ロストプロローグ   作:夢泉

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先生!空から女の子が!


 私は込月(こみつき) 京治(きょうじ)

 27歳独身、彼女募集中。

 今年の春から、この語部(かたりべ)高校に赴任してきた教師であり、2年2組の担任を任されている。

 高校生と言えば、進路などで重要な選択を迫られるもの。勉強や部活で思い悩む子や、思春期特有の複雑な悩みを抱く子もいる。家庭や友達関係といった人間関係の問題を抱える子も少なくはない。

 そんな生徒たちが安心して相談できる教師であろうと、新参者の自分が信用してもらえるように精一杯頑張ってきたつもりだ。

 その甲斐あって、赴任から2か月経った今では、そこそこ馴染むことが出来た。自惚れではなく、生徒たちと良好な関係を築けている。

 順調だ。すごく順調だ。その筈なのだ。

 ただ、溜息は尋常ではなく増えた。

 また、最近は胃薬を持ち歩くべきかと本気で考え始めている。

 それというのも、受け持つクラスの生徒の中に、超ド級の問題児がいるからに他ならない。しかも2人。

 

「込月先生!」

「どうした、走屋(はしりや)

物巻(ものまき)さんが屋上から飛び降りようとしています!」

「はああああ!?」

 

 自慢の足の速さを遺憾なく発揮して職員室に飛び込んできた走屋(はしりや) (かける)が伝えてきたのは、思考する時間すら惜しい大問題である。

 一目散に職員室を飛び出し、屋上に向かう。

 

「ちなみに理由は!」

()()()()()()!」

「やっぱりか!」

「今は皆で必死に止めてます!」

「そうか!間に合ってくれよ…!」

 

 走屋から情報を集めつつ、全速力で階段を駆け上がる。

 

 物巻(ものまき) 結乃(ゆの)。俺の最近の頭痛の種の片割れ…というか全ての元凶だ。

 物巻と、彼女に巻き込まれる物部(ものべ) (はじめ)。もっぱら「ものものコンビ」だの「ものもの夫婦」などと生徒たちに呼ばれている問題児コンビである。

 

 

◆◆◆

 

 

「一応、弁明を聞こうか、物巻?何故あんなことを?」

()()()()()()()()()()()()()()!「空から女の子が降ってくる」シチュを再現してみようと思いました!」

 

 私の問いに胸を張って堂々と、一切悪びれることも無く答える赤髪の少女。

 彼女こそが物巻 結乃。「学園最恐」「№1危険人物」の称号を冠する問題児。

 何とか飛び降りを未遂で止めて事情を聴取すれば、彼女から返って来た答えはこれである。

 

「お約束の意味不明な回答を有難う。先生は泣きそうだよ」

 

 この少女の奇行は今に始まった事ではない。

 どうも物巻は、この世界が「物語の中」だと心の底から信じているようなのだ。何かのきっかけ(彼女曰く「プロローグ」)さえあれば壮大なファンタジーが始まると本気で思っている。

 そして、その「プロローグ」を探して突拍子もない事をしでかす。

 例えば、ある時は「人外が召喚される」という状況を再現するために、校庭に白線で巨大な魔法陣を書き上げた。

 例えば、ある時は「車に引かれそうな動物や人を救う」という状況を再現するべく、道路脇にテントを張って歩行者を監視しながら一泊した。なお、そのために学校は休んだ。

 

「先生。今回、俺は悪くありませんよね?結乃のことを止めようとしていましたし。一緒に叱られる理由が分かりません」

 

 そして、もう1人の問題児。「ものものコンビ」の片割れ物部 始。学園No.2危険人物は彼だ。

 上述の全ては物巻と物部が2人で引き起こした騒動である。

 そう、テント外泊ズル休み事件も2人で、だ。()()()()()()()()()()()()()()()()一緒にいたのである!風紀どうなっとるんじゃい!

 一応、「そういう」関係ではなく、本気で通行人を見守っていたのは事実なようなのだが…。だとしても、大問題であることは変わらない。

 

「他の生徒にも事情聴取したから知っているぞ、物部。お前は「ヒモ無しは流石に危険だから、落下に耐えられる丈夫なヒモを見つけてくるまで待ってろ」と言ったそうだな。これのどこが飛び降りを止めている?」

「あ、やっぱり駄目でしたか…」

「駄目に決まっているだろうが!実行されていれば間違いなく大怪我!一歩間違えば死んでいたかもしれないんだぞ!自分たちの命を何だと思っているんだ!」

 

 放課後だったから授業の遅れこそ無かったが、そういう問題ではない。

 関係各所への説明やら謝罪やら私は大変だが、そういう事でもない。

 私が苦労するのは一向に構わない。生徒の面倒を見るのが教師の役目だ。ただ、物巻が自分の命を軽く扱うような行動をしたことが認められない。それだけなのだ。

 

「すみません…」

「すみませんでした…」

 

 2人も今回ばかりは強く反省したようであったが、念入りに厳重に説教を重ねた。

 そのため、説教が終わった時には、既に夕方である。

 

「今日はこの位にしといてやるが、今回のようなことは絶対にするなよ」

「はい…」

「はい…」

「よろしい。もう遅い時間だ、私が車で送っていくから少し待て」

「え、そんな悪いです」

「暗い中を帰らせて何かあった方が困るんだよ。それに、今回のことを親御さんに説明せにゃならんだろうが」

 

 コイツらの家は近所だ。大した手間ではない。

 文句のつけようのない問題児ではあるが、私の可愛い生徒であることは変らないのだ。

 まぁ、もっとも。

 

「…それは無駄だと思いますけど。それでも、ありがとうございます」

 

 …悔しいが、物巻の言う通りではある。

 彼女の家庭事情はかなり複雑で、親は彼女に全く構わない。生活に必要な支えだけ為されて独り暮らし状態だ。今回の飛び降り未遂さえも深刻に受け取ろうとはしないだろう。

 日々、何とか彼女の家庭環境を改善できないかと頭を悩ませている。だが、一教師に出来ることには限りがあるし、第一彼女自身が現状を変えることを望んでいなかったりもする。

 それでも、諦める理由にはならないが。

 そして、物部に至っては、幼少期に両親を含め多くの肉親を失っている。複雑な過程を経て、血の繋がりの無い専門家が彼の未成年後見人を務めている現状だ。

 

「だとしても、だ。どんな理由があろうと、担任が親御さんに説明しに行くって形が重要なんだよ。大人の事情ってやつだな。付き合ってくれると助かる」

 

 どれだけ複雑だろうと、匙を投げる理由にはならない。私の生徒のためならば、私は私にできることを全力でするさ。時代には合っていないかもしれないけどな。

 

 

◇◇◇

 

 

 先生と別れた後、部屋でゴロゴロしていると結乃から電話がかかってきた。

 当然、今日のことについての話である。

 

「結乃、流石に今回のはやり過ぎだろ。先生の言ってたこと、全部が超正論だったぞ」

 

 今回は彼女が唐突に「空から女の子が降ってくる」状況を再現すると言って飛び降りようとするものだから凄く焦った。

 俺一人では彼女の暴走を止めることは不可能なため、騒ぎを聞きつけて誰かが来るまでの時間稼ぎをする必要があった。だからこその「ヒモを持ってくるから待ってろ」発言である。

 …突然の事態に焦って冷静な思考では無かったのも事実だが、ちゃんと俺なりの考えはあったのだ。

 

『ま、そうよね。今回ばかりは私も焦り過ぎてた自覚はある。反省してるわ』

「それなら良いけどさ…」

 

 昨今は飛び降り防止なんかで屋上には鍵がかかっているのだが、なぜか今日に限って開いていた。

 彼女は定期的に屋上への扉の鍵が締まっているかを確認していたことを思い出す。屋上の見回りや業者による点検があった日、または部活動で使用された日…などの前後に確認していたな。

 どんな意味があるのかと不思議に思っていたが、全ては「屋上から飛び降りる」「女の子が空から降ってくる」というシチュエーションを再現するためだったらしい。

 今日はついに待ちに待った鍵の閉め忘れを発見し、機会を逃してなるものかと突発的に飛び降りようとしたようだ。

 

「前も言ったけど、命が危ないことは協力しかねるぞ」

『分かったわよ』

 

 前の「車に引かれそうな人・動物を助けよう作戦」の時も彼女には同じような事を言った。

 あの時は助ける要因を俺が担当することで手を打ったんだったか。

 結局、一日中観察しても、危ない状況なんて1度も起きなかった。まぁ、誰も傷つかなかった訳で、それ以上に嬉しいことは無いのだが。

 

『…それでも。それでも、(はじめ)は私の言うことを信じてくれるんでしょ?』

「それも前に言った通りだよ。俺はお前が満足するまで付き合うさ」

 

 彼女の「この世界が物語だ」という発言を信じている人間は残念ながらいない。彼女自身と俺以外は。

 彼女の主張には根拠が何も無いし、荒唐無稽も甚だしいので仕方が無い事ではあるのだが。

 それでも、だ。

 「親友」が真剣な目で、真剣な声で、「信じてくれ」って言った。なら、信じるさ。それがどんなに荒唐無稽でも、馬鹿らしくても、根拠なんて無くても。彼女自身が納得のいく答えを見つけるまで俺は付き合う。

 だって、彼女の主張が真実だった場合。それを家族にも友達にも誰にも信じてもらえないなんて辛すぎるではないか。

 せめて、親友として俺くらいは信じてやるべきだろ。

 何かの勘違いだったら笑い話にすれば良いだけのことだしな。

 

「だけど、流石に暫くは大人しくするんだろ?」

『えぇ。大人しめのプロローグ探しにするわ』

 

 えぇ…。

 全く懲りてないじゃないか、コイツ。

 

「次は何をするつもりなんだ…?」

『そうね…。とりあえず、始。貴方は明日、歌屋敷(うたやしき)さんに告白しなさい』

「はぁ?」

 

 恐る恐る問いかければ、意味不明な答えが返ってきた。

 歌屋敷(うたやしき) 音色(ねいろ)。俺と結乃と同じクラスの女子生徒。学生生活の傍ら、人気アイドルグループ『Story』の一員としても活躍している。メンバー内でも一番と噂される程に歌がうまく、彼女個人が歌番組に出演していることも少なくない。

 そんな正真正銘の人気者だが、学業も疎かにしないと公言しており、それはファン・世間向けのパフォーマンスではない。忙しい中でも学校に通い、勉学にも手を抜かないのである。

 これは人気が出て当然だわな。

 俺も彼女の歌は大好きだ。彼女がまだまだ無名で、個人で歌を歌っていた時期から応援している古参ファンだったりする。

 ただ、それは恋愛的な感情かと言われると違う。彼女の歌声は心の底から素晴らしいものだと思うが、それだけだ。世間で言われるような、美少女云々とかスタイル云々とかに魅力は感じない。

 個人的に友人というわけでも無いしな。

 そんな彼女に告白するとなると、完全な「嘘告白」になるのだが…。

 

『主人公が告白して振られるって展開から始まる物語も多いのよ。今回はそれを再現するわ』

「振られることは前提なんだな…」

『当たり前じゃない。まかり間違って告白了承、普通のラブラブカップル生活なんて始まったら目も当てられないわ。そんなの、壮大なファンタジーから一番遠い所にあるもの』

「だから、歌屋敷さんなのか」

『えぇ、アイドルという仕事に誇りを持っている彼女なら、万が一にも特定の異性と恋人関係になることは無いわ』

 

 成程。やっと彼女の計画に理解が追いついた。

 一般男子生徒である俺が学園のアイドルに告白して玉砕する…というシチュエーションを彼女はご所望なわけで。

 「アイドル」であることに確かな信念を持つ歌屋敷さんならば、絶対に告白了承するわけがないと判断したわけか。

 確かに、学園内の噂を聞く限りでも、告白は悉く「アイドルだから」という理由で断っているらしいしな。計画自体に致命的な問題は無さそうだ。

 ただ、問題があるとすれば…。

 

「それはそうだな。ただ、嘘の告白でも断られたらダメージはあるんだぜ?」

 

 1ファンとして応援している女の子に告白して振られるというのは、ちょっと俺の精神的ダメージが大きいという点くらいか。

 

『なによ、嫌なの?』

「…いや、やるよ。今回みたいに過激な手段に出られる方が心臓に悪いし」

 

 まぁ、しかし。

 俺の心がダメージを受けることを除けば、これが普段と比べて大人しい計画であることは間違いない。

 ここで断って過激な手段に出られるよりは、何倍もマシだろう。

 

『そ。なら明日ね。おやすみ!』

「あぁ、おやすm…」

『…あ、明日までに彼女を呼び出すラブレター書いときなさいよ!』

 

 は??

 え?言うだけ言って切りやがったぞ、アイツ。

 ラブレターなんか書いたこと無いんだが…?

 今日は宿題無いって喜んでいたのに、過去最大級に難しい宿題が突き付けられてしまった。

 はぁ、頑張るか…。

 

 

◆◆◆

 

 

歩田(かちた)警部。また例の事件が発生したようです」

「またか!?また同じ手口なのか!?」

「はい。鑑識の話では、まるで魔法のようだ、と…」

「馬鹿馬鹿しい!そんなファンタジーな話があってたまるか!絶対に何か仕掛けがあるはずだ!とりあえず現場に向かうぞ!ついて来い、秀永(ひでなが)ァ!」

「はいっ!」

 

 世界はプロローグを喪ったまま、着実に進み始めていた。




キャラクター紹介

★物巻 結乃 ものまき ゆの 
語部高校2年2組
・基本情報
赤い髪の美少女。ただし貧乳。苗字の「物巻」になぞらえて「巻物体型」「スクロール体型」などと言われることも。
海外の血が混じっているらしく、見た目だけなら引く手あまたの美少女。とはいえ、奇怪な言動をするので告白とかはされない。「残念美人」「口を開かなければマドンナ」。
世界を「物語の中」だと信じて疑わず、なにかのきっかけ(=プロローグ)さえあれば壮大なファンタジーが始まると考えている。そのため、日夜ハジメを連れまわして突拍子もない事をしている。


★物部 始 ものべ はじめ 
語部高校2年2組
・基本情報
巻き込まれ体質系主人公。
結乃とコンビで「ものものコンビ」「ものもの夫婦」などと呼ばれる。日夜、結乃の思い付きに付き合って突拍子もない事をしている。そのため、彼自身はとても真面目な性格なのだが、教師陣からは要注意人物に認定されてしまっている。
誰も信じていない結乃の言葉を唯一信じているのは、「親友」だから。
・過去
肉親を全て失った過去がある。トラウマが深いのか過去の記憶は曖昧。しかし、「失った」ことや深い悲しみは覚えており、自分の「大切なモノ」を守るためならどんなことでもするようになった。友達のために命が掛けられる。
過去の辛い時期を救ってくれたのは、「とある歌」と「今の親友」だった。

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