悪役令嬢、怒りのあまり剣に狂う。   作:4kibou

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30/エピローグ

 

 

 

 

 ライセスの腕に抱かれながら、クリスティアナは細く息を吐いた。

 

 演習場からの帰り道。

 

 勢いのまま抱きついたまでは良いが、問題はそのあと。

 

 直前の諍いで彼女は自慢の魔剣を振りかざしたばかりだ。

 自滅必至の肉体掌握を使いこなした身体駆動。

 

 その反動は一回といえど軽くない。

 そもそも万全の状態で一日一度がようやく現実的かといったレベル。

 しかも回復薬及び聖剣の治癒ありでの判断がそれになる。

 

 当然、なにもない状態で使ってしまえば重傷だ。

 

「…………その」

「……うん?」

「あ、ありがとう、ですわ。……かかえて、もらって」

「別に良いよ。このぐらい」

「お、重くないんですの? わ、わたくし最近ちょっと……」

「全然。クリスならいくらでも持っていられる」

「…………っ」

 

 結果、このように彼にだだ甘えする羽目になっている。

 

 告白の直後で。

 あんな接吻(コト)したあとで。

 

 もう顔は真っ赤、耳までトマトみたいになっているのは言うまでもない。

 

そ、そうですかっ。……まったく、つい先日までわたくしに悪態をついていた男とは思えませんわ。ほんっと」

「そうだね。ごめん。あの時はまあ、だって、君からは嫌われたほうが戦いやすい……というより、本気を出させやすいのかなって思って」

「その根拠は一体どこから」

「だって、君とマーガレットはあんなに楽しそうにやり合うじゃないか。羨ましいよ」

「……そう言われるとたしかに。え、なんですの。じゃあわたくしがあの女とあんな派手に斬り合ってなかったら別にそういう態度も取らなかったと……?」

「? だって、取る意味がないだろう?」

「…………そう、ですのね」

 

 ふいっと、いま一度頬を赤く染めながら視線を逸らす。

 

 なんでもない会話。

 なんでもない会話なのであるが……いまのは暗に「クリスティアナ以外に別段興味とかない」と言っているのと同義だった。

 

 気付かなければ良かったが気付いてしまってはどうしようもない。

 

 いや本当どうしようもない。

 

 というかどうしよう。

 

 

 この男――――ちょっと自分(わたくし)のコト好きすぎる。

 

 

「ああ、そうだ。クリス」

「……なんですの」

「婚約、どうしようか」

「どうって……もう破棄したので無効でしょう? いまさら何を……」

「いや、今回の聖剣祭襲撃に対する功績で父上から褒美をひとつ約束されてる。なんなら継承権を戻すのも考えるってまで言われてるぐらいだ。クリスさえ良いなら再婚約も」

 

「…………、嫌ですわ」

「そっか。じゃあやめとく」

「…………結婚にしてくださいませ」

「じゃあそう言ってみようか」

「…………はい」

 

 どうしよう。

 

 マジでこの男――――ちょっと自分(わたくし)も好きかもしれない。

 

「……冗談ですわよ、帝国の法律を塗り替えるわけにはいきませんわ」

「たぶん今ならできると思うけど」

「良いですわよ。……しましょう、再婚約。ええ、してさしあげますわ。有り難く思いなさい、ライセス」

「うん、ありがとうクリス。愛してる。これから先もずっと」

「ひあっ!? ちょっ、急にキスしませんでくれます!? びっくりしたじゃありませんのォ!!」

「ごめん、つい」

「つい(にこぉ)じゃあないんですのよっ! まったく! もうまったく!!」

 

 ぷんすか怒るクリスティアナだが、抱かれたままでは威厳もなにもない。

 その行動に嘘偽りなしと分かっているから良いが……というか分かりすぎているから余計にダメなのもある。

 

 言葉以上に彼女はライセスの気持ち、その重さを理解してしまっている。

 

 実際に剣を合わせたが故のコトだ。

 

 一合一合斬り合うたびに脳がパンクするほどの愛情をぶっ込まれてはロクに剣戟にも集中できない。

 

 目下の目標、将来的な彼との闘争を考えるならそれの克服が一番だろう。

 

「……というか、なんでわざわざマーガレットを使ってあんな真似したんですのよ」

「最初は冗談半分だったんだよ。クリスは自分のモノに対する執着心が凄いから、俺が他の誰かに惚れて離れて行ったら、なにかの間違いで剣を取ったりするかなって。まさか本当にそうなるとは思ってなかった」

「わざわざウチの騎士に指示して()()()()()()()()()()()にしておいたくせに言いますわ。可能性としては目論んでいたのでしょう」

「そりゃあそれが目的なんだから当然だ。あえてマーガレットを選んだのも、彼女の戦いっぷりを見ていれば分かるだろう?」

 

 と、そこで出てきた伯爵令嬢の名前にクリスティアナがむすっと唇を尖らせた。

 眉根を寄せて睨むように見上げて、ライセスのほうへ顔を向ける。

 

「……まさか彼女にも期待していたんですの?」

「いや、クリスと斬り合う前の暇潰しぐらいにはなるから。ついでに」

「――――ライセス。貴方、その考え……」

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とっても良いですわ」

「そっか」

 

 

 彼の解答に満足したのか、クリスティアナが屈託なく微笑む。

 

 あくまでついで。

 本命ではなし。

 

 むしろアレだけやってのけた「私のほうが強い」女を前に暇潰しとはよく言う。

 

 ……実際、木剣同士の手合わせとはいえ、先ほどは剣気も纏わずにクリスティアナの刃を対応していたような男だ。

 

 彼にとってはマーガレットもそうそう脅威に映らない。

 

「……ライセス」

「なんだい」

「これからは、そんな回りくどいコトをしないでも良いですから。……もっともっと強くなって、貴方に相応しくなってあげますわよ」

「そうか、それは楽しみだね」

「――――だから……ずっとずっと、傍にいてくださいね。……貴方はもう、わたくしのモノですから……その、手放す気など、ありませんわ……っ」

「…………分かってる。もうしないよ。いまの君にそうする必要なんてなさそうだ」

 

 公爵令嬢クリスティアナ・ヴァルトーレは第一王子ライセス・ベルリオンの婚約者だ。

 

 婚約は彼女が七歳のときに決まり、以来クリスティアナは次期王妃として相応しくなるよう様々な教育を受けるコトになる。

 

 ……そこに少女らしい感情があったかと言えば、正直まあ、そうでもなく。

 

 所詮は親同士が決めた政略結婚。

 愛し合う誰かと熱い抱擁やら触れ合いやらを楽しむ――なんて夢のまた夢。

 

 そもそも彼女も彼もそういった感性とかけ離れていたのもあって、ふたりの間に恋愛感情は一切なかった。

 

 だからといってその座がどうでもいいものであったかと言えばそうじゃない。

 

 貴族の令嬢たちにとっては次期王妃など憧れのモノ。

 

 願い、望み、羨む人間も、

 妬み嫉みも相応に多かった。

 

 価値があった。

 

 彼女が手に入れた唯一無二の座は、それほどまでに大きな意味を孕んでいる。

 

 彼女のモノになった瞬間からその事実は変わりない。

 

 

 ――――そんな風に、思っていた。

 

 

「今日も素敵だ、クリス」

「突然なんですのよ。……恥ずかしいじゃありませんの」

「ふふ、言ってみたかっただけだ」

「なんです、ほんとに」

「演技とはいえマーガレットばかりに言って、君には言ってあげられなかったろう」

「……じゃあ、許しますわ。特別に」

 

 ……そこにはきっと、少女らしい感情が余計なほど溢れている。

 

 こんなのは最早政略結婚ですらない。

 

 愛し合う誰かと熱い抱擁やら肌の触れ合いを楽しむなんて夢のまた夢――だったのに。

 

 もう彼の隣は、他の誰にも渡せないほど大切なものになってしまった。

 

 

 

 こうして、一連の事件は幕を閉じた。

 

 第一王子が伯爵家の娘に接触したコトからはじまった奇妙な剣客譚。

 その結末はなんとも妙なふたりの関係性が、言葉にせずとも語っている。

 

 いつか斬り合う間柄。

 

 剣に魅せられた者同士。

 

 だけど――――いや、だからこそ。

 

 お互いが大好きで、お互いが大切で、

 

 

 

 お互いに――――相手が絶対、一番なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――帝国北部、王家管轄の領地。

 

 枯れた木々としおれた草むらに覆われた不毛の地。

 

 町からわずかに離れた高台の上には、古臭くも豪奢な屋敷が建っている。

 

 

「――――なにを読んでいるんだい?」

「……童話ですわよ。ちょうど、小さい頃によく読み聞かせてもらった」

「へえ。そうなのか。そういうの、あんまり覚えてないなあ」

「そうでしょうね、貴方なら」

 

 

 ぱたん、と本を閉じる。

 

 手を伸ばして、目の前の棚にそっと戻す。

 

 ……ちょっと、届かない。

 

 

「貸して」

「あっ」

「別に無理しないでいいだろう。俺がいるのに」

「……無理なんてしてませんんわよ。目測を誤っただけで」

 

 

 色々と不便な生活はこれで十数年目だ。

 

 苦労はしているが確実に慣れてもきている。

 

 ここで甘えてはいけない――なんて思って居た彼女だが、彼の顔を見る限りどうにも。

 

 

「怒るのは俺だけじゃないさ。あの子だって心配してる」

「百年早いですのよ。大体、まだわたくしの実力を知らないからでしょう?」

「そりゃあそうだよ。学園に入ったばかりだ。これからじゃないか、気付くとしても」

「……学園、ねえ……」

 

 

 彼に()()()()()()()書斎から出る。

 

 自分の足で歩かなくなってからどれほど経つだろう。

 

 学園に通っていた頃はまだまだ元気だった。

 腕の麻痺も目の不具合もいまと比べれば可愛いものだ、なんて思い出して苦笑する。

 

 それでも生きて来られたのは、色々な周囲の手助けあってこそだ。

 

 主にいまだ鼻持ちならないあの女とか。

 

 

「あの子はどうなるだろう。まだ剣気は使えないけど」

「どちらにしろ遅かれ早かれ成るでしょう。それこそ魔剣でも見せたら一発ですわ」

「どうして分かるんだい?」

「わたくしがそうでしたので」

「なるほど」

 

 

 くすりと彼は笑う。

 昔からずっとそうだったように、聞き慣れた静かな笑い声。

 

 

「……今朝、懐かしい夢を見ましたの」

「夢?」

「ええ。あの女を初めて叩きのめした時の夢ですわ」

「――――ああ、それは懐かしいね」

 

 

 緩やかに回る時間。

 

 それはいつかに。

 ずっとずっと前から決まっていたように。

 

 ただ穏やかに笑いながら、ふたりは歩いていった。

 

 なにをするかなんて、いまさら語るまでもない。

 

 

 

 

 

 ――――刃金が響く。

 

 剣が舞う。

 

 長く、速く、重く。

 

 

 

 

 

 いつまでも、どこまでも――

 

 

 

 

 









これにて完結です。お付き合いくださりありがとうございました。
以下あとがき。










大体薄いラノベ一冊分ぐらい書いたので満足です。書きたいシーンを全部詰め込んだので達成感しゅごい。やっぱりこう、一騎打ちいいよねって…

バトル描写が辛すぎて辛すぎてお辛ぁいってなったので多分次があったら普通にラブコメとか書きます。いやもうほんとシリアスも戦闘も苦手なんやなって(諦め)


ともかく一か月ちょっとお世話になりました。またご縁があれば読んでくださると幸いです。お疲れさまでしたー!
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