「一人称のブレについて、君はどう思う」
「どうと、言われましても……」
水泳部の練習が終わり、クタクタな体で帰る途中。亘利が神妙な面持ちでそんな事を聞いてきた。
一人称ってアレか、“俺”とか“私”とかの総称か。
「何だってそんな事を」
「僕はね、常々思うんだ。人間の印象は一人称によって大きく変わる。と」
「見た目じゃね」
「それはもう大前提として」
「あぁなるほど」
つまり、見た目のハードルを越えてからの話だと。
「例えば、新しいクラスになって隣の席の人に話しかけるだろう? その時に相手の一人称がアタシ、だったらどんな印象持つ?」
「まぁ……女子に話しかけてるんだな、としか」
「それが相手も歴とした男子だとすれば?」
「ん……巷で言うLGBTに当てはまる人かなって思う。ちょっと面食らうけど」
「じゃあ次に、一見普通の女子が“小生”と言ってたら?」
「その前に何だそのショウセイって、そんな一人称あるの?」
「ん〜“教養”」
「ウザっ」
すかさず調べて見たところ、確かに小生という一人称は存在した。
いやわざわざ一人称調べなきゃ出会わないってこんな言葉。
「確かに小生なんて自称してたら驚くけど、これ男性が自分を低く言う時の言い方じゃん。男子から言われても驚くよ」
「そう。まさにその通り。それを伝えたかった」
「……良くわからん」
「人は見た目で大まかに相手がどんな人間かを判断する。そこに大きな刺激を与えるのが一人称。つまり、一人称の使い方で人は後天的に幾らでも印象を変える事が可能と言えるんです!」
「あー……なるほど」
ようやくコイツの言いたい事が分かってきたぞ。
「さてはお前、この前の合コンで爆死だったから、改めて学校の女の子にモテようと画策してるな」
「もう少しオブラートに包む事はできないのか君は!?」
知らねえ。オブラートなんてどこで売ってるんだ。見たこともねえよ。
「あのな、これだけはハッキリ言っておく。お前がこれからどんな一人称に変えても、絶対モテない。むしろドン引きされる」
「容赦を……もう少し言葉に手心をくださいよ……」
「こちとら部活帰りで疲れてるのにアホな話聞かされてるんだ、そんな気回せるか」
本当もう、どうしてコイツは素直に行動を改めるって事をしないのか。
モテたいならある程度の我を抑えることも大事だろうに。装ってるうちは、本当の自分を愛してもらった事にはならないとでも思ってんのかな。
だとすりゃ、思い違いもいいとこだ。こっちだって相手の素の姿を愛せてるか分からないのに。
まぁ? そんな事を脳内でだらだら考えてる俺も彼女居ないから、あまり偉そうに言える立場でも無し。人の事より自分の事だよなあ。
「──みたいな話を、さっき亘利としてさあ」
ところ変わって自宅。先ほどの会話を夕食のネタにしつつ、渚が作ってくれたご飯をモリモリ食べる俺。
「相変わらずだね、亘利さん」
「変わらず過ぎだよ。アイツ俺と違って目鼻立ち良いんだから、もう少し品行方正にすりゃ絶対彼女できるのに、馬鹿だよな」
「……私は、お兄ちゃんもカッコいいと思うけど」
「渚……ありがとうなぁ。そんなふうに言ってくれるの渚だけだよ、家族でも嬉しい」
問題は家族以外の女の子に言われない事なんですがね。
「……」
「あれ、渚どうした? 箸が止まってるぞ」
「──え、あ、ううん。何でもない……ちょっと疲れちゃったのかな」
こちらをじっと見ながら手が止まっていたので声を掛けると、ハッとしたように一瞬アタフタしたが、スグにいつも通りに戻った。
そうだよなぁ、渚だって学校帰りなのにご飯任せちゃってるし、疲れも出るか。こういう所に気が回らないからモテないのかもな。
「いつもありがとうな、渚」
「きゅ、急にどうしたの?」
「うん、やっぱこうして渚に色々助けられてる間は彼女なんて出来ねえよなぁって思って」
前に“妹に朝起こされるうちは彼女なんて無理”と言われたし。
まずは渚離れが必要かも。
「俺、頑張って渚に頼らなくても生きていけるように頑張るからさ、少しずつ」
「ま、待ってお兄ちゃん。なんでそんな事言い出すの?」
「まずは料理だよなぁ、将来一人暮らしするにしても自炊は必須スキルだろ。渚の作る料理いつも美味しいから俺も覚えたいな」
一朝一夕で覚えられる物じゃないだろうけど、それでも上手な人がそばにいるかの違いは大きい。俺も料理覚えれば渚にかかる負担は減るし、そうすればもっと渚も自分のために時間を使えるようになるはずだ。
あとは細かい部屋の片付けもだよな。流石に自分の部屋は自分でやるし、風呂やトイレは交代で洗ってるけど、明らかに俺がやるより渚の掃除後が綺麗だし。同じ洗剤使ってるのに何が違うのか。
他にも渚から教わっておきたい事が無いかを模索していると、渚が問いかけてきた。
「お兄ちゃんは……私から離れたいの?」
「え、まさかそんなわけ」
「じゃあどうしてさっきから、そんな事言うの?」
「そんな事って、料理覚えたいなぁって事?」
「私が居なくても良いようになりたいって、そういう事でしょ?」
「……ん」
あぁ、こりゃヤバいか。
言い方が不味かったかもしれない。確実に意図してない方向に解釈されてる。
「私と一緒に居たくないから、早く料理覚えて一人暮らしして、彼女が欲しいって事なんでしょ?」
顔が暗い──というか、泣き散らす寸前ってところまで行ってる。いよいよ不味い!
「違う違う違う、マジで違う! 彼女欲しいって気持ちはあるけど、渚から離れたいなんて死んでも嫌だね!」
こればっかりは絶対解かなきゃいけない誤解なので、語勢を強めて主張していく。
「そりゃ俺だって将来は絶対渚と離れて独り立ちしなきゃいけない日が来るけど、今は渚と一緒に居たいよ。たった2人だけの家族なんだから、誰かに離れろって言われたって離れるもんか!」
「……ほんとう?」
「本当。嘘じゃない。それに彼女欲しいって言っててもさ」
「うん?」
「渚みたいに可愛くて家事全般完璧で、優しい子が近くに居たら比べちゃって、簡単にできそうにないよ」
「……もう、そうやってすぐおだてるんだから」
「本音だよ」
そう言った頭を撫でると、抵抗せずに受け入れる渚。
良かったです……こんな些細な切っ掛けで兄妹喧嘩とか絶対嫌だからな。
ましてや渚は俺にとって残った家族。これから先別々に暮らす日が来たとしても、絶対に離別なんてしたくない。
シスコンとか、ブラコンとかとは別の問題だ。
「ねぇ、お兄ちゃん……もし、そんなに恋人が欲しかったら……その」
「ん?」
「──うぅん、何でもない」
頭を撫でられながら、何かを言いかけた渚の耳は真っ赤だ。
何でもないとは言うが絶対何かあるだろ。気になるな……あ、もしかしたら。
「渚、俺に女の子紹介とかしてくれるのか?」
「──は?」
「え──?」
ギロリ、とコチラを睨む愛妹の眼。
ああやべ、また地雷踏んだかも。
「──お兄ちゃんのば」
この日、俺は鼓膜を失った。
⇒続く?