ウマ娘に責任を取らされる成人男性   作:もちもち大根

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お待たせしました、お待たせし過ぎたかもしれません。


フジマサマーチ編

 午前6時30分。都心に面していても、少しベッドタウンに寄ってしまえば閑散としている。時々、アスファルトを削るタイヤの音が響く程度だ。この時間は自称理論派指導者であるチームレグルスのトレーナーの芝崎走一も、寝起きの頭を起こしながらトレセン学園に足を運んでいる。寝癖と天パが混じった髪では全国から集まった一流トレーナーの一人としては風上にも置けないだろう。

 

 芝崎がそんなどこか抜けた朝を『良し』として、周りから『良し』とされている理由は彼の髪同様にレグルスの早朝練習の緩さにあるのかもしれない。

 放課後の練習に行われるミリ単位の修正や、集中力を摩耗するようなメニューは早朝練習に組み込まれていない。怪我防止のためにストレッチで関節可動域を広げ、その後に町内をランニングするだけ。他のチームに比べても最低限のギリギリを沿う質素な練習メニューであり、芝崎の指揮も『指導』より『支援』の面が強い。

 

 しかし、この走る楽しさとチーム連携を深めるために始めた早朝メニューもクセの強いメンバーが揃ったレグルスでは一苦労。

 放っておけばフルマラソンを完走しそうなサイレンススズカ、寝ぼけてランニングコースを間違えるスペシャルウィーク。商店街の人気者であるキタサンブラックはお裾分けとして野菜を譲られ、若者に人気のカレンチャンは通学中の学生にサインを求められる。生徒会メンバーのナリタブライアンにチームを纏めて貰いたいが、彼女も生粋の一匹狼気質であるため、我関せずとランニングを進める始末。そんな彼女たちのランニングを後ろから原付で追うのが早朝練習の芝崎であった。

 

 ついこの前まで死んだように勤めていたのが嘘のような賑やかな毎日。トレーナーとしての苦悩はあるが幸せな悩みにすぎない。

 芝崎は今日も月末に迫ったチームレースに向けて練習に取り組む──、ハズであった。

 しかし、今日の芝崎は早朝からトレセン学園から離れた場所にいる。国内最大の交通網、その拠点である都市部の駅。5月の大型連休の初日であり、通常であればオフィス街への通勤で溢れる場所もこの時期はキャリーバッグを引き連れる旅行客で賑わっている。

 

 そんな誰しもが旅行に気持ちを馳せる中、待ち合わせ場所として有名な『金の鈴』の前で芝崎が人々の視線を集めていた。

 ネクタイを締め、ベストとジャケットで身を包む。整髪料で天然パーマを整え、汚れ一つない革靴は床で快音を鳴らしている。

 照明を反射する重厚な時計、手に握られた形が整った鞄。よくよく観察すれば高価品に着せられている感が強いが、痩せ型の体型も相まってモデルのようなシルエットを作り出している。 ──加えて、今の芝崎を輝かせる存在がもう一つ。 

 

「あら、キマってるじゃない!! そっちの姿もバッチグーね!!」

「……やっぱマルゼンって50代とかだったりしない?」

「ウマ娘に喧嘩売るなんて、いい度胸じゃない……」

 

 芝崎の待ち合わせ相手であるウマ娘、マルゼンスキー。歴史を読み返しても稀有である『無敗』の個人レース戦績を保有しているウマ娘だ。

 引退表明こそしていないものの直近1年はレース出場は無し。事実上の引退ウマ娘であるためその『無敗』が持つ価値が非常に高い。

 また、現役のトレセン学園生でありながら寮に所属せず、高級車を乗りこなし、口から出てくる言葉がことごとく死語であると、拭いきれないおばさん感お姉さん感が一部のファンと学園の後輩には突き刺さっている。

 

「あ、いや……、大人のセクシーな魅力があるなって」

「……まあ、良いわ。今のは嬉しいから今回は見逃してア・ゲ・ル♡」

 

 やはりセンスは古い。古すぎる。

 

「それじゃ、準備は良いか? こっから2時間以上は移動だからな」

 

 芝崎の言葉にマルゼンスキーは手に持った軽食を掲げて準備完了の合図とした。それを確認した芝崎は自身の鞄から新幹線のチケットを彼女に受け渡す。本日の目的地はあの怪物を生み出した『カサマツ』である。

 

 

 

 

『フジマサマーチ 編』

 

 

 

 

 芝崎とマルゼンスキーを乗せた新幹線が発進して十数分。互いの近況についての雑談を済ませる。互いのと言っても、そのほとんどがマルゼンスキーから芝崎への質問攻めだ。トレーナーに復帰して芝崎が感じていること、メンバーの性格、特に走りの特徴に関しては深く尋ねてきた。2人きりの緊張を和らげるため、気を遣って芝崎に合わせたトーク内容を選んでいる。彼女なりの優しさは称賛の意味で年齢以上の大人びた部分があるだろう。

 ……ただ、大人びているのは温厚な部分だけではない。そうして芝崎の口が緩んだところ、マルゼンスキーが2人を仕切る肘掛けにもたれるようにして芝崎の瞳を覗き込んできた。

 

「それで、どうして私が呼ばれたのかしら?」

 

 これまでとは異なる角がある語気。マルゼンスキーから発せられているのは誠実な情報開示を求める圧力であった。

 自チームメンバーでもない彼女を学外に連れ出す行為は通常を逸脱している。芝崎も今日の目的については事前に説明はしているが、過去に無敗の戦績から多くの大人に悪意のある勧誘を寄せられたマルゼンスキーだ。この外出に対しても再度疑問を晴らさなければ気持ちが乗り切れない。

 

「旅中の目的は1つ。ウマ娘のスカウトだ」

 

 そう言って芝崎がタブレットを取り出す。マルゼンスキーが見やすいとようにして指を滑らせると、画面には1人のウマ娘が表示された。太字で名前が記され、学生証写真と思われる画像が一枚と、レース中の写真が幾つか写っている。

 そのレース写真を見る限り、その写真が撮られたのは出走人数が多い地方シリーズのレースであることが分かる。地方でも一定レベル以上のレースに参加して結果を残しているウマ娘であれば、わざわざ片道2時間以上を掛けて会いに行く理由には十分だろう。

 

 しかし、その画像データの下に並んだ出走結果一覧では長時間を掛けて足を運ぶことに対して物足りな過ぎる。

 レースは短〜マイル距離のダートのみで戦績は14戦4勝。平均着順は3着前後であるが、言い換えれば勝負所で勝ち切れない弱さがある。繰り返すようであるがこれらのレース結果が生まれた舞台は地方、つまり『ローカル・シリーズ』である。走者の実力はトレセン学園の生徒が出走する『トゥインクル・シリーズ』には遠く及ばない。

 

 伸び悩んだ成績、狭いバ場適正、年齢による成長余地の低さ。ありきたりな言葉で表すなら『地方で優秀であったウマ娘』だ。悲しくも過去形の言い方に尽きてしまう。

 ──が、それを十分に理解している、ウマ娘のマルゼンスキーよりも理解しているだろうトレーナーの芝崎は嬉々として画面を弾いた。

 

「このウマ娘をレグルスに迎え入れたい」

 

 中央トレセン学園が見向きもしないウマ娘を芝崎は欲している。他のトレーナーがこれを聞いたら鼻で笑った後に冗談かと話を切り上げるだろう。ここでマルゼンスキーが話を真面目に捉えているのも芝崎から事前に説明を受けているからだ。ウマ娘に対して優しさに満ちる彼女であっても、レースに対しては非情な判断をする。今、画面に映っている着順を勧誘の判断材料にするのならば、彼女は同行の誘いを断り、場合によっては考え直せと提言を行う。

 そのような異常性を正当化するのはチームレグルスか抱える『ダート適性』ウマ娘の欠員。そして画面に映るとある2勝(・・・・・)の価値だ。

 

「あら、私を客寄せに使うのは高くつくわよ」

 

 マルゼンスキーは再度確認した旅の目的に納得した。……しているのだが、それはそれとして加えて確認したいことが一つ。なぜ芝崎は自チームのメンバーではなく彼女を同行者として選んだのか。自チームで無くとも複数のウマ娘と交友関係のある芝崎ならばマルゼンスキー以外にも有名なウマ娘を呼べたはずだ。

 マルゼンスキーの仮説として最有力なのは、選手としては引退とされる彼女が暇そうだから。もしくは、知名度があり口が達者だから勧誘の手助けになると考えたからか。どちらにせよ乙女心としては扱いが雑だ。

 だからこうして一種の仕返しに自身の価格を示し、芝崎の反応を楽しみに待っている。優しい彼のことだ、高くつくと言えば何かしら胸踊る返答をくれるだろう。何なら1泊の旅に色々と最大限の可能性を考慮して……、……と黙考するマルゼンスキーとは裏腹に、芝崎が返したラリーはキレキレのストレートであった。

 

「いや、マルゼンはドライバーだよ?」

 

 レンタカー予約してるから、今日明日の運転は頼んだ! ──と、芝崎の目線は相変わらず画面のウマ娘に釘付けのまま。芝崎の台詞は然ることながら、その態度でマルゼンスキーの乙女心は崩壊どころか原子消滅に一直線。これには彼女も青筋を立てるしかない。

 

「……マルゼン・スーパー・パンチッ!!」

 

 脇腹に刺さった一撃は男の呼吸を止めるには十分だった……。

 

 

 *

 

 

 数分の臨死を体験した芝崎と苛立ちを解消したマルゼンスキーが辿り着いたのは、広大な敷地面積を誇る学園であった。

 学園の正式名称は『岐阜ウマ娘カサマツトレーニングセンター学園』であり、総敷地面積は30万㎡となる。生徒数は約400人弱のため、例のドームが6.4個収まる敷地を生徒たちは存分に利用できるのだ。行動の自由度ならば中央にも劣らないだろう。

 

 そんな敷地面積あたりが低い人口密度を持つ、言い換えてしまえば過疎気味な学園であっても、中央のトレーナーと伝説のウマ娘が同時に現れたとなれば祭り事だ。発見されたならば2人の隠密行動は即終了。その来訪が一気に学内に伝播し、一見しようと生徒の群衆ができる。芝崎たちに行われていた校舎案内も最低限に切り上げられ、生徒から逃げるように応接室へ移動させられる。

 扉を閉めるなり、案内を担当した老教員が輝く頭を撫でながら謝罪を口にした。

 

「いやぁ、騒がしくてすみませんね。ウマ娘といえどウチの生徒にとってトゥインクルシリーズは夢のまた夢ですから……」

「いえ、私も人前は慣れていますし、マルゼンスキーさんは取材も多かったですから」

「そう言っていただけるなら有難いのですが」

 

 仕事モードの芝崎の回答に再び頭を撫でて謝罪を口にする教師。自分よりも遥かに若い訪問者への腰が低すぎる対応は気味の悪さすら感じる。

 しかし、この教師の態度は演技的であっても過剰ではない。ウマ娘のレースとライブは国内最大規模の生産消費を生み出し、経済としては小国の価値と肩を並べる。その中央の指導者である芝崎と地方の教師では実力が掛け離れているのだ。

 もしここで教師を責めるなら彼の対応ではなく先の発言だろう。『ウチの生徒はトゥインクルシリーズは夢のまた夢』とは、指導者として学園内のウマ娘全ての可能性を否定している。芝崎は上手く表情を誤魔化しているが、ウマ娘であるマルゼンスキーの眉が動いており憤りが隠せていない。

 

「それで、芝崎トレーナーはどのようなご用件でしょうか」

「ただいま各地のトレセンを巡回して運営や設備の把握を行なっております。最近は教員も人手不足ですからね。調査の結果、必要があれば人員補充を行いますよ」

「おお、それは有難い!」

 

 教員は芝崎の堂々とした嘘と甘い情報を吸い、それならば直ぐにでもと二人の身を自由にする。芝崎が勧誘を伝えず虚言を吐いた理由は、詰まらない世間話を切り上げたいのが半分。もう半分は教員に生徒のスカウトを引き留められたくないということだ。

 本来、地方学園の生徒が中央に引き抜かれるのは光栄なことだ。しかし、せっかく引き抜かれた生徒が中央で通用しなければ、あの地方の生徒は結局実力が無いと、引き抜き先の地方学園ごと評価が落ちる可能性がある。数ターンの会話で老教師は引き抜かれるリターンより、自身の立場へのリスクケアを優先すると芝崎は判断した。

 そうして離席を早めた判断は正しかったのだろう。マルゼンスキーが応接室から離れながら長い溜息で怒りを吐き出した。

 

「やっぱり地方の悪しき風潮よね……」

「……ごめんな、マルゼン」

 

 地方の環境を芝崎が謝るのも御門違いであるが、大人として、一人のトレセン関係者としては環境格差の改善が進まないことを申し訳ないと思ってしまう。

 それに芝崎は一度トレーナーの立場を放棄している。力を持つ立場でありがなら、それを不適切な使い方をした自覚がある。

 

「もうっ、良いわよ。──これからは尽くしてくれるんでしょ?」

 

 そうして芝崎の謝罪を包み込むマルゼンスキーの声は少し呆れたようで、それでいて泣いている子供を安心させるようにも聞こえた。それに言葉だけでは無い。学園までの移動中に小突いた男の脇腹へと手を当てて慈しむようにしている。

 学園内ではお姉さんとしての扱いを受けるマルゼンスキーだが、学生の年齢相応に芝崎がトレーナーに復職したことに喜びはしゃいでいる。だから彼からの扱いが悪ければ『なんで私だけこんなに』と棘を出してしまうし、逆に丁寧に扱ってくれるなら彼の頼みを大体は通してしまう。新幹線での戯れもただちゃんと構って欲しいだけなのだ。

 

「──ああ、君たちのためにベストを尽くすよ」

 

 そう宣言して芝崎は彼に触れるマルゼンスキーの手を取り、丁寧に整えられた爪や細い指を傷付けないように優しく握った。

 だから、そんな思慕を持つマルゼンスキーの問いへの回答を示す。もう過去のような呪縛も迷いも無い。今度こそトレーナーとしての責務を果たし、ウマ娘のために最善を尽くす。一人でも多くのウマ娘が健やかに勝利を掴むために。

 

「俺はマルゼンにも楽しい学園生活を送って欲しいからな」

 

 ……また、これだ。 ──とマルゼンスキーの背筋が伸びる。

『マルゼンにも(・・)』は気に入らないが、いつまで経っても勝てないのだと彼女は久々に自覚した。あんなに余裕をかまして、大人ぶって、高級車に乗っていても、こんな甘ったるい一言で絆されてしまう。

 彼女は跳ね上がった心臓を感じ、顔に赤みが出ないことを祈りつつ、どうにか口を開いた。

 

「そ、そうっ!? なら早く例のウマ娘ちゃんを探しに行きましょ!!」

「そうだな。スカウト対象のウマ娘と仲の良い生徒も調べたから、先にその生徒たちから話を聞こうか」

 

 慌てて言葉が詰まったマルゼンスキーを他所に、サラッとした態度で歩みを続ける芝崎。その歩みで二人の手が離れたことに又しても彼女の心が揺さぶられてしまう。

 ……やっぱりチョット悔しいので、少しだけ意地悪はしても許されるだろう。そう判断したマルゼンスキーは自然な流れを装って彼の名前を呼んだ。

 ここに中央の生徒はいない。自分たちに興味を持っている生徒も遠くで接触の機会を伺っているだけで近づいてはこない。それなら出来るだけ、ほんの少しだけ隠さないように。こんな機会はないのだからと永く閉じ込めていた想いを伝えてみる。

 

「──好きよ、貴方のそういうところ」

 

 ふざけ合う時は流れるように口にしている一言。そんな言葉がこの時だけは彼に届いているか心配で、それでいて届かなくとも良いかと思えてしまう。

 

「ん……、おお? 俺もラブって感じ」

 

 ただ、このほんの少し勇気を出した気持ちも、ウマ娘という概念ごとラブ勢の彼にしてみれば家族同士で愛していると伝え合う程度。それも友人歴が長いマルゼンスキーからであれば、その意味をラフに勘違いして受け止めてしまう。

 

 ──あーあ、やっぱりダメね。

 

 残念なような気もするが、今はこの関係が少しでも長く続けば良い。そんな明日には消え去ってしまう願いを抱いて、マルゼンスキーにとっての最善の距離を保ちながら彼と廊下を歩いた。

 

 

 *

 

 

 芝崎の予告通りとするべきか。目的のウマ娘に出会う前に、そのウマ娘と交友の深いとされるウマ娘3人を発見した。彼女たちは丸机を囲い、購買から持ち寄ったのであろう菓子を広げている。

 そんなラウンジで賑やかに談笑している彼女たちの元へと人目を集める、──否、ウマ目を集めて群衆を引き連れる二人が近づいた。当然通りすがるのだろうと予測していた3人は、あろうことか芝崎が声を掛けてきたことに驚愕する。ただ、この3人はカサマツ出身の『怪物』とも交友があるからか、他の生徒と異なり芝崎たちに物怖じはしない。芝崎にとっては話がスムーズに進むので有難く、すんなりと同席許可を貰えた。軽い挨拶の後、芝崎はスカウトには触れずに教員に伝えたよう学園巡回の形を保って話を切り出した。

 

「それで君たちに聞きたいのは──」

 

 安穏とした質疑応答になるだろうと話を始めた芝崎の眼前を遮るように一人のウマ娘の掌が掲げられた。芝崎は首を傾けて遮られた視界の端に映る手の主を見ると神妙な面持ちで唸っている。その見た目の──、着崩した制服、腰に巻かれたカーディガン、サイドポニーの巻髪といったギャル感に見合わない声だ。

 

「あーしたち、あくまで言える喋れる範囲でしか喋らないから。オグリの不利になることは言えないから、そこは分かって」

 

 友人が不利になる情報を売りはしないという弱年齢層の団結力。どうやら芝崎たちの訪問目的が中央で無双する怪物ウマ娘の調査だと勘違いをしている。このような態度を取られるくらいなら本来の目的を話すべきであったか。それでもスカウトと言ってしまえば、これ以上友達を連れて行くのかと非難される可能性も捨てられない。

 出鼻を挫かれた芝崎は思慮の階層を深めて次の言葉を選んでいると、他の2人が冷やかしのような合いの手を入れてきた。

 

「でた、ノルンのオグリ古参ムーブ」

「ハハッ! まあ、ノルンはそこは譲れねーよな」

「ミニー、レディ! 五月蝿い!」

 

 芝崎に忠告をしたウマ娘は仲間意識が特に強いだろう。地方の社会集団は小さな共同体の集合で脆い部分が多いが、感情的結びつきは都会の目的集団よりも硬い。仲間との強固な繋がりがあるのなら、その硬さを逆手に取る。対ウマ娘との舌戦は経験豊富なマルゼンスキーが勝るのだ。

 

「そう、仲が良いのね。みんなは同じチームなのかしら?」

「おう、これでも結構優等生なんだぜ」

「いやいや、昨日もサボってんじゃん」

 

 マルゼンスキーの質問に対して先程の軽口のまま受け答えをする2人のウマ娘。その調子に合わせてマルゼンスキーが会話を繋げる。芝崎には難解な年代と性差の対応を難なくこなす姿は流石だ。

 

「練習と言えばカサマツの娘達の練習も見たいのだけど、参考になりそうな()はいるかしら?」

 

 又してもマルゼンスキーのテクニックが光った。今まさにこのタイミングで思い出したように、滑らかな話題転換で芝崎たちの求めるウマ娘の名前を彼女たちから口にするよう誘導する。

 実際、このマルゼンスキーの問いへの回答は3人同時。彼女たちは一瞬だけ目を合わせると、すぐに答えを導いた。

 

「ならマーチ(・・・)でしょ。特待生だし、オグリのライバル!」

「そりゃ岐阜王冠とか取ってるからな」

「実家が太い、センスが古い、この時代にガラケー使ってる」

 

 友人からの評判は上々。友人としての身近な視点も相俟って余計な情報まで含まれているのはご愛嬌。

 その後も出てくるのは友人の自慢と天然な部分について。一目置かれてはいるものの、腫れ物として扱われている様子もない。初手こそ暗雲が立ちこめていたが、こうして取り寄せたデータ上では確認できない人柄が知れたことは幸運だ。

 あとはお目当てのウマ娘がどこにいるのか聞き出せれば上々だと、カサマツの構内図を取り出そうとする芝崎。ただその前に芝崎たちの質問答えたのだから、今度は私たちが質問する番だと3人が芝崎の動作を遮ってきた。

 

「てかさー、中央のトレーナーなら知ってんの?」

「今日のニュースのアレ(・・)。スゲー騒ぎになってんだろ」

 

 そうしてノルンと呼ばれるウマ娘から芝崎に渡されたスマートフォンには今日発行されたスポーツ紙の一面が映されていた。1人のウマ娘を囲む大量のマイクと、写真越しでも伝わるカメラのフラッシュ、これでもかと太く書かれた記事タイトルは各社同様に揃えられている。

 

『シンドリルドルフ 現役復帰!! 皇帝の伝説が蘇る!!』

 

 昨夜、シンボリルドルフによって開かれた緊急会見。それは彼女の現役復帰についてであり、誰もが予想していなかった突然の報道に全国の眠気が吹き飛んだ。復帰理由は多く語らず、『やり残したレースを勝ち取る』と発表。一夜明けても騒ぎは落ち着く様相を見せず、全国で彼女の復帰レースはいつなのか、やり残したレースは何なのかと憶測が飛んでいる。

 ここカサマツでもシンボリルドルフは高名だ。中央トレーナーが丁度良く来てくれたのだから聞くしかない。芝崎も多くは語ることができないが、対外的に発表されたならば答えても問題はないと踏んで肯定する。

 

「あー……、本当だよ。事前に聞いてたし、復帰前に練習もしてた」

「マジかぁー! うわぁー、見てぇ!!」

「まだ生で見たことないからな。トレーナーに頼んでみよう」

「いや、安月給だから無理って言われるのがオチだって」

 

 旬な話題に騒ぎ立てる女子高生に今度こそスカウトのウマ娘がいる場所を尋ね、感謝の礼を述べて離席する。

 本命のウマ娘は現在トレーニング中とのことで、中央トレセンに比べやや荒れたカサマツのグウラウンドに移動。40人ほどのウマ娘が練習を行っていたが、芝崎が探しているウマ娘の特徴的な芦毛がその手間を省いた。

 芝に一体化しそうな翠色のグラデーションを帯びた芦毛の長髪。サイレンススズカに近しい細い体躯のウマ娘は1人黙々と直線走を行っていた。

 

 まずはその実力を測るため、芝崎たちはグラウンド端に位置するベンチに腰掛けて彼女の練習を眺める。

 優れたとは言い難い身長を補うよう大胆なストライド。繰り返される単純な直線練習を顔色一つ変えずに繰り返す胆力。やや関節の横可動域に物足りなさがあるためコーナー対策に難があるが、地方ウマ娘としては間違いなく上位勢だ。

 

 特に集中力は秀でている。

 芝崎とマルゼンスキーがグラウンドに訪れてから、練習中であるウマ娘たちの集中力が途切れている。実力のある者に自分を見て欲しい、もしくは恥ずかしいから見ないで欲しい。指導を訴える表情や並走を求める気持ちが抑えられていない。カサマツに訪れた2人に対して抱く当たり前のような感情だが、練習からすれば雑念でしかない。

 それに比べ、件のウマ娘の視線は一度たりとも2人を捉えていない。常に芝とゴールに意識を向け。視線を反復させるのは丁寧に結び直す靴紐と練習データの記されたノート。そして時々、遠くへ思いを馳せるように流れる雲と共に凱風を感じている。

 

「あの娘、ちゃんと努力してきたのね。お手本みたいな綺麗なダートの走りよ」

「へぇ……、マルゼンが褒めるとか珍しいな。お眼鏡に適って何よりだよ」

 

 トップアスリートの練習はそれだけで集客できると言われる。ウマ娘でもそれは同じ、他者を惹きつける魅力を持つウマ娘は、日々のトレーニングそれだけでも充分に心を弾ませてくれる。その証拠に逃げ場のないグラウンドで視線を浴び続ける芝崎とマルゼンスキーは、いつの間にかその体に張り付く網目のことを忘れ、時間を忘れてただ1人のウマ娘の練習を応援していた。

 そうして太陽が夕焼けの色を帯び始めた頃、芦毛のウマ娘が休憩に入ったところで見物気分に浸っていた芝崎がグラウンドに駆け足で向かう。

 

「こんにちは、『フジマサマーチ』さん。少し時間いいかな?」

「……練習の支障にならなければ」

 

 不審者から距離を取るような素っ気無い回答。芝崎を中央のトレーナーと知っているならば肝が据わっている。先に芝崎が彼女の友人たちから聞いていた通りの取っ付き辛い堅物っぷりだ。

 芝崎は一拍の間を作るために態とらしい咳を入れて、ウマ娘の波長に合わせた人柄を作り直して挨拶からやり直す。

 

「中央でトレーナーをしている芝崎走一です。君の評判を聞いてスカウトに来ました。突然なんだけど一度話を聞いて貰えると──」

 

 次いで繋げる言葉を探しながらの自己紹介。まずはフジマサマーチから勧誘の時間を頂戴するのが最初の鬼門だ。中央のネームバリューにでも興味を持ってくれれば楽なのだがと淡い期待を抱きつつ、芝崎は彼女の表情がどの言葉に興味を示すかを観察する。

 そんな中で彼女が掘り下げたのは芝崎の自己紹介の初端。意外な部分について尋ねてきた。

 

「シバサキ……? 私のトレーナーと関係が?」

「察しが良いね。ご考察の通り、漢字は違うけど同じ組合だよ」

 

 フジマサマーチの問い。それは彼女の現トレーナーと芝崎走一の名字が同音であったこと。両者とも『シバサキ』家系であり、彼女のトレーナーは『柴崎』の漢字を与えられた由緒正しいトレーナー系譜である。一方の『芝崎』は文字通り芝などの環境手入れや、ウマ娘のサポートを生業とした系譜。本家からすると『芝崎』がトレーナーになるのは異例であった。また余談として語るのであれば、芝崎走一が彼女の存在を知ったのは、遠縁であり同職の柴崎トレーナーとの会話があったからだ。

 

「なので柴﨑さん……、君のトレーナーからもスカウトの許可は貰っている。この後の説明で納得してもらえれば直ぐに中央に編入できるよう準備もしてあるよ」

 

 芝崎は携えた鞄から張り止めされた資料を取り出す。彼が休日返上で用意したのは彼女の現状評価と今後の伸び代に関して。それを実現させるための年間育成スケージュールも練り上げてきた。芝崎にとって会心の出来栄えである。

 ──がしかし、結果的にはその資料を最後まで読み始めることは出来なかった。資料表紙を提示した段階でフジマサマーチの口から伝えられたのは最初の素っ気無い回答以上に、芝崎の誘いを拒否するものであったのだ。

 

「いえ、説明は結構です。そのお話はお受けできません」

 

 芝崎の指が止まり視線が手元からフジマサマーチへと移った。

 彼女の言葉は頭から尻まで言い淀みが無い。自身の歩むべき競技人生の線引きはすませていると態度で示している。『シバサキ』であることで1歩踏み寄れたかと思えば、2歩どころか一気にスタート地点に戻されてしまった。

 用意してきたことを示す前に道を断たれ、戦いの舞台にすら立てない。ここで無理矢理にも話を推し進めることはできる。しかし、スカウトする者とされる者、どちらの立場が上かなど言わずもがな。強行手段が何になろうか。

 一定の勝利を見込んでネゴシエーションを進めようとしていた芝崎のプランが乱され、フジマサマーチに主導権を握られる。ここ数ヶ月でいくつかの修羅場を乗り越えた芝崎の直感が危険信号を鳴らしていた。

 

「今までも何度か中央からのスカウトはありました」

 

 フジマサマーチ本人の口から知らされる事実に芝崎は耳を疑う。彼女の調査を進める際にそのような情報は影すらなかった。中央と地方の接触となれば学内記録に残り、大概は噂として耳に入る。それなのにここまでの交渉記録が残らないのは不自然だ。

 ……不自然ではあるがここまで情報が跡形もなく隠滅され、且つフジマサマーチが未だカサマツに在籍しているのならば、芝崎が情報を取り零した原因にも説明がつく。

 超一流のみが集う中央のトレーナーが地方にまで足を運んで、そこで優秀なウマ娘にスカウトを行う。それなのに誘いを断られてしまえば、そのトレーナーの名誉に傷が付く。それを隠すため、スカウト自体に蓋をして閉ざすのはあり得る話だ。

 勿論、地方ウマ娘にスカウトを断られるのは日常的。お世話になった環境への貢献や、インバウンドや地域創生から地元人気を狙った地域密着型のウマ娘はいる。そのようなウマ娘にフラれることは何ら恥ずべきことではない。

 しかし、フジマサマーチは別だ。彼女の場合はスカウトの理由が邪道であるからだ──。

 

「しかし、それらは私へのスカウトではなく、『オグリキャップに勝ったことのあるウマ娘』に対してでした」

 

 そう、これこそフジマサマーチに蝿が寄った理由だ。

 国内最高峰のウマ娘が集まるトゥインクル・シリーズ。その中で『灰の怪物(Gray Phantom)』として数々の偉業を成し遂げたウマ娘である『オグリキャップ』はカサマツの出身だ。

 柔らかな関節と驚異的な末脚。当時から溢れていたオグリキャップの圧倒的な才能は、トレセン学園の生徒会長であるシンボリルドルフ直々にカサマツへと足を運ばせ、歴史に残るウマ娘からウマ娘への中央スカウトが行われた。

 その後、中央に移籍したオグリキャップは誰しもが知る快進撃を披露。同時期に頭角を現したウマ娘と競い、時に敗れながらも数々の重賞を手にした。まさにシンデレラロード、心を奪われる成り上がりだ。

 

 そしてフジマサマーチが口にした通り、彼女は過去にオグリキャップと同走し、なんと勝利を収めている。

 ジュニア級のためレース規模は小さく、両者とも成長途中の無名ウマ娘の時代。あれから長い時が流れ、今再びゲートを潜ったのであれば結果は違うかもしれない。それでもそのレース結果は事実として残り続ける。オグリキャップがトゥインクル・シリーズで『怪物』的な活躍を続けることで、フジマサマーチの勝利も地元英雄譚として語られていた。

 

「それで私を求められても、アイツのように貴方達に重賞を手渡せはしない」

 

 念押しされるような、芝崎の意図を見透かしたような追撃。フジマサマーチの過去に集った蝿のように、芝崎にも彼女の過去から希望を見出していた。

 

「それに私はアイツとは違う道でも、アイツと競い合うと決めています。──だからこれで良い、このままで良いんです」

 

 そう締めて雲を追うフジマサマーチは満たされていた。

 

「……そこまで言われたら返す言葉は無いな。話してくれてありがとう」

「いや、こちらこそ遠くから来ていただいたのに、良い返答ができず……」

 

 芝崎の目的は達成できなかった。歯痒さは残っているが、交渉が終わってしまえば只のウマ娘が好きな訪問者になるだけ。外向きの雰囲気は解いて、本来はプレゼン中であった時間を雑談に移す。練習を邪魔したせめてもの礼として、芝崎が練習中に気になったことや中央のオグリキャップについて教える。するとフジマサマーチはお返しにとカサマツのお土産やオススメの食事処を教えてくれる。

 こうして会話した感触に限れば2人の相性は悪くない。そんなことを思ってしまえば、やはりこのウマ娘を自身の手で育めないことに芝崎は悔しさを感じる。それならばと手に持ったままであった資料を手渡した。

 

「これ、お節介程度に思って受け取ってくれ。育成の参考になれば今日の棚ぼたってことでさ」

 

 スカウトは失敗したが両者間に拗れた雰囲気は生まれず、中央トレーナーの作成資料ともあって彼女も嬉々として受け取った。そのまま何気なく表紙を捲り、最初のページに目を落とす。

 その動作に意思はなかった。彼女が受け取ったのが紙束だったので、日常生活で染みついた条件反射が指を動かしただけ。──ただ、その数センチにも満たない動作が彼女の人生を変える分岐点となった。

 もし最初の張り詰めた雰囲気が落ち着いていなければ。フジマサマーチが芝崎の声掛けに対して気を張っていたように、この資料に対しても身構えていたら耐えることができた。

 しかし、それはあくまでも仮定に過ぎない。資料の一枚目に並べられた文字を読んだ彼女は、驚愕の表情で喉から咽せるような声を漏らした。

 

「……こ、これは、何だ──? 何でコレを私に……?」

 

 彼女は半ば怯えるような目で、耳を倒して、芝崎へと疑問を投げた。

 一枚に記されていたのは目次ではない。ましてやフジマサマーチに関することでも、芝崎の指揮するチームについてでもない。彼女の手元に並べられているのは、この状況下では全く関係性がないと思われる別チームの出走者一覧であった。

 ──ただ、フジマサマーチもそのチームについての知識は有している。矛盾しているようだが『知ってはいる』のだ。知っていても自分とは生涯関係ない、この国にいる全てのウマ娘とウマ娘ファンが知る雲上のチーム。数年前に突如として現れ、チームレース・個人レースで完全勝利、出走者は2着以下無しの記録を打ち出した。チームとして、その中の個人としても年間を無敗で飾る偉業。前年度トウィンクル・シーリズの覇者、中央トレセン学園チーム順位1位、『チームシリウス』の出走者たちだ。

 

 トレセン学園 チーム順位1位

 チームシリウス 今年度出走者予想

 短距離:不明

 マイル:シンボリルドルフ

 中距離:トウカイテイオー

 長距離:オルフェーヴル

 ダート:オグリキャップ

 

 レースの世界に絶対は有り得ず、完璧は無いはずだった。そんな常識を軽々と乗り越えたチームとその競技者の名前が何故かフジマサマーチの資料に記されている。育成のためであっても地方ウマ娘の資料に彼女たちの名が必要など、なんと烏滸がましいことだろうか。たかが地方如きで比較対象にあげるなど、参考にするなど、指を差し非難されても仕方ないことだと資料の主であるフジマサマーチが理解している。

 

「何でって……、今年の打倒目標だからね。やっぱり倒すべき相手は知っておかないと」

 

 そんなの当たり前だと若干不思議そうに答える芝崎。フジマサマーチの心境には気が付かないのか、むしろ彼女にスカウトを断られたことへのショックを立て直そうとしている。そんな様子からすれば男が嘘をついているのではないとフジマサマーチは判断した。しかし、そうなれば、もし本当にこのチームと対戦する未来が訪れたとすれば……。

 

「──待て、待って下さい。……それなら私の相手は──?」

 

 フジマサマーチに芝適性は無い。走れ無いとは断言出来ないが、中央の激走渦ではレースを走り切ることさえ大きな危険を伴う。それに中長距離の適性も無い。2,200m以上は辛うじてといった部分さえ見え隠れしている。

 そうなれば彼女の進める道は一つだ。余りに高く、超えようのない壁。それを眼前に現れたトレーナーは背負わせようとしていた。それに気づいた瞬間──、その事実は音となって告げられた。

 

「オグリキャップだよ。君はオグリキャップに勝つんだ」

 

 フジマサマーチの呼吸が止まる。握りしめる手の中に滲む汗はトレーニングによるものではない。

 

「──無理だ」

 

 中央の実態を知らないフジマサマーチでも断言できる。この年間無敗のチームに勝つなど不可能だ。こんなにも当たり前のように語るなど正気ではない。ましてや自分にその一端を担えなど買い被り過ぎている。

 

「……本気で? 本当に勝てると思っていると?」

 

 フジマサマーチの口角が引き攣り、両耳が倒れるように折れる。もし、男が持ってきた提案を聞く前に断らず、口車に乗せられて中央へと移ってしまったらと想像してしまった。競技人生を狂わせる、ウマ娘の本能を粉砕する恐れのある計画。フジマサマーチは自分がソレに耐えらず、走ることに絶望する未来を想像してしまった。

 

「まぁ、ぶっちゃけ難しいよね」

 

 しかし、芝崎は飄々と。流れる風のように。

 フジマサマーチが折れることなど考慮していないように、聳える巨大な厳しさを受け入れ、それを少し楽しみながら、トレーナーとしての実力不足で勝利を確信できない部分を恥ずかしそうにして続ける。

 

「でも俺の予想だと、この中で一番勝率が高いのが君だよ」

 

 芝崎はフジマサマーチの持つ資料を拝借して捲り出す。彼が「ああ、これだよ」と指した目的のページには、夥しい量の数字が詰め込まれた表があり、太枠で囲まれた中には名だたるダートウマ娘の名が載っている。そんなウマ娘たちの名前の横には脚質、ラップタイム、身体特徴が細かく纏められていた。凡庸な統計データだ。

 ただ、ここで珍しいのは表の最も右側、太枠で囲まれた2つの列。一つ目の『最終予想タイム』と書かれたそれは、芝崎がそのウマ娘を育成した場合の成長後のタイムだ。そしてその右隣にある『/1,000』と記載された列。何かの確率を示しているのだろう、各選手ともおおよそ1〜5/1,000の数字で共通している。唯一、フジマサマーチだけが10/1,000と最も確率の高い数字が書かれていた。

 

「そこね、対オグリキャップのイメージレースの結果1000回分。君は1%の勝率が見込めて、それは全てのダートウマ娘の中で最も確率が高いんだ」

 

 時間掛かったんだよと苦労混じりに芝崎はイメージレースの条件を語り出す。天候、レース場、出走順、出走枠。ありとあらゆる可能性を加味してパソコンとデータを動かしたと説明をしているが、おおよそフジマサマーチの耳には届いていない。

 彼女を含めて表には十数名のウマ娘の名がある。実際にイメージレースを行ったのか、真面目に計算をしたのかを疑いたくなる統計量だ。逆にそれを全部予想しているのだとすれば狂っている。そこまでして『フジマサマーチ』に賭けるなど、『フジマサマーチ』が最も勝率が高いなど何を以て言えるのか。

 説明に夢中で鈍磨になっている芝崎にフジマサマーチは声を荒げた。

 

「──ッ!! ふざけるな、私がアイツに勝てる訳がないだろう!!」

 

 オグリキャップから得た勝利数より敗数が多い彼女にとっては、今の芝崎がツラツラと並べる仮定も知識をひけらかしているようにしか思えず、専門的なことばかりで脳処理は間に合わない。それに過去に感じたオグリキャップとのウマ娘としての格差がいつまでも粘着している。今日出会ったばかりの芝崎から受ける解説などでは、オグリキャップに勝てるなど心が理解を拒んでいる。

 芝崎はそんなフジマサマーチの強張りに面喰らったのか一瞬のけ反ける。芝崎はあらかじめ彼女とオグリキャップの関係性は調査済みであるが、ここまでトラウマを抱えているのは意外であった。

 

「……すまない、配慮に欠けていた。もう余計なことはしない、ここからも撤収するよ」

 

 芝崎は頭を下げながら謝罪を口にしてグラウンドを離れ、フジマサマーチは横目でそれを追う。芝崎の帰路には他の練習中であったウマ娘達がおり、男の歩みを避ける彼女たちはフジマサマーチが初対面のトレーナーに吠える珍しい事態に唖然としていた。

 慄くような視線を浴びるフジマサマーチは、邪念を振り払うように再び練習へと身を翻していく。

 

 

 *

 

 

 学生寮に帰り、泥を落とし、食事を摂る。

 スケジュール通りの規則正しい流れに従って、丁寧に、時間通りに。日々の些細なことでも、いつかそれは自分に返ってくる。その返ってくるものが良いものであればと思い、レースに活かすための生活を送ってきた。

 そんな身についた習慣のおかげか、今日のようなボヤけた頭でも、困惑を抱えたままでも友人たちには悟られずに一日を終えられた。

 満身創痍で自室に戻り、気の弱いルームメイトから距離を取って練習日誌の更新を進める。──しかし、日付を書き込んだ後の筆は一定のリズムで停止を繰り返し、その数分後には必要事項の半分も埋められぬまま溜め息と共に机の端へと転がっていく。

 

「何をやっているんだ私は……」

 

 練習日誌などその日に行った練習の走りを評価し、改善点を述べるだけだ。簡単な作業であるはずなのに、今日を振り返ると嫌でも中央トレーナーの存在が邪魔をしてくる。

 

 ──君はオグリキャップに勝つんだ

 

 オグリキャップは強い。彼女がカサマツに在籍していた際に競い合ったフジマサマーチは数少ない経験者としてそれを語ることができる。特にオグリキャップとフジマサマーチの最終対決となったレースである『ゴールドジュニア』ではその格の違いを否応なしに見せつけられた。

 あのレースは最終カーブ時点までフジマサマーチが断然の位置優位であった。それにも関わらず、カーブを抜けた先ではオグリキャップが突風となり先頭に踊り出て、あっという間に数バ身の差を付けられた。

 あの時にフジマサマーチが感じたオグリキャップの才能は圧倒的であり、どう足掻いても勝てないのだと結果で示された。オグリキャップとライバルなんて程遠い、自惚れた哀れなウマ娘。それが(フジマサマーチ)なのだと示された。

 それでもウマ娘としての走ることへの執着は捨てられず、オグリキャップとの経験を今後のレース人生に活かして走ると決心した。

 

「……だから、私はお前より永くレースに出続けるって決めたのにな」

 

 それからは愚直に努力して、学内で常に上位のタイムを出して、岐阜王冠賞を筆頭に幾つかのレースで結果を残した。それでオグリキャップと違う道でも頑張っていると、「お前のライバルだった『私』は頑張っているから、お前も頑張れ」と言いたかった。

 でもいつの間にか成績は落ちていて、選手としての期待もウマ娘としての伸び代も失いかけている。こうして引退せずに居られるのは、オグリキャップを追いかけ、彼女よりも長くレースを続けるという風化色を帯びたプライドを守っているからだ。

 

 そんなフジマサマーチに向かってオグリキャップに勝てだの、勝てるだの言ってきた中央のトレーナー。これまでの中央トレーナーとは違い、フジマサマーチに重賞を求めるのではなく、オグリキャップに勝つことを本気で求めていた。フジマサマーチだってオグリキャップと再走を何度も夢に見た。走り、競い、そして勝ちたいと追いかけてきた。

 だが、やはりフジマサマーチ自身がオグリキャップに勝てるビジョンを抱けない。地方で落ち目の自分には勝負にすらならないと、弱気が最後に残ったウマ娘の本能を吹き消そうとしてくる。

 

「挫けそうだ……──」

 

 オグリキャップと共に走りたいという強い夢。そしてその夢よりも何倍も膨れ上がってしまった自身の弱さという現実。忘れかけていた強烈なジレンマに指先が冷たくなっていく。

 

「──喉、乾いたな」

 

 長らく悪いスパイラルに入っていた思考を振り払いのけ、緊張で強張った体と気分を変えようと自室から出る。

 すると彼女が寮室から出てくるのを待ち構えていたかのように、天井に設置されたスピーカから放送が流れた。

 

『フジマサマーチさん、お電話です』

 

 学園寮は携帯電話の使用は自由であるが、トレーナーや学校からの連絡窓として寮で管理を行っている固定電話がある。今フジマサマーチを呼び出した放送も、その固定電話から彼女宛に電話があったからだ。

 そしてフジマサマーチはこの電話先の主を瞬時に判断できた。彼女は若者の割に現代技術にうとく、未だガラケーを使用している。ただ、そのガラケーも余り使いこなせてはいない。使用するのは登録された親族への電話とメールであり、寮の固定電話へ親が連絡してくることはない。

 次に彼女が幼い頃から走ることに一途であるのを原因とした交友範囲の狭さ。芝崎が今日であったフジマサマーチの友人である3人以外には、レースで共に走った幾人かのウマ娘と面識がある程度だ。だが、そのウマ娘もこの狭い地方では同じカサマツの生徒である。わざわざ電話など必要はない。

 そうなると親以外、カサマツの友人以外で、フジマサマーチに縁がある者の候補など数えるまでもない。

 

 何故このタイミングで彼女から電話があるのかと、柄にも無く運命を疑わずにはいられないかった。強くなり続ける鼓動を深呼吸で抑え、受話器を手に取る。そうして普段通りを装って自分の名を口に出した。

 

「久しぶりだな、オグリ」

「マーチ、久しぶりだ!! ……ん? なんで私だと分かったんだ?」

 

 その問いに勘だと答えると、オグリキャップは流石フジマサマーチだと上機嫌な感嘆をあげる。それにフジマサマーチも笑って応え、暫くお互いの近況に花を咲かせる。電話越しに聞こえる声は相変わらず。レースの時とは違い、どこか抜けた緩さのある喋りである。

 フジマサマーチはそんな彼女にどこか安心しているが長時間も寮の固定電話を独占できない、オグリキャップが迫る期限に仕方なく真剣な声色で話を切り出した。

 

「実は芝崎トレーナー……、ああ、中央のトレーナーなんだが、彼からこの時間帯に電話をするように言われていて。本当は作戦が成功? ──とやらをした場合にマーチへの激励を仕っていたのだが、よく分からないから電話はしてみたんだ」

 

 フジマサマーチが芝崎のスカウトを承諾した場合、彼女の意欲を掻き立てるための激励を芝崎はオグリキャップに先んじて依頼していた。彼も過去の失敗から選手のメンタルコントロールに関しては常に改善を試みている。

 勿論、フジマサマーチがスカウトを断るケース、つまりオグリキャップとの再走を断った場合も想定済み。今回の電話を依頼する際に2人が傷つかないように最大限に濁して予定を伝えた。オグリキャップにはフジマサマーチが中央に来るのではないかという不確定な期待を持たせないように、フジマサマーチが移籍を断った時に友情にヒビが入らないようにしている。

 後の祭りではあるが、もしこの丁寧さが先にフジマサマーチに伝わっていたら、スカウトも少しは好転していだろうか。

 

「それで、これは作戦が失敗したら言ってはダメだと言われているのだが……」

 

 そう切り出したオグリキャップは、いつものノンデリで思ったままに踏み込む態度とは異なっていた。彼女が言い淀む何かはスカウトと関係があるのか、スカウトが失敗したら言えないことなのか。フジマサマーチに疑問が浮かぶが、秘密裏に進んだ出来事をそのまま疑問に絡めて口に出すことは避けたい。

 

「だが、やはり私は今伝えるべきだと思っていて。マーチ、実はな……──」

 

 微かにオグリキャップの声が震えた。それは電波障害でも誤魔化せそうなほんの少しの揺れ。オグリキャップというウマ娘を知るフジマサマーチだから感じ取れた違和感。

 どうしたのかと心配を伝えようとする。しかし、フジマサマーチが動く前に意を結したオグリキャップが声の震えを抑えながら言葉を紡いだ。

 

 

 ──私は今年で引退だ。

 

 

「私は十分に走ったし、元々弱かった足の調子もある。今年度末のチームレースを最後に引退することに決めた」

「──そ、そうなのか、もう決定なのか?」

 

 フジマサマーチの理性が溢れそうな感情を抑える。手が震え、耳に力が入り、目元が熱くなる。オグリキャップは冗談を言うタイプではないが、これなら悪い嘘だと言われた方が何倍もマシだ。いっそのこと考え直してくれと訴えたいが、オグリキャップの走る世界とは遠く離れた世界にいるフジマサマーチは、ただ彼女の決断を受け入れるしかない。

 

「ああ、トレーナーとベルノと話して決めた。だから最後のレースはみんなにも見に来て欲しい。それに、マーチは私より永くレースに立つんだ。……見届けてくれ」

 

 嘘にでも縋りつきたくなる報告は本人各所で締結されている決定事項だ。オグリキャップは既にラストイヤーを走り切るために動き出している。

 時間にすれば1分にも満たないオグリキャップの覚悟を聞き遂げ、フジマサマーチは涙を堪えながら「そうか」と短い相槌を繰り返して事実を受け入れていくしか出来なかった。

 そんなフジマサマーチを心痛してか、オグリキャップはこれまで秘めてきた未来への希望を語る。

 

「……マーチ。私がカサマツに行っても良いし、マーチが中央に来てくれるなら場所を探そう。だから──」

 

 オグリキャップと共に走る、それは自身の実力に自惚れ、大敗を期したフジマサマーチにとっては凍えるような悪夢だった。だから子供の時に抱いたG1の夢を、オグリキャップに砕かれた夢を諦めた。その身に適した舞台で、その身にあったレースで、せめてもとオグリキャップとの繋がりを失わないように現実的な数年間を走ってきた。

 

「だから、いつかまた一緒に走ろう、マーチ」

 

 だが、オグリキャップにとって共に走ることは朗らかで温かい夢なのだ。

 結果はどうであれ、大切な友人と走る。その舞台がG1であっても、川辺の砂利道でも良い。ただ走ることを求める。だってウマ娘は──。

 

 

「──ああ、走るさ。絶対だ」

 

 

 情けない格好だが涙は拭かない、ここで出し切ろう。

 そして、次に泣くのはお前に勝った時、嬉し泣きだ。

 

「……少し電波が悪いな。また日を改めて掛けるよ、オグリ」

「そうか、楽しみに待っている!」

 

 オグリキャップの耳が跳ねたであろう気持ちの良い返事を受けて受話器を置き、空いた手を勢いよく握り締める。そしてその勢いそのまま、母指球で木の床を叩いた。

 あの優等生のフジマサマーチが寮の廊下を駆ける。そんな本日2度目の奇怪な行動をする彼女に生徒たちが道を開ける。

 

「ノルン!! ルディ!! ミニー!!」

 

 フジマサマーチがノックの代わりに拳で叩くのは友人であるノルンエースの寮室。過去はオグリキャップとの同室であったが、彼女が中央へ移った今は1人部屋。そのため、ルディレモーノとミニーザレディがこの部屋を溜まり場として使っている。

 

「ちょっと、どうしたの!? そんな大声出したら寮長に怒られるって!!」

 

 消灯時間に迫った時間に響くフジマサマーチの大声。それに慌ててノルンエースが飛び出してくる。彼女は熱烈な古参オグリキャップファンらしく、どこで買ったか芦毛のゆるキャラがデザインされた部屋着を着ていた。そして、そんな彼女の後ろ、やはりいつもの2人のウマ娘がいる。談笑で体勢を崩していたであろう、その表情だけが先の大声で呆気に取られているため顔と体が不揃いだ。

 そんな彼女たちに暇なら丁度良かったと友人らしい冗談を挟み、希望に満ちた笑顔で頼みごとをする。

 

「荷造りを手伝ってくれ!!」

 

 

 *

 

 

「えぇー……、成果は無いですが、せっかくのカサマツなので郷土料理は食べて帰ります」

「そうね、ドンマイ!! 切り替えていきましょ!!」

 

 スカウトの翌朝、芝崎は肩を落として凹んでいる。それに午前中とは思えない程に疲れた顔をしており覇気がない。

 凹んでいる理由はスカウトの失敗と、自分の配慮の欠けた行動でフジマサマーチを傷つけたこと。昨日、カサマツの校門を出るまでは仕事モードでシャキッとしていたが、ホテルに向かおうとレンタカーに乗り込むや否や溶けるように肩を落とした。

 そして謎の疲労はフジマサマーチにスカウトを断られたことで、別のダート適性を持つウマ娘とのコンタクトが必要になったことが原因。ダート適性を持つそれなりの候補者はいるが優秀な選手ほど早く取られてしまう。昨晩は急ピッチでスケジュールの作成を進めたせいで、気がつけば丑三つ時が迫っていた。徹夜ではないが疲労が残っている。

 

 逆に残念な結果を笑い飛ばすのはマルゼンスキー。

 彼女には特段疲れる要因もない。むしろ丸一日も芝崎の隣に居座れる機会などこれまでなかったし、昨晩は凹みつつスケジュール作成に集中しており、何をしても「んぁ〜……」で済ませる芝崎を堪能したためメンタルは満ちている。

 

「こっちの地方は赤味噌の鍋とかがぁ、オススメらしいぞぉ……」

「なら私が運転するから、道案内シクヨロ!!」

 

 だらだらと返事をする芝崎が助手席、キビキビと動くマルゼンスキーが運転席に座る。マルゼンスキーは慣れた手つきで発進の準備を行い、いつもに比べて車間が広く走りやすい道を飛ばしていく。

 

「味噌鍋さぁ、フジマサマーチが教えてくれたんだけどぉ……、あの子を怒らせちゃった俺が食べて良いのかなぁ……。噂が回って店員が毒とか入れないかなぁ……」

「んもぅ、いつまで落ち込んでるの? また会ったときにもう一回謝れば良いじゃない」

「でもさぁ? もう会えないかもじゃん。一生このまま傷つけたままかもじゃん? もうさぁ……」

 

 自分のウマ娘がレースで負けた時は自己嫌悪で丸一日根暗になるタイプの芝崎。今日はそれと同様に面倒くさい。彼の性格を熟知しているマルゼンスキーがいなければ、陰でウジウジとしていただろう。

 そんな助手席で枯れている芝崎を乗せて数分、車内で電子の通知音が鳴る。音を鳴らしたのはカーナビで、目的地に設定した食事処までの最短ルートから外れたことを知らせていた。マルゼンスキーは意識確認を含めて助手席へと声を掛ける。

 

「──あら? 今の道で曲がらなくて良かったの?」

 

 道案内役である芝崎が呆けて指示出しを忘れていたのか、左折予定を過ぎて交通量の多い道を真っ直ぐ進んでいる。

 

「ん、ああ……。遠回りになるけど、レンタカーを傷つけたくないから大通りを使おう」

 

 ボーッとしながらも明確な理由と具体的な指示。すぐにカーナビも更新を行い、芝崎が言った通りに大通りを使用するルートが再設定された。

 凹みつつも色々考えているのだなとマルゼンスキーと感心しつつ、レンタカーに傷を付けたくないならば何故『スポーツカー』という高価な車体を選んだのかと疑問が湧く。それに傷についての発言もだが、昨日のカサマツ学園の訪問も騒ぎを避けるなら、こんなにも目立つ車を借りる必要はない。

 芝崎が運転を預けたマルゼンスキーの乗り慣れた車を借りたのではないか。しかし、マルゼンスキーが普通車を乗りこなせることは芝崎も知ってる。借受費用を含めても合理的な選択ではない。

 ──それに何かが引っ掛かる。芝崎が言っていた言葉の何か。思い出せない何かが、芝崎がこの車を選んだ理由であると告げている。……と、そんなモヤモヤとした気持ちはありつつも、差し当たっての問題ではないとマルゼンスキーは放置を選んだ。

 

「……あら?」

 

 そんなマルゼンスキーの違和感を塗り替える事態が発生した。安全運転第一であるため人身事故や車体不備ではない。そう、それは全国のどこでも日々行われており、中央トレセン学園の周辺では数多く見られている出来事。それがマルゼンスキーの目に飛び込んだ。

 

「ふふっ──、来てるわよ。あの子」

 

 成程──、とマルゼンスキーから笑みが溢れる。

 この為に目立つ車体で、わざわざ人目につく場所を選んで走っていたのか。最後まで可能性を信じたのか、最初から全て芝崎の掌なのか。マルゼンスキーはどちらなのかを尋ねない。ただ今はバックミラーに映る、全速力でこちらを追いかけるウマ娘の応援に力を尽くそう。

 

「そうか、来たのか」

 

 魂が抜けてヨボヨボと聞こえていた助手席の声がハッキリとする。

 

「最大速度で来てるな……。──マルゼン、時速40キロでキープ、窓開けてくれ」

「オッケーよっ!!」

 

 芝崎の指示を聞いてマルゼンスキーがアクセルブレーキをコントロールする。レーサーも顔負けな(マルゼンスキー風に言うならば)ドラテクが光った。行きの新幹線で芝崎の言っていた『マルゼンスキーはドライバー』はこの瞬間を託すためであり、完璧に役割を果たしている。

 そんな寸分違わず時速40キロで固定されたスポーツカーへと、アスファルトを叩く力強い音が近づく。絶え間なく繰り返される速いテンポの高音は、苦しそうな呼吸と共に芝崎の横に着けた。

 

「芝崎トレーナー!! 話を聞いてくれませんか!!」

 

 顔を覗かせて訴えかけるフジマサマーチに対して芝崎は微動だにせず。前を見つめたまま、口だけを動かす。

 

「いや、これから急ぎの用があるから。諦めてくれ」

 

 ウソおっしゃい、お昼ご飯を食べにいくだけでしょう。──などと言いたくなるマルゼンスキーは感情を抑え、芝崎に同意するような渋い面持ちを保つ。

 

「ならッ!! 勝手に話すから、このまま聞いて下さいッ!!」

 

 フジマサマーチがどこから走ってきたのかは知る由もないが、公道制限ジャストを走っていたスポーツカーに全速力で追い付いてきたのだ。限界のスタミナにより冷静な口調は崩れ、喋るのもままならない。

 

「私もッ──、連れて行って下さい!! オグリに挑み、──勝ちたいんですッ!!」

 

 掠れた呼吸の合間に端的な言葉を並べる。まるで単語を継ぎ合わせたような、ツギハギさは彼女に残されたスタミナを表していた。ただそれでも、そんな体力の底が顔を出し始めた状態でも千切れてしまいそうな足は止めない。どんなに汚く不格好なフォームになろうと、鬼気迫る勢いで並走だけは続ける。

 それを意気を良しとしたのか、芝崎が手招きのような合図を出す。すぐにマルゼンスキーがブレーキを緩やかに踏み込み、ウマ娘にとっては寝ぼけてでも走れるような速度に保つ。

 

「一晩で何があった?」

 

 走るペースが緩んだことで余裕が生まれたフジマサマーチは、肩で息を整え、ジャージの袖を汗で拭いながら問に答えた。

 

「ハァハァッ、昨日ッ……、アイツから引退すると連絡が来たんだ」

 

 その言葉に芝崎が目元を押さえ、半ば怒りを含めた呆れを表す。

 芝崎がオグリキャップにフジマサマーチのスカウト失敗時の引退宣言を控えさせた理由は一つ。フジマサマーチがライバルの引退を受けて、同情や思い出作り気分を選択しないかと憂慮していた。

 最早能力としては落ち目のフジマサマーチが、どうせならと最後に芝崎の提案に乗られても結果は付いてこない。先の宣言のように『オグリキャップに勝ちたい』とは幾らでも言えよう。重要なのは頂点を目指すチームであるレグルスにとって、各選手たちの走る理由が信念にすら勝る、本能や生き様でなければならない。

 

「だから、アイツと真剣勝負が出来るのは今しかない」

 

 ほら見たものか──、と芝崎は溜め息を吐いた。

 キタサンブラックやスペシャルウィークのように、自発的に『他者の為に走る』ことを芝崎は悪しとしない。それは自分の走りで他者に影響を与えることだ。走る事象に対して自己を起点としている。

 しかし、受動的な『他者を原因に走る』と言うのは強い否定感を持つ。それは他者からの影響を受けて走ることを選択している。あの人がこうだから走る、あの人にこう言われたから走る、などのお選択は責任の所在を擦りつけるか失っているのだ。

 芝崎はこの日初めてフジマサマーチに目を向け、手の甲を振って彼女を返すジェスチャーで答えた。

 

「ダメだ、そんなんじゃ勝てない。相手は中央ダート最強、チームレース戦績は無敗だぞ?」

 

 そう突っぱねると今度は車の速度を上げるように運転席にジェスチャーを出す。これまでの会話と両者の心内を知る運転手は、その加速指示に一瞬だけ躊躇する。──が、毎年数百単位で退学進言が行われる中央トレセン学園は、その進言に近い数の自己都合退学が行われる。そんな中央の厳しさを知っている彼女はここで振り落として行くことも優しさだと知っている。

 ごめんなさい……、そう心の中で呟いて一気にアクセルを踏み込んだ。

 

 芝崎たちを探していたフジマサマーチは既に体力が限界である。一度減速した車のペースに合わせていたため、急加速後のスピードには付いていくことはできない。どうにか追い縋ろうと足を振るうが、もうその足も震えている。あっという間に車体横につけていた彼女がバックミラーに映る小さな点となり、カーブによって完全に姿を消した。

 

「……アレで良かったわけ?」

 

 ここでの切り出しは彼女の役目だった。

 過去、芝崎は妹を失い、そのショックから錯乱してトレーナーとしての立場を投げ出した。その結果、大切な繋がりを無くし、人として終わっていた。そんな中でサイレンススズカという救いの存在と出会い、徐々に本来の姿と過去との繋がりを取り戻している。そんなウマ娘に救われた彼だから、そのウマ娘に対して先の対応は粗が目立つし、最後の切り捨て方もお粗末だ。

 確かにあのままフジマサマーチに付き合っていてもどっち付かずで延長線になる。トレーナーとしてダート適性を持つウマ娘を探すためには時間が惜しい。

 だからと言ってやりすぎたとは思っているのか、芝崎は黙ってドアに頬杖を突いて外を眺めるだけだ。マルゼンスキーが話を切り出さねば、このまま目的地まで彼女に目を合わせずにいるのだろう。

 

「そりゃ、良くは無いけどさぁ〜……」

 

 又しても歯切れが悪くなる芝崎。自分の不注意でアイスを落とした子供のように、自身の行動した末の落とし所であるが、勿体無い結末に咀嚼はうまくいかない。

 

「ほら、もう着くわよ。しっかり食べてアゲていきましょ」

「鍋ぇ……、うどん、入れたい……」

 

 最短ルートに切り替えて走った車を駐車場に停める。降車する芝崎の姿は釈然としない感情により老体のような動きであり、マルゼンスキーが男の背中をパシッと叩いて活を入れる。こんな状態で食事は進むのかと思いつつも、同じ理由で朝食を抜いたので腹は鳴るのだ。

 そんな重い足取りの芝崎が駐車場から一歩出たその時、遠くから芝崎の名が叫ばれる。町中に響き渡る振動は最長3,000mを戦場とするウマ娘たちが有する巨大な肺活量から放たれていた。

 

「芝崎トレーナー!!」

 

 そこには大粒の汗を纏い、呼吸に溺れてしまいそうなウマ娘、フジマサマーチが立っていた。否、立っていたと表現するのもギリギリ。骨が重力に引かれて垂直を保っていると言っていい。

 そんな体力の限界が伺えていた彼女が追い縋ってきたことに芝崎はおろか、同じウマ娘であり、フジマサマーチよりも実力者であるマルゼンキーさえも驚きが音となって口から漏れた。

 車の速度は上げた、路地にも入った、人目は避けた。フジマサマーチの直感か、幸運か、どちらにせよ2人の視線の先に彼女がいる。彼女が賭けに勝利している。

 ──幸運の勝者が間抜け顔を晒す男に叫んだ。

 

「さっきの言葉は聞き捨てならん!!」

 

 ここで伝えたいのは自身の加入を認めさせる説得ではない。先の別れ際に芝崎が残した台詞に対しての反論だ。

 

「実力差なんて知るかッ!! 最後にアイツが中央最強のままで、私が中央最弱になって、それで全て終わっても!!」

 

 オグリキャップと競った『ジュニアクラウン』と『ゴールドジュニア』で、フジマサマーチは自身とオグリキャップとの実力差を苦渋を飲まされる形で理解した。それまで敗北を知らなかった彼女が、どう足掻いても埋まらない才に屈した。友人と遊ぶ時間を潰し、人との関わりを走ることに費やした努力が潰された。

 きっと、自分が中央に行ったところで高が知れている。このトレーナーについて行ったって、たった1%の希望に縋ったって、経験を得た『灰の怪物』が99%を手繰り寄せるとわかっている。

 ……それでも、──それでも!! 

 

 

「それでも、勝ちたいと思って何が悪いッ!! 私は──!!」

 

 

 もしかしたら今度こそ走るのを嫌いになるかもしれない。オグリキャップのことを恐れ、友人などと思えなくなるかもしれない。こうして大見得を切っているくせに萎縮したままで、それでも友ともう一度真剣勝負の舞台で走りたくて、もう感情なんてグチャグチャのままだ。

 それでも、この思いを訴えられずにはいられない。アイツと最後に走らずに終わるなんていられない。

 

「私はウマ娘、フジマサマーチだ!!」

 

 ──私は走るために生まれてきたんだ!! 

 

 

 

 

 

 トレセン学園──、中央と呼ばれる学園の校舎は夜でも明かりが灯っている。そのうちの一つ、チームレグルスが所持する一部屋ではトレーナーと呼ばれる男、芝崎走一がキーボードを叩いている。その男の傍にはこの二日間行動を共にしていたウマ娘、マルゼンスキーが欠伸をして男の作業が終わるのを待っていた。

 芝崎がパソコンで進めているのは、カサマツで拾ったウマ娘のチーム加入申請と転入生用の各種手続きであった。

 

「それで、どうしてOKを出したのかしら?」

 

 暇を持て余すマルゼンスキーは芝崎の作業が一段落つくのを見計らって会話を挟む。退屈ならば、やはり駅で別れて帰るべきだったのではと口にしたい欲を芝崎は抑えつつ、彼女の問いに先に答えようとパソコンに向かいながら会話に応える。

 

「あそこまで熱量を持って対等にぶつかってくれるウマ娘もいないしな。非凡な精神力があるのは確かだ」

 

 まあ、1日で変わりすぎではあるが……、と茶々を挟みつつ合格理由を説明する。

 芝崎の言葉通り、ウマ娘とトレーナーの関係は対等では無い。ウマ娘はトレーナーの指導を受ける立場でありながら、トレーナーはその教え子であるウマ娘のレース結果によって飯を食っている。持ちつ持たれつの関係ではあるが、やはりパワーバランスの均等化は不可能だ。

 そんな中で、なりふり構わずに正面からぶつかってくるウマ娘はトレーナーにとって貴重な存在だ。素直なコミュニケーションが取れれば、トレーナーは自分の間違いを正せる機会が増える。フジマサマーチは臆せずに自身を主張できて、その上で彼女の新たな目標も頂点を目指すに適応した。トレーナーに復帰した芝崎にとっては、この目線をもったウマ娘はチーム力を向上させる戦力になる。

 

「それに、あの時のオグリキャップと同じこと言ってたんだよ」

「……あの時?」

 

 芝崎が言うあの時とは、オグリキャップとタマモクロスが直接対決を行った最後のレース。年末に開かれる最大最高規模、人気と実力を備えたウマ娘のみが出走を許されるレースだ。

 あのレースでライバルであるタマモクロスに勝利し、見事1着を得たオグリキャップは勝利者会見で勝因をこう告げた。『1人ではここまで来れなかった。支えてくれた仲間たちとライバル。そしてみんなが背中を押してくれたから走る理由を見つけられた。私が戦うべきなのは自分自身だったんだ。なぜなら──』

 

「『私は走るために生まれてきたのだから』だとさ。ほら、同じだろ?」

 

 何のために己が存在しているのか、ソレを掴んだ者は折れない。フジマサマーチがしっかりとそれを掴んだのなら、これから歩むべき道を迷わずに進んでいけるだろう。

 芝崎の回答に満足げに頷くマルゼンスキー。それを横目にした芝崎は今度は自分が質問する番だと話を続ける。

 

「──それよか、俺もマルゼンに聞きたいことがあんだけどさ」

「あら、何かしら? ドンといらっしゃい!」

 

 気前よく質問の許可を出す彼女に、芝崎はこの二日間で最も低く真剣なトーンで口を開いた。

 

 

「お前、今年はチームシリウスの短距離で出るだろ」

 

 

 それまで楽しさを全面に出していたマルゼンスキーの柔らかな笑顔がそのまま硬直する。それに伴って部屋の空気が張り詰め、両者は全ての動作を止め呼吸のみを行う。芝崎のキーボードを叩く音も、空調の騒音の音もない。完全な無音が緊迫状態を証明している。

 言い訳や嘘を考え数秒、マルゼンスキーはどれも芝崎には通用しないと判断した。それはたったの2日、されども2日で近づいた2人の距離感。マルゼンスキーが嘘をついてもそれが表面化するよう、誤魔化せないように仕組まれた芝崎のトラップ。

 それに気づいたマルゼンスキーは、その笑みを能面のような表情に変え、冷気のような口調で答えた。

 

 

「──ええ、そうよ。元々引退宣言は出していなもの。問題はないでしょ」

 

 

 芝崎の予想は的中。しかし、それは最も避けたい予想でもあった。現生徒会長であり突然の現役復帰を発表したシンボリルドルフとは異なり、マルゼンスキーは未だに選手状態・チーム所属不明を不明にしたまま。ただ、彼女が残した完全無敗の8戦8勝を考えると、それに見合う所属先は絞られてくる。

 

「けれど、それで何故チームシリウスだと思ったのかしら?」

 

 推測の過程段階は多岐にわたる。しかし、芝崎にとって今回の結論を導いた要因は一つ。

 

「俺がトレーナーに復職。それで俺が頂点を目指すなら、お前は一番厄介なところで倒しにくるだろ」

「ええ、そうね。……その通りよ」

 

 淡々と答えたマルゼンスキーはソファから立ち上がり、芝崎へのデスクへと近づいてくる。そしてそっとデスクに手をつくと、椅子に座る芝崎の顔を覆うように頭上から顔を急接近させる。無言で迫るマルゼンスキーの髪が芝崎の肩にかかり、ハイライトを失った瞳が芝崎の瞳を反射させた。

 

「アナタのことは好きだけど、それ以上にアナタを倒したくて仕方ないの」

 

 2人の息と体温が伝わる距離。それなのに冷静な闘志だけがお互いを結びつけている。

 

「俺も好きだぜマルゼン、喜んで倒させてもらうよ」

 

 その言葉を聞くと、マルゼンスキーは芝崎の額に唇を当てて無言のまま立ち去っていく。

 女性耐性が欠落していた芝崎であるがコレには驚かない。マルゼンスキーは倒すべきライバルであり、トレーナーである自身が動揺していては勝てる相手では無い。──既に勝負は始まっているのだ。

 

 こうして芝崎のカサマツ遠征が終了。チームレグルスにダート適性を持つウマ娘を加入させ、トレセン学園の頂点を取るために最大障壁となるチームの秘匿情報を手に入れた。

 

 トレセン学園 チーム順位1位

 チームシリウス 出走者予想(更新)

 短距離:マルゼンスキー

 マイル:シンボリルドルフ

 中距離:トウカイテイオー

 長距離:オルフェーヴル

 ダート:オグリキャップ

 

 

 

 

 春が終わりを告げ始め、桜色だったトレセン学園も緑の色が勢力を広げている。

 新しい生活に慣れ始めた生徒たちの中、今年度の転入生としては最後から2番目となったウマ娘がトレセン学園に足を踏み入れた。緊張した面持ちと真新しい制服は新入生さながらであり、その大人びた顔つきが彼女の存在を余計に際立たせている。

 彼女はカサマツを出る直前に送られてきた地図を基に学園長室へと足を運ぶ。新聞に載っている以上に小さく見える割に、異様な覇気を帯びる学園長に戸惑いつつも持ち前の生真面目さで挨拶を終了。中央トレセンのウマ娘の多さと設備の充実ぶりに緊張と気疲れを感じながら、今度はトレーナーに指示されたグランドへと向かう。

 

「これが中央の芝……、綺麗だ……──」

 

 グラウンドに入ると自然と感想が漏れ出ていた。

 カサマツとは一段違う芝質に、ならし整備が終えられた土。こんなにも上質な練習環境がコースから伸び敷かれている。これなら視線の先でウマ娘たちが練習を行っているコースはどれだけ走りに適しているのか、そう思うと期待に胸が膨らむ。中央の練習風景を見て実力差に押しつぶされるかと心配していたが、眼前の光景にそんな心配はどこかへと飛んでいっていた。

 

「……そうだ、早く合流しなければ」

 

 どこかのチーム練習の掛け声で景色に見惚れていた意識が戻ってくる。もう彼女たちの外側では無い。同じ舞台に立ったウマ娘として、結果を示さなければならい。そのためにもチームに合流して一刻も早く練習に加わらなければ。

 彼女はグラウンドで練習をしている複数のチームを順に目で追い、自身のトレーナーの姿を探す。ただ面と向かって会話をしたのは計1時間にも満たない。それが正しいチームだと確証を得るためには苦労する。

 そのため注意深く各チームを見ていたのだが、その過程で1人のウマ娘と目が合った。練習前なのか、チームでストレッチをしているジャージ姿のウマ娘は、ウルフカットのような銀色に輝く長髪の芦毛、和らげな面持ちながら大きく存在感のある瞳が陽の光を反射している。そんな特徴まみれのウマ娘を彼女が見間違えるわけがない。

 

「──ちゃん、どうしたの? もう練習始まっちゃうよ?」

「すまない、ベルノ。──挨拶をさせてくれ」

 

 ジャージのウマ娘は同チームのサポーターである『ベルノ』と呼ばれたウマ娘に声を掛けると、返答を待たずにチームの輪から離れていく。その行動にベルノ──、ベルノライトは注意を促すが、ジャージのウマ娘が向かう先の存在に気がつくと仕方なさそうに単独行動に目を瞑ることを選んだ。

 カサマツから中央までの移動。それは実際の直線距離以上に長く、辛く、困難な道のりである。だからその距離を埋めてくれた彼女のために、ジャージのウマ娘が僅か数百メートルを歩み寄った。

 そして互いに視線を外さず、あの誓いを立てた時と同じように拳を突き合わせる。

 

「勝負だ、──オグリキャップ」

「──ああ、勝負だ。フジマサマーチ」

 

 

 

 

 

 

 チームレグルスに『短・マイル・中・長・ダート』の5適性を有するウマ娘が揃った。これで万端な状況でチームレースに挑むことができる。

 今日はそのチームレースに向けた1回目の作戦会議が行われていた。

 

「──ってことで、今月末からチームレースが開始される。詳細な説明をこの後に行うから、まずは重要な部分を押さえてくれ」

 

 そう言って芝崎がホワイトボードにいくつかの情報を書き込む。

 ・チームレースはポイント奪取制。

 ・レース上位着はチームポイントが加算。下位着はチームポイントが減算。

 ・毎月末に5適性のレースを実施。チームの総合ポイントで学内順位が決定。

 ・順位の近い複数チームとのレースを繰り返し、年末にポイントの多い2チームで優勝決定戦を行う。

 ・前年のポイントが一部持ち越されるため、新規チームレグルスは学園最下位。

 

「まあ、大体はこの認識で良い。上位チームになると一度のレース結果で動くポイントも桁違いだ。今ポイントが無くとも連勝していけば頂に辿り着ける」

 

 芝崎の確信を持った言葉にメンバーは頷き、これからの戦いに備えて力を入れる。特に意欲に溢れているスペシャルウィークが真っ直ぐに挙手をして作戦会議を進めた。

 

「はいっ!! 最初のレースで要注意なウマ娘さんはいますか!!」

「良いね。やる気が入ってんね、スペ」

 

 前向きな姿に指導者として芝崎は感心しながら、事前に用意してあった対戦相手の資料を捲っていく。スペシャルウィークの着眼点は言わずもがな、対戦スポーツとしては最も準備を尽くす部分だ。

 しかし、今回はチーム順位最下のレグルスが参加するレース。つまりは最弱群のレースであり、『シャドーロールの怪物』や『最速の機能美』を有するチームとして死角はない。現状のメンバーが自分の走りをすれば結果はついてくる。……とは言え、それを伝えて慢心が生まれるのは避けねばならない。それにスペシャルウィークの問いに『対抗はいない』と伝えるのも味気がない。

 

「そうだな、要注意とするならこの選手かな」

 

 そう言って芝崎が取り出した写真が机の中央に置かれた。

 まだ見ぬライバルを早く知ろうとしてメンバーが身を乗り出し置かれた写真を覗き込む。──だが、その写真に写っているのはウマ娘の姿では無い。複数の野菜と白麺が炒められている、焼きそばのような見た目をした料理であった。

 謎の情報提示にメンバーは目を細めて芝崎の謬見を疑う。その上で芝崎はその眼差しにガン無視を決め込み、堂々と要注意ウマ娘の名前を伝えた。

 

「みんな大好き、ダンツフレームさんです!!」

「嘘でしょ……」

 

 ……勿論、嘘である。

 

 

 

 

 

 次回:チームレース初戦『vsダンツフレーム』

 

 

 




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