轟沈に近い描写が、あります。
「あ……雨、あがりそうなのです」
「本当ですね」
窓の外の雨は少しづつ弱まって、雲の隙間からお日様の光が差し込みだしているのです。
隣にいる大淀さんと窓越しの空を見ながら、私は口を開きました。
7月に入り、梅雨明けが宣言されたはずなのに、むしろ梅雨の期間よりも、ここ最近の方がよく雨が降っている気がするのです。
今年の梅雨は、
ご飯の支度にも、お洗濯にも、お風呂にもお水が無いと、とっても困るのです。
艦娘は、もちろん色々と人間の方々よりも耐える事が出来るのですけれど、だからといって耐えたいわけでは、ないのですから。
電は、雨の日も、
お洗濯物も乾かないですし。
ましてや、梅雨明け宣言してからの連日の雨模様によるジメジメとか、論外なのです。
窓から、司令官さんの方へ視線を向けると、ちょうど大淀さんが、司令官さんに声をかけられる所でした。
「提督。もうすぐヒトフタマルマルになりますし、なんでしたら電さんと昼食をとってきて下さい」
「それなら、大淀と電で行ってきてくれても構わないぞ。大淀も、お腹が減っているだろう?」
大淀さんは、司令官さんにお昼ご飯の提案をされていました。司令官は、誰かに言われないと黙々とお仕事を続けられるのです。
『わーかーほりっく』なのです。
それを解っている大淀さんも、お昼ご飯の提案で司令官さんを休憩させようとしたのでしょう。
ところが大淀さんの考えとは逆に、司令官さんは大淀さんに向かって、電と一緒に休憩を取ってと仰った訳なのです。
優しく気遣いが、出来るのは司令官さんの良い所なのですが、自分のそれに無頓着なのは困ったものなのです。
やっぱり、電が、司令官さんのお嫁さんとしてフォローをしないとダメなのです……こほん。
ちょっと考え方が、横に逸れたのです。
電は、色々と考えていたのですが、大淀さんは、司令官さんの返答を予想していたのか、更なる一手を繰り出す様なのです。流石は大淀さんなのです。
連合旗艦だったのは、伊達じゃないのです。
「私は、まだ大丈夫ですし、提督と電さんで行ってきて下さい……なによりそんな風に言っていると提督が、電さんに嫌われちゃいますよ?」
「お、大淀さん!電は、そんな事で司令官さんを嫌いになったりしないのです!」
ふにゃー!?お、大淀さん!いきなり電を巻き込むのは、やめて欲しいのです!思わず素で返してしまったのですよ!?
「……提督。ニヤけた顔をしてないで、さっさと行ってきて下さい。電さん。頼みますね?」
電の反応に頬を緩めていた司令官さんに対して、大淀さんの容赦ない
とは言え、司令官さんを休憩させるチャンスなのです。
ここは、乗っておくのです!
「大淀さん、ありがとうなのです!司令官さん。行くのです!」
「了解。大淀、すまないが後を頼む」
電からも司令官さんを誘うと、流石の司令官さんも休憩を取る事にしてくれたのです。
大淀さんにお礼の視線を送ると、大淀さんは、苦笑いで返してくれました。本当にお気を遣わせるのです。
……司令官さんと食堂へ向かう途中、廊下で曙ちゃんと出会いました。
フィッシングベストを着て肩からクーラーボックスを下げ釣竿入れを持った姿なのです。曙ちゃんの釣り好きは、鎮守府の皆が知る所なのです
「あら、クs……提督。電と一緒にどこ行くの?」
「あぁ、今から昼飯を食べに食堂にな」
「曙ちゃんは、釣りに行くのです?」
「ウン。雨も上がったし、鎮守府の裏磯でアジでも狙おうかなって。釣れなかったら、湖の方まで足を運んで、ブラックバスでも釣るわ」
曙ちゃんは、アジ釣りなのですね。淡海鎮守府の敷地内には、小さな磯があるのでアジ釣りは、曙ちゃんの他にもやっている
電も司令官さんたちとやった事があるのですけど、なかなかに楽しいのです。釣ったアジは油で揚げてアジフライなのです。小アジは素揚げからの南蛮漬けなのです!
……作って下さるのは司令官さんですけど。
ブラックバスは、湖で釣れるのです。他のお魚さんの卵を食べちゃう嫌われものなのですが、『近江スズキ』と呼ばれたりして、実はフライとかにすると、なかなかに美味しいのです。鎮守府の食堂でも、間宮さんが作って下さる食事のメニューにたまに上がるのです。
「アジ釣りにバス釣りか……ここの鎮守府ならでは、だなぁ」
「確かに
……特地。確かに淡海鎮守府は、他の鎮守府とはだいぶ違います。曙ちゃんは、ここの鎮守府が、好きではないのかもしれないのです。私は、思わず口に出してしまいました。
「……曙ちゃんは、
「あー……電、勘違いしないでよね?私はむしろ
……良かったのです。電にとっての大事な場所を
「あ、曙ちゃん。アジ、楽しみにしているのです」
「まかせなさい。間宮さんに今日の夕飯のおかずを一品、増やしてもらっちゃうから」
そう言って、出かける曙ちゃんを見送ります。
廊下の窓から見る空は、薄曇り。
でも、時間が経てばお日様が、顔を覗かせるのです。
晴れて、曇って、雨が降り……そして止む。
あの日の海の上の様に……
「……司令官さん。あれから、もう3年になるのですね」
「……そうだなぁ」
あの梅雨空の海で起こった、ただ一度だけの
私は、3年前の梅雨時を思い返しました…………
* * * * *
「それじゃあ、行ってくるわね」
「気をつけて下さい、なのです」
「まぁ、レディには楽勝だと思うわ」
「暁。油断はしない方がいい。海では何が起きるかわからないからね」
梅雨空の中、今日の任務で五十鈴さん、暁ちゃん、響ちゃんの3人が出撃して行くのを私は、見送りました。
……私と司令官さんが、最初に鎮守府に着任してから2ヶ月が経ちました。着任当初は、司令官さんと私、それと明石さんの3人だけだった鎮守府でしたが、少しづつ艦娘が、増えて今では9名。司令官さんを含めると10人になったのです。
ここ淡海鎮守府は、日本で唯一の海に面していない鎮守府なのです。電も1ヶ月と少し前に初めて聞いてびっくりしました。深海棲艦は、海からやってくるのに海に面していないのです。一応、鎮守府の敷地内には海は、あるにはあるのですが……なんというか、色々と不思議要素が満載の『海カッコカリ』といった感じの奴なのです。
きちんと、波もあって、お魚も釣れるのですが、それは壁に囲まれた限定的な海なのです。
その代わりにあるのが、淡海の海……琵琶湖です。
そもそも淡海鎮守府自体が、琵琶湖の北にある竹生島の
本当は、もう少し細かいことも聞いた筈なのですが、余りにも色々な要素が有りすぎて、電には、情報を消化仕切れなかったのです……
とりあえず淡海鎮守府が珍しい鎮守府なのは、間違いないようなのです。
そんな鎮守府の責任者に着任となった司令官も、何か特別な方だったりするのでしょうか?
とても優しくて、お仕事もしっかりとして下さいますが、正直な所、ごくごく普通の方に思えるのです。
あ、もちろん電にとっては、大事な司令官さんなのですよ?
五十鈴さんたちを見送ったあと、今日はどうしようかなと考えます。
電たち、出撃組と呼ばれる戦闘参加者は、出撃が当たっていない時は、待機休養という形である程度は、自由に行動する事が許されているのです。
現状、淡海鎮守府は、人手不足感が否めませんが、だからといって、無理をさせては、かえって業務効率が落ちるから、『休む時は休もう』が司令官さんの方針です。
(言っている司令官さん自身が、休んでいるところを、私は、ほとんど見たことがないのですけどね)
もちろん、緊急時連絡の可能性がありますし、支給されている連絡端末は、常に携行する必要がありますけれど。
着任当初は、電と司令官さんと明石さんとでバタバタしていたのですから、だいぶ、ゆとりが出てきたと言えるのかもしれません。
小雨の中、傘を差して歩きます。お気に入りの薄いピンク……桜色の傘なのです。
もちろんお日様の下は、大好きなのですが、土砂降りでないなら、傘を差して雨の中を歩くのも嫌いじゃないのです。
私は、
お供え物が、無くなる事があるのですが、妖精さんかカラスさんあたりが持っていっているのでしょうか?
本当に神様が、持っていってたりして……なんて、想像したりもします。
艦娘や妖精さん、深海棲艦もいる世の中ですし、本当に神様がいてもおかしくないのかもです。
祠へお参りしたあと、鎮守府の中の海へと足を運びます。『箱庭の海』と司令官さんが、称されるような、小さなそれですけれど、見ていると心が落ち着きます。
艦娘だからでしょうか?
最初の生命体も海から生まれたといいますし、海には何かがあるんでしょうね。
海から戻った私は、鎮守府入り口の門の守衛さんに届けを出して鎮守府を出る事にしました。淡海鎮守府では、1時間以内の近場の外出は比較的に許可が甘めに下りるのです。
雨の中をゆっくりと歩きます。司令官さんと一緒に歩けたら、もっと楽しいのかな……なんて思ったり。
……なんで思ったのでしょう?
司令官さんは、良い人ですし、鎮守府における上官としても尊敬できますけれど……うーん?
「お、電ちゃんじゃねぇか。こんな雨の中を散歩か?」
「あ、源さん。こんにちは、なのです」
少し考え事にふけっていると、声を掛けられました。
声の主は源さん。淡海の海……琵琶湖で船に乗られる漁師さんです。なんどか、お散歩中にお出会いした事があって、お互いに名前を知っているのです。
電が、艦娘である事もご存知なのです。
一般の方々の中には、艦娘というだけで、嫌そうな顔をされる方もおられると聞きます。
深海棲艦の出現以降、戦闘に巻き込まれ方も多く、亡くなられた方もおられます。
そういった方からすれば、直接的では無くとも深海棲艦と関わる艦娘を嫌われていても仕方無いのです。
ですが、源さんを始め、この辺りの方々は、海に面していない土地という事もあり、直接的な戦闘に巻き込まれていないからか、単に人間性の問題か……ともかく、電たち、艦娘に対して負の感情をほとんど抱かれていないのです。
正直、これは助かるのです。仕方無いとはいえ、負の感情をぶつけられるのは、人間さんの感情の機微を敏感に感じ取る艦娘にとって、しんどいのです……
「雨の中の散歩も悪くねぇが、こうも降り続くとお天道様が、恋しくなるぜ」
「おてんとさま……なのです?」
「あぁ、お天道様ってのは、お日様の事だ」
「なるほど……電もお天気の日は好きなのです」
「まぁ、どっちも続き過ぎは良くねぇってこったな」
「間違いないのです」
源さんとたわいのないお話をしてから別れて、
「こんにちは、なのです」
「おや、電ちゃん。今日は、
「今日は、司令官さんは、お仕事なのです」
「あらあら、忙しいんだねぇ」
「なのです。春おばあちゃん。今日は草餅を10……11個頂きたいのです」
「ありがとうね 。少し、そこに腰かけて待って貰えるかい」
淡海堂さんは、司令官さんに教えて頂いた和菓子屋さんです。春さんというおばあちゃんが、やっておられるお店なのです。
ここのお饅頭もお団子もとっても美味しいのです。
司令官さんのオススメの草餅(よもぎを練り込んだお餅にあんこが入っているのです)は、温かいお茶との相性が、抜群なのです。
今日は、鎮守府の皆におみやげなのです……もちろん電の分もあるのですよ?
……ちなみに『修ちゃん』というのは司令官さんの事なのです。春さんと司令官さんは、お知り合いのようですが……詳しくは、電も聞いていないのです。
少しして、春おばあちゃんが『待ってる間にどうぞ』とコップに入った麦茶を出して下さいました。
じめっとして、少し蒸し暑い今の時期の麦茶は、とても美味しいのです。横には小さな、お干菓子が添えられていました。齧ると口の中に柔らかい甘味が広がります。
そこへ麦茶……ほぅ……ホッとするのです。
「電ちゃん、お待たせ。草餅11個だったわね。1000円になるよ」
「え……11個なので、1100円じゃないのです?」
「11個のうち、一つは祠へのお供え物じゃないのかい?その分は、おまけしておくよ」
春おばあちゃんは、凄いのです。そんな所までお見通しなのですか。
「ありがとうございます。じゃあ、甘えさせて頂くのです。これで、お願いします」
「はい、ちょうど頂きます。また来てね」
「はい。麦茶ごちそうさまでした」
春おばあちゃんから草餅を預かり、鎮守府への帰路につきます。再び
* * * * *
時刻はヒトサンヨンマル。
鎮守府に戻った私は、食堂で遅めのお昼ご飯を頂きます。今日のお昼は、きつねうどんとお稲荷さんです。
甘いお揚げが美味しいのです。
食べたあとで、間宮さんに草餅を預けます。
草餅は3時のおやつに出して貰うのです。
食後のお茶を、飲んでいると、五十鈴さんと暁ちゃん、それに雷ちゃんと名取さんの4人が食堂に入って来ました。
「五十鈴さん、暁ちゃん。お疲れ様なのです。雷ちゃんと名取さんも、こんにちは、なのです」
「ただいま。結構疲れたわね」
「レディは、お腹が空いたわ」
「あら、電もお昼ご飯なのね」
「電ちゃん。こんにちは」
皆と挨拶を交わして……あれ?
よく見ると、五十鈴さんと暁ちゃんと一緒に出撃したはずの響ちゃんが、居ないのです。
「暁ちゃん。響ちゃんは、どうしたのです?」
「……響は、中破してしまって、今は入渠中よ」
「ええっ!大丈夫なのです!?」
「当たり所が悪くて、艤装が、かなり損傷したけれど、響の体そのものは、そこまでの怪我じゃないわ」
「そろそろ入渠から戻……あぁ、響も来たわ」
「さすがに、空腹だね……今日のお昼は、なんだい?」
「きつねうどんとお稲荷さんなのです……って、そうじゃ無くて!響ちゃん、大丈夫なのです?」
「あぁ、この通りに問題は無いよ。艤装を修復してくれる明石さんには、迷惑をかけるけどね」
心配をかけないように言っているのかなと思ったのですが、どうやら本当に大丈夫みたいなのです。
「でも、
「ちょっと、雷!レディに対して失礼ね!」
「二人とも、止めなさい。今回の響への砲撃は、こちらの電探の感知範囲外からの物だったのよ。それに加えて梅雨空の雨。視界が悪いのも影響したわね」
五十鈴さんが、おおよその原因を教えて下さいました。
艦娘は、艤装の電探やソナー(レーダー的な物)で、砲撃や雷撃を感知出来るのですが、感知範囲が、決まっている為に範囲外からの攻撃には、反応が遅れてしまうのです。とはいえ、五十鈴さんの電探は、かなりの感知範囲を誇ります。その範囲外からの攻撃……
梅雨のじめっと蒸し暑い空気の中なのに、少し怖気を感じて、体が冷たくなるような感覚。
……イレギュラーな存在を想像させる何かを私は、感じたのでした。
食堂を出て、自室に戻ろうとした途中の廊下で司令官さんとお会いしました。何か急いでおられるような?
「司令官さん。どうかされたのですか?」
「あぁ、電。ちょっと装備品の事で明石に相談事がな」
「装備品なのですか」
「響の事があったしな。『転ばぬ先の杖』って奴だな」
司令官さんは、色々と私たちの事を考えて下さっているのです。今、『転ばぬ先の杖』と仰っているのも電たち艦娘を思ってなのです。
「……司令官さん。ありがとうなのです。いつも電たちの事を考えて、色々として下さって」
「……俺に出来る事をしようとしてるだけだよ」
私のお礼に返して下さった司令官さんは、少しだけ辛そうな、悔しそうな顔をされていました。……どうして、そんな顔をされるのですか?
「……司令官さん?」
「……電。響の件もある……明日の出撃を中止にしてもいいんだぞ?」
「え……」
「電……出撃するのは、嫌じゃないか?戦うのは、嫌じゃないか?傷つくのは、嫌じゃないか?」
司令官さんは、何かを押さえ込んでいるかのような口調で、電に質問をされました。
「戦うのは、好きでは無いですけれど、嫌じゃないのです。降りかかる火の粉じゃありませんけど、深海棲艦を倒さなければ、この国……ひいては、そこに住む人たちを守れませんから。傷つくのは……仕方無いのです」
私は、司令官さんの問いに答えます。
これでいいと、着任したばかりの頃の私なら疑問すら浮かべ無かったと思います。けれど……
私は、押し込めていた本音を少しだけもらします。
「……今のが、理想的な
「……すまん。電たち艦娘にばかり、負担を押し付けてしまっている。本当は、俺たちがなんとかしなきゃいけないのに……」
「……それは、違うのです。確かに電は、戦いたくはないのです。でも、大切なモノを守りたいとも思うのです。そして、戦わないと守れないのなら……電は、戦えるのです」
「……そっか」
「……なのです」
しばしの沈黙のあと、司令官さんは口を開かれました。
「……俺は、時々思うんだ。『どうして俺は戦えないんだろう』って。解ってはいるんだ。提督だ、司令官だと言われてても、その実は、特別な力を持っている訳でもない只の人間に出来る事じゃないって……」
「…………」
「何時だって
「……司令官さん」
「多分、俺は、自分の手の届かない所で大事なモノが、消えてしまうのが……恐いんだと思う…………何を言ってるんだろうな」
司令官さんは、余計な事を言ってしまったなと、立ち去ろうとされました。
……私は立ち去ろうとされるその軍服の裾を掴み、司令官を押し留め、話します。
「司令官さんは、電たちが無事に戻れるようにと、色々して下さっているのです。隣に並び立たなくとも自分の出来る事を精一杯して下さっているのです。だから、それを受け取っている電たちは、ちゃんと戻ってくるのです。絶対とは言えないですけれど……大丈夫なのです。頑張るのです。だから……」
私は、司令官さんにこちらへ向き直って貰い、司令官さんに自分の右手の小指を差し出します。一瞬、きょとんとされた司令官さん。でも、すぐに私の意図を察して、右手の小指を差し出し、私の小指と絡めてくれました。私は口を開きます。
「
「……俺は、電が……『ただいま』ってまた言えるように、俺の出来る最大限を行う。そして『おかえり』って返すよ」
「……ゆびきりげんまん、ウソついたら針……は、嫌なので、電のオヤツをあげるのです」
「ゆびきりげんまん、ウソついたら……俺のオヤツを渡すか」
「「ゆびきった!」」
向き直ってくれた、司令官さんとの
内容と賭けるモノが、ちょっとアレかもですけれど、それでいいのです。
大事なのは、『約束をした事自体』なのですから。
「……ありがとうな」
「……なのです」
今度こそ司令官さんは、立ち去られました。
『転ばぬ先の杖』を準備する為に明石さんの所へと、行かれたのでしょう。
私は、小指に残る熱を感じながら、司令官さんを見送るのでした。
* * * * *
「うわー……やっぱりリニアボートは、早いわねぇ」
「本当に、そうだね」
梅雨とは思えない、好天。日が明けての今日の出撃は、皐月晴れの中、行われました。今、私たちは、淡海鎮守府の地下からリニアボートを使い大平洋側の出口に降りたっています。目に入る海は、凪いでいて、平穏そのものに見えます。
出撃の最終点検として、皆が艤装の動作確認を行います。
もちろん、鎮守府を出る前にも点検は、していますが、時として艦娘の生死にも関わるので、念には念を入れてなのです。
「電、問題ないのです。御守りも装着済みなのです」
「名取、問題無し。御守りも大丈夫だよ」
「雷も問題無いわ。御守りもバッチリよ♪」
『御守り』というのは、出撃前に司令官さんから渡された装備品の事です。明石さんが、司令官さんに頼まれて、急遽、仕上げて下さった『試製・損傷代替装置』
明石さんの説明によると、一撃で大破するような攻撃を受けた時に、一度だけそのダメージを引き受け、減少させてくれるという物らしいです。
『急造品で、試験回数に不安が、あるけれど、効果は、確認してあるから……文字通りに御守りくらいで思っておいてね』
明石さんのそんな言葉を思い出します。
そうして……
「じゃあ、雷ちゃん。電ちゃん。『近海地域哨戒任務』を開始します」
「「了解(なのです)!」」
ヒトヒトマルマル。
名取さんの号令の元、電たちは、任務を開始したのでした。
「あ……とうとう、降り始めたのです」
時刻は、ヒトサンゴーハチ。哨戒開始から3時間程がたち、皐月晴れだった空は、また梅雨の空へと戻り、雨を降らし出しました。風も出てきたようです。
「本当だね。少し早めだけど、連絡を入れて帰投しましょうか」
「名取さんに、賛成。遭遇も全く無かったし、問題無いでしょ」
「逆に遭遇無しというのが、気にかかるのですけれど……」
「気にならないと言えば嘘になるけど、なおのこと、早じまいの方がいいわよ……でないと、司令官に助けに来てもらわないといけなくなるわよ?」
雷ちゃんが、ニヤニヤしながら言ってきます。
あれは、冗談なのです。雷ちゃんに反論しようとした時……
「きゃっ!?」
空気を裂く音と、着弾音。名取さんのあげた声。
「名取さん!?」
「だ、大丈夫、でも今の……」
ぞわっ!
総毛立つ気配に、咄嗟に名取さんの手を引きその場から飛び退きます。直後に再びの着弾音。爆ぜる海面。
なんとか無事なのです。
雷ちゃんを確認すると、雷ちゃんも無事のようです。
けれど、様子が、おかしいのです。
雷ちゃんは、一方を見つめ驚きの表情を浮かべながら口を開きました。
「何よ……アレ。艦娘……ううん、人型の深海棲艦……?」
「じ、重巡リ級……なんで、こんな近海に」
雷ちゃんに続いて発言された名取さん。
強くなる雨の中、二人の視線の先にいたのは
赤黒い光を放つ黒のヒトガタでした……
* * * * *
重巡リ級と遭遇してすぐに、名取さんの指示で電たちは撤退行動に入りました。幸いな事にリ級は一体だけで、動きもそこまで早くありません。退避に専念すれば十分に離脱出来る……はずでした。
リ級の出現と共に哨戒中には、一度も姿を現さなかった駆逐イ級が、姿を見せたのです。それも四体。
リ級だけ、イ級だけなら、十分に対応出来ます。
ですが、同時に相手をしながらの撤退は、不可能なのです。
なんとか名取さんが、鎮守府と通信を繋ぎ、救援部隊が来てくれるとの事です。私たちも最初は、通信での司令官さんの指示に従い、回避に徹していました。
けれど、リ級のいつ来るか解らない砲撃を警戒しながら、こちらを数で上回っているイ級との戦闘を続けるのは、無理があります。
致命傷こそありませんが、徐々に小さな損傷が増える中で私たちは、攻勢に出ました。
とにかく、まず排除可能なイ級を減らす事にしたのです。リ級を警戒しつつ、確実に一体づつ……
「雷様を舐めるんじゃないわよ!」
気合いの声と共に雷ちゃんが、アンカーによる近接戦でイ級を倒します。さすがなので……くっ!?
着弾、そして炸裂音。直後に雷ちゃんの近くで爆ぜる海面。雷ちゃん!?
「雷ちゃん!」
「だ、大丈夫……明石さん、いい仕事してくれてるわ」
雷ちゃんから、返った返事にホッとします。
見れば、ほぼ直撃コースだった砲撃をギリギリ艤装の盾で反らし、御守りの代替機能でなんとか助かったようです。艤装の損傷も大きく中破相当。
御守りが、なければ危ないところだったのです。
「雷ちゃん、電ちゃん大丈夫!?」
最後のイ級を倒した名取さんが、こちらへ合流します。
名取さんの御守りも発動済みで、名取さんも中破状態。それでも残った単装砲を駆使して戦ってくれていたのです。ですが、その手持ちの単装砲も銃身が歪んでしまい、これ以上の戦闘行為は不可能です。
通信終了から30分が、経過しても救援が来ないというのは、鎮守府側でも何らかのトラブルが、あったのだと思われます。名取さんも雷ちゃんも中破。動けるのは、小破状態の電だけ……やるしかないのです。
「名取さん。雷ちゃん。今から電が、リ級の注意を引いて時間を稼ぐのです。鎮守府への通信から30分以上。救援部隊も、もうすぐ来てくれる筈なのです」
「ちょ、電!?」
「電ちゃんだけじゃ危ないよ!私も一緒に……」
「二人共に中破状態で、御守りも発動済みなのです。名取さんは、もう使える武装も残っていないのです。電は、まだ小破で御守りも使っていないのです。どのみち追い込まれたらお仕舞いなら……少しでも助かる可能性を上げるのです」
「だからって!」
「……時間を稼ぐだけなのです。一分でも一秒でも長く」
「……解ったよ、電ちゃん」
「ちょ、名取さん!」
「……雷ちゃんも、本当は、解っている筈だよ」
「…………」
「ごめんなさい。本当は、
「大丈夫なのです。只の時間稼ぎなのです」
気に病む名取さんに少しだけ嘘をつきます。
「……電。必ず戻って来なさいよ!」
「もちろんなのです」
雷ちゃんにも嘘をつきます。今日の電は、嘘つきなのです。
少しでも、運動性を上げる為に艤装のシールドをパージ。これは、雷ちゃんたちに託します。もし流れ弾が飛んで来ても、運が良ければシールドで防げるのです。
あとは、やるだけなのです……
「機関全開!電の本気を見るのです!」
* * * * *
着弾予測……回避、右脚部艤装急制動……照準合わせ、連装砲発射。
機関急速起動、対象への命中を確認。砲撃予備動作確認、左脚部艤装制動、っ!機関全開!
直近で炸裂音。大丈夫、かろうじて当たっていない。
ロジカルな思考から、放り出された。
……どれくらいの時間が、経ったのかな。5分?10分?とりあえず、私はまだ沈んでいない。
リ級の注意を引き付けられている。
無理やりの機動を行い続けているせいで、艤装も機関本体も悲鳴を上げ続けている。
私の体も似たようなもの。よく動き続けていると思う。
ちらと視界に入る二人は、まだ生きてくれている。
なら、私が、まだ頑張る意味がある。
(ナゼシズマナイ シズメシズメ……)
頭の中へ直に響く声。リ級の声。
それは、私の精神を削る。
でも、それだけの事。
沈んでやるものか。私は、諦めない。諦めてやらない。
……不意にリ級が、動きを止める。
私の事を視界から、外す。その視線の先にあるのは……っ!
リ級が、雷ちゃんたちに狙いをつけている。
こちらへ注意を引き付けようと連装砲を連続で、放つ。けれど、リ級は自身に命中する砲弾を無視して、二人を撃とうとしている。
それは、させないのです!
背部から、近接用アンカーを取りそのままリ級への
思考が、注意を引き付ける事に捕らわれていた私。
全力で叩きつけようとしたアンカーは……
「……っ!」
リ級のブラフに嵌まり、接近してしまった私。
アンカーを手放し、なんとか離脱を試みた所に。
無慈悲な砲撃が、叩き込まれた。
至近距離からの砲撃を受けた私は、凄まじい衝撃と激痛と共に宙を飛ばされた…………
「いなづまー!?』
『電ちゃん!』
……意識の覚醒と共に雷ちゃんと名取さんの声が、聞こえます。
あれだけ離れた場所に居たのに、随分と飛ばされたものです。背中の感覚からすると、背部艤装は、機関部ごと吹き飛ばされたようです。
むしろ、電の体が元の形を保っているのが、信じられないくらいです。御守りのお陰なのですね。
私は、起き上がろうとします……体が動きません。
感覚が、ほとんど無くなってきているのです。
あれだけ感じていた激痛を感じずに済むのは助かりますけど。
『電!電!』
『っ!雷ちゃん!また砲撃が……きゃー!」
雷ちゃんたちの声は、まだ聞こえます。
でも、姿は、見えません
手を握られているような、気もします。
体から、少しづつ少しづつ、何かが抜けていっています。
あぁ……これは、ダメなやつなのです。
雷ちゃんと名取さんは、大丈夫かな。
助けは、きてくれたかな
……司令官さん。ゆびきり。守れなかったのです……
「……なんで!?手が掴……い?い……ま!ダメよ!いな……」
「……ちゃ……!」
小さく聞こえていた、声もとぎれとぎれに
かわりにしかいが ひろがって
あおいせかいが みえて だれかが わたしをみていて
(オカエリナサイ ウマレタウミヘ)
うまれた うみ かえる
(マタ ウマレカワルタメ ヤスミナサイ)
うまレ かわル やスむ
つぎニ ウマレカわルときハ……ヘいワなせかイダトいイな……
(本当にそれでいいのです?)
ナニが……?
(平和な世界。生まれ変わる。それでいいのです?)
…………
(そこに、あの人は、いるのです?)
あのひと
(本当にそれでいいのです?)
ほとんど消えかけていた、意識が数瞬戻る
生まれ変われて、そこが平和な世界でも
そこに
そんなのは……嫌なのです!
動かない体。でも、取り戻した意思。
(『司令官さんが、助けに来てくれるのです』)
それは、只の冗談。でも、今は、唯一の支え。
そして、想いは、願いは、祈りとなり…
「戻って来い!
届いてくれた……
……私の中にナニカが流れ込み、欠けていたモノを埋めてくれて、不意に、世界に色と音が戻りました。
私を抱きしめてくれている司令官さん。
ここに、いる筈が、無いのに。
でも、温かな体温と鼓動を感じられて。
「…しれい……かん……さん」
海の上で、司令官さんに抱きしめられて、頭を撫でてもらって。
あり得ない筈なのに……本当に助けに来てくれた……
やがて、抱擁を解いた司令官さんは、ヒトガタへと、向かい。
碧の光をもって、黒き怨嗟を祓ってくれたのです
気がつけば、雨は止み、雲の隙間から陽の光が降り注いでいて。
近づいてくる暁ちゃんたちの声が、聞こえてきて。
ようやく、自分たちが助かったと感じられたのでした。
電たちの方へ戻ってくる司令官さん。
電と司令官さんの目と目が、あった次の瞬間。
司令官さんは、血を吐くと同時に倒れ、海の中に沈んで行きかけて……
* * * * *
……電を助けてくれた司令官さんが、目の前で倒れて海へ沈んでいく光景。思い返してつい、口を開きます。
「あの時、電は、助かったばかりなのに、司令官さんが死んじゃうと思って、絶望しそうになったのです。本当に、司令官さんは、無茶し過ぎなのです……約束通りに、電を助けにきてくれたのに、逆に司令官さんが居なくなるなんて、絶対にイヤなのです」
結果として、電と司令官さんの『小指の約束』は、守られたのですけれど……
「あぁ……スマン。まぁ、アレは『只一度の奇蹟』って奴だしな。そもそも、俺は普通の人間だからな。無茶なんて、そうそう出来んさ」
「……司令官さんなら、やりかねないのです」
……今なら、よく解ります。司令官さんは、比喩でなく『
……無意識に無自覚になので質が悪いのです。
「でもまぁ、あの時の俺は、結構格好良かっただろ?」
場の空気を変えようと、おちゃらける司令官さん。
反省が、足りないのです。そして間違っているのです。
『少し、しゃがんで下さい』私は、司令官さんにそう言います。
言われるまま、素直に、しゃがんだ旦那様の頬に口付けを一つ。反省が、足りない旦那様のお口には、してあげないのです。
そして、間違いは、きちんと伝えてあげるのです。
「……電の旦那様は、何時だって格好良いのです」
自分の頬の熱を感じながら、私は、そう告げるのでした。
時間が、掛かりました。なのに内容が、アレという。
糖分ガー……