の低下と片目の色覚異常(白黒)と左腕の麻痺に味覚の喪失。眼鏡をかけるので金髪碧眼つり目巨乳美人系お嬢様が性癖のハッピーセットになる。ちょっと知的。なお本性。
ちなみに今後も無理に魔剣を使い続けていくと最終的に車椅子生活にまでなる模様。剣を握るときだけ五体満足で立ち上がってやってくる。ゲー○マンかな?(違