【完結】大人になった君が見たいから   作:食卓塩少佐

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少し長くなってしまいました。すみません
ここまで読み続けてくれてる方、よければ私の別のヤンデレCDSSや、他の作者様の作品も見てみてください。


track7 彩子に蛆虫とキスする覚悟は無いと思う

「ん……またこの夢か」

 

 例によって、部分的明晰夢のお時間である。

 クローゼットにある服に着替えて、ドアを開いた先にある空間で、名前も知らない女の子と聞き取れない会話を行い、散々恋人のやり取りを見せつけられたまま目を覚ます。

 抗う術のない強制的なイベント。毎回場所や相手は違うけど、一番出てくるのはヘアリボンをした女の子で、次は長髪の物静かな女の子。

 どちらも俺が通う学校とは違う制服を着ていて、現実では一度も出会った事のない人ばかり。……厳密には、物静かな方の女の子は少し似た子を知っているが、さっきも言った通り服装が違うので、あの子とその子は同一人物では無い。

 

「今日の服は……ん? あれ?」

 

 クローゼットを開けると、そこには何も無かった。

 何も無いってつまり、今の寝巻きから着替えるなって話? 

 今までそんなパターンあったか? いや、無いな。初めてのケースだ。

 

「ドアは……開かない」

 

 これも初めての出来事。

 え、じゃあ俺今回部屋から出られないじゃん。どうなるんだよ。

 焦るほどじゃ無かったが、未知なる出来事に人はいつもある程度の動揺は見せるもの。平々凡々な俺は当然、この後何が起こるのかに考えを巡らせながら、自分の勉強机の前にある椅子へと腰掛けた……は? 

 

 腰掛けたのは、俺の意思じゃ無い。

 俺の意志と無関係に、体がそう動いた。

 普段と同じパターンだ、クローゼットを開けるまでは自由だが、その後は体が勝手に着替えて、部屋を出ていく。

 強制的な行動が今回の場合、椅子に座る事だった。

 じゃあつまり、この後に誰か来るなぁ。そしてその相手と俺──て言うより、この体の持ち主が会話を始めるのを、見せつけられる。

 

 なんだ、動揺したのが馬鹿みたい。結局いつもと同じパターンだ。

 あっでも、この部屋に来るって事はいつ見るヘアリボンの子じゃなく、家族の可能性があるな。

 そうなると、初めて恋人以外の会話する場面を見る事に。

 イチャ付きよりは遥かにマシかもな。相変わらず意味不明な夢だけど。

 

 そう思いつつ、俺は訪問者を今か今かと待ち続け──遂に、ドアの向こうからノックがした。

 さぁ、誰だ? 今までと違う見た目の子だろうけど──、

 

『お兄ちゃん、起きてる?』

 

 ──ッ!? 

 

 今までになくクリアに聴こえた声。それが誰のものであるかを、俺の脳みそはすぐに判別して見せた。

 そんな馬鹿な、嘘だろ!? 現実でもした事ない程の驚愕に包まれる俺の意思なぞお構いなしに、体の主は答える。

 

『──、──』

 

 ちょ、ちょ……はぁ!? 

 驚きは留まらない。相手の声がちゃんと聴こえたのと同じく、今回はこの体の主の声も、今までにない程ハッキリと聴こえたからだ。

 入室を促す簡単な一言だけどそれが他でもない、この俺! 

 自分の声とまんま同じだからもうダブル驚きって奴になる。

 

 そして──、

 

『ごめんね、こんな時間に』

 

 ──申し訳なさそうな顔と声色で入ってきた相手は、他ならぬ妹の、渚だった。

 

 え。じゃあ待って。

 つまり、今まで俺は全く知らない男女の会話を聴かされてると思ってたのに、実際は俺と女の子の会話だったって事なのか? 

 そんな馬鹿な! いくら夢だからって全くであった事のない女の子の夢を何度も見るような事あるワケないだろ。

 でも、今回出会った事があるどころかいつも一緒に生活してる渚がこうして夢に出てるって事は、やっぱ今までの夢に出てきた女の子も、『俺』と会話してたって事になるのか? 

 

 そんな取っ散らかった俺の事なんて当然意にも介さず、夢の野々原兄妹の会話は進む。

 どうも、外せない用事があったからと言う理由で、夕飯を作れなかったことを渚は謝りに来たらしい。その用事とやらもついさっきまで続いてたからか、寝巻のままな『俺』と違って、渚は何度も言ってるヘアリボンの子と同じ制服の姿だった。

 

 現実の渚と俺の関係と同じように、夢の2人も良好な関係らしい。

 お弁当の味付けを変えてみたが美味しかったか聞く渚に、満面の笑みで美味しかったと答える『俺』。今までは夢の会話が聴きとれなかった分、普段の俺達も端から見ればこんな風に見えるのかなって思うほど、朗らかな会話に胸が暖かくなる。

 

 そんな時間だったが、渚か取り出したある物をキッカケに、場の空気が変わっていった。

 

「このハンカチ、お兄ちゃんのじゃ無いよね? 誰の?」

 

 可愛らしいデザインをした、確かに俺が使いそうに無い柄のハンカチ。

 何故か一部が切り取られてる様にも見えるが、別に気にする様なことでも無い気がするけども。

 

『────』

 

 “俺”は渚の見せたハンカチが確かに自分のものでは無い事を認める。

 すると渚は、すぐにそれが“綾瀬”と言う女の子の物であると言い当てた。

 聞いてから自分で答えるまでの間があんまりにも無かったから、じゃあ聞くなよって思ってしまう。しかも判別できた理由がまた凄い。

 

『匂いでわかるもん』

 

 犬かっ! 

 よほど特徴的な匂いか、いつも決まった芳香剤を使用してるっのかもしれないが、サラリと凄い事を言い出す夢の渚に、だんだんと違和感が芽生えていく。

 

 どうやらハンカチ自体は、“俺”が体育の授業で怪我をした際に、くだんの“綾瀬”って子から借りたらしい。怪我をした事に驚く渚だったが、大した事じゃ無いと分かってすぐに安心する様子を見せた。

 ちょっと大袈裟気味に心配する所は、現実の渚と同じで、さっきの違和感も鳴りを潜め──だと思ったが。

 

『最近お兄ちゃん、帰りが遅いよね?』

 

 この問いかけから、また不穏な空気が流れ始める。

 

 “俺”は帰りが遅い事に対して、最近図書室で勉強してから帰ってる事を説明する。

 確かに、俺が今まで見てきた夢の中でも図書室で勉強するパターンがあった。例に漏れず、勉強もしてるがアオハルな会話の方が多かったけど。

 それに対して、渚は不機嫌さを隠さずに言った。

 

『あぁ知ってる──でもあの人って大人しいってより暗いよね。あんな人と話してたら、お兄ちゃんまで暗い性格になっちゃうよ』

 

 普段の渚からはあまり想像し難い発言で、思わず眉をしかめる。──もっとも、心の中でだが。

 わざわざ他人を明確に馬鹿にする様な事を、いつもの渚は言わない。いくら夢の中だからって、自分の妹がそんな事言う姿を見るのは嫌な気持ちになる。

 

『────』

 

 “俺”はと言うと、普段と違う雰囲気の渚に気付いてるのか居ないのか、あまり真剣に話を聞くんじゃなく、図書室で勉強してる女の子を軽く擁護する旨の発言をするだけ。

 本当ならここで彼女がいつもと違う事を指摘して、何故そんな事を言うのか尋ねるべきなんだ。少なくとも俺ならそうする。相手は年頃──まぁ俺も大人から見たらそうだけど、とにかく俺以上に思春期で不安定なんだ。雑な扱いはマイナスにしか作用しない。

 そして次の瞬間、俺の懸念が形となって現れる。

 

『お兄ちゃん、昔はアタシの話ちゃんと聞いてくれてたのに、最近はあまり聞いてくれないよね……それに、アタシとも遊んでくれなくなったし、学校に行くのも綾瀬さんと一緒に行こうって言うし』

 

 近頃の“俺”が渚をぞんざいに扱っている事に対して、明確に文句を言い出し、直後──、

 

『あんな人、どうせお兄ちゃんの事何も分かって無いんだから!』

 

 今まで俺が見た事も無い喧騒で怒鳴りながら、近くに立て掛けてあった俺の掃除機を蹴っ飛ばした。

 夢の“俺”も流石にこれには驚いたのか、ようやく渚の様子が変だと気づくが、もう、遅い。

 暴力的に豹変した渚は、ここから立て続けに“俺”を攻め立て始める。

 

 こちらのペースなんてお構いなしに唐突に『今日夜ご飯どうしたのか』と尋ねてくる渚に、“俺”は外食したと答える。そりゃ俺と同じく料理スキルが乏しいなら、渚のいない夜は外で食べる他ないだろう。

 けど、その後に『1人で食べたのか』という質問が続いたら、“俺”はやや間を空けてから『そうだ』と答えた。

 嘘だ。渚の圧に多少やられてるとしても、余りにも露骨に言い淀んでる。絶対にコイツ1人で食べて無い! 

 

『ふぅん、1人で食べに行ったんだ』

 

 そう言って渚はこちらに近づき、椅子に座ったままの“俺”の胸元に顔を近づけ、すんすんと匂いを嗅ぐ。

 

『やっぱりあの女の匂いがする……』

 

 ぽつり、と呟く渚にだからお前は犬かよ! とツッコミを入れたくなったが、

 

『お兄ちゃんの嘘つき!』

 

 再び怒鳴りつつ、“俺”を椅子から突き落とした渚に、もうそれどころじゃ無くなった。

 

 この渚が匂いで分かる相手と言えば、綾瀬って子だ。

 案の定、椅子から突き落とされた“俺”は慌てて本当は綾瀬と食べた事を白状する。

 馬鹿じゃないのか。仮に今の渚に女の子とご飯を食べた事を伝えるのが怖いとしたって、嘘をつくことの方が遥かにリスクの高い行動じゃないか。先生が生活指導する時と同じだよ、もう向こうはこっちの事全部把握してるんだ、これは質問してるんじゃない、自白を待ってるんだ。

 

 だと言うのに、“俺”はさっきからずっと、後手後手の悪手ばかり選んで、渚の怒りを煽っている。

 当然、渚の怒りは──怒りと言うにはあまりにも理不尽なのは違いないが──止まらない。

 

『へぇ……手料理食べさせてもらったの? それは良かったねぇ!』

 

 そう言いつつ、渚は“俺”を蹴る。

 純粋な怒りしか込められてない、本気の蹴りだ。

 

 流されやすい性格なのは分かっていたが、自分が恋心を抱いてる事をいつか必ず分かってくれると信じてたから、今まで“俺”が綾瀬さんや図書室の女の子達と一緒に居ても我慢してたと、想いを吐露する渚。

 この世界の渚は、兄に対して正真正銘の恋愛感情を抱いて、それを全く気づかない“俺”が、とうとう渚の我慢の限界を越えさせてしまったと言うワケだ。

 先ほどから話してた通り、近頃渚に構う時間が露骨に減った事も理由にあるだろうが、本当に問題なのは今この“俺”が見せている嘘をついて誤魔化そうとする言動じゃないか? 

 

 怒りのおさまらない渚は続けて言い放つ。

 

『アタシに隠れて浮気ってどういう事!? 信じられない!』

 

 う、浮気!? 

 付き合ってすらいないのに!?? 

 前言少し撤回! 兄妹揃って少しおかしいわこの2人! 

 “俺”もそうだが渚もどうかしてるよ、幾ら何でも付き合ってないうちから結ばれるの前提で浮気認定? 

 

 状況を理解しようと頑張ってた俺の思考もここで限界に達しそうだったが、またも渚は爆弾発言をする。

 

『お兄ちゃんに擦り寄ってくる意地汚い女どもは、皆もう居ないのよ?』

 

 “俺”に近づく女達を、全員殺したと、渚は話した。笑いながら。

 信じられない、というか信じたくない。たとえどんな理由があっても、渚が殺人を犯すなんて。

 夢の始まりに話してた『用事』とは、恋敵を殺し回る事だった。

 

 何の罪悪感も持たず、むしろ当然のことだとばかりに話す渚。

 狂ってる、恋愛感情がどうすればそうなるんだとばかりに。

 そして、“お兄ちゃんのそばに居るのは自分だけで良い、それが一番幸せ”そう信じて疑わない渚を、“俺”は拒絶する。

 当然それは渚の怒りを助長させるばかりだけど、もはやそれを非難する気も起きない。

 自分が否定される事を微塵も疑わなかった渚は、そんな兄に最大の怒りをぶつける。

 

 ──その後に起こった事は、もう筆舌に尽くし難い物ばかり。

 

 自分を拒絶するのは、綾瀬の料理を食べて汚染されてるからだと、カルト宗教の毒電波でも浴びた謎理論を展開して、渚は“俺”を監禁し始めた。

 初めは抵抗するが、渚は容赦なく暴力と怒号で抑えつけて更には両足を“使い物にならなく”した。

 その過程も見させられた俺は、もはや早くこの夢が終わってくれる事を願うしか無い。

 

 そして、その願いは散々焦らされた後にようやく叶う。

 とても1人じゃ食べきれない量のご飯を持ってきた渚は、包丁をチラつかせながら綾瀬の料理の栄養を上書きしようと、無理やりご飯を食べさせる。

 それらを泣きながら食べる“俺”に、最後渚が食べさせたのは、綾瀬って子が得意にして、“俺”も大好きだという八宝菜。

 それを食べた後、綾瀬の作った物とどっちが美味しいか怒らないから答えて欲しいと問われた“俺”は──あぁ、もう本当に救われない真性の馬鹿だな。素直に綾瀬だと答える。

 

 こんな狂いも狂った渚の発言を何故信じられる。

 案の定、渚は静かにキレて、チラつかせていた包丁を握り直す。

 自分が失言をしたと理解した馬鹿は、無駄だと知りながら逃げようとするが、無理だよな。

 

『ずっと一緒にいようね……お兄ちゃぁぁぁん!』

 

 そう叫びながら、馬鹿の心臓に包丁を突き刺して──、

 

 

「──はぁ……はぁ……」

 

 やっと、夢が終わった。

 いや、向こうで死んだから、見る夢が無くなったのか。

 時計を見ると深夜の2時。全身は隈なく冷や汗まみれで、まるで高熱を出した時みたいに手足が震えている。

 

 つい、包丁を刺された部分に手を添えてしまう。当然夢は夢なので、刺された後なんてどこにも無い。

 しばらくそうしてから、ようやっと、心が落ち着いた。

 

「最後の質問、どっち答えても絶対殺しに来ただろ……」

 

 素直に答えた夢の俺を馬鹿だと思ったが、前の段階で嘘ついた事を暴力付きで咎められてるから、まぁ仕方ないと思うしかない。

 それにしたって酷い夢だって。

 よりによって、渚に殺されるなんて。

 

「……汗気持ち悪、着替えて寝よう」

 

 絞れば滴るくらいダラダラの寝巻きを着替えてから、俺は改めて就寝するのだった。

 あんな夢を見た意味を、必死に考えない様にしながら。

 

 

 ⇒続く?

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