ようこそ悪霊と逝く楽しい学校生活   作:ふにふら

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誰のため

 

 

 

(はじめ)視点

 

 

 放課後の話し合いの翌日、俺は早速行動を起こそうとしていた。

 

「須藤くん、ちょっといい?」

「……あん?」

 

 丁度授業が終わり、教室が喧騒に包まれる。

 昨日の話のショックは大きかったのか、クラスの雰囲気は暗かった。

 とはいえポイントを使い切ってしまった生徒たちは食堂の山菜定食に頼ろうと腰を上げ、須藤くんもその1人だった。

 そこに教室を出る前に声を掛ける。

 

「よかったら一緒に食べよう」

 

 声を掛けると訝しそうに近寄ってきた。

 

「……なんだよ、急に」

「いや、これまで中々話す機会無かったからね。俺と親睦深めようよ」

 

 こちらの様子を伺っていた池くんに口パクで「須藤くん借りるよ」と伝えると、不思議そうにしながら山内くんを連れて食堂に向かってくれた。

 他のクラスメイト達も不思議に思っているようで少し騒ついていたが、須藤くんはそのヤンキー然とした態度と風貌から避けられている。すぐに視線は散っていった。

 

「まだ何も言ってねえだろ」

「まあ偶にはいいじゃん。それに……これを見ても同じ事が言えるかな?」

 

 鞄の横に置いていた風呂敷をどん!と机の上に乗せた。

 

「なんだそれ……いや、まさか……」

「刮目したまえ」

 

 包みを解くと中から重厚感のある黒光りする弁当箱が──

 

「重箱じゃねぇか!」

 

 しかも5段重ねだ。

 

「今日俺と一緒にご飯を食べてくれるなら、これを一緒に食べる権利を差し上げよう。特別サービスで割り箸付きだ」

 

 須藤くんは戸惑った様子をみせる。

 

「いや……でもよ」

「それとも食堂で山菜定食でも食べる?でもあれ不味いよ。俺が言うんだから間違いない」

 

 たぶん俺ほど山菜定食を食べた1年生は他にいないだろう。

 

「山菜定食はこの先幾らでも食べられる。なんなら今度一緒に食べよう。でも俺がこんな風に弁当を持ってくることは珍しいんだ。須藤くんは部活でカロリー使うでしょ?一緒にたんぱく質補給しようよ」

「………………」

 

 そう言うと須藤くんは、困ったような顔で少し口角を上げた。

 

「……しゃあねえな」

「ありがとう須藤くん!じゃあ席は──」

 

 見渡すと捨てられた子犬のようなつぶらな瞳と目が合った。

 

「……清隆も一緒にいいよね?」

「あ?……ああ綾小路か。別に構わねぇけどよ」

 

 そんなわけで重箱と鞄を持って教室の後ろ、窓側の席に近づいていく。

 

「清隆、よかったら俺たちと一緒に「食べよう」早いな返事!」

 

 そんな既視感を感じるやり取りをした後、隣の席を見る。

 

「…………………………………………………………」

 

"……お、おう"

(鈴音ちゃん怖いです……)

 

 そこには見たことのない表情の堀北さんがいた。

 そして久しく見てなかった針鼠オーラが復活している。

 

「あ、あの、堀北さん……?」

 

 じーっと無言で観察される。

 

「その……今日お弁当作ってきたんだ。前に勧めてくれたの覚えてる?」

 

 そう尋ねると、こくりと頷いてくれた。

 

「一緒に食べない?」

「…………」

 

 無言で視線が逸らされる。

 その先にいるのは須藤くんと清隆。

 

「……今日は遠慮しておくわ」

 

 そう言うと席を立ち、教室から出て行ってしまった。

 

「なんだあいつ」

 

 舌打ちをしている須藤くんを尻目に清隆とアイコンタクトを交わす。

 

『なんかしたの?』

『いや、オレじゃない』

 

……謎だが、まあ女性は機嫌の悪い日もあるのだろう。

 

「じゃあ席作ろっか」

 

 近くの席をくっつける。

 因みに教室で食べる生徒は他にいないらしい。この学校の敷地はとにかく広いので外で食べているのだろう。夏や冬になればクラスで食べる生徒も増えそうだが、暫く閑散とした景色が続きそうだった。

 

「よし早く食おうぜ。腹減った」

 

 須藤くんの声が弾んでいる。清隆も一見無表情だが何となく楽しそうに見える。

 

「期待に添えるといいんだけど」

 

 改めてどん!と音を立てて重箱が机に置かれた。

 

「あ、そうだ」

 

 鞄をゴソゴソ漁り、水筒と紙コップを取り出す。

 

「はい、あったかいほうじ茶。口は付けてないから安心して」

「運動会か!つーかどんだけ用意周到なんだよ!?」

 

 須藤くんから突っ込みを頂戴した。

 

「実は料理したの初めてだから、もし不味かったらそれで流し込んでね。ではでは〜」

「ちょっと待て」

「ん?」

 

 蓋を開けようとしたところ待ったが掛かった。

 見ると清隆と須藤くんは超真顔だった。

 

「……お前、これ初料理ってマジか」

「そうだよ?」

 

 項垂れる2人……おい失礼だぞ。

 

「大丈夫だよ。切ってぶち込んで揚げただけだから」

 

 失敗したと決めつけないでほしい。

 

「……益々不安になってきたな」

「ああ……というかハジメ、何で初料理で重箱を選択した。何で偶に大胆なんだ……」

 

 男が細かいことを気にしないでほしい。

 

「というかこんなの失敗しようがないって。ほら」

 

 ぱかっと蓋を開く。

 

「これは……唐揚げ、か?」

「見たままね」

 

 お重の1番上の段はぎっしり詰まった鶏の唐揚げだった。

 

「下味も付けたし、ちゃんと二度揚げしたんだよ?さっきの作り方は冗談」

 

 確かに料理するのは初めてだが、ちゃんと知識はあるのだ。

 

「何だよ驚かせんな。美味そうじゃねえか」

「うん、ありがと」

 

 ぱかっ、と2段目を開く。

 

「こっちはピリ辛風味にしてみたんだ。お口に合えばいいんだけど」

 

 明太子を衣に練り込んだ自信作だ。味見したらとても美味しかった。

 

「………………お、おう」

 

 少し口籠もってるのは気になるけど、たぶんお腹が空いて待ちきれないのだろう。気持ちはとてもよく分かる。

 

「3段目は──はい、ちょっと変わり種で練り梅味。さっぱりして美味しいよ」

 

「………………」

「………………」

 

 何故か広がる沈黙。

 

「あ、ひょっとして全部唐揚げだと思ってる?大丈夫、安心して」

 

 ぱかっと4段5段目まで開く。

 

「じゃじゃーん。フライドポテトとコロッケでーす」

「栄養バランスって知ってるか?」

「これ弁当じゃなくて巨大なチキンバスケットだろ」

 

 怒涛の突っ込みが入るが、正論は聞きたくない。

 

「大丈夫、まだあるから」

 

 そこじゃねえよ、という顔をしている2人は置いて再び鞄を漁る。

 

「ま、バランス悪い自覚はあるけど、唯のおかずと考えればそんな悪くないでしょ」

 

 袋から取り出すのはラップで包んだ沢山のおにぎりだ。

 

「おお!」

「信じてたぞハジメ」

 

 手のひらを返す2人……いや、流石に揚げ物だけで食べろなんて言わないよ。

 

「はい2人とも、これお手拭きと割り箸……じゃあ頂きまーす」

 

 

 

 

 

 

綾小路視点

 

 

「おお、美味え!初めての割には上手いことやったな!」

「割にはって失礼だな……どう清隆、美味しい?」

 

 ハジメがおにぎりを吸い込みながら尋ねてきたので頷いておく。

 どうでもいいが、この間CMで見た『変わらないただ一つの吸引力』というフレーズが脳裏をよぎる。

 今度は唐揚げに狙いを定めたようなので、吸い込まれる前に急いで口に入れる。パリッとした衣と旨味を含んだ鶏の油が口の中に広がり、とても美味しかった。

 

「美味い」

「そう、なら良かった」

 

 非常に満足そうだった。

 

「でも彩りはもうちょい気ぃ使った方が良くねえか」

 

 須藤はおにぎりを片手に唐揚げとコロッケを摘みながらそう零した。まあ、頂いてる身であまり文句を言うのは気が引けるが、須藤の言うことも分からなくはない。

 唐揚げ、唐揚げ、唐揚げ、フライドポテト、コロッケ。

 圧倒的茶色一色だった。

 

「ああ、ごめんね須藤くん。最近野菜見ると食欲湧かなくてさ」

「ハジメ……お前……」

 

 どうやら山菜定食を食べ続けて食傷気味らしい。

 

「実家にいた時は家事は全部やってもらってたから……2人はいつもご飯どうしてるの?」

 

 ハジメはなんとなく何でも器用にこなしそうな印象があったが、こと家事に至ってはそうでもないようだ。

 

「俺は大体コンビニだ」

「オレもだ。コンビニって便利だよな」

「いや、確かに便利だけれども」

 

 お、このコロッケも美味いな。中からクリームが出てきた。

 

「でもさ、これから0ポイント生活じゃん。コンビニの無料コーナーには殆ど食べ物置いてないし、自炊しないとキツくなってくるんじゃない?」

「そうかもな」

 

 オレは特に買いたい物もなかったので、まだ8万ポイント以上の残高があった。その為まだ余裕があるが、未だポイントを増やす方法が分からない以上無駄遣いは控えた方が賢明だろう。

 

「……おい、飯が不味くなる。止めろ」

 

 舌打ちした須藤がハジメを睨んだ。

 どうやらオレ達のクラスが置かれた厳しい状況を想起し、機嫌が悪くなったらしい。因みに須藤は今日の授業も堂々と居眠りしてクラスの顰蹙(ひんしゅく)を買っていた。

 

「余計なお世話かもしれないけど、コンビニよりスーパーの方が全然安いし、賞味期限は短いけど色んな食材や惣菜が無料コーナーに置いてあるからお得だよ。俺も自炊始めたばっかりだけど、良かったら今度一緒に買い物しよう」

 

 が、ハジメに一切臆した様子はない。

 以前コンビニ前で須藤に理不尽な絡まれ方をした時も動揺していないように見えたが、それ以上に理不尽かつ規格外の身体能力を持つ友人にとっては怯える必要が無いのかもしれない。

 

「……おう」

 

 そしてハジメは基本的に相手を尊重するため、争うこと自体が難しい。

 怯えず、かつ親切な態度に毒気を抜かれたように須藤は相槌を打った。

……そういえば。須藤はあの時のことをハジメに謝ったのだろうか?須藤がぶち撒けたラーメンと蹴り飛ばしたゴミ箱はオレ達で片付けたのだが。

 須藤たちを嗾けたのはオレとはいえ、もし謝られてないのにこの態度ならハジメは非常に心が広かった。

 

「そういえば、部活はどんな感じ?是非、帰宅部の俺たちに教えてほしい」

 

 目がキラキラしていた。

 

「ああ、オレも興味あるな」

 

 空気を変える意味を込めてオレも同意した。

 

「……ああ、いいぜ」

 

 そんな態度に悪い気はしないのか、須藤も笑顔を見せる。

 

「つってもまだ1ヶ月だからな。練習、練習、練習だ。偶に試合形式もやるけどよ」

「へ〜」

 

 再び空気が解れたので、食事を再開する。

 

「ただ見たところ、他の1年連中は俺にとっては雑魚みてぇなもんだな。相手にならねぇ」

「前バスケ誘ってくれたけど、やっぱり得意なんだ」

 

 おお。フライドポテトは一見工夫が無いように見えたが、どうやら区切られたエリア毎に違う味付けがされていたらしい。ついつい手が伸びてしまう。

 

「お前パワーはあるからバスケでもそこそこ良いとこ行くと思うぜ。バスケ部入れよ」

 

 いや、ハジメはパワーがあるなんてレベルでは

 

「そうだね……」

 

 悩んでるような仕草だが、実際は入らないだろう。

 もはやクラスの誰もが知る超人的な身体能力は、同時に本人に全く生かす気がないというのも暗黙の了解だった。あれだけ教師に懇願されて断るのだから説得は難しいだろう。

 ポテトを口に放り込む。

 

「じゃあ今日見学行っていい?」

 

 咽せた。

 

「!だ、大丈夫清隆!?」

 

 背中が摩られるが、それどころでは無い。

 

「おいマジかよ!ほんとにバスケ部入んのか!?」

 

 須藤も驚いている。

 

「いや、入るかは決めてないけど……というか体験入部ってたしか4月一杯じゃなかった?大丈夫?」

「全然構わねぇよ!」

「そっか……清隆も一緒に見学こない?」

 

 温かいほうじ茶をちびちび飲み、喉の調子を整えているとハジメに声を掛けられた。

 正直オレは部活に入る気はなかったが、ハジメがバスケ部に行くなんて珍事は見逃すのは惜しい。迷わず頷く。

 

「綾小路も来んのか……いいぜ、じゃあ放課後に体操着持って体育館来いよ。顧問と先輩には話通しとくから」

「うん。ありがとう須藤くん」

 

 いや、それにしても驚いた。

 確か前は練習に参加したくないと言っていた気がするが……

 

「どういう風の吹き回しだ?」

「うん?……ああ、清隆には前あんまり乗り気じゃないって言ったっけ」

 

 頷く。今日は弁当(重箱)といい部活を見学すると言ったり珍しいことばかりだ。

 

「まあ色々とね」

 

 ハジメの目が微かに動き須藤を捉える。

 その視線に、須藤は食事を再開し気がついていなかった。

 

「ほら、早く食べないと全部吸い込むよ」

 

 その様子を眺めていたオレはハジメに促され、食事を再開する。

 

"まあ、悪意はなさそうだな"

 

 であれば気にすることもない。妙に美味しく感じるおにぎりと地味に手が込んでいるオカズを食べる。

 

「……美味い」

「そう。よかった」

 

──そういえば誰かが作ってくれた料理を食べるのはいつ以来だったか。ふと、そんなことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

「よし、じゃあ行こっか清隆」

 

 放課後、教室で少し時間を潰したオレとハジメは体操着の入った袋と飲み物を片手に体育館に向かう。

 オレは自販機で0ポイントで購入できるミネラルウォーター、ハジメは持参の水筒を2つ持っている……ほうじ茶の物とは別なんだが、ひょっとして水筒を3つ持ってきたのだろうか。

 

「清隆ってスポーツは全然興味ないわけ?」

「無くはないが、授業だけで十分だな」

 

 いまいち競い合いに楽しさを見出せない。

 

「そういうハジメは、あまり運動に興味が無いのかと思ってた」

 

 伝聞だが、水泳以外のスポーツも勧められたらしい。まあ非公式とはいえ、世界記録なんて話題にならない方がおかしい。教師の間で話題になっただろうし、クラスメイト達によって他クラスまで広まっているだろう。もしかしたら他学年まで広まったかもしれない。実際に食堂でも、入学当初とは毛色の違う視線がハジメに向けられているのを感じる。

 だが、ハジメはそれらを全て断った。

 てっきり興味がないんだと思っていたが……

 

「そんなことないよ。身体動かすの楽しいし……ただ俺って燃費悪いからあんまり動きたくないかなって」

 

 確かに前回も同じようなことを言っていた。

 

「あと俺って無駄に力が強いから、相手に触れるスポーツは抵抗あるんだよね。バスケとか」

 

 おい、じゃあ何で来た。

 

「よし、じゃあ着替えようか」

 

 そんなやり取りをしていると体育館についたため更衣室に向かう。

 

「よいしょ、と」

 

 相変わらず見事な身体だった。

 鋼の弦が編み込まれたような筋繊維が複雑に絡み合うように隆起している。高円寺もとても高校生とは思えないほど鍛えられた肉体だったが、ハジメの場合は、何というか種類が違う。

 確かに一見、高円寺の方が筋肉質だと思うほど細身に見える。だが、直接見れば誰もがすぐに勘違いだと気がつくだろう。

──筋繊維が尋常では無いほど張り詰めているのだ。

 ハジメの異常な食事量と身体能力から、ある体質(・・・・)を思い浮かべたことも有ったが、そうするとこの体型に違和感が残る。

 そんなことを考えながら観察していると、目があった。

 

「あの、清隆。そんなにマジマジ見ないで……」

「……すまん」

 

 

 

 

 着替えたオレ達は体育館に移動し、早速練習に交じり始めた。体験入部期間の4月は過ぎたとはいえまだ5月の初め。

 高校からバスケを始めるという学生も何人かいた為そこに交じることになった。因みに須藤はバリバリの経験者ということもあって別グループだ。

 

「はい、二人組作ってー」

 

 悪魔のような台詞が先輩から飛び出したが、今のオレには恐るるに足らず……当然ハジメと組んだ。

 

「先ずはパスから」

 

 そんな先輩の声と共にペアを組んだ相手とのキャッチボールが始まる。

 

「じゃあいくよ〜」

 

 緩い声で緩いボールがふらふらと飛んできた。

……やる気なくないか。

 

「ハジメ、もうちょい強くていいぞ」

 

投げ返す。

 

「ん、わかった」

 

 ハジメは両手でボールを持ちこちらを見る。相変わらず緩い視線だった。

 

「そ〜れっ」ボッ

 

 そんな可愛らしい掛け声で放たれた可愛くないボールは恐ろしい風切り音を立てながらオレの顔面に突っ込んできた。

 

「──うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお危ねええええええええええええええええェッ!?」

 

 辛うじて仰け反り躱したボールは風圧でオレの前髪を巻き上げながら一直線に進み、体育館の反対側の壁に当たって大きな音を立てた。

 

「殺す気かッ!」

 

 今生命の危機を感じたぞ!?

 

「ご、ごめん清隆!大丈夫!?」

 

……まあ、態とではないのは見れば分かるが。見るからにアワアワしてる姿を見れば疑うのも馬鹿らしい。

 こちらに集まる視線を、何事もなかったかのように振る舞って散らしていく。

 

「ああ──大丈夫だけど問題だ。オレにはあの球を受けることが出来ない」

 

 野球ならいざ知らずまさかバスケの、それも両手で投げるチェストパスが受けられないとは思ってもみなかった。何だあのミサイルみたいな威力は……というか体育館の反対側の壁にぶつかってノーバウンドで返ってきたぞ。

 

「清隆、本当にごめんね?ちょっと力入れ過ぎたみたい」

 

 あれでもちょっとらしい。

 本当に常識外れの腕力だった。

 

 

 

「…………」

 

 その後も色々な練習に参加したが、ハジメの非常識さはこれでもかと強調され今や注目の的だった。

 

 手首とボールが姿を消しズドドドドという音しか聞こえなくなったドリブル。

 地上3メートルにある筈のゴールを何故か物理的に見下しながら放たれるシュート。

 全力のパスを追い抜き律儀にボールが到着するのを待っているディフェンス。

 

「ふう……お腹減った」

 

 もはや周りの目は理解不能の物体Xを見る感じだった。

 そして現在その物体Xことオレの友人、本太郎は呑気に2本の水筒をクピクピ呷っていた。

 周りの異様なものを見る視線を物ともしていない。ハジメなら目立つことを嫌がりそうだと何となく思っていたが、よく考えたら水泳の授業の時点で自重してなかった。

 

「んーと」

 

 何やらキョロキョロしている。

 先程まで試合形式で先輩を数名入れた練習中だった。今は休憩に入ったため最初はオレを探しているのかと思ったが違うらしい。目が合って小さく手を振ってくれたが、続けて視線を彷徨わせている。

 だが直ぐに目当ての人物を見かけたのか、ボールを手に向き直った。

 

 その視線の先にいたのは須藤だった。

 

「──────」

 

 須藤もまた、ハジメの身体能力に呆然とした様子だった。

 いや──須藤だけではなく、体育館にいる生徒たちはハジメから気を逸らせない。体育館が静まり返ってハジメの一挙手一投足を観察している。

 

「……こんな感じかな?」

 

 ハジメがセットシュートの構えをとる。

 今ハジメがいるのはゴール下。だが、向き直ったのは隣のコート(・・・・・)逆側のゴール(・・・・・・)だった。

 

「ッ」

 

 何故か微かに顔を顰めたハジメが放つシュート。

 オールコートを挟んだそれは、美しい放物線を描いて飛んでいく。

 先程まで、確かにハジメは何度もシュートを外していた。オレにパスをした時のように、力加減が上手くできていないようだった。

 だからこれは入るわけがない。

 

「……ふう」

 

 スパン、という音にそんな考えは簡単に覆された。

 リングを掠めることすらなく綺麗に収まるボールに、体育館の中で騒めきが広がる。

 

「ーーーーーーッ!!!」

 

 騒めきは大きく歓声に。

 拍手は次第に喝采に。

 恐怖は裏返り感心へと変わる。

 

「見た清隆!?凄いっしょ!」

 

 ハジメは笑顔だった。

 そして周りの声に応えるように手を振っている。

 

「…………ああ、凄いな」

 

 オレはハジメを高く評価しているつもりだった。

 ひょっとしたら、コイツこそ紛れもない本物の(・・・)天才ではないかと。

 だが、違った。コイツは天才などではない。

 ふと目をやると、遠くの須藤の姿が目に入る。目の前で起きた奇跡のようなプレーにあいつは何を思うのか。

 

 ハジメがシュートを打つ前、僅かに口が動いた事に気がついたのは多分オレだけだろう。

 そして今の須藤を見れば、ハジメがどのような意図を持って行動したのかは明白だった。

 

「ダメ押し、か」

 

──オレの友人は、怪物だ。

 

 

 

 






高度育成高等学校学生データベース

氏名 須藤(すどう)(けん)
クラス 1年D組
部活動 バスケットボール部
誕生日 10月5日

 ──評価──

学力 E
知性 E
判断力 D+
身体能力 A
協調性 D

──面接官からのコメント──

学力、生活態度共に多々問題があり、入試結果では学年最下位を記録する。この結果は当校設立以来ワーストとなり、Dクラス配属以外に検討の余地はない。ただしスポーツ、特にバスケットボールの技量においては中学生の段階で高校生級と評価されている。本年度からスポーツ分野に更なる力を入れている当校においても、今後に大きく期待できるため特に精神面での成長を求める。



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