酒呑み二本角の鬼が召喚されました 作:酒呑童子?
「さてと……この土人形、どんな感じなのかね?」
「ちょ、ちょっと避けなさいよ!」
「あぁ、ルイズにもまだ私の実力、見せてなかったね。……とくと見よ!」
そう言って私はデコピンの構えをとる。
ルイズ以外が見ても、正気の沙汰とは思えない行動であろう。
普通ならばひとたまりもなく衝撃で指の骨はへし折られ、まったく勢いの衰えない拳が、そのまま体にめり込むことになる。
……ま、鬼の体ならそんな事、万に一つも無いんだけどね。
「……!!?? 何故だ!?」
勝利を確信して残忍な光をたたえていたロレーヌの目が、驚愕に見開かれる。
「おっと、こんなひ弱な力じゃ大岩も持ち上げられないよ? 主人よりもずぅぅぅっと力持ちじゃないと!」
なんと、身の丈二メイル近くはあろうかという自分のゴーレムが全力を込めて振り下ろした拳が身長153セントのルイズよりも10セント以上小さな子供の亜人のデコピン1発で上に跳ね上げられたではないか。しかも笑いながらという余裕たっぷりの状態でだ。
周囲の観客たちも、その異様な光景を目の当たりにして、みな一様にざわめいていた。
「ふ、ふん! 馬鹿力が自慢か。だが、1度弾いただけのことで、何をいい気になっているんだ?」
いくら怪力だろうと”普通の”亜人が指一本でゴーレムの巨腕による攻撃を弾けるはずもないのだが、ロレーヌはそう言って無理矢理自分自身を納得させた。
それから、再び杖を振ってゴーレムに連打を加えるよう命令を下し、強引に押し切らせようとする。
自前の『風』の魔法で攻撃してやりたいのは山々なれど、それでは自分の作ったゴーレムが平民相手に歯が立たなかったと認めるようで、プライドに障るためだ。
それに第一、ゴーレムの体が邪魔になってしまっていて、その向こうにいる相手は狙いにくい。下手をしたら、自爆して相手に傷をつけられずに無駄に精神力を消耗するだけだ。
「ホラホラホラホラホラホラ!! 遅い遅い! 酒を浴びるほど飲める暇ができるほど遅いぞぉ? なーはっはっはっ!」
だが、いつまで経ってもゴーレムの一撃が入らない。それどころか相手は酒を呑み始めた。
(く、くそっ!)
焦れてきたロレーヌが、もうこうなったら『ウィンド・ブレイク』を叩きつけて、ゴーレムごと巻き込むようにしてあの得体のしれない平民を吹き飛ばしてしまおうかと考えて杖を持ち上げた、ちょうどその時。
「うぇひひ……よし、ちーっと試してみますか! …ほいっと!」
さて、今までのデコピンは最低限の力しか加えなかった。全く、脆すぎて加減に苦労するよ。
けど……今回はちょっとばかし加える力を強くし、加える方向も変える。具体的には、土人形の腕を吹き飛ばしてみる。再生すれば御の字。いいサンドバッグになるし、しなければ、さっさと決着を付けられる。
「ビンゴ! 案の定物質同士を結合させる為の力が弱いね。やるならもっとガチガチに固めないと! あらよっと!」
萃香は恐ろしいスピードでデコピンを連発。ゴーレムの体の部位を次々と吹き飛ばして散弾のように土を飛ばす。勿論威力は抑えているが。
「う、うわッ!?」
はっと我に返ったロレーヌがあわてて杖を振ると、上昇気流のような突風の壁が彼の前に生じて、向かってきた土塊はすべてあらぬ方向へ逸らされていった。
それでかろうじて難を逃れはしたものの、敵への攻撃用に準備していた呪文を、自分の身を守るために使ってしまったことになる。
「……こ、こいつッ! 生意気な……!」
彼女が笑ってこちらに手をこまねいて挑発している事に気付いたロレーヌは、怒りに顔を歪ませながらもそちらへ向けて杖を突き出して、『エア・カッター』を放った。
エア・カッターはドットスペルとはいえ、使い手の腕前次第ではかなりの殺傷力をもつ呪文である。
ラインクラスのメイジが放ったそれであれば、鎧も何も身につけていない生物の体には深い切創を負わせ、あたりどころが悪ければ即死させてしまうこともあり得る。
しかも風の刃は高速かつ不可視であるために、回避や防御も難しいのだ。
(殺してやるッ! 平民の分際でこんな真似をしてくれたからには殺してやるぞッ、このチビがっ!)
すっかり頭に血を上らせてはいるが、それでもロレーヌの詠唱速度はなかなかのものだった。普通なら、不動の萃香に鋭く疾い風の刃がその体を斬り裂くことになるだろう。
だが、鬼の体は下手な鎧を切り裂く風すらもそよ風に感じてしまう。
「ん〜? そうかそうか! 酒で火照った体を冷やしてくれるなんて優しいねぇ! でも、今じゃないんだなぁ!」
私は全力の半分程の力を込めたデコピンをして衝撃波を発射。ザコの杖をピンポイントに吹っ飛ばす。こりゃ頭にリンゴでも載っけて宴会芸に使えるかな?
……っとと。確かここの決闘って、終わらせるには杖を奪うか降参させるかだよね。……めんどくさいし気絶させちゃうか!
「それっ!」
「あぶっ!?」
萃香は十数メイル先のロレーヌの顔面目掛けて衝撃波を再び発射。勿論鬼の四天王の体から放たれるデコピンの衝撃波を喰らおうものなら、生半可な鍛え方では簡単に気絶してしまう。
ロレーヌはなんの抵抗もできずにそのまま後ろに倒れる。
決闘のあまりにも意外な結末に観客がざわめく中、萃香は周囲を見回してルイズを探し、酒を煽った後に見つけたルイズに向かってサムズアップをした。
ロレーヌと萃香との決闘が始まる、少し前のこと。
トリステイン魔法学院本塔の最上階にある学院長室では、コルベールと呼ばれる中年の教師がひどく興奮した様子で、学院長オールド・オスマンに自分の発見について熱っぽく説明していた。
彼らの目の前には、『始祖ブリミルの使い魔たち』という題のひどく古い本と、珍しい形状をしたルーンのスケッチとが置かれている。
描かれているスケッチは萃香の左手に刻まれたものの写しだ。
このコルベールは昨日の使い魔召喚の儀式を監督し、ルイズが何度も何度も失敗した末にようやくのことで彼女を召喚して契約した、その場に立ち会っていたのである。
それは、奇妙で、やたら酒飲みが好きな使い魔だった。
念のため『ディテクト・マジック』という、魔法使いかどうか判別する魔法で調べてみたものの、全く反応が無かったことから、平民であることだけは確かなのだが、亜人が召喚されるなどということ自体まず前例がないものだし、その容姿や服装もひどく風変わりで不思議なものだった。
その上、左手に現れたルーンの形状もこれまでに見たことがない珍しい物だったので、気になったコルベールはそのスケッチをとり、今日の空き時間の間、ぶっ通しで図書館に籠り、それについて調べていたのだ。
「……で。その結果、きみはこの本にある『始祖ブリミルの使い魔』に行き着いた、と?」
「そうです! ご覧ください、ここに書き写しておいたルーンの形状を。これは、こちらの本にある伝説の使い魔、『ガンダールヴ』に刻まれていたものとまったく同じでありますぞ!」
「なるほどのう。それで、きみはその少女がかの伝説の使い魔の再来だと、そう結論付けたというわけじゃな……」
禿げあがった頭に浮かんだ汗をハンカチで拭きながらそうまくし立てるコルベールとは対照的に、オスマンは落ち着いた態度で白い口髭を弄くりながら、思慮深そうに考え込んでいた。
「……しかし、ルーンが同じというだけでそう決めつけるのは、いささか早計かもしれん」
「ううむ。それは……確かに」
その時、二人の内密な話し合いのために席を外していたロングビルという名の秘書がドアをノックして、ヴェストリの広場で決闘騒ぎが起きていると知らせてきた。
「片方はヴィリエ・ド・ロレーヌという二年生の男子生徒。もう一方は……メイジではなく、ヴァリエール家の令嬢が召喚した使い魔の、亜人の少女だそうです」
それを聞いた二人は、折よく起こった偶然に顔を見合わせる。
「決闘は少女の方から挑んだという話ですが、それはド・ロレーヌの側にミス・ヴァリエールの使い魔に対して非常に無礼な言動があったためだとかで……。ともかく、数名の生徒が事態を知らせてまいりました。ですが、報告を受けて止めに向かった教師は、興奮した生徒らに邪魔をされて手が出せなかったようです」
「やれやれ。暇をもてあました貴族ほど、性質の悪い生き物はおらんな」
「それで、教師たちは決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めておりますが……」
オスマンは少し考え込んだものの、首を横に振る。
「たかが子供の喧嘩を止めるために、学院の秘宝を使うわけにはいかんな。ひとまず放っておきなさい。万一の時は、私がなんとかしよう」
「かしこまりました」
ミス・ロングビルの足音が去っていくと、オスマンはさっそく杖を振って、壁にかかった『遠見の鏡』にヴェストリの広場の様子を映し出した。
二人は、そこに映った決闘の様子を、固唾をのんでじっと見守る……。
そうして決闘の一部始終を見終えると、オスマンとコルベールはまた顔を見合わせた。
「オールド・オスマン。見ましたか? あの少女が勝ちましたぞ!」
「……うむ。私にも目はついておる、しかと見届けたわい」
「ド・ロレーヌはまだ学生とはいえ、ライン・クラスの風メイジです。それを平民の、しかも女性の身で、1歩も歩かずに! やはり彼女は『ガンダールヴ』ですぞ! さあこの大発見を、早く王室に報告せねば!」
「いや、まあ……。落ち着きなさい」
興奮するコルベールに対して、オスマンは重々しく首を横に振った。
「いいかね、ミスタ・コルベール。まず第一に、あの娘が『ガンダールヴ』かどうかについて、私はまだそれほどまでに確信は持っておらん。確かに亜人であることを考慮しても平民とは思えぬ強さではあったが、彼女は武器を使っておったか?」
「そ、そう言われてみますと……、確かに」
伝説によれば、『ガンダールヴ』はかの始祖ブリミル(六千年前にハルケギニアに現れて現在まで続くメイジ社会の礎を築いたとされ、神格化されて敬われている人物)の使役したとされる、四体の使い魔の内の一体である。
ブリミルが強大だが長時間の詠唱を要する『虚無』の呪文を用いる間、その身を守るために特化した存在だと言い伝えられている。
勇猛果敢な『神の盾』として、あらゆる武器を使いこなして襲い来る敵と対峙し、その強さは千人もの軍隊を一人で壊滅させたとも、並のメイジではまったく歯が立たなかったともいう。
しかし、先ほどの戦いであの少女は確かに強かったものの、全く武器を用いていなかった。
ゴーレムの攻撃を受け止めたり、デコピンでゴーレムの体を吹き飛ばしたその力は異常なほどのものだったし、最後はまたデコピンで風を起こしてロレーヌを気絶させていた。
いずれにせよ武器と呼べるようなものを使って戦っていた様子はない。
それでは彼女が伝説の使い魔だという十分な証拠を得たとは言えない。
ただ『強い』というだけならドラゴンの使い魔だって十分強いし、亜人といえど、中には規格外な実力をもつ者もいよう。似たような形で決着が着いただろう。
「第二に、よしんばあの娘が本当に伝説の使い魔だったとしても、王室のボンクラどもに『ガンダールヴ』やその主人を渡すのがいいことだとは思えん。宮廷で暇を持て余しておる連中にそんな玩具を与えた日には、何を始めるやらわかったものではないからな……」
「ははあ。……学院長の深謀には、恐れ入ります」
コルベールは、神妙な面持ちで頷いた。
「ともかく。この件は当分の間、他言無用としておくのがよかろうて」
オスマンはそういうと、窓際へ向かって、遠い目をして空を眺めた。
そして、胸に秘めた昔の思い出に思いを馳せた。
(もしや、彼女が恩人が酒の席で言っていた友人かもしれぬな……もし知っているのならば、この老いぼれに教えてくれぬか?)