ようこそ悪霊と逝く楽しい学校生活 作:ふにふら
櫛田視点
温かいシャワーが身体を伝い排水口に流れていく。
「…………はあ」
こうして誰にも干渉されない時間は、私にとって癒しだった。
「ん、しょ」
泡をたっぷり使って身体を丁寧に洗っていく。
時間をかけて身体を隅々まで綺麗にしたら、バスタブに溜めたお湯に足先から沈めていく。
そしてちゃぷちゃぷとお湯を揺蕩わせながら、この一月を回想した。
入学してから1ヶ月。クラスの中で地位を確立したいなら、最初が肝心だと自分に言い聞かせて頑張ってきた。
誰にとっても優しい、理想の自分になる。
そして相手を尊重し支える素振りを魅せることで、相手の心に自分の居場所を作っていく。
これはある意味好きでやっていることだけど、勿論ストレスは溜まっていく。そしてそれは学校の授業が終わってからも続く。
──いや、むしろ本番といっていい。
放課後になればクラスメイトや、他のクラスの生徒とも遊びに行き親しく振る舞う。その時も思っていることを口に出すのではなく、相手がして欲しいことを察して動くようにする。
その際、誰かの悪口を言うのも厳禁だ。
言葉にすれば、それは自分の身すら破滅させかねない凶器になることを私は誰より知っている。
"……疲れちゃったな"
そして、それは寮に戻ってからも続く。
二桁のチャットグループでメッセージは飛んでくるし、相手によっては長い電話をしたがる子もいる。
気が休まるのは、それこそ入浴の時と就寝の時くらいだった。
──でも、これが私の選んだ手段。
欲しい物はそうすれば手に入って、このストレスは必要経費。
"それなのに"
そこに別のストレッサーまで加わるのは予想外だった。そして、私の心にそれを受け入れられる程の余裕はない。
「……んっ」
お湯の中で身体の疲れを溶かすように、手の届く範囲を揉み解していく。
手や頭、首、肩、脚のマッサージ。
──そして、それ以外の部分にも手を伸ばす。
「ん……あっ」
最近始めたこれは、ストレスを解消するための手段でもあった。
「あれ、電話きてる……?」
結局のぼせそうになったお風呂上がりに、私はスマホに着信があったことに気がついた。
"……誰だろ?"
多分クラスメイトからの電話だろう。私は友達が多いし、出来るだけ親切に振る舞ってきた自覚がある。入学してから一月程でクラスメイトから何度か相談を受ける程の信頼を築けた。
数日前、先生から開示された情報はクラスに衝撃を与えた。平田くん主催の放課後の話し合いにはほぼ全員が参加したけど、あまり有意義な話し合いにはならなかったし、その不安を共有しようと何度もクラスメイトから電話が来た。複数のグループチャットは今でも鳴りっぱなしだ。
だから、今回もその類だと思って着信履歴を見る。
「……え?」
〈本太郎〉
そこには、意外な名前が載っていた。
教室で話すことはあっても、彼から連絡が来たのは初めてだった。
「…………」
シャワーで火照った身体が熱を帯びている。
驚きで跳ねた鼓動が加速する。
……
こういうサプライズは落ち着かない気分になってしまうから、やめてほしい。そんな風に思いながら折り返しのボタンを押す。
電話のコールが鳴るのに合わせるように、鼓膜の奥で鼓動が鳴るのを感じる。
『もしもし、櫛田さん?』
そして電話越しに初めて聞く、彼の声。
「もしも〜し、本くん?こんばんはっ」
私は努めていつものように声を掛けた。
『うん、こんばんは。急に電話してごめんね』
彼もまた、いつも通りの穏やかな声で返事をする。
「初めて本くんから電話来るんだもん。びっくりしちゃったよ」
『ごめん……櫛田さんってクラスで超人気者だし、下手に仲良さそうにすると男子に闇討ち食らいそうだなって』
「え〜そんなことないよ」
そんな風に思っていたのか。
それ自体は嬉しいけど、気にしなくて良いのに……いや、この言葉が真実とは限らない。大体、それならもっと早く電話してくれて良い筈だ。
『何度か電話しようかな……って思ったこともあるけど、特に用もなく電話するのって恥ずかしいし……実は女の子と連絡先交換したの初めてだったり』
「えーうっそだー」
……冗談めかして言ったが、これは本心だ。
本くんは、顔が良くて、運動は規格外、勉強も出来る、それなのに偉ぶる様子もなく優しい性格という、完璧超人だ。彼がモテない筈がないし、Dクラスの女子がいったい何人彼を狙ってると思ってるのだろうか……私は違うけど。
『本当だよ』
──いつも通り、顔を見れば嘘か分かるのに。
初めて会って褒めてくれた時のように。
プールで視線を逸らして照れていた時のように。
「ふ〜ん?」
ふと、その時のことを思い出して悪戯心が湧いた。
脱衣所に戻り、ドライヤーをコンセントに挿してスイッチを入れる。
『……ん?何この音?』
きょとん、としたような声に少し笑いそうになる。
「ごめんね、今お風呂上がりだったから」
さて、意外とシャイな彼はどんな反応をしてくれるのか。そんなくだらないことを確かめるために、少しワクワクしながら待ってみる。
『……櫛田さんのえっち』
「えっち!?」
なんか期待してた反応と違う!
『ふふ、冗談。からかってくるからお返しだよ』
「……むー」
どうやら此方の思惑は見抜かれていたらしい。
──そんなやりとりが、不思議と不快ではなかった。
『でも、櫛田さんが風邪ひいちゃう前に早めに済ませるね』
やっぱり、何か用があっての連絡だった。
『実は中間テストに向けて勉強会を開けたらって思うんだ』
「わ、それ凄く良い考えだよ本くん!」
そのうち出てきそうな話ではあるけど、数日前に茶柱先生からショックを受ける話を聞いたばかりなのに、よくそんなに早く切り替える事ができるなと素直に感心する。
『とりあえず、クラスから退学者を出さないようにするのが一番優先かなって。ほら、このままだと中間テストで8人もお別れしちゃうし』
……冷静に考えると凄い話だった。
『だから、クラスのみんなに声を掛けるのを手伝ってほしいんだ』
「もちろんだよ!私に出来ることがあるなら何でも言ってね?」
断る理由もないし、むしろ私にとっても美味しい話。後からそんなことを思った。
『むしろ俺が何かしてあげたいんだけど……櫛田さん、大丈夫?』
「……?」
何を言われているのか、分からなかった。
『まあ、クラスメイトへの声掛けは程々で良いんだ。後で平田くんにもお願いするつもりだし、俺も皆に声掛けるから』
『だから今のはついで……それとは別に、櫛田さんに声掛けたくなってさ。ただクラスメイトの前だと恥ずかしいから、こうして電話したんだ。一言だけ伝えたくて』
意味分かんなかったらスルーしてね、という前置きの後。
『櫛田さん、無理しないでね』
そんな一言が伝えられた。
「なに、言ってるの?」
聞き返した声は、震えてなかっただろうか。
『最近辛そうに見えたから、かな』
そんな筈はない。私はいつも通りに振る舞った。
今まで誰にも、そんなことは言われなかった。
『まあ、いきなりこんなこと言われたら困っちゃうか』
「……あはは、ほんとだよ。びっくりしちゃった」
知られるわけにはいかない。
本当の私を。特にこの、誰より特別だと感じてしまった男にだけは。
『もう一つ、困らせちゃっていい?』
「なにかな?」
本当は聞きたくない。
これ以上、私を動揺させないで欲しい。
『櫛田さんは凄いよ。俺は、君を尊敬する』
頭が、真っ白になった。
「…………どういうこと?」
自分の声音が変わったのが分かる。
だが、止める気にならない。
私が凄い……?尊敬する……?
それを、よりによって。
『……変なこと言ったかな?』
「うん、変だよ」
だって、この人は"特別"なのに。
それも1つ2つじゃない、神様に選ばれたような人なのに。
『昔、俺もつらい時期があって』
「…………」
『その時、君みたいな子がいてくれたらなって思ったんだ』
『ここ一か月位見てたけど、誰かの為に寄り添える君は、凄いなって』
──違う。
「そんなことないよ」
『……ん?』
真っ白になった頭の中で、ぽつりと零れた言葉は
「私は、そんなに立派な人間じゃないよ」
私とワタシ、どちらが発したのか分からなかった。
『…………そっか』
相槌のようなものを打った本くんは
『デートしよう、櫛田さん』
「…………え?」
何だか、とんでもないことを言った気がする。
『……ん、間違ったかな。デートをします……違うな、こうじゃない。デートを、デートをしていただけませんか?デートをし、デートをしたらどうなんです……デートしよう、櫛田さん』
……表現を工夫しようとして一周している。けど、言い方なんてどうでもいい。中身の方が問題だった。
「……あの、デートって私と本くんが?」
『そうだね』
簡潔な答えが返ってきた。でも全然意味が分からない。
『中間テスト終わったら2人で遊ぼうよ』
「……2人で?」
『うん。あ、でも変な下心とかは全くないから、そこは安心して』
それはそれで複雑な気分だった。
『お互い全力でダラけてさ、はっちゃけない?』
……それはちょっと。
『目立つのが嫌ならカラオケとかでも良いし』
……うん。
『ストレス解消にさ、無礼講で。大丈夫、何を見ても絶対口外しないから』
そんなの、信頼できるわけない。
──何故か本くんは、私がストレスを溜めていると確信があるみたいだけど、この提案に乗るのは色々な意味で論外だった。
誘ってくれた本くんには悪いかもしれないけど、ここは断ろうとして……
『例えば櫛田さんが酔っ払って虹色の液体を噴射するような醜態を晒しても、誰にも言わずに墓まで持っていくことを誓うよ』
「本くん、デリカシーって知ってる?」
我ながら、とても冷たい声が出た。
『──、────、────_| ̄|○』
電話越しに平謝りする声を声を聞きながら、ふとこれまで気になっていたことを尋ねようかな、と思った。
「ねえ、本くん」
『はい』
「どうして本くんは、私が堀北さんと仲良くなるのに協力してくれないの?」
初めて目を付けたのは、彼が綾小路くんと堀北さんを連れて食堂に行こうとした時。チャンスだと思ったけど、同行を断られた。
2回目、クラスで一番堀北さんと話している機会が多い綾小路くんに、堀北さんと仲良くなる切っ掛けが欲しいとお願いする前。クラスメイトに辛辣な態度を取り続ける彼女が、唯一変わった対応をとる彼に橋渡しを頼んだ時。
その時確か彼は……
『前も言ったかもだけど、やめといた方がいいよ』
やはり、本くんも堀北さんを優先するのか。
──そう思うと、私の中で何かが音を立てた気がした。
「いいよ、本くん」
『……?』
「デートしよっか。私たち2人で」
綾小路視点
バスケの見学が終わった数日が経過した昼休み現在、オレとハジメはいつものように食堂に来ていた。
ちなみにハジメが弁当を作ってきたのはあれっきりで、その後は変わらず山菜定食を食べ続けている。本人が言っていたようにアレは相当珍しいことだったらしい。
「結局、バスケ部には入らなかったんだな」
「……そうだね」
心なしか、ここ数日ハジメに元気がないように見える。食事も食べる量自体は変わっていないが、気落ちしたように山菜をもそもそと口に詰め込んでいた。
「……ぶっちゃけさ」
食事の合間に、ハジメはポツリと口を開いて
「最初からバスケ部入る気なかった。付き合わせてごめん、清隆」
そんなことを口にした。
「気にするな、ハジメ」
オレはハジメがお詫びとして奢ってくれたスペシャル定食を食べながら答えた。
……いや最初は遠慮したんだが、ハジメは引かない構えだったのでなら貰えるものは貰っておこうかな、と。
「というか元気ないけどどうした」
バスケの仮入部の翌日辺りまでは特に変わった所はなかったのだが。
「……あの、謝ったばっかりなんだけど、1つ相談に乗ってもらっちゃダメかな……?」
「いいぞ。なんだ?」
これが他の人間であれば奢られたスペシャル定食との因果関係に思いを巡らすところだが、ハジメであればそんなことはしないだろうと信じている。
「須藤くん虐めすぎた……どうしよう清隆」
「おい」
あの練習の後から、須藤は変わった。
それまでの横暴な態度が鳴りを潜めた。
授業をサボることがなくなった。
授業中に居眠りをすることがなくなった。
……だが同時に、須藤が元々持っていた活力がなくなり、ぼんやりとした様子がよく見られるようになった。
「ほら、須藤くんって言葉を選ばず言えばヤンキーじゃない?」
「ああ」
ところ構わず喧嘩売ってたし、クラスでも恐れられながら顰蹙買ってたな。
「でもバスケは一生懸命やってた」
「ああ」
だが同時に、バスケには真摯に向き合っていたことは知っている。
「だったら得意のバスケで凹ませちゃえば大人しくなるかな……って」
「確かに大人しくはなったな」
実際魂が抜けたように大人しい。
「あそこまでショック受けるとは思わなかったんだよーー!」
「うるさっ!」
ハジメが食堂のテーブルに突っ伏してさめざめと泣いている。マジかこいつ……
ざわざわとした視線がオレとハジメに集まるのを感じて、咄嗟に脱いだブレザーをハジメに被せて隠蔽を図る。
「…………」
「これでよし、と」
静かになった食卓で食事を再開した。
「……ねぇ、綾小路くん」
授業が終わり帰りの支度をしていると、珍しく隣の席の堀北に話しかけられた。
「なんだ、堀北」
茶柱先生を交えた四者面談を終えた後、堀北はオレの入試50点について疑惑を持ったのか偶に探るような視線で見てくるようになった。
とはいえ疑惑は疑惑。普通の授業で不審な動きをとるわけもないので、無難に誤魔化し続けている。
「綾小路くんはAクラスに興味はないの?」
「興味が全くないわけじゃないけどな。普通に考えたら無理だろ」
これまでの情報から導き出されたオレの結論は『絶望』の二文字だ。
学校の基本的なルールを守れるようになって初めて±0だ。その上ポイントを増やす方法は未だ分からず、しかもそのチャンスは全クラスに平等にやって来る。
一度ここまで点差が開いてしまったのは、時間制限がある競争では非常に厳しい。
「相当難しいぞ。まずうちのクラスの問題児を更生……」
魂が抜けてる須藤が目に入った。
「授業中の私語もやめさせ……」
最近のお通夜のようなクラスを思い返す。
「テストの点数も……」
先程までオレに許すまじと気焔を上げていた、クラスどころか学年随一の学力を誇る友人が「今度勉強会開くつもり」とか言っていたのを思い出した。念のため過去問もどうにか……などと用意周到なことも言っていた。
……中間テスト位はなんとかなりそうな気がしてきた。
「確かにあなたの考えてることも分かるわ。現状ではこのクラスがAに上がれるとは思えない」
そんなオレの思考を尻目に堀北は言葉を続ける。
「でも学校側がこのまま現状維持を望むとも思えない。それじゃあ競争の意味がないもの」
「なるほどな」
学校側が入学一か月でAクラスの逃げ切りを許す、なんてことはしないと踏んだわけだ。つまり、必ずどこかでポイントが大きく増減する機会が訪れると堀北は確信しているのか。
「私は、必ずAクラスに上がってみせる」
そうか、頑張れ。
「そこで──綾小路くんにも協力してほしいの」
「………………」
試しに思いっきり嫌な顔をしてみた。
「綾小路くんなら協力してくれると信じてた。感謝するわ」
「言ってねーよ!嫌な顔しただろ!?」
「いいえ、私には心の声が聞こえたもの。是非協力させてくださいって」
なにコイツ電波!?怖っ。
「というか、オレが力になれることなんてないぞ」
堀北はテストの点だけでなく頭の回転も速いし、オレが力を貸す必要があるとは思えないが。
「あるわよ。それも、とても大事な役割が」
そう言うと堀北は、こちらに手招きする。
「……なんなんだ」
「いいから来なさい」
有無を言わせぬその様子に、渋々椅子をずらして堀北の近くに寄る。元々隣の席ということも相まって内緒話が出来るくらいに距離が近くなった。
「で、なんだ?」
そう尋ねると堀北は教室に視線を走らせた後、その整った顔を近くに寄せてきた。
……やっぱコイツ可愛いよな。ていうかすげぇ美人。
前にコンビニで鉢合わせた時は一番安い美容品を買ってた癖に、なんでこんなに艶々しているのだろうか……悲しい男の性か、女子の顔が近づいただけでドキドキしてしまうのが悔しい。
「あなたにお願いしたいのは──」
さて、どのような無茶なお願いがされるのだろうか。正直コイツの性格からして何を言われても驚かない……助けを求めているものを無下に断るつもりはないが、それは内容によりけりだ。迂闊に協力するなんて言ったらせっかく得たオレの自由が剥奪されかねない。場合によっては心を鬼にして──
「親善大使よ」
「……は?」
意味が分からない。
「綾小路くんは、このクラスで一番優秀な生徒と言われたら誰を思い浮かべるかしら?」
「ハジメに決まってるだろ」
考えるまでもなく即答した。
……因みにバスケ部への仮入部で起こった出来事は、数日経過した今本人が吹聴してないにも関わらず噂になり、その超人的な身体能力の裏付けとして語られている。
「……そうね」
堀北はプライドが高いが、ハジメの事は最初から高く評価していた。最も優秀な生徒として自分以外が挙げられても、それを受け入れた様子を見せているのがその証拠だ。
「彼との協力は、Aクラスに上がる為には必要不可欠よ」
「まあ、それはそうかもしれんが」
……何故そこに親善大使なんて単語が出てくる?
「自分で話しかければ良いだろ」
「………………………………………」
そっぽを向く堀北。
「…………おい、まさかとは思うが」
「黙りなさい」
「まだ何も言ってねえよ!?」
どうやら少なくとも9年以上を孤独に過ごしてきたエリートボッチこと堀北鈴音さんは、自分から相手と距離を詰める方法を知らないらしい。
「……勘違いしないで。これはあなたに贖罪の機会を与えてあげようと思っただけよ」
「なんだ贖罪って。オレは何もしてな──」
「櫛田さんと結託して、嘘で私を呼び出したこと、許したつもりはないのだけれど?」
……そうきたか。
「因みに断った場合、何故か綾小路くんの学校生活に大きな支障が出るかもしれないわ。そう、例えば椅子に無数の画鋲が仕掛けられていたり、トイレに入っていると真上から水をかけられたり、時にはコンパスの針が刺さったり。そういう類の現象が、ね」
「ただの虐めじゃねえか!」
そしてコイツは本当にやりかねない気がする!いや根拠はないんだが!
「あなたは彼と友人なのだから、これくらい簡単でしょう?私と彼が一対一で話せる場を作るだけ」
……うん、まあ、確かに。普段であればそうかもしれないが。
「すまん堀北。さっきハジメと喧嘩したんだ」
「………………」
「………………」
本視点
先程までムカ着火ファイアーと化していた俺は、クールダウンのため放課後図書室に来ていた。
(おいたわしや、ぽん太郎……)
"喧しいわ"
友人に軽く裏切られささくれた心を癒すべく、新しい物語と謎のゆるキャラこと椎名ひよりさんとの出会いを期待して本棚の間を覗いていく。
(いませんね、ひよりちゃん)
実は初めての出会いから何度か図書室で遭遇している。その度におすすめ図書の交換などを行い、今では下手なクラスメイトより交流していた。
(電話してみますか?)
"いや、特に用はないんだが"
因みに最初の出会いの帰り道で連絡先は交換済みだ。まだ電話したことはないが……女子に電話って結構ハードル高い。櫛田さんとのアレは例外だし。
"……まあ、適当に借りていくか"
俺は見た文字は、基本的に忘れない。だがそこに例外があるお陰で、未だ読書を楽しめている。
いつもは足を止めるコーナーから、更に先へ足を進める。普段であればまず読まないジャンルだが──
(ぽん太郎、恋愛小説なんて珍しいですね)
"最近は椎名さんに合わせてミステリーが多かったからな。偶には変わり種も悪くない"
未だ中間テストまで一か月程あるが、その中途半端な時期ということが影響しているのか図書室に人影は少なかった。
マットに吸われた足音すら聴こえそうな静謐な空間を進んでいく。
そして──
「やあ、こんにちは」
美しい、白銀と出会った。
「……ええ、こんにちは」
書架の奥に備え付けられた椅子に腰掛け、こちらを見上げる少女……いや女性と表現するのが正しいように感じる大人びた雰囲気の人が、こちらを見ていた。
「お邪魔しますね、先輩」
「ああ、どうぞ」
雰囲気からして2年か3年の先輩だと思ったが当たっていたらしい。面白そうな声音を横目に、本棚の中で目を滑らせる。
──その間も、鮮やかな薄紅色の瞳がこちらを見ているのを感じていた。
(ぽん太郎、ぽん太郎)
"なんや"
(なんかすっごい雰囲気ある美人さんがこっち見てますけど)
"うん知ってる"
だが、正直反応したくない。この学校に来てから美人はもうお腹いっぱいになるくらい見た。それになにより……
再びチラッと視線を飛ばした先にあるのは、先輩が背筋を伸ばした綺麗な姿勢で読んでいた[本]だった。
その[本]は非常にカラフルな表紙をしていた。開かれたページでは活字でなく黒い装束を纏った死神代行が刀を手に踊っていた。
有り体に言うと週間少年ジャ○プだった。
"図書室の恋愛小説コーナーでジャ○プ読んでる美人さん。俺としては99割変人だと思うんだけど、悪霊的にはセーフ?アウト?"
(うーん、そうですね……)
個人的にはチェンジだ。スリーアウトが妥当なところだと思うが、悪霊の判定は如何に……
(──ストライクですっ!!)
"お前に訊いた俺がバカだった!"
因みに脳内でそんなやり取りをしてる間も、その先輩の熱視線は俺の横顔に注がれ続けている。そのほっぺが赤く染まっていれば可愛げもあるが、ただひたすら面白いものを眺めるような目なのが救いがない。
"もういい、離脱する!これ以上ストレス溜めてたまるか!"
ただでさえメンタルブレイクした須藤くんに心を痛め、唯一の友人に臭い物に蓋をするかの如く扱われた今の俺に、これ以上のストレスは必要ない。
そう思った俺は本棚の中に適当に手を伸ばした。
「ゲーテか、良い趣味だ……だが隣の邦訳の方が個人的にお勧めだぞ、
(ロックオン)
"…………………"