【完結】大人になった君が見たいから   作:食卓塩少佐

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track2 渚は気圧に弱いのか気になる日々

「うわ、またこの夢だ」

 

 飽きるほど見てきた明晰夢の中で、俺は誰に言うでもなく言葉を漏らした。

 ここ最近、毎日……と言うわけではないが、結構な頻度で見るので、もはや明晰夢を見ている新鮮さや驚きは風化している。

 

 場所は誰かの家の一室。

 ベッドや勉強机があること、細かな品々を見るに、ここが俺と同年代の男子高校生が暮らす部屋なのか予想できる。

 夢の中で目を覚ますと毎回必ず、この部屋から始まる。ゲームの初期リスポーン位置みたいなものかな。

 

「さて、今回はどうかな……ダメかあ」

 

 部屋から出てみようとドアノブを回してみるが、反対側から強烈な力でも掛かってるみたいに、びくともしない。

 とは言えこれも想定内で、何なら既に何度も試した事のある行為だ。

 

「ちゃんと着替えろって事ね、はいはい」

 

 今俺の格好は就寝時に着る寝巻き。初めてこの明晰夢を見た時は閉じ込められたのかと少々パニクったが、クローゼットにある服に着替える事で、部屋から出る事が可能だと分かってからはそれも無くなった。

 

 まるでゲームのチュートリアルみたいな夢だよ。

 しかも、この明晰夢の本当に奇妙なのはここからだ。

 クローゼットを開いて、丁寧に畳まれた服を手に取る。今回俺が着替えるのは──制服だった。

 

「うぁ……マジか」

 

 服を着替えて部屋を出る事から本格的に始まるこの夢、実は何の服に着替えるかでその後の展開が大きく変わる。

 

「……はぁ、嫌なんだよなぁ、これ」

 

 この後に起こる出来事を知り尽くしてる身としては、もうこのまま部屋から出たくないのだが……これも夢ゆえの強制力か、自分の意志とは裏腹に体は勝手に制服に袖を通す。

 これもゲームの強制イベントみたいで、明晰夢なのに自由度が無さすぎる事への不満が募るばかりだ。

 

 そうして、遂に着替えが完了した俺は、そのまま流れるようにドアまで向かい、先程とは打って変わってゆるゆるなドアノブを回して次の段階に進むわけだが──。

 

「毎回、この感じだけは慣れない」

 

 部屋から一歩外を出た瞬間。視界は廊下ではなくソファやテレビのある空間を映し出す。

 恐らくこの家のリビングにあたる場所に、一瞬でワープしたのだけど、こう言うことが毎回起こる。

 今回はまだ同じ建物の中だからマシだが、これが知らない学校の教室だったりする事もあって、どうせそこにワープするなら最初からそこで夢がスタートして欲しい。

 

「それで、この後は……」

 

 言ってるそばからパタパタという足音が聞こえて、リビングの扉から音の主人が姿を見せる。

 

「ごめんね遅くなって! 今から夕ご飯の準備するから!」

 

 知らない学校の制服を着た、頭に大きくて目立つヘアリボンを付けたポニーテールの女子が、慌てて入ってきたと思ったらいそいそと夕ご飯の用意をし始める。

 

「今日はね、八宝菜にしようと思ってるの。中華好きでしょ?」

 

 俺はとりわけ好きってわけでもないが、どうやらこの子が話しかけている相手はそうらしい。

 実はこの子がリビングに入ってきた辺りから段々と、夢の中で俺が自由に行動する事が全くできなくなっているから、もはや何も確かめる事ができないんだ。

 さっき着替えた時と同じように、俺の意思とは関係なく体は動き、口は思ってもない言葉を何かしら発声する。一人称視点のドラマを見ているみたい、といえば状況が伝わるだろうか。

 

 そう言うわけだから、俺は彼女が誰なのか全く分からない。

 雰囲気から察するに、お互いはとても近しい距離感なんだろう。しかし夢の曖昧さが原因か、俺の口から発せられる言葉や彼女が話す言葉が、ちゃんと聞き取れない。

 

 だけど、ひとつだけ凄くハッキリ理解できるモノがある。

 それは、俺の意思と無関係に会話をしてるこの2人が、とても幸せそうだって事だ。

 まるで──ではなく、やはり恋人同士なんだろうな。無理やり見せられてる様なものなのに、毎回俺の胸中を埋めるのは、同じ感情。

 

 即ち──、

 

 

「彼女、欲しいなあ」

「ふぅん、欲しいんだ」

 

 ──!!!!!!!!!!??!? 

 

 耳元で優しく──しかし冷たく──囁かれた言葉に、意識が急激な覚醒を迎える。

 

「え、あれ、え、ん?」

 

 夢から覚めたのは分かるけど、今の声何? 今まであんな声耳元で聞こえた事ないのに、何が起き──、

 

「おはよう、お兄ちゃん。朝だよ」

「…………」

 

 ベッドの側でこちらを見ながら、笑顔で佇む妹がいた。

 

「やあ……えと、おはよう渚、もう朝か」

「うん、朝だね。お兄ちゃん」

「起こしに来てくれたんだよな、ありがとう。じゃあ着替えるから、部屋を」

「どんな夢見てたの?」

「……」

 

 厄介な寝言を聞かれちゃいました。

 頭の片隅で、昨日同じことを熱弁して俺に冷たくあしらわれた友人の、煽る顔が浮かぶ。イマジナリーのくせに生意気な。

 

「俺じゃないけど、恋人同士が会話してる夢を見たんだ、俺じゃないけど」

 

 “俺じゃない”、ここ重要。

 あくまでも俺が誰かと恋人同士って内容じゃないのを強調しつつ話を進める。

 

「どんな会話だったの?」

「それがさ、よく分からないんだよな。途中までは明晰夢みたいに意識ハッキリしてるのに、会話始まると何言ってるか曖昧にしか聞こえなくなるの」

「……でもそれで彼女欲しくなったんだ、寝言に出すくらいに」

「まぁなぁ……終始幸せそうに会話してたし、俺もああいうの出来たらいいなぁってつい思って」

「そしたら朝も恋人に起こしてもらえるもんね」

「そうそう──っあ」

 

 やっべ……つい会話の流れでいらん事言ってしまった。

 ていうか、こりゃ誘導尋問だろ。姑息すぎる。

 

「ふぅん、そっかぁ、お兄ちゃん本当は恋人に起こしてもらいたかったんだ」

「いやいや、別にそういう意味で言ったんじゃ無いぞ渚。俺は端的な事実として、恋人に起こされる朝ってのは素敵なものだと言っただけでだな」

「別に、何でもいいけど──こう来て毎朝妹に起こされる様じゃ、お兄ちゃんに彼女ができる日なんてまだまだ先だと思うな!」

 

 一際高い声でそう言って、渚はタタタタっと部屋を出て行った。

 

「──つぅ、朝からやらかしたなぁ」

 

 全く、思春期真っ盛り、しかもブラコンの妹を持つと会話の単語選びすら容易じゃ無いのだから、兄は大変だ。

 

 共感してくれる人がいないから、尚更な。

 

 

 

 ⇒続く?

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