【完結】大人になった君が見たいから   作:食卓塩少佐

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track10 夏場の彩子の乳裏は汗で滝ができている

『お兄ちゃん、起きてる?』

 

 ──始まった。今日も同じ夢。

 結局夕飯の時もあまり渚と顔を合わせて会話ができなかったし、渚も俺の異変を感じてか、あまり積極的に話しかけこなかったしで気まずかった。

 亘利から教えてもらった“夢の中で自由に動けるおまじない”とやらも、やり方はちゃんと覚えた。早速試してみようか! 

 

 おまじないのやり方は簡単で、夢の中で目の前にいる人間の誕生日を、その年齢分唱える事。

 口に出さなくても心の中で言えば問題無いらしく、お手軽だが確実に自分以外の人間が夢に出てくる事と、誕生日を唱えられるだけの意識が夢の中で確保されてる事が必須条件になる。

 

 普通ならなんの役にも立たないおまじないでも、俺の悩みの種になってるこの中途半端な明晰夢は、おまじないの条件を満たすのにバッチリだ。

 

 夢の俺がいつものように、相手が死神である事も知らずに呑気に部屋へ招き、渚と瓜二つの死神が笑顔で入室。

 ハッキリと夢の中に渚が登場したのを視認した瞬間、さっそくおまじないを実行した。

 心の中で、ひたすら渚の誕生日を年齢分まで唱える。

 誤って一回多く言いそうになったのを何とか堪えて、言い終えた俺は早速自分の意思で動こうと、まずは椅子から立ちあがろうとし──、

 

 ──何も、出来なかった。

 

 体は相変わらず主導権を持たず、夢の俺のなすがまま。

 まぁ……そんな物か。

 藁はしょせん藁。下がっても一緒に沈むだけなのは当然の話。

 アテにしたのがそもそもの間違いだけど、アテにしたくなるほどアテがなかったってだけさ。

 

 自分でも拍子抜けするほどアッサリと事実を受け入れた俺は、もうそれ以上何かしようとは思わず、いつものやり取りを見続けるばかりになった。

 そうなって今日も、またあの八宝菜が振る舞われ、素直に綾瀬の方が美味しいと答える俺の前に、包丁が突き刺されようとしている。

 両手で握った包丁を、高く高く振り上げて、今にも突き刺そうとする渚に、もはや恐怖すら心から枯れていた俺は、怖がる代わりに思った。

 

「本当──あと何回こうやってお前に、理不尽に殺されるんだろうな」

 

 ──ん? あれ? いま、俺口に出して言わなかったか? 

 

 自分の意思でものを発する機会がすっかり無かったから、しゃべってから数秒は自覚してなかったが、間違いなく今の言葉は耳朶を通して聴いた声。

 まさか、おまじないが今になって効いたとか? だとしたら遅効性過ぎる、もう手遅れだろこんなの! 

 本当におまじないが効果のあるものだった、という驚きは万策尽きた現状に、アッサリと上書きされた。本当にあと数秒──八宝菜の味を答えるときに効いてれば話は別だったのになあ! 

 ほら、こんなくだらない嘆きをしているうちに、渚は今にも俺にトドメを──

 

「……本当に、そうだよね」

「はぇ……?」

「こんな、酷い事……何回も、何回も……。したくないのに、嫌なのに……」

「え、え……? ちょっと、お前?」

「こんな夢ばかり見るから、お兄ちゃんにも避けられる様になったんだ」

 

 今まで聞いたことの言葉を、震えた声でぽつりぽつりと話す渚。

 それはさっきまで見せた狂気を孕んだモノとはかけ離れた、理性ある人間の苦悩する声だ。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい、お兄ちゃん」

「い、一体どうし──」

「私なんかが、妹で──ごめんなさい」

 

 私──夢の渚は一人称が“アタシ”なのに、今私って言った? 

 まさか、お前は──、

 

「──渚なのか?」

 

 ごく当たり前の、しかし大きな意味を持つ問い掛けをした俺に──渚は何も答えず、涙を浮かべた瞳でにこりと微笑み。

 

「っ、待て!」

 

 手に持っていた包丁を、迷いなく自分の喉に突き刺した。

 

「渚、だめだ!!!!」

 

 伸ばした手は届かず。切先は寸分の迷いも見せずに、渚の綺麗な喉をぷつりと刺し貫き──

 

「うわああああああ!!!!」

 

 大声と共に、夢は異例極まりない終わり方を迎えた。

 

「──はぁ、はぁ……はぁ、嘘だろ」

 

 目が覚めた。

 覚めてしまった。あんな最悪の終わり方で。

 普段以上に汗が体を濡らし、大声をあげた喉は痛みを主張し、夢の中で渚を止めようと伸ばした腕はただ虚しく、現実の天井に手のひらを向けただけだった。

 

 いつもと違うのは、夢の内容だけじゃ無い。

 普段は真っ暗な部屋の中で目が覚めるのに対して、今俺の部屋にはカーテンの隙間から朝の光が差し込んでいる。

 

「時間は──マジかよ!!」

 

 時計を見たら、もう今すぐ出ないと遅刻が確定する時刻だった。

 夢の事があまりにも頭を引きずるが、それ以上に現実が俺を後ろから急かしてくる。

 

「やばいやばいやばい、渚も起こしてくれないってマジ?」

 

 普段なら俺より早く起きて、朝寝坊しそうなのを防いでくれる渚──最近は夢のせいで早起きだったためその機会もなかったが──も寝ているんだろうか? とにかく着替えてすぐ出る用意しないと! 

 

 倍速以上に服を着替えた俺は、一度リビングに降りて誰もいないのを確認してから、再度二階に上がった。

 そして、俺と同じく盛大な寝坊をしている渚の部屋の前に立つと、まだ緊張しつつもドアをノックする。

 

「渚……起きてるか?」

 

 図らずもあの夢でいつも渚が始めに話す言葉を、逆の立場で言う事になった。

 ドアの向こうの渚は返事をしないが、わずかに物音が聞こえた。

 

「渚、もう家出ないとやばい、朝ごはんは途中のコンビニでおにぎりでも買うことにして、早く出よう」

 

 ドア越しではあるが、ここ数週間で一番ハキハキと渚に声をかけた。

 割りかし大きい声で話したので、渚にもちゃんと聞こえただろう。

 目が覚めれば、状況のヤバさに気づいた渚の慌てふためく反応が来ると思ったのだが、

 

『……ごめんなさい、今日体調が良くないの。休むね』

 

 返ってきた言葉は、あまりにも弱々しいものだった。

 

「体調が悪いって……じゃあ病院行こうか、一緒に行くよ」

『いいの、大丈夫だから……心配かけてごめんね、私なんかに……本当に大丈夫、お兄ちゃんも気にしないで学校行ってきて』

「──っ」

 

 ここまで弱々しい事をいう渚は珍しい。

 さっきの夢の事もあって、大丈夫と言われても心配が募るばかりだ。

 だけど──。

 

「……分かった。なるべく早く帰るから、安静にするんだよ」

 

 今の渚に、真正面から向き合う気力が、俺には無かった。

 やんわりと、しかし初めて明確に、俺を拒絶する渚に──夢の渚とまだどうしても重ねてしまう俺に、このドアを開けて直接声を掛ける勇気は無い。

 結局、俺は渚が休む事を学校に伝え、その後普通に遅刻した。

 

 

 

「──はぁ……」

 

 授業も頭に入らず、気が滅入ってるからか、飯も食う気にならず、かと言って誰かと話す気も失せており、俺は昼休みになった途端に外へ出て、校庭の隅っこにある体育倉庫の裏に、隠れるように佇む。

 

 たかが夢、渚が体調崩してる、それだけの話。

 なのにそれらの点が、どれも繋がってるように感じてしまって、だからつまり……最後夢の中で俺に謝った渚は、そのまま今日部屋で寝ている渚なんじゃないかって。

 俺が何度も何度も夢の中で渚に殺された様に、渚も実は夢の中で何度も俺を刺し殺したんじゃないかって。

 

 そう、考えてしまう。

 

 そんな事あり得ないと、常識に準えて一蹴するのは簡単だ。

 でも、もし本当にそうだとしたら。俺は殺されるだけだが、渚は本当はやりたくない事を繰り返してる事になる。

 そんな中、俺のおまじないが理由かはともかく、自由に動ける様になったら……俺が渚の立場でも、自殺を選ぶだろう。

 

 だとしたら、やっぱ俺は無理矢理でも渚にちゃんと声をかけるべきだったんじゃ……嫌でも、もし渚が同じだとして、それはつまりあの子の中に俺への殺意があるってことにならないか? なんて思ってしまったり……。

 

 ああああぁ、もう、考えがまとまらない! 

 

「何やってるんだよ、何したいのさ俺は……」

 

 頭をかきむしり、乱れた思考を誤魔化すように、誰にでもなく吐き出した言葉。

 

「本当に何してるんですか、あなたは」

 

 それを、横から拾う奴が居た。

 

「!?」

 

 振り向くと、いつの間にか横に亘利が居た。

 俺のいる体育倉庫の裏は、木が茂った場所だからそこそこ落ち葉もあって、誰か来れば足音で分かるハズなのに、何一つ物音立たずに、コイツは居た。まるで、急に現れたみたいに。

 

「ずいぶんとやつれてるじゃないか。昨日おまじないは試したのかい?」

 

 最初の変な口調から一転、いつもの口調に戻した亘利の問いに、俺は落ち着いてから答えた。

 

「……試したよ、遅効性だけど、本当に自由になった」

「それで、どうして今の君は受験に落ちた事を知ってから2時間後の学生みたいなんだい?」

「例えがよく分からねえよ」

 

 相変わらずな亘利のペースに、今はある意味救われる。

 俺はそんな空気感に飲まれてか、何の躊躇いもなく、今日の夢について話した。

 

 全てを静かに聞いてから、亘利は考えをまとめるように左の人差し指でこめかみをトントン叩いてから、最後にこう言った。

 

「うん、成る程。解決策は一つしかない」

「……あるのか、こんな事に解決策なんて」

「抱け」

「──は?」

「──抱け」

「!?」

 

 お、男の子っていつもそうだよな! 

 兄妹愛を何だと思ってるんだお前はタココラ!! 

 

「何を勘違いしてるか知らないけど、僕は純粋な意味で抱きしめろと言ってるんだ」

「はぇ……?」

 

 まぐわいしろって事じゃない? 

 

「はぁ……馬鹿かお前は」

 

 容赦ない過去一辛辣な言葉だった。

 

「良いかい、君は今、悪夢に悩まされていて、その中に出てくる渚ちゃんと現実の渚ちゃんを重ねてしまってる」

「……あぁ、そうだな」

「で、渚ちゃんは僕から見てもすごく気の回る良い子だ。そして兄である君の事がとんでもなく大好き。愛してるレベルでね」

「…………」

「そんな渚ちゃんは今、君から理由も分からずこの数週間ずっと避けられている。何とかしたいけどどうにもならない。そしたら年頃の女の子のメンタルにどんな事が起こるか、想像できるかい?」

「──あぁ、うん、そうだな……凄く、哀しくなる」

「哀しくなるし、不安になる。自分が悪いんだって思い込んじゃうかもしれない、そしたらもう、思春期の女の子にとってはトラウマになるよ?」

 

 言われて背筋が凍ってきた。

 亘利の言葉は逐一その通りだ。

 俺は、自分の事ばかりが気になってしまって、渚にどんな仕打ちをしてきたかをまるで自覚してなかったんだ。

 

 夢の事なんて関係無い、今日の夢で最後泣きながら自殺したのがどっちの渚か、なんてオカルトじみた事が理由なんかじゃなくて、現実の俺の行動が渚を悲しませていたんだ。

 

「抱け、ていうのはそういう意味だよー。誰が近親相姦しろなんて言うかよ馬鹿」

「ははは、何も言えん」

「気にしなくても、彼女はあなたを殺そうとなんて絶対に思わない。本当に良い子でしょう。それにあなたも、夢の野々原さんが見せた最悪な言動とは無縁の、お兄ちゃんSSRだ。私が保証します」

「そうかよ……ありがとう」

 

 励ましの言葉を背に、俺は今から何をすべきか決めた。

 亘利のアドバイス100%採用だ、抱きしめて不安を吹っ飛ばしに行く! 

 

「早速お前の言う通りにしてくるわ、悪いけど先生に伝えといてくれ、渚の看病行くとか理由は任せる」

「ん、了解!」

「助かる。……あぁでもそうだ」

 

 走り去る前に、気になった事を一つだけ。

 

「一人称や口調、俺の前で変えたって印象は変わらねえぞ。そう言うのは女の子の前でやれよな!」

「……」

 

 言われた亘利は、一瞬目をぱちくりさせてから。

 

「大丈夫だよ」

 

 いまいち要領の得ない答えを返したのだった。

 

「……? まぁいいや、取り敢えず行ってくる!」

 

 そう言って、亘利に背を向けて校舎に向かった。

 

「──元々、私の口調はこっちが素ですから」

 教室に戻り、荷物をまとめ、爆速で家に帰った俺。

 帰宅するまでの道を走りつつ、俺の脳裏に浮かんだ不安は一つ。

 夢の渚みたいに、早まった事をしちゃいないかって事。

 万が一にも無いと思いつつ、玄関のドアを開けて、リビングに着いた俺が見たのは──。

 

「──え! お、お兄ちゃん!? どうして、学校は!?」

 

 パジャマ姿で、気だるげにソファに座ってご飯を食べてる妹の姿だった。

 

「あの、体調良くなったからお腹すいて……私部屋に戻るね」

 

 慌てて食器を持ちながら部屋まで逃げ帰ろうとする渚。

 

「待って」

 

 そんな渚を繋ぎ止める様に、俺は食器を持つ渚の手を掴む。

 

「取り敢えず、食器置いて」

「う、うん……」

 

 言う通りに食器をすぐそばにあるソファ前のテーブルに置いた渚。

 逃げ出そうにも目の前に俺がいるから、それもできない。

 手持ち無沙汰そうにしながら、どうすればいいか困惑している。

 

 そんな渚を。

 

「渚、少し汗臭いかもしれないけど、我慢して」

「ぇ? 我慢って何を──っ!?!??!?」

 

 正面からギュッッと抱きしめた。

 驚きのあまり、抵抗らしい抵抗も見せない渚だったが、抱きしめた体から心臓の鼓動は伝わってくる。驚いてるよなそりゃ。

 

「悪いけど、少しだけ、俺の話聞いてくれ」

 

 有無を言わせない状況の中、俺はここ暫く自分を悩ませていた全てを告白する。

 

「俺、この数週間ずっと、同じ夢ばかり見てたんだ」

 

 ビクッ、と渚の体が反応する。

 

「怖い夢でさ。と言っても自業自得な部分も多々あって、同情の余地があまり無いんだけど……とにかく、その怖い夢にはお前と良く似た女の子も出てくるんだ」

「…………うん」

「本当にその子容赦なくてさ。ウソは犬みたいな嗅覚で見抜くし、力も強いし、気迫もヤバい。そんな子に毎夜毎夜怖い目見るから……だから、最低だけど、現実の渚を見るのが怖くなってたんだ」

「……お兄ちゃん、それは」

「いいから。黙って聞いててくれ」

 

 何かを言いそうになる渚を制して、俺は言葉を続ける。

 

「だけど、亘利が怒ってくれてね。ようやく気づいたんだ、俺が物凄く身勝手極まりない理由で、渚を傷つけてたんだって」

「……」

「今こうなってさ、無理矢理だけど抱きしめて、理解したよ。夢に出てくる渚っぽい子と、君は違う。ぜーんぜん違った!」

「……本当?」

「ああ、本当だ」

「怖くない? おかしくない? 私……お兄ちゃんに酷いことするかもしれないって、思わない?」

「目の前の君は、優しくて、可愛くて、ちょっと流されそうな所もあるけど、暖かい良い子だ。俺の自慢の、俺なんかにはちょっともったいないくらいの妹だよ」

「お兄ちゃん……っ!」

 

 渚の腕が、俺の背に回る。

 抱きしめ合う形なった俺達。

 今日まで俺を雁字搦めにしていた緊張や不安が、溶けていく。

 そしてそれは、俺に避けられてると言う不安を抱いていた渚も同じだったらしい。

 

 やがて、自然と互いに体を離すと、ひさしぶりに真っ直ぐ見る渚の顔はゆでダコよりも真っ赤になっていた。

 それを指摘したら、どうやら俺もだったらしく、2人して大笑いした。

 

 ──後日、この日から本当にずっと未来の話だけど、打ち明けてもらった事がある。

 俺が見たのと同じ内容の夢を、実は渚も見ていたと。

 しかも俺よりずっと昔から、殺される俺ではなく殺す渚の立場で、何年も何年も何年も、俺を殺したのだと言う。

 

 だから、俺が怖い夢を見たと言って、自分を怖がる目で見た時、夢と現実の自分の違いが分からなくなり掛けていた、と。

 もしあの日以降も俺が渚との距離を取り続けていたら、渚は夢の中の渚と同一化していたかもしれない。

 本当にギリギリのところで渚を繋ぎ止めたんだと、知った。

 

 俺が渚に夢の話を打ち明けて以降、渚が俺を殺す夢はめっきり見なくなったと言う。

 結局、俺も渚も、何であんな夢を見ていたのか、理由は分からない。

 あれが本当に夢なのか、別の世界で起きた出来事なのか、答えが見つかる事もないのだろうけど。

 幸か不幸か、偶然か必然か、俺と渚の絆は前より少しだけ、硬くなったと、俺は思う。

 

 何にせよ、俺も渚に殺されるなんて目に遭うのはもう二度とごめんだ。

 こんな良い子が、相手が誰で理由が何であろうと、人殺しになってほしくはない。

 いつか……いつか、俺のそばから離れていく日が来るのだろうけど。

 大人になった君が見たいから、明日も俺は、()の隣に、居たいと願う。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「──とまぁ、こんな感じで渚とは関係修復出来たよ、ホントありがとうなあの時は」

「めでたしめでたしー、僕も君らが仲悪いとまた家でゲーム出来なくなるから、助かったよ」

「理由が最低だな!」

 

 渚と和解した後日。お昼休みで食堂に向かう途中の道を、いつもながら亘利と歩く。

 

「しっかし、こうして人とのつながりを取り戻すと、やっぱ安心感が強まるねえ」

「何で俺と渚の関係修復でお前が安心するんだよ」

「友人の人間関係は気になるものじゃないか」

「んだよそれ」

 

 相変わらずな調子の亘利だったが、確かに言う事は正しい。

 繋がりが途絶えかけた関係は、繋ぎ止めようとするのは至難の業で、逆に切り捨てようとする時はアッサリと進む。

 それでもなお、繋ぎ止めようと心が動くのは、それだけ相手の事を失いたくないからであるか、または──、

 

「──ん?」

「お、どうしたんだい……っておお、彼女か」

 

 視界に映ったある人物に、思考が一時中断される。

 俺の視線の先が誰かを察した亘利も、その人物を見て俺とは別の理由で思考停止な発言をした。

 

「深淵の巨乳、麗しの美女──黒髪ロングに巨乳、しかも御御足照らす黒タイツ……やっぱ君もああいうのが好きかい? 僕は大好き!」

「……っ」

「ああでも、彼女性格が暗いのかマイペースなのか、普段から誰かと一緒にいる場面見ないねぇ。今も1人で食堂向かってるし、そういうのがよりミステリアス? 近寄り難い花? 的なのはあるよね」

 

 なんか色々喚いてる隣のバカの言葉を聞き流しつつ、俺は中断してた思考を再開させる。

 

 人が関係を繋ぎ止めようとする、もう一つの理由。

 至ってシンプル──なんか気にかかるから。

 それも──昔よく一緒に過ごした、“元”幼なじみなら、尚更。

 

「──亘利、悪いけど今日のランチは1人で食べてくれ」

「僕はあの子が夏になったら絶対谷間に汗──はぁ!? 急に何故ダイ??」

「もう1人、人間関係を修復したい相手が居たからさ」

「はい? 誰だそれ──っておい!」

 

 パッと駆け出し、距離を詰めていき、その子の肩をトントンと叩く。

 

「──はい?」

 

 胡乱気な声色でゆっくりとこちらに振り向くその子は、俺を視界に収めた途端、パッと目を大きくした。

 その驚いた顔が、ずいぶん昔に見た頃と変わらなくて──ちょっとの安心しつつ、俺は久しぶりに声を掛ける。

 

 

「あの、さ……急なお誘いで変かもだけど……」

 

 流石に昔みたいな口調じゃあ、無理だけど。

 ちょっとだけ、勇気を出して誘ってみよう。

 

「今から一緒に、お昼とかどうでしょう? ……朽梨さん」

 

 

 

 ⇒終わり!

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