ようこそ悪霊と逝く楽しい学校生活 作:ふにふら
綾小路視点
「乾杯!」
池が缶ジュースを手に叫ぶ。
中間テストの結果発表の翌日の放課後、元赤点組は一堂に集まっていた。Dクラスから1人も赤点が出なかったこと、また勉強からひとまず解放されたことから皆笑顔だ。
……ハジメと堀北以外だが。
「おい、いい加減機嫌直せって……」
「怒ってないよ」
仏頂面でそんなことを言いながらどんどん料理を配膳していくハジメ。一口サイズ色とりどりのオードブルが並べられた中央には、でんと肉の塊が鎮座している。
「ほら、お皿貸して」
未だ不機嫌そうな表情だったが、それでも須藤が好きそうなものをよそっていくハジメ。
……怒っているというより、恥ずかしがってるっぽいな。
「うまっ!?」
そんなやり取りを尻目に池と山内は料理にがっついていた。
「ずりーぞ須藤!お前いつもこんなの食ってたのかよ!?」
おい山内、口に詰め込んだまま喋るな。
「どれ……」
オレも興味があったため、早速頂いてみる。
"成長してるな"
以前食べさせてくれた弁当も美味かった。ただ彩りやレパートリーに乏しい印象があったのだが、今回はその真逆。一口サイズの手毬天ぷらオードブルや、カットした生春巻き、目を惹くパエリア、中央で存在感を放つ断面の桜色が美しいローストビーフなど、見た目にも拘った上で非常に美味い。
須藤の弁当が日に日に色鮮やかになってることは知っていたが、ハジメはここ一月で料理の腕を磨いていたらしい……テスト期間中に何やってるんだと思わなくもない。
「本くん、これ本当に美味しいよ!」
「ありがと……嬉しい」
櫛田や皆の感嘆の声をきいて頬を少し赤くしているハジメ。照れ隠しなのか、須藤の皿にどんどん料理が盛られていく。
「本くん」
「ん、どうしたの堀北さん」
見事なバランスで高々と積み上げられた料理の皿に拍手が起きる中、堀北がハジメに声を掛ける。
「今日はありがとう。部屋だけでなく料理まで提供してくれるなんて」
ハジメは中間テストの結果発表があった昨日、クラスの打ち上げとして平田や軽井沢主催の集まりに参加した後、3バカと特に迷惑を掛けてしまった堀北と櫛田、オレにささやかな打ち上げと称して今日部屋に誘ってくれたのだ。
……ささやかじゃないよなコレ。
「いいよ。みんなが喜んでくれるなら、俺も嬉しいし」
そう言って、皆が嬉しそうに食事を摂る姿を眺めているハジメ。
「……本くん、貴方は」
普段と違い、ゆっくりと控えめに食べる姿に何を思ったか。堀北はハジメに何かを……
「ねえ本くん、ちょっといいかな?」
その前に、櫛田がハジメに声を掛けた。
「何?櫛田さん」
堀北に向きかけた視線をスライドさせる姿に、櫛田が微笑んだ。
「うん。これからの事を相談したいかなって」
「…………」
表情が固くなっていた堀北が、微かに溜め息をついた。おそらく意に沿わない形で言葉を遮られたことは不本意だが、話題自体には興味があったんだろう。
「たぶん期末テストまで大きなイベントは無いと思うけど」
こんな時でも手元に置いている水筒を呷って返事しているハジメ。
「つーか中間テスト終わったばっかりなのに、期末の話とか勘弁してくれよ」
嫌そうな顔をしながらハジメが皿に盛りつけた料理と格闘している須藤と、そうだそうだ〜とそれに同意しながら忙しなく料理を口に運ぶ池と山内。
「中間テストを乗り越えたくらいで浮かれない方がいいわよ。次の期末テストは更に難易度の高い問題が予想されるわ。それに、ポイントをプラスにする方法も探さなくてはならないし」
堀北の言葉で露骨に食事のペースが下がる3人。
「一応、期末試験の去年一昨年の過去問あるけど。あと中間テストは乗り切ればクラスに最低でも100ポイント支給されるらしいよ」
「マジかよ!?」
「うん。何もなければ次の支給日──7月1日には振り込まれるんじゃないかな。何事もなければ」
よっしゃーー!!と盛り上がる3バカ。
櫛田も小さくガッツポーズをとっている。可愛い。
「その情報はどこから?」
「匿名希望だけど、信用できる人だから安心して」
「……そう。でも全クラスにポイントが支給されるとなると、他クラスとの差は縮まないわね」
堀北は浮かれる気配はなく、どちらかというと他クラスの事が気になるらしい。
「うん、だから授業態度とか私生活のマナーは気をつけた方がいいかな。せっかくポイント貰っても、それが反映される前に減点されて0ポイントとか普通にありそうだし。そしたら他のクラスとの差はどんどん広がっちゃうから」
堀北に同意するように意見を重ねるハジメ。
これまでハジメは他クラスに対する言及をしたことが無かったため、オレはそれに意外なものを見るような眼を向けてしまった。
「だから皆には、これからも授業は真面目に受けてほしい。出来るだけ教室の外でも品行方正に過ごしてほしい……強制は出来ないけど、自分の行動がクラスに直接影響するって意識してほしい」
静かに語りかけるハジメに池、山内、須藤は気まずそうにしている。まあ4月の後半とか特に酷かったからな……
「それと、須藤くん」
ハジメは崩していた足を戻して正座になった。そして食事の手を止めて話を聞いていた須藤に向き直り──頭を下げた。
「ごめんなさい」
「…………」
それを須藤は黙って見ていた。
「君の夢を、邪魔したこと」
ハジメはここ一ヶ月、毎日須藤の面倒を見ていた。両手が不自由になった須藤の為、本人に鬱陶しがられても世話を焼くのを止めなかった。
「君の心を、傷つけたこと」
須藤の骨折は目立ったため、すぐにその理由は噂として広まった。ハジメは口外しないように赤点組に頼んでいたが、口が軽い奴はどこにでもいるものだ。最近は真面目に授業を受け、勉強に専念していることから少しずつ印象は変化している筈だが……相当低い位置からスタートしたことは間違いない。
「俺が君から奪ったもの。それをお返しすることは出来ないけど」
「代わりに……
失った物は戻らない。だからその代わりになる物を捧げよう。
これは、そういう提案だった。
それに対し須藤は──
「断る」
一瞬の迷いもなく即答していた。
「……え?」
ぽかーんとしているハジメ。
「それってつまり、これからもお前に面倒見られるってことだろ?」
「まあ……はい」
「嫌に決まってんだろアホ!ストレスで禿げるわ!」
「!?」
ショックを受けているハジメ。
それと同時に──
「だよな」
「正直あそこまでベッタリだと気持ち悪いよな」
「き、気持ち悪いは言い過ぎだよ山内くん!……でも、あそこまでしなくていいかも?」
「どう見てもやりすぎよ。少しは自分の為に時間を使いなさい」
打ち上げ参加者から次々にダメ出しをされるハジメ。
「き、清隆」
涙目の友人が此方に縋るような視線を向けてくるが……ここは正直な感想を分かりやすく伝えよう。
とりあえずサムズアップを向ける。
「!」
パッと笑顔になるハジメ。
そのまま手を上下逆にしてみた。
「ぐふ」
呻き声をあげて床に身を投げ出すハジメ。
「皆ありがとよ。俺からは中々言い出せなくてな」
須藤の言葉に再びあがる賛同の声。
やはり中間テストに向けた準備期間にハジメが須藤の為に行っていたサポートは、他の人間から見ても過剰だったらしい。
今、オレたちの心は一つだった。
「じゃ、じゃあせめてリハビリ!ほら運動するまでブランク出来ちゃうから、身体動かすの手伝うよ!?」
ハジメは往生際が悪かった。
「いえお構いなく」
そして非常に冷静な口調で断られていた。
そんなーと脱力するハジメを見て笑い出す池……確かに須藤らしくない知的な断り文句は面白いが、須藤これトラウマになってるんじゃなかろうか。
「おい、ハジメ」
「……なんすか」
須藤の呼び掛けに床に倒れたまま返事するハジメ──おい不貞腐れるな。
「ありがとな」
倒れ込んだ身体が、ぴくりと動いた。
「たぶんお前がいなきゃ、俺はこの試験乗り越えられなかった」
だから、と続く。
「色々面倒かけた。ありがとう」
ギプスがとれた左手を床につけて、頭を下げる須藤。
"須藤も丸くなったもんだ"
ここ一月2人がどんな風に関わっていたか、オレも全部知っているわけじゃない。ただハジメの献身は、確かに須藤の心に届いていた。
「…………別に」
頭を下げる須藤と複雑そうな顔をしているハジメを見ながら、オレはそんな事を思っていた。
「なんか色々置いてあるよな、お前の部屋」
真面目な話もいち段落し、ハジメが気を利かせて音楽プレーヤーから明るい曲を流し始めた頃には、食事しながら取り留めのない話題がポツポツと挙がり始めていた。
「……あー、うん」
オレ達に与えられているのは、1年専用の学生寮の一部屋で僅か八畳ほどの1ルーム。
入学前の案内で、学生寮には必要な物は一式揃っていると紹介されていたこと。またその部屋の大きさも発表されていたことから、大抵の学生はあまり多くの私物を持ち込まない……らしい、池曰く。
「このクッションすっごく気持ちいいね……なんかお洒落だし」
だがハジメの部屋は、意外と物が置いてあった。
しかも何というか、部屋に不釣り合いな程立派なインテリアが。
今も櫛田が感嘆の声を挙げながら、その柔らかそうな身体を押し付けているクッションとか(目を血走らせた池と山内には絶対に渡さないようにしよう)オレ達の下に敷かれてる高価そうなカーペットとか。
「入学案内に、私物は指定数のダンボールに収まる物って書いてあったから、頑張って詰めました」
こう、と押し込むような仕草をしているが……なる程、ハジメの豪腕ならさぞかし多くの物を詰め込めた事だろう。
「ハジメん家って結構金持ちなのか?」
「どうだろ?まあ変な家なのは間違いないけど」
「どんな生活してたのか凄く気になるよね……」
「毎日食っちゃ寝してました」
えへへと照れたようにはにかんでいる……愛嬌は抜群だが、結局よく分からない。
「………………」
やはりここにいる皆、この謎の生き物の生態が気になるらしい。3バカ、櫛田、そして堀北とも目が合う──そして頷きあう。今、再びオレ達の心は一つだった。
「……あの、そんなジロジロ見られると恥ずかしいんだけど」
「櫛田さんちょっと距離近づいてない?……え、気のせい?……そうかな……そうかも……」
「清隆、なんで俺の背後に回るの?え、気にしないで?そんな無茶な……ふやっ!?く、くすぐったいんだけど!」
「須藤くん、寄りかかるのほんと止めて。いや、止め、止め……止めろっつってんだろコラ」
──この後、滅茶苦茶質問した。
「結局、謎が増えた気がするわね」
頷きあうオレ達。
以下、Q&A一部抜粋。
Q.凄まじい身体能力ですが……
A.あ、はい。生まれつきです。
Q.入学試験、全校生徒で唯一の満点だとお聞きしましたが……
A.頑張りました!
Q.……なんでDクラスに配属されたんですか?
A.……おそらく中学で長期入院してたのが関係してるのかな、と。
Q.え、本くん大丈夫!?
A.……たぶん?
Q.童貞だとお聞きしましたが……
A.それ女子の前で聞く?
このように、質問責めしても分かったことはそう多くなかった。
「…………………………」
因みにハジメは現在、陸に打ち上げられた魚のようにカーペットの上に横たわり、ぴくりともしない。質問責めと並行してその異常に硬い肉体に興味を持った全員に突き回され……硬直したまま瀕死になっていた。
"哀れな……"
その姿を見ていると悪い事をしたかなと思わなくもない……だが忘れないで欲しい。オレ達もただ知的好奇心に踊らされただけの被害者であることを──
「清隆……清隆……」
「ん?」
物思いに耽っていると、ハジメからか細い呼びかけがあったので耳を寄せる。何々……
「許すまじ……」
「すみませんでした」
うん、オレがハジメに触り始めたのが切欠だった。
「いや冗談だけど……うん。じゃあ、あの水筒取ってくれたら許してあげようかな」
「分かった」
ハジメからは手の届かない場所に転がっていた大きめの水筒に手を伸ばし、掴み取る。
"……ん?"
微かな違和感。
「清隆〜早よー」
「……ああ、悪い」
少し動きが止まったオレを不思議に思ったのか、催促を受けた。まあ気にする程のことでもないので、そのままハジメに渡した。
「ありがと」
横になったままラッパ飲みを始めている……行儀悪いな。
「……ふう」
そして水筒から口を離す──と思いきや、そのまま飲み口をぺろりと舐めていた。
「……行儀悪いぞ、ハジメ」
あまりに意外な光景だったので、思わず声をかける。ハジメはこれまで食事の際も……そのスピードと量はともかくとして……礼儀作法はきちんとマナーに則った物だった。それが自室とはいえ、他者の目がある場所でこのような事をするのはイメージに合わない。
「……?」
ハジメは不思議そうに此方を見返す。
だが、自分が周りに注目され始められてる事には気がついたらしい。
「……あ、そっか。ごめん、下品だったね」
よっこいしょ、と身体を起こしている。
「悪いことはないが、意外だったな」
「うん……普段はやらないけど……眠くて」
眠い?まだ19時前だが……
見ると、ハジメの目は眠そうにトロンと半分閉じている。
「……やっぱり疲れてるんだよ。本くん、お疲れさま。今日はありがとうね」
「……うん」
櫛田の言葉にこくりと頷いている。
「じゃあ片付け始めっか。今日はサンキューな。美味かったぜ!」
「ごちそーさん!」
「美味かったし、ありがとな。ハジメもあんま無理すんなよ」
「……ん」
池、山内、須藤の言葉にも頷いているが……これ意識あるか若干怪しいな。
「本くん」
そんなハジメに近づいて話しかけた最後の1人。
「……堀北さん」
どうやらまだ意識はあるらしい。
そして向かい合うようにハジメの正面に座る堀北。
「今日はありがとう。美味しかったわ」
「……そう。よかった」
うつらうつらとしながら、それでも何処か嬉しそうなハジメ。
「本当は今日、もっと話したい事があったの」
そんなハジメを見ながら、堀北は言葉を続ける。
「でも今日はいいわ……本当にお疲れさま。ゆっくり休んで」
「……ありがと。片付けは、しなくていい……から」
くたり、と身体から力が抜けていくハジメ。
「あ、おいハジメ」
「Zzz…」
旅立ってしまった。
「寝ちゃったわね」
「うん、止め刺したのお前っぽいけどな」
どうすんだこれ。
「?何か問題でもあるのかしら。とても幸せそうな顔だけど」
いや顔ってお前……。
「後の片付けは私がやるから、皆帰っていいわよ……特にそこの、あちこち物色してる3人は今すぐ帰りなさい」
立ち上がった堀北によって、宝探しに精を出していた3バカは戦力外通知を受けた。
「私も手伝うよっ堀北さん」
「結構よ。私1人で充分だから、あなたも帰りなさい」
6月はジメジメした梅雨の季節と言われている。
「……手伝うよ?」
「……聞こえなかったかしら?」
でもたぶん、この冷や汗には関係ないと思う。
笑顔の櫛田と、無表情の堀北。
──よく見る組み合わせだが……なんかこう、うん。
「く、櫛田ちゃん?ほら、堀北もこう言ってるしさ」
池が櫛田に話しかける。さっきまでは一応片付けるつもりだったっぽいが、堀北の圧力に屈したらしい。
「でもみんなご馳走になったから……本くんは片付けなくて良いって言ってくれたけど、これくらいはしてあげたいの」
「いや……そりゃそうだけど」
言葉を濁す池。まあ、正論というか誰にも否定しづらい意見だった。
「必要ないわ」
そして、それを真っ向から否定する堀北。
「……どうして?」
その勢いの強さに、少し押される櫛田。
「その前に、須藤くん」
「──あ、俺?」
そのやり取りをボケっと眺めていた須藤が怪訝そうな声を挙げる。
「そう、あなた。一つだけ訂正しなければいけない事があったから」
「あん?」
「以前私は言ったわね。あなたはバスケットボールのプロになんかなれないって」
「……ああ、言われたな」
須藤は顔を顰めた。そのまま視線を未だギプスが外れていない利き手に落とす。
「……分かってんだよ。バスケのプロになんのが、どんだけ難しいかなんてよ」
ポツリと言葉が溢れる。
「同学年で俺よりバスケが上手い奴は殆ど見た事なかったが……ハジメの奴の動き見て、世界にゃこういう化け物がいるんだなって実感した。ぶっちゃけ自信なくしたぜ」
そしてその視線が寝ているハジメに向けられた。
「だからお前に、バスケのプロなんて下らない夢は諦めろって言われてブチ切れた。ぶん殴ってやろうって思った。正直、今でもあの言葉は許してないぜ俺は」
「……結局、あなたは諦めたの?」
強い視線に敵意を込めて睨む須藤に、堀北は淡々と問いかけた。
……だがそこに少し、挑発するような響きを感じたのはきっとオレだけではなく──
「──ハッ、舐めんな堀北」
それは強い口調だった。
「この俺が……たかだか1人の天才と、ただのクラスメイト如きに好き勝手された位で、潰れるわけねえだろうがッ!」
笑うという行為は、本来攻撃的なものであるらしい。なる程、確かにこの牙を剥くような表情はそう見えなくもない。
……だが、人間にとってはそうとも限らないのだ。
「俺は、周りにどんだけバカにされたってバスケでプロを目指す」
そしてこれが
「……まあいきなり骨折ってのは幸先悪いがよ。一足先に世界の広さを知れた勉強料ってことにしといてやる」
須藤が堀北に向けた、初めての笑顔だった。
「…………そう」
そんな須藤を、堀北は無表情で見ていた。
そのまま、ずいっと須藤に近づく。
「な、なんだよ」
堀北は凄まじく容姿が整っているため、無表情にも異様に迫力がある……加えて、合気道の有段者らしくブレない重心でゆっくり近づいていく姿に若干ホラーを感じなくもない。未だ右手にギプスを付けた須藤も微妙に腰が引けている。
「あれからバスケットのことを、その世界でプロになるのがどういうことなのか私なりに調べてみたわ」
「……お、おう」
「険しい茨の道。並大抵の努力や才能では届かない狭き門。調べれば調べるほど遠く感じる世界ね」
「……だから俺に諦めろって言うのかよ。無謀な夢だって」
再び須藤の顔が強張るが──
「違うわ。言ったでしょう、訂正するって」
堀北はあっさり否定し、戸惑ったような顔をした須藤と真っ直ぐ向き合った。
「プロになる難しさをあなたは知っていて、私は知らなかった……自分には関係ないと、他人のことを知る必要もないと思っていた。だからあなたの事をよく知りもせず、その夢をバカにした。今は後悔しているわ」
「あなたは苦手だと言っていた勉強でも、真剣に努力できる人だった。須藤くん、あなたが勉強会で培った努力や頑張りを活かせれば、きっとプロになれる。私が勉強を教えられたわけではないけれど……ここ最近のあなたを見ていて、私はそう感じたわ」
堀北は表情こそいつもとほとんど変わらなかったが、ゆっくりと頭を下げた。
「あの時はごめんなさい」
「………………」
それを呆然と見ている須藤。
櫛田も驚いたように堀北を見ている。というか池、山内も驚いてるし、なんならオレが1番驚いている。
"……堀北も成長してるんだな"
最近は、3バカ以外の赤点組に丁寧に勉強を教えていることは知っていた。クラスメイトに恐る恐る話しかけられても、素っ気も愛想もないが普通に対応し始めている事も知っている。
だが入学当初の、誰に対してもハリネズミのようだった堀北が、たった数ヶ月でここまで素直に謝罪するようになるとは……
「そして本くんは、悪かった私を庇って須藤くんに怪我をさせてしまった。だから本当は、彼が須藤くんの為にしていたことは、全部私がしなきゃいけないことだった」
……いや、それはそれでどうだろう。
重ねて言うが、堀北は顔だけ見れば間違いなくトップクラスの美少女である。そんな女子が毎日須藤に弁当を作ってきて付きっきりでお世話し始めたら……うん。
「彼が心を痛めている事を言い訳にして、私は自分の責任を押し付けた……だから他の皆より彼に大きな借りがあるの。その借りを少しでも返したいから──手伝いは必要ないわ。じゃあ、また来週ね」
「Zzz…」
そして相変わらず幸せそうな寝息を立てているハジメを後にして、テキパキ動き始めた堀北によりオレ達は半ば強引に部屋を追い出されたのだった。
「な、なあ見たかさっきの。あの堀北が謝ったぞ!?それもあんな丁寧に!」
「信じられねぇ!」
追い出された後も、話題は堀北のこと一色だった。
「なあ須藤、良かったな!」
「………………」
「……どした?」
須藤は茫然とした様子で、閉められたドアを見ていた。そして胸に手を当てて深呼吸している。
「……いや。なんでもねえ」
明らかに様子がおかしかったが、まあ須藤も堀北に思う所があるのだろう。
「あー、櫛田?」
「……?どうしたの、綾小路くん」
だが、先程から須藤と同じように閉められたドアをじっと見つめている櫛田の方が、どちらかというと気になった。
「……いや、なんか無理やり追い出されたからな。嫌な気分になったんじゃないか?」
まあ堀北なりの気持ちの整理がしたかったんだろうが、それでこちらを締め出すのは正直オレもどうかと思う。
「ううん。堀北さんの気持ちも分かるよ……むしろ、本くんには心を開いてくれてるみたいで、私も嬉しいんだ」
相変わらず櫛田は天使だった。
「やっぱ櫛田ちゃん優しいよな!」
「ほんとそれな!」
「あはは、そんなことないよ」
なんか池、山内と同じ意見なのは癪だが、これは仕方ないだろう。
──櫛田桔梗はクラスのアイドルだ。可愛くて、明るくて、誰にでも優しくて、親切で、気遣いが出来る美少女。男子に人気の女子は同性に疎まれやすいなんて聞いた事もあるが、櫛田にそれは当て嵌まらない。櫛田に辛辣な奴なんて……うん、それこそ堀北くらいだな。
以前ハジメは2人の仲が悪そうと言っていたが、今の丸くなった堀北ならワンチャンあるのではなかろうか。
「……ふふ」
本当に嬉しそうに笑う櫛田を見て、オレはそんなことを思った。
ハジメくん、こんばんは。
お貸し頂いた本は大変楽しく読ませて頂いています。いつもありがとうございます。今度は私のおすすめをお持ちしますね。
そして突然ですが、よければ今度お休みの日に一緒にお出かけしませんか?お友達と一緒に出かけるなんて久々ですので、とてもワクワクしています。行き先や日程等に関しましてはハジメくんと決めたいので、また折り返しを頂きたいと思います。よろしくお願いします。
椎名ひより
another episode
ー④ー