雨が降っていた。
その娘は、雨の中を必死に逃げていた。髪を振り乱し、胸元をはだけさせ、手足を泥で汚しながら。濡れた服が、細長い手足にまとわりつく。口から吐き出す息が白い。靴は、どこかで脱げてしまっていた。白い素足で、ぬかるんだ地面を駆ける。
火の手が上がっていた。
村は炎に焼かれていた。家々が、納屋が、牛舎が、畑が、赤々とした炎に嘗め尽くされている。もうもうと上がる煙が、雨を押しのけて天に昇っていた。空は炎を照らして、不気味なほど赤い。
その明るさで、娘は辛うじて、道を見失わずに済んでいた。森の中の小さな道。藪と下生えに埋もれ、ともすれば見失いそうになる道。娘は必死に、その道を駆ける。転びそうになりながらも、喉を鳴らして、手足で地面を蹴って。
リードマイヤーは、その後姿を見ていた。そして逃げる娘の後を追った。
娘はやがて、崖の下にある小さな洞窟にたどり着いた。子供でも頭を下げないとつかえそうな、小さな穴倉だ。入り口には粗末な木戸で蓋がしてある。娘は息を切らして、洞窟の手前で膝をついた。ほとんど四つんばいになって、どうにか息を整えようとしている。むき出しの手足は傷だらけで、爪がいくつもはがれている。それでも娘は、這うようにして、洞窟の入り口へと向かっていた。
「もう逃げる必要は無いぞ、娘」
リードマイヤーは言った。
娘が振り返った。目は血走り、乱れた髪が額に張り付いていた。リードマイヤーの姿を認めると、瞳の奥で様々な感情が揺れ動いた。そしてそのうち、もっとも大きかったのは、恐怖だった。
「騎士さま……」
呻くように、娘は言った。
リードマイヤーは歩み寄った。かなり前から、娘を観察し、追ってきた。彼は一部始終を見ていた。村が焼かれるさまも、娘が命からがら逃げ延びるさまも。
娘は、もはや立つ気力もないようだった。にじるようにして、リードマイヤーから離れる。服はあちこちが裂け、白い柔肌が覗いていたが、気にする様子も無い。娘の顔は引きつっていた。
「騎士さま。お助けを。お助けください」
「それは駄目だ」
リードマイヤーは言った。長剣の柄に手をかける。
「お前も分かっているはずだ」
娘がひっ、と短く声を上げる。
「これで終わりだと」
いや、分かっていまい……リードマイヤーの中で、誰かが全くの反対意見を述べた。この娘は分かっていないのだ。自分の行く末を。自分の運命を。
「お願いです、お慈悲を。わたくしは、わたくしはただの村娘です。あのようなことは、なにも」
「安心するがいい、娘よ」
リードマイヤーは、剣帯をきつく握った。この日のために、しっかりと準備を整えてきていた。油をひいた帷子の上に、飛竜のなめし皮。よく鍛えられた玉鋼の長剣。銀の短剣。これが娘の目からは、どのように見えるか。考えるまでも無かった。
「お前の罪は裁かれぬ。お前は死ぬのではなく、灰になる。永遠に」
ひっ、と声をあげ、娘は後ずさった。