放浪騎士リードマイヤーの苦難   作:青井するめ

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放浪騎士リードマイヤーの滑落 5

 

 さらに一刻ばかり歩いたところで、不意に明るい光が見えた。

「地上が近いぞ」

 リードマイヤーの声が上擦った。彼もまた光の下に生まれた人の子だったから、このような地の底で這いずっていることは少なからず負担となっていたのだ。自然、足取りも軽くなった。女マーマンは、足音を殺してついてきていた。

 乾いた空のにおいだった。これまでの土のにおいとは、紛れもなく違う。同時に、鼻の下を殴りつけるような生ぬるい臭気が、リードマイヤーの足をとめた。革なめし屋の反吐を酒につけ込んだような、どうしようもない悪臭だ。

「地虫です」

 女マーマンが短く言った。

「すぐ近くにいます」

 リードマイヤーはうなずいた。口元に指を当てて、黙っているよう示した。地虫が反応するのは、においと音だ。ふたり、あるいはひとりと一匹は、足音を殺して先に進んだ。

 

 大きなドーム状の空間だった。そこの天井にぽっかりと穴があいていた。

 広さはちょっとした城の中庭ほどもあるか。周囲は赤い岩壁で、下は乾いた砂だった。天井にあいた穴は、大きめの馬車ほどで、そこから日差しが差し込んできている。

 砂地は、地虫がこの上なく好む環境だ。だからここに地虫が住み着いたのか、あるいは地虫が自分でこういう環境を作り上げたのか。

 いずれにせよ、件の地虫は、その広場の中央に寝そべっていた。

 

 地虫は──リードマイヤーはうめいた──今まで見たことがないほどに大きかった。全体的な形は、山椒魚に似ている。灰色の混じった砂色の肌、平べったく飾りのない頭部、驚くほど長いしっぽ、そして地虫を象徴する八本の足……

 リードマイヤーのこれまで見た地虫といえば、せいぜい大きさが十フットほどのものだった。だが、こいつはどうだ。

「信じられません」

 震える声で、女マーマンが呟いた。

「あの大きな口を見てください。我々などひとのみにされてしまいます」

 実際、頭部だけで、小型の馬ほどもありそうだった。尻尾まで含めれば、その全長は三十フットを軽く越えるのではないか。陸に上がった鯨か、土竜なみの大きさだ。もしかしたらこいつは、長虫の親戚に近いのかもしれない。長虫の大きいものは、長さが数リーグにもなるというから。

 リードマイヤーたちは、隧道の床に腹ばいになって、その広場を見下ろしていた。隧道は広場の岩壁の中腹あたりにつきでていて、ここから広場の地面まで六フットほどの高さがある。飛び降りることは、下が砂であるということもあって、難しくはないだろう。しかしその音で、あの地虫を起こしてしまうことはほぼ確実だった。

「どうやってあそこまで行く?」

 小声で、リードマイヤーは呟いた。

 ここから広場を挟んでちょうど反対側の岩壁に、ぽっかりと隧道の入り口があいている。こちらより広く、人間はおろか、この巨大な地虫でも平気で出入りできそうだ。

 あそこの道が、外へと続く道なのだろう。もしかしたら違うかもしれないが、その可能性はあえて考えないようにする。

「お前もついてくるか」

 リードマイヤーの問いに、女マーマンは首を横に振った。気でも狂ったのか、と言わんばかりの表情だった。どうやら、とリードマイヤーは皮肉まじりに考えた。慣れさえあれば、マーマンの表情も感情も、察することはさほど難しくなさそうだ。

「では好きにしろ。どのみちあれをどうにかする以外、道はなさそうだ」

 リードマイヤーは立ち上がった。足下を確認する。片手で、剣帯に吊るした長剣と短剣を確かめた。ゆっくりと、短剣の柄を掴む。うまくやれば、この岩壁を音を立てずに、下ることができるかもしれない。下に降りさえすれば、あるいは……

「ごめんなさい」

 その声が聞こえたかどうか。声はしたが、その言葉の意味を理解できたのかどうか。その言葉に、本当に謝意が込められていたかどうか。もしかしたら、言葉とは裏腹に、こちらを嘲っていたのかもしれない。間抜けな人間の生け贄のことを。

 どちらでもいい。結果は同じだった。

 背中を突き飛ばされ、リードマイヤーは転げ落ちた。

 

 

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