ようこそ悪霊と逝く楽しい学校生活   作:ふにふら

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水泳授業

 

 

 

「大和政権の長は大王(おおきみ)と呼ばれ、各地の有力豪族を氏姓制度を使って支配した。氏姓制度というのは──」

 

"さて、かれこれ1週間近く経過したわけだが……"

(見事にダレてますね〜〜)

 

 ただいま授業中であり、部活動説明会のあった日の放課後、茶柱先生と話してから既に1週間程経っていた。

 

(うじ)は血縁関係の集団、(かばね)は役職や地位のことでありーー」

 

 茶柱先生は授業では歴史を担当しており、今ちょうど目の前で少し低めの聴き心地の良い声で授業を行っている。

 聴き心地の良さは、須藤くんの高らかなイビキを見れば納得できるだろう。

 

(ぽん太郎、うるさいのは注意しても良いのでは?)

"とは言ってもな"

 

 須藤くんのイビキ以外にも、このクラスの生徒たちの授業中の態度は実にバラエティに富んでいた。

 先生方はこの1週間、生徒たちが授業中どんなことをしようが一切気に留めなかったし、注意もしなかった。そのため最初は遠慮していた生徒たちも次第に気にしなくなった。

 今では授業中におしゃべりする生徒、スマホを弄る生徒、居眠りする生徒が複数名。さらに一部は漫画やゲームに手を出し始めてるし、約1名机に足を乗せて授業を受ける猛者すらいる。

 

"たぶん、真面目に授業受けてない時点で、五月蝿かろうが静かだろうが引かれるポイントに大差ない"

(真面目に授業受けてる鈴音ちゃんとか、可哀想です……)

"それな"

 

 一律でクラスに支給されるポイントが減少するのは、真面目に過ごしていた生徒にとっては確かに理不尽な話だろう。

……だが、おそらく救済措置はない。

 

"でも同じクラス内でポイントの支給額に差があったら、それはそれでヤバいことになりそうだし"

(あ〜)

 

「つまり、血縁によって地位と役職を決める制度である」

 

 淡々と授業を進める茶柱先生と目が合うが、ふいっと逸らされた。

 

"……なんか避けられてない?"

(気のせいですぽん太郎)

 

 鐘の音が鳴る。

 

「ーー今日はここまで。よく復習しておくように」

 

 余韻もなくスタスタと教室を去っていく茶柱先生。

 

「終わったー!今日どうする?」

「私食堂行こっかな」

「お前またコンビニ弁当かよ」

 

 同時に昼休みがスタートし、教室に喧騒が広がった。

 

"さて、俺も行くか"

 

 教室を見渡し、いつも通り友人に声をかける。

 

「清隆、俺は食堂行くけど一緒にどう?」

 

 あれからクラスメイトと昼ご飯や放課後の遊びに行く機会は何度かあった。しかし今のところクラスメイトに気の合う男子はあまり見当たらなかったし、女子は好意的ではあるが反応が大袈裟すぎて気疲れした。そのため昼食は清隆を誘うのが日課になっていた。

 いつもなら二つ返事でOKと返ってくるのだがーー

 

「悪いハジメ、今日は弁当だ」

 

 コンビニの弁当のような物が掲げられる。

 

「あれ珍しい。じゃあ今日は堀北さんと食べるんだ」

「……何故そこで私が出てくるのかしら」

 

 鞄から美味しそうなサンドイッチを取り出し、早速食べ始めようとしていた堀北さんからジト目を頂戴した。

 

「だって堀北さん、食堂に誘っても中々OK出してくれないし」

 

 あれから何度か誘ったが、一度しか一緒に昼食を取れてない。俺としては落ち着いて一緒に食事を取れる数少ない知人なのだが……

 

「……貴方と食堂に行くと、とても目立って落ち着かないのよ」

 

 嘆息するように言う堀北さん。

 

(ぽん太郎、最近食堂で動物園のパンダみたいに見られてますよね……)

"見せ物じゃないんだが"

(山菜定食お供えされるの面白かったです!)

 

「うん、むしろ一緒に来てくれてる清隆には頭が上がらない。いつもありがとう清隆。でも無理しないでね?友達に嫌な思いをしてほしく無いし」

 

「!」

 

 あ、清隆の目がキラキラしてる。

 

(やっぱりこの子可愛いです……)

"うん。ちょっと不思議だけど良い奴だよ"

 

「……貴方も、目立つのが嫌ならお弁当でも用意したらいいじゃない」

 

 そんな俺たちのやり取りを見た堀北さんが、ぽつりと呟いた。

 ……そうしたいのは山々なのだが。

 

「うん、山菜定食さえなかったらそうしたいんだけど。俺の場合、毎日の食費がバカにならないから昼ご飯は節約してるんだよ」

 

 冗談抜きで、0ポイントの山菜定食がなかったら洒落にならなかった。毎回山菜定食ばかりお代わりし続けてるせいか、最近山菜定食をお供えされるようになってしまった……

 

「じゃあ、俺は食堂行ってくるよ」

「次の授業は水泳だから、早めに戻ってきた方がいいぞー」

「うん、分かってる」

 

 朝から山内くんや池くんがてっかてかの笑顔で騒いでた。4月の初めに水泳の授業なんて珍しいが、この学校は巨大な屋内プールがあるためそんなこともあるのだろう。

 そして男女合同。つまり堀北さんや櫛田さん、その他大勢の女子の水着……肌の露出を目にすることになる。男として嬉しい気持ちはわかるが、池くんと山内くんは、はしゃぎ過ぎていて女子の一部はドン引きしていた。

 

"ああ、楽しみだ"

(女の子の水着がですか?)

"いやそれも否定せんけど"

 

「…………はぁ」

 

 教室を出て、食堂に向かう

 

────それにしても、いったい何時ぶりだろうか

 

 

 

 

 

 

綾小路視点

 

 

「おーい綾小路」

 

ハジメが食堂に向かったあと、弁当を食べていたら突如、池の口からオレの名前が飛び出した。顔を上げると、笑顔で手招きしている。

 

「な、なんだよ」

 

 ちょっと吃りながら立ち上がる。

 入学してから1週間ほど、まだオレにはハジメ以外に友人と言えるほど親しい相手はいなかった。部活動説明会のあと、池や山内、須藤と話しDクラスの男子グループチャットに参加はしたが、上手く会話は出来ないでいた。

 ともかく、突如舞い降りた、新たな友達の輪に入るチャンス。オレは池に近づいていく。

 

「おーい博士ー。ちょっと来てくれよー」

「フフッ、呼んだ?」

 

 太目な生徒が、あだ名なのか「博士」と呼ばれてゆっくりと近づいてくる。

 確か名前は外村だかなんだかそんな感じだった気がする。

 

「博士、女子の水着ちゃんと記録してくれよ?」

「任せてくだされ。体調不良で授業を見学する予定ンゴ」

「記録? 何させるつもりだよ」

 

「博士にクラスの女子のおっぱい大きい子ランキングを作ってもらうんだよ。あわよくば携帯で画像撮影とかもなっ」

「……おいおい」

 

 近くで話を聞いていた須藤も池の狙いに少し引いている。そんなこと女子が知ったら偉いことになるぞ。

 

「実は今俺たち、女子の胸の大きさで賭けようってことになってんだけどさ」

「オッズ表もあるやで」

 

 博士はタブレットを取り出しエクセルファイルを開く。

 そこにはクラスの女子全員の名前が並んでいる。しかもオッズ付きだ。正直この賭け事には全く興味が無かったが、折角掴んだ新たな友達を作る機会を失うわけにはいかない。

 

「えーっと……じゃあ、参加しようかな」

「お! やろうぜやろうぜ!」

 

 今のところ、一番の巨乳候補は『長谷部』となっている。オッズは1・8倍。

 ただ、オレには聞き覚えの殆ど無い名前だった。クラスメイトの名前すら覚えていない。ダメすぎる。

 

「これ、思ったよりよく出来てるって言うか……お前ら観察しすぎだろ」

「そりゃ俺たち男だし? 常に頭の中はおっぱいやお尻のことばっかりだぜ!」

 

 事実とはいえ口にしてしまっては身もふたもない。

 ちなみにオッズの最下層グループには堀北の名前があった。当たれば30倍以上だ。

 まあ、胸の場合は大よそ見た目で勝敗が決してるからな。まず堀北に勝ち目はない。

 

「で、どうする? 一口1000ポイントだ」

「なるほどな……」

 

 情報不足で一覧を見ても、半数以上は胸の大きさどころか名前と顔が一致しない。

 実際、堀北、櫛田以外の女子とは殆ど口もきいてないからなぁ。

 櫛田も結構胸は大きそうだけど、それでも一位を狙えるほどじゃないしな。

 

「遊びなんだしいいじゃん。人数少ないとつまんねえしさ」

「俺もやるぜっ」「俺も俺もっ」「俺のおっぱいスカウターを舐めるなよ」

 

 考えている間にもわらわらと男子が集まってきて、露骨に女子の胸の大きさで盛り上がり始める。教室に居た女子の一部からは一層汚物を見るような目を向けられる。

 

「俺も賭けるぜ。ちなみに佐倉だ」

 

 山内がオレたちの間に割り込んでそう言った。佐倉と言えばメガネをかけた地味な女の子だ。殆ど誰とも話をしないので、正直言って詳細は全く分からない。

 山内は何やら思うところがあるらしく、博士や池の肩を抱いてひそひそ話を始める。

 

「ここだけの話、俺実は佐倉に告白されたんだよ」

「は!? ま、マジで!?」

 

 一番驚き、焦ったのは池。クラスで最初に彼女を作る目的は早くも失敗か?

 

「マジマジ。でもここだけの秘密だぜ? もちろんあんな地味な女フッたんだけどな。そんとき私服見たんだよ。あれは結構でかいぜ」

「ばっか、お前可愛くなくても巨乳なら付き合うべきじゃねーの?」

「俺は櫛田や長谷部クラスじゃないと付き合わないんだよ。あんな地味女興味ないね」

 

 山内は本人が居ないからと容赦ない言葉を浴びせる。

 というか告白されたって話も、どこまで信じていいやら怪しいものだ。

 オレは結局決めきれず、上位に適当に賭けることにした。

 

 

 

 

「よっしゃプールだ!」

 

 昼休みが終わり、ついに池たちが待ち望んだ水泳の授業がやって来た。

 己の欲望を隠そうともせず、興奮したように立ち上がった。そのまま池たちはグループで屋内プールへと向かいだす。

 

「じゃあ行こうか清隆」

 

 食堂から戻ったハジメが水着の入った袋を片手に話しかけてくる。

 何となく池たちとプールに向かうような空気だったのだが、ハジメが教室に戻ってオレに話しかけると池たちは少し距離を取った。

 

「ああ、行こうか」

 

……オレからするとハジメはとても話しやすいのだが、池たちは女子に人気のあるハジメに苦手意識があるらしい。

 このクラスで女子に人気があるのは平田だが、ハジメも全く負けてない。平田のようにリーダーシップを発揮する気はなさそうだが、穏やかな性格とそのずば抜けた容姿から女子人気は非常に高い。あの凄まじい食事量も、見た目とのギャップから概ね好意的に見られている。

 

「うん、着いたわけだけど……」

 

 そんなハジメだが、更衣室に到着してから何やらモジモジしている。

 ……ひょっとして

 

「脱ぐのが恥ずかしいのか?」

 

 微かに顔が赤くなっていたハジメだが、小さく頷いた。

……最近の付き合いで分かったが、ハジメは結構シャイな所がある。あれだけ女子に人気があるならもう少し擦れていても良さそうだが。

 

「おいおい(はじめ)、何恥ずかしがってんだよ。まさか腹でも出てるのか?」

 

 そんな様子を見ていた池が嬉しそうに話しかけてきた。

 プールでテンションが上がっているためか、これまで関わらなかったハジメに話しかける気になったらしい。

 

「池くん……いや、そういうわけじゃないんだけど……」

「気にすんなって。まああんだけ食べてればそんな事もあるよな」

 

 どうやらハジメの食事の光景を見たことがあるらしい。

 というか食事に何度か同伴したクラスメイトの女子達の間で話題になったらしく、クラスメイトの間では有名になり、わざわざ食堂にハジメの食事を観に来る生徒もいた。

……ハジメは苦笑いしていたが。

 

「いや違……」

「ほら、どうせ後で見られるんだからさっさと脱いじまえよ」

 

 池が脱衣を促す……だが巫山戯ているように見えても悪意は感じない。

 話しかけた時は、若干女子に人気のあるハジメにやっかみのような感情はあったかもしれない。

 だが明るい声掛けでハジメが気にしづらいよう気を回しているように見える。

 意外と池はそういう気遣いができるらしい。

 

「……分かったよ、降参。池くんは強引だなぁ……」

 

 その気遣いを感じたのか、ハジメも微笑んでいる。

 そしてその柔らかい笑みを見た池は「お、おう…」と動揺していた。

 ……ハジメは何処か中性的な雰囲気もあるので、気持ちは分からなくもない。

 

「……じゃあ脱ぐけど、引かないでね」

 

 それまでのやり取りで、どうやら周りの目も集めたらしい。

 ハジメは周りに見られていることに躊躇した様子だったが、観念した様子でその少しブカブカしている服を脱ぎ始めた。

 

「─────」

 

 最初に騒めき、やがて沈黙。そしてその身体が完全に露わになった瞬間、見ていた周りの呼吸が止まるのを感じた。

 

「…………ふぅ」

 

 それは、凄まじく練り上げられた身体だった。

 薄い褐色の肌は、内側から鋼の縄を撚り合わせ極限まで圧縮したかのような筋肉で盛り上がって、黒曜石から削り出したように輝いていた。長い手足は隆々と力強くしなやかに、腰は砂時計のように括れていて、鍛えすぎた腹筋は蛇腹のように見える。

 素早く動ける限界量まで筋繊維を骨格に張り付かせたような肉体は一種の機能美すら秘めていた。

 その非現実的にすら見える完成度。とても高校生のものではない。

 

「あの、恥ずいから、あんま見ないで……」

 

 その黄金比のような身体の持ち主は、水着に着替えてからも相変わらず恥ずかしそうしていた。

 それを皮切りに再び喧騒が広がる。

 

「いや、ちょっ、ええ!?」

「あり得ないだろ、いやあり得ないだろ!」

「いやいやいやいや」

「こんな身体テレビでも見たことないンゴwww」

 

 誰もが興奮したように騒めいていた。

 

「うぅ……だからあんま見ないでって……」

「いや無理だろ」

 

 最初は興味なさげな顔してた須藤すら食い入るように見てるし。

 

「すげーなお前!なんかやってたのか!?」

 

 ばんばんとハジメの肩を叩いた須藤だったが、驚いたように手を引っ込めてマジマジと自分の手を見ている。

……どうしたんだ?

 

「ううん、運動は最低限しかしたことないかな」

 

 いやそれは無理があるだろ。

 

「最低限とはいったい……」

「あーもう。野郎の裸なんてどうでもいいじゃん。清隆、早く行こう」

 

 逃げ出すようにプールに向かうハジメだが……

 

「〜〜〜〜〜〜!!!」

 

 キャー!!という悲鳴のような黄色い歓声がプールサイドに響き渡る。

 

「凄い、凄い!」

(はじめ)くん、何かやってたの!?」

「信じらんない!ねえ、ちょっとだけ触っていい!?」

「いや、ちょ、やめっーー」

 

「まあ、こうなるよな」

 

 助けを求めるようにこちらに伸ばされる手にサムズアップを返すと、絶望した顔のハジメがクラスの女子に囲まれ連れ去られていった。

 

「……彼、凄い身体してたわね」

「堀北か」

 

 堀北の水着姿。何ていうか、うん、意外と着痩せするというか。

 でも凝視したら大変なことになりそうだったので、落ち着くまで我慢しておく。

 

「…………」

 

と、何故か堀北はオレの全身を見ている。

 

「綾小路くん、何か運動してた?」

「え? いや、別に。自慢じゃないが中学は帰宅部だったぞ」

「それにしては……前腕の発達とか、背中の筋肉とか、普通じゃないけど」

「両親から恵まれた身体貰っただけじゃないか?」

「とてもそれだけが理由とは思えない」

「おいおい、お前もハジメの身体見ただろ?あれが本物ってやつだ。オレなんて大したことない」

「そこまで否定するなら、信じるけれど……」

 

 どこか不満そうだ。どうやら堀北は、それなりに見る目があるつもりらしい。

 

「バ、バカな!?」

 

 そんな中、池の悲鳴のような声が聞こえてきた。

 

「長谷部がいない! ど、どういうことだ!? 博士っ!」

 

 授業を見学する博士が慌てた様子で見学用の建物の2階から、全貌を見渡している。

 池たちが見逃した獲物を高台から、メガネの奥の小さな瞳で瞬時に見つけ出すはずだ。

 だが───。その姿をどこにもとらえられない。

 信じられないと言うように博士は首を左右に振る。まだ着替え中か? それとも……。

 

「う、後ろだ、博士」

「ンゴゴゴ!?」

 

 池が指をさし叫び、事態が明らかになった。長谷部は博士と同じ見学組だったのだ。

 続々と女子の面々が、見学組として2階に姿を現す。そこには佐倉の姿もある。

 

「な、なんでだよ……これ、どういうことだよ!」

 

 池は信じられないものを見るかのように頭を抱えてその場に崩れた。

 長谷部は自分が美人だと自覚しているような女子だ。更に、付け加えて男子から好奇の視線を向けられることを煙たがっている。見学をする選択を選んでもおかしくはなかった。

 

「巨乳が、巨乳が見れると思ったのにっ、思ったのにぃっ!」

 

 心中はお察しするが、池の叫びは悲しいかな長谷部にまで聞こえている。

キモ、と呟かれる始末。だから露骨すぎると嫌われるってあれほど……。

 

「池、悲しんでる場合じゃないぜ。俺たちには、まだたくさんの女子が居るっ!」

「そ、そうだな。確かにそうだ。ここで落ち込んでる場合じゃないよなっ」

「「友よ!」」

山内と池が男同士の友情を確かめ合い、互いに手を取り合う。

 

「二人とも、何やってるの? 楽しそうだねっ」

「く、くく、櫛田ちゃん!?」

 

 二人の間に割って入るように、櫛田が顔を覗かせた。

 スクール水着を着た櫛田は、妖艶な身体のラインが浮き彫りになっている。

 男子の殆どが、一瞬櫛田の身体に釘づけになったことだろう。胸はDかEか。詳しくはないけどそんなところか。思っていたよりも遥かに大きい。程よくついた太ももやお尻の肉と言うか膨らみが、妙に生々しかった。だが、オレを含め男子はすぐに視線を逸らす。

あぁ、今日もいい天気だなぁ……。世界平和って素晴らしい。

……生理現象が始まると大変な騒ぎになってしまう。

 

「何を黄昏ているの?」

 

 堀北は怪訝な様子でオレの顔を覗き込んできた。

……改めて見ると、堀北もそのポテンシャルは櫛田に全く劣っていないと感じる。正統派の黒髪美少女だし、スレンダーな体型だと思っていたが出るところは出てるし、引っ込むところは引っ込んでいるモデル体型だ。むしろ人によってはこっちの方が好みという奴もいるかもしれない。

 

「清隆に見捨てられた……」

 

 そんなことを考えていると、連れ去られていたハジメが若干疲れた様子で帰ってきた。

 

「いや、あの女子の集団に突っ込む勇気はないぞオレ」

「……共感できるから責められない」

 

 プールサイドに腰掛けて足を遊ばせるハジメ。

 

「あ、堀北さんもさっきぶり」

「……ええ」

 

 少し沈黙が落ちる。

 

"思えばこの2人も不思議な関係だよな"

 

 堀北は誰に対しても刺々しい態度をとる。初めてハジメと会話した時もそうだし、未だよく話しかけてくれる櫛田に対しても取り付く島もない。

 オレはクラスの中では遺憾ながらコイツと1番話してるかもしれないが、未だ親しいとは言えない。

 

「あ、堀北さん。改めてこの間はごめんね」

「……いえ。気にしないで」

「でも、せっかく堀北さんがチャンスくれたのに。活かしたかったなー」

「別に、貴方のせいじゃないでしょう」

 

 だが、今の堀北とハジメの仲は悪くない。初めて食堂で一緒に昼食をとり、部活動説明会を受けた日から堀北のハジメに対する態度は軟化したように感じる。

 

「でも女の子の手は大事だから。良ければ今度ご飯でも奢らせてね」

「……あまり目立ちたくないのだけれど」

 

 うん、いつもの堀北より棘がない。

 

(はじめ)くん!堀北さんと綾小路くんも!」

「あ、櫛田さん」

 

 プールサイドから近づいてきた櫛田が話しかけてきた。

……明らかに堀北の顔が強張ったんだが、どれだけ苦手なんだ。

 

(はじめ)くん、筋肉すっごいね!何かやってたの?」

「いや全然。帰宅部だったよ」

「うっそだー」

 

 うん、オレが言うのも何だが、その身体で帰宅部は無理がある。

 

「何度か部活の助っ人頼まれたこともあるけど、全部断ってたし。昔から何の運動もしてないよ。この身体は生まれつき」

 

 だらーと脱力して天井を眺めてるハジメ。

 

「むー」

 

 なにやら櫛田が唸り始めている。

 

「こっち向いてよー」

 

 ……そういえばさっきから天井見てるな。

 

「俺にはお二人の身体は刺激が強すぎるので、勘弁してください」

 

 冗談のようだが、本当らしい。

 

「………………」

「………………」

 

 こんなことサラッと言えるのは凄いな。

 堀北は少し赤くなったし、櫛田は身を捩っている。

 

「よーしお前ら集合しろー」

 

 体育会系の文字を背負ったようなマッチョ体型のおっさんが集合をかけ授業が始まる。体育の教師らしいが、男子からも女子からも、ちょっと引かれるタイプかもしれない。

……こんな筋肉モリモリマッチョマンよりハジメの方が強そうに見えるのは、冷静に考えてやばい気がする。先生三度見してたぞ。

 

「け、見学者は16人か。随分と多いようだが、まぁいいだろう」

 

 明らかにただのサボりの生徒も混じっていただろうが、それを咎めることはなかった。

 

「早速だが、準備体操をしたら実力が見たい。泳いでもらうぞ」

「あの先生、俺あんまり泳げないんですけど……」

 

 一人の男子が、申し訳なさそうに手を挙げる。

 

「俺が担当するからには、必ず夏までに泳げるようにしてやる。安心しろ」

「別に無理して泳げるようにならなくてもいいです。どうせ海なんていかないし」

「そうはいかん。今はどれだけ苦手でも構わんが、克服はしてもらう。泳げるようになっておけば、必ず後で役に立つ。必ず、な」

 

 泳げるようになっておけば、役に立つ? そりゃ、何かと便利になることは間違いないだろうが……

 けど、学校の先生がそう断言するのには少し違和感がある。

 まあ、教師としてはカナヅチを治してやりたいって思いが強いのかも知れないが。

 全員で準備体操を始める。池はチラチラと女子の様子を窺って止まなかった。それから50mほど流して泳ぐよう指示される。泳げない生徒は底に足をつけても構わないらしい。

 オレは去年の夏以来、久々のプールに入る。温度は適切に調整されているのか、冷たいと感じることは殆どなくすぐに身体に馴染んだ。それから軽く泳ぐ。

 50m泳いだ後は、上にあがり全員が終えるのを待った。

……それにしても

 

「ハジメ、お前……」

「いや、クロールとか苦手で……」

 

 まさか一度も水面に顔を出さないで潜水してるとは思わなかった。

 

「では早速だがこれから競争をする。男女別、50M自由形だ」

「き、競争!? マジっすか」

「1位になった生徒には、俺から特別ボーナス、5000ポイントを支給しよう。どんな泳ぎ方でも構わないが、逆に一番遅かった奴には補習を受けさせるから覚悟しろよ」

 

 泳ぎに自信がある生徒からは歓声が、自信のない生徒からは悲鳴が上がる。

 

「女子は人数が少ないから、5人を2組に分けて、一番タイムの早かった生徒の優勝にする。男子はタイムの早かった上位5人で決勝をやる」

 

 学校側がポイントを景品にしてくることがあるなんて思ってもみなかった。もしかしたら今回欠席した生徒たちに発破をかけるためなのかもしれないが、よく考えられている。

 競争に参加するのは見学者と泳げない一人を除いた、男子が16人、女子が10人。まずは女子からスタートということで、男子たちはウキウキ気分でプールサイドに座り込み、女子を応援……品定めする。

 

「櫛田ちゃん櫛田ちゃん櫛田ちゃん櫛田ちゃん櫛田ちゃん。はぁはぁはぁはぁ」

 

池はすっかり、櫛田に骨抜きにされてしまったようだ。

 

「怖いよ池くん、落ち着いて。なんか目が血走ってるし、犯罪者みたいな呼吸だよ」

「だ、だって櫛田ちゃんクソ可愛いだろっ。胸もやっぱでかいしさっ」

 

 ぶっちぎりで男子の人気を集めたのは櫛田。後は平行線ってところだろうか。

 顏だけで言えば間違いなく堀北もトップレベルだが、人付き合いを嫌う点が災いし人気は低めだ。それでも男子からすれば十分なご褒美であることには違いないのか、堀北がスタートラインに立つと歓声が上がる。

 

「皆、目に焼き付けろよ! 今日のおかずを確保するんだッ!」

「「おうっ!」」

 

 なんだろう、この水泳を介して、男子たちの絆が強まってる気がする。

例外があるとすれば、平田はそんな目で女子たちを見ていなさそうだったが。ハジメは……なんか眩しいものでも見る感じだ。

 

 第1レースの結果は5人の中で序盤から堀北がトップを維持して危うげなく勝利。

 タイムは28秒ほど、かなり早いんじゃないだろうか。

 男子は結果など二の次、女子のぷりぷりのお尻に視線を釘づけにされていた。オレもつい堀北を見てしまう。唯一仲良く?してる女子だから、何かちょっと、あるよな。うん。

 続く第2レースの1番人気は櫛田だ。彼女が応援する男子に笑顔で手を振ると歓声が沸く。

 

「うひょおおおおお!」

 

 悶える男子たち。中には股間をこっそり押さえるヤツまで。

 自己紹介の時、櫛田はクラス全員と仲良くなると宣言していたが、それはもうほぼ事実となったんじゃないだろうか。

 男子はもちろん、周囲には常に女子たちが居て楽しそうに談笑をしている。櫛田には他人を惹きつけて止まない雰囲気があるんだろう。

 そしてスタートする第二レースだったが、小野寺という水泳部の女子がぶっちぎってゴール。タイムも26秒と申し分ない数字を叩きだしての完勝となった。

 櫛田も31秒台と中々の好タイムだったが、結果は総合4位。

 プールサイドにあがって来た堀北にハジメと声を掛けに行く。

 

「堀北さん、お疲れ様」

「惜しかったな。二位だってよ。現役の水泳部員相手ってのは、さすがに厳しかったか」

「別に。勝ち負けは気にしてないから。それよりあなた達は自信あるの?」

「当たり前だろ。ビリにはならん」

「綾小路くん、それは全く自慢にならないわ……それで貴方は?」

 

 堀北がハジメに声をかける。

 

「水泳って苦手。身体が沈んでいく」

 

 凄まじい肉体を誇るハジメも水泳は苦手らしい。

 

「……男子は、勝ち負けに拘るものだと思ってたけど」

「個人差があります」

「オレは競い合うのが嫌いなんだ。事なかれ主義だからな」

 

 1位なんて最初から諦めてる。オレは補習さえ避けられればそれで十分だ。

 最初の組に配属されたオレは2コースで、隣の1コースには須藤がいた。運動部の須藤にペースを合わせる気はない、すぐ眼中から外す。

 とりあえずこの中でビリを避ければ、最下位は避けられる。それだけを考えながら、スタート台から飛び出した。

 やはり須藤は早く、50mを物凄い勢いで泳ぎきり水面に顔を出した。

 男女から驚嘆の声が上がる。

 

「やるじゃないか須藤。25秒切ってるぞ」

 

一方オレは36秒少し。どうやら10位だったようだ。よし、これで補習はなくなった。

 

「須藤、水泳部に入らないか? 練習すれば大会も十分に狙えるぞ」

「俺はバスケ一筋なんで。水泳なんて遊びっすよ」

 

 この程度の水泳は運動のうちにも入らないのか、須藤は余裕な様子で上にあがって来た。

 

「あーやだやだ、運動神経抜群なヤツって」

 

 池が妬むように須藤の肘を突く。

 

「きゃー!」

 

 女子から黄色い悲鳴があがる。平田がスタート台に立ったらしい。

 ハジメはもはや殿堂入りで比較対象にすら挙がらないとはいえ、須藤の肉体もバスケで鍛え抜かれており男から見て立派だった。しかし平田の身体は華奢だけどしっかりしている。細マッチョという奴だ。女子の平田への声援を聞いて、池が唾を吐く仕草を見せる。須藤もちょっと気に入らない様子で平田を睨む。

 

「勝ち上がってきたら全力でたたき潰してやるぜ。この俺の全力をもってな!」

 

 水泳は遊びじゃなかったらしい。

 先生の笛が鳴り、平田は綺麗なフォームでプールに飛び込んだ。泳いでいる姿も無駄に格好いい。

 

「意外と速いな」

 

 須藤からは冷静な一言。確かに平田の泳ぎは早い。同時に泳ぐ他の男子4人より頭一つ抜きんでているのは間違いなかった。

 期待を裏切らず平田は1位でゴール。大きな黄色い歓声が屋内プールに響き渡った。

 

「先生、タイムは?」

 

 池が食いつくように聞く。

 

「平田のタイムは……26秒13だな」

「よし、いけるぜ須藤。お前なら勝てる! 正義の鉄槌を下してくれ」

「任せとけ。徹底的にぶっ潰して、平田の人気を地に落としてやるぜ……」

 

 池に応え燃える須藤だが、多分平田が負けても人気が落ちることはないと思う。

 

「平田くん、すっごく格好よかった! サッカーだけじゃなくて水泳も得意なんだね」

「そうかな? ありがとう」

「ちょっと、何平田くんに色目使ってんのよ!」

「はあ? 色目使ってるのはそっちじゃないの!?」

「きーっ!」

 

 もはや苛立ちを通り越して呆れるほどの平田の人気ぶり。

 

「やめたまえ。私を巡って争いをするのは。私は皆のものなのだよ。仲良く見ていたまえ。真の実力者が泳げば、どうなるのかを」

 

 それをどう聞いたのか、高円寺は自分への歓声と勘違いしたらしい。

 爽やかな笑みを浮かべ、高円寺がスタート台へと足をかける。

 

「なあ……高円寺のやつ、何でブーメランなんだよ……」

「さ、さぁ?」

 

 一応ブリーフ型水着は学校の指定で認可されているけど、このクラスでそれをはいているのは高円寺しかいない。女子は高円寺の股間の強調ぶりに顔を背ける。

 だが第三レース、注目すべきはやはり高円寺か。スタート前の作り込まれた姿勢はアスリートのようだ。事実姿勢だけでなく、肉体も須藤よりも上のレベルで完成されている。

 

「私は勝負などに興味ないが、負けるのは好きじゃないんでねぇ」

 

 聞いてもいないのに自分で言う。笛の音と共に、高円寺はお手本のようなフォームで水中へと飛び込んだ。

 

「うおっ! はええ!」

 

 想像以上のアグレッシブな泳ぎに、須藤が驚きの声をあげた。平田も唖然とした様子でその泳ぎを見つめる。強烈に波を立てているが速度は文句の付けようがない。さっきの須藤よりも間違いなく早い。タイムを切った先生が、思わず二度ストップウォッチを見やる。

 

「23秒22……だと」

「いつも通り私の腹筋、背筋、大腰筋は好調のようだ。悪くないねぇ」

 

 ざばりと上にあがって来た高円寺は余裕の笑みを見せ、髪をかきあげた。息が切れている様子もなく、本気を出して泳いだとは思えない。

 

「燃えて来たぜ……!」

 

 須藤は負けたくないのかメラメラと闘志を燃やし始めた。正直、これまでのレースを見る限り須藤以外じゃ高円寺に勝ち目はないだろう。事実上決勝戦は高円寺対須藤の一騎打ちか。

 

「─────」

「……ん、何か言ったか?」

 

 そんな光景を見ていたハジメの口が、呟くように動いた。

 

「……いや、なんでもないよ。清隆」

 

 少し寂しそうに笑うハジメの口は、いいなぁと動いたように見えた。

 

 

 そして迎えた予選最後の第4レーン。

 

「きゃー!!」

 

 再び女子から黄色い悲鳴があがる。やはりハジメが1番人気らしい。

 須藤のようなアスリートとも、平田のような引き締まった身体とも違う、極限まで練り上げられた鋼のようでいてしなやかな肉体。男女関係なく目が離せなくなるような、いっそ非現実的な身体。

 鳴り止まない歓声は平田よりも大きいかもしれない。

 苦笑いしたハジメが手を振ると更に歓声は大きくなり、屋内プールの中で響く程だった。

 

「……うるさいわね」

「ああ、たしかにな」

 

 堀北が顔を顰めているが、騒ぐ気持ちも分からなくはない。

 ただでさえ頭抜けていた容姿のハジメがあの身体なら、そりゃ女子は騒ぐだろう。

 

「堀北は、興味ないのか?」

「あの身体は凄いとは思うわ。水泳が苦手というのが疑わしく思えるくらい」

 

「───では位置について」

 

 教師の掛け声が響く中、ハジメはスタート台の上で身を屈める。

 その動きは滑らかで、肉食動物のようなしなやかさがある。

 

「────!」

 

 笛が鳴った。

 

 

 

 

(はじめ)視点

 

"いつ以来だっけ、こうして運動するの"

(ぽん太郎は中学校お休みしてましたし、それから自重してたので2年半ぶりくらいですかね)

 

 笛が鳴ったと同時に、俺はスタート台を蹴って水中に着弾していた。凄まじい水飛沫が立ち昇った気がするが、きっと気のせいだろう。

 

(いや全然気のせいじゃないですぽん太郎。ちゅどーんって音しました)

"またまたご冗談を"

 

 特に問題なくそのまま50メートルを潜水泳法で進み、壁にタッチした。

 

「ーーぷは」

 

 水面に顔を出したところ、マッチョな体育教師と目が合ったので会釈する……が、中々タイムを読み上げてくれない。

 

「あのー先生?」

「……あ、ああすまない(はじめ)。先生お前の着水の音に驚いてしまったせいか、タイムを計り違えてしまったみたいなんだ」

「そうでしたか。お騒がせしてすみません」

「いや謝らなくていい。誤差があっても50メートル18秒50。潜水泳法とはいえ、これはぶっちぎりで世界記録だ。おめでとう」

「ありがとうございます」

「うん、とりあえずもう上がっていいぞ。先生今から、他のコースで棒立ちになってる生徒のタイム計り直さないといけないからな」

「あ、お手数おかけします」

「いやいいんだ。正直まだ夢見心地だけど、夢なら覚めてほしくないから。あ、それはそれとして、後で必ず職員室にきなさい。ポイントあげるから」

「え、いいんですか!まだ決勝戦にも出てないんですが!?」

「うん、もう休んでていいぞ。お前はこれから忙しくなるからな」

 

 

 

 

 

 




《世界記録》
長水路での男子50mでは、2009年のオープントーナメントで記録された「20秒91 」が世界記録

「逃さんお前だけは……」
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