「復ッ活!」
がばぁ! とベッドから起き上がりつつクリスティアナは吼えた。
学園を休んではや十日目。
母親との夜会(ガチ)から一週間以上も経った本日。
侍女や父親の目を盗んで
クリスティアナ・ヴァルトーレ。
久々に身体のどこも痛むことなく大地に立つ。
「わたくし、復ッッッッ活!! わたくし、復ッッッッッッ活!!!!」
「おめでとうございますお嬢様! でもやけに時間がかかりましたね!」
「当たり前でしょうアジー!? なにせ毎日剣を振ってましたもの!!」
「え?」
「え?」
「「………………、」」
……ともかく、彼女の身体は完治した。
いまはそういうことにしておこう。
そういうことにしておきたい、とクリスティアナはくるり
ワタシ、ナニモイッテナイ――という遅すぎる&下手すぎる誤魔化しである。
「着替えましょう、アジー! ふふ、学園の制服を着るのも久々ですわねぇ!?」
「お嬢様?」
「さあさあなにをしていますの!? はやく制服を用意しなさい!? ほら、早く!?」
「お嬢様??」
「アジー!!」
「公爵様ァーーーーー!!!!」
「ちょッ、待っ、お、お黙りなさいこのバカーーーー!!」
すぱこーん、と履いていた室内用の
妙に良い音なのが余計にアレだった。
「バカはお嬢様でしょうあれだけ言われたのに!!」
「お母様は許してくださいましたわ! 好きにしなさいと!!」
「はァ!? どうして!? お嬢様が毎日あれだけ痛がって――――…………、あれ? 痛がってたのは回復薬の副作用じゃなくてそのせい……?」
「さあアジー? なにをしておりますの? 遅刻しますわよ? 早くしましょうアジー」
「公爵様ァーーーーーーーーーーー!!!!!!」
「おバカッ! このッ……このおバカッ! もうおバカッ! おバカさんッ!!」
「くり返しますがバカはお嬢様ですよ!! 私が一体これまでどんなに――」
「? どんなに、なんですの?」
「――――――……なんでも、ありませんッ」
「え、そこで止めます? 気になるじゃありませんの」
ケチですわねえ、なんてぶつくさ文句を言い始める主人は少女の思いに気付かない。
鈍感系お嬢様、頭の中はもっぱらピンク死ねと殿下死ねと
数日前から剣を振るのが大好きな
「ところでアジー。わたくし思ったのだけれど」
「……なんですかっ」
「学園は剣を持っていってはいけない決まりとかありませんわよね?」
「いやありますよ当たり前じゃないですか」
「ッ!?」
「なんで驚いてるんですかお嬢様はやっぱりバカなんですか」
「――え、でもでも、じゃあ木剣は? 木剣ならいいですわよね? ほら、殺傷力とかないじゃありませんの!」
「お嬢様。例え木剣でも本気で人の頭を殴れば頭蓋ぐらい割れるんですよ」
「たしかにですわ。……人は脆いんですのねぇ……」
(お嬢様、そこで思うコトはそういう問題じゃないと私思います――)
骨は折れるし血管は切れるし臓器は機能不全を起こすし脳は萎える。
人の身体は生きていくうち着実に劣化する。
生き物とはそういうものだ。
悲しいけれどコレ現実なのよね、なんて考えながらしょんぼりするクリスティアナは微妙に思考回路がズレていた。
もはや後戻りできないといった母親の言葉はそう間違いでもないらしい。
「それはそれとして剣については公爵様に報告させていただきます」
「おやめなさいッ! お父様が聞いたらもう一週間は監禁されますわよ!?」
「――――ハッハッハ。もう聞いちゃったよ愛しのクリスティアナ……」
「お、お父様!」
「どこへ行くんだァ……?」
「が、学園に……学園に行く準備ですわッ!」
ひとり用の
「あと二週間だァ……」
「お父様ッ!?」
この後めちゃくちゃ説得した。
◇◆◇
「おっっっっっっはようございましてぇーーー!! みなさまぁーーーーー!!」
「うるさっ」
「なに? あ、クリスティアナ様」
「あら、今日から出席いたしますのね。元気そうでなによりですわ」
「十日間もなにしてたんだ公爵令嬢。そんなに病弱だったか?」
「きっと精神的苦痛でおかしくなられたのよ。かわいそうに。殿下とマーガレット嬢が仲良くされてますから……」
「うーん今日もクソ良い天気のクソ学園日和ですわねぇ!!!!」
「お嬢様ぁ! 病み上がりなのでくれぐれも注意くださいッ!」
がやがやと騒がしい中をクリスティアナはひとり優雅(自称)に歩いていく。
長い休みだったとはいえせいぜいが一週間と少し。
学園の様子は然程変わっていない。
生徒だって同じだ。
彼女への接し方にコレといって変化は――いやまあ公爵令嬢的にはあってもらいたい非常に不愉快なアレコレとかあるが――それはいい。
いまは目を瞑ることにする。
「――ようやく来たか、
「あらまあ、お久しぶりですわ。生徒会長」
「久方ぶりだ。だがすっかり休めたようでなにより。顔色がよくなっているな」
「……本当に目敏いかたですわねえ……」
「手のかかる子ほど可愛いと言うだろう。そういうことだ、公爵令嬢」
明らかにちょっと小馬鹿にしている言葉だった。
びきぃ、とこめかみに血管を浮かべるクリスティアナだが、彼女も偏に剣ばっかり振っていたワケではない。
休息は間違いなく彼女の心の余裕を生んだ。
いまこそソレが発揮される時である。
「まぁ? わたくしが可愛いのは万国共通ですし? 褒め言葉として受け取ってさしあげますわ、生徒会長サマ?」
「いや、可愛いは違うだろう」
「一秒前の会話を思い出してくださいまし? アホですの? 脳みそ狂ってんですの?」
「半分冗談だ」
「もう半分はなんですのぶっ殺しますわよ?」
「ヴァルトーレは綺麗のほうが容姿を褒める場合は似合うだろう。美人なのは間違いないからな。そこは誰もおまえに反論できないハズだ」
「――――――死んでくださいましぃ……!」
「は?」
この男、素でこんなコト言ってやがる。
学年差があるとはいえ問題児として――非常に悔しいがこの場合だけは認めてやる問題児として――わりと付き合いのあるクリスティアナは瞬時に理解した。
ああ、こいつはダメだ――堅物で真面目で鈍感唐変木なくせにこういう歯の浮くようなコトが言える男はダメだ。
帝国淑女基本法(そんなモノはない)第三万七千五百六十四条、他人の好意に鈍いくせに相手を口説き落とすような男は皆すべからく塵芥であり屑。よって私刑が全面的に許されている。(されていない)
「勘違いされても知りませんわよっ」
「なにがだ」
「わたくしのコトが大大大好きな生徒会長サマが口説いてると」
「なにを言ってるんだおまえは。婚約者がいる
「ぶっ殺してぇ……ぶっ殺してぇですわぁ……」
「横恋慕などスフィアベルの後継者として言語道断だ。生涯愛する相手はひとりだけでいい。不倫だとか浮気だとか、そういうのはオレは好かん」
「どういたしましょう。めちゃくちゃ
「??」
はあ、と思わずため息を吐くクリスティアナ。
この野郎と話していても埒があかない、というか色々とアブない、と挨拶もそこそこに生徒会長の隣を抜けていく。
「ではまた、生徒会長」
「? ああ。……そうだ、ヴァルトーレ」
「なんですの、今度は」
「無理はするな。また
「…………お節介ですわねえ。肝に銘じておきましてよ」
「そうしてくれると幸いだ」
……まったくもって、本当、なんというか。
この男マジで私のこと大好きすぎなのでは? と思ってもおかしくない言動だった。
まあクリスティアナは心が広く器もでかい最強無敵で
「……ふんッ。いけ好かない男ですわ、イザヤ・スフィアベル」
いつか機会さえあったらぶった切ってやろう。
とくに恨みとかが深いワケではないが、女の直感がそう決意させた。
硬派に見せかけた軟派野郎死すべし慈悲はない、と。
「ふんふふふーん♪…………ん?」
――――しかし。
嗚呼しかし、彼女は失念していた。
忘れてしまっていた。
おそらく弱った心が見せた防衛本能。
度重なる苦痛から精神を守ろうとした無意識下での記憶の整理。
硬派だ軟派だと言ったが、彼女にとってその言葉を向ける相手は間違っても生徒会長なんかではなかった。
なぜなら。
「んんん??」
いま、目の前で。
教室に向かいながら廊下を進む彼女の視線の先で。
校舎の窓から簡単に覗ける中庭の噴水近くのベンチで。
仲良くぎゅっと手を繋ぎながら座る
「んんんんんんん???」
そっ――――と。
顔を。
距離を。
唇を――――近付けていく。
接触まであと何秒か。
分からない、分からない。
クリスティアナにはそういう経験がない。
あの隙間、あの角度、あの様子でお互いの唇が接触するまでいくらぐらい時間がかかるかなんて計算できない。したくもない。
だって、だって、だって、だって、だって。
「ンンンンンンンンンンンンンンン――――――――――???????」
王子殿下と、伯爵令嬢が。
婚姻関係でもなんでもないふたりが。
いま。
その艶やかな唇同士を、〝ちゅっ〟と擬音が窓ごしに聞こえてきそうなほど合わせて。
「――――――――――――――――あのォッ」
ゆっくりと窓に指を這わせる。
それだけで硝子には亀裂が入った。
ビシバキベキビギィ! ――なんて明らかに修復不可能な音。
今度は迂回して中庭の真っ正面から飛んでいく、なんて面倒なコトもしない。
そんなコトをしていられるのならとっくのとうにこの問題は解決しているだろう。
彼女は勢いのまま窓を突き破って、射殺せんばかりの視線をふたりに向けた。
「クソボケどもがァ……ッ、なにをしてくれやがっておりますのですわァ……!!」
これ以上はないほどの怒り、憎悪、嫌悪。
ぐるぐると渦巻く黒い感情が一気にクリスティアナの精神を蝕む。
融けた理性はそれでもある程度冷静に答えを叩き出した。
それはまるで「よし、ちょっと休憩しよう」みたいな軽さで。
〝――そうだ、アイツら殺そう〟
とてもじゃないがティータイム感覚でしていいような思考じゃなかった。
「――――……おや、クリス? 来ていたのかい?」
「く、クリスティアナ様っ、その、こ、これは――」
「あぁ? 御託はいいですわよ。被害者ぶってる貴女の言葉なんて聞き飽きましたし? ばっちり見させていただきましたし? 今さら言い逃れもなにもありませんわ。元平民の阿婆擦れサン?」
「――――酷い言い方だな。俺は君のそういうところ、直したほうが良いと思うんだが……」
「どの口が言いますの殿下? 頭湧いてるのではなくて? この場で死にますぅ?」
「……うん。いまのは聞かなかったことにしよう。それよりクリス。元気そうでなによりだ。休学中はお見舞いにいけなくて悪かったよ。その分だともう大丈夫みたいだね」
沸々とわいてくる殺意をこらえながらクリスティアナはニコニコ微笑んでみる。
おそらくこの国の王族じゃなかったらもう手が出ていた。
どころか二度と自分の顔が鏡で見られなくなるまでぶん殴っていた。
やべえ、コイツマジで本当に本気で粉々に砕いてぶちのめしてえ、という本音が心を揺さぶる。
もちろん興奮による心臓の鼓動の上昇的な感じで。
「――ああ、ちょうどいい。君に伝えたいコトがあったんだ」
「……なんですの?」
「クリスティアナ・ヴァルトーレ」
「はい?」
「俺はこの場で君と――――君との婚約を破棄するコトを、此処に宣言する」
時間が止まった。
空気が固まった。
意識がちょっと遠退いた。
……なんと言った?
いま、その口で、なんと言いやがったこの男?
「殿下?」
「すでに公爵邸には今日の午後着くように送った。発表は来週王城で開かれるダンスパーティーのときで良いだろう。……悪いけれど、俺はもう
「ぴぃっ」
そっと髪の毛を触られて小鳥みたいな奇声をあげる桃髪美少女。
――――ぶちん、と。
自分の中でなにかを保っていた、たしかなモノが断ち切れたのを彼女は感じた。
「だから、もう君のコトは――――」
「伯爵令嬢」
「っ」
声は低く。
音は厳かに。
冷えきった思考と心臓は、いつぞやの時と同じく彼女の全身を支配した。
「――――へぇ」
「貴女はその度重なる行動によりわたくしの心の平穏を踏みにじり、わたくしに与えられる幸福の権利を侵害しました。よって――――」
ならばもはや、誰もクリスティアナを止めることなどできはしない。
「いまこの場で、貴女に決闘を申し込みますわ。マーガレット・パラネロス」
「――――っ、わ、たし……っ」
覆水盆に返らず。
吐いた唾は飲み込めない。
口から出たものはすでにどうしようもない。
――――舞台の幕は、ここに切って落とされた。
》婚約破棄
お約束
》そうだ、アイツら殺そう
京都行こうのノリでぶっ殺しに行く公爵令嬢。控えめに言って野蛮人では??
》決闘
さァ喧嘩だ喧嘩ァ!