さあ、と風が髪をさらう。
久々に部屋を出たクリスティアナは、その足で庭園の高台に向けて歩いた。
まだまだ運動の慣れが必要な病み上がり。
アジーを伴ってのちょっとした散歩である。
一応安静にとのコトではあるが、流石に動かなさすぎるのもいけない。
侍女と一緒なら、と両親が許してくれたのは幸いだ。
「んーっ、気持ちいいですわねえ」
「はい、お嬢様」
「せっかくならお弁当でも持ってくればよかったですわ。もうじきお昼ですのに」
「それは…………、」
「……またそんな顔をして。大体、モノが食べられないワケじゃないから良いではありませんの。味つけの必要がなくなって料理長も楽できますでしょうし」
「そ、そういう問題ではございませんッ」
まあたしかに、いまのはちょっとズレた返答だったが。
「アジー。心配してくれるのは良いですけれど、引き摺ってもどうしようもないですわ」
「っ…………」
「なくしたものに拘ってどうしますの。ないものはない、あるものはある。それだけでしょうに。いつまでもうじうじしていたら先に進めませんわよ」
「で、でもっ」
言いかけた言葉をアジーはすんでのところで呑む。
彼女は当事者だ。
ずっと弱りきって眠っていた身で他人のコトなど分からない。
悟ることはできても実際に理解するのはとてもじゃないが難しいコト。
人の気持ちなんて千差万別。
想いなんてそれこそ色が多すぎて勘違いも見落としもする。
……なにより。
いちばん失ってソレを実感しているのは、クリスティアナのほうだ。
「この前も言いましたが、わたくしは剣気が扱えますから。二度と動かないというワケじゃありませんの。必要なときだけ動かせる。ならそれで十分ですわ」
「……お嬢様は」
「ん?」
「お嬢様は、悔やんでいらっしゃらないのですか……?」
「…………まあ、とくには?」
うん? と首をかしげながら答えるクリスティアナ。
その顔にはまだ見慣れない赤縁の眼鏡がかけられている。
レンズ越しの瞳は片方は碧色で、もう片方は濁ったような緑色だ。
袖に通っただけの左腕も揺れるだけで思い通りには動かない。
「……恨んだりは、しないのですか……っ」
「え?」
「パラネロス伯爵令嬢と……あんなコトさえ、いえ……あの方と出会わなければ……っ」
「――んなワケないでしょう、おバカ」
思わず笑う。
彼女たちの価値観はまるで違う。
クリスティアナにとっては納得できる結末でも、アジーにとっては悔しい末路だ。
だったらもう笑うしかない。
悔やむとか、恨むとか、それこそありえない話だろうと。
「お、お嬢様……っ」
「たしかにあの小娘は憎ったらしい嫌な奴ですが、だからといって嫌悪したり憎悪したりなんてコトはありませんわよ。あくまで気に入らないし気にくわない。それだけですわ」
「…………、」
「
風が吹く。
金糸の髪がゆらゆらと揺れる。
結局、他人が思うよりなんてコトはないのだ。
腕の一本、味の感じ方、視界のかけら。
それらをなくしただけであの少女に勝利した事実を手に入れた。
安いものである。
お買い得すぎてそれこそ何度だって差し出してしまいそうなぐらい。
「それにまあ、これが一番の理由になりますが――――」
ふわり、と。
それは傍に仕えていたアジーでさえ数えるほどしか見たことのなかった、
成長してからはめっきり目にする機会を失った、
本当の、本気の、本心からの、ただ只管に純粋な。
――――クリスティアナの、満面の笑み。
「わたくしあの瞬間、最ッ高に満足できましたから!」
だから悔いなんてないと。
恨みなんて持つハズがないと。
彼女はただ前向きに、力強く、後ろを振り返りさえしない心の真っ直ぐさで。
笑顔を浮かべて、そう語った。
「――――――……そう、ですか」
ならばもう、なにも言えない。
言えるワケがない。
だって彼女は当事者だ。
それがあんなにも幸せそうに、あんなにも楽しそうに過ごしている。
だったらもう、誰も、なにも。
言えるワケなんて、なかったのだ。
「それに一応あの女のおかげで生きているワケですし。たぶん聖剣の治癒がなかったらわたくしもうこの世に居りませんわ」
「縁起でもないことを!!」
実際その通りであるのだからしょうがない。
◇◆◇
「クリスティアナ様っ、もうお身体は平気なんですか!?」
「ええ、この通り。貴女にも色々と迷惑をかけたようですわね、マーガレット」
「そんなっ! 私はできるだけのことをやっただけですから! 本当に良かったです!」
目尻に涙を浮かべながらマーガレットはクリスティアナの手を取った。
傍から見れば心優しい伯爵令嬢。
今となっては聖剣リベオライトの担い手になったという事実も相まってそれこそ聖女様を見るような視線も向けられるだろう。
実際、学園ではそんな話も増えてきたとはイザヤの弁だ。
「心配だったんです。三週間もずっと目を覚まさなかったんですよ? 私の治癒も効き目が薄くて……まあ回復薬はもっと薄かったんですが……」
「魔剣による反動なんてそういうモノなのでしょう。仕方ないですわ」
「あ、私は三時間で全快しましたので! ご心配なく!!」
「誰も貴女のコトなんて心配してねえですのよマーガレット??」
びきぃ、とクリスティアナのこめかみに血管が浮き出る。
例えどんな死闘を経ても決着をつけても彼女たちの相性は変わらない。
すなわちベタベタ甘々と仲良くなれるワケなんてないのだと。
「復帰は私のほうが早いですね!」
「ええ、そうですわね。復帰は、ですわね」
「つまり私のほうが強いってコトです! 今度は負けませんから!」
「やかましいんですのよッ!? 貴女わたくしを煽りにいらしたの!? それとも見舞いに来ましたのッ!? 前者ならぶん殴ってさしあげてもよくってよ!?」
「や、やめてください! クリスティアナ様っ!!」
「分かっているのならその口を――――」
「私のほうが強いですよ!?」
「その口を閉じろマーガレットォオオォオオォオオオッ!!!!」
「きゃーーーーーーーーーー!!!!」
ぽすん、とソファーに力無く突き刺さる拳。
あまりにも弱々しい一撃は避ける側もどこか嘗め腐ったような動きだ。
それもそのはず。
肉体の損傷は間違っても軽いものではない。
剣気を込めてもいない、
「ぐぬぬぅう……! 貴女っ、貴女ねえ!?」
「すみません、つい!」
「つい(にこぉ)じゃあねぇんですのよッ! もう用がないならさっさと帰ってくださいまし! もう一度わたくしにぶっ飛ばされたいんですの!?」
「次は私のほうが強いんで私が勝ちますよ?」
「あぁあああぁあッ! このォ! このッ、こいつマジでなんなんですのッ!?」
「あはは」
「笑うなァ!!」
ふしゅーっ、と荒い息を吐きながらクリスティアナは肩で息をする。
瞬間湯沸かし器のように怒れるのは少なくとも元気な証拠だ。
それを知ってのコトか知らずの天然か……おそらくは間違いなく後者であろうが……ニコニコと笑って、マーガレットは静かに自分の首飾りへ手を這わせる。
「! 貴女、それ……」
「リベオライトです。会長の許可をもらって持って来ました」
「……正式な担い手なのに所有権がありませんの?」
「学園の備品扱いなので。緊急時以外は講堂で保管してます。もちろん緊急時は使用を許してもらえるよう認可を受けてますよ?」
「大概ですわね。ライセスはクインドレスをいつも肌身離さず持ち歩いておりますのに」
「十分です。私にとってもあれば便利なものぐらいなので。魔法のおもちゃですね」
「おもちゃ……」
王家に引き続いて聖神閃教の誇る宝がおもちゃ扱いされた瞬間だった。
ベルリオン帝国に眠る聖剣たちは泣いてもいい。
「とりあえず一回、やるだけやってみても?」
「……ええ、もちろん」
「ありがとうございます」
くすりと笑ってマーガレットが聖剣を構える。
神秘は待たずして洩れ出した。
治癒の権能。
それは刀身が水に触れても回復薬として残っていた絶大な能力だ。
担い手による行使を間近で受けるとなれば効果は何十倍にもなる。
「……あら」
知らぬ間についていた左腕の傷が戻るように消えていく。
感覚をなくした弊害だ。
プラプラとあっちへこっちへと動く腕は痛みもなくて怪我も分かりづらい。
些細なコトであるが、助かるか助からないかでいえばわりと助かる。
「――ふぅ。とりあえずコレで……」
「ありがとうですわ、マーガレット。ちょっとは楽になりました」
「私なら飛んだ首も腕も治るんですけどね!」
「貴女やっぱり煽りに来ましたのね? そうなのね? いえそうでしょう??」
「あ、それと授業のメモも持って来ました! 参考にしてください!」
「最初ッから素直にそちらを渡してきなさいこのドアホウ! ありがとうございますゥ!!」
「いえいえ」
変わらず笑みをたたえるマーガレットに、クリスティアナはもう我慢ならないと立ち上がった。
医者からかけられた〝安静〟の二文字なんて知ったことか。
この女はここで痛い目を見てもらう――とぎゃあぎゃあ騒ぎながら彼女を追いかける。
ちょっと笑いながら。
……まあ、なんというか。
お互いに噛み合っていないし、ところどころ喧嘩腰だし、言葉尻からしてもトゲがバッチリ見えているぐらい酷い言葉の応酬だが――
これが彼女たちの基本形なのだ。
公爵邸は本日も実に平和である。
◇◆◇
「それではまた! 学園でお待ちしておりますので!」
「はいはい。分かりましたから。ごきげんよう、マーガレット」
扉を開けて出ていく彼女の背を、ひらひら手を振りながら見送る。
嵐のような見舞い人は去った。
アジーはちょうど別の用事に手を取られていて部屋にいない。
ひとり、なにをするでもなく天井を見上げる。
「…………、」
ほう、とひとつため息。
不満というほどでもないが、ちょっとばかし暇だ。
流石に何日もこうだと飽きだってくる。
しょうがないので退屈しのぎにイザヤの持って来た課題でも――――と。
「――――――」
手を伸ばしかけて、そっと引っ込めた。
クリスティアナはやれやれといった感じで口元を緩める。
なぜか、なんて言うまでもない。
「……いつまでそこに居るつもりですの? それとも、直接顔を合わせないのが王族の礼儀にでもなっていまして?」
マーガレットによって開けたままになっていた扉の向こうへ声をかける。
姿形はなかった。
影も尻尾も見えているワケではない。
けれども彼女はもう分かっているとでも言いたげに、じっと視線を向けている。
……真相は、数秒の後に解答と重なった。
「――気配を探れるなんて随分元気になったみたいだね、ヴァルトーレ公爵令嬢」
「…………会って早々一言目がそれですの? 気遣いのない男ですわね」
「手厳しいな。君と俺の間にそんな空気は一度もなかったハズだが」
「……それもそうですか」
よいしょ、とベッドから起き上がりつつクリスティアナは部屋を横断する。
「もう動いて良いのかい?」
「ええ。軽い運動ならむしろやった方がいいとのコトです。なので」
「?」
「――――ちょっと付き合いなさい、ライセス。そのぐらいは良いでしょう?」
「…………ああ、良いだろう」
視線だけをくばって、そのまま彼の横を通り抜けていく。
手は取らなかった。
差し出されたとしても、たぶん。
……バランスの悪い生活にも慣れが出てきた。
この程度はなんてこともない、滅多なことでは転けたりもしない。
「どこへ向かうんだ?」
「中庭へ。散歩ですわよ、散歩」
「へぇ」
気の抜けたような返事。
それをとくに気にした様子もなく、クリスティアナはずかずかと進んでいった。
◇◆◇
久々に顔を出した〝憩いの場〟には、やっぱり人気がなかった。
ちょうど誰もが屋敷の見張りで忙しい時間帯なのだろう。
以前よりは整っている地面を見ながら、綺麗に揃えられた棚から木剣をふたつ引き抜く。
「お使いになって?」
「……ヴァルトーレ公爵令嬢?」
ぱしん、と得物を受け取るライセス。
ひとつは自分へ。
ひとつは相手へ。
辿り着いたのは庭園の端。
騎士達が休憩時間に鍛錬するための演習場。
――そして、いまの彼女を構成するすべてが始まった場所。
「――――――ッ!!」
言葉はなかった。
剣気が迸る。
今まで一切の反応も示さなかった左手が柄を握る。
レンズ越しの瞳は在るべき色を取り戻し、邪魔だと言わんばかりに眼鏡は外されて服のポケットへ。
「……君、一体なにを――」
「やっぱり、駄目ですわねえ」
くすりと笑う声。
唇が三日月のごとく薄く歪む。
碧色の瞳と金色の髪が映えるように光を放つ。
もちろん錯覚。
彼女の放つ圧が、そう見せかけているだけ。
「――――自制、できそうにありませんわッ!」
クリスティアナが地を駆ける。
音を置き去りにした疾走。
それはマーガレットとの決戦時と比べ物にならない練度の技術。
明らかに速さが増していた。
当然のコト。
剣気を纏い、魔剣を手にし、その限界を超えたなら――その分だけ質も高くなっている。
「随分と急なご挨拶だね、公爵令嬢?」
「ふ――――」
刃が擦れる。
剣戟をくり返す。
木片の散る刹那。
自然の刃金を鳴らす瞬間。
ひとつひとつ、丁寧に紡がれる命のやり取り。
――――先に笑ったのは、クリスティアナだった。
「ふ――――ふふっ、くふふひっ」
「令嬢?」
「ひっ、ひひひっ、あははっ! あははははははっ!」
「……一体どうしたんだ。君はそんな人か? ヴァルトーレ公爵令嬢」
「あはははははっ! ――――あぁああぁぁあぁぁあぁああ――――ッ!!!!」
「!!」
渾身の振り下ろし。
阻まれる。
剣が交わった。
押し切るまでの力は足りない。
そのまま鍔迫り合いに移行する。
「〝魔剣〟ッ!!」
「――――正気かい?」
「〝終閃散華〟――――――ッ!!!!」
ぎしり、と急激な変化に軋む身体。
どちらの身体から聞こえたのかは分からない。
ただライセスにとっては致命的な驚きで、
クリスティアナにとっては瞬間的な優位だった。
――――力が勝る。
そのまま、彼女は彼を叩き斬ろうとして――――
「っ」
「あ」
あまりの規格外な出力に、互いの木剣が粉々に砕けた。
「――――――、」
ふわりと浮かぶ身体。
クリスティアナは上からライセスを見下ろしている。
一秒にも満たないわずかな間だった。
迷いとか、痛みとか、苦しみとか。
それこそアジーの言っていた恨み辛みやらとか。
そういった余計なモノを全部取っ払ってしまって――
「ッ!!」
思いっきり、彼の胸に飛びこむ。
「……いちおう訊くけど。大丈夫かい? ヴァル――――」
「どうしてッ」
気付けば口が開いていた。
飾らない言葉。
意図してない返答。
それは彼女の
心の奥底に眠る自分自身の発露だ。
「なんで、婚約破棄なんてしましたのよ……ッ」
「……言わなかったかな。もう君のことは――――」
「だったらなんでッ!?」
がばっ、と顔をあげる。
馬鹿らしい。
それでいてアホらしい。
自分はなにをしているのだろう。
意味不明だ、ワケが分からなかった。
なんで――――涙なんて、この歳になって流しているのだろう。
「なんで、そんなにわたくしのことが好きなんですのよ……ッ!!」
「――――――――」
「笑うしかないじゃありませんのッ、まともに居られるワケないじゃありませんのッ! 斬り合うたびに好きだ愛だ恋だ好意だってッ……! こんなのッ、こん、なの――――」
「――――……ああ、そうか。それで分かったのか。成る程。道理で……」
ライセスはどこか諦めるように笑った。
今まで見た中でいちばん人間らしい彼の表情。
作り物ではない、本心からこぼれたような顔。
だから、もうなにもかもが全部勘違いではなかったのだと、認めるしかなくなった。
「あのままで良かったじゃありませんの! 貴方はわたくしが好きでっ、わたくしだって貴方の婚約者という地位に不満はなかった! それで良かったじゃありませんの! それのなにが駄目だったと言うんですの!? それの――――」
「俺は君に愛されたいわけじゃない」
刺すような一言。
一瞬、間違いなく、クリスティアナの時間は止まった。
……ほんの、一秒にも満たない一瞬だったけれど、たしかに。
「な――――なに、を。あれだけの気持ちを抱えておいてッ、貴方一体――――」
「じゃあ訊くけれど。本気の君と真正面から斬り合いたいって言えば、あの頃の君は同意してくれたのか」
「――――――――それ、は」
「もしくはだ。恋人だけど殺し合いをしてくれ、なんて願いを受け入れるのか、君は」
目は、本気だった。
「……君の剣の素質は昔から気付いていた。ずっと前からだ。機会さえあればどうにかして手に取ってもらえないかと考えていた。……そうだよ、ああそうだ。ずっとずっと、今よりもっと強くなる君と戦ってみたかった。君の歩むその先の、辿り着くべき極奥を見てみたかった。――――なのに君は、剣を手に取ってすらいなかったろう」
「――――――」
「もう一度言う。好かれたいわけじゃない。愛されたいわけじゃない。結婚したいわけでも、君とこの国を支えていきたいわけでもない。そんなコトは全部まとめてどうでもいい。――――俺はただ、完成した剣客である君と、ただ一度の斬り合いがしたい」
そのためなら全てが要らない。
そのひとつが確約されるのなら他に価値はない。
全てが無意味だ。
彼にとって真なる願いは唯一無二。
そう語る瞳が、真っ直ぐにクリスティアナを見詰めている。
「ああこの際だ、バレたなら正直に言うよ。君のことは大好きだ。愛してる。俺の全部を捧げても良いぐらいだ。それぐらい好きだ。何度言っても足りない。――――でも、いいや、だからこそ。極まった君と一度、本気で死合いたいんだ」
「――――ライ、セス……」
「…………理解できないだろう? 俺もそうだ、ワケが分からない。理屈が通っていない。でも仕方ないさ。そう思ったんだから仕方ない。なにがなんでも本気の君とやりたいんだ。恨まれても嫌われても良い。殺されるなんてむしろ本望だ。そのぐらい――――君が好きで、君が大事で――――君を殺したい」
それは規格が狂ったが故の弊害だろう。
ライセス・ベルリオンは人間だが生き物の範疇から逸脱している。
この星に於ける単一での強さを競って彼に適うものは現時点でひとつもない。
外敵など皆無。
例えどんなに硬い刃であろうと、どんなに強い猛毒であろうと、どんなに激しい爆発であろうとその命を揺さぶれるモノはない。
――そんな欠陥品が、生まれてはじめて、純粋な心から誰かに惹かれた。
「……要するに、わたくしが好きすぎて、わたくしに殺されたいと?」
「違うよ。ぜんぜん違う。君が好きで、君の未来が楽しみで、その君と斬り合いたい」
「じゃあわたくしでも殺したいと」
「そうなったなら、まあ、しょうがないかなとは思ってる」
くすくすとライセスは笑った。
本気だ、この男。
本気でどうしようもないほど愛しているくせに。
本気で馬鹿なことをするぐらい想いを抱いているくせに。
それで正面からぶつかって――満足できれば死んでもまあよし、だなんて。
ちょっと、頭がおかしいというにはズレすぎている。
端的に言うと。
――――やべえ、こいつ。
「……ドン引きですわ。貴方、そんな男でしたの……?」
「知らなきゃ良かったのにね。全部君のせいだ。なんてことだろう」
「それはこっちの台詞ですのよ。……まったく……」
はあ、と大きなため息を吐く。
……本当、なんてことだろう。
ドン引きなのに。
やべえ奴すぎてちょっと心臓が縮こまっているというのに。
――――ああ、つまるところ。
馬鹿なのは自分も一緒で。
どうも、背中に回した腕が解けてくれないらしい。
「……ヴァルトーレ公爵令嬢?」
「最低の男ですわ」
「……ああ、そうだね」
「最低、最悪。狂ってますのよ。なにが正常ですの? 異常性の塊。まるで悪鬼羅刹というか怪物そのままでしょうに。ろくでもない人間。ろくでなし。人でなし」
「うん、全部合ってる。俺は結局そういう生き物みたいだ」
「そんなんじゃだーれも貰ってくれませんわね」
「そうとも。けどそれは良いコトだ。誰も不幸にならないから」
「――――おバカ。そこはわたくしが貧乏くじを引いてあげますわよ」
……ぎゅっと、わずかに力を込める。
「……さっきも言ったけど、正気かい、君」
「ええ、全然。貴方よりずっと正気ですわ」
「俺の話を聞いていたかな? いまの会話からどうしてそういう結論になるんだ?」
「だってライセスはわたくしのことが好きなんでしょう?」
「いや、それはそうだけど」
「わたくし、惚れた男の願いも叶えてやらないほど小さい人間ではありませんので」
ぎゅっと、もうすこし強く。
たしかにきっと伝わるように、腕へ力を込めた。
「やってやりますわよ、そのぐらい。斬り合いとか殺し合いとか別にもう嫌いじゃありませんし。命のやり取りもまあ、わりと、うん。楽しめましたし。貴方がその相手なのでしょう? ……実際考えてみますと、その…………悪く、ないんですのよ」
「――――バカなのか? 君は」
「バカは貴方でしょうっ! 勝手に人の器を決めつけるような真似をしておいて! 一体いつからわたくしはそんな狭量な人間になったのでしょう!?」
「でも」
「いいからっ! ……いいから、傍に居なさい。ぜんぶまとめて引っくるめて、このわたくしが許してさしあげると言っているのですよ。だったらもう分かりでしょう」
彼の胸に顔をうずめる。
なんだろう、頬が熱い。
なんだかめちゃくちゃ恥ずかしいコトを言った気がする。
でも後に引けない。
もう無理だ。
だってどう足掻こうと自分から飛びこんだトコロだし。
「――――貴方がどんなヤツだろうと関係ないぐらい好きって言ってるんですのよッ! それぐらい分かりなさいこの馬鹿王子ッ!!」
「――――――それは、……参った……な……」
「ふんッ」
「……は、ははっ……いや……そうか、そっか。……うん、たしかに見誤った。君――――ちょっと、凄すぎないか?」
「いい女でしょう? もっと褒めても良いんですのよ」
「できないよ。……出てこないぐらい、酷いな。ほんと……あははっ……」
クリスティアナはふいっと視線を逸らしながらライセスにしがみつく。
凄いとか、酷いとか、言いたいコトは分かるがちょっと抽象的すぎだ。
もっとストレートに言ってもらいたいものである。
こう、なんというか、彼女のココロ的に。
「……ヴァルトーレ公――――」
「クリス」
「――――……、」
「クリス。そう呼ぶまで、返事、してあげませんのでっ」
「…………クリス」
「なんですの」
「ごめん」
「許してさしあげます」
「ありがとう」
「どういたしまして」
そっと、顔を近付ける。
「好きだ」
「…………わたくしも、です」
重なった影は一瞬。
けれど時間は間延びしたように。
それは奇妙な告白で、
きっとふたり以外の誰にも理解されない想いの形。
だから誰にも邪魔なんてされないだろう。
なにせこの世において彼の気持ちを受け止められる相手はただひとり。
――――その日、彼女は初めて思い知った。
恋とは、盲目である。
》ぎゅっ
なおこの悪役令嬢、まだ完治してないのに魔剣使ったせいでまた身体をボロボロにしてます。うーんこの。
次回にて最後。エピローグになります。
悪役令嬢が剣で斬り合うガチバトルしようぜ! とかいう出落ち設定をここまで引っ張れたことがまずおかしいんじゃよ(白目)