ようこそ悪霊と逝く楽しい学校生活   作:ふにふら

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自己紹介

 

 

 それから暫く経って、始業を告げるチャイムが鳴った。ほぼ同時に、スーツを着た1人の女性が入ってきた。

 見た目の印象はしっかりした、規律を大事にしそうな先生。歳は30に届いているか微妙なところ。それなりに長そうな髪は後頭部で纏められポニーテール調になっている。

……というか。

 

(ええ……何なんですかこの学校。美人多すぎませんか?)

 

 モデル顔負けのルックスに凛とした出立ちとクールな雰囲気に反する豊満な胸元。シャツの襟が下品にならない程度に開けられており、健全な男子高校生の目には毒だった。

 

"そういえばそうだな。入試も教員採用試験も美人は面接で合格しやすいとか?あ、社会に役立つ人材ってそういう……?"

 

 教室までの映像を再生し今さら益体もないことを考えていると、教室に入ってきた女性は教壇の前に立ち話し始めた。

 

「えー新入生諸君。私はDクラスを担当することになった茶柱佐枝(ちゃばしらさえ)だ。普段は日本史を担当している。この学校には学年ごとのクラス替えは存在しない。私が担任としてお前たちと学ぶことになる。よろしく」

 

(ほんと美人さんですねぇ……ぽん太郎、ぽん太郎、ファンクラブあったら入りませんか?)

"……俺も嫌な事に気が付かなければ入りたかったよ、茶柱倶楽部"

 

「今から1時間後に入学式が体育館で行われるが、その前にこれからこの学校の特殊なルールについて記載された資料を配らせてもらう。以前入学案内と一緒に配布はしたが、気になるならもう一度読んでおくように」

 

 前の席から見覚えのある資料が回ってくる。合格発表を受けてから届けられた物で、見た目は今も鞄の中にある資料と一緒だった。

 耳と思考を茶柱先生に向けながら、受け取った資料をパラパラとめくっていく。

 

(ふんふん、ふんふん、今のところ差異はありません。あ、前のページ陰で見えない場所がありました。戻ってください)

 

『東京都高度育成高等学校』

 

 この学校には、全国に存在する数多の高等学校とは異なる特殊な部分がある。それは学校に通う生徒全員に敷地内にある寮での学校生活を義務づけると共に、在学中は特例を除き、外部との連絡を一切禁じていることだ。

 例え肉親であったとしても、学校側の許可なく連絡をとることは許されない。

 当然ながら許可なく学校の敷地から出ることも固く禁じられている。

 ただしそのかわり、生徒たちが苦労しないよう数多くの施設も存在する。カラオケやシアタールーム、カフェ、ブティックなど、小さな街が形成されていると言ってもいい。大都会のど真ん中にして、その広大な敷地は60万平米を超えるそうだ。

 そしてもう1つ、学校には特徴がある。それがSシステムの導入だ。

 

「今から配る学生証カード。それを使い、敷地内にあるすべての施設を利用したり、売店などで商品を購入することが出来るようになっている。クレジットカードのようなものだな。ただし、ポイントを消費することになるので注意が必要だ。学校内においてこのポイントで買えないものはない。学校の敷地内にあるものなら、何でも購入可能だ」

 

 学生証と一体化したこのポイントカードは学校での現金の意味合いを持つ。

 あえて紙幣を持たせないことで、学生間で起きる金銭のトラブルを未然に防いだり、あるいはポイントの消耗をチェックすることで、消費癖に目を光らせているのかも知れない。何にせよ、ポイントの全ては学校側から無償で提供される。

 

「施設では機械にこの学生証を通すか、提示することで使用可能だ。使い方はシンプルだから迷うことはないだろう。それからポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。お前たち全員、平等に10万ポイントが既に支給されているはずだ。なお、1ポイントにつき1円の価値がある。それ以上の説明は不要だろう」

 

 一瞬、教室の中がざわついた。

 つまり入学したばかりの自分たちは、学校側から10万円のお小遣いを貰ったということだ。

 

「ポイントの支給額が多いことに驚いたか? この学校は実力で生徒を測る。入学を果たしたお前たちには、それだけの価値と可能性があるということだ。これはそのことに対する評価みたいなものだ。遠慮なく使え。ただし、このポイントは卒業後には全て学校側が回収することになっている。現金化したりなんてことは出来ないから、ポイントを貯めても得は無い。振り込まれた後、ポイントをどう使おうがお前たちの自由だ。好きに使ってくれ。仮にポイントを使う必要が無いと思った者は誰かに譲渡しても構わない。ああ、だが無理やりカツアゲするような真似だけはするなよ? 学校はいじめ問題には敏感だからな」

 

(あ、ぽん太郎!チェック終わりました!特に追記とかはないですねこれ!)

 

 思わず顔を覆った。

 

(え、ちょ、ぽん太郎どうしましたか!?なんかあなたからこれまでにない変な感情が流れ込んでくるんですが!!)

"もう100%クロだろこれ……"

(え、どういうことですか?)

"あっあっ、やめろ考えるな。俺の頭がぐにゃってなるから"

 

「質問は無いようだな。では──」

「──先生!」

「……(はじめ)か。なんだ質問か?」

 

"あっ"

 

 手をあげるだけのつもりが、立ち上がってしまった。

 10万ポイントと言う大きな数字に驚き、ざわついていたクラスメイトの視線が集まり頬が熱くなるのを感じる。

 

"おい悪霊"

(ミーン、ミンミンミンミー)

"よし、そうだ。お前はただの蝉だ。そのまま暫く鳴いてなさい。難しいこと考えるなよ"

 

 呼吸を整え、立ち眩みのような酩酊感を打ち消した。

 

 先程の先生の発言は一言一句思い出せるが、その中には明らかに恣意的にこちらを誘導するものがあった。

──そしてそれは、ほぼ間違いなく他のクラスでも行われている。

 仮にこのクラスでのみこのような情報操作が行われたなら、他クラスとの交流で間違いなくそれは発覚する。特にそれが現在、新入生の関心を1番集め必ず話題になるであろう話なら尚更だ。

 そんなことをしても、茶柱先生が生徒に顰蹙を買うだけで何の意味もない。

  つまり学校側は、明確な意図を持ってこちらを騙そうとしている。

 

「先生。聴きたい事は幾つかあるのですが……」

 

 だが今ならそれを指摘するのは容易い。

 本来、人の記憶は印象に左右されやすい。

 この機を逃し時間が経てば、今回の話のインパクトのみが残り記憶が捻じ曲げられてしまう危険がある。

 

 それを踏まえて俺は──

 

「……これから入学式もありますし、明日の放課後あたりに時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 沈黙を選んだ。

 

(あれ?ぽん太郎、ぽん太郎、今訊かなくていいのですか?)

"うるさいぞミンミンゼミ。理由があるんだ"

 

 今回の、おそらく新入生全員に仕掛けられたミスリード。それを今すぐクラスメイト達の前で指摘するメリットは2つあった。

 

 1、クラス全員に警戒心を与えることで学校側から仕掛けられたトラップによる被害を抑えられるかもしれないこと。

 2、学校側や他の生徒に評価されること。

 

 ここまではいい。だが同時に、このメリットはまだ隠された学校のルールによってはそのままデメリットに反転する(・・・・・・・・・・・・・・)し、それとは別に確実に起こるデメリット(・・・・・・・・・・・)がある。

 

「明日の放課後は部活の説明会が行われる予定だ。教師はその手伝いがあるため遅くなるだろう。今日でも構わないが?」

「いえ……まだ学校を見て回れていないので、質問するために必要な最低限(・・・)の情報も持っていません。なので、できれば明日よろしくお願いします」

 

 そう言うと、茶柱先生は微かに目を見開いた。

 

「……分かった。それなら明日の放課後、部活動の説明会が終わったら職員室に来い」

「はい。ありがとうございます先生」

「さて、他に質問のある生徒はいないな。では良い学生ライフを送ることを祈っている」

 

 俺が礼を言い席に座ったのを見届けて、先生が去っていった。

 高額なお金を貰い浮き足立ち始めた生徒たち。

 近くの席の生徒どうしで会話が始まる。

 

 そんな中俺達は──

 

(先生なんだか喜んでます?)

"それなー"

 

 頭の中で茶柱先生の表情のリピート再生を行い感想を交換していた。

 

「皆、少し話を聞いてもらってもいいかな?」

 

 そんな風にクラスに喧騒が広がり始めたタイミングで、スッと手を挙げたのは如何にも好青年といった雰囲気の生徒だった。

 

「僕らは今日から同じ教室で過ごすことになる。だから今から自発的に自己紹介を行なって、1日も早く友達になれたらと思うんだ。どうかな?」

 

(おお、爽やかなイケメンですよぽん太郎)

"うん、先に言っとくけど男のファンクラブは絶対入らんからな"

(´・ω・`)

 

「賛成ー!私たち、まだみんなの名前とか、全然分からないし」

 

 頭の中でくだらないやり取りをしてるうちに、他の女子生徒が口火を切ったことで、迷っていた生徒達が後に続いて賛成を表明する。

 

「僕の名前は平田洋介(ひらたようすけ)。中学では普通に洋介って呼ばれることが多かったから、気軽に下の名前で呼んで欲しい。趣味はスポーツ全般だけど、特にサッカーが好きで、この学校でも、サッカーをするつもりなんだ。よろしく」

 

 大きな拍手が起こる。彼の挨拶はクラスで好意的に受け止められ、それを皮切りに自己紹介が進み始めた。

 見るからに緊張し最後まで話せたことに心底ほっとした様子の女子生徒、軽いノリでボケてみた男子生徒など、個々人の個性が短い間に凝縮したような一幕は見ているだけでとても参考になる。

 

「ーーよろしくお願いします」

 

"ああ、次は俺の番か"

 

 隣の女子生徒が座ったのと同時に、ゆっくり立ち上がる。

 先程と同じようにクラス中の視線が俺一人に集まるが、心の準備ができていたため笑顔を浮かべることができた。

 

本太郎(はじめたろう)といいます。先程はポイントの件でびっくりしていて、思わず立ち上がってしまいました。驚かせてしまったらごめんなさい」

 

 ぺこり、と頭を下げるとクラスから「大丈夫だよ〜」や「気にしてないよー」という優しい言葉をもらうことができた。

 

「──ありがとうございます。正直とても恥ずかしかったのですが、皆さんの優しさに救われました。趣味は寝ること食べることですが、みんなと早く仲良くなりたいので、寝てても突ついて話しかけてくれると嬉しいです。3年間よろしくお願いします」

 

 拍手と数人からの掛け声を貰い、席についた。

──ああ、本当に心の準備をしていて助かった。

 

"悪霊……お前……"

(違うんです誤解ですぽん太郎私は決して女の子にモテる挨拶なんて考えていませんだってさっきの平田くんとかクラスの女子に人気は出そうですけど私のぽん太郎の方がずっとずっと格好いいですし負けたら悔しいじゃないですか!)

"語るに落ちてんぞ"

 

 その後櫛田(くしだ)さんが自己紹介をした際に俺との関係に突っ込まれてたり、池寛治(いけかんじ)くんが自己紹介する際に何故かこちらを睨んできたりという些細な出来事はあったが、大きな問題はなく自己紹介は進んでいく。

 

「じゃあ次───」

 

 促すように次の生徒に視線を送る平田くんだが、次の生徒は強烈な睨みを彼に向けた。髪を真っ赤に染め上げた、それはもう不良って言葉がピッタリの少年だ。

 

「俺らはガキかよ。自己紹介なんて必要ねえよ、やりたい奴だけでやれ」

 

 赤髪くんが平田くんを睨みつけた。今にも食って掛かりそうな勢いだ。

 

「僕に強制することは出来ない。でも、クラスで仲良くしていこうとすることは悪いことじゃないと思うんだ。不愉快な思いをさせたのなら、謝りたい」

 

 真っ直ぐに見つめ頭を下げる平田の姿を見て、女子の一部が赤髪くんを睨みつけた。

 

「自己紹介くらいいいじゃない」

「そうよそうよ」

 

 さすがイケメンサッカー少年。あっという間に女子の大半を味方に引き込んだようだ。ただ、その反面赤髪をはじめ、男子生徒からは半分嫉妬に似た怒りを買ったようだが。

 

「うっせぇ。こっちは別に、仲良しごっこするためにココに入ったんじゃねえよ」

 

 赤髪くんは席を立った。それと同時に数人の生徒が後に続くようにして教室を出る。

 

"今の赤髪の彼は須藤健(すどうけん)くん。他に出て行った生徒は長谷部波瑠加(はせべはるか)さん、三宅明人(みやけあきと)くん、堀北鈴音(ほりきたすずね)さん。参加はしてくれなかったけど、ある意味あれが自己紹介のようなものかな?"

 

 少しざわついたが、その後も自己紹介は続いていく。学生同士の自主的なものとはいえ、このタイミングで教室を出て行くのは他のクラスメイトに興味がないと言っているのも同然だ。よほど体調が優れない場合を除けば普通は座っている。

 

 つまり彼ら彼女らは身をもって自分達が普通ではないと紹介してくれたわけだ。その度胸には敬意を表する。

 

「あの、自己紹介をお願いできるかな───?」

「フッ。いいだろう」

 

 が、そんな彼らも度胸という点ではおそらく彼に及ばないと思う。

 

「私の名前は高円寺六助(こうえんじろくすけ)。高円寺コンツェルンの一人息子にして、いずれはこの日本社会を背負って立つ人間となる男だ。以後お見知りおきを、小さなレディーたち」

 

 その長い金髪を無駄に整えていた彼は、長い足をゆっくりと上げ立ち上がるのかと思ったが、机の上に両足を乗せ、あろうことかその体勢で自己紹介を始めていた。

 

(……強いッ!)

"それな"

 

 ごく最近似たようなやり取りをした覚えがある。というか朝バスの中で無双してた彼だった。

 女子たちは金持ちのボンボンに目を輝かせ───ることもなく、ただの変人を見るような目で高円寺くんを見ていた。

 

「それから私が不愉快と感じる行為を行った者には、容赦なく制裁を加えていくことになるだろう。その点には十分配慮したまえ」

「えぇっと、高円寺くん。不愉快と感じる行為、って?」

 

 制裁と言う言葉に不安を感じたのか、平田が聞き返す。

 

「言葉通りの意味だよ。しかし1つ例を出すなら───私は醜いものが嫌いだ。そのようなものを目にしたら、果たしてどうなってしまうやら」

 

 ファサッと長い前髪をかき上げる。

 

「あ、ありがとう。気を付けるようにするよ」

 

 どうやら一癖も二癖もある生徒が、このクラスには多いらしい。

 流石にこれ以上インパクトのある生徒はいなかったが……

 

「えー……えっと、綾小路清隆(あやのこうじきよたか)です。その、えー……得意なことは特にありませんが、皆と仲良くなれるよう頑張りますので、えー、よろしくお願いします」

 

 最後のそんな挨拶は、何故かやたらと印象に残った。

 

 

 

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