ようこそ悪霊と逝く楽しい学校生活 作:ふにふら
綾小路視点
あれから放課後。
平田は朝の呼び掛け通り、教壇に立ち黒板を使って今後の対策会議の準備を進めていた。流石の人望と言うべきか、クラスの殆どは参加するようだった。参加しないのはオレと堀北、須藤を含めて男女数名ずつといったところか。ハジメが参加しないのは意外なような、そうでもないような……急に一限をサボったハジメは、外せない用事があると謝りながら、授業が終わったら急いで教室から消えていった。
「……オレも帰るか」
いつの間にか、会議に不参加を表明した連中は軒並み姿を消していた。本格的に話し合いが始まる前にオレも退散しようと思う。
「頼むよ博士〜このゲーム機20000ポイントで買ってくれよ〜〜!ポイント無くてなんも買えないんだよ〜」
「実はあたしさ、ポイント使いすぎてマジ金欠なんだよね。今クラスの女子からポイント貸して貰ってるんだけど、櫛田さんにも助けて貰いたいかなって。ほら、あたしたち友達じゃん?2000ポイントだけでいいからさ」
今クラスでは、ポイントを使い切った生徒が金策に走っている。山内は外村にゲーム機を売りつけようとしてるし、軽井沢はクラスの女子にポイントを貸してほしいと声をかけまくっている。
……いや軽井沢は貸してほしいと言っているが、あれは間違いなく返ってこない。いくら櫛田が優しいとはいえ流石にーー
「うん、いいよっ」
いや、いいんかい!と思わず心の中で突っ込んだ。
「さんきゅ〜櫛田さん。やっぱり持つべきものは友達だよね。じゃあこれあたしの番号。よろしく〜。あ、井の頭さん、実は私ポイント使いすぎちゃってさ〜」
次のターゲットを見つけて去っていく軽井沢。
「櫛田、いいのか?あれは多分返ってこないぞ」
そんな光景を見てつい声を掛けてしまった。
「綾小路くん……でも、困ってる友達がいたら放っておけないよ」
……天使か?
「あ、でもポイントってどうやって渡せるのかな?」
「軽井沢から番号書いた紙を貰っただろ?学校から支給された携帯にその番号を打ち込めば、指定したポイントを振り込める筈だ」
オレたちは学内でしか使えない携帯を支給されていた。学園の敷地内では通常のスマホなどは圏外になり使えない。そのかわり支給された携帯で通話やメールができるし、自分のポイントを確認したり、ポイントの受け渡しができるようになっていた。
「そうなんだ。学校側は生徒の間で困ってる人を助けられるよう、配慮してくれてるんだねっ」
……確かに、このシステムで今回軽井沢は助かったことだろう。だが生徒間でポイントの送金、譲渡ができるシステムはトラブルの原因にはならないだろうか?
『一年Dクラスの綾小路くん。担任の茶柱先生がお呼びです。職員室に来てください』
効果音の後、無機質に感じる案内が教室に響いた。
「先生からの呼び出しだね」
「ああ、ちょっと行ってくる」
正直呼び出される心当たりは無いのだが。
クラスメイトの視線を少し居心地悪く感じながら、職員室に向かった。
「失礼します」
職員室に着き扉を開けながら声を掛けた。
「来たか、綾小路」
探そうとする前に、ヒールの音を響かせながら近寄って声を掛けてくる茶柱先生。
……待ち構えていたように感じるんだが。
「ここじゃあなんだ。生徒指導室に行くぞ」
そう言って歩き出そうとした茶柱先生。
「あれ、サエちゃん?」
だが職員室を出ようとした所で、廊下側からやってきた女性に声を掛けられた。
「……星乃宮」
穏やかな雰囲気の小柄な先生だった。セミロングで軽くウェーブのかかった髪型のいかにも今時の大人って感じの女性だ。
「どこ行くの?その子が今放送してた綾小路くん?」
「お前には関係ないだろう」
「関係なくはないよ。サエちゃんって絶対に個別指導とかしないタイプじゃない?この間の
「…………」
空気が張り詰めていく。
茶柱先生が先導しているためその表情は見えない。星乃宮と呼ばれた先生はニコニコ笑っているが、この空気で笑っているのは逆に怖い。
「もしかしてサエちゃん、下克上でも狙ってる?」
……下克上?
「……過去、Dクラスがそれを成し遂げたことはない」
「そうだね、無理だと思ってた」
でも、と星乃宮先生は続けた。
「最近サエちゃんの雰囲気変わったよね。何か良いことでもあったわけ?その子は関係してるの?」
「……気のせいだ。行くぞ、綾小路」
そう言って歩き始めた茶柱先生だが、その後ろに続くように星乃宮先生が付いてきているのを見て足を止めた。
「これはDクラスの問題だ。お前は付いてくるな」
「でもほら、綾小路くんからの相談ってわけでもないんでしょ?だったら私もアドバイスするよ〜」
そう言って星乃宮先生が無理やり付いて来ようとした時ーー
「星乃宮先生、今お時間よろしいでしょうか?生徒会の事でお話しがあります」
薄ピンク色の髪をした美人の生徒が、オレたちの前に立ち塞がった。
一瞬目が合うが、彼女の視線はすぐに逸らされ星乃宮先生と向き合う。
「ほら、お前にも客だ。さっさといけっ」
パン!と持っていたクリップボードで星乃宮先生のケツが叩かれた。
「痛っ、ちょっとサエちゃん何だか強くない!?」
「気のせい、だっ」
再びケツを叩く良い音がする。
星乃宮先生が悲鳴を挙げているが、茶柱先生に手を止める様子はない。
「じゃ、じゃあ行きましょうか
「あの、元からでは……」
茶柱先生が再びクリップボードを構えると、星乃宮先生は脱兎の如く職員室に逃げて行き、その後を一之瀬と呼ばれた美人の生徒が追っていく。
「……仲良いんですね」
「……ただの腐れ縁だ」
疲れたような溜息を吐いた茶柱先生はそのまま指導室に向かって歩き始め、オレもその後を付いて行く。
それから程なくして指導室が見えてくる。
「そういえば、綾小路は
「はい。友達です」
なんだ急に。
「そうか……まあ、仲良くやるといい」
……よく意図が読めない。今回の呼び出しにハジメが関係してるのか?
それに茶柱先生の態度も気になった。
茶柱先生が今日のホームルームでDクラスに不良品と言い放ったのは記憶に新しい。こちらを嘲笑し冷酷に見下すような態度はクラスに衝撃を与えた。その時ですら淡々とした様子だったが、今は少し様子が違う。
表情に出すまいとしても、声音や仕草から感じ取れるものはある。先程からオレが茶柱先生から微かに感じとれる感情。
落ち着きなく、浮き足立ったような印象があった。
「……少し待たせてしまったな」
茶柱先生はそう呟くと『使用中』の札が掛けられた指導室の扉をノックしてから中に入り、オレもそれに続いていく。
「あれ、清隆?」
半ば予想できたが、ハジメは先に来ていたらしい。
椅子に腰掛けて茶碗のお茶を啜っていたが、こちらを見て不思議そうな顔をしている。
「ハジメも呼ばれたのか?」
「ん、まあそんなとこだけど……先生?」
見ると、茶柱先生は指導室の壁に掛けられた丸時計をチラチラ確認していた。
「ああ、実は堀北が私と話したいと言っていてな。もうすぐ此処に来るんだ」
「……初耳ですし、清隆呼んだのは何でですか」
「すまん、伝える時間がなかった。綾小路のことは後でわかる」
茶柱先生は指導室の中にあるドアを開くと、そこは給湯室になっておりコンロの上にヤカンが置かれていた。
「というわけで、2人でここに入っていてくれ。音は立てないように静かにな」
……何が、というわけなのかさっぱり分からない。
「あの、言ってる意味が全くーー」
「……後でちゃんと説明してもらいますからね」
戸惑うオレをよそに、ハジメは動き始めた。そしてハジメが給湯室に移動するため、仕方なくオレも移動した。
そして2人で中に入ったのを確認してから扉が閉められる。
「…………………」
「…………………」
ハジメと何か話したいところだが、音を立てないよう念を押されたため声が出せない。
と、ハジメがぐっと顔を寄せてきた。
「なんで呼ばれたのか聞いてる?」
ヒソヒソと耳元で囁かれ非常に擽ったい。
とはいえ返事をするため、こちらもハジメの耳元に口を寄せる。
"……ん?"
ふわり、と柑橘系の爽やかな香りがした。これまで気が付かなかったが、ハジメは微かに香水をつけているようだった。
「いや、さっぱりだ」
囁き返すと、ハジメは擽ったそうに身を捩った。
……この光景を見たら鼻血を出す女子も出るのではなかろうか。
ハジメは容姿が整いすぎて中性的に見えることもあるが、歴とした男なので可愛らしい動作は辞めてほしい。ときめく度に首を吊りたくなる。
「でもこれって、要は堀北さんの会話盗み聞きしてなさいってことだよね?なんか心が痛くなってくるのだけれども」
さて、茶柱先生は何故オレを呼び出したのだろうか。ハジメと一緒に、これから堀北との会話を聞かせようとする意味はなんなのか。
そんなことを考えながら囁き合うこと数分後ーー
「失礼します」
程なくして指導室のドアが開く音がした。
「よく来たな堀北。それで、私に話とは何だ」
「率直にお聞きします。何故私がDクラスなのですか?」
……このまま引き下がるつもりはないとは、こういうことか。
「先生はおっしゃいました。この学校では評価の高い者からAクラスに振り分け、Dクラスは落ちこぼれが集まるクラスだと」
「そうだな。確かにそう言った」
「私は学力にはある程度の自信があります。入学試験の問題は殆ど解けたと自負してますし、面接試験でも大きなミスをした記憶はありません。どうしてもDクラスに配属されるとは思えません」
付き合いは一月程だが、堀北は自分が優秀な人間だと思っていることは知っている。そして客観的に見てもそれは自惚れではない。実際に小テストでもクラスで同率3位。ハジメや高円寺といった例外がいなければ1位でも何らおかしくなかった。
「そうだな、確かにお前は学業に於いては優秀だ。本来なら入試の結果など生徒には見せないが、特別に見せてやろう。偶然だが、お前の答案用紙を持って来ていたんだ」
「……私が抗議のために来たことが分かっていたんですか?」
「これでも教師の端くれだからな。生徒の性格はある程度理解してるつもりだ」
ぺらり、と紙を捲る音が聞こえた。
「確かに立派なものだ、堀北鈴音。お前の見立て通り、今年の1年の中では3位の成績だった。2位とも僅差。十分過ぎる成績だよ。面接でも大きな問題点はなかったようだ」
「ありがとうございますーーでは、何故?」
「確かにお前の学力は優れている。だが逆に聞こう。何故学力が優れた者が優秀なクラスに配属されるんだ?我々は一言もそんなことは言ってない」
結構な爆弾発言だな。つまり入学試験って……
「それは……」
「それ以前にお前は疑問に思わなかったのか?Dクラスには、明らかにお前より優秀な生徒が2人いるだろう」
思わず視線をやるが、白目を剥いていたので目を逸らした。
「高円寺六助。入学試験では手を抜いていたようだが、先日の小テストでその学力は理解した筈だな。そして運動でも奴は一般の枠には収まらない」
ある意味、堀北以上にクラスに馴染んでいない人物。唯我独尊という言葉が形になったような男だ。その実力は未知数であり、唯一見せた本気は超高校級の身体能力。
「そして──本太郎。入学試験に於いて歴代初の全教科満点。ついこの間、授業中に世界記録を打ち立てた規格外中の規格外。スペックだけ見れば間違いなく本校の歴史の中でも最高の男だろう」
少し楽しそうな茶柱先生の声を聞きながら、未だ白目を剥いている友人を観察する。
ーーここだけ見るならそんな風には見えないな。というか何があった。
「じゃあ入試ってただのフェイク?……あんなに苦しい思いした俺の努力はいったい……うごごご」
どうやら真剣に取り組んだ入学試験が、クラス分けに一切反映されていなかったことにショックを受けているらしい。確かに納得というか、真剣に受験に取り組んだ学生は怒っていいと思う。
「益々納得できません」
「だろうな。ただ、私から言えるのはお前たちはなるべくしてDクラスに配属されたということだ」
では、目の前にいるオレにとっての初めての友人。本太郎にもその優れた長所を打ち消すだけの欠点があるということになる。そして平田や櫛田といった優等生たちもそれは同様だ。今のところ全く想像ができない。
……堀北の場合は分かりやすい気がするが。
「それにお前は自分がDクラスに配属されたことに不満を持っているようだが、低いレベルのクラスに割り振られて喜ぶ変わり者もいる」
それは、壁越しにこちらに話しかけているようでもあった。
「理解できませんし、
「ま、気持ちは分かるがな。クラス替えの結果はもう覆らない。仮に上に掛け合っても同じことだ」
ぎし、と椅子に座り直すような音が聞こえた。
「それに悲観することはない。今後の評価によってクラスは上下する。卒業までにAクラスに上がれる可能性は充分にある」
「あのポイント差を見てそう思われますか?」
Dクラスは茶柱先生曰く歴代最低の0ポイント。
他クラスはCクラス490、Bクラス650。
Aクラスに至っては940とその差は圧倒的だ。現時点ではCクラスに上がることすら難しく感じる。
「ああ。勿論簡単とは言わないが可能だろう」
何故なら、と一拍置いて
「私が
沈黙が落ちる。
「どういうことですか」
「あいつは、クラスポイント増減の仕組みやクラス分けの法則に入学初日の段階で気がつき、2日目に私に質問に来た」
ハジメは先生に学校の仕組みについて質問しにいくと言っていたし、それはオレも堀北も聞いていた。
そしてハジメは「先生は何も教えてくれなかった」と言った。
「あいつの予想は全て当たっていた。私は何も答えなかったが、確信があったのだろう。情報をクラスに公開するつもりだと言っていたよ」
だが、と続く。
「私がそれに待ったを掛けた。自分達で気がつかなければ意味がない、成長に繋がらない……とな」
「……何を言ってるか理解してらっしゃいますか」
堀北の声は僅かに震えている。
だが、これが本当なら洒落にならない話だ。つまり教師の一存でクラスの順位が上がる機会を失ったということなのだから。
「だが、あいつはお前との約束があるから嫌だと渋った」
そこで、茶柱先生の声音が変わった。
「堀北、お前は
それまでの淡々とした様子から、何か苛ついたような口調に変わる。
「……それが何か?」
硬い口調で聞き返す堀北だが、そこに僅かに怯えのような感情が混じったように感じる。
茶柱先生と堀北。クラスメイト達が冷淡だと感じていた2人の表情は、今どのように変わっているのだろうか。
「……私は、渋るあいつにこう声を掛けた」
質問をスルーして、話を続ける。
「口外すれば退学にする、と」
ガタッ、大きな音がした。
そしてそれは扉越しの生徒指導室ではなく、すぐ横からした音だ。
「……何の音ですか。そこの部屋ですよね」
「……全く、静かにしてろと言ったろうに……出てこい」
先にハジメがずんずんと音がしそうな勢いで給湯室から出て行く。おれはその後ろからひっそりと付いていく。
「
驚きの声を挙げる堀北。
「ごめん堀北さん。後で説明するね」
そして、茶柱先生を睨むハジメ。
「どういうことですか」
「……何のことだ?」
「分かって言ってますよね」
オレは、たぶん非常に珍しい光景を目にしている。
いつでもクールな雰囲気を崩さないDクラスの担任の目が忙しなく泳いでいる。
「気持ちは嬉しいですけど、駄目です。俺が茶柱先生が嫌われるような嘘を喜ぶと思いますか」
「…………いや」
「じゃあやめてください」
ばっさり切り捨てるように言うと、茶柱先生が項垂れた。
……一体どういう関係なんだ。
「堀北さん。盗み聞きのようなことして、ごめんなさい」
ぺこり、と頭を下げるハジメ。オレも習って頭を下げておいた。
「俺と清隆は先に来てたんだけど、茶柱先生に給湯室で静かにしてるよう言われてジッとしてたんだ」
そう言って、居心地悪そうにしている茶柱先生に目を向ける。
「でも黙って聞いてたら、嘘つき始めたから放っておけなくて」
「だが
「駄目です」
「………………」
再び項垂れる茶柱先生。
ここだけ見てると教師と生徒が逆転してるように見えるんだが……
「……仲良いのね?」
堀北も同じ感想を抱いたのか、呆気に取られたような顔をしながら素直な疑問を溢している。
「というか、これから仲良くなっていきたいが正しいかな……話を戻すけど、さっきの話は嘘があったから訂正させて」
堀北の目を見ながらゆっくりと口を開くハジメ。
「確かに、茶柱先生にクラスに情報を公開しないで欲しいとは言われたよ。でも強制なんてされなかった」
「俺もそれに同意した。今無理やりクラスポイントを残すより、危機感を持った方が良いと思った」
「結果、君との約束を破ってしまった。ごめんなさい」
改めて、深く頭を下げたハジメ。その様子を堀北は静かに見ていた。
ーーそして溜息をつく。
「顔を上げて、
「………………」
「あなたは悪くない」
そう、はっきり言った。
「正直、さっきまで腹を立てていたわ。何故あなたは教えてくれなかったんだって……でも、今回の結果は自業自得よね」
「たぶん私は、あなたから話を聞いてもクラスに働きかけて納得させることは出来なかった。結果はきっと変わらなかった」
「それにあなたは、きちんとヒントをくれていた。なのに私は疑問を放置して、自分で動こうともしなかった」
「自分で得た情報をどうするかは、本人が決めるものよ。本来なら他人が口出しするものではないわ」
「堀北さん……」
正直、意外だった。堀北鈴音という少女は自身の過ちを認め、他人を赦すことのできる人間らしい。
「そう、本来ならね」
…………ん?
「ただ、あなたがどうしても罪悪感が拭えないというのなら、その気持ちを無碍にするつもりもない……とだけ言っておくわ」
「それって……?」
「今はいいわ。それより先生、何故
少し怒ったような声を出す堀北。
まあ個人的な相談をしに来たのに、それをクラスメイト2人に盗み聞きされて、しかもそれが先生の指示とくれば腹の一つや二つは立つだろう。
「……簡単な話だ。Aクラスに上がりたいお前に必要な生徒を紹介してやろうと思ってな」
そのやり取りをつまらなさそうに見ていた茶柱先生だったが、堀北の質問に答えた。
「……
訝しげな視線がこちらに向けられる。
「でも、綾小路くんは?彼には頭脳も身体能力も特筆するものはありません。Aクラスに上がる戦力になるとは思えません」
「そうだな。そろそろ綾小路を呼んだワケを話そうか」
茶柱先生は手元のクリップボードに視線を落とし、ニヤニヤと笑った。
「お前は実に面白い生徒だな、綾小路」
「茶柱、なんて奇特な苗字持った先生ほど面白くないですよ」
「うるさい、これでも気に入ってる。全国の茶柱さんに土下座してみるか?ん?」
いや、たぶん全国見渡しても茶柱なんて苗字はあんたしかいないと思う。
「お前の入試の結果を見た時、私は心底驚いた」
クリップボードから見覚えのある答案用紙が並べられていく。
「国語50点、数学50点、英語50点、理科50点、社会50点。これが何を意味するものか分かるか」
堀北は驚いた様子でテスト用紙を食い入るように見ていく。
ハジメに目をやると、なにやら視線で訴えかけて来た。何々……
『何やってんねん』
『……いや、ちゃうねん』
動揺して思わず関西弁になってしまった。
「入学試験の試験問題に配点は載っていない。にも関わらず全教科50点。記述問題の部分点を合わせて50点だ。ある意味満点を取るのと同じくらい難しいかもな」
「……偶然って怖いっすね」
「まだあるぞ。数学の問5は受験者の正解率3%を切る難問だ。だがお前は間の複雑な証明式も含めて完璧だ。一方、こちらの問10は受験者の正解率が80%を上回る簡単な問題だが間違える。普通に考えておかしいだろ」
「そんなことを言われても……」
三者三様の視線が飛んできて、実に居心地が悪い。
茶柱先生のニヤニヤした視線
堀北の驚きと不信感の混じった視線
ハジメの間抜けを眺めるような視線……って酷くないか友よ。
「ひょっとしたらお前より頭脳明晰かもしれないぞ、堀北」
ぴくり、と反応する堀北。
先生、後が怖いのでそろそろ余計な口出しは辞めて貰えないでしょうか。
「……まあいい。必要な情報は与えたから後はお前たちで好きにしろ。私はこの後職員会議があってな。18時半には終わる予定だがここはもう閉める。さっさと出ろ」
茶柱先生は言いたいことを言って満足したらしい。
オレと堀北は背中を押され廊下に放り出された。
今はハジメの身体をぐいぐい外に押している。
「……なんか重くないかお前」
「気のせいです」
しかしピクリとも動かないらしく、茶柱先生はハジメをまじまじと観察しながら脇腹を突き始めた。
「異常に硬いんだが、何で出来てるんだお前」
「愛と勇気です」
「アホ」
……やはり仲が良いらしい。ハジメはいつも通りに見えるが、明らかに茶柱先生は表情が柔らかい。こんなやり取りをする先生には見えなかったがーー
「じゃあ行こっか……って堀北さんどうしたの?」
見ると堀北が無表情だった。いや、ある意味いつも通りではあるんだが。
「なんのこと」
「いや、何か不機嫌そうに見えるから」
こいつとの付き合いは一か月程だが、分かったことがある。
それは、堀北鈴音という少女は案外わかりやすい性格をしているということだ。
「気のせいよ」
今も明らかに不機嫌なオーラを纏っている。
「じゃあ、さようなら」
止める間もなくスタスタと立ち去ってしまう。
「…………」
「…………」
オレとハジメは無言でそれを見送っていた。
「……ふう」
あの後、図書室に寄ると言っていたハジメと別れたオレは、真っ直ぐ寮に帰りそのままベッドにダイブしていた。
「疲れた……」
それにしても今日は激動の1日だった。
クラス分けの真実、支給されるポイントの仕組み、今後テストで赤点を取った者は即退学という厳しいルールの公開。
1つだけでもショックを受けて然るべき内容が、一遍に発表されたことによるクラスへの影響は計り知れない。明日以降は、これまでの緩い雰囲気の学校生活は送れなくなるかもしれない。
「それにしても、あれは失敗だったな」
元々オレは、この学校に然したる興味はなかった。
なので入試の際、適当に点数を揃える
学校生活が楽しくなってきたことと、やはり目立つことに意味はないと思い始め先日の小テストは点数をズラしたが、茶柱先生はあろう事か入試の結果をオレの知人と友人にバラしてきた。
堀北は明らかに不審に思ったことだろう。ハジメの方は「目立ちたくないなら、もっと上手くやれよ」という視線だった気がするが……うん、返す言葉もない。ただ、教師が生徒のプライバシーを暴露するとは思わないだろ普通。
「
オレにとって初めての友人。
「それでいい──いや、それだけでいい」
そう、自分に言い聞かせるよう呟いた。
(ぽん太郎、ぽん太郎)
"……ん?"
(図書室に来るなんて珍しいですね。何しに来たんですか?)
"いや、本読みにだけど"
清隆や堀北さんを交えることになった面談(?)のような物を終えた俺は図書室に足を運んでいた。
(あれ、でもまだ読んでない本いっぱいありますよね)
一瞬で呪文のようにタイトルが想起され立ち眩みがした。
"悪霊ほんとお前ほんとお前……"
(……あっ!?ごめんなさいぽん太郎!大丈夫ですかっ!)
"今度は声が大きい……"
本棚の間でしゃがみ込んで眩暈が収まるのを待つ。
(あ、あわあわあわ)
"喧しい"
……とはいえ、これは仕方がないのだろう。変なBGMだと思って無視するように努める。
「あの、大丈夫ですか?」
女子の声が聞こえる。どうやら図書室にいた他の生徒が心配して声を掛けてくれているらしい。
「……はい。暫く、したら……治りますから」
「…………」
返事をしたが、声の主は近くを離れる気配がない。
「……失礼しますね」
その声と同時に背中を優しく摩られる……どうやら気分が悪くなったように見える俺を、助けようとしてくれてるらしい。その気持ちは嬉しいんだが……
「心配してくれてありがとう──でも、すぐ治るから」
「……そうですか」
その声と同時に背中から手が離れて──
ぽふ。すりすりすり。
「………………あの、何してますか」
「いえ……何となく、こちらをさすって差し上げたら少しは楽になるかと思いまして」
うん。背中を摩るのは分かるが、頭を撫でるのは聞いたことない。
どうやら、この少しぼんやりした声の女子はかなり天然っぽい。
「それに……なんだか癖になります」
「…………」
ゆっくり目を開け、ついに両手を使ってわしゃわしゃと頭を撫で始めた人物を観察する。
白い髪のロングヘアーと垂れ目でぽやっとした不思議な雰囲気が特徴的な可愛い女の子だった。
一見、そこまで奇抜な女子には見えないんだが……
「あ」
そんな風に観察していると、その子と目が合った。
正面に回り込んで頭を撫でられていたので、かなり顔が近い。
「…………あの」
「…………」
声を掛けると、頭から手を離していそいそと距離を取り始めた。
いや、遅いって。
(なんかこの子可愛いです……)
"……いや否定はせんけど、第一印象それ?"
悪霊は非常に守備範囲が広かった。
「どうですか、楽になりましたか」
少し離れた所からその女の子が話しかけてくる……だが何故か非常に小声で聞こえづらいし、ひょっとして本当に頭を撫でたら楽になったと思ってるのだろうか。確かに楽にはなったが、それたぶん時間経過……
「………………」
だが、おそらく心配してくれたのは確かなのでお礼の言葉は必要だろう。
「あの……」
そう思い、様子を見るように佇むその女の子に声を掛けようと近づくと、すすすーと距離を取られた。
避けられてるのかと思ったが、どうやら着席を勧められているらしい。椅子を引いてここに座れとアピールしている。
(ぽん太郎、ここはご厚意に甘えませんか?)
"……ああ、そうだな"
「ありがとう」
「いえいえ」
近づいてそんなやり取りをし、椅子に腰を下ろす。
ギシリ、と椅子が大きく軋む音がした。
「?」
女の子が不思議そうに首を傾げているが、どうやら俺もまだ本調子とはいかないらしい。
目を瞑って大人しくしておく。
「…………」
少しすると隣の席が引かれる音がして、その後定期的に本の頁が開かれる音もするようになった。
どうやらあの女子が近くで本を読み始めたようだった。
「…………」
「…………」
沈黙が続く中、俺の意識はいつの間にか眠りに落ちていた。
ゆさゆさ
ゆさゆさ
身体が揺すられて目が覚めた。
「おはようございます」
「……うん、おはよう」
時計に目をやると、もう夕方6時になりそうな時間だった。どうやら1時間近く眠っていたらしい。
身体を伸ばしていると、例の女の子が再び声を掛けてきた。
「そろそろ図書室も閉まる時間ですが……体調はいかがですか?」
どうやら気にしてくれてたらしい。
「すっかり良くなった。ありがとね。えーと」
「1年Cクラスの
こちらが言い淀んでいることを察して自己紹介してくれる椎名さん。
「よろしく椎名さん。俺はーー」
「
どうやらこちらのことは知っていたらしい。
「よく知ってるね。他のクラスに友達いないし、大した知名度ないのかと思ってたけど」
「いえ、
友達がいない私でも知ってますから、と胸を張っている。
悲しくなるからやめてほしい。
「私は人の顔と名前を覚えるのは苦手なのですが、あなたは非常に独特なので覚えてました」
……若干誇らしげなのはさておき、この後は用事もあるしそろそろお暇しようと思う。
「今日は心配してくれて本当にありがとう。この後用事もあったから起こしてくれて助かった」
「いえいえ……あ、もし一度寮に戻られるのであれば、一緒に帰りませんか?」
よければお話ししましょう、と誘いを受けた。
友達がいないとのことだが、堀北さんのように独りを好むわけではないらしい。
「……そうだね。寮まででよければ」
「ありがとうございます。少々お待ちくださいね」
椎名さんは既に貸し出し手続きを終えていたのか、積んであった本を鞄にぎゅうぎゅう押し込み始めた。
「……少し欲張りすぎたようです」
「そうだね。パンパンだね」
頑張ればまだ入らなくもなさそうではあるが、椎名さんは本を乱暴に扱うことに抵抗があるらしい。困った顔をしている。
「よかったら、寮までは俺の鞄に入れて持っていこうか」
そう言うと、椎名さんは少し驚いたような顔をした。
「よろしいんですか?」
「うん。今日のお礼……にはちょっと弱いけど、この位はさせて」
「……それではお言葉に甘えまして」
何冊か本が差し出された。
『Yの悲劇』『黒後家蜘蛛の会1』『ミスターメルセデス』
エラリー・クイーンにアイザック・アシモフ。スティーヴン・キングはホラーの方が知名度は高いが、ミステリも間違いなく傑作だ。
「良いチョイスだね」
「分かります?」
「これまで、色々読んできたから」
「そうですかっ」
……なんかとても嬉しそうだ。友達がいないと言ってるし、趣味を語り合うことに飢えているのかもしれない。
「最近は何を読まれましたか?」
「あー、うん。ジャンルはバラバラだけど、最近はコナン・ドイルの『失われた世界』、ジュール・ヴェルヌの『アドリア海の復讐』、アレクサンドル・デュマの『モンテ・クリスト伯』、山田風太郎の『明治バベルの塔』、横溝正史の『鬼火』……まだあるけど、最近はこんな感じかな」
そう答えると、椎名さんは微笑んだ。
「
「…………ん?」
「コナン・ドイルはSFというべき『失われた世界』を書きましたが、それはフランスの作家ジュール・ヴェルヌの影響を受けたからでした。そのヴェルヌが『アドリア海の復讐』を書いたのはアレクサンドル・デュマを尊敬していたからです。そしてデュマの『モンテ・クリスト伯』を日本で翻案したのが『万朝報』を主宰した黒岩涙香。彼は山田風太郎の『明治バベルの塔』に作中人物として登場します。そして山田風太郎が『戦中派闇市日記』の中で、ただ一言「愚作」と述べて切って捨てたのが横溝正史の『鬼火』です……そういう歴史に沿った読み方は私もした事がなかったので、とても参考になります」
ーー驚いた。
「……びっくりした。こんなことよく気が付いたね」
「読書が趣味なので」
……分かってはいたことだが、やはり学校の査定は当てにならないらしい。
まさか
(あの子とこの子、若干雰囲気が似てる気がしますね)
"……言われてみれば確かに"
綾小路清隆
俺の唯一の友人にして、未だよく分からない所のある男だった。
会話をしていて妙に博識な所もあれば、普通知っているようなことを知らないこともある。今日茶柱先生から入学試験で全教科50点を取ったと聞いて、不思議と納得した上で感心するやら呆れるやら……本人は目立ちたくないと言ってるが、どこまで本気なのかよく分からない。
(でも2人とも可愛いです!)
"おい"
悪霊はどこまでもマイペースだった。
"──でもまあ、友達だからな"
清隆が何を考えてるかは分からんが、本人が嫌がることをするつもりはない。隠したがってることがあるなら黙って見守るさ。
いつか自分から話してくれたら、その時力になればいい。
茶柱先生は清隆を巻き込みたがってるようだが、生憎それは契約の範囲外だ……というか腹が立ってきたから後で問い詰めよう。
「では帰りましょうか」
「そうだね……というか今更だけど、よく今日図書室来る気になったね。大変だったでしょ」
「そちらのクラス程では無いと思いますが……0ポイントで生活って凄く大変そうです」
「幸い、今後の目処が立ったから……何とか生きていけそう」
そんな会話をしながら、帰路に就いた。
高度育成高等学校学生データベース
氏名
クラス 1年C組
部活動 茶道部
誕生日 1月21日
──評価──
学力 A −
知性 A −
判断力 E
身体能力 E
協調性 D
──面接官からのコメント──
物静かな生徒で、提出された情報によると幼少期から1人を好む傾向が強い。友人と呼べる存在は殆どおらず、またそれを望んでいる様子も見られない。学力、勉強に取り組む姿勢や知性には問題が見られないため、協調性や友人を構築する力を身につけ社会への対応力をあげていってもらいたい。
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ー②ー