トレーナーである俺は「最初の3年間」を何度も繰り返しているらしい。   作:カモねぎ屋

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第21話 鋼の意志

 

【出走ウマ娘】

 一枠一番 カレンチャン

 二枠二番 リングメビウス

 三枠三番 ドカドカ

 四枠四番 ハッピーミーク

 五枠五番 マンハッタンカフェ

 六枠六番 イズカリ

 七枠七番 バイトアルヒクマ

 八枠八番 エキサイトスタッフ

 

 

 芝二千メートル。

 天候は大雨。

 バ場は不良。

 発走位置は第三、第四コーナーの中間。

 曇天の空に覆われた大雨の中。

 

 最終レースが、幕を開けた。

 

 開いたその視界に呼応し、各バが駆け出していく。

 

 抜群のゲートを決めてまず最初にハナを叩いたのは――ハッピーミークだった。

 

『勢いよく飛び出したのは、四枠四番ハッピーミーク! 注目度に違わぬ抜群のスタートを決めた! 同時にスタートを決めたのは一枠一番のカレンチャン! 二人が競り合うように並走している!』

 

 集中力を発揮して先頭に躍り出たのはハッピーミーク。

 ほぼ同時にスタートしたのはカレンチャンだが、外から前へ出たハッピーミークが内へ切り込むその瞬間。カレンチャンは速度を緩めると、巧みなステップでその身を(にわ)かに外へと持ち出した。

 

 結果、カレンチャンはハッピーミークの左後方に位置する形となった。

 

 二枠二番の、リングメビウスはどうか。

 まずまずのスタートを決めたと言っても良い。

 

 ゲート内で地面を踏み(なら)し、地固めを行うよう伝えてあったが、指示をしっかりと守れていたようだ。出過ぎず、遅すぎず。先行しつつ前も後ろも見れる位置を取れている。

 

 ――悪くない。俺は拳をぐっと握る。

 

 三枠三番のドカドカ。彼女がメビウスの左横に取りつく形になるが、メビウスは譲らずペースを維持する。

 

 五枠五番マンハッタンカフェは出たなりで、後ろから三番手を維持。六枠六番のイズカリは大きく出遅れて最後方。

 

 やや出遅れたエキサイトスタッフはイズカリのやや前。七枠七番のバイトアルヒクマはドカドカに並ぶべく追走するが、少し遅れている。

 

『第四コーナーを曲がるところ、序盤の隊列は決まったか! 先頭は四番ハッピーミーク、その左側後方に一番カレンチャン。右側後方に二番リングメビウスが付き、先頭集団を形成しています!』

 

 メビウスはハッピーミークの右後ろに取り付いた。ここで近づき過ぎず、ある程度の距離を取っている。

 対してカレンチャンはハッピーミークに接近し、プレッシャーを掛ける形で張り付いている。

 

 ホームスタンド前の、直線に入った。

 大地が揺れ出す。蹄鉄の音がドドドとけたたましく鳴り響き、迫り来る。

 

 これが、周回コースの見どころだ。

 曇天の下、雨音に負けない声援が、巻き起こり出す。

 

「いけぇぇぇ! ドカドカ!」

「そのまま、そのままを維持だよスタッフ~!」

「イズカリちゃん気配が薄いよ! 何やってんの!」

「カレンチャン、今日もカワイイよ! 頑張ってねー!」

「位置取りは、まだ上がらないようにねクマちゃん!」

「カフェ、その位置からで大丈夫かい?」

「ミィィィィク! 慌てずに、あぁ、イキ過ぎ、イキ過ぎです!」

 

 上がる声援。時には野次さえも。

 相当に声を張り上げなければ走るウマ娘たちの耳には届かないだろう。

 

「メビウス、良いポジションだ! そのまま、好位で先団を走れ!」

 

 一瞬、メビウスと視線が交差する。

 

 彼女のウマ耳は器用にこちらを向き、承知しましたと言わんばかりにピョコンと会釈した。どうやら、聞こえているらしい。荒れたこの不良バ場に歓声の中でも、落ち着いている。

 

 狙い通りのポジションが取れた事により、順調に進めている。これなら、掛かる要素がなさそうだ。

 勝利への視界は良好に思える。

 

 スタンド前を駆ける最中、ここでハッピーミークから状況を変えたいという意思が見え出した。速度を緩めようとしている。相対的に前に出るのはカレンチャンの筈だが、しかし彼女の思うようにはいかない。

 

 ハッピーミークが速度を少しでも落とそうとすると、カレンチャンは同時に下がり、進路を緩やかに閉める。絶対に、ハッピーミークのポジション逃げの位置から下げさせない。

 

 これは――。

 

『四番ハッピーミーク、ここで少し落ち着きたいところですが、ピッタリと一番カレンチャンが徹底マーク! 全くその隙を作れない! 下がるにも後ろには二番リングメビウスが控えている様子。これは、逃げているというよりも、逃げを強制されている形だ!』

 

 考えていた作戦の一つに、状況が上手くハマっていた。

 短距離適性のカレンチャン、能力最上位のハッピーミークはこの出走のメンバーの中ではスタートが抜群に良いのは織り込み済み。

 

 全てのバ場状態、芝ダート、全距離にAランクの適性を持つハッピーミーク。そんな彼女といえども、苦手なことがある。

 

 逃げと追い込みの適性はF。

 

 逃げという合わない脚質のポジションを走らされる事になれば、ウマ娘も冷静に頭を働かせられず、本来の賢さを発揮できない。

 

 結果、余計なスタミナを消費する掛かりの状態となりやすい。

 

 下がろうとすればカレンチャンが左側から徹底的に寄り、その後ろではメビウスが控えて瞬間的に競り立てる。

 パターンを組んでいた中の一つ。作戦通りだ。メビウスもこの状況の中、するべき事が見えている。

 

 頃合いをみて、カレンチャンの後方にいるドカドカも緩やかに隊列を狭めた。彼女もまた、冷静だ。

 

 一番人気のウマ娘を倒すための方法を、この展開の中で考え、実行することが出来ている。

 

 この状況に焦りを抱いたか、下がるのではなく寧ろ前へ行くことをハッピーミークは選択してしまう。

 

 ――つまり、掛かっている。

 

『ハッピーミーク、ここで僅かに前に出た! しかし後続は続かないか。どうやら掛かっているようです!』

 

 ハッピーミークは確か、序中盤で前に壁が入れば、()()()()をもってポジションを堅持し、スタミナを温存できるウマ娘のはずだ。

 

 だが、同等かそれ以上の序盤力を持つカレンチャンが展開を握っていた。ゲートを出た後は敢えてやや速度を下げ、前に被ることなく先頭を譲ったことで、ハッピーミークを逃げさせた。

 

 追従してリングメビウスとドカドカも、その状況に乗っている。

 

 偶然で起こる状況じゃない。

 必然の狙い。確実に、意図がある。 

 カレンチャンも、最初から勝負に出ている。

 

『カレンチャン、ハッピーミークを離さない! 今も苛烈に追い立てている!』

 

 中距離の芝二千メートルが自身の適性外なことを、カレンチャンが織り込み済みなのかは分からない。

 

 だが、このレースは何もしなければ、能力最上位のハッピーミークが順当にただ勝ってしまうのは誰もが認識するところだ。それを考えれば、逃げ焦りを誘発し、ここでスタミナを削りに行くのは有効な作戦の一つと言えた。

 

 ――とはいえ、この作戦にも欠点はある。

 

 徹底マークする形で張り付いてハッピーミークを抑えようとするが故に、芝と土の混じった泥水を、その顔と全身に身に受ける事になってしまうのだ。

 

 ハッピーミークの右後方位置にするリングメビウスも、多少は土を被る。しかし抑えのタイミング以外はスタミナを保つため、やや距離を開けているのでカレンチャン程のダメージはない。

 

 可愛いカレンチャンの顔と髪は、このレースを走る他の誰よりも既に泥を被っていた。

 よほどの覚悟と精神力――それこそ、本当に鋼の意志をもってこのレースに臨まなければ、これ程のマークは出来ない。

 

 一体何が、ここまでカレンチャンの燃える心を引き立たせているのか。

 

【……カレンは、今のあなたと同じ時間を過ごしていないよ。でも――確かめたいの。そうでないと、カレンもあなたも。前に進めない気がするから】

 

 ふと、あの日のカレンチャンの言葉が脳裏を過ぎる。

 

【覚悟しててね。カレンがどういう性格なのか、あなたは知っているでしょ?】

 

 ああ、そうだ。彼女がどういう性格なのか

 俺はきっと、今この世界の誰よりも知っている。

 

 欲しいものは、手に入れる。そのためなら、武者修行で滝に打たれる事も厭わない。

 一度決めたとなれば、やれることは折れる事なくやり切ろうとする。

 

 そうと決めたなら、とことんストイックで意地になる。

 ならば、カレンチャンの駆ける今の在り方には、目的と考えが秘められている。 

 

 果たして、彼女がこのレースの先に、求めているモノは一体なんなのか――。

 

『隊列を維持したまま、各ウマ娘が第一コーナーカーブへ入ります! この雨の中、いかにここで上手く立ち回れるか注目ですね』

 

 スタンド前の直線を通り過ぎ、コーナーへ差し掛かる。

 トラックバイアスの有利不利が、ここで一つ出現する。 

 

 スタート直後がカーブとなっているこの芝二千メートルのコースでは、どのウマ娘も同様に速度が出ていないために曲がりやすい。終盤の仕掛けどころが近い事もあり、荒れたバ場の上では加速も出来ない。

 

 対して、直線で速度を維持してから突入するカーブでは違う側面が顔を出す。

 

 不良バ場で足を取られた状況も相まってデビュー前のウマ娘が綺麗に曲がりきる事は難しい。その進路の影響で、内から中間あたりの芝は荒れていく。

 

 よって最終レースとなった今、トラックバイアスで有効な進路は、内ラチ沿いのまさに最内。それが完全なる経済コースとなる。

 

 自身がそのルートを正確に通ることが出来れば、有利。

 

 不良バ場に適性があるリングメビウスであっても、芝が荒れきった場所にでは物理的に足を取られる。泥を被りたくないがためにメビウスの直ぐ後ろに張り付くウマ娘もいない。

 

 必要なのは、直前に足を取られない道悪への適性。

 減速のタイミングを違えない見極めと、突入傾斜角の感覚だ。

 

『第一コーナーカーブ、ハッピーミークはそのまま前を行く! カレンチャンはその外を追走! リングメビウスは巧みなコーナリングで、最内を綺麗に通過していく! ドカドカは少し外目に膨れたか。マンハッタンカフェは中団に構えたままだ!』

 

 実況の声に、俺は小さく拳を振りかぶる。

 

「……良しっ!」

 

 ――完璧だ。

 

 リングメビウスはコーナーの最内を、淀みなく通過した。

 この中で誰よりも、コーナー巧者だと言って良い。

 

 普段のトレーニングの成果が、見事に出ている。

 なんだか、もう涙ぐみそうだった。

 このレースまでに重ねた日々は、決して無駄ではない。

 

 教え子のウマ娘がレースを走る。そして、練習の成果を見せてくれる。

 トレーナーとして、こんなに嬉しい事はない。

 不安と、緊張と、喜びの連続だ。

 

 トレーニングを共にした担当のウマ娘が、初めて目の前でレースを走るこの感覚。

 

 髪とウマ耳を、長い尻尾をたなびかせながら、懸命に芝を走る姿をこの目で観れるこの感動は――決して忘れたくないものだ。

 

 だが、まだ中盤戦。未だ気を抜くことの出来ない中にある。

 

 ウマ娘たちは、向こう正面に突入する。

 

 

 選抜レースは、中盤の直線に差し掛かろうとしていた。

 

 

 

 




 鋼の意志。
 最初期最大の謎スキル。実装時の条件では、ほぼ発動しない。
 発動する時は前が壁で絶望。金スキルというSPの重み。集中力があるハッピーミークにはまず不要。しかもハッピーミークこそ鋼の意志を何故か覚えてない。新装版のURAシナリオでついにスーパーハッピーミークが鋼の意志を搭載している事に感動を覚えた、気持ちを忘れたくないと思います。
(鋼のスキルの発動条件は改訂版です) 
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