悪役令嬢、怒りのあまり剣に狂う。   作:4kibou

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3/その女、凶暴につき

 

 

 

 

 講堂を出て教室へ向かう。

 

 身体の痛みはほんの数分で大分良くなった。

 歩くのにも然程問題ない。

 この分であれば午前の授業が終わる頃には完治しているだろう、とぼんやり考えながら廊下を歩いていく。

 

 朝の時間、始業まではあと十分といったところ。

 行き交う生徒の数は多くもなく少なくもなく。

 大半の優良な学園生はすでに教室の中で自分の机に座っているようだった。

 

 お陰様で無駄に広く長い廊下はどことなく静かだ。

 コツコツと、力強く踏み込まれるクリスティアナの靴音がいやに響いていく。

 

(授業にはフツーに間に合いそうですわね。仕方ないので殴るのは後にしてさしあげますわ、クソ生徒会長サマ)

 

 本当なら即刻ギロチン送りにしてもいいぐらいの無礼であるが、実のところなんだかんだで色々助けてもらったりしている相手である。

 

 主に他の生徒と諍いになった時とかに。

 

 尤もその場をおさめた後に必ず生徒会室に呼び出されて小一時間説教されるのだが。

 

(というか大人しく従っているわたくしに感謝してくれても良いのではなくて? 公爵家のわたくしが黙っているからなにも言わないという生徒も多いコトを気付いているのでは? やっぱあの男最低では?)

 

 むむむ、と考えてみるが答えは彼女の胸にはない。

 気になるのなら本人に訊くのが一番だが、あいにくクリスティアナにとってもイザヤはそれほど親しく接せられる相手ではなかった。

 

 言葉の応酬なら幾らでも続けられるが、仲睦まじくテーブル挟んで紅茶でうふふ、とはいかないだろう。

 そもそも生徒会長(あの男)が「うふふ」とか微笑む姿が想像できないので。

 

「……あら?」

 

 と、考え事をしながら不意に顔を上げた時。

 前方でなにやらフラフラと歩く――ちょっと見慣れた――男子の背中を見つけた。

 

「――ん? え、あ。ヴァルトーレ、公爵令嬢……?」

「あらあら。イグニス様。そんなに大量の荷物を抱えて、一体何処へ?」

「きょ、教室に。……あはは。うん。ちょうど、先生に用事があったから。ついでに」

「頼まれた、というワケですのねぇ」

「まあ、そうだね」

 

 くすくすと笑う少年は曇りひとつ感じさえない穏やかさだ。

 目元を隠すまで伸びた赤銅色の髪と、細い手足、運動の経験が無さそうな白い肌。

 

 辺境に領地を持つヴァンデライア子爵の令息、イグニス・ヴァンデライア。

 

 学園への入学を機に中央へやってきた彼は、不慣れな部分を見せつつも日々頑張っている真面目な生徒のひとりだ。

 揉め事や争い事、その他厄介事を起こさないというのもあって教師からの信頼もそこそこ厚い。

 

「……わたくしが持って差し上げてもよろしくってよ?」

「あ、大丈夫。このぐらいなんてことないよ」

「……ふらついてるのに?」

「? うん。平気です。それにほら、公爵令嬢に荷物を持たせた、なんて知られたら僕死んじゃうし。たぶん」

「死にませんわよ。ほら、貸してごらんなさい」

「あっ、ちょっ、待っ――――」

「なんですのよ?」

「………………ちから、すご」

「??」

 

 ひょい、と抱えていた資料の半分ほどを奪ったクリスティアナを見つめる純朴少年。

 

 もともと非力で鍛え方が足りないとはいえ、男の彼ですらちょっとキツかった重量だ。

 それを片手で――しかも顔色ひとつ変えずに――取っていった姿はなんとも眩しい。

 彼女の容姿の美しさよりも前にその男前な態度にキュンとくる。

 

 公爵令嬢、イケメンだ。

 

「さあ行きますわよ。イグニス様」

「あ、うん。ごめん、ありがとう。凄いね、ヴァルトーレ公爵令嬢」

「イグニス様はもっと堂々としてください。貴方それでも子爵家でしょう」

「えへへ」

「褒めてませんが?」

「あ、そうなんだ」

「………………、」

 

 ほう、と息を吐きながら彼の隣を歩いていく。

 

 このちょっと気が抜けた頭というか、思考のズレた人間性というか。

 嫌味を嫌味と受け取れない純粋さというか、そういうところが彼との親交を生んだのだろう。

 

 入学初日に勢いで「隅っこぐらしの子爵家がよく中央へ顔を出せましたわね!」と喧嘩を吹っ掛けたら「え、あ、うん。そうだね、ありがとう!」なんて返された過去を思い出す。

 

 アレは見習うべきだ。

 むしろ尊敬すべきだ。

 

 些細な事でカッとなってしまうクリスティアナにとって彼の言動はタメになる部分がある。

 まあ九割ぐらいタメになるどころか模範としてはいけないようなズレがあるのだが、それはそれ。完璧超人など何処にもいないというコトで済ませておく。

 

「――――あ。そういえば今朝、生徒会長に担がれてたけど……」

「え? なにか?」

「? だから、今朝生徒会長に」

「 な に か ? 」

「――――――……生徒会長に……」

「 な に か ? ? 」

「……ナンデモナイデス。ゴメンナサイ」

「よろしくってよ」

 

 そう、完璧超人など何処にもいない。

 人間ミスのひとつやふたつあるのだ。

 

 彼が思わず口を滑らせてしまったとしても、それを聞かないでいてあげるのも上に立つ者の優しさだ、とクリスティアナは澄んだ瞳で窓の外を見た。

 

 あの生徒会長いつかマジでぶっ殺す。

 

「いい天気だよね、今日」

「……ええ、そうですわね」

「朝から清々しくって気持ちいいし。うん、良い一日になりそう」

「あら、奇遇ですわね。わたくし反吐が出るぐらい最悪な一日の予感がしますわ」

「そっか。そういう日もあるよね、たぶん。でもずっとじゃないよ」

「……だと良いのですけれどねえ……」

 

 ――――静かだ。

 

 イグニスとの会話は余計な私情を挟まなくて良い。

 気の抜けた彼に引っ張られるのだろう。

 起きたときからわーきゃーと騒いでいた自分が嘘みたいに落ち着いている。

 

 ……なんだか。

 

 気のせいか、昨夜、演習場で感じた空気(モノ)と似ていて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――あ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、窓から覗く中庭の様子に指先が震えた。

 

 冷えきっていた胸の魂魄(エンジン)に火が入る。

 かっ開いた瞼がこれ以上なく痙攣して瞬きができない。

 

 ごうごうと唸りを上げる炉心。

 魂ごと血管、骨肉、細胞の一片まで残さず熱を持つ錯覚。

 

 ちょうど校舎に囲まれるような形になった噴水近くの木製ベンチ。

 そこに座る黒髪の男子(バカ)と、桃色髪の女子(クソビッチ)が目にとまる。

 

 ――――判断は速かった。

 

「令嬢?」

「すみませんイグニス様。これ、教室のどこに置いておけば?」

「え、どうしたの急に。とりあえず教卓に置いておけば良いと思うけど」

「了解しましたわ。ではわたくし先に参りますわね!」

「えっ」

 

 言うや否や、直後にクリスティアナは風となった。

 びゅごう、と音を鳴らしてふわりとした金髪の影が走り去っていく。

 

「……元気だなあ、ヴァルトーレ公爵令嬢」

 

 ニコニコ笑う少年は、彼女の本心をひとつたりとも知らないままである。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

「ライセス殿下ァァァアァァアアアアッ!!!!」

 

 

 大気を震わせる絶叫。

 土煙をあげて直進する金色の風。

 

 イグニスから取り上げた荷物を早々に教室へぶち投げて(置いてきて)、彼女は全速力で中庭へと辿り着いた。

 

 

「始業ッ! 五分前ッ!! ですわよォ――――――ッ!!!!」

 

 

 全力疾走の勢いもそのままに放たれる両足蹴り(ドロップキック)。

 

 容赦、手加減、その他冷静な判断など一切なし。

 

 ベンチに座る男女の間を見事に切り離さんとした奇襲は、当然のごとく男子の手によって華麗に避けられた。

 

 ――直撃を喰らったベンチだけが無惨に木片となって砕かれていく。

 

 

「――良い動きだね、クリス」

 

 

「ッ!!」

「けれど危ないな。もう少しで彼女が怪我をするところだった。この綺麗な身体に傷がついてしまったらどうするつもりだい?」

「で、殿下っ、わ、私は――」

「はァ!? どうもしませんがァ!? ライセス殿下こそなにか勘違いをしていらっしゃるんじゃなくってェ!?」

 

 ギロン、と睨みつける鋭い碧眼。

 視線を真っ正面から受けた男子は傍らにか(・)の(・)女子を抱きながらくすりと笑った。

 

 日の光を呑み込むような濡れ羽色の髪。

 それに映えるよう鮮やかな彩を宿す真紅の瞳。

 

 学園指定の制服をさらりと着こなした姿はこれ以上ないほど格好が付いている。

 クリスティアナでさえ平時であれば「顔がイイ」ぐらい思ったろう。

 

 ……その腕に、クソムカつくクソアバズレクソビッチがいなければ。

 

「殿下の婚約者はわたくしのハズですがァ!? 百歩間違ってもそ(・)の(・)髪の毛どころか頭の中まで真っピンクみたいな女とは違うハズでしょう!?」

「く、クリスティアナ様! 私はっ、そんな――」

「やかましいッ!! 黙ってなさい鬱陶しいんですのよこのアマッ!!」

「ひっ」

「そう怒らないで、クリス。ほら、マーガレットが怯えてるじゃないか」

「こぉれが怒らないでいられますぅ!? 頭湧いてんじゃねえですのッ!! 自分がどういう立場でいらっしゃるか自覚をした方がよろしくってよライセスッ!!」

「酷いな、俺はただ彼女と世間話をしていたに過ぎないというのに。少し言い過ぎじゃないかな、クリス」

 

 むしろ言い足りない、こんなものじゃない、まだ怒り足りない、と闘志を滾らせるクリスティアナ。

 

 魂に火が点いた彼女はそうそう止まらない。止まれない。

 なにせ昨晩まで引き摺っていたのと同じ衝動的な感情だ。

 

 これがただ深呼吸でもして落ち着くのならあ(・)ん(・)な(・)真(・)似(・)はしなかった。

 

 だから。

 

「貴女も貴女ですわッ!! なにを黙って殿下に抱かれておりますのッ!? さっさと退きなさいマーガレット・パラネロスッ!! 身の程を知りなさい!!」

「はっ、はいぃ! すいませんすいませんごめんなさ――――」

「やめないか、クリス。女性を危険から守るのは帝国男児として当然のコトだ。彼女を責める必要はないだろう?」

「ひとっっっっっつも心の篭もっていない台詞をありがとうございますゥ!! なにが当然のコトですか!? 以前わたくしが決闘騒ぎに巻き込まれたとき助けてもくださらなかったじゃありませんの!!」

「クリスなら大丈夫だと思った。君は強いから」

「理由になってねぇーーーーーーんですのよォ!!!!」

 

 振り抜かれる渾身の右ストレート。

 大理石の彫刻へ向けたものと同じ一撃は、けれども易々と彼の手に掴まれる。

 

 ぱしん、という軽い音だった。

 

 衝撃が全部逃がされてしまったらしい。

 

「ライセス殿下ァ……!!」

「怖いな、クリス。婚約者といえどもここまでだと庇えないよ。それに前も言ったけれど、学園では外の関係は持ち込みたくない。ここは女神ステラのもとに皆等しく過ごすんだ。分かってくれるだろう?」

「分かりませんわァ……! 貴方の考えがッ!! 貴方のコトがッ!! 綺麗さっぱりィ!!」

「そうか、それはちょっと残念だ。――ああ、でも、ひとつ言っておこう。マーガレットにはこんな真似、しないでくれよ。彼女は淑女だ。万が一怪我でもしたら、可哀想だからね」

「で、殿下っ……」

「あぁぁああぁあぁあん!!??」

「ぴっ」

 

 死ね、とクリスティアナは真っ直ぐ(ストレート)に思った。

 

 かの邪知暴虐の王太子を生かしてはおけない。

 

 我が心の安寧のために。

 国の未来のために、帝国民の安らぎのために。

 

「――――ちッ。もういいですわ。とにかく授業がはじまりますの。さっさとお二人とも教室へ戻ってくださりまし?」

「ああ、それを伝えに来たのかい? だったら初めからそうと言ってくれればいいのに」

「言いましたがクソボケナスバカ殿下(そうですわね申し訳ございません)」

「ふふっ、クリス。本音と建前が逆だ。気をつけるように」

「はい(しね)!!」

「……………………、」

「マーガレット嬢も早くお行きになって? その制服ひん剥かれたいんですの??」

「ごっ、ごめんなさいぃ!!」

 

 ぴゅーっ、と怯えた小動物のように逃げる女子の背中を見送って、クリスティアナは小さく息を吐いた。

 

 全くもってままならない。

 やはりというべきか本日は厄日、むしろ毎日が厄日、あの女がライセスに近付いてからエブリデイ厄日だ、と大きく肩を落とす。

 

 ……くり返すがそれは別に彼が好きだから、とかそういうワケではない。

 断じてない。

 

 彼女が怒っているのはもっと別の部分。

 己の奥底に眠る生まれた時からあった原初の歪み。

 

 ――――私のモノが、狙われている。

 

 ただそれだけの、不愉快な感情だ。

 

 

 





》殿下
なんかある日気付いたら元平民のピンク女にゾッコンだった(悪役令嬢視点)黒髪赤眼は王家の証。王族に代々伝わる聖剣とか持ってる。イケメン。

》ピンクちゃん
元平民。養子。優しくしてくれた両親に報いようと学園に来たらなんかやべー王子にまとわり付かれた。わりと純粋。悪い子ジャナイヨ。

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