ようこそ悪霊と逝く楽しい学校生活 作:ふにふら
綾小路視点
入学2日目、授業初日ということもあって、授業の大半は今後の勉強方針などのガイダンスのみだった。
先生たちは進学校とは思えないほど明るくフレンドリーで、きっと多くの生徒が拍子抜けしたことだろう。
おしゃべりをしている生徒もいるし、携帯をいじっている生徒もいる。
須藤に至っては既に大物ぶりを発揮していて、殆どの授業で眠りこけている。教師たちはそれに気がついているだろうが、注意する気配は全くなかった。
授業を聞くか聞かないかは個人の自由ということで、これが義務教育じゃなくなった高校生への対応なのかもしれない。
弛緩した空気の中、昼休みになった。
生徒たちは思い思いに席を立ち、顔見知りになった連中と食事に消えていく。
ちら、と横を見ると堀北と目が合った。
「哀れね」
まだ何も言ってない。
「……何だよ。何が哀れなんだ?」
「誰かに誘って貰いたい。誰かとご飯を食べたい。そんな儚い考えが透けて見えたから」
「お前だって1人だろ。同じように考えてるんじゃないか?それとも3年間友達も作らず1人でいるつもりか?」
「そうよ。私は1人の方が好きだもの」
堀北は迷わず間髪を容れず答える。本心から言っているように感じた。
「私に構ってる暇があるなら、自分の状況を何とかしたら?」
……そうか。堀北は昨日あの場を先に離れたから知らないのだ。
「すまない堀北。俺にはもう友人ができたんだ」
言いつつオレは救世主に視線を向ける。
ハジメは授業の合間は水筒を呷って突っ伏すという行動を取っており、また席が離れていることから今日は話せていないが、きっと約束を憶えている筈ーー
「ねえ、
「!!!」
オレの、この学校にきてから出来た唯一の友人が複数の女子に囲まれ連れ去られかけていた。
「ちょっ、まっ」
「……もしかして、友人って彼のこと?」
悲惨ね、と冷笑から侮蔑の視線へと変わる堀北を尻目にオレはハジメに存在をアピールしようとーー
「誘ってくれてありがとう。でもごめん、今日は先約があるんだ。明日ご一緒していいかな?」
ハジメは女子たちに丁寧に声をかけると教室を見渡し、オレと目が合った。
覚えていてくれたのか!
「やあ清隆、よかったら一緒に食堂「行こう」早いな返事!……って、ひょっとして邪魔しちゃったかな」
唖然としたような顔をしている堀北とオレを見比べながら声をかけてくれる……というか堀北は出会ってから1番感情が強く出ているように見えるが、この短時間でオレに対するこの負の信頼感はなんなのか。
「こんにちは」
おお、ハジメが堀北に話しかけた。
「…………」
無言。視線は向けているが返事はせず、じっと彼を観察している。
こいつ、マジで3年間この調子なのか……?
「……えーと、堀北さん、だよね」
「…………」
「………………あの」
針鼠のように話しかけるなオーラを放出して無言を貫く堀北に、ハジメの爽やかな笑顔が少し引き攣り始めている。
どうやら堀北には、相手の美醜によって態度を変える趣味はないらしい。それ自体は立派と言えるが、全方位に無愛想は、果たして立派と表現できるのだろうか。
「…………なんかすみません」
って撃退された!?恥ずかしそうに俯いてるし、声が震えてるし、段々と頬が赤くなってきたぞ!?
「返事くらいしても、罰はあたらないんじゃないか?」
いくらなんでも可哀想だろ!
初めての友人の危機に、そんな意思を込めて堀北にジト目を向けながら声をかける。するとーー
「───」
堀北は意外そうな目をハジメに向けていた。そしておそらく彼女にしては非常に珍しいであろう、少しバツが悪そうな表情をした。
「……別に、謝られる謂れはないわ」
どうやら、堀北にも人の心はあったらしい。ハジメの思ったより純粋で悪意のない反応に罪悪感を刺激されたようだ。
「えっと、嫌われてるわけじゃないのかな?」
昨日も思ったが、どうやらハジメはあまり負けん気は強くないというか、かなり穏やかな性格のようだ。
「…………別に」
あくまで素気ないが、それでも毒はない堀北の返事を聞いて憂いが晴れたのだろう。ハジメの顔がパッと輝いた。うおっ眩し!
「良かった!あの、俺たちこれから食堂に行こうと思うんだけど、よかったら一緒にどうかな」
……意外とチャレンジャーだった。穏やかだが、気弱な性格というわけでもないようだ。普通こんな素気ない反応をしてる相手を気軽に誘うか?
「遠慮しておくわ」
そして堀北は堀北だった。
たぶんハジメの誘いをこんなノータイムで断る女子はこのクラスにいないだろう。ここまで取り付く島がないといっそ清々しかった。
……見た目は正統派の黒髪ロング美人なので、非常に勿体ない。愛想良くしていれば、ダース単位でアプローチする男が出るだろうに。
「……今、なにか不愉快なことを考えなかったかしら」
こいつエスパーか。
「気のせいだ」
目を逸らすオレを睨む堀北を見て、ハジメはなにやらうんうんと頷いている。
「2人は仲が良いんだね」
その目玉はガタがきてるから、そろそろ取り替えた方がいいと思う。
「いったいどこを見て言ってるのかしら、不愉快だわ」
珍しく意見が一致しているが、ハジメはそんな俺たちを見て何故か慈愛に溢れたような眼差しを向けてくる。
「そっか。ごめんね」
いやその目をやめろ。
……とはいえ、オレも隣の席で過ごす堀北とはもっと気軽に話せるようになったら良いなと思ってた。ハジメが協力してくれるなら加勢してみるか
「……今行かなくても、どうせいつか食堂は利用することになるし、それなら今一緒に行ってもいいんじゃないか?」
「なら今じゃなくても良いわね」
……こいつ。
そんなオレたちを見て、ハジメは何か考えている様子だった。
「堀北さん、堀北さん」
「……何かしら」
「堀北さんは、この学校のことで不思議に思うこととかない?」
「………………」
「一緒にご飯食べながら意見交換しようよ。自分以外の視点って結構大事だよ。それまで疑問にすら思わなかった事に気がつけることがある。せっかくの休み時間ではあるけども、楽しくて、有益に使えるならそれが1番だよね」
「……………………」
「まさか、OKするとは思ってなかった」
「勘違いしないで。彼の意見も一理あると思っただけよ」
あの後、何の奇跡か堀北は食堂への同行を承諾した。
ハジメは堀北が馴れ合いを好まないのを察して、彼女が興味を抱きそうな話を持ち出し同意を得たのだろう。昨日オレとの会話でも、思えばオレに合わせた話題を選んでくれていたと思う。
しかし、話している印象としてはそこに打算的なものは感じなかった。相手が喜んでくれたら自分も嬉しい、という感じだ。
「じゃあ、行こっか」
そう言って歩き始めるハジメだったが、学食に向おうとすると、突然美少女に声を掛けられた。
「
クラスメイトの櫛田だ。
自己紹介でもう、私誰とでも仲良くなれますみたいな雰囲気を出していた少女だ。
肩口より少し短いショートの茶髪で、ストレート。けして下品なイメージは無いが、学校が許可するスカートの長さギリギリの短さにしてある辺り、最近の女子高生と言う感じがプンプン出ている。手にしたポーチには沢山のキーホルダーが結び付けられていて、もはやポーチを運んでいるのかキーホルダーを運んでいるのか判断がつかない。
「ああ、櫛田さん」
そしてハジメは、そんな美少女ともう知り合いのようだ。笑顔で挨拶を交わしている。
「これから学食?私も一緒していいかな?」
ハジメが答える前に、櫛田はこちらに挨拶してきた。
「綾小路くん……だよね。
こうして正面から見るのは初めてなので、物凄くドキドキする。
「よろしく……でも何でオレの名前を知ってたんだ?」
「なんでって、自己紹介してたじゃない?ちゃんと覚えてるよ」
まさか、あんな箸にも棒にも掛からないオレの自己紹介を聞いて覚えてくれていたのが、ハジメ以外にもいるとは思わなかった。
なんかもうそれだけで凄く嬉しかった。
「初めまして堀北さん。櫛田桔梗です。よろしくね!」
「…………」
堀北は笑顔で話しかけた櫛田にチラッと視線を向けたが、後は無言で応えた。
「私、堀北さんと友達になりたいの!後で連絡先交換しよう?」
「……遠慮しておくわ」
こいつ勿体ないことを。こんな積極的な子がいるなら、便乗して連絡先くらい教えたら意外にすんなりクラスに馴染めるかもしれないのに。
「櫛田さん。悪いけど、今日はこの3人でお昼行くつもりなんだ」
そんな風に思っていたオレにとって、ハジメの言葉は意外だった。
「……
悲しそうな顔をする櫛田。こんな可愛い子が悲しむ顔を見たら大抵の男は罪悪感を抱くだろう。
前言撤回したくなるかもしれない。
「迷惑なんて思わないよ。ただ今日は俺が2人と話したくて、無理を言ったから。今回はごめんね」
ただ、少し申し訳なさそうな顔をしながらハジメは折れなかった。
思えば先程クラスメイトに誘われた時も、物腰は柔らかかったが約束があるからとキッパリ断っていた……穏やかに見えるが、意志はかなり強いタイプなのかもしれないな。
「……うん。わかった!急にごめんね」
少し暗い顔をしていた櫛田だったが、次の瞬間には明るい笑顔に戻っていた。
「じゃあ、またこんど一緒にご飯行こうね」
「うん。楽しみにしてる」
「……何故、断ったのかしら?」
食堂に到着し券売機への列に並んでいると、初めて堀北がハジメに話しかけていた。
「……俺に訊いてる?」
「ええ。櫛田さんは知り合いだったのでしょう?綾小路くんと約束していて私を誘ったなら、櫛田さんは断ったのは何故?」
確かに、それはオレも疑問だった。
「堀北さんと櫛田さんは、仲悪そうだったから」
「ーーーえ?」
いや堀北と仲が良い人なんていないと思うが……
「俺は堀北さんを誘う時、有益で楽しい時間って言った。だから出来るだけそうしようとしただけだよ。約束は守らないとね」
「…………そう」
ハジメの言葉に納得したのか──はたまた何か思う事でもあったのか、堀北は再び黙り込む。
そうこうしている内に列は進んで……
「お、順番きた。まずは何にしようかなー」
ピッ ピッ ピッ ピッ
「……ちょっと待ちなさい」
堪りかねたかのように口を開いた。
──気がついたか、堀北。
確かにお前と気軽に話せるようになりたい、というオレの思いも嘘ではない。だが、今日お前を誘いたかった1番の理由は……
「んー。ま、今日は控えめ、控えめ」
ピッ ピッ ピッ ピッ
この驚きを共有したかったからだ。
(ぽん太郎、今日は控えめですね)
大盛りカツ丼×4.大盛りラーメン×2.山菜定食×2
これが俺の昼ごはんだった。
"清隆も堀北さんも優しい。似合いのカップルって感じで羨ましい"
(彼女もなんだかんだトレー運ぶの手伝ってくれましたね。ツンデレです)
ズゴゴゴ
「……貴方、なんでそんな食べ方をして平気なの?」
「湯気がたってるラーメンって、あんな風に啜れるんだな……」
ぷはっ
「ふう、やっと人心地着いた。意見交換するって言ったのに、待たせちゃってごめんね」
「気にしないで。驚くほど待ってないから」
「というかオレらも食べ終わってないぞ?」
「じゃあ何か買ってくる」
立ちあがろうとしたが、2人に強く止められた。
「なら、本題に入ろっか。あ、食べながら聞いて」
清隆は茫洋とした目を、堀北さんは真剣な視線を向けてくる。
「さっそく2人に聞きたいんだけどさ、この食堂に来てから何か不思議に思うことなかった?」
2人は辺りを見回した。
流石に国が経営している学校だけあって、食堂もとても広かった。メニューもとても豊富で、ここに来れば大抵のものは食べられる。
「……あ、人が少ない席選んだから見えないか」
食堂を利用している生徒は多い。だが、
「山菜定食……俺は食べれるだけで嬉しいけど、正直人には勧めづらい味だったね。まあ、0ポイントのご飯なんてこんなものかな」
「……それがどうしたというの?」
堀北さんが、焦れたような声をあげる。とはいえ、確かに今更のことだろう。券売機に0ポイントのメニューは目立ったし、昨日の昼にコンビニで遭遇した際、堀北さんは0ポイントの商品に驚いていたと清隆は言っていた。
その時に出した結論はポイントを使い果たした金遣いの荒い生徒への救済処置。まあ、間違ってはいないが……
「今は4月8日。2.3年生はポイント振り込みから1週間しか経ってない。でも先輩方は3割くらい山菜定食食べてるよ」
「ーーッ」
「…………」
ああ、堀北さんはやっぱり気がついてなかったか。
清隆は……よくわからん。
(ぽん太郎も大概ですけど、この子も不思議な感じですねー)
昨日コンビニで出会ってからなし崩しに話すようになったが、清隆は考えてからリアクションを取るタイプっぽい。大人びてると言えばいいのかな……
「それは」
「あ、堀北さん、できれば小声でお願い。そのために端っこの、人が少ない席を選んだから」
ついでに、俺が堀北さんの隣に座ったのは囁き声までボリュームを落とせるからだ。向かいに座ってる清隆は連絡先交換したからいつでも話せるし。
「ちなみに、昨日の茶柱先生の台詞はこう。
『ポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。お前たち全員、平等に10万ポイントが既に支給されているはずだ。なお、1ポイントにつき1円の価値がある。それ以上の説明は不要だろう』
『ポイントの支給額が多いことに驚いたか? この学校は実力で生徒を測る。入学を果たしたお前たちには、それだけの価値と可能性があるということだ。これはそのことに対する評価みたいなものだ。遠慮なく使え。ただし、このポイントは卒業後には全て学校側が回収することになっている。現金化したりなんてことは出来ないから、ポイントを貯めても得は無い。振り込まれた後、ポイントをどう使おうがお前たちの自由だ。好きに使ってくれ。仮にポイントを使う必要が無いと思った者は誰かに譲渡しても構わない。ああ、だが無理やりカツアゲするような真似だけはするなよ? 学校はいじめ問題には敏感だからな』
たぶん一言一句間違ってないはず」
「ハジメ、お前……めちゃくちゃ声真似上手いな」
「ありがとー」
堀北さんを見ると、まだ考えこんでいる様子だった。
そんなタイミングで、スピーカーから音楽が流れて来た。
「本日、午後5時より、第一体育館の方にて、部活動の説明会を開催いたします。部活動に興味のある生徒は、第一体育館の方に集合してください。繰り返します、本日──」
可愛らしい女性の声と共にそんなアナウンスがされた。
「ま、そんなわけで今日の放課後は茶柱先生に質問しに行くわけさ。部活の説明会の後に職員室って言われたから俺も参加するつもりだけど、2人はどうする?」
「じゃあオレも参加しようかな」
「俺と見よっか」
「ああ!」
(ぽん太郎、ぽん太郎、この子可愛いです……)
"なんか無邪気に喜んでくれてるのが分かるよな"
「部活動……か。そうね……」
堀北さんは何を思ったのか、ブツブツ言いながら考え込むような仕草を見せた。
「……私も、少し付き合っていいかしら」
放課後、俺と清隆と堀北さんは頃合いを見て体育館へとやって来た。既に一年生と思われる生徒たちの殆どは揃っていて、100人近くが待機している。
俺たちは少し後方の位置に立ち、所定の時刻を待つことにする。体育館に入る際配られた、部活動の詳細が載ったパンフレットに目をやりながら。
「清隆は部活興味ないの?」
「今のところはあんまり考えてないけど、優しそうな先輩が多そうな部活はちょっと興味ある」
「一度、心機一転を兼ねて運動部に入ってみたら? 柔道なんて丁度いいんじゃない? 優しそうな先輩だし、きっと励みになるわよ」
「どこが優しそうなんだよ。あのゴリラみたいな体格、間違いなく殺されるぞ」
「きっとたっぷり可愛がってくれるよ。今度挨拶に行きますって言ってたって伝えとくね♪」
「柔道なんて楽勝だ、と息巻いていたって後で伝えておくわね」
「絶対にやめてください!というかなんでそんな息が合ってるんだよ!?」
(ぽん太郎、もう仲良くなったのですか?)
"いや、たぶんまだ様子見って感じ。段々警戒心は薄くなってきたかなーと思うけど"
「ま、まあオレのことは置いといて、2人は部活興味ないのか?」
露骨に話題を逸らしてきた。
「この学校って有名な部活動ってあるのかしら。例えば……空手とか」
(堀北さん、こんなに可愛いのに空手に興味あるんですかね?)
「どの部活動も高いレベルらしいよ。全国クラスの部活や選手も多いみたい」
それでも、野球やバレーなどの名門校には一歩及ばない様子を見ると、この学校の中での部活動は趣味的な意味合いが濃いようだ。
「施設も並の学校より遥かに充実してるってよ。見ろよ、酸素カプセルなんかもある。さすがに設備は豪勢と言うか、プロ顔負けだな。あ、ただ空手部はないみたいだな」
「……そう」
「なんだよ、空手にでも興味があるのか?」
「いいえ、気にしないで」
「ふーん。ハジメはどうだ?結構体格良いし、それこそさっきの柔道とか」
「あーうん。柔道は……」
「?ひょっとして運動が苦手とか?」
こちらの困ったような表情から推察する清隆。
「その身体を見る限り、何かやっていたように見えるけど」
こちらの体格から身体能力を推察してくる堀北さん。
「いや、というか……」
「!」
「……?どうしたの堀北さん」
隣の堀北さんの身体が突然大きく跳ねた。顔を青くし舞台の方を見入っている。
ちょうど全ての説明を終えた先輩たちから順に、舞台を降りて簡易テーブルの並べられた場所へ向かう。恐らく説明会の後、そこで直接入部受付を行うのだろう。舞台から一人去り、二人去り、いよいよ最後の一人となった。全員の視線が集中する。
堀北さんの視線はその人物だけを見つめていた。
身長は170センチちょいと、それほど高くない。細身の身体に、さらりとした黒髪。シャープなメガネから、知的さを覗かせている。
マイクの前に立ったその生徒は落ち着いた様子で一年生を見下ろす。一体何の部活かと思ったが、その生徒が一言も発しない。ひょっとすると、頭が真っ白になってしまったのか。もしくは緊張して声が出ないのか。
「がんばってくださ~い」
「カンペ、持ってないんですか~?」
「あははははは!」
一年生から、そんな声が投げかけられる。しかし、それでも壇上に立つ先輩は、微動だにせず立ち尽くすだけ。笑い声も励ましも届いていないかのようだ。「何だよあの、先輩は」と、呆れる生徒が出始め、体育館はざわつきだす。
それでも壇上の男は動かない。ただ静かにジッとしている。
堀北さんも食い入るようにその生徒を見つめて目を逸らさなかった。
そして弛緩した空気が徐々に張り詰めた、静かな空気に包まれていく。誰に命令されたわけでもないのに、話してはいけないと感じるほど、恐ろしい静寂。
もはや何人にも口を開くことはできない。そんな静寂が30秒ほど続いた頃、ゆっくりと全体を見渡しながら壇上の先輩が演説を始めた。
「私は、生徒会会長を務めている、
"堀北?ああ、そういう"
「生徒会もまた、上級生の卒業に伴い、1年生から立候補者を募ることとなっています。特別立候補に資格は必要ありませんが、もしも生徒会への立候補を考えている者が居るのなら、部活への所属は避けて頂くようお願いします。生徒会と部活の掛け持ちは、原則受け付けていません」
口調こそ柔らかかったが、肌を突き刺すような緊張、空気だ。この広い体育館にいる100人を超える新入生たちを、たった一人で黙らせている。
もちろん、生徒会長だからそんな力が備わっているわけじゃない。目の前にいるこの堀北学と言う生徒の持つ力だ。場を支配する気配が、より一層重たいものへと変わっていく。
「それから───私たち生徒会は、甘い考えによる立候補を望まない。そのような人間は当選することはおろか、学校に汚点を残すことになるだろう。我が校の生徒会には、規律を変えるだけの権利と使命が、学校側に認められ、期待されている。そのことを理解できる者のみ、歓迎しよう」
淀みなく演説すると、真っ直ぐに舞台を降り体育館を出て行った。未だに空気は重く、私語をする生徒はいない。彼が残した雰囲気はまだ場に残っていた。
「皆さまお疲れ様でした。説明会は以上となります。これより入部の受付を開始いたします。また、入部の受付は4月いっぱいまで行っていますので、後日を希望される生徒は、申込用紙を直接希望する部にまで持参してください」
のんびりした司会者のお陰で、張りつめた空気はゆっくりと雲散霧消していった。その後、部活紹介をした3年生たちは、一斉に部活申し込みの受付を始める。
「…………」
堀北さんは、立ち尽くしたまま動く気配が無かった。
「堀北さん、大丈夫?」
何も答えない。というより耳に入っていない感じだ。
「そぉい!!」
というわけで猫騙ししてみた。
スパァァン!!という大きな音が木霊して周りの注目を集める。
「ひゃっ!?」
(おお、凄く女の子らしい悲鳴でした!)
"それな"
小さく飛び跳ねて驚く堀北さん。
「堀北さん、大丈夫?」
少し潤んだような目でこちらを睨んでくる。
「……いきなり、何をするの」
でも身長差で上目遣いになってるため、どうしても迫力がない。
「いや、ピクリともしないから心配になって」
「…………」
再起動して良かった良かった。
「さて、清隆は……あれ、あんなところでクラスの野郎どもと話してる。じゃあ、俺も茶柱先生のとこ行くからこの辺でーーっておふっ」
ガスッという音を立てて俺の脇腹に予備動作の少ないチョップが当たった。衝撃から察するに女の子の一撃とは思えない威力だがーー
「〜〜〜ッ」
「すまない堀北さん。俺の身体は硬いんだ。本当にすまない…」
堀北さんは目を離した隙に涙目に進化していた。
「いったい、貴方の身体は、何で出来てるの!?」
「──愛と勇気、かな」
「じゃあ、そろそろ行くか」
あの後肩を怒らせて立ち去ろうとする堀北さんに謝り倒した。手を見せて貰ったが少し赤くなっただけで、骨に異常は無さそうだったのでそのまま解散となった。
……ちなみに清隆と話していた須藤、池寛治、山内春樹の男子3人組は俺が近寄っていくとそそくさと立ち去っていった。少し悲しくなった。
(でも手を揉まれて赤くなってる鈴音ちゃん可愛かったです!)
"ああ、免疫ないんかね"
「というか、まさか連絡先手に入れることになるとは思わなかったな」
謝り倒していたら、許す条件として今日茶柱先生に質問して分かったことを教えるように……とのことだった。
"とはいっても、あんまり面白い話は聞けそうにないかな"
(昨日聞いた話ですよね。私は未だに信じられないんですが……)
"だから、それを確かめにいくんだろ。というか悪霊お前ほんと大人しくしとけよ茶柱先生と話してる時俺の頭がパーになったらマジで許さんからな"
(が、頑張ります!)
──そうして俺は、行動を開始した。