トレーナーである俺は「最初の3年間」を何度も繰り返しているらしい。   作:カモねぎ屋

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第2話 不可思議な発言

 

 

 朝礼が終わりを告げた。

 

 なんとか定刻前の出勤を無事に果たした俺は、遅刻魔のレッテルを避ける事に成功した。

 

 始業五分前に入室し、出勤打刻を済ませている。

 当職について二週間しか経っていない新人職員がかまして良い出勤時間ではない。

 

 とはいえ、間に合った事には変わりない。

 

 ほっと胸を撫で下ろしながら、自分用のスペースに腰を下ろすと、俺は自前のパソコンを立ち上げた。

 

 新人トレーナーである俺には、個人用のトレーナー室は存在しない。

 複数のトレーナーが集う協働の部屋があり、そこで自前のパソコンを開いて作業を行う形なっている。

 いわば、職員室のようなものだ。

 

若松(わかまつ)トレーナー。今日の出勤、ギリギリでしたね」

 

 隣りの席から、この俺――若松 円(わかまつ まどか)に掛けられる声。それは、同期のトレーナーである桐生院葵(きりゅういん あおい)さんからだった。

 

「桐生院さん。いや、お恥ずかしながら、起きた時間が遅くてですね。間に合ったので、ヨシとしてくれませんか。それと、おはようございます」

「はい、おはようございます。えへへ、珍しくギリギリの出勤だったので、少しからかってみました」

「あはは……すみません」

 

 桐生院さんとは同期の新人トレーナーではあるが、俺とは違い彼女は名門の徒。

 ポッとでの俺とはスタートラインが雲泥の差である。黒髪を後頭部に小さく結ったその姿は愛らしく、その人気はウマ娘からも高い。

 

 先週の頭にはハッピーミークという白毛のウマ娘とトレーナー契約をした事で、同期の中でも頭一つ抜けて知られている存在だ。

 

「桐生院さん。ところで、先週契約を結んだという担当ウマ娘とは、今のところどうですか?」

「ミークとの仲ですか? そうですね。まだ少し打ち解ける事が出来てないかなぁ、と。担当ウマ娘との適切な関係の構築って、白書に書いてある以上に、とっても大変です」

「はは、まあ、年頃の女の子でもありますからね」

 

 そう言いながらも、まだ俺には担当バが居ないため、正直なところそういった面はまだよく分からない話だ。しかし桐生院さんの体験談も、今後の自身の参考にもなるだろうと思い、頷きながら彼女の話を聞く。

 

「ただ、まずはそれよりも……」

「それよりも?」

「私、まだ全然ミークの適性バ場と、適性距離が分からないんです。勿論、直ぐに分かるものではないのは承知しています。様子をみていけば良いのは分かるのですが、それでもあまりにも偏りが無いように見えて、いまだ傾向も掴めないままでして……」

 

 それを聞いて、俺は頭を傾げてしまう。

 

 ハッピーミークの適切な距離?

 

「何を言ってるんですか、桐生院さん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃないですか」

「え?」

「いや、だから。ハッピーミークなら、芝でもダートでも短距離からマイルに、中距離や長距離でも。過不足なく、全力で」

「……え?」

「…………ん?」

「ど、どうして、若松トレーナーは、そんな事が分かるんですか?」

「どうしてって、それは勿論――」

 

 彼女が他でもない、()()()()()()()()()()

 

 喉元から出る寸前までそう言いかけて、ようやくその発言のおかしさに気付く。

 ……俺は彼女の走りなんて、一度しかみた事がないはずだ。

 俺なんかより、担当になった桐生院さんの方がよほどミークの走りをみている。それにも関わらず、どうしてこうも俺は、ハッピーミークに関して確信を持っているかのように話をしている?

 

 今朝のノートの事が、脳裏を過ぎる。

 

 繰り返される最初の三年間。

 それが本当にあって、俺の記憶に影響している――?

 いや、考えるのは、後か。

 まずは、うまく誤魔化すのが先決、のはず。

 

「あ……いや、ええっと、そうですね。適正が分からないくらいに、どのバ場を走っても、どの距離を走っても。不得手なく走りきれるんですよね?」

「はい。この一週間、色々と試しましたが、その差はないように見えて、まだ私が新人だから見る目が養われてないのかと思ってまして……」

「逆に考えてみてください。苦手がないということは、全部得意なのかも知れません」

「全部、ですか?」

「類をみない、生粋のオールラウンダー。その可能性も含めて、適性距離とバ場を見極めてみても良いのでは?」

「な、なるほど! 確かに、そうですね。生粋のオールラウンダー……他の誰でなくても、ミークがそうである可能性はあるのかも……。私、まだまだ未熟ですね。言われて気がつくだなんて。もしかして私、ミークの担当に向いてないのかも……」

 

 顔を伏せがちに言葉を零す桐生院さんの様子に、かげりが見える。

 雲行きが怪しい。そうだ、この人は普段前向きに見えても、何かしら直ぐに抱えこんだり落ち込んだりもする人だった。

 

「い、いえ。そんなことは。寧ろ外野の自分が、急に変なことを言ってすみません。あくまで小話程度に聞いて頂ければ」

「小話なんて……目から鱗です」

「それに今後自分が担当を持ったときにも、他のトレーナーや桐生院さんの意見が参考になると思うんです。その時は逆に、気が付いたことがあったら自分に教えてください」

「そう、ですよね。分かりました! この桐生院、その時は若松トレーナーの助けになります。うん、閃きました。先程の金言は、ミークの練習にも活かせるかも知れません! そうと決まれば、早速資料室に行ってきます!」

 

 そう言い残すや否や、桐生院さんは拳を突き上げてすっくと立ち上がると、共同のトレーナー室から退室していった。くよくよするかと思いきや、立ち直るのもそれなりに早いのも彼女の性格なのかも知れない。

 

「俺も、桐生院さんを見習って、トレーナーとしての知識を身につけながら……まずは担当バを見つけなきゃな」

 

 己自身を誤魔化しながらの発言であったが、人に言うだけ言って自分自身が前に進んでいないのでは、格好がつかない。

 やれることから、やっていく。

 

 そのためにも、何事も学習だ。 

 そう自分に、言い聞かせた。

 

 

 ▽

 

 

 個々のトレーナーに振り分けられていた事務作業。

 

 それを二時間ほどで片付けると、俺は立ち上がり、退室した。

 時計の針をみる。ちょうど学園に所属するウマ娘達も、授業の休み時間にあたる時刻だ。

 

 向かう先は、資料室。

 脚質毎のスタミナ配分の参考書を今は読みたい。

 

 そう思いながら廊下を歩いていると、長いツインテールと頭に飾るティアラが特徴的なウマ娘と、そのトレーナーが目に入る。

 

「ダイワスカーレットと、先輩トレーナー……」

 

 すこぶる相性が良い、という言葉がよく似合うベストパートナー。

 昨年は、桜花賞、秋華賞と続く二冠――ダブルティアラを獲得したウマ娘とトレーナーだ。

 

 ダイワスカーレットが、トレーナーに小言で文句を言う。それをヤレヤレといなしながらも、次々とトレーニング内容を詰めている様子が目に止まる。

 昨年まではダイワスカーレットも優等生として振る舞うように気を付けていたらしいのだが、トレーナーとの言い合いは日常茶飯事のようで、ある程度公衆の前でも言い合うことを隠すのは止めたとのこと。

 

 気兼ねなく、お互いの主張を言い合うことができ、なおかつ破綻しない関係。

 気の置けない関係とは、あのような者たちのことを言うのだろう。

 

「羨ましい、な」

 

 一介の新人のトレーナーとして、目指すべき姿だ。

 

 その微笑ましさに、燻る胸の炎をたぎらせながらその横を通り過ぎようとした矢先、先輩トレーナーから俺は声を掛けられた。

 

「お、若松じゃないか。お前、あやうく今日遅刻しかけたんだって?」

「ちょっと、なんでそれ知ってるんですか。先輩、共同のトレーナー室に居たわけじゃないのに」

「GⅠトレーナーの情報量を甘く見るなよ、と言いたいところだけど、まあ、通りすがりの桐生院さんから聞いたんだ」

「ああ、それで……」

 

 そんな事をわざわざ人に伝えるあたり、桐生院さんの距離感の詰め方の不思議さを感じてしまうが、それも桐生院さんの特徴か。

 

「それで、どうして今日は遅刻をしそうになったんだ? ああ、別に責めてるわけじゃない。先輩として、ちょっとした世間話みたいなもんだ」

「うっ、それも聞きますか。まあその、ちょっと起きる時間が遅かったのと、今朝はちょうど有名なウマスタグラマーが転入してくるとかで、校門付近が混んでまして」

「ウマスタグラマー? ……それって、あのカレンチャンってウマ娘のことか?」

 

 先輩も知っていたらしい。それに、やはりあのCurrenというウマ娘の本名は、カレンチャンで合っていたのか。

 

「そうです。ちょっと群衆に揉まれまして……」

「そうなのか。災難だったな。しかし、カレンチャン、か……」

 

 顎に手をあて、考え込むような仕草を見せる先輩の姿に、俺は訝しむ。

 

「そのカレンチャンが、何か?」

「いや、今朝俺も彼女に出会って、それで言われたんだ。なんだか、不思議な言い回しだったな。『貴方はカレンの運命の人。だからカレンのトレーナーになってください』、ってな」

「運命の人とは、随分と入れ込まれていますね」

 

 トレーナーとして、言われてみたい言葉ランキングに入りそうなものだな。

 

「不思議な子だったな。だが、俺もそこで言われて、頭に少し引っ掛かるものもあったんだ。その昔……どこかの遊園地か何かで、よく似た幼いウマ娘をみたような記憶もあったような気もしてな」

「……昔話ですか。先輩はGⅠトレーナーですからね。真偽はどうあれ、ウマ娘からのそういったアプローチがあってもおかしくはないでしょう。それで、その逆スカウトはどうなったんですか?」

「結論から言えば、丁重に断った」

「即断、ですね」

「ああ。声を掛けて貰えたのは嬉しいが、不確かな記憶だけで、担当ウマ娘をもう一人背負う余裕はない」

 

 それもまた、そうなのだろうと思う。

 

「俺はまだ数年しかトレーナー業を勤めていない身で、チームを設立する程余裕はないし、まだ新人の範疇に変わりはない。何より――」

「……ちょっと。アンタには、私がいるでしょ。ここに、一番のウマ娘が」

「これがあるからな」

 

 そう言って、困ったように頬を掻いて、しかし嬉しそうに微笑む先輩と、頬を膨らませながら釘を刺すように先輩をジト目で睨むダイワスカーレット。

 

 その姿に、羨ましさと――それに加えてかすかな嫉妬心を俺は覚えた。

 ウマ娘からトレーナーとして求められて、それでも確固たる信頼を寄せ合うパートナーがいること。

 

 そしてその嫉妬心は何よりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に。

 

「そういえば、彼女はトリプルティアラを目指したいと言っていたんだ。多分、俺がダブルティアラのスカーレットの担当トレーナーだからそんなことを言ったのだろうけれども」

「……違います」

「ん?」

「カレンチャンは、そのティアラの響きが好きだからそんなことを口にしているんですよ。先輩がダブルティアラのトレーナーでなくても、彼女はそう言ったはずです」

 

 間髪入れずに、俺は言葉を返す。

 カレンというウマ娘を少しでも先輩が理解をしているのなら、そんな言葉は出てこない。

 

「え、そうなのか? そんな事まで把握してるってことは……若松、カレンチャンを事前に調べて、本当は担当を狙ってたのか? ああ、だから校門で時間ギリギリまで張って出勤をした、ということか。まあ、そうだとして、彼女はもしかするとティアラ路線というよりは」

「――スプリンターです。カレンチャンには、電撃の六ハロンがよく似合う。彼女は、短距離に特化したウマ娘です」

 

 俺の口は、自信をもって断言する。

 そんなこと、今の俺に分かるはずもないのに。

 

 口から先に動いた。しかし、その内容に違和感はない。

 

 まるで俺はそれが真実であると、最初からわかっているかのようだった。

 

「あ、ああ。そうだな。俺もなんとなく、そう思ったところではあったんだ。なかなか見る目があるな、若松。期待の新人だ」

「……いえ、すみません。まだ担当もいない身で適当なことを。あの、急いでいるので、これで」

「そんなことはない。適正を見抜けるのは、ウマ娘をよく見てる証拠だ。足を止めて、悪かった。良い担当バに巡り合えることを祈っているよ」

「ありがとうございます、先輩。では」

 

 足早に、俺は振り返る事なくその場を立ち去る。

 後ろからは再び、一番を目指すウマ娘とその先輩トレーナーと言い合いが背中にこだましていた。

 

 適正を見抜ける力がある?

 それは大きな勘違いだ。

 

 ある程度は分かったとしても、あそこまで堂々と断言できる程の知識と経験が今の俺にあるとは思えない。

 

 歩きながら、俺は己の手で口を塞ぐ。

 自身を誤魔化しながら過ごしているが、己の記憶とこの口が今は誰よりも信用できない。

 

 ――ああ、本当に。

 今日は今朝からずっと、俺はおかしいのかも知れない。

 

 いや、寧ろ。

 おかしいのは今の俺の認識だけで。

 やっぱり本当に、あのノートの方が正しいのではないだろうか。

 

 不安を抱えたまま、資料を漁る。

 

 それからの事務作業も、今日は何をしていたのかハッキリしないまま――今日の業務時間は終わりを告げた。

 

 

 




次回、邂逅。
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