ようこそ悪霊と逝く楽しい学校生活   作:ふにふら

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原作2巻
宣戦布告


 

 

 

 人と触れ合うのが苦手だ。

 目を見て話すことが苦手だ。

 人の多い場所で過ごすことが苦手だ。

 

 いつからなのかは覚えていない。でも私はそうして今日という日を過ごしている。

 だけどこの世界は1人で生きるには厳しくて。だから私は偽りの仮面をつけて、本当の自分を隠して生きることにした。

 色褪せて見える景色。遠く感じる喧騒……それらが忘れられる感覚に縋る様になった私。

 

──私は、私が嫌いだった。

 

 

 

 

 

「おい、覚悟は出来てんだろうな?」

 

 最悪のタイミングだ。

 自撮りポイントを探していた私が見てしまったのは、まさに事件現場。1人の男の子が殺気だった複数の男子生徒に取り囲まれている。

 囲まれている男の子は抵抗する意志も薄れてしまっているのか、諦めたかのように静かだった。

──私は恐怖を感じながらもほぼ無意識のうちにその光景をデジカメのレンズに収めていた。無音で切られたシャッターに我に返ったけど、撮ってしまった過去は変えられない。

 囲まれている男の子はクラスメイトで。だから本当に怖かったけど、微かに何かしなければいけないような気持ちがあったのだ。

 

「何か言い残すことはあるか?」

「!?」

 

 でも暴力事件のランクが想像の数段上だった。

 私のキャパシティを遥かに超える情報に意識がフリーズする。

 

「じゃあ一言だけ」

 

 そんな中聞こえてきた涼やかな声。

 そのあまりにも普段通りの声音が、囲まれている男の子の物だと理解するのに数秒の時間が必要だった。

 

「……聞こう」

 

 それが異様に思えたのは私だけではなかったのか、その返事は硬質な響きを帯びていた。

 

「これは個人的な感想で、決して他意は無いけど……」

 

 一拍置いて

 

「櫛田ちゃん可愛かったです!」

「ハジメ貴様ァァーーッ!?」

 

 そして張り詰めた空気が一瞬で崩壊していた。

 

"???"

 

 脳内が疑問符で埋め尽くされる間に会話は続く。

 

「おま、お前ッ!よくも俺達の櫛田ちゃんに!じゃあデートってマジなのか!?嘘だと言ってくれぇぇー!!」

「いやだぁぁァァーーッッ!?」

 

 もはや隠す様子もなく人気のない特別棟に響き渡る怒号と悲鳴に、凍りついていた私の頭がゆっくり思考を回し出す。

……つまり、これって。

 

「休日にあんな可愛い子がひとりでウロウロしてたら危ないし。そりゃ保護するよ」

 

 楽しげな声に悲鳴のボリュームが増した気がする。

 

「だからって手まで繋いで──まさか貴様!?

「てへぺろ」

(ころ)せーー!!」

 

 そんな喧騒が聞こえた瞬間、私が隠れていた曲がり角に現れた男の子──本太郎くん。

 

「あ、お騒がせしました……みんなー、角に人いるしポイント引かれないように校内では走らないでねー」

 

 そんなことを言った彼は……超早歩き?みたいな挙動で去っていった。

 

「野郎、絶対許さねぇッ!!」「櫛田ちゃんと無理やり手繋ぐとか、とりあえず死刑だろ」「おい廊下は走るなよ!?ポイント引かれるぞ!」

 

 その後を競歩のように追いかけていく……Dクラスの男子達。

 

「…………ふう」

 

 思わず溜め息をついてしまった。

 嫌な緊張感でじわりと首筋に浮かんだ汗をハンカチで拭う。そのまま未だドキドキしている心臓を落ち着けるために深呼吸。

 

"びっくりした……"

 

 どうやらクラスでも人気の櫛田さんと、あの本くんがデートしていたらしい。思えば朝からクラスがざわざわしていた気がする。

 

"でもお似合いかも……そっか。もうお付き合いとかするんだ"

 

 友達すらいない私には遠い世界の話だけど。

 

「……あ、写真」

 

 さっき撮ってしまった写真は必要ないみたいだから、消しておこう。そう思って写真を確認してみたら、本くんがカメラ目線で(。・ ω<)みたいな顔をしていた。

 

「…………」

 

 私は無言でデータを消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「本、屋上いこうぜ」」」」

「やだよ」

 

 休み明けに登校すると、自分の席がならず者達に包囲されていた。

 

(朝から凄いですね)

"正直、櫛田さんの人気を舐めてたかなって"

 

 どうやら、自分たちが手を繋いでデートしている光景を目撃した生徒が「拡散せ(ひろめ)ねば…この情報を!」と使命感に駆られたらしい。

 

「おい本!お前昨日──」

「ハジメくん、ちょっといいかしら」

 

(ヒエッ)

 

「何だか朝から変な噂が聞こえるものだから……確認したかったの」

 

 登校した俺に詰め寄ろうとした池くんを押し退けるように近づいた堀北さんは、うっすら微笑んでいた。

 

「あなた、櫛田さんとお付き合いしているの?」

「違います」

 

 即答すると、堀北さんは小首を傾げた。

 

「そうよね。じゃあデートしていたというのも出鱈目よね?」

「それは──」

 

 気まずい……そう思いながらも口を開こうとして

 

「お前たち、席につけ。朝のホームルームを始める」

 

 教室の扉がガラガラと開かれた。

 そこにいたのは、クラス担任の茶柱先生。

 クラスの騒動には興味がないのかそのまま教卓に向かうが、未だ席に着いていなかった俺と目が合った。

 

「どうした(はじめ)、お前が席に着いてないのは珍しいな」

「……いえ、なんでもありません」

「悩みでもあるなら来い。今日は18時頃なら空いている」

「……はい。ありがとうございます、茶柱先生」

「よし──堀北、さっさと席につけ。お前たちもだ」

 

 そう言うと俺の席に集まっていた生徒たちを散らしてくれる茶柱先生──正直助かる。

 

「後で、必ず説明してもらうから」

 

 櫛田さんの席を見ながら戻っていく堀北さん。

 

「出席を取るぞ──ああ、櫛田は体調が優れないので今日は欠席だそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして放課後

 

 

「本くんはデリカシーがありません」

 

 クラスメイトから逃亡した俺は、椎名さんと遊びに行く打ち合わせとして図書室で落ち合っていた。

 そしてどうやら他クラスにまで広まっていたデートの件について尋ねられ、昨日櫛田さんと遊んだことを白状させられていた。

 

「誠に申し訳なく……」

 

 昼休み、堀北さんに前から遊びに行こうと誘っていたのが昨日だったことや、決して付き合ってはいないことを説明した。そして以前渡したライオットブラッドによる合法の海から逃れる方法を自分なりに調べて一覧にして手渡した。堀北さんは引いていた。

 

 そして放課後いきなりクラスの男子生徒に取り囲まれ、特別棟に連行された。特別な授業、家庭科室や視聴覚室など普段使わない教室が集まった人気の少ない校舎だから都合が良かったんだろう。

 自分としても今日欠席した櫛田さんに矛先を向けられたくなかったから、ある意味都合が良くて。

 俺は偶々外で会った櫛田さんを無理やり連れ回した勘違い男だということした。

──こんなの彼女へのお詫びには全く足りないけど。

 

"後で口裏合わせないと"

(……納得してくれますかね?)

"まあ、俺から誘ったのは事実だし……というか手繋いだのも原因100%自分っぽいし"

 

 まさか最近愛飲していたエナジードリンクにそこまでの効果があるとか思ってなかった。普通に1日3本以上飲んでたんだが……

 

"堀北さんには、一緒に遊びに行ったって言っちゃったけど"

 

 もし櫛田さんが黙っていてほしいと言ったなら、誰にも言わなかった。でもそうでないなら──これが、俺が堀北さんに示せる最低限の誠意だった。

 

(怒ってましたね)

"まあ、普通に最低だよな"

(いえ、やっぱりあれは仕方ないと思いますけど……)

 

「……何だかお疲れですか?」

 

 そう心配そうにこちらを覗きこむ椎名さん。

 こんな俺を心配してくれるとは、やっぱり優し──

 

「よっぽどデートが大変だったのですね」

 

"……どっちだこれ"

(わ、分かりません!)

 

 嫌味か本当に心配してくれてるのか分からない……というか思考制限してるとはいえ悪霊が判断つかないとか、地味に凄い。

 

「いや、クラスメイト達に吊るされそうになっただけだから」

「大丈夫なんですかそれ!?」

 

 驚愕している椎名さん……なんかお互いに驚き合う関係って新鮮だから、楽しい。

 

「しかも証拠写真撮られたよ」

「いじめ現場の!?」

 

(佐倉愛里ちゃんでしたか)

"ああ、クラスメイトだったな"

 

 あの人気のない校舎にクラスメイトの女子が訪れるとは思っていなかった。しかもまさかデジカメ付きで……あんな所に何を撮りにきたのか。

 

"まあ、剣呑な写真には見えないようにしたけど"

(流石ですぽん太郎!)

 

 傍から見たら一触触発だったろうし、そんな写真残っていても何の得にもならないので、カメラ目線で咄嗟にウインクしておいた。あれなら問題ないだろう。

 

「気になります」

「あはは、まあ話すのはやぶさかじゃないけど」

 

 何だかそわそわしている椎名さんには悪いけど、今話す気にはならなかった……だって聞き耳立てられてるし。

 

「あの、先程からジロジロと。何かご用でしょうか」

「──はあ?何言ってんの、あんた」

 

 こちらに背を向けて本棚を見ていた女子生徒。

 その子が問いかけに反応して振り返った。

……あ、Cクラスの子だ。

 

「椎名さんは見覚えある?」

「いえ、初対面だと思いますが……?」

「ッ」

 

(すっごく何か言いたそうです!)

"うん。絶対初対面じゃないね"

 

 初めて会った時、確かに人の顔と名前を覚えるのが苦手だと言っていたけど。

 

「……あんたらの事なんて知らない。自意識過剰なんじゃない?」

 

 そう言ってそっぽを向く女子生徒。

 

「そうですか。でも辞典コーナーの背表紙は、何というか……あんまり見ていて面白くないのでは?」

 

 しかも15分も。

 

「そ、そんなの私の勝手でしょ!?放っておいてよ!」

 

 噛み付くように反論する仮称Cさん。

 

(この子も可愛いです!)

"悪霊、お前ほんとに守備範囲広いな"

 

 でも言わんとする事は分かる。こちらを睨み付けるショートカットの女子はサバサバして気が強そうに見えるけど……何となくアホ可愛さがあるような。

 

「……ちょっと、なにその目」

「いえ……それより言いたい事があるんですけど」

「あっそ。私には無いから」

 

 そう言って立ち去ろうとした女子生徒。

 

「知りたい事があるなら、直接どうぞ」

 

 その足が止まった。

 

「そう伝えてもらえますか?」

「…………」

 

チラッと振り返った彼女はそのまま図書室を出て行った。

 

「あの、本くん。彼女は」

「Cクラスの女子だね。名前は知らないけど」

 

 何度か他クラスの前を通りがかった際に、顔は全て把握していた。

 

「そうでしたか……」

 

 何かを考え込む様子の椎名さん。

 

「ねえ椎名さん」

「?」

 

 そんな彼女を見ていて、ひとつ気になっていた事を尋ねたくなった。

 

「──ぶっちゃけ、椎名さんってどっち側?」

 

 試験期間も過ぎて少し人気が減った図書室。そこの空気が張り詰めていく。

 

「……どっち、とは」

「惚けないでよ。こう見えて俺、結構君のこと買ってるんだから」

 

 確かに、彼女は天然な所がある。

──だがその知性を軽んじた事は一度も無い。

 

「あのお誘いは誰かの指示?」

「…………」

「ちょっと急な気がして、気になってたんだ」

 

 確かに椎名さんとは最近仲良くしていた。

 彼女は読書が好きで、そして趣味について語り合えるクラスメイトがいないのだと悲しんでいた。そこに嘘はないのだろうが……

 

「罪悪感?」

 

 今日の彼女はいつもと様子が違った。

 

「……わかりました?」

「割と。というか椎名さんに命令できる人がいるんだね、そっちのクラス」

 

 ついでに仮称Cさんにも。

 

「その……誤解してほしくないのですが」

「うん?」

「あのお誘いは、私の」

 

「────よう、待たせたか?」

 

 こちらの話に割り込むかのように話しかけてきた生徒が、空いた席にどっかりと腰を下ろした。黒髪だが癖のあるやや長めのヘアースタイルが特徴的な彼は、ニヤリと不気味に笑っている。

 

「いや、確かに直接どうぞとは言ったけどさ……いくら何でも早すぎない?」

 

 外で待機していたのだろうか。

 

「遅れてくるよりいいだろ?」

「待ち合わせならね」

 

 自分たちのやり取りを見ていた椎名さんがポツリと呟いた。

 

「……龍園くん」

 

 どうやらこの生徒の名前は龍園らしい。

 

「今ご紹介に預かった龍園だ──よろしくな、本太郎くん?」

 

 ニヤニヤと笑いながら揶揄うような態度を崩さない彼だが……その目には此方を見定めようとする冷静な光があった。

 

「初めまして、龍園くん。こちらこそよろしくね──それで、何が知りたいの?」

 

 残念ながら俺と友達になりたいわけでは無さそうだ。

 

「なに、最底辺のクラスに目立つ奴がいるからな。どんな奴か気になっただけだ」

「そう、それでご感想は?」

 

 でもこれはこれで新鮮に感じる。

 

「あの赤髪ゴリラ、怪我させたのお前なんだよな」

 

 須藤くんの事を言っているらしい。

 

「そうだね」

 

 肯定すると、龍園くんは突然腕を伸ばしてきた。

 

「龍園くん!」

 

 焦ったような声を出す椎名さんだが、別に暴力を振るってきたわけではない。ただ俺の腕を掴んできただけだ。

 

「………………」

 

 ギリギリと、その手に力を入れている龍園くん。

 

「何か分かった?」

 

 こちらの問い掛けに、鼻を鳴らした彼は

 

「ああ……気持ち悪りぃ奴だな、お前」

 

 そんな言葉を吐き捨てて離れた。

 

「気持ち悪いは酷くない?」

「思ってもいねぇ事をほざくんじゃねえよ、化け物」

「どういうこと?」

 

 こちらの事が心底気に食わないような彼の言葉に首を傾げる。

 

「お前、俺の事なんざ何とも思ってねえ(・・・・・・・・)だろ?」

「え、そんなこと」

 

 いや、だってそれは

 

「当たり前では」

「…………」

「……え?」

 

 無言の龍園くんと小さく疑問の声を溢す椎名さん……あ、やばい。

 

「あ、いや今のはそういうことじゃなくて……俺に敵対的な人ってみんな消えてきた(・・・・・・・・)から、あんまり気にしない癖がついてたっていうか」

「………………」

「……本、くん?」

 

 更に致命的に誤解された気がする。

 

(──ちょっと面白いです!)

"笑い事じゃないんですが"

 

 どうも頭が回らない……今日の休憩時間はずっとクラスメイト達に詰め寄られてたから、時間が足りなかったっぽい。

 

「……なるほどな。何で底辺クラスにお前みたいな奴がいるのかと思ったが……サイコパス、か」

「いや違うから」

 

 未だに口元には不敵な笑みを浮かべているが、よく見ると額に冷や汗を浮かべている龍園くん。

 

「本くん……」

 

 そして涙目で怯えた様にこちらを伺う椎名さん。

 

「いや本当に違うから!?自分の意思で誰かを傷つけようとした事、殆ど無いから!」

 

 その言葉に何故かこちらを睨んでくる龍園くん。

 

「俺も決して褒められた人間じゃねえ。他人を蹴落とすなんて日常茶飯事だ……だがな、それでも自分のやった事は認めてる」

「うん普通に外道だね君。そんな気はしてたけど」

 

 そしてそんな人にすら非難される俺は一体……?

 

「……わかりました。私は本くんを信じます」

「椎名さん!」

 

 やはり持つべきものは友人だ。積み重ねた信頼は、迂闊な一言では揺らがない。

 

「でも、もしこれから辛いことや苦しいことがあったら……私が相談に乗ります。だから、一緒に頑張りましょう?」

 

……信頼されてるよね?

 

「ひより、今朝言ったことは無しだ。こんなのと関わる必要はねえ」

「いいえ龍園くん。私は、彼の友達ですから」

「……忠告はしたぞ」

 

 そう言った龍園くんは席を立つ。

 そしてそのまま去っていくのかと思いきや、座ったこちらを見下ろすように語り掛けてきた。

 

「おい化け物」

「……なに?」

 

 何度も化け物呼ばわりされて不機嫌な返事を返してしまう。敵対的な態度は新鮮だが……その台詞は聞き飽きてる。

 

「俺たちCクラスは、いずれAに上がる」

「そう、頑張って」

「……その為には邪魔な奴らを片付ける必要がある」

 

 こちらの返答が気に入らなかったのか、ぐいっと顔を寄せられた。

 

「──まずはお前らDクラスからだ」

 

 何やら宣戦布告された。

 

「ご丁寧にどうも……けどなんで?うちのクラスなんてポイント0だし、失うものはそっちの方が多いと思うけど──」

「──お前は、邪魔だ」

 

 力強く断言された。

 

「え、なにその理由」

 

 一体俺の事を何だと思ってるのだろうか。

 

「ぶっ潰してやるよ」

「………………」

「話はそれだけだ。楽しみにしとけ」

 

 最後にそんな悪態をついて、彼は去って行った。

 

「あの……うちの龍園くんがすみません」

「彼に俺と仲良くしろって言われたの?」

 

 そう尋ねると、椎名さんはバツが悪そうな顔をした。

 

「……はい、今朝急に。そんな事を言われても困るのですが」

「ああ、それで」

 

 今目の前で方針が180度転換したけど。

 

「あの、本くん……改めてごめんなさい」

 

 頭を深々と下げられた。

 

「?椎名さんは何もしてないと思うけど」

 

 むしろ疑ってしまったこちらが謝るべきでは。

 

「──私は、争いごとに興味はありません。クラス間での競争にも関心がありません」

「あ、はい」

 

 前からぽやぽやしてるとは思ってたけど、見たままだったらしい。

 

「だけど今日のように、クラスの為に何かをしろと言われて、それを必ず断れるとも断言できません」

「……うん」

 

 それが、この学校の構造だった。

 幾ら他クラスの子と仲良くなっても、それ自体が時には裏切りと称されクラスの勝利を優先させられる──とても、残酷な学校。

 

「そんな私が……まだ本くんの友達を名乗っていいのでしょうか。本くんも……私を友達だと、思ったままでいてくれるのでしょうか」

 

 俯いて不安を溢す椎名さん。

 

「椎名さん」

「…………」

 

 でも、俺にとってそれは

 

「俺、この学校に来るまで友達なんていなかったんだ」

「……ほんとですか?」

「うん。理由は色々あるけど……だから椎名さんは大事な友達。こんな事で嫌ったりしないよ」

「…………」

「偶々こんな学校で競争することになったけど……何も相手を嫌ったり憎んだりする必要はないと思うんだ。だからこんな俺で良ければ──」

 

 片手を差し出す

 

「今後とも、よろしく」

「──はい!」

 

 安堵と喜びが混じった笑顔で、こちらの手をぎゅっと握ってくる椎名さんに笑顔を返す。

 

(良かったですねぽん太郎!)

"……ああ"

 

 繋いだ手から温もりを感じる──やっぱり嬉しい。

 

「あ……でも龍園くんがそちらのクラスを標的にすると言っていましたが……」

 

 繋いでいた手を離し、大丈夫ですか?と心配そうに話しかけてくる椎名さん。

 

「うん、まあ相手の出方次第かな」

 

 現状、Dクラスにとって優先すべきは地盤固め。いずれ来るであろうポイント獲得の機会に備えて、クラスの結束を高める事が重要だ。

 

「龍園くんがCクラスのリーダーなんだよね。椎名さんから見て、彼ってどんな人?」

 

 因みに俺の見立てでは結構なアウトロー。不良という人種の中でも割と手段を選ばないタイプと見た。

 

「たぶん、本くんが思っている様な人です」

「そっか。分かった」

 

……実は、自分でこういうタイプと相対するのは初めてだったりする。なので今後起こり得る事(・・・・・・・・)は想定できても、その中で何が起こりやすいのかまでは分からない。経験不足だ。

 

(ファイトです!)

 

──悪霊も完全に静観の構えだった。要らない時は活性化する癖にこういう時は役に立たなかった。

 

「じゃあ、今後も友達だけど……同時に、良き競争相手って事で」

「はい」

 

 穏やかに微笑んでいる椎名さんだけど、同時に分かった事がある。

──それは、彼女は友達だけど無条件で俺の味方ではないということ。

 椎名さんとはある程度の付き合いがあるが……彼女はCクラスの内情については一切喋っていない(・・・・・・・・)

 龍園くんがCクラスのリーダーになった経緯は知らないが、女子のクラスメイトに……言い方は悪いがストーカーの様な真似を強要できる程度には、クラスで高い立場を築いている。

 そして他人を蹴落とす事が日常茶飯事なんて公言する彼の行動が、これまで全く反感を買わなかったとは思えないし……いくら椎名さんが他人に興味が薄かったとしても、そんなクラスの様子に気が付かないわけがない。実際俺は何度か彼女にクラスの様子を世間話の様に振っていた。

 だけど彼女は、それを俺相手に隠し切ったのだ。

 

"思えば龍園くんも、椎名さんに俺との絶交を強制はしてなかったか"

 

 まだそこまでクラスを掌握しきっていないか……もしくは彼女を信用しているのか。

 

「……それで、その」

「?」

 

 そんな事を考えていると、なにやら椎名さんがモジモジしていた。

 

「よければ次のお休みの日はいかがでしょうか」

「……そういえば遊びの打ち合わせだったね」

 

 これだけ色々あって元の話題に戻ってくるのは、非常にメンタルが強い。

 

「うん。いいよ」

 

 まあ櫛田さんや堀北さんの事があるから憂いなくとはいかないけど──俺にはあまり時間がないのだ。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

(やっぱり可愛いです)

"それな"

 

 幸せそうな椎名さんを見ていると、こちらまで嬉しくなる。

 

「楽しみにしてますね」

「ああ、俺も──」

 

 Cクラスとは一悶着あるかもしれないけど、まあそれも青春の1ページになればいい。

 

"ぶっ潰してやる……か"

 

 あんな事を言われたのは初めてで、少し心臓が煩くなったけど──でも、もしそんな未来があるというのなら

 

「──楽しみに、してるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どうだったの」

「あ?」

 

 図書室から出てきた俺に、待ち構えていた伊吹が話しかけてきた。

 

「なんだ、気になるのか」

「……私にこんな事させておいて、何の成果もなかったとか言わないでしょうね」

 

 苛立たしそうにこちらを睨みつけてくる。

 

「安心しろ。成果はあった」

 

 反抗的な女だが、この気の強さと女子の中でもトップクラスの身体能力は今後役に立つだろう。簡単な偵察程度のお遣いも熟せるようだ。

 

「これからどうするつもり?」

「…………」

「龍園、あんたの事は心底気に入らない」

 

 見りゃ分かる。

 

「だから方針が決まったなら先に教えて。早めに断っておきたいから」

「いい度胸だな」

 

 最も信頼の置ける力──暴力。それを用いてクラスを掌握していった俺に、ここまで舐めた口を利けるのはクラスでこいつくらいだろう。

 

「……まあ今はいい。で、今後の方針だったな」

 

 そして俺は、端的に告げる。

 

「暫くは何もしない」

「……は?」

 

 疑問の声を溢す伊吹だが、俺はこの判断が正しいと確信している。

 

「手を出しやすい獲物がいるならちょっかい掛けてもよかったが……そうでも無いなら、今手を出すメリットは薄い」

 

 それはアレ(・・)も言っていた事だ。

──そしてその判断は正しい。

 

「獲物がいるなら手を出してた。逆に、ただ厄介な奴がいる位なら真綿で首を締めるようにクラスごと弱らせた。俺にとっちゃAクラスを攻略する前の暇つぶしだ──そのつもりだった」

 

 ふと蘇る指先の感覚。

 石像をゴムで覆った物を掴んだような異様な感触。幾ら力を入れてもその肉体に指は食い込まず、微かな筋肉のうねりから感じ取れたのは人外染みた膂力。

 

「水泳授業で世界記録だの、小宮や近藤からバスケ部での笑っちまうような活躍だの……まあ話半分に聞いてたが、少しは信憑性も出てきたぜ」

 

 加えて頭の方も優秀らしく、ふざけた事に入試試験は歴代唯一の満点らしい。聞いた時は出来の悪いクソアニメの主人公かと思ったものだ。

──加えてタチが悪いのは。

 

「俺の予想が正しければ、夏にポイントが大きく動くイベントがある──仕掛けるのはその時だ」

「……そう」

 

 怪訝そうな伊吹に背中を向けて、帰路に着く。

 そして先程のやりとりを反芻する。

 

「──────」

 

 あの時、無意識のようにアレ(・・)から漏れた言葉──そして感じた臓腑を撫でるような感覚。

 

「ク、クク」

 

 抑えようと思っていた……だがダメだった。

 

「最高だ」

 

『同じ学年に規格外の存在がいるらしい』

 そんな噂が耳に届いたのは、入学からそう経たない時だった。その時の俺は情報を集め、学校のシステムを把握するのにリソースを割いていた。

 

"だがDクラスはポイント0。多少個人の能力が優れていようが、大勢に影響しなかった時点でたかが知れる"

 

 そんな事を思い掌握したCクラスを使ってBクラスにも手を出したが、正直期待外れだった。あれなら何とでもなる。

 後はAクラスを切り崩していけば、CクラスがAクラスに上がれる。こちらは簡単にはいかないだろうが……やりようは有る。

 そして残ったのがDクラスだ。

 つまり優先順位は1番下。Aクラスに上がる事を一種のゲームの様にも感じている俺にとっては、期待の薄いクラスだった。

 

"大方アレ(・・)は、能力は有るが人格に問題があるタイプ。何となくクラス分けの傾向も掴めてきたじゃねえか"

 

 だがそれは俺にとって問題ない。むしろ何をしてくるか分からない連中の方が、相手をしていて面白い(・・・)

 

「少し待たせるが……退屈はさせねえ」

 

 お前が並外れてるのは理解した。

 それでも──

 

「楽しみにしてるぜ、化け物」

 

 最後に勝つのは、この俺だ。

 

 

 

 

 







高度育成高等学校学生データベース

氏名 佐倉(さくら)愛里(あいり)
クラス 1年D組
部活動 無所属
誕生日 10月15日

 ──評価──

学力 C+
知性 C
判断力 D
身体能力 D
協調性 D-

──面接官からのコメント──

相手の目を見て話すことや言葉の組み立てなど、他者とのコミュニケーション能力が高校生たる基準に達していない。学力や身体能力も不足点が目立つ。立派な人間へと成長させ社会に送り出すための教育を施すのが当校の存在意義であることから採用とする。問題のある生徒の多いDクラスでの学習で彼女の成長に期待したい。

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