トレーナーである俺は「最初の3年間」を何度も繰り返しているらしい。   作:カモねぎ屋

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第18話 想いの継承

 

 

 夜は明けて、その翌日。

 土曜日の午前十時を回った、曇り空の日中。

 

 俺とリングメビウスは、トレセン学園の三女神像までいざ行かんと足を進めていた。

 

 平日とは違う雰囲気を携えている春のトレセン学園の雰囲気は、地面を踏みしめる者たちの心を高揚させてくれる。

 そして普段と違う装いで歩くことも相まって、その環境は俺たちの面立ちを紅潮させてくれていた。

 

 トゥインクルシリーズにおいては今年の大阪杯、桜花賞、中山グランドジャンプ、皐月賞と既に駆け抜けている。明日には春の天皇賞を控えているトレセン学園では、桜もほとんど散りきっていて木々には新芽が萌え始めていた。

 それでも今年の桜開花前線の本格化は遅かったこともあり、踏みゆく先には散った桜が地面を彩り、道行く彼女の姿を映えさせているように見える。

 

 巫女服。リングメビウスによく似合うその紅白の袴は、すれ違うウマ娘たちの注目を集めている。

 俺の手には二本の長ネギが握られ、丸眼鏡をかけているメビウスの腕の中には、カモちゃんの人形が縮こまっている。

 

「――あれって、リングメビウスさん?」

「巫女服かぁ。私も着たら似合うかな」

「あの長ネギ、やや曲がっている。まだ直線が足りない」

 

 すれ違うウマ娘たちから漏れ出る会話が耳に届く。

 

 本日は休日であるため、私服の学生もいれば午前十時の時点でジャージ姿で過ごしているウマ娘たちもいる。

 そこに巫女服を着ているウマ娘なんてのは中々――いや、ほぼ見かけるような気がしないので、相当目立つのではないかと戦々恐々とした心持ちでいたのだが。

 思いのほか周りの反応は想像の範囲以内に収まっていた。

 

「まどかさん。私たち、目立っていませんか?」

「注目はされている。が、思っていた程ではないかも知れない」

「ファン感謝際が来週に迫っていますからね」

「……巫女服程度の装いなら、許容範囲内だったみたいだな」

 

 嬉しい誤算、というべきか。

 今日は途中ですれ違うウマ娘たちの中にもコスプレのような恰好や勝負服をまとっている者もチラホラ見受けなくもない。

 

 その中でなら、巫女服も目立たない――こともないが、たづなさんからお目玉を食らうことは無さそうな雰囲気の中にあった。

 とはいえ当然、俺たちの行進は歩く奇行以外の何物でもないのだが。

 

 春のファン大感謝祭。

 

 それはトレセン学園のウマ娘が様々な催しを行って、トゥインクルシリーズやドリームトロフィーリーグのウマ娘を応援してくれる、ファンたちに応えるイベントだ。来週での開催を控えた今、学園内ではブースの設営や特別な衣装を纏うウマ娘達の姿が増え始めるのは、自然な成り行きとも言えた。

 

 しかして何がどうしたら三女神像の前にカモを捧げてネギを振ろうなどと思い至るトレーナーとウマ娘がいるのだろうか。

 

「ちなみに、なんだけど」

「なんでしょうか。まどかさん」

「ちょっと、怒ってたりする?」

「そんな事はありません。でも、何か純情を弄ばれたような気がしています」

「……とにかく、本当に申し訳ない」

 

 そっぽを向きつつも、振り返れば微笑む彼女の姿にホッとしながら、歩みを進めていく。

 

 学園内の庭の中央に座する、三女神像。

 その前にたどり着いた俺とメビウス。

 

 俺はメビウスの方へ振り替えると、持っていた二本のネギのうち一本を彼女に手渡した。

 

「……あの、まどかさん」

「なんだ?」

「改めて聞きますが」

「ああ」

「本当に、やるんですか?」

「やるぞ。覚悟なら、俺も決めたからな」

 

 己の手の中に握る長ネギ。それをぐっと握りしめながら、俺は笑顔でメビウスに語り掛けた。

 片方の手で彼女の肩に手を置き、もう一度俺は宣言する。

 

「やるんだ。メビウス。理由は聞かないでくれ」

「……はい」

「だが、不安なのはわかる。俺も、分かっていないこともある」

「まどかさんも、分かっていないのですか」

 

 当然ながら、分からない。

 ノートに書いてある事から解釈しているだけなので、この行為のもたらす意味が分からない。

 

 常識的に考えれば、これがある種の『精神的な根性トレーニング』として実践する事が目的として、あのノートに指示されていた可能性は高い。だが、この程度であればそれが目的とは考えにくい。

 

 とはいえ、本当に三女神像の前で祈りを捧げる事そのものに意味があるのだろうか。自分でさえも懐疑的ではあるが、これは既に俺だけの問題ではない。――だからこそ。

 

「それでも、だ」

「はい」

「ただ俺を、信じてくれ。メビウス」

「――分かりました」

 

 目と目を合わせて、俺は頼み込んだ。

 その想いが通じたのか、彼女の視線から不安気な様子は潜まり、覚悟を決めた瞳となった。

 信頼の目だ。

 トレーナーとしての俺を、彼女は信じてくれている。

 

 その想いに応えられるほどの成果が、ここで祈ることによって得られるのかは分からない。

 ただただ、精神的な根性トレーニングで終わってしまうのかも知れない。

 

 それでも、意味はある。そう信じる。

 

 俺は三女神像の前へと振り返る。

 メビウスは、俺の横へと一歩踏み出して並び立つと、三女神像の噴水の縁にカモちゃんの人形を置いた。

 

 一体を何をするのだろうか?と周りにギャラリーが集まっているような様子も見られるが、今のメビウスは意に介していない。女神像を前に深呼吸を行い、集中し始めている。

 

 俺もまた長ネギを両手に握り、三女神像の前に掲げた。

 意を決し、深く息を吐くと、不意にメビウスは、俄かに驚いた表情をみせていた。

 

「おかしな事を言うようですが……」

「どうした?」

「なんだか、呼ばれている気がします。女神像に」

 

 長ネギを掲げた彼女は、ゆっくりと目を閉じた。

 俺もまたならい、目を閉じる。

 そして、リングメビウスの祝詞がはじまる。

 

「かしこみ、かしこみを――」

 

 読み上げられる祝詞と共に、意識が暗転した世界に潜り始める。

 

 振られる長ネギの風切り音。トレセン学園を包む桜の木々の春の香り。心地よい太陽の日差し。爽やかな風にのる、小鳥たちの囀り。やがて、羞恥は消える。ただそこに在る、今に意識が集中し始めた。

 

 まぶたの裏に何かがよぎり始める。

 ……これは、なんだろうか。果たしてメビウスもまた、同じ情景をみているのだろうか。

 

 暗がりの世界に、一筋の金色の光が走る。

 二人のウマ娘が脳裏に浮かび始める。

 

 あれは、誰だろう。いや、違う。

 考える必要はない。俺は、知っている。

 誰よりも、この世の何よりも長く、過ごした彼女だから。

 ――カレンチャン。

 

 そして、もう一人はマンハッタンカフェだった。

 

 勝負服を身に纏う彼女たちが、遥か向こうにある金色の光の根源に向かい走り出した。

 

 駆け抜けるその姿を、リングメビウスが眺めている。

 それと同時に残る光の筋の一粒一粒に、輝きが感じられた。

 

 二人のウマ娘が駆け抜けた先、その光源。

 そこに向かい、やがてメビウスもまた駆け始める。

 

 記憶。記録。想い。証。歴史。継承。

 過去は未来で、未来は過去となる。

 そのどれもが欠ける事はない。

 ここにある今は、全てと繋がっている。

 

 ――祈りが結び。

 想いが、聴こえる。

 

『運命の人じゃなくても、カレンの一番側に居てくれていたのは、貴方だって事。カレン、分かっていたのに』

 

『幻であった世界が、幻でなくなってしまう。あの景色の向こう。もしもお友達を超えることが出来るのなら――。あの光の先へ、お友だちは、駆けていきました』

 

『ファル子、輝いてたよね。ウマドルは、砂を駆け抜けてもキラキラしてるって。最初に言ってくれたのは、トレーナーさんだったよね』

 

『高速の粒子。ウマ娘の脚は、世界線を超えていけるんだよ。それは、この世界に生きる者からすれば新たな宇宙と言っても過言ではない。Uma=2は、その理論の先駆けかも知れないのさ』

 

『聞かなければ、知らなければゼロのまま。知ってどうするかは、別の話☆ 取捨選択をするのは、自分でしょ★』

 

『跳びます。どんな悪路であっても。どんな障害があっても。――貴方とこの先も在り続けられる世界を、創るために』

 

 紡がれる記憶。

 カレンチャン。マンハッタンカフェ。スマートファルコン。アグネスタキオン。マーベラスサンデー。そして、リングメビウス。

 

 かつての俺。もしくは未来の自身。はたまた並行世界の自分。

 それらがウマ娘たちと過ごしたその経験と記憶の一端を、自分とリングメビウスは感じているのだろうか。

 

 受け継がれる意思と意志、そして想い。

 それは魂――ウマソウルなるものだけではなく、ウマ娘として駆けた出会いと朧気で確かな記憶の残滓であり、因子。

 そのどれもがあって、今の自分と、彼女がいる。

 

 その光の先へ走り、そしてメビウスが手を伸ばす。

 掴んだ――掴もうとしたその瞬間、彼女は確かに想いを受け継いだ。

 

 そして、自然と意識は現実へと戻る。

 瞼が開き、視界は女神像を見据える。自然と左に目線は滑り、隣にいるリングメビウスと目があった。

 

「メビウス。何か、視えたか?」

「……何かが視えたような、気がします。ただ、全てが通り過ぎたかのように何を視たのか……」

「忘れてしまった、か」

「はい。ですが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけは、確かです」

 

 長い時間を駆けたようで、一瞬だったような。あの幻は、メビウスもきっと一緒に視えていた。

 だが、メビウスもそうであるように、俺も先ほどの光景をつぶらかにはもう思い出せなくなっている。

 

 夢をみて目が覚めたら、見たことは覚えていてもどんな夢をみたのかは忘れてしまう。

 まさに、そんな感覚でいた。

 

「一体、何が起きたのでしょうか」

「三女神像が、俺たちを応援する力をくれたんじゃないかな」

「そんなことが、本当に。いえ、でもこの感覚は確かに、そんな気が……」

 

 非科学的現象だ。しかし、ウマ娘の存在そのものが他に存在する物理法則を超越している以上、未知の現象が起きても不思議ではない。

 

「まどかさんの言う通り、女神像の前で巫女服でネギを一緒に振ることには意味があったのですね」

「…………ああ。勿論だ」

「ところで」

「ん?」

「申し訳ありません、まどかさん。今朝まで思っていたことを言って良いですか?」

「言ってくれ。何を言われても俺は受け入れよう」

「――()()()()()()があるのかと」

「とりあえず、俺を信じてくれてありがとう。メビウス」

 

 逡巡する。微笑みながら俺の顔を覗き込むメビウスを前に、俺は長ネギを俄かに揺らしながらそう答えた。いや、本当に。意味があったようで良かった。

 

 ほっと一息ついた後、ふと現実に意識が立ち返る。

 

 俺たちにとっては意味のある行為だが、世間一般からすれば果たしてどうであっただろうか。

 

 不意に辺りを見回すと――休日の学園で活動しているウマ娘たちの好奇の視線があった。

 

 巫女服。女神像の前に謎の供物。トレセン学園の中心で祝詞を唱えながら二人で長ネギを振るうウマ娘と新人トレーナー。果たして、今後一体どんな噂が立ち上るのだろうか。

 

 ――まあ、何でも良いか、と

 そう思える位には少し肝が据わってきている自分に、少し驚いたんだよね。

 

 そうして祝詞の段取りを終え、メビウスがカモちゃんを回収し腕に抱えて振り返ったところ。

 

 俺たちの後ろで、とあるウマ娘が目を輝かせていた。

 

「メビウスさん! 見ていましたよ。見事な祝詞です!」

「ふ、フクキタルさん。やっぱり今は、お声を掛けない方が~……」

 

 明るめの栗毛で外はねショートカットの、活発そうなウマ娘。

 名は確か、マチカネフクキタル。光彩が十字に光る瞳が、メビウスを讃えるように輝いている。

 そしてもう一人は、内側にはねるボブカットの鹿毛と、窄んだ口元と髪の中央にかかる薄いピンク色の大きな流星と――中等部と思えない豊満な胸元が目を引くウマ娘。メイショウドトウがそこに居た。

 

「ふ、フクキタルさん。それに、ドトウさん。見ていた、のですか。私たちの奇行を」

「はい! それはもう、バッチリ! 願掛けはとても大事ですからね。私も似たような事をしたことありますよ!」

「わ、私はないです~。でも、メビウスさん。奇行というよりも最早あれはある種、愛の逃避行のような……」

 

 別に逃げてはいない。寧ろ立ち向かっていたぞ、羞恥心に。

 

「時にメビウスさん。巫女服を着ているという事は、来たるファン感謝祭で一緒に『表はあっても占い屋』をやって頂ける意思表示ということですね!」

「あ……はい。そう、ですね。是非ともお手伝いさせて頂ければと」

「なんと! ありがとうございます! メビウスさんとドトウさんが手伝って頂ければ百人力ですからね。しかし、むむ。おや?」

 

 首を傾げ、フクキタルはメビウスの傍に寄る。

 その様子に、メビウスも訝し気に応じていた。

 

「フクキタルさん、何か気になることが?」

「でも、その巫女服は一体どこで手に入れたのですか? 確か後日、私がお貸しする予定だったはずですが――」

 

 瞬間。温度が冷えたような感覚が過ぎった。

 

 それからメビウスは二、三回ほど口を開こうとしては閉じて何も言葉が出てこない様子となる。俺の顔を一瞥してから急に頬が紅潮し出した後に、俯いてしまった。耳はペタリと閉じてしまい、尻尾は忙しなく揺れ出している。……な、なんだ?どうしたというんだ。

 

「ふ、フクキタルさん。だ、ダメです~! それは、それは多分、()()()()()()()()()みたいです~!」

「ふががが。なにが何だか分かりませんが、と、とりあえず分かりました! ドトウさん、手を、腕を離してください!」

 

 何かを察したらしいドトウが、フクキタルの口元を勢いよく塞いだ後に喉元をロックオンすると、ずるずると後ろへ引きずり出した。苦しさにタップをした彼女の様子に気付いたドトウは慌てて絞めた腕を開放すると、勢いよく頭を下げる。

 

「あわわわ、すみません~! で、でもフクキタルさん。きっと、おそらく、記憶違いを起こしてます。あの巫女服は、少し前にメビウスさんになんやかんやあってお貸ししたはずです~!」

「はて? そうだったような、そうでなかったような……」

「きっと、多分、そうです~! 複雑な乙女心なのです〜! と、とりあえずもう行きましょうフクキタルさん」

「ふむむ。もう少しメビウスさんとお話をしたかったのですが……確かに、私たちも占い屋の準備を急いでいたのでした。では、また後日によろしくお願いしますね、メビウスさん!」

「……あ、は、はい。あの、ありがとうございます。ドトウさん。フクキタルさん。また、よろしくお願いします」

 

 慌てた様子のドトウに引かれるようにして、フクキタルは手を振りながらこの場を去っていった。

 中々に嵐のような出来事だったが、とりあえずメビウスとの会話の見るに、三人は友人のような関係なのだろう。仲が良さそうで何よりである。

 

「……あの」

「どうした?」

「先ほどの件について、ですが。どう、思いました?」

「あの二人とのやり取りについてか?」

「はい……」

 

 正直、何をそこまで気にしているのかよく分からなかった。

 マチカネフクキタルから借りたのなら借りたで良いし、本当はそうでないのなら別のところから手に入れたか自前の巫女服だったという事なのだろう。しかし、彼女は先ほどの出来事をとても気にしているらしい。

 ならば、一旦は触れないでおこう。

 

「あの二人と、仲が良さそうだな、と」

「えっ……それだけ、ですか?」

「そうだな。それ以上の事はないよ」

「……分かりました。まどかさんが、そうお考えなら。でも……」

「でも?」

「後日改めてお話します。ですから先に、今は」

 

 彼女は迷いを断つかのように顔を振りかぶり、そして俺の方を真っすぐに見つめた。

 

「受け継いだこの想いを、果たさせて下さい」

 

 その直後。

 

 湿気の匂いと共に、ネギを握る俺の手が濡れ出した。

 ポツリと落ちる一滴。これは、雨だ。

 しとしとと降り出したその雨粒は、数秒後には質量を増していく。

 

「これは……」

「はい。恵みの雨が、来てくれました」

 

 十秒も過ぎた頃には、雨音が爆音のように辺りを覆い尽くしていた。

 俺たちに降り注ぎだしたその雨は、紛う事なき、大雨となった。

 辺りにいたウマ娘たちも、大騒ぎで建屋へ向かい走り出している。

 

 バタバタとした足音と、大粒の雨音が響き渡るトレセン学園。

 この状況において口元が緩みつつ微笑み合っているのは、俺と彼女くらいのものだろう。

 

 勝ち筋が、生まれた。

 この雨が続くようなら、俺たちは選抜レースでハッピーミークやマンハッタンカフェを相手に戦うことが出来る。

 

「ひとまず、雨宿りに行こう。メビウス。折角の綺麗な巫女服が濡れてしまう」

「そうですね。行きましょう、まどかさん」

 

 自然と伸ばされた俺の手を、メビウスは握り返す。

 その小さな手の平に、確かな熱を俺は感じていた。

 

 そうして、いつぞやの時のように学園内を二人で走り出していくのであった。

 

 

 ▼

 

 

 更衣室に入ったリングメビウス。

 彼女が着替えているその間、俺は部屋の外で一人佇んでいた。

 俺は自前の鞄から例のノートを取り出す。

 過去でもあり、未来でもある記述が成されているノート。

 

 その続きを読み進めるための五つの条件を、俺はすべて満たしている。

 

 ようやく先を読める、という気持ちと、敢えて先の事を読みたくはないような、複雑な心境がある。

 が、必要なことだ。そう思い、俺はページをめくった。

 

 書いてある事は、常識的には考えつかない内容だ。

 

『今ここを読み進めているという事は、俺が掲げた五つの条件を果たしたという事だろうか。どちらでも構わないが、きっと俺の事だから生真面目にやり遂げていることだろう』

 

 まあ、俺自身が書いたのだから、性格的にも予想はつくという事か。

 

『条件の内、リングメビウスの今の適性を全て確認すること、彼女と二人で中庭に揃う機会があれば、どこかで必ず三女神像の前で祈りを捧げること。この二つを掲げた理由を以下に述べよう』

 

 ようやく、その意味が分かる。

 

『ところで、巫女服を着てカモちゃんを供物にして長ネギを振る必要はない、という事を申し添えておく。これまで幾度と繰り返した三年間でこの奇行に至ったのは一度だけである。普通に二人で祈るだけで問題はない。勿論そんな奇行をやってはいないだろうが、もし行っていたルートの場合は、おめでとう。俺』

 

 ――は? ちょっと待て。

 

『リングメビウスには、俺が今まで担当してきたウマ娘と明らかに違う特徴がある。周回の度に、適性が変化している、という点だ。そのため、まずは今回の俺が推し量った彼女の適正について今一度思い浮かべて欲しい』

 

 俺は手帳を取り出し、自身書いたメモを確認する。

 以前、ここに書いたメビウスの適性は、この通りだった。

 

 馬バ適性

 芝B、ダートD

 

 距離適性

 短距離D、マイルE、中距離C、長距離B

 

 脚質適性

 逃げC、先行B、差しE、追込G

 

『彼女には、他のウマ娘には見られない歪なステータスが生じる事がある。これは俺がメビウスを担当した時にしか顕れない特徴だ。これは彼女こそが「運命のウマ娘」だと俺が感じる、一つの理由でもある。一つの仮説であるが――リングメビウスはトレーニング(育成)開始時点で、周回の度に何らかの要素を継承している』

 

 何らかの要素を、継承とは。どういう事なのだろうか。

 

『アグネスタキオンとこの事について議論した事もあるが……結論的にこの仮説を定義する際、俺はこれを想いの「因子継承システム」と呼んでいる。そしてこのステータス変動は、三女神像の前で祈った場合に更に生じる事がある。何を言っているんだと思うかも知れないが、歪な適性があれば今の俺でもそれを受け入れる事が可能だろう』

 

 因子継承システム――だと。

 確かに、歪な適性はある。

 そういう事もあるものかという程度に思っていたが、通常はあり得ない事が二つ。

 

 一つは、距離適性のバランスだ。

 短距離D、マイルE、中距離C。このバランスは基本的にはあり得ない。スプリントが苦手で短距離がE、マイルD、中距離Cであるならば自然だが、息の入らない距離が寧ろ得意でマイルが苦手でありながら中距離の方が得意などというのは明らかに不自然だ。

 

 自然でないのなら、何らかの作為ということも有り得る。

 だが、ウマ娘の持つ生来の適性に指向性をもたらすなどという所業は、常識的に不可能だ。

 

 そしてもう一つは、重馬場に対する圧倒的な適性。

 重馬場を得意とするウマ娘は存在しているが、デビュー前からここまでの適性は何か才能というものを超えているという見方で良いはずだろう。

 

『ここで一つ、俺に尋ねよう。ハルウララというウマ娘を、果たして有馬記念で勝たせることは可能だろうか?』

 

 ハルウララとは、面接でトレセン学園への入学を果たしたことで有名なウマ娘だ。

 

 適性はダートの短距離からマイルまでで、トレセン学園の中では決してその資質が高いとは言えない。それを学園最強のウマ娘たちが集う芝・長距離の有馬記念で、例え人気投票で選ばれて出場できたとしても勝たせる事など到底――。

 

『不可能。それを覆すことが可能な、希望があるとすればどうだろう』

 

 ……そのようなことが、有り得るのだろうか。

 

『俺の仮説は、こういうものだ。「因子継承という不可思議な現象は、ウマ娘の生来の適性を変化させる事」がある。リングメビウスが俺の運命のウマ娘だとするならば、何故俺は別のウマ娘を担当する過去と未来をも繰り返しているのか。終わらない三年間のその意味とはなんだ?』

 

 彼女が、運命のウマ娘であるとするならば――。

 

『統計的に読み解けば、リングメビウスは俺が過去に担当したウマ娘の適性と、己の経験値を受け継いでいると考えられる。短距離の適性が全くない事もあれば、カレンチャンと三年間を過ごした後だからとでも言うのか、メビウスが短距離を走れる事もあった』

 

 短距離の適性が今のリングメビウスにあり、マイルの適性がない歪さこそ、まさにそれを示しているとでも言うのか。

 

『毎度変わる適性。だからこそ、俺は適性を見るべきだと書いた。そして他のウマ娘たちとの経験。避けられない、その区切り。幾度となく過ごした日々が積もり、想いが一つの形となり、因子継承という不可思議な現象が起きているとすれば?』

 

 それが、意味を持つのか。この終わらない三年間とやらに意味を求めるならば、そういう考え方もあるのか。それとも、そう思わなければ、俺の心が持たなかったのか……。

 

『俺が担当してきたウマ娘は、その素質でGⅠレースを幾度となく勝利したことがある。だがリングメビウスだけは、明確に違った。未勝利を突破できるかどうかという世界にいる。適性でのレース条件をみれば、時に先ほど挙げたハルウララよりも重賞を勝つ事が難しいと言えるだろう』

 

 ページをめくる手が、震える。

 おかしな妄想の杓子定規で、俺ではない俺に、彼女を図られている。

 

『女神像の前で祈りを捧げれば何か少し、不思議な事が起きた。――ただそれだけでも良いかも知れない。外から眺めるのであれば、事足りる。だが、俺の主観ではそれだけでは終わらない。何千何万回と、彼女たちと走り続けているからだ』

 

 ひたむきに頑張る彼女は、自らの走りで勝利を目指すただ一人のウマ娘だ。

 過去の俺の穿った考え方で、何かまるで埒外の存在のようにあの愛らしい少女を表現されたくはない。

 

 だがこれは、無限に繰り返される輪の中で幾度となく三年間を過ごしてきた俺が、全てを思い出した時に書いた文章なのだ。

 

『よって、重賞レースで勝つという事に焦点をおいてみれば、今までの蹄跡を継承の周回として見立てた場合に、俺はこう考える』

 

 あの日、目覚めた時の俺は一体。

 何を感じ、何を想ってこんな文章を書いたのだろう。

 

 

『――リングメビウス。彼女は、周回前提のウマ娘だ』

 

 

 

 

 

 

 

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