トレーナーである俺は「最初の3年間」を何度も繰り返しているらしい。   作:カモねぎ屋

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第1話 ループ&ノート

 

 

 

 鳥の囀りが聴こえる、心地の良い朝。

 

 机に突っ伏した状態で自身の腕を枕にしていた俺は、ゆっくりと目を開いていた。

 

 頭が割れるように痛い。

 どうしてベッドではなく机で寝てしまっていたのかも思い出せないが、昨日の俺はよほど疲れていたのだろう。

 

 無理もない。

 昨日は俺にとっても大事な日だった。

 

 己の担当バを見極めスカウトし、最初の三年間を超えていくウマ娘を探し出すための、選抜レースが行われた日だった。

 何人かに声を掛けたは良いものの、それは全て断られてしまいショックを受けたことは覚えている。

 

 昨日は誰も似たような形で、俺のスカウトは言葉一つでかわされてしまった。

 身に付けるバッジの青さと着慣れない俺のスーツをみれば、俺の頼りなさが彼女達も自ずとわかってしまうのだろう。

 

 二十代半ばにも満たない新人。

 その容貌と肩書きは、実績のない俺にとって重くのしかかる。

 

 そんな俺が新人トレーナーとして、念願のトレセン学園に配属されたのが二週間ほど前のこと。

 俺にとって初めて、担当バを見定めスカウトするための選抜レースが行われたのも、昨日のことだったはずだ。

 

 ……それなのに、それが随分と遠い昔の事のように不思議と感じるのは――何故なのだろうか。

 

 頭の痛みを片手で抑えながら、もう片方の腕を天井に向けてグッと伸ばす。

 なんだか肩が凝っている。妙に右腕と手首が痛い。

 腱鞘炎にでもなりそうな痛みだ。

 

 俺は昨日、何かずっと書き物でもしていたのだろうか。

 

「……ん? なんだ、これ……」

 

 机の上をふと見やる。

 そこには、大量の文章が書き綴られた方眼ノートが広がっていた。

 

 まだ新品の、使った覚えのないノート。

 しかし、なんだか随分と馴染みのある手触りだった。

 

 その開かれた(いち)ページ目の、最初に書かれた文章は――。

 

 

『俺は、この三年間を何度も繰り返している』

 

 

「……は?」

 

 

 妄想か。

 昨日の俺は何かに取り憑かれてもいただのだろうか。

 

 そのノートに注目すると、一ページから余白以外の全てを埋め尽くさんばかりの文量に溢れていた。

 

 手に取り、全ページをパラパラと眺める。

 横目にページを流しただけなので、中身までは分からない。

 だが――ぎっちりと、書かれていた。最初から最後のページまで、余す事なく。

 

 他でもない、この俺の汚い筆跡で。

 

「どう見ても、俺の字……だよな」

 

 片手にノートをぶら下げ、顎に手を当てながらいぶかしむ。

 誰かのいたずらというには、俺の字には特徴があり過ぎて真似ができる範疇にない。

 

 寝ぼけ眼に昨日の夜に書いたにしては筆跡がはっきりとしている。酒を飲んだ記憶もない。他ならない自分の意思で書いたとしか、思えない。

 

 だが、この文章を書いたハッキリとした記憶が、自身の頭には思い浮かばない。

 

『この文章を読んでいる内は、半信半疑というよりも、訳がわからない、と俺は思っている事だろう』

 

 その通りだ。書いたはずもない文章が、他でもない己の筆跡でノートに記述されているのだから。

 

『だが、ここに書かれていることは俺の記憶上では紛れもない事実だ。そしてここに書かれていることが真実であると、はっきりと今の俺自身に認識させる必要がある』

 

 つづられた文章を読み進める。内心を見透かすような内容に、更に不可思議さは増していく。

 

「まあ、確かにわけがわからんが」

 

『だからまず、時計を見ろ。今の時刻は七時三十分。急いで出勤の支度をしなければ、定刻数分前の出勤に間に合わないはずだ』

 

 それに従い、ベッドの横にある目覚まし時計に目を向ける。

 確かにその針は、七時三十分をさし示していた。

 

「は……? いや……や、やばい。新人が出勤に遅れるとか信用問題だろ! どれだけ寝ぼけてたんだ俺は!」

 

 現時刻を把握するや否や、俺はノートを机の上に放り出してスーツに着替え始める。

 服装は自由でラフな者も多く所属するトレセン学園だが、俺は服のセンスも自分ではイマイチだと自覚している。それ故にとにかく担当が捕まるまではスーツで構わないと考え、普段からそれを着用していた。

 

 そのはずなのだが、妙に着慣れない。もっと、違う服装をしていたのではないかと思う程に、このスーツがしっくりと来ない。

 いや、そんなことを気にしている場合ではない。

 

 急いで支度を整えなければ――!

 

 机の上に置いた鏡を見ながらネクタイを締めつつ、横目にその不可思議なノートの文を追う。

 

『慌てているだろうから、この文章を流して読む事くらいしか、今の俺には出来ない筈だ。だから、次に書いてあること。これだけを覚えておいてくれ。そうすれば、このノートに書いてあることが真実だと認識できるはずだ』

 

 確かに、余裕はない。随分と丁寧な覚え書きだ。

 

『今日俺は校門で、カレンチャンというウマ娘に出会う』

 

 カレンチャン……? 耳に馴染む響きなようで、いや、どうなんだろう。

 聞いたことのないはずの、名前だ。

 

『そこで彼女からこう言われるはずだ。「カレンとどこかで出会ったこと、ありましたか?」と』

 

 やけに具体的すぎる。

 ここまでくると、続きが気になってきた。

 だが、これ以上このキテレツなノートの記述を追うわけにはいかない。

 

 ノートを机の上に放置をしたまま。

 

 カバンに必要な資料を急いで詰め込むと、俺は鍵をかけてアパートの部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 赤い愛車。ある種の見栄のためにローンを組んで手に入れた自家用車を走らせ、俺はトレセン学園の手前へと辿り着く。

 

 職員用の駐車場に愛車を停めた俺は、降りるや否やトレセン学園の門へと走り出した。

 そんな焦る俺の横を、すいすいと走り去っていくのは学園のウマ娘たち。

 

 彼女達にとっては余裕な距離なのだろうが、ヒトである俺には駐車場から校内への道のりさえも遠く感じる。

 ああ、やっぱりウマ娘っていいな、と。

 感傷にひたれるのは、本当にわずかな時間のみ。

 

 汗がひたいから頬に流れ落ちるのを肌に感じながら、春の桜が花開く道を俺は駆けていく。

 

「……なんとか、間に合いそうか……はぁ……」

 

 腕時計の針が指し示す時刻は、午前八時。定刻の数分前には入室も間に合うだろう。

 それでも本来は、遅過ぎるくらいだが。

 

 とにかく、間に合っていることには変わりない。

 呼吸を整え、学園の校門へと足を進めると、そこに人だかりが出来ていることに気付いた。

 

「な、なんだこの沢山のひとだかりは……」

 

 つぶやくと、近くにいたウマ娘が驚いたようにこちらを振り向いた。

 

「そこの人! ご存じ、ないのですか?」

「な、なにを?」

「今日はウマスタグラマーの『Curren』の転入日なんですよ!」

 

 そう教えてくれる若いウマ娘の少女は、薄い化粧をしてオシャレな私服を身にまとっている。トレセン学園の学生ではないらしいが、こんな時間に通う学校を休んでまでトレセン学園の校門に来るほどに、なにやら有名なウマスタグラマーが来ているらしい。

 

「申し訳ないが、知らない名前なんだが……」

「ええっ――!? 三百万人のフォロワーを持つ、あのCurrenを知らない!? そんなの、人生を損してますよ! 絶対見ていった方が良いですって!」

「いや、あの、俺はそこの学園のトレーナーで、そんなことをしている暇はなくてだな……」

 

 むしろこの人だかりから通して欲しい、と思っているところ。どうやらそのCurrenとやらが到着する時刻が近付いてきたのか、校門を前にして余計に人だかりができてしまっていた。

 

 仕方ない。もうここまできたら諦めて眺めてからにするかと思い始めたところ、校門前に一台のリムジンが止まった。

 

 周りの注目は、そこに集まる。

 リムジンから降りてきたのは、芦毛の少女だった。

 

 肩の辺りではねた髪型、ウマ耳には黒のカチューシャを付け、左耳には赤いリボンが主張しない程度に収まっている。

 

 その姿を目にするや否や「キャー!」と、辺りから黄色い歓声が上がる。

 

 遠目にみても、確かに可愛い。中等部だろうと思われる容姿だが、ウマ娘には本格化の時期に大きく変わることがあるためそれも断定はできないか。

 

 辺りに手を振ったり、近くの人と一緒に撮影をしながらそのCurrenという少女は歩みを進めていく。

 

 その最中、この隙にと思った俺が校門を抜けようとした矢先、彼女に群がろうとする少女達に押し戻されてしまった。

 

「ちょ、君たち、ここを通して……うわっ」

 

「――あ、ダメです。カレンと一緒におしゃべりしたいなら、他の方の迷惑にならないようにしないと。皆、カレンのためにも足を止めて、ね?」

 

 巻き込まれ、転んでしまった俺の様子に気付いたらしいCurren。語りかけるような彼女の声に、辺りにいた者たちは皆ピタッと動きを止めた。

 圧倒的な統率力。その言葉と佇まいに、不思議とカリスマ性を感じる。

 

「大丈夫ですか? トレーナーさん」

「あ。ああ、特には、何も。助かったよ、ありがとう」

 

 胸元を一瞬だけ見て、彼女は俺のトレーナーバッジを見て察したらしい。彼女は俺をトレーナーと呼ぶと、その手を差し出してきた。

 

 ウマ娘の力は、人間である俺のそれとは比較にならない。素直に彼女の手を取ると、一気に俺の身体は引き上げられた。

 

 その時だった。

 

「――えっ」

 

 カレンと名乗る少女が、戸惑いの声をこぼした。

 それは、何に対する驚きなのだろうか。

 

「あの……変なことを聞いちゃいますけど、貴方は、()()()()()()()()()()()()()()、ありましたか?」

「いや、無い……と思うけど」

 

 ない、はずだ。

 

 無いはずなのだが――不思議と、他人の気がしないのは、俺も同じだった。

 これは一体、どういうことなのだろうか。

 

「そう、だよね。ううん、変なこと聞いて、ごめんなさい。どうしてカレン、こんなこと聞いちゃったんだろう……?」

「ああ、いや、気にしないでくれ。うん、それじゃあ」

「あっ……。ううん、それじゃあね。えっと。トレーナー、さん」

 

 彼女の手を離すと、俺はそそくさと立ち去った。

 

 後ろからは、「Curren優しい!」やら「さっきの人、羨ましいなぁ」など、津々浦々な声が上がっているのが聞こえてくるが――。

 

 そこで俺はふと、アパートを出る前の事を思い出した。

 

「……ん? 待てよ、さっきの少女の言葉って……」

 

 急がなければならないのに、この引っ掛かりを放置した状態ではどうにも居られない感情に駆られる。

 

 カバンの中身を確かめるが、あのノートはその中にはない。そういえば、急いでアパートを飛び出したのでそのまま置いてきたらしい。

 

 あのノートに書いてあった内容に、思考を巡らせる。

 

『今日俺は、校門でカレンチャンというウマ娘と出会う。そこで彼女からこう言われる筈だ。「カレンとどこかで出会ったこと、ありましたか?」と』

 

 頭を巡らせて今思い出せるのは、その記述の部分だけだ。

 だが、俺を動揺させるにはそれで十分だった。

 

 あの少女がカレンチャンというウマ娘なら。

 もしかして、本当に――?

 

 上がる心音は、先ほど駆けてきたことによる酸素不足と自身に言い聞かせ、俺はトレーナー室へと向かう。

 

 

 これが、俺の終わらない『最初の三年間』の()()()()()()なのだと。

 

 

 ――まだ確かな自覚が、出来ないままに。

 

 

 

 

 

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