ようこそ悪霊と逝く楽しい学校生活 作:ふにふら
遠くから、そのやり取りを聞いていた。
「無知無能っつったか!」
「ええ、連立方程式の一つも解けなくて将来どうしていくのか、私は想像するだけでゾッとするわね」
机が強く叩かれる。
「勉強がどうした。こんなの何の役に立つ。机に齧り付いてるくらいなら、バスケやってプロになった方がよっぽど将来の為になるぜッ」
「違うわね。退学が懸かったこの状況で真剣になれないような中途半端な人間が、本当にプロになれると本気で思っているのかしら?あなたはバスケットでも、本当に苦しい部分には勉強のように背を向けて逃げていたんじゃない? 練習に対しても真摯に取り組んでいるようには思えないし。何より周囲の和を乱すような性格。私が顧問ならレギュラーにはしないわ」
須藤くんが堀北さんの胸倉を掴む。
「テメェ……!」
「幼稚ね。バスケットでプロになる、そんな夢が簡単に叶う世界だとでも本気で思っているの?すぐに投げ出すような中途半端な人間は、絶対プロになんてなれない。それに──」
堀北さんの視線が、こちらにチラリと向けられた。
「その現実を思い知ったからこそ、最近大人しくなったのだと思っていたけど」
「っ……」
須藤くんの身体が震え手から力が抜ける。
「今すぐ勉強を、いいえ、学校をやめて貰えないかしら? そしてバスケットのプロなんてくだらない夢は捨てて、バイトでもしながら惨めに暮らすことね」
"──よし、諦めよう"
(ぽん太郎!?)
…………どうしてこうなった。
時は遡る。
図書室で出会った変た──鬼龍院先輩に散々振り回された放課後。俺は寮に戻り契約の対価として貰った食料で栄養補給をしたのち、ベッドに腰掛けクラスメイトに電話をかけていた。
前日に櫛田さんに電話を掛けた時は緊張したが、今回は野郎相手なので気楽なものだ。
さしてコール音も鳴らないうちに通話状態になった。
『もしもし
「ああ平田くん、こんばんは。急に電話してごめんね」
平田洋介。Dクラスの中心人物にして一番の人気者。俺はあまり絡む機会は無かったが、クラスの女子は殆どが彼を支持しているだろうし、男子もそんな彼をやっかみながら信頼している。
『本くんから連絡してくれるなんて、驚いたけど嬉しいよ。もしかして何か用事があるのかな?』
つまり、今回の件にはうってつけということだ。
「実は、中間テストに向けて勉強会でも開けたらって思うんだ」
そう言うと電話越しに驚いたような声が聞こえた。
『それは凄く良いことだよ!実は僕も、同じように考えていたんだ!』
「わ、さすが平田くん。そうだよね、赤点で退学とかこのままだと8人近く危ないし、そんな一気に退学者が出たらクラス崩壊しちゃうかも」
──ミシリ、と音がした。
『……絶対に、そんなことにはさせない』
「?うん、だから平田くんにも協力してほしいなって」
『僕に出来ることなら何でもするよ』
(ん? 今何でもするって……)
"鎮まりたまえ"
うちの腐れ神が荒ぶっているがそっちの趣味はない。
「明日クラスに勉強会を開く声掛けをしたいんだけど、その手伝いをお願いしてもいいかな?」
『もちろんだよ……小テストで満点を取った君が、クラスの為に協力してくれる──こんなに心強いことはないよ。ありがとう、本くん』
「いいってそんなの。困った時はお互い様。助け合わないとね」
そう言うと、小さな声でまたお礼を言われた。
『──洋介って呼んでほしい』
「ん?」
『本くんとは、前から仲良くなりたかったんだ。駄目かな…?』
「……ん、わかった。じゃあこれから洋介って呼ぶね。あ、でも俺自分の下の名前あんまり好きじゃないから、俺のことはハジメって呼んでくれないかな?」
『──これからよろしくね、ハジメくん』
「──こちらこそ。よろしく、洋介」
……鳴り止まない脳内の歓声の中、こうして俺にもう1人友人が出来たのだった。
翌日、昼休み。
「──というわけで、皆と勉強会を開きたいんだ。中間テストの範囲の問題も作ってきた。きっとこれが解けるようになれば、今度の試験で赤点をとる可能性も低くなると思う。強制は出来ないけど、是非一度参加してほしい」
教壇に立ちクラスにそう呼び掛けた俺に、クラスのあちこちから賛同の声が挙がる。
「賛成!」
「
「というかわざわざ問題作ったのか!?ありがとうございます!」
(みんな喜んでますね、ぽん太郎)
"ああ、これなら根回し必要なかったかもな"
そんな風に考えていると教室が騒めく中、洋介がスッと立ち上がった。
「勿論、僕も参加させてもらうよ」
「私も!」
そこに櫛田さんも大きな声で参加を表明したことで、クラスの方向性が決まることになった。このまま放って置いても大丈夫そうだが──
「みんな、もう一つ聞いてほしいことがあるんだ」
皆の注目が集まる。
「きっとこの中には、勉強会なんて嫌だと思う人もいるかもしれない」
昼休みが始まっても、1人も欠けず席に着いているクラスメイト達の目を見て話す。
「一夜漬けでどうにかなる……そんな風に考えてる人もいるかもしれない」
ぎくりとする複数名。
「前回の赤点が何点未満だったか覚えてるかな、須藤くん」
俺はここ数日大人しく、そして無気力な須藤くんに声を掛けた。クラス中の視線が彼に集まる……これまでの彼なら周りにガン付けでもしそうなものだが──
「……俺に聞くな」
誰とも視線を合わせず、下を向いたままだった。
(ぽん太郎……)
"心が痛い!"
こんな傷心中の彼がそのまま退学になったら非常に気分が悪いため、是非とも彼には勉強会に参加してほしい。
「33点だった……でも今回の中間でこれ以上の点数を取れば大丈夫と思ってるのなら、それは勘違いだよ」
「?なあ
池くんの質問に答える。
「あの時先生は説明してなかったけど、赤点はそのテストのクラス平均点の半分らしいよ。小数点は四捨五入で」
「はあ!?そんなの聞いてねえよ!」
クラスに騒めきが広がった。特にテストに自信のない生徒は動揺が大きいらしい。
「つまり赤点ラインは最高で……いや最悪で50点近くまで引き上がる可能性があるわけだけど、それでも難易度も分からないテストで全教科50点以上を確実に取る自信があるかな、池くん」
「助けてくれ!」
素直でよろしい。
「でも俺1人で教えるのは難しいから、誰か協力してくれないかな?皆さえよければ今日の放課後から勉強会を──」
ガタッと席を立つ音が聞こえた。そして立ち上がったのは……高円寺くん。
「そういう話なら、私は一足先にお暇させてもらうよ。これからレディーたちとランチの約束をしているのでね」
そう言った彼に皆の視線が集まる。そしてそれはお世辞にも友好的な眼差しではなかった。
「……おい、待てよ高円寺」
「何かな。手短に頼むよボーイ」
近くの席にいた幸村くんが呼び止めるが、高円寺くんは目も向けない。
「っ!お前、勉強は出来るんだろ。クラスの為に協力しろ」
幸村くんはこの間の小テストでも90点という高得点を取りクラス内でも堀北さんと並んで同率3位だった。数学のラスト3問は明らかに高校に入学したばかりの生徒に出す問題ではなかったし、それを一問でも解けた彼は優秀で、そしてその自覚と見合ったプライドがあるのだろう。
「ナンセンス。実につまらない提案だ」
だが、高円寺くんは更にその上を行く。
大学受験に出るような問題をラスト一問以外正答する知識量と頭脳。超高校級の身体能力。優れた観察力と揺らぐことの無い強靭な精神。
──正直、大企業の跡を継ぐと言っていなければ第一候補だった。
(……あ〜)
"まあ、残念だけど仕方ない。一応今度訊いてみるけど"
そんなことを考えていると、高円寺くんと目が合った。
「これはあくまで自由参加だ。そうだろう、ミスター?」
「うん。そうだね」
そう答えると、幸村くんから咎めるような視線がきた。どうやら高円寺くんの自由な行動に大層ご立腹らしい。
「さっきは脅すような言い方しちゃったけど、確実に合格点を取れる自信がある人にまで勉強会への参加は強制しないよ……この問題は頑張って作ったから、出来れば受け取ってほしいけど」
作った問題用紙を片手に高円寺くんに近づいていくと、彼は面白そうにこちらを見ていた。
「邪魔しちゃってごめんね……高円寺くんには必要ないかもだけど、よかったらどうぞ」
「……ふむ」
受け取られた問題用紙がパラパラと捲られていく。普通なら本当に読んでいるか不安になるほどの速度だけど、たぶん彼はきちんと目を通していると思う。
「ミスター、これはそういう事かな?」
その証拠にこんな質問がきた。
「そういうことです」
そう答えると、高円寺くんはフッと笑った。
「やはり君は面白いね、ミスター」
「……よかったら今度一緒に遊ばない?」
高笑いと共に教室から消えていく高円寺くん……いやどういうことだ、返事してくれ。
「……そ、それじゃあハジメくん、一旦解散して皆が昼食を終えたらまた教室で話の続きをしようか」
「……そうだね洋介。そうしよっか」
そして訪れた放課後、俺たちは図書室でテーブルを囲んでいた。
「じゃあみんな。放課後で遊びたい気持ちはわかるけど、泣いても笑ってもあと3週間と少しで、中卒無職にジョブチェンジするか決まるから頑張ろう!」
「怖いからやめろ!?」
まあ実際は転校という形になるかもしれないが。
そんなことを思いながら、集まったクラスメイトを見渡した。
昨日に引き続き図書室は今日も静かで人気がない。教室内で全員の勉強会を開くと、どうしても手狭だし勉強を教えられる人数にも限りがある。なのでグループを2つに分け、特に成績が悪かった生徒はこちらに。それ以外は教室で勉強会という風に分けさせてもらった。今日図書室で勉強会に参加するのは、前回のテストの赤点組と……
「あれ、
「あ、う、うん。そうなんだけど……その、テストなんだけど、赤点ギリギリだったから心配で……ダメ……だったかな? 平田くんのグループ、ちょっと入りにくくて……」
可愛く頬を赤らめながらこちらを見上げてそう言う沖谷くん。華奢な身体つきに、ふわっとしたショートボブの青い髪。女子に免疫力のない男子ならコロッと惚れてしまいそうな容姿の男の娘である。
「ハジメ……実は俺もあまり自信がなくて……平田のグループは入りにくいし、こっちのグループに入れてもらえないか……?」
器用に頬を染めながらこちらを見てそう言う清隆くん。明らかに嘘っぽいが別に構わない。昨日散々メールと電話で謝られたし、昼間の件は冗談だったと理解している。鬼龍院先輩に連れ回された俺のメンタルを癒やしてくれたし、友人が増える分には気楽だった。
「私もこちらに参加させてもらうわ。平田くんの方はこちらより出来が良い生徒が多いでしょうし」
教師役として立候補してくれた堀北さん。協力してくれるのは意外な気がしたけど、クラスで成績上位の彼女が手伝ってくれるのは有り難い。クラスで孤立気味な彼女がこうして輪に入ってくれるのは素直に嬉しく思った。
「
そしていつの間にか参加してた櫛田さん。いや赤点男子たちのテンションは凄く上がってるけど、一応デートの約束をした身としてはちょっと……櫛田さんもそう思っているのか目を逸らしている。正直気まずい。
「それで
「ん、ああ堀北さん。とりあえず今日は数学かな」
講師役の堀北さんと打ち合わせをするが、正直あまり複雑なことをするつもりはない。俺が昨日作ってきた問題を解いてもらって、分からない箇所を説明していくだけである。
「でも10人近くいるから、堀北さんにも何人かに教えてもらっていいかな?」
「分かったわ」
問題を作ったのは俺なので、過半数はこちらに受け持つことにする。ただ問題なのが──
(あの子ですよね)
"……ああ"
先日メンタルブレイクしてしまった須藤くんだった。彼の小テストの点数は驚異の14点。池くんの24点も凄いが、現時点だと彼が赤点を取ってしまう可能性は非常に高い。だから最初は俺が教えるつもりだったのだか……
「…………」
……須藤くんは相変わらず重症だった。部活を休んでこちらに参加してくれはしたが、明らかに無気力な様子で池くんや山内くんが話しかけても生返事をしている。そんな彼に、おそらくショックを与えてしまった張本人である俺が勉強を教えて、変な化学反応を起こさないか不安で仕方ない。
「堀北さん、本当に申し訳ないんだけど、この間の小テストで特に点数が悪かった3人の勉強を見てあげてくれないかな。いや本当に申し訳ないんだけど」
「任せて」
そんなやり取りをしていると、池くんと山内くんがブーブーと文句を言ってきた。
「おい
「しゃらっぷ。これ君たちの為に開いてるようなもんなんだから、神妙にしてなさい──教えてくれる堀北さんにちゃんと感謝しなきゃ駄目だよ」
「「へーい」」
……こちらも不安だが、ここで時間をとっても仕方ない。
「じゃあ皆、これから問題を配るから、ひとまず解いて分からない箇所があったら教えてほしい」
そうして、俺たちの勉強会は始まった。
綾小路視点
オレは須藤、池、山内のグループと一緒にハジメに渡された数学の問題用紙に向き合っていた。
「最初に言っておくけど、私はここにいるメンバーに最低でも50点を取ってもらうつもりで教えるから、そのつもりで」
堀北の台詞に渋々といった様子で頷く池と山内。
「──あ?なんでそんなことお前に強制されなきゃいけねえんだ」
……落ち込んでいても須藤は須藤だった。喧嘩腰なのは、早々治るものでもないらしい。
「……呆れたわ。あなたは
「……そういやそんなこと言ってたか」
どうやら須藤は本格的に駄目らしい。
「………………」
堀北はため息を吐くと、視線をその隣に向ける。
「それで──なぜ櫛田さんまでこちらにいるのかしら?」
そう、こちらのグループには赤点3人組とオレの他に櫛田が交じっていた。池と山内は歓声を挙げていたが、ひょっとしてまた堀北と仲良くなるためにこちらのグループを希望したのだろうか。
「ごめんね堀北さん。でも
ちらりと目をやった先では、早速ハジメが3バカを除く赤点生5人と沖谷の周りをぐるぐると歩いて勉強を教え始めている。
「……だったら平田くんの方に参加するべきでしょう。あなたは前の小テストで悪い成績ではなかった筈よ」
「うーん、実はあれ選択肢とか半分くらい当てずっぽうだったんだよ。だから本当は結構ぎりぎりだと思うの。だからこっちのグループの方が良いかなって」
えへへ、と可愛く頬を掻いている櫛田。
「……分かったわ」
堀北は明らかに渋々といった様子で櫛田の参加を認めていた。主催者であるハジメが認めてる以上仕方ないと割り切ったのかもしれない。
「……時間が勿体ないわ。早く始めましょう」
そうハジメの方を見ながら言った堀北の号令に合わせて、オレたちのグループも勉強会を開始した。
「駄目だ。1問目からさっぱり分からねぇ」
「俺も」
「俺も!」
……そして1歩目から躓いている。因みに内容は簡単な連立方程式の問題だった。
「おい、少しは考えないと前に進めないぞ」
呆然とした顔の堀北に代わって声を掛けてみた。
「……分かんねぇもんは分かんねぇんだよ」
よくこの学校に受かったものだと思うが、この学校はテストの点数で合否を判断していないのはもう分かってる。須藤の場合はその身体能力を買われたんだろうが、ここまで勉強ができないなら赤点で退学という条件は本人にとっては非常に厳しいだろう。そしてそれは池、山内も同様だった。
「まさか、これほどとは思ってなかったけど……説明するからしっかり聞いて」
堀北が復活して、3人に向かって説明を始める。
「いい?この問題は連立方程式を使えば簡単に答えが出せるの。だから──」
「……そもそも連立方程式って何だよ」
再び凍りつく堀北。
今まで余程勉強とは無縁の生活をしていたんだろう。そのまま3人は集中力が欠けた様子で問題から目を逸らし始めてしまった。
「あの、解き方さえ理解できれば、それを応用してテストの問題も解ける筈だからもうちょっと頑張ってみようよ、ね?」
それを見かねた櫛田が3人に声を掛ける。
「……んー、まあ櫛田ちゃんがそう言うなら。あ、というか櫛田ちゃんが優しく教えてくれるなら、俺頑張れる気がする!」
「あ、俺も俺も!」
「え、えーと……」
櫛田が堀北の様子を伺うが、堀北は怒りを堪えてるのか微かにぷるぷる震えていた。
「……あの、まず堀北さんに聞いてから、もしどうしても分からなかったら他の人に聞いた方が良いと思うよ?」
確かに教える前に教師を変えたら、ここに堀北が来た意味がない。
「……しゃあねえか」
「まあ堀北さん教師役だもんな」
「じゃあ分からなかったら櫛田ちゃん教えて!」
"酷いなこいつら"
自覚があるか分からないが、わざわざ勉強を教えにきた堀北に対して非常に失礼だった。
「………………もういいわ。やる気がないなら帰って結構よ」
そして堀北も見切りをつけるのが早かった。
「えー、堀北さんそりゃないよ」
「だよな、
"……池と山内は本当に調子が良いな"
そんなことを考えていると、須藤がシャーペンを放り投げた。
「は、やる気だ?んなもん有るわけねぇだろ」
「……それはどういうことかしら?」
目を細め須藤を睨む堀北。それを見た須藤は、溜め込んだ物を吐き捨てるように口を開いた。
「何が実力主義だ。何が将来を保障する学校だ。赤点取ったら退学だ?じゃあこの先ずっとこんなことしろってのか。冗談じゃねえ」
……ひょっとしたら、それはDクラスの少なくない人数が心の底で一度は思ったことかもしれない。そしてハジメはその考えがクラスに蔓延する前に勉強会という習慣を身に付けさせようとしたのだろう。実際にハジメがクラスの為に動き始めたことで、少し前向きな空気が流れ始めていた。
「俺には、こんなことしてる暇は無えんだ。バスケのプロになる為には」
だが、おそらく須藤のバスケに対する感情は、オレとハジメが想像するより大きかったのだろう。それを揺るがされた今の須藤は、他のクラスメイト達より更に余裕がない。
「──無理よ、今のあなた達には。あまりに無知、無能過ぎるもの」
堀北の言葉に呆然としたような顔をする須藤。だがすぐに我に返ったのか、顔を赤く染めて立ち上がった。
「無知無能っつったか!」
「ええ、連立方程式の一つも解けなくて将来どうしていくのか、私は想像するだけでゾッとするわね」
机が強く叩かれる。
「勉強がどうした。こんなの何の役に立つ。机に齧り付いてるくらいなら、バスケやってプロになった方がよっぽど将来の為になるぜッ」
「違うわね。退学が懸かったこの状況で真剣になれないような中途半端な人間が、本当にプロになれると本気で思っているのかしら?あなたはバスケットでも、本当に苦しい部分には勉強のように背を向けて逃げていたんじゃない? 練習に対しても真摯に取り組んでいるようには思えないし。何より周囲の和を乱すような性格。私が顧問ならレギュラーにはしないわ」
須藤が腕を伸ばして堀北の胸倉を掴んだ。周りが騒然となり、須藤の隣に座っていた池が慌てたように止めようとしているが、須藤は目もくれず堀北を睨み続けている。だが、堀北は須藤に凄まれても眉一つ動かさず、冷めた目で見ていた。
「テメェ……!」
「幼稚ね。バスケットでプロになる、そんな夢が簡単に叶う世界だとでも本気で思っているの?すぐに投げ出すような中途半端な人間は、絶対プロになんてなれない。それに──」
堀北の視線が、こちらを心配そうに見ているハジメに向けられた。
「その現実を思い知ったからこそ、最近大人しくなったのだと思っていたけど」
昨日オレは堀北に喧嘩の原因について尋ねられ、ハジメがバスケ部に仮入部した件を話していた。
「っ……」
びくり、と須藤の身体が震え手から力が抜ける。
そして堀北は襟元の腕を払い退け、決定的な言葉を言い放った。
「今すぐ勉強を、いいえ、学校をやめて貰えないかしら? そしてバスケットのプロなんてくだらない夢は捨てて、バイトでもしながら惨めに暮らすことね」
「……………………」
須藤が無言で俯く。
「……心配かけてしまったみたいね」
互いに集中できるよう離れた席から、ハジメが小走りでこちらに向かってきていた。
「
椅子が蹴り倒され、鬼の様な顔をした須藤が堀北に向かって腕を振りかぶっていた。
「───!」
堀北が表情を強張らせ、身を捩ろうとする。だが元々須藤は優れたフィジカルを持つスポーツマン。そして怒りで我を忘れた影響か、その動きはこれまで見せたどれよりも俊敏だった。
"ああ、これは当たるな"
オレには全ての動きが見えていた。
咄嗟に止めようと立ちあがろうとする池、唖然としたように口を大きく開く山内、制止するかのように腕を伸ばしかける櫛田、被害を抑えようと身体を捻ろうとする堀北。そして、視界の端に映っていたハジメ。
──その時、オレは瞬きをしていなかった。おそらく周りも、堀北も、須藤もそれは同様だろう。そんな中、視界の端に映っていた男の身体が一瞬で膨張したかのように
「はい、ストップ」
軽い音を立てて、須藤の拳が掴まれていた。
「!テメェ離せッ!離しやがれ
──刹那の時間で距離を詰めたオレの友人がそこにいた。須藤は身体ごと振り回す様に掴まれた手を外そうとするが、以前とは違いハジメは小揺るぎもしなかった。
「離してもいいけど、堀北さんに暴力振るわないって約束できる?」
そして、こんな状況でもハジメは冷静だった。激昂した須藤が至近距離で暴れているが、それを気にした様子もなく淡々としている。
"……ふう"
そこでオレは身体から力を抜いた。場合によってはオレが須藤を止めるつもりだったが、ハジメがこの場に現れた以上須藤が幾ら暴れようが安心だろう。
「クソがぁ!」
万力のような力で固定された腕を無理やり外そうと、須藤は未だ暴れていた。そんな須藤にハジメは優しく話しかける。
「須藤くん、君はスポーツマンなんだから簡単に暴力を振るおうとしないでほしい……あとごめん、今は真面目に暴れないでほしい。ここ図書室だし、この状況は俺も結構冷や冷やしてる。そんな暴れられるといつ力加減を間違えちゃうか分から──」
パキ、と音が聞こえた気がした。
「があああッ」
「……あれ?」
掴まれた手に縋るような体勢で、図書室の床に両膝を突き慟哭する須藤と、それを見てみるみる表情を変えるハジメ。
──全然安心ではなかった。
・中手骨骨幹部骨折
強い力が直接骨に加わった場合発生する。手の甲が著しく腫れ、痛みのために指を動かしにくくなる。はじめに骨折部を医師の手で元の位置に整復することを試み、その後にギプスや当て木による固定を行う。通常、骨の癒合は4〜6週間、完治は3ヶ月程度。