ようこそ悪霊と逝く楽しい学校生活   作:ふにふら

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茶柱佐枝

 

 

 

「失礼します」

 

 職員室の扉を開け中を見回すが、パッと見た感じ茶柱先生は見当たらなかった。

 

「すみません、茶柱先生はいらっしゃいませんか?」

 

 近くの席の、こちらに背中を向けて座り手鏡で身だしなみを整えていた女性に声をかけた。

 

「え? サエちゃん? えーっとね、さっきまでいたんだけど」

 

 振り返った先生は、セミロングで軽くウェーブのかかった髪型の今時の大人って感じの人だ。親しそうに茶柱先生の名前を呼ぶ。年齢も近そうだし友達かもしれない。

 

(ゆるふわ系美人……)

"よし、順調に脳みそ溶けてるな。その調子で2単語以上繋げて連想するんじゃないぞ"

 

「ちょっと席をはずしてるみたい。中に入って待ってたら?」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」

 

 せっかくなので中で待つことにした。

 中に入り、空いたスペースに移動して改めて中を見回す。やはり他の施設の例に漏れず広々として清潔な印象だが、特に変わった点は見受けられない。

──職員室には監視カメラがないのか。

 

「じーー」

 

……ところであれ触れなきゃダメだろうか。

 

「あの先生、なにか?」

 

 さっきのセミロングゆるふわ教師がこっちを見ている。というかジリジリ近づいてきていた。

 

「私はBクラス担任の星之宮知恵(ほしのみやちえ)って言うの。佐枝とは、高校の時からの親友でね。サエちゃんチエちゃんって呼び合う仲なのよ~」

 

「そ、そうですか」

 

 なんだ、何をしにきたんだこの人。

 

「こんな時間に、サエちゃんに何の用事?」

「はい。昨日のホームルームで、質問があったら受け付けると言ってくださったのですが、まだ頭が整理できていませんでした。そのため今日の放課後に時間をとって頂いたんです」

 

 そう言うと、星乃宮先生はうんうんと頷いた。

 

「そっかそっか〜。でも待たせちゃって何だか悪いし……私でよかったら質問受け付けるよ?」

「いえ、今日茶柱先生には態々時間をとっていただきました。初めに茶柱先生に質問させて頂きたいと思います」

「わ、真面目な男の子だ!いいなーこういうの。ねえ君、名前は?」

 

 何故か更に距離をジリジリ詰めながら話しかけてくる。

 

(ロックオン?)

"いや違うから──違う筈"

 

「……本太郎(はじめたろう)といいます。星之宮先生」

「固いな〜もっと砕けていいんだよ〜……って(はじめ)くん!?今年の入試で満点だった子じゃない!」

「!!!」

 

 いきなり手を取られた。

 

「凄いね君!あんなのこの学校始まって以来だって先生たち驚いてたんだよ?」

 

(積極的です!)

"違うから!──いや本当に違うよね?"

 

「それに、こんなかっこいい男の子なんて思わなかった。君モテるでしょ〜」

 

 何なんだこの軽いノリの先生は。うちの茶柱先生と違って教師と言うより学生に近い。男子校に居たら、たちまち全生徒の心を鷲掴みにしてしまうのではなかろうか。

 

「ねえねえ、もう彼女とかいるの?」

「いえ、いたことありません」

 

 実際付き合えたことはない。

 

「ふーん? 意外ね、私が同じクラスに居たら絶対放っておかないのに~。ウブってわけでもないでしょ?うりうり〜」

「あの先生、手を、どうか」

 

 女性特有の柔らかい手がこちらの手を擽るように動いて、心臓に悪い。

 かといってこちらから振り解くのも怖いし──

 

「何やってるんだ、星之宮」

 

 突然、現れた茶柱先生が手にしていたクリップボードでスパン、と響きの良い音をさせ星之宮先生の頭をしばいた。痛そうに頭を押さえて蹲る星之宮先生。

 

「いったぁ。何するの!」

「うちの生徒に絡んでるからだろ」

 

(かっこいいです……)

"ちゃ、茶柱の姉貴っ!"

 

「サエちゃんに会いに来たって言ったから、不在の間相手してただけじゃない」

「放っとけばいいだろ。待たせたな(はじめ)。ここじゃ何だ、生活指導室でいいな」

「はい先生。もうここ以外ならどこでもいいです」

 

 そして颯爽と歩き出す茶柱先生だったが、困った顔をした俺の隣に笑顔の星之宮先生がついてきているのを見て恐い顔をした。

 

「お前はついてくるな」

「冷たいこと言わないでよ~。聞いて減るものでもないでしょ?」

 

 いや、たぶんそれは宜しくない。

 

「あの、星之宮先生。自分からもお願いです。今日は茶柱先生と2人きりにしてください」

「──え、ひょっとしてそういうことなの!?」

 

 どういうことだ。

 

「……いえ、自分の体調のことも伝えたくて。あまり人に言いたいことではないのですが、担任の先生には相談しておきたいんです」

 

 目を伏せて、細い声で言う。

 俺の予想が当たっていれば、これで……

 

「星之宮」

 

 それまでクールだった茶柱先生の声が、一瞬熱を帯びた。

 

(はじめ)くん、茶化してしまってごめんなさい。私はもう戻るけど、何か相談したいことがあったら遠慮しないでね」

 

 あれだけ巫山戯ていた星之宮先生も、真面目な態度で最後にこちらを心配する台詞を残して職員室に戻って行った。

 

(はじめ)、すまなかったな。あいつは巫山戯た態度だったが、悪気があったわけじゃない。そこは信用してほしい」

「わかってます。先生、ありがとうございます」

「…………ん」

 

 

 

 

 

 そこから少し移動し生徒指導室についた。

 大きさは教室の半分ほどで、真ん中にテーブルと椅子が設置されている。また扉の先は給湯室になっていてコンロの上にはヤカンが置いてあった。

 

「ここが生徒指導室だ。個人のプライバシーに多くかかわる話をすることが多い」

 

 だから安心しろ、というニュアンスを込めて説明してくれる茶柱先生。

 

「まあ、座れ。いま茶でも淹れよう」

 

(優しいですね)

"うん。純粋に心配してくれてるのに罪悪感が湧く"

 

 さっきのこちらが言った相談事に、先生なりの想像がつくのだろう。

 

「あの、茶柱先生。ご心配をお掛けしてしまって本当に申し訳ないのですが、今のところ体調に問題はありません」

 

 ただ今回相談事があると言ったのは、あくまで人目を避けるための方便だ。

 

「……何?では相談事とはなんだ」

 

 給湯室に向かおうとした足を止め、こちらに向き直る茶柱先生。

 

「この学校のシステムと、今後のことについてです」

 

 瞬間、空気が変わった。

 

「ほう」

 

 常に無表情でありながら、相談事があると言った際は心配そうな声音を混ぜてくれた茶柱先生。

 

「で、何が聞きたいんだ?」

 

 彼女は笑っていた(・・・・・)

 楽しそうに。嬉しそうに。

 

「学校のシステムについては、聞きたいというより確認です。学校側と生徒の間で齟齬があっては不味いでしょう?」

 

 これから3年間過ごすんですから、と続けた。

 

「……ふふ。そうだな、その通りだ」

 

 茶柱先生は、ニヤニヤと余り趣味の宜しく無い笑みを浮かべていた。

 

"さては教室では猫被ってたな。"

 

 それでも綺麗に見えるのだから、全く美人は得だった。

 

「まず1つ、来月以降月初めに支給されるポイントは増減する」

 

 嬉しそうにしている。

 

「2つ、この学校はAクラスからDクラスに分かれていますが、それは成績順……というか評価順で、Aが最高、Dが最低。」

「3つ、この学校では実力が全て。学年ごとのクラス替えはなくとも、定期的に入れ替わるシステムがある……おそらくはクラスのポイント順」

「4つ、この学校においてポイントで買えないものはない。つまり成績や権利といったものすら購入できる」

 

 先生は黙っている。

 最初は嬉しそうにしていたが、こちらが言葉を続けていくうちに静かな雰囲気になっていた。

 

「大まかにはこんなところだと思います。茶柱先生、採点をお願いします」

「…………」

 

 茶柱先生は黙っていたが、突然窓の方に歩き始めた。

 

「……先生?」

 

 窓辺に立ち、外を眺めている。

 

「……喉が渇いたので、お茶を頂きます」

 

 茶柱先生に声をかけてから、給湯室に向かった。

 

(何やってるんですかぽん太郎)

"いや、考え中みたいだから。せっかくだし先生の分も淹れようかと"

 

 ポットから茶葉を入れた急須にお湯を注ぐ。

 そして置いてあったカップにお茶を注いだ。

 

──茶柱が立った。

 

"まじかよ"

(ぽん太郎!これは先生に!)

"ああ!!"

 

 お盆にカップを乗せて急いで持っていった。

 

「茶柱先生!」

「……ああ、すまない。待たせた」

 

 振り返った先生は、まだどこか心ここに在らずな感じだった。

 

「先生、一緒に飲みましょう」

「いや、私は……」

 

 そう言いかけた先生だったが、こちらの持ってきたカップを見て言葉が止まった。

 

「…………」

「…………」

 

僅かに目を見開いた先生と、ちょっとドヤ顔の俺。

 

「…………ふっ」

「!?」

 

 ちょっ、鼻で笑われたんだが!?

 

「ああ、すまんすまん。ほら、拗ねるな」

「……拗ねてません」

「機嫌を直せ、(はじめ)。お茶は私も貰うから、話の続きといこう」

 

 先生は善性の人だと思う。ただ、出会った瞬間からどこか張り詰めた雰囲気があった。消えない悩みがあるような、思い詰めたような空気。

 それは今も消えてない。

──それでも。

 

「では、先程の仮説の根拠でも聞こうか」

 

 ちゃっちゃと吐け、と少し笑顔を見せる茶柱先生は、これまでより自然体に見えた。

 

「では、まずこれを聞いてください」

 

 制服のポケットからスマホを取り出し、アプリを起動する。

 

「『ポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。お前たち全員、平等に10万ポイントが既に支給されているはずだ。なお、1ポイントにつき1円の価値がある。それ以上の説明は不要だろう』

 

『ポイントの支給額が多いことに驚いたか? この学校は実力で生徒を測る。入学を果たしたお前たちには、それだけの価値と可能性があるということだ。これはそのことに対する評価みたいなものだ。遠慮なく使え。ただし、このポイントは卒業後には全て学校側が回収することになっている。現金化したりなんてことは出来ないから、ポイントを貯めても得は無い。振り込まれた後、ポイントをどう使おうがお前たちの自由だ。好きに使ってくれ。仮にポイントを使う必要が無いと思った者は誰かに譲渡しても構わない。ああ、だが無理やりカツアゲするような真似だけはするなよ? 学校はいじめ問題には敏感だからな』」

 

「これ、先生がしてくれたホームルームでの説明です」

「……録音していたのか」

「あ、説明が始まってから携帯はいじってませんよ?なんなら教室にある監視カメラで確認してください」

 

 ポイント引かれたくありませんし、と続けると茶柱先生は嘆息した。

 

(はじめ)、お前は事前に誰かから情報を得ていたのか?」

「いいえ、先生。ただ警戒はしてました」

 

 そもそも入学案内を見た時から疑問だったのだ。

 

"Sシステムって確かに面白いけど……実力主義っていうくらいなんだから、成績順で貰えるお小遣いの金額変わるのでは?"と。

 

「教室に目立たない監視カメラが複数あるなんて普通じゃありません。そりゃ警戒しますよ」

「…………」

「あと、入学前からポイントの増減は可能性として想定してましたし。校内の異常な数の監視カメラに気がついて先生の説明聞いてたら、先生一言も来月10万ポイント振り込まれるなんて言ってませんでした」

 

 加えて

 

「正直もう確信しかけていたんですが、放課後、食堂や自販機で0ポイントで購入できる商品や、スーパーやコンビニにも0ポイントの日用品や食料が置いてあって、学生寮でも電気代や水道費が無料って聞いたら確定ですよね。これなら一応ポイント無くても生活出来ますし」

「たぶん、授業態度とか私生活のマナーでクラスに支給されるポイントが決まるんですよね?たぶん10万ポイントから減点式で」

 

 加点式は判断が難しくなるから無いだろう。私語でマイナス5点、居眠りでマイナス10点とかそんな感じだと思う。

 

「……ノーコメント、だ」

 

 まあ、そうだろうな。

 

「はい。分かりました」

 

 ただ、答えられないということが分かればいい。

 

「次に2つ目の仮説、クラス分けについてですが、正直これはホームルーム中には気がつきませんでした……お陰で、ポイントの増減のことをホームルーム中に先生に確認できませんでした」

「……あの時か。気がついていたなら、何故あの場で指摘しなかった?」

 

 俺が立ち上がって先生を呼び止めた時の事を言っているらしい。

 ただ、理由は簡単である。

 

「個人戦か、チーム戦か分からなかったので」

「何?」

「ポイントの増減が、個人かクラス単位か分からなかったんです」

 

 そう、てっきりSシステムという語感から、クラス分けはこれから始まるのかと思ったのだ。

 

「これから個人を対象にクラス替えが行われると思いました。それこそSクラスでもできるのかな、と。まさかもう評価順に割り振られてるとは思いませんでした」

「何故だ?」

 

……えーと

 

「大変言いにくいのですが……」

「言え」

「……個人名は伏せますが、彼らと自分が同じ評価とは思いませんでした……」

「……そうか」

 

 少し気まずい空気が漂う。

 

「あと、パッと見何の問題も無さそうな優等生タイプが数人いたことも理由の1つですね。彼ら彼女らはライバルだと思ったのが一点……あと、あの段階で指摘したら、緘口令を敷いてもあっという間に他クラスまで広まったでしょうし」

 

 以上がクラスメイト達の前で、ポイント増減の可能性を指摘しなかった理由である。

 

「なのでポイントについて指摘しなかったのですが、放課後学校を見学したのと、上級生の会話を聞いてクラス分けの勘違いに気がつきました」

 

 再びスマホのアプリを起動する

 

『「おー怖い。お前クラスは何だよ。なんてな。当ててやろうか? Dクラスだろ?」

「だったらなんだってんだ!」

「聞いたか? Dクラスだってよ。やっぱりな! お里が知れるってもんだよなぁ」

「あ? そりゃどういう意味だよオイ」

「可哀想なお前ら『不良品』に今日だけはココを譲ってやるよ。行こうぜ」

「逃げんのかオラ!」

「吠えてろ吠えてろ。どうせすぐ、お前らは地獄を見るんだからよ」』

 

 

「以上がうちのクラスの須藤くんと2年生男子達の会話です」

「……何をやってるんだ」

 

 茶柱先生は頭が痛そうな表情をしている。

 まあ、多分クラス分けのことは新入生に対しては口止めされているのだろう。この2年生達の発言は限りなく黒に近いグレーだった。

 

「自分は入学式があった日の放課後、上級生のクラスを見回りましたけど、明らかにAクラスよりDクラスの方が空いたスペースが目立ちました。あと今日授業中にトイレに行った時、偶々1年の他のクラスの様子が目に入ったのですが──」

「……偶々?」

 

目を細める茶柱先生……まあ他クラスはトイレと逆方向だからね。

 

「今日はオリエンテーションみたいなものでしたけど、もう明らかにAクラスの方が静かでした。居眠りしてる生徒もいませんでしたし」

「……それこそ偶然の可能性もある」

「そうですね。ただ、自分には学校側に"不良品"と判断される心当たりがあるもので」

「…………」

 

 先生は無言で応える。

 

「先程、星乃宮先生が教えてくれました。自分は入試の筆記試験で満点を取った学校始まって以来の生徒だと。そして自分がある問題を抱えていることもご存じのようでした」

「…………」

「つまりDクラスとは、優れた所に乏しい生徒と、優れた点があっても、何らかの大きな問題を抱えた生徒が集まるクラスなのではないかな、というのが自分の予想です」

「そして一度評価が下され同じクラスに配属された以上、給付されるポイントは個人ではなくクラス単位になると考えてます……以上が2つ目の仮説、クラス分けについてです。合っていますか?」

 

 お茶を啜りながら、茶柱先生の様子を見る。

……どうでもいいことだが、すっかり冷めてしまった。

 

「……ノーコメントだ」

 

 静かな表情で啜られている先生のお茶も、冷めてしまってるだろう。

 

「3つ目、4つ目の仮説ですが……どうします、聞きますか?」

 

 外はすっかり暗くなっていた。

 まあ、始めたのが夕方なので当然だが。

 

「いや、いい。答えられそうにないしな」

「ですよね」

 

 こちらが肯定すると、少し気怠げな様子で首を傾げてきた。

 

「なんだ、質問しにきたんじゃないのか?」

「いえ、最初から答えてもらえるとは思ってませんでした」

「……そうか」

 

 あ、ちょっと不機嫌っぽい。

 

「いえ、茶柱先生にも立場があるでしょうし」

「……ここには監視カメラはないだろう」

 

 ん?

 

「あ、はい。ひょっとしてそうなのかな、とは思ってましたが」

 

 職員室といい、生徒指導室といい、意外と監視カメラがない場所は意図的に用意されているっぽいし、今度探してみようと思う。

 

「……………………」

「……………………」

 

 なんだこの空気。どうすれば良いんだ。

 

(ぽん太郎、なんか彼女不機嫌っぽいですね)

 

 あ、悪霊が活性化し始めちゃった。

 

(……素直に、先生お願い教えてって頼ってみたらどうですか?)

"え、いやダメだろ。そんな甘い先生に見えないんだが"

(私には見えます!)

 

「何だ。何か言いたいことがあるなら言え」

 

 なんか、茶柱先生も促してくれてる気がしてきた。

 

「先生……」

 

 真剣な目で、先生と視線を合わせる。

 

「……ん」

 

(それにしても、本当に美人さんですよねぇ)

"それな"

 

「この学校のことを、教えて頂けませんか?」

 

 出来るだけ誠意を込めてお願いしてみた。

 

「……規則で、答えられない」

 

 目が逸らされるが、先程の不機嫌な感じはしない。

 

(よし!その調子ですぽん太郎!!)

 

 ゆっくり、机上に手を伸ばす。

 

「!!!」

 

 ぴくり、と動きはしたが抵抗なく手に触れることができた。

 

「茶柱先生」

「なんのつもりだ?」

 

 茶柱先生は淡々とした口調で問いかけてくるが、赤くなっていく頬は誤魔化しがきかない。

 

(可愛いです)

"ああ、そうだな"

(こんな人と付き合える人は幸せですよね)

"ああ、そうだな"

 

(じゃあ付き合ってみましょうか)

"─────────────"

 

 ノイズが走った。

 

「ーー先生、すみませんでした」

 

 手を離し、出来るだけ深く頭を下げた。

 

(……あれ、ぽん太郎?)

"寝てろ"

 

 目を瞑り、混ざり合った境界を引き直す。

 酩酊感に襲われるのはいつものことだが、今回は深く(・・)混じってしまったため中々引かない。

 

 気持ち悪かった。

 

「本当に、すみません」

「…………」

 

 ガチャ、と先生が席を立つ音が聞こえた。

 

"ああ、明日謝らないとな"

 

 まだ目は開けられなかったが、歩く音は聞こえていた。そのため、こちらに近づいてくることは分かっていた……だけど。

 

(はじめ)、大丈夫か?」

 

 ぽんぽん、と背中を叩いてくる温かい手は、期待していなかった。

 

「……あ」

 

 なんだこれ

 

「全く、体調が良くないなら強がらずそう言え。肝が冷える」

 

 目を開けると、茶柱先生は隣に立って俺の背中を摩っていた。

 

「いえ先生、自分は」

「お前に悪気はないのは見れば分かる。昨日のホームルームで急に立ち上がった時も、少し体調が悪そうに見えて気にはなっていた」

「…………」

「気にするな。私は気にしてない……が、ああいうのは本当に大切な人にするものだ。いつか恋人でも出来たら、そいつにしてやれ」

 

 きっと喜ぶ、と穏やかに笑いながら続ける先生。

 

「────」

 

 頬が、熱い。

 

「……ん?おいどうした。顔が赤くなってきたぞ……お前は割と赤面症だな」

 

 意外だ、と呟いている茶柱先生。

 

「いえ、自分は、暑がりなので」

 

 パタパタと襟を上下させた。実際に何だか暑い。

 

「そうか……だが体調が落ち着いたら、そろそろ帰った方が良さそうだな」

 

 先生が窓から完全に暗くなった外を見ながら言う。

 

「はい、先生。今日は本当にありがとうございました」

 

 改めて立ち上がり、深々と頭を下げた。

 

「気にするな。私も有意義な時間だった」

 

 答えながら湯呑みを手に取り、低くなった水面に浮かぶ茶柱ごとグイッと飲み干す先生。

 

「あ、そういえば先生」

 

 そんな茶柱先生を見ていたら、最後に確認する事を忘れていたのを思い出した。

 

「今回の俺の仮説って、クラスに公表した方が良いでしょうか?」

「…………」

 

 湯呑みを給湯室に運ぼうとしていた先生の身体が、ピタッと静止した。

 

「今後クラス単位でポイントが増減されると思いますし、個人的には給付されるポイントが減るのは困るので、クラスに呼びかけてみようかと思うのですが」

 

 茶柱先生はくるりと此方に向かい合った。

 

「…………」

 

 何か言おうとして、止まる。

 

「先生?」

「……(はじめ)

 

 躊躇ったように何度も口を噤み最後にぽつりと名前を呼ばれた。

 

「はい、茶柱先生」

 

 目を見て返事をすると、意を決したように此方を見据える。

 

「これはあくまで個人的な願いだ」

「はい先生」

 

 そう言うと茶柱先生は──

 

「何も、言わないでほしい」

「…………」

「無茶を言っているのは分かっている。だが、頼む」

 

 頭を下げながら先生は少し震えていた。そして、迷った末に自分に我儘を言ってくれている(・・・・・)のが分かった。

──だから俺は

 

「分かりました。茶柱先生」

 

 それを断りたくなかった。

 

「……いいのか?」

「全然ちっとも良くはないですね」

「!?」

 

 いや、何を驚いてる。

 

「本当は今日分かったことは、堀北さんに教える約束だったんです」

 

 他にも理由はあるけれども。

 

「……堀北に?何故だ?」

 

 不思議そうに此方に尋ねる茶柱先生。

 

「お詫びです……でも、一応先生はノーコメントを貫きましたから、その線でゴリ押しします。ただ、堀北さんが先生の所に突撃するかもしれないんで、そこはご了承ください」

「ん。分かった」

「じゃあこれ」

 

 ポケットをゴソゴソ漁り、職員室に入る前に起動していた機械を取り出した。

 

「ボイスレコーダーってお前……スマホだけじゃなかったのか?」

「昨日の放課後に買ってきました。これで全部パーですけど」

 

 先生の前で、スマホとボイスレコーダーのデータを消していく。

 そんな様子を茶柱先生は複雑な表情で眺めていた。

 

「はい、これで証拠は残りません。クラスメイトに仮説を伝えない……に関しては信用してください」

「……なぜ、理由も聞かずそこまでする?お前に何のメリットがある」

 

 まあ、確かに普通は断るだろう。このお願いを聞いたところで俺には何のメリットもない。正しく百害あって一利なしだ。

──ただ、報酬はもう貰ったとなれば話は別だった。

 

「お礼です」

「…………そうか」

「はい」

 

 きっと、先生はこの言葉だけで全てを理解はしてくれないだろう。

 でもそれでよかった。

 

「……帰るか」

「はい」

 

 そうして自分たちは帰路についた。

 

 

 

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