「ん…こいつで終了っと。電の方はどうだ?」
「こちらも、ちょうど終わった所なのです」
電と二人で取り掛かっていた、午前中の書類仕事。
ようやく、それが終了した。
懐中時計を取り出して、時間を確認する。
文字盤が、示すのはヒトフタヨンハチ。間もなく午後1時だ。
『くー』
可愛らしい音がした方へ視線を向けると、そこには顔を赤くした電の姿。午前中ずっと、俺と一緒に補充らしい補充もせずに、執務に励んでくれたんだし、そりゃお腹も空くだろう。
「電もお腹空いたろ?書類仕事も終わったし、昼飯にしようか」
「はい、なのです」
……まだ、頬の赤みが抜けきっていない電と共に執務室を出て食堂へと足をむける。その道中で、見知った姿を見つけた。
「暁ちゃん!」
「あら……電じゃない。司令官も一緒?二人してどうかしたの?」
「電は、司令官さんとお昼御飯を食べに食堂へと向かう途中なのです。暁ちゃんは?」
「私も食堂へ行く所よ。ちょうどいいし、電たちも一緒に行かない?」
出会った暁型姉妹の長女・暁からの提案にこちらを、チラッっと見た電に、軽い頷きでこたえ了承の意思を伝える。
「じゃあ、一緒に行くのです」
「決まりね……今日のメニューって何かしら?」
「んー……電は、知らないのです。そういえば……」
二人の会話を聞き流しながらしばし歩くと食堂へと到着する。時刻はヒトサンフタマル。
ピークを過ぎた食堂には、艦娘が、ほとんど……いや、一人しかいない。その一人、駆逐艦の夕立は、こちらに気が付いたのか、食器を返却口へ戻すと、こちらへと
近づいてきた。
「てーとくさん。今からお昼ご飯っぽい?」
「あぁ。書類仕事が、長引いてな。電たちと遅い昼飯を食べに来たところだ」
「それは、お疲れ様っぽい。夕立は今から遠征に向かうっぽい」
「遠征か。気を付けてな」
「おまかせっぽい!」
そう言って食堂を出ていく夕立を見送り、後ろを振り返ると、暁は既に注文口で声をあげていた。
こういう時の暁は実に、素早い。
「あーお腹空いたわ……間宮さん、今日のメニューって何かしら?」
シーン
「間宮さーん!……おかしいわね。居ないのかしら?」
暁が、再び声を掛けるが返事が無い。
ピークを過ぎたとはいえ、お昼時。調理場担当の間宮が、居ないとは思えないのだが……
どうしたのかと、電と顔を突き合わせていると、奥から間宮が、姿を現した。
「あ、いたいた。間宮さん、今日のメニューは、何かしら?」
「今日は、オムライスですけれど……今は……」
「オムライス!レディの大好物だわ!」
「えっと……」
オムライスと聞いて喜ぶ暁と、困った表情を浮かべる間宮。
「間宮。何か、あったのか?」
「あ、提督もいらっしゃったのですね。実は……」
間宮から事情を聞く。どうやら調理場のコンロがいかれてしまったらしい。何時もなら、あらかじめ作っておいたオカズとご飯、汁物を提供する所だが、今日の昼メニューは、オムライス。
調味料に刻んだ具材や、ご飯に玉子、あるいは付け合わせのスープは、あるらしいが、いかんせんそれらを調理するコンロが使えない状況らしい。
だが、故障なら……
「でも、コンロくらいなら明石さんがサクッと直してくれそうに思うのです?」
「それが、間が悪いことに、明石さんと夕張さんの二人が、休暇で、産業フェスティバルに出かけているんです。戻られるのはヒトロクマルマルくらいと聞いていますし……」
……俺と同じ疑問を抱いた電の質問に間宮が返したのは、明石たちが、不在であるという事実。
まぁ、休暇での外出は、仕方がない。
明石なら戻り次第、速攻でコンロくらいは、直してしまいそうだし。
「そういう訳で、今は、おむすびとスープくらいしかお出し出来なくて……」
うん。これに関しては仕方がない。それで構わないと間宮に告げようとした時。
「……オムライスが、食べられないなんて」
絶望に満ちた暁の声が聞こえた。
……どれだけ、オムライスが、楽しみだったんだ。
「ごめんなさい、暁さん。私たちがもっときちんとコンロを点検しておけば……」
「あ……い、いいのよ!間宮さんが、悪い訳じゃないんだし!故障は仕方ない事だから!レディは、オムライスくらいで落ち込んだりしないんだから!」
「……はい。ありがとうございます」
責任を感じているような間宮の顔を見た暁は、『やってしまった』という表情をしつつ『オムライス……』と未練が、その雰囲気から滲み出ていた。
ふむ……仕方ないか。
「間宮。悪いんだが、飯を4合分ほど、お櫃に入れて貰えるか?あと、オムライス用に用意してある具材と玉子。調味料も貰えると助かる」
「それは、構いませんが……提督、どうなさるのでしょうか?」
「あぁ。俺の自室には、簡易的な調理場があるんだ。
大量は無理でも3、4人分くらいのオムライスなら作れるから、やってみようかなと」
「司令官、オムライスを作れるの!?」
「間宮の様には、いかないが、一応出来るぞ?」
諦めていた所に希望の光を見つけて、喰い気味に問い掛けてくる暁に答える。
頼んだ食材などを纏めてくれた間宮が、俺の部屋での調理も申し出てくれたが、明石たちが戻ってコンロが直ったら、直ぐに夕食の支度に取り掛かれる様に準備を頼むと告げる。それを聞いて解りましたとの返事が、間宮から返ってくる。
「そうと決まったら、早く行きましょ!暁は、ご飯を持って行くわ!電も司令官も荷物を手分けして運んで!」
暁は、そう言うとご飯のお櫃をもって、食堂から駆け出して行った。おぃ、レディ。
「……司令官さんのオムライス。あの時みたいです」
そう言って、どこか懐かしい物を思い出すような表情を浮かべる電。
「あの時……初めて、鎮守府に着任した時の事か?」
「はい……なのです」
そういえば、そんな事もあったか。
俺は、当時へと、思いを馳せた……
* * * * *
「……っ!?」
唐突に意識が、覚醒する。目の前には煉瓦造りの大きな建築物。鼻を刺激するのは、磯の香り。
……どういう事だ?
俺は、確か移動中の列車の中で……無意識に駅で降りたとかなのか?
そう考え、辺りへ目をやるが、どう見てもそこらに駅らしき物は見当たらない。
……白昼夢か?
覚醒するかもと、頬をつねってみる。……痛い。
夢じゃないとすると、どういう状況だ。
とりあえず、落ち着いて考えを巡らせようとした時。
「お待ちしておりましたのです!駆逐艦・電。司令官さんをお迎えにあがりましたのです!」
「……え?」
突如、目の前に現れた、セーラー服姿の小柄な少女。
電というのが、この子の名前なんだろうか?
というか、司令官?駆逐艦?……この子は何を言っているんだろう。ん……けれど、この子の姿をどこかで見たような気が……
「……司令官……さん?」
怪訝そうに見る俺の様子を見て不安そうな表情を浮かべる少女。いかん……よく解らない状況なのは、確かだ。だが、だからといって、目の前の少女を不安がらせていい訳じゃない。
「えっと、電さんだったかな?どこか、落ち着けそうな所で、話を聞きたいんだが」
「はい!すみません司令官さん。直ぐに鎮守府の中へ案内致します!」
「あー……頼めるかい」
「了解なのです!」
俺は、とりあえず思考を放棄して、少女が、鎮守府と言った建物へと向かった。
「……なるほど」
少女……電と共に鎮守府に入りそこの一室で、電と色々な話をしてみた。情報収集と状況把握だ。
そうして、とりあえず解った事。ここは、俺の知っている日本では、無い。
一応、今いる場所は日本で、日本語も通じる。
だが、俺の知っている、日本に深海棲艦などというモノは居ない……ゲームの中以外には。
司令官、鎮守府、深海棲艦。
そうして、電と名乗る少女。
俺の頭がおかしくなったので、無ければ、ここは、
『艦隊これくしょん』の世界、もしくはそれに近似した世界らしい……そりゃ、どこかで見たような気がするわけだ。俺も『艦隊これくしょん』を遊んでいて、初期艦が電だったのだ。もちろん、ゲームと今のそれが同じかなんて解らないが。
それにしても……異世界転移、転生。どこのラノベだよ。
目の前の少女、電を見ながら俺は、頭を抱えそうになっていた。
……どれくらい経ったのだろうか。
ふと気がつくと、目の前には、不安そうな顔で涙を堪えている少女の姿が、あった。
少女は、ぽつりと呟いた。
「……電が、司令官さんを困らせしまっているのです?電が、司令官さんを苦しめているのです?」
「……っ!そんな事は……」
「じゃあ、どうして司令官さんは、泣いているのです…」
「……え」
少女に言われて、俺は、初めて、自分が泣いているのに気づいた。これは、違う。君のせいじゃない。
そう言葉を掛けてあげたいのに、言葉が出ない。
どうすればいい?そう思った時、座っていた俺の頭が、柔らかく温かい何かに包まれた。
「……ごめんなさいなのです」
それは、少女……電だった。俺の頭を抱き抱える様にして、電自身も涙を流していた。
二人で、声もなく泣いていた。
俺は、なぜだか、その時、この世界に来た理由が、解ったような気がした……
また、少しの時間が流れて。
泣き顔を拭い、ぎこちなく笑う二人が、あった。
『くー』と、どちらのかも解らないお腹の音が鳴り。
二人して、照れながら、食べ物を探し。
見つけたレトルトのご飯と、冷蔵庫にあったケチャップを使い、具の入っていない焼きめしを作り。
鎮守府にいる鶏が、産んだという玉子を焼いて包む。
出来上がった、見映えの良くない。
でも、とても美味しく感じられるオムライス。
それを分けて食べる二人の顔には、もう涙は無かった。
* * * * *
「ごちそうさま!ふー……司令官、美味しかったわ!」
作ったオムライスを完食した暁の、満足そうな声を聞きつつ、電の方へ目を向ける。
電は、俺を見つめながら口を開く。
「……あの時と一緒で、とても美味しいのです」
「そっか、それは良かった」
遅めの昼餉は、俺達に
あの時と同じ様に
少しだけ幸せな気持ちを与えてくれた。
甘さ控えめで、少し切なく。
……切なく?