やはり俺らのデスゲームは間違っている。   作:木綿 豆腐

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目覚め

 

 

 

「……い、おい、比企谷!」

 

 ユサユサと体を揺さぶられ、男の大きな声が耳に入ってくる。

  

 その勢いにより、暗闇へと落ちていた意識が徐々に戻ってくる。

 閉じていた瞼を開けると、眼前には茶金髪の髪色をした顔の整った男が、俺の両肩を掴みとてつもない剣幕で叫んでいた。

 

 「んぉ……葉山……?って、ここ、どこだ……俺寝てたのか?」

 

 目を覚ますと、どうやら俺は見知らぬ場所で寝ていたようだ。

 いや、気を失っていたのか?

 どっちにしても訳がわからない。

 

 「やっと起きたか……ああ、俺も目が覚めたらここにいた。ここに来てどれくらい経つのか、どうやって来たのかすらわからない状況だけどさ」

 

 爽やかな声音とハッキリとした滑舌のおかげで、しっかりと寝起きの脳でも聞き取ることができた。

 聞き取ることは、だが。

 

 「なんじゃそりゃ、拉致でもされたのか俺ら」

 

 にしたってそんな記憶ないんですけど……

 覚えてるのはいつも通り部室でダラダラと本読んで、たまに由比ヶ浜と小町、それとなぜかいつも居る一色の、中身が無さすぎる雑談に俺と雪ノ下がツッコんで……それで───

 やべぇ、それより先の記憶ねえわ。まじやべぇ(戸部並感)

 

 「……その様子だと、比企谷にも検討はつかないか」

 

 「ああ、悪いがさっぱりわからん。目覚ます前の記憶も最後の方があやふやになってるな」

 

 「そうか……それも同じか……」

 

 葉山は考えるように、顎に手をやりながら呟いている。

 

 「てか、にしたってなんで俺とお前の二人なんだよ」

 

 「俺も知りたいよ。もしかしたら曖昧になってる記憶の部分で、俺と比企谷が一緒にいたのかも知れない」

 

 「もしそうだとしたら曖昧とかってレベルじゃなくてガッツリ記憶失ってんですけど……」

 

 葉山と会った記憶なんぞ全く無い。

 奉仕部終わった後にこいつと会う予定なんてあったか……?いや、なかったはずだ。

 それか、帰り道バッタリ会ったりしたのだろうか。

 

 でもこいつ運動部だから、文化部の俺より帰りは遅いはずだしなぁ……

 そもそも会ってない可能性もあるが……だとしたらなぜ俺と葉山という人選なんだ。

 

 もっとこう、こんな状況でもすぐに癒してくれる……

 詳しく指定すると『と』で始まって『か』で終わる人が居てくれたら良かったなぁ……

 俺の天使、彩加はどこですか……?

 

 「そう、丸ごと記憶が消えてるんだよ。俺も部活が終わった後の事をまるで覚えてない」

 

 「やべえだろ、なに?俺らマジで拉致でもされたの?この扉も開く気配ねえし」

 

 寝ていたその場から移動して、殺風景なこの部屋で唯一目に入った、鉄製の分厚そうな扉を押し引きする。が、びくともしない。

 

 「俺も比企谷が起きる前に叩いたり蹴ったり、叫んだり……色々試したがどれも意味はなかった。スマホとかも無くなってる。身一つでここに閉じ込められてるみたいなんだ」

 

 扉の前で四苦八苦する俺に目を向けることもなく、葉山はそう告げる。

 

 そして思案モードに入ったのか、壁にもたれ掛かったまま黙り込んでしまった。

 

 扉は開く気配はない。なら他には……と、部屋を見渡す。

 だが扉以外には何もない、天井壁床全てがコンクリートで覆われた無機質なこの部屋は、別の可能性を考えることさえ許してはくれない。

 それにもし何かあったとしても、葉山ほどの男がそれを調べない訳がない。

 

 なんなんだ……この状況は。

 

 考えれば考えるほど答えは見つからない。

 そう、こんな状況になる術を、理由を、俺も葉山も持っていないのだから、答えなど見つかるはずもない。

 

 だから、やはり誘拐か何かの可能性はデカい気がする。身代金目的での拉致監禁、安直だが一番可能性として今考えられるのはそれくらいだ。

 猟奇的嗜好や性的な目的での拉致監禁は……ないと思いたい。

 そもそもその目的なら手足の自由を意識の無いうちに奪っておく気がする。

 

 訳が、わからない。

 

 はぁ、とストレスをため息に乗せて吐き出す。

 そのまま俺も壁にもたれかかって、ずるずると尻を地につける。

 

 それから、俺と葉山は一言も声を発さず、言葉を交わすこともなく、無言で各々の思案に耽っていた。

 

 どれくらい経ったのか、十分か一時間か───

 時計も何もない、時間を推し測る材料が皆無なこの部屋では、そんな推察すら無駄なのだろう。

 無駄だと分かっている思索をし、行動を取り、諦めて。

 そんな行動を繰り返して疲れ、座り込んでいた時、ふと扉の向こう側からガチャン、と重低音が鳴った。

 

 「おい……葉山」

 

 「ああ……今の音は」

 

 完全諦めムードが漂っていた俺らの空気感はその音により一転して、微かな希望とこれまでにないくらいの緊張感───警戒心を露わにしたものとなった。

 

 葉山はすぐさま俺の傍へと駆け寄ってきて、小声で耳打つ。

 

 「比企谷……もしこれが拉致だとして、その犯人が入ってきたら、その瞬間……俺と君でなんとか拘束して身柄を捕らえよう」

 

 「……凶器持ってたらどうすんだ。俺、まだ死にたくないんだけど」

 

 入ってきて相手に向かった瞬間、刃物でグサリとか鈍器で脳天カチ割りとか、銃器でハチの巣とか……状況が状況だけに流石に考えてしまう。

 

 「大丈夫、俺が先に飛びかかる。比企谷はその後をフォローするように追ってくれればいい。もし相手が凶器を持ってて、太刀打ちできずに俺がやられたら……比企ヶ谷は生き残る動きをしてくれて構わない」

 

 「けどそうしないと、この後が無事な保証もない。これが最初で最後のチャンスの可能性は大いにあるから……だから頼む、比企谷。協力してくれ」

 

 葉山は、犯人がいつ入ってくるか分からない、一刻も争うこの状況で早口に、耳元でそう捲し立てる。

 その声は隠せないほどに震えを含んでおり、しかし言葉にこもる力の強さは、その覚悟と正義感を嫌なほど感じさせてくる。

 

 「……わかった。けど、まじでお前がやられても俺、見捨てるからな。お前の死体を側に犯人の靴舐めてる自信さえある」

 

 葉山の覚悟を受け、提案を承諾する。

 少し茶化そうとしてみるも、俺の身体はブルブルと震え、それは声にも顕著に現れていた。

 しかし、その茶化しこそが俺と葉山の関係性には必要不可欠で、こんな状況でも俺と葉山はそうでなくてはならない。

 一致団結えいえいおー! なんてのは俺と葉山には誰がどう足掻いてもあり得ないのだ。

 

 「……ふっ、それでいい。ありがとう比企谷……俺たちは絶対ここから生きて出るぞ」

 

 「ああ」

 

 俺の相槌を皮切りに、葉山は音を立てないように早い忍足で扉のすぐ横に位置取り、いつでも奇襲を掛けれる体制を取った。

 

 ならば俺のする役割は、特に身構えず、扉が開いたらすぐに見える位置で怯えておくだけだ。

 そうして相手の気を一瞬でもこちらに向けられれば、後はあの爽やか野郎に任せればいい。

 

 定位置に着き、再びの静寂がこの空間を、俺と葉山を包む。

 だがそれは先程までとは毛色が全く異なるもので、一秒を何倍何十倍にも感じさせるほどに重く、息を吸って吐くその動作すらままならない程に苦しいものになっていた。

 

 コンクリートで覆われたこの部屋は、ひんやりとした空気のはずなのに、汗が身体中の毛穴という毛穴から吹き出しては絶え間なく流れてくる。

 汗を吸いまくった制服は既にぐしょぐしょで不快感が凄まじく、今すぐにでも着替えてシャワーを浴びたい欲求に駆られる。

 

 それは葉山もなのだろう、いつもは澄まし切っているその顔は紅潮し、額から首筋にかけては凄まじい量の汗をかいている。

 手汗が凄いのか、終始ズボンの裾を握っては拭いていて、平然を装おうとしてはいるが、落ち着かないのは見て取れる。

 

 そりゃそうだ。唐突に訪れた状況とは言え、考える時間は十二分にあった。答えはなくとも予感はできた。

 だからこそこれは命にさえ関わってくる出来事、それを俺も葉山もこれでもかというほど感じてしまっている。

 

 奉仕部員で腐った目をしただけの、ただの高校生。人気者で完璧なだけの、ただの高校生。  

 ただそれだけな俺らがこんな場で平然と居られる訳はないのだ。

 

 緊張が場を支配する。

 胃がキリキリと痛み、負荷を全力で叫ぶ。

 

 それでも俺と葉山はただひたすらにその静寂を耐え忍び、姿も名前も、この状況を作った目的すら、何も分からない相手を待ち続ける。

 

 

 ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 音が鳴ってから体感で一時間は経った。

 しかし、一向に扉が開く気配はない。

 

 次第に集中は途切れ、解いたらいけないと自分に言い聞かせるが、続く緊張の疲労感で自然と警戒は薄まっていった。

 

 一方で葉山に目をやると、辛抱強くその姿勢を崩すことなく、いつ来るか分からない相手へと気を向け続けていた。

 だがその表情は俺と同じく、集中力を欠き、疲労しているのが見て取れる。

 

 「おい、来る気配しないんだが」

 

 小声で葉山へと声をかける。

 

 「いや、まだ油断するな比企谷。危機は、そうなった時に突然来るものなんだ。頼む、もう少しだけ頑張ってくれ」

 

 葉山は額から滴る汗を拭いながら、俺に一瞬目をやりすぐにまた意識を扉へと戻した。

 

 「……そうだな」

 

 こんな状況でもすぐにだらけてしまう生粋のヒッキーな俺とはえらい違いですね……

 

 その熱意は十二分に伝わったので、一応まだ頑張ることにした。

 まあ先程よりかは緊張もかなり薄れたから、今なら多少頑張れる気もする。

 

 しかしお腹減ったなぁ……

 

 ぐぅ、と場違いにも程がある音を腹部から発して、それを聞いた葉山は小さく苦笑った。

 

 

 

 ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 キングクリムゾンッッ!時間は消し飛ぶ!

 

 

 気付いたら葉山は扉の側から離れ、膝を抱えて蹲っていた。

 あれから五時間くらい待ち続けたらしい。

 葉山に聞いたら、それくらい経ったと言ってました(他人事)

 

 そしてどうやら俺は三時間に迫るくらいで、疲労の限界で寝落ちしてしまってたようで。

 決して目覚めしスタンド能力のせいではなかった。

 

 葉山は一睡もせず待ち続けたのだろう。

 目元にぼんやりと隈を作って、「君らしいよ」と疲れ切った顔で力無く笑われた。

 申し訳ないとはガチめに思ってるので、そこは素直に謝った。許しておくんなまし……

 

 

 ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 それからはまた二人で静寂に身を任せた。

 空腹や水分不足、様々な要因による身体的精神的疲労で、頑張る気力すら無くなりつつあった。

 

 「まじでどうすんだこれ。向こうが開けて来てくれた方が、まだ希望あっただろ……」

 

 「何かを開けるような音は、確かに聞こえたんだけどな……ここに来てから、どれくらい経つのか……空腹と水分不足でこの状況はマズイな」

 

 お互い声を張る力すらもう残ってなく、独り言にさえ聞こえるくらいの、ぼやけた声音でなんとか会話を成立させる。

 

 「もう脳味噌が危険信号出しまくってるのが感じるわ、この状況であと二、三日放置されたら終わるな……」

 

 「そうだな……もう失踪届が出されてるだろうから、それで、見つけてもらえるか……最悪身代金目的ならそれで出されるか……そうなるのを祈るしかないのかもな……」

 

 数時間前まで、あれほどカッコよかった葉山も、最早完全に人任せモードへと入っている。

 しかしそんな男でさえそうなってしまうほどに、切羽詰まった状況へと入ってきてしまってるという証でもある。

 

 そしてまた静寂。時折どちらかの腹の音が空間に鳴り響く以外、何も音を発することなく俺達は蹲った。

 

 それからまた数時間、ふと立ち上がって最初以来触れてなかった扉へと足を向けた。

 

 別に開けようとか思ったわけでもない。ただなんとなく、することもないから、痴呆老人のような足取りで無意識的に足を運んだに過ぎない。

 

 扉の前に立ち、ハッキリとしない意識のまま扉の引き手に手をかける。

 

 それを葉山はぼーっと見つめる。

 

 そのまま開きもしないであろう鉄の扉を───

 

 「「……ぇ?………………はっ?………………………おおっ!??」」

 

 

 ギ、ギギギ、ギギギギギィッ

 

 

 開くことが、できてしまった。

 

 




土日に数話投稿予定
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