バトラーズ〜召しませお嬢様〜Sweet School of Life*** 作:夏憐
(屋敷到着)
紫堂:
「お疲れ様でございました、小鳥お嬢様」
小鳥:
「…………」
ここ、本当に日本……?
紫堂さんにドアを開けてもらい、車を降りた先に見えるのは……まさに「お屋敷」と呼ぶに相応しい見事な洋館だった。
なんて言ったっけ……鈴蘭…屋敷?
右京:
「山田様がお待ちです」
まるで映画かドラマのセットのような外観のお屋敷はもちろん作り物なんかじゃなくて、素人目にもひと目でわかる高そうな調度品の数々を壊さないようにそうっと右京さんのあとについて行った。
小鳥:
「あ、あのっ。私……。どうしてここが……その、あの……」
聞きたい事は山のようにあるのに、うまく頭が働かなくてもどかしい。おたおたする私に右京さんは優しい笑みを浮かべ、開かれたドアの先には……。
小鳥:
「うわぁ……」
案内された部屋は、ティールーム?サロン?って言うのかな。
大きく取られた窓から光が入り、真ん中に置かれたこじんまりとした可愛いテーブルセットに降り注いでる。綺麗に手入れされた庭が見えるとても明るいところだった。
山田:
「お帰りなさいませ、小鳥お嬢様」
小鳥:
「あ……ただいま…です」
両親が亡くなって、引取られた先のおじさんおばさんも共働きだったから、こうやって「おかえり」って出迎えてもらうのは随分久しぶりの感覚だった。
山田:
「お茶の用意が整っております。さ、こちらへ」
小鳥:
「は、はい」
案内され席に着くと、いつの間にか姿を消していた右京さんがティーポットを載せたワゴンを押してやってきて、いそいそとお茶の用意をしてくれる。
小鳥:
「あのっ、自分で出来ますからっ」
右京:
「いいえ、お嬢様。これは私くしどもの仕事でございます。お嬢様はただ座っていらっしゃればよろしいのです」
小鳥:
「……はぁ……」
椅子を引いてもらっただけでも初めてでびっくりしたのに、自分より年上の、しかも男の人にお茶を注いでもらうなんて……なんか……居心地が悪いというか、いたたまれないというか……。
そんな私にお構いなく、右京さんは慣れた手つきで用意を済ませ、いつの間にか山田さんの後ろに控えている。
目の前に置かれたティーカップからは、ティーバッグじゃなくキチンとリーフから淹れられたお茶のいい香りが……。
小鳥:
「い、いただきます……」
ホントは熱いのは苦手だけど、せっかく美味しくいれてもらったのに冷ましてしまうのはもったいないから、ふうふうしながらお茶を飲んだ。
小鳥:
「……美味しい……」
自分ではないほかの誰かにいれてもらった暖かいお茶は、とても優しい香りがして体だけでなく心までも温めてくれそうだった。
山田:
「その茶葉はつぐみ様も大変気に入っておいででした。小鳥お嬢様にも気に入っていただけたようで何よりです」
小鳥:
「お母さんが……?」
両手で持っていたカップを戻し、改めて部屋を見回してみる。
よく手入れはされているけれど、決して新しい物ではない家具。壁に飾られた絵。そしてこのテーブルセット……。
山田:
「このお屋敷は、もともとつぐみお嬢様のために、旦那様が特別にお建てになったお屋敷なのです」
小鳥:
「ここが、母のお屋敷……」
右京:
「ここは大旦那様……大隈様の一人娘でいらっしゃったつぐみ様のためにご用意した別宅。
別名を、鈴蘭屋敷と申します」
山田:
「つぐみお嬢様の御紋といいますか、お印が鈴蘭で……お嬢様もとくに鈴蘭を愛していらっしゃいましたから」
……そうだった。お母さん、花の中では鈴蘭が一番好きだったのよね。
小鳥:
「お母さんも、ここでこうしてお茶を飲んでいたのかな……」
ふと涙が出そうになって、庭のほうへ顔を向けた。
山田:
「ええ、つぐみ様はよくこのサロンでお茶を飲んでいらっしゃいました。
そう、今の小鳥お嬢様のように、庭を眺めながらゆったり過ごされるのがお好きだったようでございます」
私を「お嬢様」として探していた経緯は、ここへ帰ってくる車の中である程度は右京さんが説明してくれた。
お母さんが元財閥の白嶺グループ会長の一人娘だったこと。
使用人だったお父さんと恋に落ち、それを許さなかったおじい様の元から駆け落ちしたこと。
そして私が生まれ……でも二人はもういない……。
右京:
「……実は、大旦那様もずいぶんとお年を召され、以前のような威勢も消え失せてしまいました。
……近しいお身内がいらっしゃらないのも、お気落ちの原因かと思います」
小鳥:
「そうなんですか……」
右京:
「大旦那様は、今もつぐみお嬢様の件に関してひどく後悔していらっしゃいます」
小鳥:
「母を連れ戻さなかったことをですか?」
右京:
「と言うよりは、つぐみお嬢様と狭山様との事を最後まで許さなかったということをです」
山田:
「本当に、最近の大旦那様は見る影もないと申しましょうか……。
これには私どもも頭を悩ましまして、差し出がましいと思いましたが……。
小鳥お嬢様を、ぜひとも大旦那様にお目にかけて差し上げたい……。私は、そう思ったのでございます」
小鳥:
「それで、急に私をここへ……」
山田:
「はい。……小鳥お嬢様には、何十年も放っておかれたという積年の恨みがおありになることかと思います。
けれども、旦那様は、一度たりともつぐみお嬢様も小鳥お嬢様もお忘れになったことは……」
そうだったんだ……。
山田:
「小鳥お嬢様。ぜひ、大旦那様に1度会っていただけませんでしょうか。
この山田の願い、なにとぞ聞いてくださいませ」
小鳥:
「…………」
正直、まだ戸惑いはある。それでも、私にも血の繋がった身内がいたんだって知れたのは嬉しい。
しかも遠い親戚じゃなくて、お母さんのお父さん。私のお祖父さんなんだもの。
会いたくないって言ったら、嘘だ。
小鳥:
「…………」
おかしいかな。
朝起きて学校に行こうとしたところを車で連れ去られて……。
違う学校の制服を渡されて着替えて入学式に出て……。
今度はこんなお屋敷に連れてこられてのんびりお茶なんか飲んで……。
なのに……不思議……お母さんはもういないのに、こうやってお母さんを知っている人たちからいろんな話を聞くと、ここにお母さんがいるような気がする……。
信じられない話だけど、信じてもいいかなって気がする。
だって……ここからはお母さんの空気を感じるから……。
小鳥:
「分かりました……。私、おじい様にお会いします」
山田:
「……おお!ありがとうございます!きっと大旦那様も喜ばれます!
では右京、後はお前に頼みますよ」
右京:
「お任せください、山田様。
この屋敷の執事以下、全ての使用人一同総力を挙げて、小鳥お嬢様を大隈家のご令嬢に相応しいレディにしてみせます」
小鳥:
「レディ……?」
山田:
「それでは、私は大旦那様の元へ戻ります。秘密にして事を進めておりますので、長居は出来ないのです。
次にお会いできるときを楽しみにしております」
(山田、立ち去る)
……行っちゃった。
右京:
「それではお嬢様、まずは使用人達をご紹介させていただきます」
紫堂:
「お嬢様、こちらへ」
小鳥:
「は、はい……」
いったい、これから私はどうなっちゃうんだろうな───