「――――ちがう……っ」
「あ?」
淑女らしくない声が口から洩れた。
クリスティアナ的に恥ずべき事である。
……が、いまはどうでもいい。
この場に於いて信じるべきは己の剣ひとつ、その技術のみ。
公爵令嬢としてあるべき振る舞いも、帝国淑女としての上品さも不要だ。
そんなコトよりも重要視するべきは。
「ちがう、やだ、こんな――ッ、ち、ちがうっ!!」
「――――……なァにが、違うというのよ。
「ちがうんですっ! だって、こんなッ、私、こんなんじゃないッ!」
「だからッ! なにが! こんなに!?」
「ちがうのォオオォオォオオォオオオオオォオォオオオォオオオオォッ!!!!」
大気を裂くような絶叫。
満身創痍の身体から出たとは到底思えない声。
会場全体を震わせた少女の言葉は、けれどたったひとり――己自身に向けられたものだ。
(……いま、
ほんの一瞬。
たったの一合。
あまりにも呆気なくクリスティアナの刃を返したその瞬間。
つい先ほどまで〝恐怖〟しか見せなかったマーガレットの剣戟に、微かな〝歓喜〟の色が混ざったのを彼女は見逃さなかった。
「だめッ……やだ……! 私、私は、パラネロス伯爵家の、お嬢様で……ッ、だから、だからこんなのッ、いやっ、いやいやッ! いやァ!! いやだよォ!! やだァ――――!!」
「……ったく。ガキですの? やだやだダメダメこんなのちがうって……呆れてモノも言えませんわねえ……、ん? モノ? あれ、わたくし自分のモノ奪われてる……?」
当然そんなコトはない。
一ミリもない。
断じてない。
とんでもない当たり屋、言いがかりもいいところである。
「…………それは許せませんわねッ!!」
強引に過ぎる結論だった。
物を言えない
「わたくしのモノは誰にも譲りませんわッ!! 例え親兄弟親戚であってもォ!!」
「やだやだやだっ! こんなのッ、こんな、こんなっ、私ぃいいぃいッ」
「死に晒せクソビッチッ!! その首寄越せぇぇえぇえええ!!!!」
もはや蛮族である。
が、野蛮だろうがなんだろうがその刃の冴えは同じ。
慟哭してうずくまるマーガレットへ断頭台の刃が振り下ろされる。
回避は不可能。
その体勢、この状況からでは逃げるコトなど適わない。
今度こそ彼女の首と胴体は泣き分かれして無惨に散るだろう。
「イヤァアァアァアアアアァアアアアァアアアッ!!!!」
迫る刃の速度は音を越えていた。
ならばこそ反応など出来るはずがなかった。
――――剣を取る。
柄を握る、力を溜める、上を向く、対処するべき一撃を目にする。
マーガレットがそれらすべてに費やした時間は――百分の一秒にも満たない間。
……馬鹿げたコトに。
彼女は心底否定と拒絶の意思を主張しながら、完璧にクリスティアナの剣閃を撃墜した。
「――――――ぁ……あ、あぁッ……!」
「――ふぅん? 一度ならず二度までも……」
「ご、ごめんなさいごめんなさいッ! ちがうんですっ! だって私、こんな、こんなつもりじゃ、そんなはずじゃあ……! うそっ、うそよ! ゆめ……ッ、そう、ゆめ――」
「夢なワケがないでございましょうこのすかぽんたんッ!!」
「ひぃ――――ッ!?」
ずざざざざっ、と下がっていくマーガレット。
見ている生徒からすればそれは彼女らしい行動に映るのだろう。
現におかしなモノを目の当たりにしたような反応は薄い。
が、
(……やっぱり)
剣を握り直しながら確信する。
動悸、息切れ、呼吸の乱れ、意識の淀み。
刃に慣れていない人間が剣気を浴びたときに起こる身体の不調。
マーガレットだって例にもれずその圧迫感に苦しんでいた。
……だが、いまはどうか。
うまく酸素を取り込めずに喘ぐ様だろうか、あれが。
……違うだろう。
もちろん、かといって傷が治ったワケではない。
出血は酷い。
体温だって低下している。
重傷は重傷だ。
彼女は本来もうここに立っているのも辛く、決闘を続行できるような状態ではない。
では――――そんな身体でクリスティアナの剣を弾いたのは、一体何事か?
「構えなさい、小娘。まだ勝負はついていませんわよ」
「っ、だ、だったら! もうっ、いいです! 私の――――」
ま。
……と、そこで彼女は声を止めた。
口を開いたまま、なにかを言おうとした状態で。
「ま――――ぁ――――っ、まッ……ま、ァ…………――――!?」
「ま……なんですの? ンン? なァに? 伯爵令嬢? 貴女の? マ? ンンン??」
「なッ、や……なんでッ! どうして!? もういいっ! いいのっ! だから私のま――――ぁ、ああぁああぁあ!?」
「…………バカね」
言えない。
言えるワケがない。
二度の剣戟ですでにクリスティアナは悟った。
――恐怖、怯え、拒絶、否定、痛み、悲しみ、苦しみ。
同時にその隙間からこぼれる歓喜、解放、欲望、願望、渇望、宿願、本音――
「その言葉を口に出せたなら、貴女はわたくしの剣を弾くなんてしなかったでしょう」
「っ!」
「いい加減になさい。伯爵令嬢。醜いったらありゃしないですわよ。腹も立ちますし虫唾も走ります。貴女、わたくしを
「ち、ちがッ――ちがうちがう! ちがいますッ! 私は私はッ、私はァ!」
「なにが違いますのォ!!!!」
轟、と返すように今度はクリスティアナが吼える。
理解すればするほど怒りの矛先は別の部分へ向かった。
最早あのクソ王子を盗っていったコトなど
それよりも無視できない、ムカつくところがこの瞬間にできてしまって。
「貴女の心は誰のモノですのよッ!?」
「っ――――」
「パラネロス伯爵家!? ベルリオン帝国!? この学園!? それともあのクソッタレな王太子!?」
「ぇ、ぁ――――」
「全部ッ、違うでしょうッ!!??」
震えるマーガレットの胸ぐらを掴み上げる。
憎むべき仇敵だというのに我慢ならなかった。
怒りが溢れていた。
それはきっと彼女自身の矜持にも関係することだから。
己の信念に触れてしまう部分だから、見過ごせなかったのだろう。
……つくづく。
クリスティアナ・ヴァルトーレという少女は、度し難いと自嘲する。
「貴女の心はッ!! 感情は!! 意志は!! 想いは!! 願いは!! そのすべては貴女だけのモノでしょうがァッ!! それを嫌だと否定して! 違うと拒絶して!! それで誰が救われますの!! 誰が得をしておりますの!!」
「ぁ――――ゃ――――」
「――――一体誰がッ!! 貴女の
「――――――――」
認めてしまえ、受け入れてしまえ。
そうしなければ意味がない、生きている価値がない、産まれてきた甲斐がない。
要はそんなコト。
それが例えどんなに人の道から外れた修羅の抱く
ならば誰が否定しようとも、せめて自分だけは自分を受け入れなくてはしょうがない。
そういうコトをクリスティアナは言ったのだ。
そういうコトを、真正面からぶつけてやったのだ。
「――――…………どう、して……なんで、気付いて……っ」
「刃は欺けなくてよ、伯爵令嬢」
「……っ、クリスティアナ、さまっ……」
「…………、」
だから、それは。
「それ、ならっ……クリスティアナ様が、なってください……ッ」
「――――あ?」
だというのに。
この女は、どこまでも。
「――――なにを?」
「く、クリスティアナ様は、分かって……おられるん、ですよね。気付いて、おられるんですよね……っ」
「――――――、」
「だ、だったら、私はっ……こんな私に、それでもッ……そんな風に声をかけて、くださるというのならっ……私は……クリスティアナ様、貴女にっ……貴女が、認めてくださるのなら――――」
「――――ざけんじゃねぇですのよォオオォオオオオオッ!!!!」
「ガッ――――!?」
――どこまでも、
「
地面に叩きつけたマーガレットの首を、クリスティアナはそのままグッと掴んだ。
「く、クリスティアナっ、様ァ――――」
「貴女の身体はなんのためにありますの!? 貴女の力はなんのためにつけましたの!? 貴女の剣はどうしてその手にありますの!!?? 甘ったれんじゃねえんですわよ馬鹿女!!!!」
「――――――――っ」
「取り戻しなさいッ!! 信じなさい!! 貴女の価値を!! 自分自身の心の声をッ!! なにより自分を誤魔化すなんて阿呆な真似をするならそのまま死ねッ!! 死ね! 死ね!! 死ねえ!!!! 雑魚女ァアアァア――――!!!!」
「――――――!?」
持ち上げたマーガレットの身体を宙に投げる。
最後まで剣を手放さなかったのは天晴れだった。
本能がそうさせたのだろう。
参った、と言えなかった時点で彼女の心など読めている。
なにが一番譲れないモノなのかも分かっている。
――――だからこそ。
「貴女はァ!! わたくしより
ここで完膚なきまで潰すと、決めた。
「が、ァぐぅ――――――ッ!?」
タイミングを合わせて放つ叩きつけるような斬撃。
軌道はさながら落ちてきた身体を
――先ほどよりも大きな壁面への衝突音。
比べるまでもなく強力な一撃。
土煙をあげながら舞台と観客席を隔てる壁がガラガラと崩れていく。
「…………、」
流石にもう限界だ。
これ以上は彼女の身体が保つハズがない。
三秒、そこに動く気配がないのを待ってクリスティアナは踵を返した。
勝敗はここに。
圧倒的な勝ちをおさめた公爵令嬢は、どこか晴れやかな顔でその手を――
「まだ、です」
――あげようとした瞬間、背後からかかる声。
パラパラと落ちていく土砂の塊。
垂れるような水音は血液だろうか。
おそらくは致命傷。
なのに。
「なに……?」
どうしてそこに立ち上がる、影が在る?
》他人に自分の心を易々と渡すな
悪役令嬢ブチギレセット体験版。自分の大切なモノが分かってるからこそ他人がそれを渡そうとしてきたらブチ切れる。主に自分自身の権利とか心とか在り方とかそこら辺。地雷おかしすぎィ…
》まだ、です
Q.
A.主人公はピンチになったら覚醒する。みんなも知っているね?(頭トンチキ)